大判例

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東京地方裁判所 昭和54年(モ)10802号 判決 1979年11月13日

債権者

三船敏郎

右訴訟代理人

佐藤弘

水谷賢

債務者

三船幸子

右訴訟代理人

秋田端枝

外五名

主文

一  当裁判所が昭和五四年(ヨ)第四四三三号債権仮差押申請事件について昭和五四年六月二三日なした仮差押決定を取消す。

二  債権者の右仮差押申請を却下する。

三  訴訟費用は債権者の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  債権者

1  主文第一項掲記の仮差押決定を認可する。

2  訴訟費用は債務者の負担とする。

二  債務者

主文第一ないし第三項同旨

第二  当事者の主張

一  債権者(申請の理由)

1  債権者は、債務者が昭和四六年一一月二四日株式会社住友銀行成城支店(以下「銀行」という。)から二五〇〇万円借入れた際、債権者所有の不動産につき根抵当権を設定して物上保証人になると共に、保証人になつた。

2  債務者は右借入金につき三〇〇万円返済したのみであつたので、債権者は銀行に対し残元金二二〇〇万円と利息九五五万〇二三九円を代位弁済した。従つて、債権者は右元利合計三一五五万〇二三九円につき民法四五九条により求償権を有する。

3  債務者は東京都目黒区八雲四丁目二〇番七号「サンハイム八雲」、同区上目黒二丁目三一番一六号「幸荘」の二つの共同住宅を所有しているが、一つは未登記で、固定資産税評価証明書も入手できない。また、目黒税務署から差押を受けており、「サンハイム八雲」の敷地についても二五〇〇万円の根抵当権が設定されているので、本案で勝訴判決を得ても、不動産によつては執行が困難なので、右被保全債権のうち、利息分を先に充当して一〇三〇万四〇〇〇円につき、原決定別紙差押債権目録記載の各第三債務者らに対する賃料債権を差押える必要がある。(なお、債権者は債務者に対し、別居以後現在までの婚姻費用の分担をしていないことは認める。)以上のとおり、債権者の本件仮差押申請は、被保全権利も保全の必要性もあるから、原決定は相当であり、これを認可することを求める。

二  債務者(申請の理由に対する認可及び反論)

1  申請の理由2の事実は否認する。債権者主張の借入金の返済については、債務者が他一名と共有する土地を株式会社三船プロダクシヨン(以下「三船プロ」という。)に賃貸し、その賃料を債務者名義で銀行に支払うことによつてなされることになつていたが、債権者は債務者に対するいやがらせのために、三船プロからの債務者に対する賃料支払として行なつていた銀行への支払を債権者名義にした。従つて、債権者名義の右支払は三船プロの債務者に対する賃料支払分とみるべきであり、債権者が債務者に代つて弁済したのではなく、何らの求償権もない。

2  申請の理由3につき保全の必要性があることは否認する。

(一) 仮に債権者主張の被保全債権があるとしても、債権者は昭和四七年四月債権者主張の保証契約による将来の求償債権を保全するために当裁判所昭和四七年(ヨ)第一五七五号不動産仮差押申請事件で債務者所有の東京都世田谷区成城九丁目一一二九番一宅地八九〇平方メートルほか二筆合計961.66平方メートルを仮差押し、現在まで維持されている。右土地の価値は、今回の仮差押被保全債権一〇〇〇万余円はもちろんのこと求償債権額二二〇〇万円及び利息分を優にこえている。すなわち、右土地とほぼ同一条件にある土地の公示価額は一平方メートル一四万五〇〇〇円であり、公示価額は時価の三分の二ないし二分の一であることを考慮すると、右土地の債務者持分三分の二の時価は一億三九九四万円以上となる。これに対し、右土地の負担は三七〇四万円余である。

(二) 債務者は右以外に次の不動産を所有している。

(1) 東京都目黒区八雲四丁目五番九

宅地495.86平方メートル(この土地の上に「サンハイム八雲」が建つている。)

(2) 同区上目黒二丁目二〇八八番一〇宅地257.15平方メートル

(3) 同所同番地

木造瓦葺二階建共同住宅190.08平方メートル(未登記)

