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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)11587号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【事実】

一 甲(本訴)、乙両事件について

(請求原因)

1 原告は、訴外酒井宗太郎から、その所有の別紙第一物件目録記載の(一)の土地(以下本件土地という)を買受け、昭和二四年三月八日、同日付売買を原因とする所有権移転登記を経由した。

2 しかるに、被告は、本件土地の原告の所有を争い、かつ、本件土地上に別紙第一物件目録記載の(三)の(1)の建物(以下本件建物という)及び(2)の(イ)、(ロ)の各建物部分(以下本件建物部分という)を所有して同目録記載の(二)の(1)及び(2)、(3)の土地部分(以下本件敷地部分の(1)、(2)、(3)という)を占有している。

3 被告の占有している本件敷地部分の面積は合計70.52平方メートルであるところ、原告は、訴外株式会社小池自動車硝子店に対し、本件土地のうち145.20平方メートル部分を賃料一か月金一四万五〇〇〇円で賃貸しているので、本件敷地部分の適正賃料相当額の使用損害金は、一か月金七万〇四二二円が相当である。

4 よつて、原告は被告に対し、本件土地が原告の所有であることの確認を求め、本件土地の所有権に基づき、本件建物及び本件建物部分を収去して本件敷地部分を明渡すよう求め、かつ、甲(本訴)事件の訴状送達の日の翌日である昭和五四年一一月二九日から右明渡済みまで一か月金七万〇四二二円の割合による使用損害金の賠償を求める。

(抗弁)

1 被告は、昭和二三年一二月、原告から、本件土地のうち別紙第二物件目録記載の(一)の土地部分(以下本件(一)の本件部分という)の贈与を受け、その所有権を取得した。すなわち、

(1) 原告は、昭和二一年、郷里である現在の群馬県沼田市から上京し、本件土地上に建物を建てて居住し、自動車用ガラス等の販売業を始めた。

(2) 原告の弟である被告は、昭和二一年一二月ころないし昭和二二年一月ころ、原告から促されて右郷里から上京し、右建物に原告と同居して建具類の製作販売業を始めた。

(3) 原告と被告とは、右建物でそれぞれの営業を営んでいたが、その営業上の収支及び生計上の収支は原告が主体となつて同一の生計として処理されていた。

(4) 原告と被告とは、昭和二三年秋ころ、原告が前年六月に妻帯したこと等から右建物が手狭になつたこともあつて、被告を原告から分家させ、独立の生計を営ませることを話合い、それまでの原告と被告との営業上の収益金の一部等をもつて本件(一)の土地部分上に被告所有の建物(本件建物の改築前のもの)を建てることとし、被告は、昭和二三年一二月、右建物が完成したので同月二五日これに入居したものであるが、原告は、そのころ、被告に対し、右建物の敷地である本件(一)の土地部分を贈与したのである。そして、原告と被告との経済上の分離も昭和二四年四月、被告の妻帯を機会に行なわれ、その際、原告は被告に対し、営業上の収益金の分配として金七〇〇〇円を交付してくれたものである。

2 仮に、右主張が認められないとしても、前記のとおり、被告は、原告との間の被告を原告から分家独立させるとの話合いに基づいて前記新築建物に入居し、右建物が被告所有とされたものであり、その敷地である本件(一)の土地部分についてもこれが分与されない分家などということは考えられないところであつたから当然これについても分与されたものと信じ、右建物に入居した昭和二三年一二月二五日以来、所有の意思をもつて平穏かつ公然とその占有を継続し、その占有の始めに善意、無過失であつたから一〇年の経過により、仮りに右善意、無過失が認められないとしても二〇年の経過により本件(一)の土地部分の所有権を時効取得したから、右時効を援用する。

3 仮に右主張が認められないとしても、被告は、昭和二三年一二月、原告から、本件建物の敷地部分である本件敷地部分の(1)を、建物所有の目的で返還期限の定めなく無償で借受けたものである。

4 また、被告は、昭和二八年、原告から別紙第二物件目録記載の(二)の土地部分(以下本件(二)の土地部分という)を、建物所有の目的で返還期限の定めなく無償で借受けたものである。

