東京地方裁判所 昭和53年(ワ)6167号 判決 1982年11月12日
原告
藤澤建設株式会社
右代表者
澤田五郎
右訴訟代理人
二神俊昭
小林實
寿原孝満
被告
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
右指定代理人
中村次良
外一名
主文
一 被告は、原告に対し、金一一一九万五七〇四円及びこれに対する昭和五三年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決の第一及び第三項は、仮に執行することができる。但し、被告が金四〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実《省略》
理由
第一請求原因一、二の事実及び小室主事が本件建物(一)につき昭和五二年一〇月一五日の時点で、また、本件建物(二)につき同年一一月二八日の時点で、それぞれの建築計画の関係法令適合性の審査を終え、確認の通知をすることが法律上可能となつたにも拘らず、右確認の通知を、本件建物(一)については昭和五三年三月二九日まで、本件建物(二)については同月三〇日までしなかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。
そこで、小室主事が右の期間本件各建物の確認の通知を留保したことの適否について判断する。
第二本件建物(一)について
一確認の通知の留保の経緯
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。<証拠>中これと抵触する部分は採用することができない。
1 原告は、昭和五二年八月八日に本件建物(一)の建築についての確認申請書を提出した際、右建物の建築に伴つて発生する日照及び通風の阻害並びにプライバシーの侵害等の諸問題については近隣の関係者と誠意をもつて交渉にあたり問題の解決に努力する旨の墨田区長宛の念書を提出した。他方、右建物の建築計画を知つた近隣住民二二名は、同年九月一九日に被告の建築指導部に対して、右建築計画について原告から正式な説明がなく、右建物が計画どおり完成した場合には営業権、生存権等の侵害を受けるので、原告と近隣住民との合意が成立するまで確認の通知を行わないようにとの東京都知事宛の陳情書を提出した。被告においては、かねてから、建物の建築について生活環境の悪化等を理由として近隣住民から苦情を申し立てる書面が提出された場合には、建築指導部で行政指導の一種として紛争の調整を行うこととなつていたので、建築指導部長は同部の紛争調整担当である三好副主幹に本件建物(一)の建築についての紛争調整を命じた。三好副主幹は、同月二六日に原告の大森課長に対して、右陳情書の写しを交付して陳情の趣旨を説明するとともに、近隣住民による円満解決を要望した(右念書及び陳情書の提出並びに三好副主幹の行為については当事者間に争いがない。)。
2 同年一〇月三日、近隣住民代表の山口英一郎から三好副主幹に対して、同年九月下旬(二七日あるいは二八日)に地元で原告との一回目の説明会及び交渉を行い、同年一〇月四日に近隣住民だけで検討会を開く旨の連絡があつた。右九月下旬の説明会及び交渉においては、原告から杭打工法、現場管理方法、作業時間、騒音振動対策、電波障害改善方法、交通対策、隣接家屋の保全、日照問題について説明が行われ、住民側から建築中止の要望や補償についての質問が出されたが、原告は、補償はできる限りのことをするつもりであるが、設計変更は考えていない旨答えた。右建物の建築計画は近く規制の強化が見込まれていた墨田区の日影規制にも抵触しないものと予想されていたので、原告としては、日影の関係から設計変更を行うことはしない方針であつた。
3 次いで、同年一〇月一一日、地元で原告と近隣住民との二回目の説明会及び交渉が行われた。この席で、住民側が、右建物の建築は日照を害するばかりでなく、地域の学校の収容能力や駐車場確保等の点でも問題を生ずるとして建築に反対するとともに、住民各戸についての立体日影図の作成を要求したのに対し、原告は、建築を中止することはできないとし、右日影図作成についてはこれに応じた。
