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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)124号 判決 1979年11月19日

原告 塚田辰男

被告 蒲田税務署長 国 東京都 東京都大田区

訴訟代理人 竹内康尋 奥原満雄 外三名

主文

一  原告の本件訴えのうち、被告蒲田税務署長が原告に対し昭和五一年九月三日付けでした原告の昭和五〇年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定の無効確認を求める訴えを却下する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  (主位的請求)

被告蒲田税務署長が原告に対し昭和五一年九月三日付けでした原告の昭和五〇年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定は無効であることを確認する。

(予備的請求)

被告蒲田税務署長が原告に対し昭和五一年九月三日付けでした原告の昭和五〇年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  被告国は、原告に対し、金六〇九万円及びこれに対する昭和五一年九月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告東京都は、原告に対し、金一七四万円及びこれに対する昭和五一年一一月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告東京都大田区は、原告に対し、金一一六万円及びこれに対する昭和五一年一一月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  2項から4項までにつき仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、東京都大田区西蒲田七丁目六二番八所在の宅地(面積一五〇・七四平方メートル)及び同宅地上の家屋(公簿上は倉庫で床面積二三・一四平方メートル。以下「本件家屋」という。)を所有し、本件家屋に居住していたが、昭和五〇年三月一三日、右宅地を同七丁目六二番一六(面積九九・四四平方メートル。以下「本件土地」という。)と同七丁目六二番八(面積五一・二九平方メートル。以下「本件残地」という。)に分筆した上、同日、本件土地を訴外大坂友文に売却し、同年五月一四日、これを同訴外人に引き渡した。その際、本件残地上にある本件家屋の一部が本件残地からはみ出し本件土地に食い込む形となつたため、本件家屋の一部分を取り壊し、本件土地を更地とした上で右の引渡しを行つた。この本件家屋の一部取壊しにより、本件家屋は居住の用に供し得なくなつたため、原告は同年七月他へ転居した。

2  原告の昭和五〇年分所得税の対象となる所得は、本件土地の売却による長期譲渡所得のみであつたため、原告は、昭和五一年三月一五日、別表確定申告額欄記載のとおり所得税額五七五万二八〇〇円とする確定申告書を提出し、右金額を納付した。

3  東京都大田区長(以下「大田区長」という。)は、右確定申告書の提出に伴い、原告の昭和五一年度都民税を五七万九五八〇円、同特別区民税を一一六万〇二六〇円と決定し、昭和五一年六月五日、原告に対し右の納税通知書を送付し、原告は、同月一〇日、右合計額一七三万九八四〇円より報奨金五万六五三七円を控除した一六八万三三〇三円を納付した。

4  ところが、被告蒲田税務署長(以下「被告署長」という。)は、昭和五一年九月三日、原告の昭和五〇年分所得税について別表更正額欄記載のとおり更正(以下「本件更正」という。)を行うとともに、過少申告加算税二九万円の賦課決定を行つた。そのため、原告は、同月六日、右更正額と確定申告額の差額五八〇万円の所得税及び右二九万円の過少申告加算税、合計六〇九万円を納付した。

5  大田区長は、本件更正に伴い、原告の昭和五一年度都民税を一一五万九五八〇円に、同特別区民税額を二三二万〇二六〇円に変更し、昭和五一年一〇月九日、原告に対し、既納付額との差額として都民税五八万円、特別区民税一一六万円、合計一七四万円の納税通知書を送付し、原告は、同年一一月一日、右一七四万円を納付した。

