東京地方裁判所 昭和53年(ワ)9905号 判決 1981年9月30日
原告
あさひ書籍販売株式会社
右代表者
杉田亘
右訴訟代理人
櫻井公望
外三名
被告
鈴木孝
被告
西條寛二
被告ら訴訟代理人
鎌田俊正
主文
1 被告鈴木孝は原告に対し、金五四万二三二八円及びこれに対する昭和五三年一〇月三一日から支払ずみまで年一〇パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告西條寛二は原告に対し、金四九万四〇一六円及びこれに対する昭和五三年一〇月三一日から支払ずみまで年一〇パーセントの割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを一〇分にし、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。
5 この判決は、第1、2項につき、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判<省略>
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、週刊誌、月刊誌、書籍等を卸業者である訴外株式会社中央社(以下、訴外中央社という。)から購入し、これを中小卸業者に販売する、いわゆる中間の卸販売を業とする会社であり、被告らは、いずれも原告から訴外中央社出荷の雑誌類(以下、訴外中央社出荷分という。)及び原告のオリジナルの雑誌類(以下オリジナル商品という。)を購入し、原告の営業所名をもつて、これを店頭小売店に卸販売をなしている商人である。
2 原告は、原告上山営業所と称する被告鈴木との間においては昭和五二年一二月五日、原告高松営業所と称する被告西條との間においては同月一二日に、つぎのような取引契約(以下、本件取引契約という。)を締結した。
(一) 原告は被告らに対し、将来継続して原告が取次ぐ雑誌及び関連商品の販売を委託(ただし、一部は買切)し、被告らはこれに基づく業務を行ない、原告に対し、所定の仕切値段による代金を支払う(第四条、第五条)。
(二) 取引契約の期間は、昭和五三年一月一日から向う二〇年間とする(第二条)。
(三) 被告らは、原告の指定する以外の他卸業者から仕入れをしない(第一三条)。
(四) 被告らが営業所の移転、営業の譲渡、組織の変更、廃業その他取引を変更するときは、一か月前に、書面で原告の同意を得る(第一四条)。
(五) 取引契約が終了しても、同一地域内では、一定期間(三か月間)、類似行為はしない(第一四条)。
(六) 被告らは、業務に関し、原告に損害を与えたときは、損害賠償の責に任じ、年一〇パーセントの割合による遅延損害金を付加して支払う(第一九条、第二〇条)。<以下、事実省略>
理由
一請求の原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二被告らの署名・捺印が被告らによつてなされたことは、当事者間に争いがないから、被告ら作成部分につき、真正な成立を推認し、原告作成部分につき、<証拠>を総合すると、請求の原因2の事実(ただし、被告鈴木が原告上山営業所と称し、また被告西條が原告高松営業所と称していたことは、当事者間に争いがない。)が認められる。
もつとも、被告らは、右甲第一、三号証(契約書)が被告らに送付されなかつたから、いまだ原告の承諾がなく、契約は成立していない旨主張し、被告ら各尋問の結果によると、被告らに右甲第一、三号証が送付されなかつたことが認められるが、前記各証拠に徴すると、被告らは原告から、右契約書の各条項を読み聞かされたうえ、これを承諾して署名・捺印に及んだものであることが窺われるから、これをもつて契約は成立したものというべきであり、契約書の送付が契約成立の要件をなすものではない。他に、右認定を覆すに足る証拠はない。
