東京地方裁判所 昭和54年(ワ)1173号 判決 1981年1月26日
原告
甲野太郎
被告
国
右代表者法務大臣
奥野誠亮
右指定代理人
菊地健治
外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金四五万円及びこれに対する昭和五四年三月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、爆発物取締罰則違反被告事件により、昭和五〇年一一月六日から昭和五三年一二月一二日まで(ただし、その間における勾留の執行停止二月を除く。)の間被告人として東京拘置所に勾留され、同被告事件の判決の確定により、同月一三日から翌昭和五四年一月九日までの間同拘置所において懲役刑の執行を受け、拘禁されていたものであり、なお、同月一〇日以降府中刑務所において受刑中のものである。
2 東京拘置所は、昭和五三年一二月二七日、原告が同年一〇月一日から同年一二月一二日までの間の開房点検及び閉房点検の際、点検立会職員から、点検は定められた位置で定められた方法(居房の入口に向つて座り、番号を唱える。)で受けるように指示されたにもかかわらず、これを無視し、机に向つて読書したり、居房内で立つたままでいるなどして定められた点検動作をとらず、もつて職員の指示に違反したとの理由により、監獄法五九条、六〇条に基づき、原告を軽屏禁及び文書図画閲読禁止各五日の懲罰に処することを決定してこれを原告に言い渡し(以下「本件懲罰処分」という。)、即日その執行を開始し、翌昭和五四年一月一日までの六日間これを執行して終了した。
3 本件懲罰処分は、次の理由により違憲ないし違法のものである。
(一) 監獄法は、天皇主権の旧憲法下において制定されたものであり、在監者に対し一切の基本的人権を認めないものであつてそれ自体基本的人権を保障する現行憲法に違反するものであるから、これを根拠法としてなされた本件懲役処分は無効である。
(二) (一)に理由がないとしても、監獄法五九条、六〇条の規定は、懲罰をもつて在監者をして国に対する奴隷的屈従を強いることを目的としており、在監者の基本的人権を奪う違憲のものであるから、これに基づきなされた本件懲罰処分は、違憲無効のものである。
(三) 監獄法五九条、六〇条の規定は、懲罰の対象となる規律違反の行為につき具体的規定を欠き、かつ、これを科する手続規定をも欠くものであつて、法定の手続によらずに刑罰を科するものであるから、憲法三一条、三二条に違反するものであり、これに基づきなされた本件懲罰処分は違憲無効のものである。
(四) 本件懲罰処分は、東京拘置所の懲罰審査委員会と称する特別裁判所が東京拘置所長の名において決定したものであり、行政機関が終審として行つた裁判であつて、その手続においては、捜査官、訴追官及び裁判官がいずれも東京拘置所の職員であるし、受罰者たる原告に弁護人を付さず、審判も公開されなかつたから、憲法三一条、三二条、七六条二項に違反する無効のものである。
(五) 本件懲罰処分のうち、軽屏禁は、原告に対し、信書の発受、筆記、一般面会、ラジオの聴取、入浴、戸外運動及び房内体操、座布団の使用及び午睡を禁止し、一定の姿勢を強制するなど、肉体的精神的苦痛を与えるものであり、残虐な刑罰であるから、憲法三六条に違反し、文書図画閲読禁止は、原告の手許から一切の文書、図画類を取り上げるものであり、思想の自由及び表現の自由を侵すものであるから、憲法一九条、二一条に違反するものである。
(六) 仮りに、以上が認められないとしても、本件懲罰処分の対象とされる点検の際における原告の指示違反というのは、座らせて称呼番号を唱えさせるという不当な点検に対し、原告がこれに従う義務を負わないが故に黙秘権を行使したに止まることを指すものであつて、これによつて点検が行えなかつたというのではないのにも拘らず、東京拘置所長は、他の被拘禁者に対する見せしめの報復的に原告に懲罰を科したものであるから、本件懲役処分は、東京拘置所長が裁量権を著しく逸脱して行つた違法のものである。
4 原告は、本件懲罰処分の取消訴訟を提起するため必要であるとの理由により、昭和五三年一二月二七日、東京拘置所長に対し、懲罰執行停止願を提出したが、同所長は、その許否を留保している間に原告があらかじめ用意していた東京地方裁判所宛の本件懲罰処分の取消訴訟の訴状及び執行停止申立書を提出したことを理由として、右の願を不許可とした(以下「本件不許可処分」という。)。
