東京地方裁判所 昭和53年(ワ)8458号 判決 1981年7月27日
原告
近藤政幸
右訴訟代理人
結城康郎
被告
中村信行
被告
飯塚文子
被告
深瀬和久
右被告ら訴訟代理人
谷浦光宜
主文
一 被告中村信行、同深瀬和久は原告に対し別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
二 被告らは、各自原告に対し、金一四〇万四五一六円を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを一〇分し、その八を被告らの、その二を原告の各負担とする。
五 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一項同旨
2 被告らは各自原告に対し金三〇〇万円及び昭和五三年四月一日から右1の明渡済まで一ケ月七万円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。の判決及び金銭の支払を求める部分につき仮執行の宣言を求める。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)に居住して、これを占有していた。
2(一) 被告中村信行、同深瀬和久の両名は、昭和五三年三月末頃、本件建物の施錠を破壊して開放し、本件建物に不法に侵入して原告の占有を侵奪し、これを占有している(もつとも、原告は昭和五三年一〇月二三日に右被告両名を債務者とする仮処分命令の執行により、仮に本件建物の明渡を受けて現実の占有は回復した。)。
(二) 被告飯塚文子(被告中村の母)は、被告中村及び深瀬の右(一)の不法侵奪を教唆し、指図した。
3 更に、被告らは共謀の上、被告中村を債権者、株式会社ミネトニ(原告が代表者となつている会社。以下単にミネトニという。)を債務者とする公正証書を債務名義として、有体動産の強制執行を申し立て、被告深瀬が右ミネトニの従業員であると虚偽の事実を告げて執行官を欺き、昭和五三年六月一日と二日の両日被告深瀬が立ち合つて本件建物内にあつた原告所有の動産及び被告飯塚の自宅(同被告の肩書住所)に本件建物から搬入してあつた原告所有の動産につき差押の強制執行をさせ、引き続き同月一九日に被告飯塚の自宅で行われた競売期日にも、被告深瀬がミネトニの従業員であると偽つて競売に立ち会い、被告中村が競買を申し出て物件を競落した。
4 右2、3の被告らの不法行為により、原告は多大の精神的苦痛を受け、これを慰藉するには少なくとも三〇〇万円の支払を受ける必要がある。
5 本件建物の賃料相当額は、昭和五三年四月一日以降一ケ月七万円である。
6 以上の事実により、原告は占有権に基づき被告中村、同深瀬に対して本件建物の明渡を求めるとともに、被告ら三名に対し、不法行為に基づく損害賠償として、慰藉料三〇〇万円と、昭和五三年四月一日以降本件建物の明渡済に至るまで一ケ月七万円の割合による損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし3の各事事中、被告深瀬が昭和五三年四月一日から本件建物に入居したこと、債権者を被告中村とし、債務者をミネトニとする有体動産の強制執行が行われた(差押、競売)ことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。同4・5の各事実は争う。
本件建物はもとミネトニの所有であつたところ、被告中村の代理人であり一切を委されていた被告飯塚は、昭和五二年二月一八日に被告中村の名義でこれをミネトニから代金七五七万五〇〇〇円で買う契約をした上、その後のその引渡を受けたものである。被告中村は実際は全く関与していない。なお、被告深瀬は有限会社東拓の従業員であるところ、同社は被告中村から昭和五三年四月一日に本件建物を賃借したので、被告深瀬が被告中村の代理人である被告飯塚の承諾を得て本件建物に入居することになつたものである。
三 被告らの積極的主張に対する原告の反論
被告らの主張事実は否認する。
