東京地方裁判所 昭和53年(特わ)1856号 判決 1980年3月14日
本籍
熊本県牛深市牛深町一、五〇〇番地
住居
神奈川県横浜市南区永田町五五二番地
会社役員
岩本秀喜
昭和一八年八月四日生
本籍
東京都杉並区上荻二丁目七八番地
住居
神奈川県横浜市南区永田町一、〇三四番地の四三
会社役員
石井吉博
昭和一八年二月二〇日生
本店所在地
東京都杉並区荻窪五丁目二番四号
株式会社 大基商事
(右代表者代表取締役 岩本秀喜)
右岩本秀喜に対する所得税法違反、法人税法違反、石井吉博に対する所得税法違反、株式会社大基商事に対する法人税法違反各被告事件について、当裁判所は検察官八代宏出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。
主文
被告人岩本秀喜を懲役一年六月及び罰金一〇〇〇万円に、同石井吉博を懲役六月及び罰金六〇〇万円に、同株式会社大基商事を罰金二七〇〇万円に、それぞれ処する。
被告人岩本秀喜、同石井吉博において右罰金を完納することができないときは、各金五万円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から、被告人岩本秀喜に対し三年間、同石井吉博に対し二年間、右各懲役刑の執行をそれぞれ猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
第一 被告人岩本秀喜(以下「岩本」という。)、同石井吉博(以下「石井」という。)の両名は、東京都杉並区荻窪五丁目二番四号などにおいて、「株式会社兆登」などの名称で皮革製品等の販売を共同で営んでいたものであるが
一、被告人岩本は、自己の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外して仮名預金を設定するなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和五〇年分の実際総所得金額が八〇、〇七四、三〇一円あつた(別紙一の(一)修正貸借対照表及び一の(二)修正損益計算書参照)のにかかわらず、昭和五一年二月二一日埼玉県浦和市常盤四丁目一一番一九号所在の所轄浦和税務署において、同税務署長に対し、同年分総所得金額が六、五七〇、〇〇〇円でこれに対する所得税額が一、〇六五、七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五四年押第四五六号の符号3)を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額四五、二一八、二〇〇円(別紙四の(一)税額計算書参照)と右申告税額との差額四四、一五二、五〇〇円を免れ、
二、被告人石井、同岩本の両名は、被告人石井の所得税を免れようと企て、共謀のうえ、前同様の方法により所得を秘匿したうえ、被告人石井の昭和五〇年分の実際総所得金額が五三、四一六、二三四円あつた(別紙一の(一)修正貸借対照表及び一の(三)修正損益計算書参照)のにかかわらず、昭和五一年三月一〇日同都杉並区天沼三丁目一九番四号所在の荻窪税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額が、四、六〇〇、〇〇〇円でこれに対する所得税額が五八六、七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の符号4)を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額二六、九五五、一〇〇円(別紙四の(二)税額計算書参照)と右申告税額との差額二六、三六八、四〇〇円を免れ、
第二 被告人株式会社大基商事(昭和五三年五月三一日以前の商号は株式会社兆登。以下「被告会社」という。)は、東京都杉並区荻窪五丁目二番四号に本店を置き、皮革製品の販売等を営業目的とする資本金五〇〇万円の株式会社であり、被告人岩本秀喜は、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括しているものであるが、被告人岩本は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部を除外して簿外預金を設定するなどの方法により所得を秘匿したうえ、