三1 被告らが仕入先を変更して、日販と書籍、雑誌類の取引契約を結び、被告鈴木が昭和五三年八月一二日到達の書面で、原告に対し、訴外中央社出荷分の送本を同月二〇日限り中止することの申入れをなし、これに関する取引契約解除の意思表示をなし、また被告西條が同年八月一〇日到達の書面で、原告に対し、訴外中央社出荷分の送本を同月一七日限り中止することの申入れをなし、これに関する取引契約解除の意思表示をなしたことは、当事者間に争いがない。
2 原告は、被告らからオリジナル商品を含めた本件取引契約全部の解除の意思表示がなされた旨主張するので検討するに、<証拠>を総合すると、原告主張の事実が認められる。
もつとも、<証拠>には、訴外中央社出荷分の中止を求める文面になつており、被告鈴木尋問の結果中には、オリジナル商品を除外した趣旨の供述部分があるが、右証拠に徴すると、被告らが原告との取引きの対象としたのは、訴外中央社出荷分が約九〇%、オリジナル商品が約一〇%を占めるものであり、その主体は訴外中央社出荷分の雑誌類であり、原告が訴外中央社以外から仕入れる雑本類のオリジナル商品は、ごく僅かであり、しかも本件取引契約においては、両者が不可分で対象になつているものと考えられるうえ、右解除の通知書(甲第二、四号証)では、被告らが原告の競争会社である日販に仕入れ先を変更した旨を明記していたのであるから、被告らの右通知は、原告との本件取引契約全部を解除する旨の意思を表明したものと解するのが自然であり、これに反する被告鈴木尋問の結果部分は採用せず、他にこれを覆すに足る証拠はない。
四責任原因に関する抗弁について
1 被告らは、前記被告らからなした取引契約解除の通知に応じ、原告が送本の中止をしたことをもつて合意解除が成立したから損害賠償責任は生じない旨主張する。
しかしながら、<証拠>によると、被告らは、日販との取引契約を成立させたのちに、原告に対する前記解除の通知を発送したものであつて、それまでに原告との話合いは全くせず、しかも、右通知後原告から翻意を求める交渉がなされた際にも、話合いは併行したままで決裂したものであり、当然なされるべき損害賠償に関する話合いもなされなかつたことが窺われ、右事実に照らすと、前記被告らからなした取引契約解除の通知をもつて合意解除の申込みと解する余地はなく、他に合意解除の成立を認めるに足る証拠はない。
2 被告らは、本件取引契約における期間二〇年の約定がその間他業者からの仕入れを全く禁止することになり、独禁法に違反し、無効である旨主張するので検討する。
判旨(一) まず排他的取引約定(契約書第一三条)の効力についてみるに、<証拠>によると、書籍、雑誌類の卸売業界においては、訴外東京出版販売株式会社(以下、東販という。)が第一位、日販が第二位、訴外中央社が第三位の扱い量であり、しかも東販と日販で全体の約七割弱を占め、原告は訴外中央社から仕入れて卸売りをする立場にすぎなく、市場占有率はごく僅かであることが認められ、右事実に徴すると、競争者である東販や日販等は、原告との取引相手を除いて自由に他に取引相手を求めることができるというべきであるから、右約定が公正な競争秩序を阻害するおそれがあるものとはなしがたく、したがつて独禁法二条九項四号、一般指定の七に定める相手方の事業活動を不当に拘束する条件とはなしがたく、これは商品供給者が安定した取引関係の確保によつて、事業活動を計画的、経済的に行うことを企図したものであり、原告において、その取引上の地位が被告らに優越していることを利用し、商慣習上被告らに不利益な条件を強制したものと認めるに足る証拠もない。
(二) つぎに、拘束期間二〇年の約定(契約書二条)の効力についてみるに、たしかに、<証拠>を総合すると、被告らは、従来書籍、雑誌等販売の仕事に全く従事したことがなかつたのに、新聞広告の募集に応じ、まず二週間から一か月の間、他の原告営業所に配置されて、基本的な業務の研修を受け(その間の日当、食費、宿泊費は、原告から支給された。)、さらに原告から被告西條は、自動車、梱包機(時価約四五万円相当)、印刷機(時価約三〇万円相当)、売台二〇〇台(一台当り時価約七〇〇〇円相当)の無償貸与と作業場改築の費用数一〇万円の貸与を、被告鈴木は、梱包機、印刷機、売台一〇〇台の無償貸与をそれぞれ受けたうえ、代理店方式による営業所を開設し、さらに原告従業員から小売店の得意先確保と原告から被告鈴木においては、昭和五〇年一〇月から翌五一年二月まで合計金四八万八〇〇〇円の、被告西條においては、昭和四八年五月から翌四九年四月まで合計金一二二万六〇〇〇円の各固定給の支払いを受ける等の便宜の提供を受け、ようやく一人前の営業者に育成され、本件取引契約にいたつた経緯が認められる。