4 同月一三日、近隣住民代表の鈴木七名男、山口他三名が三好副主幹を訪ねて建築計画の縮小及び駐車台数の増加について陳情したが、三好副主幹は、建築指導部での紛争調整の役割等について一般的なことを説明したにとどまつた。
5 同月一七日、三好副主幹は、原告の大森課長に対して電話で、建築につき消防長の同意があつたのでいつでも確認の通知ができる状態となり、あとは近隣住民との紛争の解決を残すだけであることを伝えるとともに、近隣住民との交渉の経過等についてたずねたところ、大森課長は、同月一一日に近隣住民に対する二回目の説明会をすませ、目下戸別の立体日影図を作成中であると説明した。また、右同月一七日、三好副主幹は近隣住民代表の山口に対しても電話で右同様の連絡と問合わせをしたところ、山口は、確認の通知をしばらく留保してほしいと要請した。
6 同月一九日、三好副主幹が原告に電話したところ、原告の社員伊藤が、同月一八日に本所警察署より近隣住民から道路使用不許可の要望があつた旨の連絡を受けたことを報告した。同月二一日、近隣住民の世話役である飯田高平区議会議員が三好副主幹を訪ねて原告と近隣住民との交渉の経過の説明を求めた。
7 同月二四日、原告の大川部長は三好副主幹を訪ねて原告と近隣住民との交渉の経過報告書及び協定案を提出したが、その際の説明によると、近隣住民の検討会において建築に対する賛否の投票を行つたところ、住民二二名中、反対者は記名投票では五名、無記名投票では二名であつたとのことであつた。右投票結果は、原告が近隣住民代表である山口から聞いたものであり、山口自身も建設には反対しないとのことであつた。他方、同日、鈴木、山口他七名の近隣住民、前記飯田区議会議員及び不破哲三事務所の星野弘副所長が三好副主幹を訪ねて、原告が1で述べた念書を提出しているのに近隣住民の要求を何も容れないことを報告するとともに、被告のほうで近隣住民と原告との交渉の場を設けてほしいとの要望をした。三好副主幹はこの要望に応じて、原告に右近隣住民らの意向を伝えた(大川部長が近隣住民との交渉の経過報告書及び協定書案を提出したことは当事者間に争いがない。)。
8 原告と近隣住民は同年一一月一日に交渉を行うことを予定したが、住民側の都合で取りやめとなり、同月一二日に地元で交渉することとなつた。右一二日の交渉につき、同月四日に近隣住民から三好副主幹に対して出席の要望があつたが、三好副主幹は、地元での交渉には同席しないことになつているとしてこれを断つた。
そして、同月一二日、地元において石橋区議会議員立会の下で原告と近隣住民との三回目の交渉が行われたが、その席上、住民側の求めに応じて、原告が高架水槽を含めた日影図を作成すること及び建築確認申請の際に提出した前記念書の正確な写しを次回に提出することなどは決まつたものの、住民側の希望する計画縮小の点については、原告は、金銭補償によつて解決する以外に設計変更をすることは考えていない旨を重ねて明言し、現在確認申請中の建築計画について確認の通知を急いでもらうつもりであると述べた。これに対し、住民側は確認の通知を急がせることはもう少し待つように申し出た。
9 同月一四日、原告の大川部長及び従業員である釼俊二が三好副主幹を訪ねて、同月一二日に原告が近隣住民と交渉したこと及び近隣住民代表で日照被害を最も受ける山口個人とは金銭補償によつて解決することで話合いがついたことを報告し、設計変更はしないで金銭補償による解決を図りたいとの希望を述べるとともに、早期に確認の通知を行うよう要望した。これに対し、三好副主幹は右建物の西側及び東側の一部カットができるかどうかを検討してほしいと求めた(大川部長らが右報告及び要望をしたことは当事者間に争いがない。)。
10 同月一六日、近隣住民代表の鈴木から三好副主幹に対して、同月一九日に都庁で原告と近隣住民との交渉を行いたいとの申入れがあつたので、三好副主幹は直ちに原告にこれを連絡したところ、原告もこれを了承した(右事実は当事者間に争いがない。)。