【判旨】

一甲(本訴)、乙両事件について

1 請求原因第1、第2項の各事実は当事者間に争いがない。

2 そこで、以下抗弁につき検討する。

(1) 先ず、抗弁第1項の(1)、(2)の各事実及び原告が昭和二二年六月妻帯したこと等から原告方が手狭になり、また、被告に独立の生計を営ませるために本件(一)の土地部分上に被告所有の建物(本件建物の改築前のもの)が昭和二三年一二月新築され、そのころ被告がこれに入居したことは当事者間に争いがない。

そして、被告は、右建物に被告が入居した昭和二三年一二月ころ、原告から本件(一)の土地部分の贈与を受けその所有権を取得した旨主張し、被告本人の供述中には右主張に沿う供述部分が存在する。

しかしながら、<証拠>を総合すると、原告は本件土地を昭和二一年ころ訴外酒井宗太郎から借地し、昭和二四年三月八日に至つて同人から本件土地を売買により取得し、同日その旨所有権移転登記を経由している(この点は当事者間に争いがない)ことが認められるのであるから、被告主張の贈与のころには原告はいまだ本件土地の所有権を取得していなかつたのであり、被告本人の前記供述部分は措信できないというべきである。

<証拠>を総合すると、原告と被告とは、被告の上京後、原告方でそれぞれの営業を営みながら原告が主体となつて同一の生計の下に生活を続けていたが、原告の妻帯にともなつて被告が独立の生計を営むことになり、本件(一)の土地部分上に被告所有の建物を新築し(その敷地部分は、本件敷地部分の(1)に相当すると認められる。)、被告がこれに入居し、昭和二四年四月、被告の妻帯を機会に被告は原告から生計を別にして独立するに至つたこと、右建物の建築費用は、原告と被告とのどちらかの全面的出捐によるというべきではなく原告の援助と被告の資金との双方によつてまかなわれたというのが相当であり、原告は、その敷地部分について被告に無償で使用することを許諾したものと認めることができ、他に、本件証拠上抗弁第1項を首肯させるに足りる証拠はなく、これを採用することができないというべきである。

(2) <省略>

(3) 抗弁第3項のうち、原告が昭和二三年一二月、被告に対し、本件敷地部分の(1)を返還期限の定めなく無償で貸与したことは当事者間に争いがない。そして、前記認定したところによれば、右使用貸借が被告所有の建物所有の目的であつたことは明らかであるというべきである。

そうとすれば、再抗弁第1項が採用できないこと明らかであり、同第2項についても、本件証拠上、右使用貸借に原告主張の約定解除権留保の特約が存在したことを認めるに足りる証拠はないから、これを採用することはできないというべきである。

よつて、抗弁第3項は理由があり、原告の甲(本訴)事件の請求のうち、本件建物に関する部分は失当として棄却すべきである。

(4) 次に、抗弁第4項について検討するに、本件証拠上これを首肯するに足りる証拠はない。

しかしながら、<証拠>を総合すると、被告は、昭和二七年四月二八日、訴外諸橋福太郎から本件土地に隣接する台東区清川二丁目一三番一三、宅地105.91平方メートルを買受け、同月三〇日その旨所有権移転登記を経由したこと、右買受けについては被告は原告からその代金について大半援助してもらつていること、右土地上には別紙第一物件目録記載の(三)の(2)の(ロ)に記載された建物が右買受け前から被告所有の建物として存在し、本件建物部分の(ロ)が本件土地に越境していたこと、また、右土地上に被告は昭和三九年ころ、同目録記載の(三)の(2)の(イ)に記載された建物を建築したが、本件建物部分の(イ)が本件土地に越境していたこと、右各越境の事実はいずれも原告はこれを承知していたが、ことさらこれに異議を述べたことはなく、被告の使用を黙認していたことが認められる。

(5)  そうとすれば、抗弁第4項はこれを採用することができないとしても、右認定したところに照らして考えれば、原告は被告に対し、兄弟の情宜として本件敷地部分の(2)、(3)を被告所有の建物の敷地として使用することを黙認してきたのであるから、被告が原告に対し特段の不徳義を働いた等の事情の認められない本件にあつては、被告所有の現況建物が現存する以上その越境部分の収去明渡しを求めることは権利の濫用として許されないものというべきである。  (小川克介)

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