5 本件不許可処分は、原告の裁判を受ける権利を不当に侵害したものであるから、憲法三二条に違反する無効のものである。
すなわち、憲法の保障する裁判を受ける権利には、行政上の不利益処分につきその執行を受ける前に裁判所の司法審査を受けることのできる権利が含まれるのであるから、東京拘置所長としては、原告が本件懲罰処分の違法を主張してその取消訴訟を提起した以上、その裁判の終了に至るまでの間懲罰の執行を停止して原告の裁判を受ける権利の行使を妨げないようにするべき義務を負うにもかかわらず、原告の懲罰執行停止願を不許可として懲罰の執行を終え、これによつて原告が本件懲罰処分の執行前にその効力につき司法審査を受けるべき権利を侵害したものである。
6 本件懲罰処分の執行及び本件不許可処分により原告の被つた精神的及び肉体的苦痛を慰藉するためには、軽屏禁につき金一八万円(一日当り金三万円)、文書図画閲読禁止につき金一二万円(一日当り金二万円)、本件不許可処分につき金一五万円の合計金四五万円を要する。
7 よつて、原告は、国家賠償法に基づき、被告に対し、金四五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年三月一〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否及び主張
(認容)
1 請求原因1記載の事実は認める。
2 同2記載の事実のうち、懲罰が昭和五四年一月一日までの六日間執行されていたことは否認し、その余は認める。懲罰の執行は、昭和五三年一二月三一日までの五日間である。なお、本件懲罰処分は、原告につき懲罰処分の理由とされている違反事実があつたためなされたものであり、その対象には、昭和五三年一二月一三日の開房点検の際の指示違反の行為を含むものである。
3 同3の主張のうち、(一)ないし(四)はいずれも争う。(五)のうち、軽屏禁が信書の発受、筆記、一般面会、ラジオの聴取、入浴、戸外運動、座布団の使用及び午睡を禁止するものであること、文書図画閲読禁止が一切の文書、図画類を取り上げるものであることは認め、その余は争う。(六)は争う。
4 同4記載の事実は認める。
5 同5及び6の主張はいずれも争う。
(主張)
1 本件懲罰処分の適法性
(一) 規律違反行為について
原告は、点検制度自体の違法性を主張する。
(1) しかし、点検は、拘置所が法令に基づいて行う業務を全うするためのものであり、これにより全収容者の人員確認及び個人識別を行い、あわせて収容者の顔色、身体状況の変化及び挙動などを観察して各人の心身の状況を把握し、逃走、自殺などの刑務事故や暴行、自傷その他の規律違反行為を未然に発見、防止する機能を有しており、拘置所の保安警備上欠くことのできない基本業務であり、伺ら違法とされるところはない。
(2) また、この点検は、毎日朝夕各一回行われているが、その際の収容者がとるべき動作は、監獄法施行規則一九条一項、二二条二項に基づいて東京拘置所長が定めた「所内生活の心得」に詳細に定められており、これは冊子として全収容者の居房に備えつけ閲読に供されているものである。すなわち、点検は、「定められた位置で居房の入口に向つてすわり、番号をはつきりとなえること」「点検中は、読書をしたり、交談したり、番号以外のことを言うなど、点検を妨げる行為をしないこと」と具体的に明示されており、この点検に際し、職員は姿勢を正して収容者と正対し、その言動を観察し、心身の異常の有無を確認するわけであるが、これは各舎棟の各階を単位として実施しているため、点検開始から終了に要する時間はわずか数分間であり、この間、点検を妨害する行為を禁止するために収容者に一定の姿勢を保たせたとしても、これによつて直ちに苦痛が生じるものではないことは言うまでもない。
(3) 原告は、この点検を受けることを拒否したことについて、黙否権を行使したものであつて何ら点検を妨害したものではないと主張するが、独自の見解にすぎない。
(二) 科罰手続きについて
原告は、本件懲罰処分の手続的違憲無効を主張する。