右のうち、(2)及び(3)の不動産は何らの負担のないものである。

(三) 債権者と債務者は昭和二五年婚姻したが、債権者の暴力行為などのため、昭和四七年から別居し、その後債権者はかねて情交関係にあつた大野照代(芸名・北川美佳)と同棲し、債務者に対し離婚を求めている。別居以来現在まで婚姻費用の分担に応じないので、債務者は実父に生活費立替を受けていたが、同人死亡後は、同人が債務者のため取得した右(二)の(1)の土地を活用し、二五〇〇万円を借入れて「サンハイム八雲」を建築し、その賃料収入月額五二万円が唯一の収入である。「幸荘」は債務者名義になつているが、実母のために実父が建てたもので、その賃料収入月額二一万六〇〇〇円は実母の生活費に充てられていた。債権者が右の不動産には目もくれず、賃料債権を仮差押したのは、第一に債務者の収入を断ち、第二に仮差押決定送達により借主に動揺を及ぼし、債務者を困惑させることにより、有利な条件で債権者の離婚要求に応じさせるためである。

第三  疎明<省略>

理由

一本件仮差押の必要性について検討する。

1  債務者が東京都目黒区八雲四丁目に共同住宅「サンハイム八雲」、同区上目黒二丁目に共同住宅「幸荘」を所有していることは当事者間に争いがない。<証拠>によれば、右各建物の敷地はいずれも債務者の所有であり、「サンハイム八雲」の敷地(495.86平方メートル)には三菱銀行のために極度額二五〇〇万円の根抵当権が設定されていることが疎明される。更に、成立に争いのない疎乙第一八号証(以下「債務者の報告書」という。)によれば、右根抵当権設定は「サンハイム八雲」の建築資金として三菱銀行から借入れたためのもので、「サンハイム八雲」の賃料収入は月額五二万円、その敷地の時価は一億円以上であることが疎明される。賃料収入は年額六二四万円となり、これから租税、建築資金のコストを控除して利廻り方式で計算しても数千万円になるから、右時価は面積から見ても概ね正当であると考えられる。

2  債務者の債務は右借入の他に、<証拠>によれば、未納税額一一四万五一〇〇円あることが疎明される。これらの債務を差引いても、「サンハイム八雲」及びその敷地の価額は、本件保全債権額を上回ることは明らかである。債権者は、根抵当権の設定された不動産の換価は困難であると主張するが、不動産の時価が被担保債権額を大きく超えている右土地については困難であるといえない。

3  <証拠>によれば、債権者は昭和四七年三月二九日当裁判所昭和四七年(ヨ)第一五七五号不動産仮差押申請事件で、本件と同一の債権(ただし当時は将来の求償権)で仮差押を申請し、債務者所有の東京都世田谷区成城九丁目一一二九番一宅地八九〇平方メートル他二筆の各持分三分の二につき同年四月二二日仮差押決定(以下「先行仮差押」という。)を得たことが疎明される。ただし、先行仮差押は元本二二〇〇万円についてであり、申請書と決定書とを対比すると、申請は元本と利息になつているが、決定は元本だけになつているので、金額未確定の利息については仮差押の被保全債権額に加えないという裁判所の扱いに従つたものと推定されるが、いずれにしても先行仮差押で被保全債権とされたのは元本のみで、本件仮差押の被保全債権は元本と利息の合計額の内金ではあるが、概ね利息金額に等しいから、利息についての求償権であると見ることが可能であり、先行仮差押によつて保全されているとは断定できない。また債務者の報告書によれば、先行仮差押の目的となつた土地は、債務者が三船プロに賃貸していることが疎明されるので、債務者の三船プロに対する賃料請求権はともかくとして、その担保価値は更地とは異なるから、右土地によつて本件仮差押の被保全債権についても保全しうるかについてはにわかに断定しがたい。

しかしながら、本件仮差押申請書には、先行仮差押について全く記載されていない。

4  債務者の報告書によれば、次のような事実が疎明される。債権者と債務者は昭和二五年婚姻し、債務者は女優をやめて家庭に専念するようになり、債権者は次第に俳優として有名になると共に、昭和四二年ころに三船プロを設立して仕事の幅を広げた。ところが昭和四七年債権者と債務者は別居し、債務者は自分の両親のもとに身を寄せ、一方債権者は女優北川美佳と同棲し、何度か裁判所の手続が進められたが、解決できないまま現在に至つている。(これらの事実の大部分は、雑誌などで広く報道されており、客観性は高いと考えられる。)債権者が債務者に対し別居後現在まで婚姻費用を分担していないことは当事者間に争いがない。

