東京地方裁判所 昭和54年(ワ)12789号 判決 1980年4月28日
原告
上野要
被告
吉井利夫
ほか一名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、連帯して金一六五万七六〇〇円を支払え。
2 被告らは、原告に対し、連帯して金七〇万円を判決確定の日から毎月三万五〇〇〇円ずつ二〇回に分割して支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五四年六月二五日から、東京都葛飾区金町五の三五の七においてスナツク「かなチヤン」を経営し、西村和美及び佐藤敏子をホステスとして雇い入れた。
2 被告吉井は、昭和五四年八月一五日午前四時五〇分ごろ、同区亀有三―一二―一一において、自己の過失により、交通事故を発生させ、同乗していた西村及び佐藤を負傷させた。
その結果、西村及び佐藤は、同月一五日から同年九月一〇日までの間、前記スナツクで勤務することができなくなつた。
3 被告会社は、被告吉井の使用者である。
4 ところで、スナツクにおいても、客はある程度店の女性を目当てに通つてくる状態にあるが、右事故により西村及び佐藤の就労を受けえられないため、原告は、前記スナツクを一時期閉店せざるをえなくなり、その結果、次の損害を被つた。
(一) 休業中の逸失利益 四三万円
(1) 開店から事故発生日までの一日の平均売上額 四万円
(2) 開店から事故発生日までの一日の平均仕入額 四、〇〇〇円
(3) 従業員に支払う一日の賃金額 二万円
(4) 休業日数 二七日間
(5) 計算式
(40,000円-4,000円-20,000円)×27(日間)=432,000円
(二) 再開店後の利益減少額 九〇万円
(1) 開店から事故発生日までの一日の平均売上額 四万円
(2) 再開店の一日の平均売上額 一万五〇〇〇円
(3) 荒利益率 四〇パーセント
(4) 売上げ減少期間 九〇日間
(5) 計算式
(40,000円-15,000円)×0.4×90(日間)=900,000円
(三) 信用失墜及び名誉毀損による慰藉料 三二万七六〇〇円
原告は、前記のとおり本件事故によりスナツクを閉店せざるをえなくなつたが、そのため、「店がつぶれたのではないか」とか、「保健衛生上のことで保健所から営業停止をくらつたのではないか」とか、「不当料金請求のため警察に検挙されたのではないか」といつた噂をたてられた。さらに、各支払が遅滞したため、経営内容が悪いのではないかとの疑惑がもたれた。
原告は、右のように信用を失墜し、名誉を毀損されたが、その慰藉料は三二万七六〇〇円が相当である。
計算式 2,800円/1日×(27日間+90日間)=327,000円
(四) 原告は、本件事故による閉店及び売上減少の影響で、金融機関や取引先に対して負担する分割弁済が困難になり、一括弁済を要求される状況にある。
(1) 東武信用金庫 三〇〇万円借入、毎月一〇万円返済。
(2) 工務店関係 七〇万円、毎月五万円返済。
(3) 家賃 毎月八万三〇〇〇円支払。
(4) 店内設備及び什器備品関係 一〇〇万円、毎月五万円返済。
そこで、原告は、被告らに対し、右金員の内それぞれ毎月三万五〇〇〇円宛、七〇万円に充つまで請求する。
5 よつて、原告は、被告両名に対し、連帯して、損害賠償金合計二三五万七六〇〇円(内金七〇万円については、本判決確定の日から三万五〇〇〇円ずつ二〇回に分割して)の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、原告が原告主張の場所でスナツク「かなチヤン」を経営していたこと、並びに、原告が西村和美及び佐藤敏子を雇い入れたことは、認める。
2 同2の事実中、被告吉井が昭和五四年八月一五日自己の過失により交通事故を発生させ、西村及び佐藤を負傷させたこと、並びに、西村及び佐藤が勤務できなくなつたことは、認めるが、西村及び佐藤が休業した期間は、不知。
3 同4は争う。
交通事故による損害賠償請求主体は、受傷者等直接の被害者のみに限られ、間接の被害者は、原則として損害賠償請求の主体たりえないものである。仮りに、間接の被害者の請求を認めうるとしても、それは直接被害者と経済的同一体性が認められる場合に限られるべきである。
第三証拠〔略〕
理由
一 原告は、要するに、雇い入れた西村和美及び佐藤敏子の負傷による不就労のため、営業上の売上減少等の損害を被つたとして、加害者たる被告らに右損害の賠償を請求しているのであるから、原告は、いわゆる間接被害者として損害賠償を請求しているものと解される。
二 ところで、いわゆる間接被害者の損害賠償請求は、間接被害者に損害を与える目的をもつて、その従業員に対して加害行為をなした、といつた特段の事情のないかぎり、原則として認められない、と解するのが相当である。けだし、間接被害者の損害賠償請求を肯定すれば、取引関係が複雑に連続・牽連しあつている現代社会において不法行為責任成立の限界を画することが不可能となり、人の社会的行動についての予測可能性や計算可能性を破壊することになるからである。
これを本件についてみるに、被告吉井が原告に損害を与える目的で西村及び佐藤に対して加害行為をなした、といつた事情の主張・立証はないから、原告の間接被害者としての損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
三 よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小林正明)