しかしながら、<証拠によると>、原告は、従業員約一〇〇名、年商額約一二〇億円を擁する卸業者であるのに対し、被告らは職業を転々としたうえ、ようやく独立の商人と認められるにいたつたが、資産や特別の技能を有するものではないこと、本件取引契約では、販売地域が限定され、他業者からの仕入れが禁じられており、取扱商品が書籍、雑誌であるから、再販売価格の維持が当然に求められていること、書籍、雑誌等の卸業界においては、その殆どが期間を定めない取引契約を結んでおり、一部で期間一年とする契約をみるにすぎない実情にあることが認められ、右事実に徴すると、被告らが前記のとおり、原告の営業所の名称を使用して営業し、被告らが開業するにあたり、原告が教育と投資に多くを費し、原告の経済力により育成され、いわば原告の実質的な営業所としての性格に近いことを考慮しても、原告が取引上優越した地位を利用して、正常な商慣習に照らして、期間二〇年の拘束という不当に不利益な条件を科したものであり、原告は、取引上の優越的な地位の不当利用という行為自体により、企業努力を基本とする公正な競争秩序を阻害したものというべきであるから、独禁法一九条、二条九項五号及び一般指定一〇にいう不公正な取引方法を用いたものと解され、しかもその違法の程度は重く、公序良俗に違反し、私法上無効というべきものである。
判旨3 被告らは、被告らがなした本件取引契約解除の意思表示は、民法六五一条一項の解除と解すべき旨主張するが、本件取引契約は、前記のとおり、原告が書籍、雑誌等を継続的に販売委託し、あるいは買切による分については、売り渡すことを内容とするいわゆる継続的供給契約を内容とするものであり、拘束期間の約定が右に見たとおり無効であるから、期間の定めないものと解するほかなく、しかも原告において、被告らが開業するにあたり、かなりの出資、労務の提供をしており、かかる場合における解除解約がいかなる要件のもとになし得るかに関しては、民法六五一条一項の規定によるのではなく、賃貸借(民法六一七条Ⅰ)、雇用(民法六二七条Ⅰ)等の継続的債権関係に関する規定を類推適用し、被告らは、原告に著しい不信行為がある等やむことを得ない事由が存するときに、即時解除が許されるが、そうでないときは、当事者双方の利益状況を衡量し、相当な期間の予告を設けるか、その期間の損害賠償をするのでない限り、解除することが許されないものと解するのが相当である。また、後記のとおり、一〇日間の予告期間も相当とはなしがたい。
4 被告らは、被告らがなした本件取引契約解除の意思表示は、原告の著しい不信行為に基因するやむことを得ない事由がある旨主張するが、たしかに、<証拠>に徴すると、被告らは、本件取引契約において、売上高(一か月)金五〇〇万円未満のときの仕切値は、定価の七七パーセント、金五〇〇万円をこえ、金一〇〇〇万円未満のときは、定価の76.5パーセント(もつとも、被告鈴木については、昭和五三年五月一日から、売上高が金五〇〇万円未満であつても、定価の76.5パーセントにする旨変更された。)とする旨約定したにも拘らず、その後原告から荷造管理費名下をもつて、被告鈴木は定価送品額の0.5パーセント、被告西條は定価送品額の一パーセントを徴求することを求められ、やむなくこれを承諾したこと、被告らから特定の雑誌部数を増す要請がなされても、必ずしもこれがそのとおりに実行がなされない実情にあつたこと、原告から自動車による配送がなかつたため、商品の受領、返品のため遠方まで出向かなければならない不便があつたこと、被告らは、これらの不満を解消し、将来の生活設計を確実にするため、日販に仕入先を変更したこと、以上の事実が認められる。