更に、債務者の報告書には、両者の別居に至るいきさつ、その後の事情が記載されている。これらは当事者以外の者は知らないことで、しかも紛争当事者の一方の供述であるから、その信用性については慎重な配慮を要するが、右記載内容をつぶさに検討すると、債権者を一方的に非難しているのではなく、映画人としての債権者のみならず、家庭にあつての債権者のよい面をとりあげた部分もあり、別居するに至つた妻の立場にあつて冷静さを失なわない内容で、一時の感情にまかせた記載とは考えられず、信用性は高い。そして、前記の諸事情及び右記載によるかぎりでは、債権者と債務者の別居、破綻に至つた原因の多くは債権者にあつたと見るのが相当である。

5  債権者が物上保証人兼保証人として債務者の債務を代位弁済する利益があることは法律上当然である。また、夫が妻の債務を弁済すること自体は何ら問題視することはない。しかしながら、任意競売申立や訴提起を受けたのであれば別であるが、自発的に代位弁済しておいて、求償権を行使すべく妻の財産に対し仮差押するとしたら、通常の債権保全のあり方ではない。本件仮差押の被保全債権となつている求償権を行使するについて、仮に将来強制執行があるにしても、債務者の財産は「サンハイム八雲」及びその敷地で十分であり、これを否定する事実(例えば、他の債務の存在)は疎明されないから、本件仮差押はその必要性を欠くが、仮に必要性がある場合でも賃料債権を差押えるのは債務者に対する打撃が大きいから、不動産仮差押を選ぶべきであることは当然である。更に、先行仮差押決定との関係、債権者と債務者との間の前記紛争のいきさつ、特に婚姻費用分担の欠如、また著名な映画人の地位にある債権者がわずか一〇〇〇万円ほどの債権の保全をしなければならないとは到底考えられないことなど諸般の事情を考慮するならば、本件仮差押申請は、債権保全のためではなく、他の目的でなされたもので、保全の必要性を欠くばかりではなく、制度を濫用する不当な申請である。わざわざ、不動産をはずして、賃料債権を差押えた点から考えて、債務者の収入を断ち、有利な条件で離婚要求に応じさせようとした(債務者主張)と疑われてもやむをえない。婚姻費用分担という自分の明白な義務をはたさないで、権利主張することの不当はいうまでもない。

二債権者は第三回口頭弁論期日(延期前の判決言渡期日)の当日になつて、突如として「都合により本件仮差押申請を取下げる」旨の取下書を提出した。その理由は右書面上明らかではないが、債権者代理人が当裁判所に申立てたところによると、判決言渡による影響が大きいからというのである。仮差押異議訴訟における申請の取下に民事訴訟法二三六条二項の準用があるかについては、学説、判例が分かれており、両説とも相当の根拠がある。本件における取下の当否について考えてみるに、債権者は異議訴訟の口頭弁論期日で、積極的に主張、立証をしないで、債務者の主張に反論する程度であつたが、弁論終結後にわかに態度を変え、弁論再開の申立をすると共に、従来全く主張していなかつた新しい問題を含む詳細な準備書面を提出するに至つた。その後再度態度を変え、右のとおり取下となつたもので、債権者の意図がどこにあるのか理解に苦しむ。取下したことによつても、本件仮差押申請が真面目な権利主張であるかを疑わせるが、右の各事情に加えて、本件異議訴訟で、債務者が申請の当否について主張、立証をつくし、真剣に争つており、取下に同意しないことを明らかにしている点を考慮するならば、債権者が本件申請をしたこと自体とその後の経緯について何らの反省を示すことなく、自分の都合だけによつて、判決言渡予定の当日になつて取下げることは、相手方(債務者)及び裁判所に対する訴訟上の信義則に著しく違反し、許されるべきではない。

三以上の次第で、債権者の本件仮差押申請は、保全の必要性を明らかに欠くもの、保証で疎明に代えるのは相当ではなく、被保全権利について判断するまでもなく失当であるから、原決定を取消したうえ、右申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(佐藤道雄)

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