(1) しかしながら、憲法三一条における罪刑法定主義及び適正手続はいずれも刑罰もしくは刑事手続に関するものであるし、また、懲罰は刑罰とその性格を異にするため、監獄内における規律違反行為については、憲法上も通常の刑罰手続において要請される厳密な構成要件と量刑規定に対応する事項の法定までは必要がないと言うべきである。
(2) ところで、監獄法五九条における「紀律」の具体的内容については、刑罰法令により犯罪として禁じられている事項のほか、監獄法施行規則一九条一項、二二条二項に基づいて、東京拘置所長が、特に在監者の遵守しなければならない事項を定め、これを前叙のとおり冊子「所内生活の心得」に盛り込み、これを各収容者の居房に備えつけ閲読させることによつて懲罰の対象となる規律違反行為を明らかにしていたものであり、原告に対する本件懲罰処分も右の規律違反行為として特定されていた事項の違反行為に対してなされたものである。
(3) また、規律違反行為のあつた者に懲罰を科すに当たつては、係職員において当該収容者を取り調べたうえ、供述調書を作成し、同供述調書や職員の報告書等の証拠に基づいて懲罰表を作成し、管理部長を委員長として保安課長、教育課長、保安課各区長等で構成する懲罰審査委員会を開催し、同委員会に当該収容者を出頭させ、右懲罰表に記載された懲罰理由となる規律違反行為の内容を読み聞かせた後、当人に弁明の機会を与えている。その後、同委員会の科罰意見をとりまとめ、拘置所長がこの意見について更に検討を加え、処分を決定している。
右の取扱いは原告に対しても同様であるが、本件懲罰処分については、原告は係職員による取調べ及び懲罰審査委員会への出頭をいずれも「必要がない。」等と言つて拒否し、自ら弁明の機会を放棄したため、やむを得ず職員の報告書等の証拠によつて本件懲罰処分を決定したものである。
(4) もともと懲罰に当たり、拘置所側が自ら懲罰該当事犯を取り上げ懲罰を科すということは、行政処分としての懲罰の性質上当然のことであるし、その際、懲罰対象者に対して弁護人選任権を与えるまでの憲法上の必要はなく、また懲罰の審査を公開する必要もないのである。
(三) 軽屏禁及び文書図画閲読の禁止について
原告は、本件懲罰は原告の基本的人権を侵害し、憲法に違反すると主張する。
(1) なるほど、軽屏禁とは「受罰者ヲ罰室ニ昼夜屏居セシメ」(監獄法六〇条二項)る処分であり、それは厳格な隔離によつて謹慎させ、精神的孤独の痛苦により改悛を促すことを趣旨とするものであるから、その趣旨を全うするため罰室外に出る行動を伴う戸外運動、入浴、接見が禁止され、また精神的孤独を余儀なくさせるため信書の発受及び筆記を禁止し、更には施設がサービスとして行つているラジオ放送の聴取の禁止を当然に随伴しているものであり、一方、文書図画閲読の禁止は、物を読む自由を奪い無聊に苦しむという消極的痛苦を与えることによつて改悛を促すことを趣旨とするものである。
(2) しかしながら、この懲罰は、前述のように監獄内の規律に違反した収容者に対してある程度の精神的、肉体的苦痛を与えることにより当該収容者の改悛を促すものであるとともに、一般予防の目的を充足させ、もつて監獄内の秩序の維持をはかることを目的とするものであり、この懲罰の目的を達成するために必要な限度において当該収容者が懲罰の執行を受けていない通常の収容者以上に自由の拘束を受け、それ以前と比較して若干の不自由を感じるとしても、それは自らが監獄の規律に違反し、秩序を乱したことに起因するものであつてやむを得ないものというべきである。
2 本件不許可処分の適法性
(一) さらに、原告は、東京拘置所長が本件不許可処分により原告の裁判を受ける権利を侵害したと主張する。
東京拘置所では、受罰者から懲罰の執行停止の願い出と疎明があり、その必要性があるものと認められたときは、例えば当該被告事件の進行状況、次回公判期日までの日数、裁判所等の提出すべき文書の性質及びその提出期限、科罰の執行未了日数等を総合的に考慮し、願い出の内容が一日四時間以内に限つて部分的に懲罰の効果を解除することで可能であれば、懲罰の執行期間計算上は懲罰の執行を継続したままの扱いで必要な時間につき懲罰の部分解除を行い、四時間を超える場合には必要な日数だけ懲罰の執行を停止し、公判準備、その他必要な筆記、文書図画閲読等の諸行為等を行わせている。