本件建物は、ミネトニが昭和四六年二月九日に建築したミネトニマンションの一部であるが、原告が新築以来その家族とともに居住してきたものである。原告はミネトニの代表者であり、ミネトニの関連会社である株式会社ニュースタジオ(以下単にニュースタジオという)の代表者である室都の娘婿に当るが、ニュースタジオは昭和五一年秋頃資金難に陥り被告飯塚又は中村から金銭を借受けたことがあり(昭和五一年九月一四日に五〇万円、同年一一月中に一七万円と一〇万五〇〇〇円。もつとも一〇日に一割という高利を天引された上多額の礼金を差引かれている。さらに、右五〇万円中三五万円は同年一一月一六日までに弁済している。)、その際室都が被告飯塚に交付した委任状等が悪用されたか、またはその頃室都が他の金融業者に交付した書類を被告飯塚らが入手して悪用し、内容虚偽の公正証書や契約書が作成されたものと思われる。ニュースタジオが昭和五一年一一月に手形の不渡を出して倒産したので、被告飯塚と中村は貸金の回収をはかるため、配下の被告深瀬を使つて請求原因に主張するような暴挙に出たと思われる。被告らは本件建物をミネトニから買い受けて引渡を受けたというが、それなら施錠を破壊する必要もないし、被告深瀬がミネトニの従業員と偽つて執行に立会う必要などあるはずがない。右のような情況からみて、被告らが互いに事情を知り意を通じていたことは明らかである。
第三 証拠関係<省略>
理由
一<証拠>によれば、原告は昭和五三年三月当時本件建物をその住居として使用しこれを占有していたことを認めることができる。もつとも、<証拠>を総合すると、本件建物は昭和五二年初め頃から同年六月頃までは抵当権者と称する者に一時占拠されていたことがあるものの、同年六月頃には話合いで原告が占有を回復したことが認められ、また<証拠>によると、原告もその頃は室都(原告はその娘婿である)が代表者をしていたニュースタジオの倒産による債権者の追及を避けるため、本件建物には不在勝ちであつたことは窺われるけれども、このことは別に原告の本件建物の占有に影響を及ぼすものとはいえない。以上の認定に反する証拠はない。
二<証拠>を総合すると、被告深瀬は昭和五三年三月末頃、本件建物の玄関の施錠を取り外して本件建物に入居したこと(同被告も、同年四月一日から本件建物に入居したこと自体は認めている。)、これについて原告の承諾は得ていないことを認めることができ、右の事実によれば、少なくとも被告深瀬は原告の本件建物の占有を侵奪したものと認めて差支えない。
被告らは、本件建物はもとミネトニの所有であつたところ被告中村から一切を委されていた被告飯塚が、昭和五二年二月一八日に被告中村の名義でミネトニから買い受け、その引渡を受けたものであると主張し、ミネトニの記名押印部分と不動文字部分の成立に争いない乙第一、二号証、第四号証と被告飯塚本人の供述は右主張にそう。しかし、右被告飯塚本人のこの点に関する供述は、都合がわるくなると前言をひるがえすこと再三であるばかりか、右乙号各証をどのようにして入手したのか、不動文字以外の書込部分がいつどのようにして完成されたのかについてすら満足な説明ができない上、自己が所有するという七五〇万円の債権の発生原因についても遂に納得できる説明もできない有様で、支離滅裂といわれても仕方ないものであつて、とうてい信用できるものではなく、したがつて右乙号各証の書込部分が果して真正に成立したかどうかは極めて疑わしい。被告の主張はとうてい採り得ないところである。更に、後に認定するとおり、被告中村、同飯塚は、ミネトニを債務者とする公正証書による有体動産の強制執行を申し立て、執行官が差押を実施するに際し、ニュースタジオとはなんの関係もない被告深瀬がミネトニの従業員と偽つて債務名義の送達を受け、かつ差押、競売の執行に立ち会つていると認められること自体、被告らの行動の異常性、違法性を如実に物語つており、これに先立つとはいえ被告深瀬による本件建物の占有が原告の承諾なくして行われた占有侵奪行為であつたことを推認させる間接事実として心証に大きく影響していることも指摘しておいてよかろう。なお、公平のため指摘しておくが、証人室都の証言も、少なくともニュースタジオないしミネトニと被告飯塚ないし被告中村との間の金銭の貸借の経緯についてはきわめてあいまいで頼りなく、これまたほとんど信を措くに足りないため、両者間の貸借がどうなつていたのかの真相は解明できない。前記判示も、したがつて、被告深瀬の本件建物への入居が、少なくとも原告の占有を侵奪するものであつたとの認定に止まり、被告らの債権の不存在まで判示したものでないことを附言しておく。
