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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)12686号 判決 1982年9月03日

原告

外川秀子

右訴訟代理人

柴田秀

被告

向井建設工業株式会社

右代表者代表清算人

向井朗

右訴訟代理人

渡部喜十郎

八戸孝彦

右訴訟復代理人

塩川治郎

被告

荒川区

右代表者区長

町田健彦

右指定代理人

山下一雄

外四名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件事故の発生ならびに原告の負傷について<省略>

二被告会社の責任の有無について

被告会社が、被告区から、本件工事を請け負つたこと、本件工事現場が豆腐店の横にあたること、同店の建物とその東側区道との間には露地(同店の敷地の一部)があり、同所にはおからのはいつたドラム缶が置かれていたこと、被告会社の現場作業員が、昭和五三年一月二八日、本件工事の一環として本件集水桝の上部ブロックを取り外したこと、被告会社では、翌二九日、工事を休み、同月三〇日は本件工事現場とは道路反対側の工事が予定されていたこと及び被告会社の現場作業員が本件集水桝に覆工板パネル等仮設の蓋をしていなかつたことは、原告と被告会社との間において争いがない。

原告は、被告会社の現場作業員には、本件工事現場における右工事中断にあたり、豆腐店の東側露地に出入りする者が本件集水桝に転落してけがをする危険が予見されたのに、右転落防止措置をとらなかつた過失がある旨主張するので、右過失の有無について検討する。

1  <証拠>を総合すれば、次の各事実が認められる。

(一)  豆腐店は、荒川区道二三八号線とカンカン森通りと称する通りとが交差する北西角に位置し、東側において荒川区道と、南側においてカンカン森通りとそれぞれ接している。同店舗の入口は南面の東側に、居宅の玄関は東面の北側にそれぞれ設けられている。

同店東側と区道との間の露地は、その幅が、同建物の東南角の柱の箇所(露地の手前南側)では、柱が壁面より突き出ているために最も狭くなつており、柱のコンクリート基礎部分の端から区道の境界線までは三八センチメートル、柱からは四四センチメートルであるが、右壁面からは、南側では六〇センチメートルであるが、北側に向かつて少しずつ広くなつており、本件事故発生時にドラム缶が置かれていた箇所では約六七センチメートルであつた。また、その奥行は、右柱の南側端からドラム缶の北側端まで約一七〇センチメートルであつた。

(二)  豆腐店の主人入江一夫は、普段は、露地手前の右柱に近い場所に、直径55.5センチメートル、深さ約四五センチメートルのドラム缶を置き、その中におからを入れ、これを、主に、家畜の飼料用として、仲買人に販売し、仲買人がトラックで取りに来ていたほか、食用としても、客の求めに応じて販売しており、その際は、客にビニール袋を渡してドラム缶からほしいだけとつてきてもらい量り売りするという方法をとることが多く、当時おからを食用に買う客は、一日五人くらいしかいなかつた。

ドラム缶には木製の蓋がついており、豆腐店の主人は夜間や雨が降つたときはこの蓋をしめていた。

(三)  ところが、本件工事現場で工事が始まつたので、店の主人は、トラックで乗り付ける右仲買人がおからを持ち運びやすいようにするため、ドラム缶を柱寄りの場所から露地の北側の方、本件事故発生時にドラム缶が置いてあつた場所に、置きかえた。

(四)  被告会社は、本件工事のうちL型側溝改修工事については全路線を三つのスパンに区切り、各スパン毎に完成させていく工程をとつた。本件工事現場を含む東日暮里二丁目五番、四番先道路はBスパンとされ、Bスパンの工事は昭和五三年一月二六日から着手されたが、同日と二七日の両日は、二丁目五番、四番先とは道路反対側の一丁目三八番、三七番先のL型側溝上部のL型ブロック及び集水桝の上部ブロックの取り外し、床掘り、基礎拵えが施工され、二丁目五番、四番先の工事は二八日から開始された。

しかし、被告会社の現場作業員は、おからが店内に置かれず、ドラム缶に入れられて露地に置かれ、しかも、それを業者がトラックで取りに来ていたことは、目撃したが、一般の客がこれを買つているのには全く気付かなかつたため、右おからは家畜の飼料用であると思つていた。

(五)  右二八日の工事終了時に、側溝敷設部分については、上部のL型ブロックが外されたため、幅約五五センチメートルにわたり、その下のコンクリート面が露出した状態となり、同面と露地面との間には15.5センチメートルの、道路面との間には8.5センチメートルの段差が生じていた。右の段差程度では、右仲買人がおからを持ち運ぶのには何の支障もなかつた。

露地の東南部分に隣接して、深さ九八センチメートル以上、直径六〇センチメートル以上の穴を掘つて敷設してあつた本件集水桝についても、蓋を含む上部ブロックが外されたため、一辺が約五五センチメートル、深さが露地面からは二二センチメートル、道路面からは一五センチメートルの四角な穴の下に、更に、直径五〇センチメートル、深さ七六センチメートルの桝が口をあけていることになり、従つて、露地面からみると、直径約五〇センチメートル、深さ九八センチメートルの穴があいているような状態となつた。

(六)  被告会社の現場作業員は、右二八日の工事終了後、豆腐店の居宅の玄関前の側溝工事部分の上には、その家族等が始終出入りするため、その便宜を考慮し、縦九〇センチメートル、横一八〇センチメートルの覆工板パネルを置いた。また、本件集水桝開口部の南側と東側にそれぞれ高さ七五センチメートル、幅一二三センチメートルのバリケード二基を、右覆工板パネルと本件集水桝開口部東側のバリケードとの間に高さ一メートルの点滅灯三基を設置した。なお、本件集水桝開口部東側のバリケード及び点滅灯三基は、路側帯を示す白線の上付近に置かれていた。