一、昭和五一年一月一七日から同年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が九四、三六〇、〇二三円あつた(別紙二修正貸借対照表参照)のにかかわらず、同年一〇月二六日、同都杉並区天沼三丁目一九番四号所在の所轄荻窪税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が四八七、五五九円の欠損で、これに対する法人税額は零である旨の虚偽の法人税確定申告書(前同号の符号1)を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もつて不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額三七、一八四、〇〇〇円(別紙四の(三)税額計算書参照)を免れ、
二、昭和五一年九月一日から同五二年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一八八、一八三、六〇九円あつた(別紙三修正貸借対照表参照)のにかかわらず、昭和五二年一〇月二八日前記荻窪税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が四、四七八、六七一円でこれに対する法人税額は、一、二五三、八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(前同号の符号2)を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もつて不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額七四、四三三、二〇〇円(別紙四の(四)税額計算書参照)と右申告税額との差額七三、一七九、四〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)(甲一、乙番号は証拠等関係カード記載の検察官請求番号を示す。)
判示事実全般につき
一、被告人岩本秀喜の第六回公判廷における供述及び検察官に対する各供述調書(五通)(乙1ないし5)
一、被告人石井吉博の第六回公判廷における供述及び検察官に対する供述調書(乙6)
別紙一の(一)(被告人岩本、同石井両名の昭和五〇年分共同事業所得についてのもの)、二及び三の各修正貸借対照表掲記の各勘定科目別の数額のうち、
1 現金(別紙一の(一)<1>、同二<1>、同三<1>)につき
一、収税官吏杉元竜太郎作成の現金調査書(甲一2)
2 当座預金(別紙一の(一)<2>、同二<2>、同三<2>)、普通預貯金(別紙一の(一)<3>、同二<3>、同三<3>)、定期積立金(別紙一の(一)<4>、同二<4>、同三<4>)、定期預金(別紙一の(一)<5>)、通知預金(別紙二<5>、同三<5>)につき
一、収税官吏山本孜作成の預貯金残高等調査書(甲一3)
3 関係会社貸付金(別紙二<6>、同三<7>)につき
一、収税官吏松本守正作成の関係会社貸付金調査書(甲一4)
4 商品(別紙一の(一)<7>、同二<7>、同三<11>)につき
一、収税官吏高木健次郎作成の商品在庫調査書(甲一5)
5 積送品(別紙二<8>、同三<12>)につき
一、収税官吏山本孜作成の積送品調査書(甲一6)
6 什器備品(別紙一の(一)<8>)につき
一、収税官吏関谷隆作成の調査書(甲一7)
7 車両(別紙一の(一)<9>)、車両運搬具(別紙二<11>、同三<15>)につき
一、収税官吏大小田耕二作成の車両調査書(甲一8)
8 差入保証金(別紙一の(一)<10>、同二<12>、同三<16>)につき
一、収税官吏須山勇作成の敷金調査書(甲一9)
9 権利金(別紙一の(一)<12>、同二<13>、同三<17>)につき
一、収税官吏須山勇作成の権利金調査書(甲一10)
10 電話加入権(別紙一の(一)<11>、同二<14>、同三<18>)につき
一、収税官吏遊佐清徳作成の電話加入権調査書(甲一11)
11 出資金(別紙二<15>、同三<19>)につき
一、収税官吏遊佐清徳作成の出資金調査書(甲一12)
12 事業主勘定(別紙一の(一)<15>)、岩本・石井貸付金(別紙二<16>、同三<20>)につき
一、収税官吏山本孜作成の個人勘定調査書(甲一13)
一、検察事務官小平辰夫作成の捜査報告書(甲一14)
一、証人野田洋三、同山田純男の当公判廷における各供述