三ところで、被告飯塚本人の供述によれば、被告深瀬が本件建物の占有を侵奪したのは、被告飯塚の指図に基づくものと認められるが、同供述によると、被告飯塚は息子である被告中村から一切を委されてその代理人として行動していたと認められ、被告中村が直接本件建物の占有侵奪の実行行為を担当したと認めるに足りる証拠はない(証人室都の証言によつても、被告深瀬の入居の事実を確認できるのみであつて、被告中村の直接行動を認めるには足りない。同証言には、被告深瀬は「中村の指示に従つた」旨の発言をしていたとの部分があるが、同証言及び被告飯塚本人の供述によると、被告飯塚は通称中村姓を使つていたと認められるから、右深瀬の発言は被告飯塚を指すとも考えられ、被告中村の直接関与を認定する証拠とはならない。)。
四<証拠>を総合すれば、被告飯塚は被告中村の代理人として、被告中村を債権者、ミネトニを債務者とする金銭消費貸借公正証書を債務名義としてミネトニに対する有体動産の強制執行を申し立て、昭和五三年六月一日には、被告深瀬がミネトニの従業員であると偽つて執行官から債務名義の正本の送達を受けるとともにミネトニの従業員の立場で執行に立ち会つて本件建物内に存置されていた家財道具類の差押をさせ、翌六月二日には、被告飯塚の自宅で、被告深瀬が同じくミネトニの従業員と偽つて執行に立ち会い、本件建物から搬出してきていた家財道具類をミネトニから委託を受けて保管する物品であると偽つて執行官に差し押えさせ、更に同月一九日には、同様深瀬がミネトニの従業員と偽つて被告飯塚の自宅で差し押えられた物件の競売を実施させ、被告中村が競落人となつたこと、右被告飯塚の自宅での差押、競売に当つては被告中村も自から債権者として執行に立ち会つていること、証人室都の証言によれば右執行の対象となつた物件はいずれも原告の所有であつたこと、をそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。そして、被告飯塚本人の供述及び右認定の事実からすると本件建物で実施された差押の執行の際には被告中村は現場に立ち会つていないが、その執行申立及び差押のなされるに至る事情は被告飯塚から説明を受けて十分認識していたものと推認できる。
以上の認定を覆すに足りる証拠はない。
五以上の認定事実に基づき、原告の請求の当否につき検討する。
1 占有回収の請求について
原告の被告深瀬に対する請求が正当であることは特に説明するまでもなかろう。被告中村に対する請求については、同被告が直接本件建物の占有侵奪行為の実行を担当したとは認められないので、若干問題がある。しかし、被告中村は、本訴において、ミネトニから売買契約による引渡を受けて本件建物を占有するに至つたと主張しており、被告深瀬もこれを前提にして被告中村(現実には代理人である被告飯塚)の承諾を得て本件建物を占有するものであると主張している。そして、右占有に至る経過は原告の主張する占有侵奪行為と同一経過の事実を指すものに他ならない。つまり、ここでは、同一の社会的事実をめぐる双方の主張に差があるわけであるが、当裁判所は右の事実を占有の侵奪と認定した。そうすると、被告中村の主張する占有の根拠も結局被告深瀬の行為の効果を自らに帰せしめるものである以上、占有回収を求める原告の主張との関係では被告中村の主張する占有も結局侵奪の結果としての占有とならざるを得ない。したがつて、原告の被告中村に対する原告の占有回収の訴も正当と認めてよい(もし、被告中村の実行行為が認められないとの理由で、原告の占有回収の訴を排斥するとすれば、被告の占有の主張の前に原告は執行の途を失い、その不合理であることは明らかであろう。