東京地方裁判所 昭和53年(特わ)314号 判決 1978年5月29日
主文
被告人を懲役一〇月および罰金八〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金三万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都港区において「Tプロ」の映画製作業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、映画製作による収入の除外をする等の方法により所得を秘匿したうえ
第一 昭和四九年分の実際総所得金額が二九、二二九、三四二円あつたにもかかわらず、昭和五〇年三月一二日、所轄税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額が四、七七七、七二四円でこれに対する所得税額が六二六、〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を待過させ、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額一二、四一九、八〇〇円と右申告税額との差額一一、七九三、八〇〇円を免れ
第二 昭和五〇年分の実際総所得金額が四五、五〇一、一八八円あつたにもかかわらず、昭和五一年三月一三日、前記税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額が四、五〇〇、〇〇八円でこれに対する所得税額が四七三、六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額二一、六七三、六〇〇円と右申告税額との差額二一、二〇〇、〇〇〇円を免れ
第三 昭和五一年分の実際総所得金額が二二、四〇一、四六二円あつたにもかかわらず、昭和五二年三月一一日、前記税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額が七、三六三、四七五円でこれに対する所得税額が七〇〇、八〇〇円である旨の虚偽の所得税額確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額七、四六三、九〇〇円と右申告税額との差額六、七六三、一〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(昭和五〇年分家賃収入についての当裁判所の判断)
検察官は、被告人の昭和五〇年分の不動産所得にかかる家賃収入につき、S(株)から一四、四〇〇、〇〇〇円、N興行(株)から五、四〇〇、〇〇〇円合計実際額一九、八〇〇、〇〇〇円があるのに、申告額五、三六〇、〇〇〇円であるから除外額一四、四四〇、〇〇〇円となると主張しているが、被告人の昭和五〇年分確定申告書添付の昭和五〇年分収支明細書(不動産用)によれば、家賃収入として五、四〇〇、〇〇〇円の金額が記載されており、別に地代収入として二四〇、〇〇〇円があるとして、その合計額を五、六〇〇、〇〇〇円として計算し、右金額を確定申告しているので、その差額四〇、〇〇〇円があるところから、これについて当裁判所の判断を示すこととする。
被告人は、当公判廷において、右確定申告書の記載は、もともと五、六四〇、〇〇〇円として記入すべきところ、誤つて五、六〇〇、〇〇〇円と記入してしまつたもので誤記であり、右四〇、〇〇〇円を脱税しようと思つて記入したものではない旨供述している。
そこで右昭和五〇年分収支明細書(不動産用)を検討すると、同書面裏面の「収入金額の内訳」欄には、貸家、貸地の所在、戸数等の外、借家(地)人の氏名として、N興行(株)、賃貸家屋三口、月額賃料各一五〇、〇〇〇円、年額家賃各一、八〇〇、〇〇〇円、賃貸土地一口、賃貸土地一口、月額賃料二〇、〇〇〇円年額地代二四〇、〇〇〇円が記載されている事実を認めることができる。
しかして、被告人は右昭和五〇年分不動産所得の前後年分についても家賃、地代収入金額は変らないし、申告額も五、六四〇、〇〇〇円として申告している旨供述しているので、昭和四九年分及び昭和五一年分の各確定申告書、及び同書面添付の収支明細書(不動産用)を検討すると、いづれも昭和五〇年分の賃借人、賃料と同一の家賃収入として計五、四〇〇、〇〇〇円、地代収入として二四〇、〇〇〇円の合計額を五、六四〇、〇〇〇円として正確に計算して各確定申告している事実が認められる。