6  1において述べたとおり、原告は、本件土地の売却に際し、これに一部食い込む形の本件家屋についてその一部を取り壊し、その結果、本件家屋は居住の用に供し得なくなつたのであるから、租税特別措置法(昭和五一年法律五号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三五条一項に規定する「個人がその居住の用に供している家屋とともに、その敷地の用に供されている土地の譲渡をした場合」に該当するものとして、本件土地の売却に伴う長期譲渡所得の特別控除額は、同項一号の三〇〇〇万円とすべきである。しかるに、被告署長は、右特別控除額三〇〇〇万円の申告を否認し、右特別控除額は措置法三一条二項の規定により一〇〇万円であるとして本件更正を行つた。したがつて、本件更正は、法令の適用を誤つた無効なものであり、仮に無効でなくとも取り消さるべきものであり、被告国は、本件更正に伴い原告が昭和五一年九月六日納付した前記六〇九万円相当額を不当利得として返還すべきである。また、被告東京都は、本件更正に伴い大田区長のなした都民税及び特別区民税の変更に従い、原告が同年一一月一日納付した前記一七四万円相当額を不当利得として返還し、被告東京都大田区(以下「被告大田区」という。)は、同じく原告が納付した前記一七四万円中特別区民税一一六万円相当額を不当利得として返還すべきである。

7  なお、原告は、本件更正及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定について、昭和五一年一〇月二五日被告署長に対し異議申立てをなしたが、昭和五二年一月二四日申立棄却の決定を受け、同年二月二二日国税不服審判所長に対し審査請求をなしたが、同年八月二七日請求棄却の裁決を受け、同月三〇日同裁決書謄本の送達を受けた。

8  よつて、原告は、本件更正及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定の無効確認又は取消しを求めるとともに、被告国に対し右不当利得金六〇九万円及びこれに対する前記納付の翌日である昭和五一年九月七日から、被告東京都に対し右不当利得金一七四万円及びこれに対する前記納付の翌日である同年一一月二日から、被告大田区に対し右不当利得金一一六万円及びこれに対する前記納付の翌日である同月二日から、各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告署長及び被告国の請求原因に対する答弁

1  請求原因1のうち、本件家屋が一部取壊しにより居住の用に供し得なくなり、そのため原告が他に転居した事実は否認し、その余の事実は認める。

2  請求原因2、4及び7の事実は認める。

3  請求原因6のうち、本件土地の譲渡に伴う長期譲渡所得の特別控除額につき、原告が措置法三五条一項一号の三〇〇〇万円を申告し、被告署長がこれを否認した上措置法三一条二項の一〇〇万円を適用して本件更正を行つた事実は認めるが、その余の主張は争う。

三  被告東京都及び被告大田区の請求原因に対する答弁

1  請求原因1及び7の事実は不知。

2  請求原因2から5までの事実は認める。

3  請求原因6の主張は争う。原告が被告東京都に対し返還を求める一七四万円のうち、被告東京都に帰属しているのは都民税分五八万円のみであるから、右一七四万円のうち五八万円を超える部分の返還請求はそれ自体失当である。

四  被告署長及び被告国の主張

原告は、本件家屋の前記一部取壊し後もこれに居住し続けていたところ、昭和五〇年一〇月三〇日、本件残地につき訴外千代田シツピング株式会社(以下「千代田シツピング」という。)との間で堅固な建物所有を目的とする宅地賃貸借契約を締結し、同契約の履行として同年一一月一〇日本件家屋の全部を取り壊した上、本件残地を更地として千代田シツピングへ引き渡した。原告は、本件家屋を右のとおり全部取り壊すために、同年一〇月ころ本件家屋から他へ転居したものである。すなわち、原告が本件土地の譲渡に伴い本件家屋の一部を取り壊したとしても、それにより本件家屋が居住の用に供し得なくなつたわけではなく、現に原告は一部取壊し後も引き続き本件家屋に居住していたものであつて、本件土地の譲渡に伴う長期譲渡所得の特別控除額について、措置法三五条一項一号の規定を適用する余地はなく、措置法三一条二項の規定を適用すべきであるから、本件更正及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定は適法である。

五  被告東京都及び被告大田区の主張

本件更正が適法なものであることは四に記載のとおりであり、大田区長が行つた請求原因5記載の都民税及び特別区民税の変更は、本件更正による更正額を基準としてなされたものであるから、地方税法七三四条二項及び三項、四一条一項、七三六条一項及び三項、三一五条一号並びに三二一条の二第一項の規定にのつとつた正当な処分である。

第三証拠<省略>

理由

一  最初に、原告の本件訴えのうち、被告署長が原告に対し昭和五一年九月三日付けでした原告の昭和五〇年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定の無効確認を求める訴えの適否について検討する。