要するに、実体法上の観点だけからするなら、現実の占有侵奪者のみを被告とすれば足りるようにみえるが、これを強制執行の手続との関連でみれば、侵奪されたと認められる占有の回収に当つては、当該物件の現在の占有を主張する者も被告適格者とした上で、その者が原告の占有回収を拒み得る者といえるかどうかを判断するのでなければならないといえるのであつて、現実の侵奪行為の実行者であることを絶対的な要件とするのは相当でない。そして、既に判示したところから、被告中村もまた原告の占有回収を拒み得る立場にある―例えば、民法二〇〇条二項本文に該当するなど―場合でないこと明らかである。)。
2 不法行為に基づく損害賠償の請求について
(一) 占有侵奪による財産上の損害賠償請求について
<証拠>によつても、本件建物の賃料相当額が一ケ月六万円を下らないと認められる(証人室都の証言には六万五〇〇〇円との部分もあるがそのまま採用するには十分の根拠がない。)。この財産損害については、被告らの各責任を認めてよい(被告深瀬は実行者被告飯塚は指図者として、また被告中村についても少なくとも深瀬の占有取得により自己の占有を主張する者として、過失責任は免れない。)。もつとも、原告は、仮処分の執行により昭和五三年一〇月二三日に現実に本件建物の占有を回復したことは自認するところであるから損害の生ずる終期は同日と解される(占有回収の訴については、仮処分の結果は考慮せず本案として本件の判断をすべきであるが、損害の請求については、仮処分執行の結果を無視する根拠はない。)。したがつて、原告の請求し得る財産的損害額は合計四〇万四五一六円(一〇月は日割計算)となり、この限度で原告の請求は正当であるが、その余は失当である。
(二) 占有侵奪及び違法執行による慰藉料請求について
(1) 占有侵奪による慰藉料請求について
被告深瀬、同飯塚の本件建物の占有侵奪が不法行為に該ることはすでに判示したところから十分認められる。しかし、このような被告両名の行動を誘発したことについては、原告側の手落ちもあつたことが窺われ(証人室都の証言によれば、同人は原告の妻の母であつたこともあろうが、原告が代表者をしているミネトニの印鑑を預つていたと認められるし、かなりルーズな扱いをしていたことが窺われるほか、室都が代表者をしていたニュースタジオの金銭借入も、あまり返済の当てもないのに手当り次第に借入れをするというような状況で、債権者の信用を損つていた事情が認められる。)、被告の行きすぎをそう強くは非難できないと思われること、更に、証人室都の証言及び被告飯塚本人の供述によると、原告ないし室都と被告飯塚との間では、本件紛争後も再三話し合いが続けられていることを考慮すれば、前記財産上の損害の他に重ねて精神的損害を認めることは相当でない。この点の原告の請求は失当である。
(2) 違法執行による慰藉料請求について
被告中村(代理人被告飯塚)を申立人とする強制執行において、被告深瀬がミネトニの従業員と偽つて執行官を欺き、差押、競売の執行をなさしめたことが不法行為を構成することは論をまたない(たとえ債権があつたにせよ、許されない行為である。)。そして、このことは、(1)において判示した原告側の手落ちという点を考慮しても、被告らの行為があまりにも悪質であり(被告らが自覚していたと否とにかかわらず、国の執行行為の信用性にも影響するところを無視し得ない)、常軌を逸しているといわざるを得ず、原告に対する関係でも、慰藉料を支払う義務を免れないと認められる。そして、その慰藉料の額は、前示の諸般の事情を考慮しても少なくとも一〇〇万円を下らないと認めてよい。原告の請求はこの点で正当である。
六以上のとおりであるから、原告の被告中村、深瀬に対する占有回収の請求及び被告らに対する損害賠償請求のうち一四〇万四五一六円の支払を求める部分は正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(上谷清)
物件目録<省略>