11 同月一九日、都庁において、三好副主幹と、原告側からは大川部長、釼及び前記ローヤル一級建築士事務所の恵本、近隣住民側からは前記星野副所長、石橋区議会議員及び堀場町会長他一〇名が出席して四回目の交渉が行われた。この席では、終始、近隣住民側が主として発言し、大川部長らの言動を信義に反するとして追及するとともに、日照問題を取り上げて建築計画の縮小を再三原告側に求めたが、具体的内容をもつた提案がなされたわけではなく、大川部長らは右縮小には応じることができないとの態度を変えなかった。また、近隣住民側からは、付近の小学校の収容人員に限りがあるので本件建物(一)の建設により人口が増加するのは困ること、右建物の建築は周辺地域の防災上好ましくないので本件土地(一)を被告において買収してほしいことなどの意見も出たが、三好副主幹は、買収の見込はないと述べた。結局、当日は、近隣住民側の要求のうち、冬至の真太陽時の八時から一六時までの時間日影図を作成すること、本件土地(一)の土壤の化学的検査を行うこと、日照につきオービットにかけることなどについて原告側で検討してみるということが了解されただけで、設計変更に関する両者の主張は全く平行線をたどつたままであり、近隣住民側の前記星野副所長の発言によれば「同じことを繰り返すのなら話し合つてもしようがない」というようなものであつた。この際、近隣住民側から確認の通知を急がないでほしい旨要請された三好副主幹は、しばらく右通知を留保すると述べたが、これについて大川部長らは態度を表明しなかつた(右交渉が行われたこと、その席で近隣住民側が大川部長らを追及し、また、本件土地(一)の買収を求めるなどの意見が出たこと、原告が日影図の作成等を検討してみることになつたことは当事者間に争いがない。)。
12 原告は、同月二四日、近隣住民との従来からの交渉経過をまとめた報告書を添付して、東京都知事宛に早急に本件建物(一)の建築計画について確認の通知を行うよう求めた上申書を代表取締役名で三好副主幹に提出した。右上申書には、「金融機関に対する信用の失墜、金利の負担等により企業倒産に追い込まれる危険性もあり、これ以上確認が遅延する場合には法律上の方策をも考慮せざるをえない窮状に立ち至つているので、法六条三項の規定に基づき同月三〇日までに確認の通知をされたく上申する。なお、近隣住民全員の同意を得るまでには至つていないが、確認の通知後も全員の同意を得るよう最善の努力をする」旨が記載されていた。しかし、三好副主幹は、右上申書のごときものは無意味であるとして、これを全く無視した(右上申書提出の事実は当事者間に争いがない。)。
13 原告は、その後も近隣住民と断続的に接触したが、昭和五三年三月になつても情勢に特段の変化はなかつた(原告と近隣住民との接触については当事者間に争いがない。)。
14 同月一〇日、原告は小室主事に対して、本件建物(一)の建築計画について確認の通知を行わないことにつき行政不服審査法七条に基づく不作為に対する異議申立をした。また、同月二二日、原告の依頼を受けた五十嵐、篠及び竹下の各都議会議員から三好副主幹及びその上司である萩原主幹に対し、原告と近隣住民との間で金銭補償による解決ができる見込であるから確認の通知を行つてほしいとの要請がなされた(右異議申立の事実は当事者間に争いがない。)。
15 同月二七日、三好副主幹は近隣住民側に対して、原告に確認の通知を行う旨連絡し、また、原告の大森課長に対しても、同月二九日に確認の通知を行うこと、確認の通知後もなお一層の誠意をもつて近隣住民との交渉を行い建築工事着工までに関係者全員の了解を得るよう努力する旨の念書を用意してほしいこと、前記異議申立は取り下げてほしいことを連絡した(右事実は当事者間に争いがない。)。
16 同月二八日、大森課長は三好副主幹に対して右15の念書を提出し、同月二九日、確認の通知が行われた(右事実は当事者間に争いがない。)。
二確認の通知の留保の適否
1 法六条三項により建築主事の確認の対象となるのは当該建築計画の関係法令適合性の有無だけであり、建築主事は当該計画が関係法令に適合している以上は法の定める場合(例えば法二九条、三三条等)を除いて確認をするか否かの裁量を有するものではない。また、同条三項及び四項は、建築主事において確認又は不適合の通知を行うべき期間を定めているが、右規定の文言及び趣旨等からすれば、右期間制限の規定を単なる事務処理上の訓示規定と解することはできない。したがつて、関係法令への適合性を認める以上、右期限を超えて建築主事が確認の通知を留保することは原則として違法である。
