東京地方裁判所 昭和54年(ワ)1446号 判決 1979年9月18日
原告 広江誠
被告 株式会社 一冷
右代表者代表取締役 岡幹雄
右訴訟代理人弁護士 柏木薫
右同 清塚勝久
右同 山下清兵衛
右同 池田昭
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
被告は原告に対し金三三二〇万円およびこれに対する昭和五四年二月二四日から年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行の宣言。
(被告)
主文同旨。
第二当事者の主張
(請求原因)
一 原告は、昭和三五年一月一日、冷蔵保管および農蓄水産物製造加工販売を目的とする被告(当時は第一冷蔵株式会社と称していた)に入社し、昭和三七年一一月営業部長代理、昭和四四年三月営業部長を歴任し、昭和四九年一一月一日営業部長兼務取締役に就任した。
二 原告が、右取締役に就任するに至る経緯は次のとおりである。
(1) 原告は、営業部長を命ぜられて以来被告発展の基盤固めに努め、殊に昭和四五年以降赤字経営を打開する多くの建策をなし、又、新規の収益力ある仕入・管理・販売基盤を開拓育成した。昭和四九年は、世界的なオイルショックにより赤字の計上を余儀なくされたが、この間にあっても原告は、自己の職を賭し周囲の精神的圧迫に耐え、体調を損ねる等して職責を果したため、得意先および業界に一層の信用を得、そのため、その後の市況好転にあたって大幅な経営利益を被告にもたらし、今後末長く好成績を収め得る布石を完了せしめた。このように、被告の経営向上については原告の功績を抜いては考えられないのである。
(2) 被告は、原告を取締役に推薦せざるを得なくなり、昭和四九年五月開かれた株主総会で原告は取締役に選任された。しかしながら、原告は、営業部長の地位にあって鶏肉市況における金融逼迫下仕入先との長期契約の履行に苦慮していたこと、さらに、前事業年度において被告会社が刑法に抵触する疑いのある支払をしているとのうわさを耳にしたため取締役に就任しては連座の危険も考えられたので実状把握の必要上右就任を引延することとした。しかしながら、原告は、被告から度重なる就任の説得を受け、又、後輩への栄進の路を開けるためにも重要と考え、昭和四九年一一月一日、不本意ながら被告の取締役に就任することを承諾した。そして、同日付でその旨の登記手続がなされた。
三 原告は、取締役就任後も昭和五〇年一月五日までは営業部長として、又、昭和五三年二月二二日までは企画開発部長として使用人兼務取締役の地位にあった。そして、その後も実質的には同年六月一五日までは使用人兼務取締役として勤務した。
四 原告は、取締役の地位にあった当時、被告の法令定款に違背する業務執行(例えば、従業員持株制度と自己株式取得処分、中間配当のため定款変更、取締役会招集手続・議事録記載等の不適法、取締役個人栄達のための不正支払容疑、取締役報酬総額および配分決定手続、法人税を過大に支払い会社財産を減少せしめた所為等)に気付いたためこれを取締役会等の席上で直接又は間接的に意見を具申し、諫言し被告の社会的責任を果せる様行動した。
五 ところが、被告は、昭和五三年五月一一日、原告に対し「同年六月一五日の定時株主総会で原告を取締役に再選しない」旨の通告をなし、右株主総会において原告を取締役に再選しなかった。そして、被告は異例の措置と称して金六〇〇万円の特別慰労金名目の支出を提案して可決し、原告にこれを支払った。
被告が、原告を取締役に再選しない理由は、原告が主観に片寄った目先的論理に固執し、大局的視野協調性に欠け、取締役会決議事項あるいは会社方針に反する私見を内外に流布して被告の対外信用に大きな問題を残したことにあるという。しかしながら、原告が、取締役会等で協調性に欠ける発言をして他と同調しなかったのは、多数決による決定が不正・違法の容疑があり、著しく不当で将来被告に重大な損失をもたらすと考えたためであり、又は他の取締役がその保身のため歪曲された会社の業務執行が行われるおそれのあったためである。このように原告の行為は、すべて被告のために取締役としての忠実義務を果すためにしたものであり、正当な行為というべきである。
六 原告は、被告のために自己犠牲的愛社精神に基づいて前向きに創造開拓的に業務を執行して来たが、これが逆に被告会社代表者岡幹雄およびその同調者の妬みを買い、いかに合法・平穏・短期・安価に原告をくびにするかを考えた末、原告の従業員身分を剥奪して二年任期の取締役に就任せしめるのがよいとの結論に至った。このように、被告は、昭和四九年春ころより当時営業部長の地位にあった原告を解雇しようと企図し、原告を昭和四九年一一月一日取締役に就任せしめ、同時に従業員身分を奪った。