(二) しかしながら、本件の場合、原告が「本件懲罰の取消しを求める訴訟を提起するので、その訴訟準備のため」との理由で懲罰の執行停止を願い出たものの、その後原告から東京地方裁判所民事部あてに、かねてから準備し、作成していたと思われる本件懲罰処分取消等を求める訴状等を発送してほしいとの願い出があつたので、東京拘置所では直ちに右訴状等を発送した。これによつて原告の懲罰執行停止願の理由(訴訟提起のための準備)は消滅したものと認められたため、原告に対して懲罰の執行停止はしない旨の回答をしたものであり、この処分が何ら憲法三二条の裁判を受ける権利を侵害するものではないことは明らかである。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1記載の事実<編注・懲役刑の執行>及び同2記載の事実<編注・懲罰処分とその執行>のうち懲罰執行期間の点を除く事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件懲罰処分は、右争いのない懲罰理由の内容とされている原告の指示違反の行為を対象とするものであり、その対象事実には、昭和五三年一二月一三日の開房点検の際の指示違反の行為が含まれていること、原告に対する解罰の言渡は昭和五四年一月一日午前八時四五分になされたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
原告は、解罰の言渡が右のとおりであることから本件懲罰処分の執行期間が六日間である旨主張するが、<証拠>によれば、昭和三六年一月一〇日矯正甲第六号矯正局長通牒「懲罰期間の計算等について」の三の5において、監獄法六〇条一項二号、四号ないし六号、一一号及び一二号の懲罰について「期間はその末日の午後一二時を経過することによつて満了するが、おそくとも満了日の翌日午前中に懲罰執行に伴う処遇を解除するものとする。」旨の解罰猶予期間の定があり、原告に対する解罰の言渡は、これに従つてなされたものであることが認められるところ、右の解罰猶予期間の定は、通常解罰に必要と予想される事務手続を考慮すれば相当なものと認めることができるから、原告に対する解罰言渡の日である昭和五四年一月一日は、懲罰執行期間に算入されないものである。
二そこで、以下、本件懲罰処分の違憲ないし違法の主張につき検討する。
1 請求原因3の(一)の主張について
右は、本件懲罰処分の具体的法律関係を離れ、監獄法自体の違憲性を抽象的に主張するものであるから、主張自体失当である。
2 同3の(二)の主張について
拘置所は、刑事被告人その他の者の逃亡及び罪証隠滅を防止するためこれを拘禁する国の施設であり、監獄法五九条、六〇条は、右の行政目的から生ずる国と在監者との間の特殊な法律関係に基づき、拘置所内における規律秩序を維持するため、これを乱す者に対し、必要にして合理的な範囲内において行政上の制裁である懲戒罰を科することを認めるものであつて、在監者をして国に対する奴隷的屈従を強いることを目的とするものではなく、違憲無効の規定ということはできない。
3 同3の(三)及び(四)の主張について
監獄法五九条、六〇条の規定は、監獄内においてその規律秩序に違反した者に対し不利益たる懲罰を科することを認めるものであるから、人権の保障上、懲罰の対象となるべき規律秩序違反の行為を明示し、かつ、その科罰手続を規定しておくことが一般に望ましいことではあるが、右の懲罰は、前叙のとおり行政上の制裁である懲戒罰であつて、規律秩序に対する多種多様に予測し難い内容の違反に対し、単に応報の目的からするに止まらず、矯正・教育の目的をもつて行政機関により裁量的に科せられるものであり、刑罰とは異なるものである。従つて、これにつき刑法、刑事訴訟法等におけるような厳格な罪刑法定主義及び適正手続の原則が適用されるものではなく、監獄法上の懲罰に関して規律秩序違反の行為及びこれに対する科罰手続につき具体的規定を欠き、受罰者に弁護人を付すことも審判が公開されることも認められていないからといつて、直ちに違憲違法ということはできない。
なお、<証拠>を総合すれば、東京拘置所における在監者が遵守すべき事項の定め及びその周知方法、科罰の一般的手続及び原告に対する本件懲罰処分の経緯は、被告の主張1の(二)の(2)及び(3)記載のとおりであることを認めることができ、右の経緯につき特に違法の廉は認められない。
4 同3の(五)の主張について