しかしながら、法六条四項後段が所定の正当な理由ある場合についていわゆる中断通知を行うことにより右期限の延長を許容している趣旨に徴すると、右期限はあらゆる場合に例外を許さない絶対的な期限とまでは解すべきではなく、建築主事が法定の期限内に応答しないことについて法の趣旨目的及び社会通念上合理的と認められるような事情が存する場合には、同項に準ずる正当な理由があるものとして、その事情が存続している間応答を留保してもこれを違法ということはできないと解すべきである。本件に即していえば、建築計画をめぐつて建築主と近隣住民との間にいわゆる建築紛争を生じ、近隣住民から関係地方公共団体又は行政庁に対して陳情等がなされた場合、右地方公共団体又は行政庁が、当該建築物を含む付近一帯の生活環境の維持向上を図るために、右紛争について両者の間を斡旋・調整し、紛争を解決すべく適切かつ相当な方法によつて行政指導を行うことは、何ら法の趣旨目的に反するものではなく、むしろ行政機関としての責務でもある。したがつて、右行政指導に対して建築主及び近隣住民が任意に協力し、解決の方策についての協議が進行しているというような場合において、諸般の事情から直ちに確認の通知を行わず事態の成行きをみるのが合理的と認められるときは、その限りにおいて、建築主事が形式的に確認の通知を行うことが可能であつてもなお応答を留保することは法六条四項に準ずる正当な理由があるものとして許されると解するのが相当である。もつとも、右留保も、行政指導を理由とする措置にとどまる以上、当事者の意に反してその受忍を強いることは原則として許されない筋合であるから、右行政指導に応じて協議が行われている場合であつても、建築主が確認の通知を留保されたままでの行政指導にはもはや服しがたい旨の意思を真摯かつ明確に表明し、確認の通知を行うべきことを求めたときは、他に首肯できる合理的理由(例えば、確認の通知をすることにより建築主と近隣住民との間で実力による衝突が起こる危険を招来する等の理由)なくして、なお行政指導が行われているとの理由のみで確認の通知を留保することが許されなくなるのは当然である。
2 これを本件建物(一)についてみると、さきに認定した事実によれば、原告は、都知事宛の上申書を提出した昭和五二年一一月二四日までは一応三好副主幹の行政指導に応じてこれに協力し、確認の通知の留保を受忍していたものと認めるのが相当であるから、その間の確認の通知の留保をもつて直ちに違法とすることはできない。
3 しかし、右上申書が提出された後は事情は同じではない。右上申書が提出されるに至るまでの経過は前記のとおりであつて、なかんずく、原告は建築計画の内容を変更する意思のないことを一貫して主張し、右計画について確認の通知を早く行うよう三好副主幹に対して要望していたこと、近隣住民のうちで最も日照被害を受ける山口とは金銭補償で解決する話合いがついたこと、原告と近隣住民との交渉は、四回目になつてもなお建築計画の変更をめぐつて堂々巡りを続け、このままでは具体的な進展や解決を期待できる状況ではなかつたことなどを考慮するならば、原告としては、右四回目の交渉の結果等から、これ以上三好副主幹の行政指導に従つて確認の通知を留保されたまま近隣住民との交渉を続けても不毛であるとして、前記内容の上申書を正式に提出することにより、同年一一月三〇日の経過後はもはや従来と同じ状態での行政指導には服しがたいとの真摯かつ明確な意思を表明したものと認めるのが相当である。すなわち、確認の通知を留保したままでの三好副主幹の行政指導は同年一二月以降は拒絶されるに至つたものというべきである。原告がかかる対応に踏み切つたことをもつて不当とすべき事情は認めがたい。