原告は、本訴において、被告署長の右処分の無効確認を求めるとともに、同処分に基づき原告が納付した税額相当額を不当利得として返還するよう求めているが、既に税額全部を納付ずみである以上、右処分に続く処分により損害を受けるおそれがないことは明らかであるし、また、右処分の無効を独立に確定しなくても、現在の法律関係に関する訴え、すなわち被告署長の右処分が無効であることを前提として同処分に基づき納付した税額相当額の不当利得返還を求める訴えにより目的を達することができ、現に本訴においてその請求を行つているのであるから、被告署長の右処分の無効確認を求める訴えについては、行政事件訴訟法三六条の定める原告適格を有しないものといわなければならない。したがつて、原告の右訴えは不適法である。

二  次に、本件更正の適否について検討する。

1  請求原因2及び4の事実については当事者間に争いがなく、また、請求原因1のうち、本件土地売却の際の本件家屋の一部取壊しにより本件家屋が居住の用に供し得なくなり、そのため原告が他に転居したという部分を除く事実についても、原告と被告署長及び被告国との間においては争いがなく、その余の被告との間においては弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

2  原告は、本件土地売却の際の本件家屋の一部取壊しにより、本件家屋は居住の用に供し得なくなつたから、本件土地売却に伴う長期譲渡所得の特別控除額については、措置法三五条一項一号の規定により三〇〇〇万円とすべきであると主張する。措置法三五条一項は、個人がその居住の用に供している家屋とともにその敷地の用に供している土地の譲渡をした場合の譲渡所得について特別控除を認めているが、その趣旨は、右のような居住用財産の譲渡によつて住居を失つた場合には、これに代わる新たな住居を取得しなければならなくなるのが通常であることを考慮して、右譲渡による税負担をできるだけ軽減しようとしたものである。このような立法趣旨からすると、個人が、その居住の用に供している家屋を、その敷地の用に供している土地を更地として譲渡する目的で取り壊した上、当該土地のみを譲渡した場合には、家屋を敷地とともに譲渡した場合に準ずるものとして措置法三五条一項に該当すると解するのが相当であり、更にそれにとどまらず、本件のように、個人が、その居住の用に供している家屋の敷地の一部を更地として譲渡するために当該家屋の一部を取り壊し、その取壊部分の敷地を譲渡した場合にも、右取壊しが敷地を更地にするために必要な限度のものであり、かつ右取壊しによつて残存家屋が居住の用に供し得なくなつたときは、これに代わる新たな住居の取得を必要とすることになるのであるから、右譲渡につき措置法三五条一項を拡張適用する余地があるものと解される。

3  証人塚田喜代野の証言によると、本件土地売却の際の本件家屋の一部取壊しは、本件土地を更地として売却するために必要な限度内のものと認められるから、右一部取壊し後の残存家屋が居住の用に供し得なくなつたか否かを検討する。

(一)  証人塚田喜代野の証言、弁論の全趣旨により成立の真正を認める甲第一六号証の一及び二、並びに成立に争いのない乙第三号証、乙第四号証の一から三まで、乙第五号証の一から三まで並びに乙第六号証の一及び二を総合すると、本件家屋は分筆前の東京都大田区西蒲田七丁目六二番八所在宅地の南寄りの部分にあり、原告とその母である塚田喜代野の二人が居住していたが、右土地の北寄りの部分約九九平方メートル(三〇坪)につき訴外大坂友文との間に売買が成立したので、その譲渡部分を本件土地として分筆したところ、本件家屋の大部分は本件残地上に残つたものの、北側の一部が本件土地にはみ出すこととなつたため、前記のとおり一部を取り壊して本件土地を更地として引き渡し、取壊しの後の残存家屋には引き続き原告と母とが居住し、同年一〇月七日になつて東京都大田区新蒲田一丁目一三番八号へ転居した事実が認められる。