13 販売員貸付金(別紙一の(一)<6>、同二<17>、同三<21>)につき
一、収税官吏松本守正作成の販売員貸付金調査書(甲一15)
14 買掛金(別紙二<18>、同三<22>)につき
一、収税官吏高木健次郎作成の買掛金調査書(甲一16)
15 支払手形(別紙一の(一)<13>、同二<20>、同三<24>)につき
一、収税官吏大小田耕二作成の支払手形調査書(甲一17)
16 売上仮受金(別紙二<22>、同三<26>)につき
一、収税官吏須山勇作成の売上仮受金調査書(甲一18)
17 借入金(別紙三<27>)につき
一、収税官吏坂本昭和作成の借入金調査書(甲一19)
18 設立時仮受金(別紙二<23>、同三<28>)、仮払金(別紙二<27>)につき
一、収税官吏山本孜作成の設立時仮受金、仮払金調査書(甲一20、21)
19 未納事業税(被告人岩本、同石井の各昭和五〇年分事業所得分、別紙三<29>)につき
一、収税官吏山本孜作成の未納事業税調査書(甲一22)
20 交際費限度超過額(別紙二<26>)につき
一、収税官吏山本孜作成の査察官報告書(甲一23)
21 未経過利息(別紙一の(一)<14>、同二<28>)につき
一、収税官吏大小田耕二作成の未経過利息及び支払利息調査書(甲一24)
22 利子所得(別紙一の(一)<17>)、納付済源泉所得税(別紙一の(一)<18>)につき
一、収税官吏山本孜作成の預貯金残高等調査書及び利子所得調査書(甲一3、25)
23 非課税及び分離課税分利子所得(別紙一の(一)<19>)につき
一、収税官吏山本孜作成の非課税及び分離課税分利子所得調査書(甲一26)
24 申告欠損金(別紙二<29>)につき
一、押収してある五一年八月期法人税確定申告書一綴(昭和五四年押第四五六号の符号1)
25 繰越欠損金当期控除(別紙三<34>)につき
一、押収してある五二年八月期法人税確定申告書一綴(前同号の符号2)
判示第一の事実のうち、過少申告の事実及び別紙一の(二)、(三)の各修正損益計算書掲記の公表金額につき
一、押収してある五〇年分所得税確定申告書二袋(前同号の符号3、4)
判示第二の事実につき
一、登記官作成の登記簿謄本(甲一1)
判示第二の事実のうち、過少申告の事実及び別紙二、三の各修正貸借対照表掲記の公表金額につき
一、押収してある昭和五一年八月期法人税確定申告書一綴(前同号の符号1)、昭和五二年八月期法人税確定申告書一綴(前同号の符号2)
(事業主勘定の訂正及びそれに伴う調整勘定の計上について)
検察官主張にかかる被告人岩本、同石井の昭和五〇年分共同事業所得に関する別紙一の(一)修正貸借対照表の事業主勘定科目中には、被告人岩本の山田純男への及び被告人石井の野田洋三への各不動産売却収入計三、二〇〇万円が含まれているところ、前掲各証拠ことに証人野田洋三、同山田純男の当公判廷における各供述によれば、右はいずれも、被告人両名が、そのころ横浜市に購入した土地代金の資金源につき税務当局の調査対策上、あたかも各自が当時所有していた埼玉県新座市所在の土地、建物を前記野田及び山田に売却し、その代金を右土地購入資金の一部に充てたかの如く仮装しようとしたものであつて、実際は、右両名へ各々無償で贈与したものに過ぎないことが認められる。
叙上認定の事実に照らせば、事業主勘定科目の数額算定の基礎となる被告人両名個人別収支の計算上右の不動産売却収入三、二〇〇万円を計上することはできず、従つて個人収入の減少分だけ事業主勘定科目の数額が増加し、その結果昭和五〇年分の被告人両名の実際総所得金額及び各ほ脱所得税額にも増加をきたすこととなるが、かくては被告人両名に不利益なことは明らかであるところ、検察官はこの点につき何ら訴因変更を求める措置をとつていないため、訴因の拘束を受け、右ほ脱所得税額は認められないところから、ほ脱所得の算出上、三、二〇〇万円を訴因の拘束力に伴う手続上の勘定科目である「訴因調整勘定」として別紙一の(一)修正貸借対照表貸方欄当期増減金額欄に計上することとする。従つて、本件につきほ脱税額につき変動はないこととなる。
(弁論要旨 記九の(三)について)
