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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)8239号 判決 1979年10月25日

原告

波多野明彦

右訴訟代理人弁護士

楢原由之

被告

三和開発株式会社

右代表者代表取締役

山中信男

右訴訟代理人弁護士

犀川銘久

右当事者間の賃金等請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金七九四、八〇〇円およびこれに対する昭和五三年九月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五二年一〇月二八日、土地造成分譲販売等を業とする被告会社に営業員として雇用され、翌二九日から新宿支店勤務となった。

被告会社は原告に対し、賃金月額一三五、〇〇〇円のほか、原告が不動産売買契約を成立させた場合には、一件につき売買価格の五パーセント以上の歩合報酬を支払う旨を約した。

2  原告は、昭和五三年二月一二日まで、毎日九時から一八時までの勤務時間に一回の遅刻も欠勤もなく被告会社に労務を提供した。

3  その間、原告は、被告会社のために、左の不動産売買契約を成立させた。

契約日 昭和五三年一月二五日

不動産 茨木県猿島郡三和町大字間中橋字外平間一七二番二〇 宅地 一三六・一一平方メートルほか建物

買主 東京都杉並区梅里二丁目一五番四号 林昭男

売買価格 金一三、三八七、〇〇〇円

4  右により、原告は被告会社に対し、売買価格の五パーセントである金六六九、三五〇円以上の歩合報酬請求権を取得した。

5  被告会社新宿支店の支店長小幡勲夫(以下「小幡」という)は、昭和五三年二月七日ころ、同支店における朝礼に際し、原告を含む従業員の面前で、「波多野の馬鹿野郎、一人前のつらしやがって何もできない。辞めてくれ」などと言い、その翌日も、また同月一〇日ころにも、同様の言動をとった。

そして、同月一二日、小幡と同支店次長森規(以下「森」という)は、原告に対し、こもごも退職を強要し、身分証明書とバッジを置いて帰るよう求めたので、原告はやむなく右二点を森の机上に置いて同支店を退出した。

その際、原告は、小幡らに対して解雇通知書の交付を求めたが、小幡らはこれを拒否した。

6  小幡らの右行為は、被告会社による原告の解雇に該当するから、被告会社は、労働基準法二〇条により、原告に対し、平均賃金の三〇日分以上の解雇予告手当を支払う義務があるところ、原告は被告会社から昭和五三年二月一二日以前の三カ月間に総額金三八五、〇〇〇円の賃金を支払われていたから、これをその期間の総日数九二日で除した金額四、一八五日の三〇倍である金一二五、五五〇円が少なくとも支払われなければならない。

7  よって、原告は被告に対し、4記載の歩合報酬金六六九、三五〇円および6記載の解雇予告当金一二五、五五〇円の合計金七九四、八〇〇円ならびをこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年九月一二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告の答弁

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  同4は争う。

3  同5のうち、原告が昭和五三年二月一二日に身分証明書とバッジを森の机上に置いて被告会社新宿支店を退出したことは認めるが、その余は否認する。

4  同6は争う。

三  抗弁(歩合報酬請求に対して)

1  原告は、昭和五三年二月一二日、被告会社を退職した。

2  被告会社の従業員が退職した場合における歩合報酬の支払については、被告会社の歩合規定(以下「歩合規定」という)九条により、「従業員が死亡または退職した場合は、在職中の契約の集金および事務手続等が完全に終了しているとみなされた場合に支払う」と定められている。

3  歩合規定は、被告会社の就業規則にもとづき、被告会社の営業に従事する従業員の歩合について定められたものであるから、原告と被告会社との間の雇用契約の内容となっている。

4  よって、原告主張の歩合報酬請求権は、原告が在職中に契約の集金および事務手続等が完全に終了していることを停止条件として発生するものというべきである。

四  抗弁に対する原告の答弁

1  抗弁1は否認する。

2  同2は認める。

3  同4は争う。

歩合規定九条にいう「退職」とは、任意退職を意味し、解雇を含まないものと解すべきであるところ、原告は、前述のとおり被告会社を解雇されたものであるから、同条の適用を受けないものというべきである。

第三証拠(略)

理由

一  請求の原因1はないし3および抗弁2記載の事実は当事者間に争いがない。

二  (書証・人証略)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被告会社新宿支店においては、毎日午前八時四五分ころから約一五分間、営業に従事する約四〇名の従業員に対して軍隊調の朝礼が行われ、ヘッド(課長または係長)、代理、次長および支店長の四名が順次訓示を与えるのを常例としていた。

2  原告が請求の原因3記載の不動産売買契約を成立させた後の昭和五三年二月七日ころの朝礼において、当時の新宿支店長であった小幡は、従業員に訓示を与えるのに際し、原告の営業成績不振を理由に名指しで原告に罵声を浴びせたが、原告は、直立不動の姿勢でこれに黙って耐え、朝礼終了後営業活動のため外勤に出た。

3  小幡は、翌八日ころと同月一〇日ころの朝礼においても同様の言動を繰返したが、原告はこれにも黙って耐えていた。

4  原告は、同月一一日の休日には出勤せず、翌一二日朝出勤したが、これを見た当時の同支店次長であった森が原告に対し、「なんだ、来たのか」と言い、さらに朝礼前に出勤してきた小幡が原告の面前で森に対し、「なんだ、出ているじゃないか。君から連絡したのか」と言ったため、小幡が森に対し、原告に退職するように伝えたのか、と言っているものと思い、憤慨したが、そのまま朝礼を受けて外勤に出た。