右の事実を総合すれば、昭和五〇年分について、本来、五、六四〇、〇〇〇円として計算し申告すべきところ、計算誤りをして五、六〇〇、〇〇〇円と誤記したものと認めるのが相当であるから、明らかに、本件四〇、〇〇〇円の金額については、逋脱の犯意を欠くものということができる。
なお、被告人の経理事務を担当し、確定申告書を代行して作成したTの検察官に対する供述調書第一一項によれば、N興行(株)からの実際収入額よりも更に四〇、〇〇〇円を少なく申告した理由につき「私が杜撰な申告書作成をしたためです」と供述した部分があるが、前掲各証拠と併せ考えれば、右の供述部分を以て四〇、〇〇〇円につき逋脱の犯意を推認することはとうていできないといわねばならない。
ところで、租税逋脱犯は故意犯であるから、犯罪の成立には、故意―脱税の認識―を必要とするところ、右逋脱犯の故意については、逋脱金額が正確にいくらであるか、あるいは逋脱金額の計算のもととなる所得について、どの程度所得を圧縮したかについての具体的な金額の正確な認識を必要としないが、しかし、他方、故意に基づく所得の隠蔽工作とはかかわりなく、故意によらず、あるいは思い違いによる計算違いによつて、客観的に負担する税額と申告税額との間に齟齬を生じ、客観的には脱税の結果を生じても、それは偽り、不正の行為とは結びつかないから逋脱犯とはならないと解すべきである。
従つて、隠蔽工作とは明らかに無関係に生じた計算誤謬や思い違いによる収入の記載漏れ等によつて生じた、税の過少申告の部分は、偽り、不正の行為による逋脱の故意の対象外といえるから、この部分については逋脱所得を構成しないといわねばならない。
また、それは所得金額をことさらに過少に記載した内容虚偽の確定申告書を所轄税務署に提出するものともえない。
ところで、逋脱犯における逋脱の犯意につき、具体的に各勘定科目ごとの個別的な犯意である必要はないと解されるが、それは免れた全税額につき一応脱税の犯意が推認されるからなのである。
これを本件についてみるに、叙上認定の事実のとおり、四〇、〇〇〇円の金額については、一見して明白に計算誤謬したものと認められ、かつ、故意に基づく所得の隠蔽工作とは明らかに無関係に生じたものであるから脱税の犯意は推認されない。従つて、故意を阻却し、その部分は行為者の認識した正当な所得金額(実際所得金額)には含まれないといわねばならない。
故に、当該所得税の過少申告の部分は、偽り不正の行為による逋脱の故意の対象外であると認め、右に該当する税額部分の金額は本件逋脱税額から控除することとした。
(昭和四九年分、昭和五〇年分の不動産所得のうち支払地代の金額について)
検察官は、不動産所得のうち必要経費として支払地代を計上し、そのうちK劇場分支払地代につき、昭和四九年分、昭和五〇年分のいずれも一六九、〇五六円である旨主張する。
収税官吏作成の支払地代調査書によれば、一応右金額にそう如き記載のあることは認められるが、しかし右調査書記載の基となつた引用証拠たる貸地主M作成の申述書によれば、被告人から受領した地代は、両年分とも各一六九、〇六〇円であることが認められる。
被告人も当公判廷において、各一六九、〇六〇円が正しい旨供述している。
従つて、右調査書の差額四円は転記の際の誤記と認められるので、支払地代は各一六九、〇六〇円と認めるのが相当である。
ただ、本件実際所得金額の計算は、事業所得につき財産増減の方法(修正貸借対照表)により立証し、不動産所得については、右修正貸借対照表によつて得られた純資産から控除する方式をとつているところから、右四円の金額については、その結果として、事業所得が増加することになるので、本件総所得金額に影響はない。
(法令の適用)
判示各所為につきいずれも所得税法二三八条(懲役刑と罰金刑を併科)。
判示各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから懲役刑につき、刑法四七条本文、一〇条(判示第二の罪の刑に加重)。
罰金刑につき、刑法四八条二項。
労役場留置につき、刑法一八条。
懲役刑の執行猶予につき、刑法二五条一項。
よつて主文のとおり判決する。
(松澤智)
別紙<省略>