もつとも、右四回目の交渉の際に近隣住民から要請されて確認の通知をしばらく留保するとの発言をした三好副主幹としては、原告の右上申書の提出をいささか唐突なものと受け取つたことは否めないところであるが、従来からの経緯と上申書の内容とを冷静かつ虚心にみる限り、右上申書の提出が原告の単なる希望の表明あるいは交渉上の駈引きにすぎないものでないことは、三好副主幹においても容易にこれを知つたか、少なくとも知ることができたものと認められる。しかるに、三好副主幹は、右上申書について原告にその真意を確かめる等の措置をとることもなく、即座にこれを無意味なものとして無視し、しかも、その後は積極的な斡旋作業は何もしていないのである。また、当時、近隣住民の反対が続いていたとはいえ、確認の通知をすることにより実力による衝突の発生が危惧されるなど、右通知を確保するのを相当とするような特段の事情が他に存在していたわけではない。
してみると、上申書に記載された期限である同年一一月三〇日まではともかく、その後においては、行政指導が行われていることを理由として確認の通知を留保することは正当な理由を有せず違法となつたものといわなければならない。
4 被告は、右建物の建築計画が流動的であつたと主張するが、前認定の事実に照らし、同年一一月の経過後においてもなお右建物の建築計画が可変的、流動的であつたとは認めがたい。
また、被告は、原告が確認の通知の留保を明示又は黙示に承諾していたと主張するが、原告が同年一一月の経過後は確認の通知を留保されたままでの行政指導に服さないとの意思を表明していたことは前認定のとおりであり、その後に原告が近隣住民と自主的に交渉を重ねたとしても、そのことから直ちに原告が確認の通知の留保を黙示的に承諾していたと認めることができるものでないことはいうまでもない。
5 結局、本件建物(一)の建築計画について昭和五二年一〇月一五日に関係法令適合性の審査がすべて終了したにも拘らず、小室主事が確認の通知を留保していたことは、同年一二月一日から昭和五三年三月二九日までの一一九日間については違法なことであつたというべきである。
三小室主事の故意又は過失
<証拠>によれば、小室主事と三好副主幹は共に建築指導部に所属しており、原告の本件建物(一)についての建築確認申請書類一式は昭和五二年一〇月一五日に関係法令適合性の審査が終つた段階で、小室主事から三好副主幹に回付されていたこと、その後の紛争調整は専ら三好副主幹が担当したので、小室主事はほとんど任せきりにし、昭和五二年三月原告からの不作為に対する異議申立があつて右申請書類一式が三好副主幹から返されてくるまで、事態の経過を的確に把握することもなく、ただ漫然と、行政指導が行われているとの一事のみを理由として確認の通知を放置していたものであることが認められる。
したがつて、右確認の通知の違法な留保については、小室主事に少なくとも過失の責があるものというべきである。
第三本件建物(二)について
一確認の通知の留保の経緯
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。<証拠>中これと抵触する部分は採用することができない。
1 原告は、昭和五二年九月二日に本件建物(二)の建築についての確認申請書を提出した際、本件建物(一)について墨田区長に提出した前記念書とほぼ同一内容の念書を中央区長宛に提出した。他方、右建物の建築計画を知つた北側一四階建マンション(四丁目団地)の住民は、右建築により日照、騒音及び振動等の問題が生じるとして右諸問題を解決したうえで建築工事に着工するよう原告を指導してほしいとの東京都知事宛の陳情書を同月一四日に建築指導部に提出した。そこで、右建築紛争についても調整を担当することとなつた三好副主幹は、同月二六日、右建築計画を説明するために建築指導部を訪ねた原告の大森課長に対して、右陳情書の写を交付して団地住民との交渉による円満解決を要望した(右事実は、反対住民が北側団地居住者であつたとの点を除き、当事者間に争いがない。)。
2 原告は団地住民側に交渉を呼びかけたが、住民側の都合がつかず、同年一二月九日に一回目の交渉が行われることとなつた。これよりさき、同年一一月三〇日に三好副主幹から大森課長に対して近隣住民との交渉の進捗状況を問い合わせたところ、同年一二月九日に交渉を行う予定であるとの報告があり、当日までは確認の通知を留保しておくこととなつた(右問合わせ及び報告があつたことは当事者間に争いがない。)。