しかしながら、<証拠>を加えると、原告が被告らから荷造管理費を徴求するにいたつたのは、本件取引契約では、送品の運賃は、原則として原告負担とするが、特殊地域は協議して別に定める旨約されていたうえ、昭和五三年三月に訴外中央社との取引約定が変更され、訴外中央社が被告らに直送する商品の運賃、諸掛として、送本定価額の三パーセントを徴求されることになつたため、その一部として、被告鈴木には、0.5パーセントを、被告西條には、一パーセントを負担して貰うことにし、残余を原告の負担にしたためであること、被告らから特定の雑誌部数増量の要請がなされても、出版社側の出版部数、原告が扱う部数、被告らの返本率等から、直ちに希望どおりにならない場合もあつたこと、被告らは、原告からの配送が戸口までないことを予め承知したうえで、契約に及んでいること、以上の事実が認められ、右事実に、被告らが前記認定の不満を原告に打ちあけ、是正の措置をとる等の行動にでたうえで、契約打ち切りの措置にでたことを認めるに足る証拠がないことを考えあわせると、被告らの本件取引契約契約解除の意思表示がやむことを得ない事由に基づくものということができない。
5 以上検討したことを総合すると、権利乱用の主張も採用できないし、他にこれを認めるに足る証拠はない。
6 したがつて、被告らのなした解除の意思表示は、本件取引の継続を阻害するやむを得ない事由を欠き、しかも相当な予告期間を置かずになされたものであるから、その効力を生ずるに由なく、被告らは原告に対し、日販との取引を始め、原告の取引きを拒絶したことによつて生じた損害を賠償すべきである。
五原告の被つた損害額について
1 <証拠>によると、原告と被告ら間における本件取引中止の直前四か月間の訴外中央社出荷分の取引額は、被告鈴木につき、別紙目録(一)、被告西條につき、同目録(二)記載のとおりであり、原告が右取引によつて得た一か月当たり粗利益平均は、被告鈴木につき、金一二万九一二六円、被告西條につき、金一六万七六二三円であることが認められ、右認定にかかる粗利益に原告が自認する諸経費の割合三〇パーセントを控除すると、原告が被告との取引によつて得た一か月当たり純利益平均は、被告鈴木につき、金九万〇三八八円、被告西條につき、金一一万七三三六円になる。
2 そこで、前記認定のような原告が被告らの開業にあたり支弁した費用や養成に必要な期間、被告らが本件取引を中止するまでに原告と取引した期間その他前記各証拠から窺われる原告が被告ら以外の者に販売委託者を変更するに要する期間等を考慮すると、被告らは、少なくとも六か月間の予告期間をもつて、解除の意思表示をなすべきであり、したがつて、これを欠いた本件においては、原告は、右の期間の得べかりし利益すなわち被告鈴木につき、金五四万二三二八円、被告西條につき、金七〇万四〇一六円を喪失し、右金員相当の損害を被つたものというべきである(なお、被告鈴木は、本件取引中止後原告が直ちに山形営業所を設け、同被告の得意先を奪つて事業を継続したから、損害は回復した旨主張するが、主張に具体性を欠き、その趣旨が心ずしも明らかでないうえ、これに添う被告鈴木本人尋問の結果部分は、<証拠>に照らすと、これをにわかに採用できず、他にこれを認めるに足る証拠はない。)。
六損害に関する抗弁について
被告らの抗弁6の事実は、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、再抗弁の事実(ただし、被告鈴木に対する売掛金と昭和五三年九月一日に相殺する方法による。)が認められる。
七結論
以上のとおり、債務不履行による損害賠償として、被告鈴木は原告に対し、金五四万二三二八円、被告西條は原告に対し、金四九万四〇一六円及びこれらに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和五三年一〇月三一日から支払ずみまで約定の年一〇パーセントの割合による遅延損害金を支払う義務があるから、本訴請求は右の限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文、九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。 (伊藤博)
目録(一)、(二)<省略>