(二)  証人塚田喜代野の証言並びに前掲甲第一六号証の一及び二によると、右転居先の家屋は六畳間、三畳間、台所、玄関及びトイレという構造であるのに対し、右一部取壊し後の残存家屋は実質六畳の和室、三畳相当の台所、玄関、トイレ、押入れ二個並びに仏壇及びタンス置場という構造で、両者の間に広さの差がほとんどない事実が認められる。

(三)  証人塚田喜代野の証言、前掲乙第五号証の一及び三並びに前掲乙第六号証の一及び二を総合すると、原告と母は、本件土地の売却引渡しの際には残存家屋で生活を続けることを予定し直ちに他に引越すことは考えなかつたが、その後になり、残存家屋を全部取り壊して本件残地上に原告の家屋を新築するか、若しくは会社を設立してその名義で家屋を新築するか、又は本件残地を更地として他に売却するかという三つの方法を思案し、いずれにしても残存家屋から立ち退く必要があると考え、昭和五〇年七月一日ころから前記転居先を借りる契約をなし、前記のとおり同年一〇月七日に右転居先へ引越した事実が認められる。

(四)  証人塚田喜代野の証言、原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証並びに成立に争いのない乙第二号証及び前掲乙第三号証によると、原告は、昭和五〇年一〇月ごろ千代田シツピングの株式を約六〇パーセント取得した上、同月三〇日千代田シツピングとの間に、原告が同社に本件残地を賃貸し、同社が本件残地上にビルを建て、その一部を原告及びその母に居室として使用させるという契約を締結し、同年一一月一〇日残存家屋を全部取り壊し、昭和五一年六月三〇日同社の建てた右ビルに入居した事実が認められる。

以上(一)から(四)までの認定事実を総合すると、本件土地売却の際の一部取壊しによつても、本件家屋は居住者である原告及びその母の居住の用に継続して供し得たものであり、原告らが前記新蒲田一丁目一三番八号へ転居したのは、本件家屋が居住の用に供し得なくなつたためではなく、本件残地を千代田シツピングに賃貸し、原告らの入居するビルを建てるための準備としてなされたものと認めるのが相当であり、この認定を覆すに足る証拠はない。

4  そうだとすると、本件土地売却による長期譲渡所得の特別控除額について、措置法三五条一項一号の規定を適用する余地はなく、措置法三一条二項の規定を適用した本件更正は適法というべく、その取消しを求める原告の請求は理由がない。

三  本件更正が適法である以上、本件更正に基づき追加納付すべき所得税五八〇万円に一〇〇分の五を乗じて得た二九万円の過少申告加算税賦課決定も、国税通則法六五条一項の規定に従つた適法なものであり、同賦課決定の取消しを求める原告の請求は理由がない。

そして、本件更正とこれに伴う過少申告加算税賦課決定が違法であることを前提として、これに従い原告が被告国に納付した六〇九万円相当額の不当利得返還を求める原告の請求も、理由がないことは明らかといわなければならない。

四  次に、原告と被告東京都及び被告大田区との間においては請求原因5の事実について争いがないところ、本件更正が適法であることは前述のとおりであるから、本件更正による更正額を基準として大田区長が行つた請求原因5記載の都民税及び特別区民税の変更は、地方税法七三四条二項及び三項、四一条一項、七三六条一項及び三項、三一五条一号並びに三二一条の二第一項の規定に従つた適法な処分というべく、右変更が違法であることを前提として、これに従い原告が昭和五一年一一月一日納付した都民税五八万円、特別区民税一一六万円、合計一七四万円相当額の不当利得返還を求める原告の請求も、理由がない。

五  よつて、原告の本件請求のうち、本件更正及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定の無効確認を求める訴えは不適法として却下し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 泉徳治 岡光民雄)

別表 (単位 円)

区分

確定申告額

更正額

収入金額

七九、七一二、〇〇〇

七九、七一二、〇〇〇

必要経費

二〇、三〇一、一〇〇

二〇、三〇一、一〇〇

特別控除額

三〇、〇〇〇、〇〇〇

一、〇〇〇、〇〇〇

長期譲渡所得金額

二九、四一〇、九〇〇

五八、四一〇、九〇〇

所得税額

五、七五二、八〇〇

一一、五五二、八〇〇

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