3 同年一二月九日の一回目の交渉では、原告から建築概要及び旋工上の問題の説明のほか日照、風害、電波障害その他の苦情処理対策について説明をし、団地住民側からは建物の高さを三階建に縮小するようにとの要求が出されたが、原告はそれには応じられないとした。同月一二日、大森課長は三好副主幹を訪ねて右交渉経過を報告し、確認の通知を求めたところ、なお留保する旨告げられて引き下つた。
4 昭和五三年一月二三日、団地住民代表の和知秀夫自治会理事長及び近藤忠副理事長が三好副主幹を訪ねて、団地住民のうち右建物によつて日影になる者はまだ右建物の一部カットを望んでいるのでしばらく確認の通知を留保してほしいと要望した。
5 この間、原告と右和知及び近藤との間では話合いが続けられ、金銭補償の点についてもある程度検討が行われたので、同年二月二日、大森課長は、原告の補償案を三好副主幹のもとに持参して説明した。
6 原告は、同月八日及び一五日に団地住民側と交渉したが、同月八日の交渉では、住民側から、主として日照について現在の住環境を維持すること、今後も友好的に交渉を進めて妥協点が見つかるまで建築を強行しないことなどの要求が出され、これに対して原告側は、建築計画は変更できないので金銭補償によつて解決したいこと、今後のことは紳士的な交渉により住民側の理解を得てやりたいことなどの回答をし、また、同月一五日の交渉では、原告が四階建の場合と六階建の場合の日照、日影の差を図面で説明したりしたが、現状維持を求める住民側の要望と、それが無理であるとする原告側の立場との間には大きな隔たりがあつた。
7 同月一八日、前記和知及び近藤らが三好副主幹を訪ねて同月八日及び一五日の交渉内容を説明した。これに対して三好副主幹は、建築に反対している住民がいずれも一四階建高層建物の居住者で右反対にはそれほどの理由がなく、また、あまり強硬な反対でもなかつたところから、交渉による解決を促進させるため、和知らに、一〇日以内に確認の通知を行う予定であるから話を詰めるよう指示したところ、和知及び近藤は同人らが間に立つてまとめるようにすると約束した(和知らが三好副主幹に6記載のような交渉内容を説明したことは当事者間に争いがない。)。
8 その後、原告と右和知及び近藤との間で交渉が行われ、同月下旬ころから、解決方法としては金銭補償を中心にするが、建築計画のうち塔屋の位置を変え屋上パラペットの北側を斜めにするという方向で話合いが進展した。補償額について、団地住民側は一億円程度を主張したのに対し、原告側は一〇〇〇万円強程度の回答をして一致をみなかつたが、建築計画の一部変更については、同年三月一一日の交渉により、右のとおり変更することで最終的合意が成立した。
9 右合意成立の前日である三月一〇日、原告は、本件建物(一)についての確認の通知の留保につき不作為に対する異議の申立をしたが、その際、原告の役員をも交えて本件建物(二)についても右申立をするかどうかを検討した結果、同建物については話合いがつくことを見込んで右申立をしないことを決定した。そして、同月一三日、大森課長が三好副主幹に右8の経過を報告した(大森課長が右報告をしたことは当事者間に争いがない。)。
10 同月一六日、三好副主幹は右和知に原告の右報告のとおり話合いがついたことを確かめ、建築確認申請書の図面を合意どおりに変更したうえで確認の通知を行うと連絡し、和知の了承を得た。
11 同月二二日、原告の大森課長他一名が三好副主幹を訪ねて、建築計画を前記のとおり変更することのほか、金銭補償額(一三〇〇万円)及び建築工事に関する原告の義務についても団地住民との間に最終合意が成立したことを報告し、建築確認申請書を修正して提出した(右事実は、金銭補償額が一三〇〇万円との点を除き、当事者間に争いがない。)。
12 同月三〇日、小室主事は修正して提出された右確認申請書を審査したうえ、確認の通知を行なつた(右事実は当事者間に争いがない。)。
二確認の通知の留保の適否