弁護人は、所得税法、法人税法所定の所得の計算方法に照らし、ほ脱所得額の立証は損益計算法によるべきものであつて、財産増減法による立証は違法である旨主張するが、ほ脱所得額、さらにはその算出の基礎となる収入金額、必要経費(又は益金、損金の額)は、直税ほ脱犯の特別構成要件要素であるほ脱税額算定の前提となる事実ではあつても、構成要件要素そのものではない。従つて、直税ほ脱犯の立証に当つては、収入金額、必要経費(又は、益金、損金の額)を直接立証することのできる損益計算法によることが望ましいことは言うまでもないところであるが、損益科目算定の資料となる帳簿、証憑書類が廃棄され、あるいは虚偽記載がなされる等の事由によつて、損益計算が不可能な場合においては、期中の所得額を確定する方法としていわゆる財産増減法による立証を行なうことも適法であると解するのが相当である。もとより財産増減法立証による場合には、過年度分からの持込資産を当期の所得と誤認することのないよう慎重な検討を要するし、いわゆる事業主勘定の内容についても数額の確定、経費性の有無等について厳格な吟味が必要であるが、他方、これらの点に充分留意すれば、財産増減法によつて算定される所得額は、損益計算法によつて得られる所得額と同額であるか、少くともこれを上廻らないことが担保されるのであつて、これを違法、不当視するに当らない筋合である。弁護人が、貸借立証においては検察官は資産勘定の立証のみ行なえば足り、負債勘定の立証責任は被告人に転嫁されるかの如き立論をなしでいるのは、明らかに財産増減法立証の意義を曲解するものであつて、その前提において既に誤りと言うほかない。
(法令の適用)
(被告人岩本秀喜)
一、罰条の適用
判示第一の一の所為 所得税法二三八条(懲役刑及び罰金刑を併科し、情状により罰金額は免れた所得税の額に相当する金額以下とする。
判示第一の二の所為 刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条(懲役刑選択)
判示第二の各所為 各法人税法一五九条一項(いずれも懲役刑選択)
一、併合罪の加重
刑法四五条前段、懲役刑につき四七条本文、一〇条(犯情最も重いと認める判示第二の二の罪の刑に法定の加重)、罰金刑につき四八条一項
一、労役場留置
刑法一八条
一、刑の執行猶予
懲役刑につき刑法二五条一項
(被告人石井吉博)
一、罰条の適用
判示第一の二の所為 刑法六〇条、所得税法二三八条(懲役刑及び罰金刑を併科し、情状により罰金額は免れた所得税の額に相当する金額以下とする。)
一、労役場留置
刑法一八条
一、刑の執行猶予
懲役刑につき刑法二五条一項
(被告会社)
一、罰条の適用
判示第二の各所為 各法人税法一六四条一項、一五九条(情状により罰金額はそれぞれ免れた法人税の額に相当する金額以下とする。)
一、併合罪の加重
刑法四五条前段、四八条二項
(量刑の事情)
本件ほ脱税額が高額であること(被告人岩本の責に帰すべき分は合計一八〇、八八四、三〇〇円にのぼる。)、申告率が〇ないし二・五パーセントと極度に低いこと、売上除外に際しては振込口座を頻繁に変更し、関係帳簿を短期間で廃棄する等の工作を行ない、かつ、査察調査段階においても罪証隠滅を図つていることに照らし、被告人ら三名ことに被告人岩本の刑責は軽からざるものがあるが、他方、本件各犯行の動機、ほ脱金額の使途、被告人岩本、石井の事業経営に対する態度、犯行についての改俊の情、修正申告及び税の納付状況その他弁護人主張の被告人らに有利な諸事情を綜合すれば、この際、被告人らの刑責を明らかにする意味で懲役刑、罰金刑につき相応の科刑をなすとともに、被告人岩本、同石井の懲役刑については暫くその執行を猶予し、自力更生の機会を与えることが刑政の本旨に合致するものと認め、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 松澤智 裁判官 井上弘道)
別紙一の(一)
修正貸借対照表
昭和50年分共同事業所得
昭和50年12月31日
<省略>
別紙一の(二)
修正損益計算書
岩本秀喜
自 昭和50年1月1日
至 昭和50年12月31日
<省略>
別紙一の(三)
修正損益計算書
石井吉博
自 昭和50年1月1日
至 昭和50年12月31日
<省略>
別紙二
修正貸借対照表
株式会社 大基商事
昭和51年8月31日
<省略>
別紙三
修正貸借対照表
株式会社 大基商事
昭和52年8月31日
<省略>
別紙四の(一)
税額計算書
昭和50年分 岩本秀喜
<省略>
別紙四の(二)
税額計算書
昭和50年分 石井吉博
<省略>
別紙四の(三)
税額計算書
株式会社 大基商事
昭和51年1月17日~同51年8月31日
<省略>
別紙四の(四)
税額計算書
株式会社 大基商事
昭和51年9月1日~昭和52年8月31日
<省略>