現場作業員は、右バリケード、点滅灯を固定してはおらず、また、本件事故発生直前には本件集水開口部の南側のバリケードが区道上に設置されてはいたが、豆腐店の敷地の一部である露地の使用を阻止するため、これを塞ぐような状態にはなかつた。

(七)  同月三〇日の午前五時ころ、豆腐店主人は、ドラム缶におからを入れるため、二回にわたり、重さ三、四キログラムのおからのはいつた袋を持つて、露地に南側(前記建物の東南角の柱の横)から出入りしたが、何らの危険も感じなかつた。また、原告が豆腐店に来たとき、同年輩の婦人が、おからを持つて露地から出てきた。

原告は、同婦人を見て、自らもおからを買い求める気になり、豆腐店主人からビニール袋を受け取り、露地に南側から立ち入り、ドラム缶の中からおからをすくいとり、戻ろうとした際、誤つて本件集水桝に落ちた。同事故後は、被告会社においてその再発を防止するため仮設の蓋をした。

以上の事実が認められ<る。>

2  前記争いのない事実及び右認定事実によれば荒川区道側の利用者に対する被告会社のした危険防止措置には欠けるところがないものということができる。しかし、豆腐店の東側露地には、同店主人がおからのはいつたドラム缶を置くなどして同店において露地を利用しており、仲買人がおからを持ち運ぶ際にはトラックを本件集水桝の東側バリケード付近に停め、同バリケードを迂回してこれを持ち運ぶことになるから、その安全性には全く問題はないとしても、一般の客が右ドラム缶のところへ行くには、店から建物の東南角の柱のところを曲がつて行くのが近く、この場合、本件集水桝の開口部が隣接していても、わずかの注意を払うだけでその安全性が確保されることにはなるが、その反面、右開口部に仮設の蓋をすれば、露地から右開口部に落ち込む危険もまた完全に防止される状況にあつたものということができ、更に、被告会社の現場作業員もまた、何人(ひと)かが露地に立ち入るであろうことは予測し得たものというべきである。

そうすると、被告会社の現場作業員としては、側溝、集水桝改修工事を施工している道路側から、走行車両、歩行者が本件集水桝開口部に落ち込むのを防止する措置を講じたのみでは足りず、露地に立ち入る者もまた同開口部に落ち込む危険の発生を防止するに足る措置を講ずべき義務があつたものというべきである。

3 しかるところ被告会社の現場作業員は、本件集水桝につき、露地に立ち入る者に対する右危険防止措置として最も有効、簡便な方法と考えられる本件集水桝に仮設の蓋を置くという措置をとつていなかつたことは前示のとおり当事者間に争いがなく、他に、本件全証拠によるも、右現場作業員が右危険を防止するに足りるなんらかの措置を講じていたことも認められないのであるから、右危険を防止すべき義務を怠つた過失があつたものといわざるをえない。

この点につき、被告会社は、歩行者に右開口部の存在を了知させる措置をとつていれば、右危険防止措置として十分であるところ、現場作業員は右了知させる措置をとつていたから過失はない旨主張するところ、歩行者等に対する注意喚起の方法としては前記説示のとおりバリケード、点滅灯を設置していたことで足り、また、露地に立ち入る者もわずかの注意を払うだけで右開口部に落ち込む危険を避けうるとしても、被告会社においても右危険防止の十全を期するため、たとえば右開口部に仮設の蓋をするなどの措置を講ずれば足りたのであるから、被告会社としては右危険防止措置として右注意喚起の方法のみでは足りなかつたといわれてもやむをえないものというべきである。従つて、被告会社の右主張は採用しない。

4  以上によれば、本件事故は、被告会社の現場作業員が、豆腐店の東側露地から本件集水桝へ落ちるのを防止する十全の措置をとらなかつた過失に起因して生じたものと認められ、本件事故の発生につき、原告に後記の過失があるとしても、それ故に、右の因果関係までを否定することはできないというべきである。

従つて、被告会社は、民法七一五条一項に基づき、現場作業員の過失により原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

三被告区の責任の有無について

本件工事現場内の道路、側溝及び本件集水桝は、一体として被告区が設置管理する公の営造物であることは、原告と被告区との間において争いがない。

原告は、右営造物については、隣接する露地を人が通行し、本件集水桝に転落することがありうることが予想されたのに、右危険防止の設備を欠いていた瑕疵がある旨主張するので、検討する。

1 本件工事現場が豆腐店の横にあること、豆腐店の建物とその東側区道との間には露地があること、同所におからのはいつたドラム缶が置かれていたこと及び本件集水桝に開口部があつたことは、原告と被告区との間において争いがないところ、前記二の1の認定事実によれば、右露地には、何人(ひと)かの立ち入りが予想されえたであろうことはすでに認定したとおりである(右露地を通ることをもつて通常予測しえない異常な行動であるとする被告区の主張は採用できない。)。

2 このように何人かの立ち入りが予想される露地のすぐ傍の区道上に前記認定のとおり深さ九八センチメートルというような本件集水桝開口部が存在する以上、同開口部上に仮設の蓋を置くなど、危険の発生を防止するに足りる設備が設けられるべきであるところ、右のような措置が講じられていなかつたことは既に説示のとおりであるから、右道路は、通常有すべき安全性を欠いていたものといわざるをえない。

3 従つて、側溝及び集水桝を含む本件工事現場内の道路には、その設置管理に瑕疵があつたものというべく、かつ、本件事故は、右瑕疵に起因して生じたものと認められるから、被告区は、国家賠償法二条一項に基づき、原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。<以下、省略>

(古館清吾 滝澤孝臣 江口とし子)

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