以上の事実によれば、原告は、三好副主幹の指導に応じて団地住民と交渉を始め、双方の主張には対立があつたものの、本件建物(一)の場合とは違い、団地住民側の反対はさほど強硬なものでなく、おおむね原告の主張する方向で話合いが進み妥結に向うことが予期されたことから、とりあえず交渉の結論が出るまでは確認の通知を留保されてもやむをえないとして、交渉の取りまとめに力を注いでいたものということができる。そして、その結果、ほぼ順調に合意が成立し、確認の通知を受けるに至つたのであるから、その間、原告としては、確認の通知の留保について、若干不本意であつたにせよ、これを受忍していたものと認めるのが相当である。原告が本件建物(一)については上申書の提出及び異議申立という手段をとりながら、本件建物(二)についてこれをしなかつたことは、これを裏づけるものというべきである。もつとも、昭和五三年三月一〇日になされた右異議申立が本件建物(二)についての確認事務の処理にも事実上何らかの影響を及ぼした可能性はないではないが、既に同月上旬ころには原告と団地住民代表との間で大綱の合意ができていたことを考えると、本件建物(二)に関する限り、右異議申立によつてにわかに事態が変わつたものとみることは相当でない。<証拠>中この認定判断に抵触する部分は採用しない。
してみると、本件建物(二)についての確認の通知の留保をもつて違法ということはできず、これについての原告の請求は失当である。
第四損害について
一<証拠>によると、請求原因四1の事実を認めることができる。これにより、日本債券信用銀行からの借受金中本件土地(一)及び地上建物の購入資金に引き当てた三億九九二九万九六〇〇円を元本として、本件建物(一)についての確認の通知が違法に留保された一一九日間の年利八分六厘の割合による利息を計算すると一一一九万五七〇四円となる。そして、分譲共同住宅の建築にあたりその敷地等の購入資金を金融機関から借り受けることは通常のことであり、また、確認の通知の遅延によつて着工、完成、分譲等が遅延すると、それだけ分譲による代金収入が得られなくなるため借受金に対する弁済も遅れ、ひいてその間の金利負担を免れない結果となることも、通常の経過である(借受金の弁済を分譲代金によつて賄わないとすれば、その弁済資金を別途の借入等によつて調達せざるをえないのが一般である。)。したがつて、特段の事情のない限り、右金利負担分は、確認の通知の遅延によつて通常生じる損害というべきところ、本件において、原告が右確認通知の遅延期間よりも短期間内に本件建物(一)の分譲による収入をあげて借受金を弁済できたと認められる証拠はないので、金利負担を余儀なくされる期間は右遅延期間と同じであると解するのが相当であり、結局、前記一一九日間分の金利一一一九万五七〇四円は本件建物(一)についての確認の通知の違法な遅延によつて原告が被つた通常の損害と認めるべきものである。
二被告は、右確認の通知の遅延がなくとも、近隣住民の反対運動により当初の計画どおり着工、分譲等をすることができなかつたと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。また、原告が被告の主張するように右金利負担分を分譲代金へ上乗せし、あるいは確認の通知の留保中に生じた地価高騰による利益を得たとしても、それらは確認の通知の留保とは直接の関係のない原告の営業政策又は社会事情によるものであつて、これにより原告に前記損害が生じなかつたとか、損益相殺をすべきであるといえないことは明らかである。更に、被告の主張する過失相殺については、前記第二で認定した事実関係の下において、原告の過失とみるべき事実を認めるに足りる証拠はないので、これまた失当である。
第五被告の責任
小室主事が被告の公権力の行使に当たる公務員であることは当事者間に争いがなく、小室主事は、本件建物(一)につきその職務である確認の通知を行うについて過失により違法にこれを遅延し、原告に第四記載の損害を加えたものであるから、被告は原告に生じた右損害を賠償すべき義務がある。
第六結論
以上のとおりであるから、原告の請求は、本件建物(一)の建築計画の確認の通知の遅延による損害一一一九万五七〇四円及びこれに対する弁済期の経過した後である昭和五三年七月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言及びその免脱宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(佐藤繁 河野信夫 高橋徹)