(一) 軽屏禁は、受罰者を一人昼夜一定の罰室内に収容して謹慎させることであるところ、原告に対する軽屏禁が、信書の発受、筆記、一般面会、ラジオの聴取、入浴、戸外運動、座布団の使用及び午睡を禁止するものであつたことは当事者間に争いがなく、さらに、<証拠>によれば、軽屏禁は原則的に房内体操をも禁止するものとして運用されていること、原告に対し罰室内で立つたり横臥したりすることは禁止されていたことが認められる。ところで、軽屏禁の目的からして、信書の発受、筆記、一般面会及びラジオの聴取を禁止することは当然であるが、軽屏禁により、入浴、戸外運動及び房内体操のすべてを長期間禁止し、特定の姿勢を絶えず保持することを強制するものとすれば、それは、拘禁受罰中といえども自由な人格として尊重されるべき者の保健衛生を害し、無用の肉体的苦痛を与えるものとして違憲の疑を挾む余地を生ずるものというべきである。しかし、前記のとおり、本件懲罰処分たる軽屏禁は五日間に止まること、<証拠>を総合すると、本件懲罰処分の執行期間中原告が罰室内(原告の居房を罰室に代用したもの)において房内体操をすることが黙認されていたこと、罰室内においては正坐又は安坐することとされ、時に壁に寄りかかることも咎められなかつたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実からすれば、本件懲罰処分のうちの軽屏禁は、原告の保健衛生を害するものでもなく、原告に無用の肉体的苦痛を与えるものでもなかつたということができるから、違憲違法のものということはできない。
(二) 文書図画閲読禁止は、受罰者から物を読む自由を一時的に奪い、知的欲求が満たされず、退屈に苦しむという消極的苦痛を与えることによつて改悛を促すことを目的とするものであるところ、原告に対し五日間この懲罰が科されたとしても、これをもつて直ちに思想の自由及び表現の自由を侵す違憲のものということはできない。
5 同3の(六)の主張について
点検が拘置所において必要不可欠な基本業務であることは、被告の主張1の(一)の(1)のとおりであり、前記各証拠によれば、東京拘置所における点検の方法及びその周知の方法が同じく被告の主張1の(一)の(2)のとおりであること、及び原告が右の点検の方法を熟知していたことが明らかである。そして、多数の在監者を抱える拘置所において、その行政目的を遂げるため、画一的に右の点検の方法が採られたとしても、これをもつて違法ということはできず、本件全証拠によつても、東京拘置所長が他の被拘禁者に対する見せしめのため報復的に懲罰を科したものであることその他同所長がその裁量権を著しく逸脱して本件懲罰処分を行つたものと認めることはできない。
三次に、請求原因4記載の事実については当事者間に争いがない。そこで、以下本件不許可処分の違憲の主張(請求原因5)につき検討する。
憲法の保障する裁判を受ける権利とは、何人も自己の権利又は利益が不法に侵害されたとみとめるときは、裁判所に対して、その主張の当否を判断し、その損害の救済に必要な措置をとることを求める権利を有することを意味するものであり、この権利は行政処分に関しても認められるものである。しかし、行政処分は、司法審査を経ずして即時に執行力を有し、自己の行政目的を実現し得るのが原則であり、これは三権分立の原則に由来するものである。そして、行政処分とこれを争う者の権利又は利益の保護との関係の調整を図る執行停止は立法政策の問題であり、行政事件訴訟法二五条一項は、処分の取消の訴の提起は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げないものと規定し、執行不停止の原則を採つている。換言すれば、憲法の保障する裁判を受ける権利は、行政処分に関しても等しく及ぶものであるが、それが当然に執行停止の機能を伴うものではなく、実定法もこの権能を訴えの提起に当然随伴すべきものとしては認めていないものである。
従つて、憲法の保障する裁判を受ける権利には行政上の不利益処分につきその執行を受ける前に裁判所の司法審査を受けることのできる権利が含まれるものとの主張を前提として本件不許可処分が原告の裁判を受ける権利を侵害したものであるとする原告の主張は、失当である。
四以上のとおりであるから、その余の事実につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(久保内卓亞)