5  同日午後一時過ぎに原告が外出先から同支店に業電(外勤中の営業員が二時間おきにその所在と営業活動の状況を報告するためにかけることとされている電話)をかけたところ、森と小幡が電話に出て、こもごも原告に対し、営業活動の詳細について微に入り細にわたる報告を求め、口うるさく指示を与えたため、原告が「会社の指示どおりやっているではないか」と反問したことから、森らと原告との間に激しい言葉のやりとりが行われ、森は、「すぐ帰って来い」と言って原告に帰社を命じ、通話を打切った。

6  原告は、激しい憤りを覚えながら新宿に戻り、喫茶店で一、二時間過ごした後、同日午後四時三〇分ころ同支店に帰ったが、外出・帰社の際の慣行とされている軍隊調の挨拶もせずに入室し、営業用の鞄を入口近くに置くと、興奮した様子で小幡の机の前まで歩み寄り、強い口調で小幡に対し、「森次長に何か言わせて解雇させるのか。営業マンを何と心得ているのだ。小幡君」などと、小幡と激しい言葉のやりとりをした後、被告会社発行の原告の身分証明書と被告会社から交付されたバッジを森の机の上に置き、小幡に対し、「解雇されたのだから、解雇通知書を書け」と指示したが、小幡がこれを拒否したため、原告は、「帰る」と言って同支店を退出し、翌日から出勤することなく現在に至っている。

7  その間、同月下旬に、原告は被告会社本店に赴き、同月分の賃金と解雇予告手当と歩合報酬の支払を求めたが、被告会社は、その給与規定七条にもとづき、同月一二日までの賃金を日給計算で支払ったのみであった。

三  以上の事実にもとづき、以下判断を加える。

1  本件雇用契約の終了原因について

一般に期間の定めのない雇用契約は、当事者の一方の意思表示(解約の申入)によってこれを終了させることができる(民法六二七条)けれども、その表意者が労働者である場合(退職)と使用者である場合(解雇)とでは、これに課せられる労働基準法上の諸制限(同法一九条等)や諸効果(同法二〇条等)が異なるのみならず、同法九三条所定の効力を有する就業規則や労働組合法一六条所定の効力を有する労働協約上も種々の異なる取扱がなされているのが通例である。

従って、期間の定めのない雇用契約が終了した場合には、その原因が労働者の意思表示(退職)であるか使用者の意思表示(解雇)であるかを確定する必要のあることがきわめて多く、本件もその例に漏れない。

ところで、退職または解雇の意思表示については、法令上特別の方式によるべき旨の規定がないので、民法総則所定の意思表示に関する原則に従い、雇用契約を終了させる旨の効果意思とその表示行為によって成立し、かつ表示行為は、就業規則等に特別の方式によるべきことの定めのない限り、書面または口頭による告知のみならず、相手方に了知可能な挙措動作によってもこれをなしうるものと解すべきであり、このようにして成立した意思表示は、それが心理的圧迫を加えられて強要されたものである等任意になされたものでない場合を除き、当然には無効とならないものと解すべきである。

本件についてこれを見ると、前認定の事実によれば、原告は、昭和五三年二月一二日夕刻、被告会社の当時の新宿支店長であった小幡と激しい言葉のやりとりをした後、小幡の面前で被告会社発行の原告の身分証明書と被告会社から交付されたバッジを置いたうえ、「帰る」と言って同支店を退出し、翌日から同支店に出勤しなかったというのであるから、これによって被告会社を退職する意思表示をしたものというべきである。

もっとも、前認定の事実によれば、原告は、前記不動産売買契約を成立させた後、小幡や森から種々の嫌がらせを受け、遂に感情を爆発させて右行為に出たものというべきであるが、右行為が小幡らによる再三の挑発的な言動に触発されてなされたというだけでは、未だ原告の退職の意思表示が任意になされたものでないということはできないから、これを当然に無効と見ることはできない。

2  歩合報酬請求権について

(書証・人証略)によれば、歩合規定九条は、被告会社の就業規則にもとづいて被告会社の営業に従事する従業員の歩合報酬について定められ、昭和五〇年五月一日から実施された歩合規定に当初から現行の文言のまま含まれていたものと認められるから、原告と被告会社との間の雇用契約の内容を規律していたものと解すべきであるところ、原告は、前述のとおり、被告会社を昭和五三年二月一二日に退職したものであるから、同条の適用を受けるものといわなければならない。

従って、原告主張の歩合報酬請求権は、同条所定の事実の発生を停止条件として発生するものと解すべきであるところ、(書証略)により認められる同条の趣旨に照らせば、その事実には、少なくとも、従業員が在職中に成立させた不動産売買契約にもとづく売買代金の全額が当該従業員の死亡または退職のときまでに被告会社によって収受されていることが含まれるものと解すべきである。

しかるに、原告については、前記不動産売買契約にもとづく売買代金の全額が昭和五三年二月一二日までに被告会社によって収受されている旨の主張および立証はないから、結局、前記報酬請求権は未だ発生していないものというほかはない。

3  解雇予告手当請求権について

二に認定の事実によれば、小幡らの前記行為が被告会社による原告の解雇に該当するものということはできないから、被告会社には、労働基準法二〇条により原告に対して平均賃金の三〇日分以上の金員を支払う義務はないものというほかはない。

四  結び

以上により、原告の請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺壮)

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