被告は、昭和五三年六月一五日の株主総会において原告を取締役に再選しなかった。しかしながら、前記のとおり原告の被告に対する貢献度を考えると再選されて然るべきである。原告は当時従業員の身分を有していてその定年まで二年八か月を残していた。従って、被告は、原告を再選しないのなら原告にふさわしい転職先を準備するか、それとも被告の顧問に再雇用する等して原告の職と収入確保につき配慮すべきであった。被告の役職従業員は、本人が希望する限り被告の使用人として再雇用のうえ定年又は退任後も引続き勤務して収入を得られるという先例も適用しなかったのは、これまでの慣例上公平を欠く措置というべきである。
被告は、原告を取締役に再選すべく株主総会に附議すべきであったし、又、原告は、そうされる権利があったのに原告の貢献度やこれまでの慣例を無視して違法にも重任せず、原告の期待権を侵害した。
《以下、事実省略》
理由
一 請求原因第一項の事実、原告が、昭和四九年五月の株主総会で取締役に選任され、同年一一月一日、就任登記がされたこと、被告は、昭和五三年五月一一日、「同年六月一五日の定時株主総会で原告を取締役に再任しない」旨の通告をなし、右株主総会で原告を取締役に再選しなかったこと、役員退職慰労金として金六〇〇万円を支給したこと、被告が、原告を取締役に再任しなかったのは、原告が取締役として職務を遂行するにあたって、主観に片寄った目先的論理に固執し、大局的視野協調性に欠け、取締役会決議事項あるいは会社方針に反する私見を内外に流布して被告の対外的信用に大きな問題を残したことにあることの各事実は、当事者間に争いがない。
《証拠省略》によれば、次の各事実が認められ、これに反する証拠はない。
1 被告は、その株式の九九パーセントを三井物産株式会社(以下、三井物産という)が保有し、又、当時被告の取締役五名のうち三名(代表取締役一名を含む)が三井物産の出身者であるなど、三井物産の関連会社の一つであった。
2 被告の取締役は、株主総会において選任されることと定められているが、実際は、被告の役員会において株主らの意見も聴して人選をした後、これをもとに取締役会で取締役の選任候補者名簿を作成し、これを株主総会に図って選任するのが通常であった。
なお、被告の取締役の任期は、就任後二年内の最終の決算期に関する定時株主総会終結の時をもって終了すると定められている。
3 原告は、営業部長の地位にあった昭和四八年一一月ころ、被告に対し自己申告書を提出したが、それによれば、現在の地位は「役不足」であり、「取締役に就任して被告の親会社である三井物産と対等の立場で意見を交換し、自己の経営理念を実行したい」との希望をのべている。
4 原告は、翌四九年五月の定時株主総会で中村勝と共に取締役に選任せられた。しかしながら、従業員の身分を退職するに伴う退職金と退職年金を有利に取り扱うため、右両名は、自己申告により取締役に就任するのを同年一一月まで猶予し、いずれも同月一日付をもって取締役就任登記手続を了した。そして、原告らは、被告から所定の退職金等の支給を受け、従業員たる地位を退職した。
5 原告は、取締役就任当初は、営業部長を兼務していたが、職務に専念したこともあって健康を害し、そのため暫時休職を余儀なくされた。その後、昭和五〇年一月ころから昭和五三年二月二三日までの間、企画開発部長を兼務した。そして、この間、原告は、被告の取締役に再選され、本件任期満了によりその資格が消滅するまで引続きその地位にあった。
6 ところで、被告は、前記のように三井物産の関連会社としての地位にあったため、被告の経営方針も三井物産のそれに従属し、利益についても三井物産の利益を度外視して被告独自に利益を追求することは出来なかった。そのため、被告の創設時から被告の発展につくした原告は、あくまで三井物産と対等の立場で被告独自の利益を追求し、自立性ある経営主体を確立すべきであると考え、右企画開発部長を兼務するようになったころから被告および三井物産に対して種々の意見具申を行うようになった。そして、原告は、その過程でその主張にかかるような事実をあげて法令定款に違反する疑いのある取締役業務執行が見受けられるのでその予防矯正を図るべきだとの発言を繰返した。しかしながら、原告のこのような考え方は、被告の受け入れるところとはならず、原告は、取締役会で次第に孤立的な立場に陥った。そのため、原告は、自己の考え方の正当性を直接三井物産関係者や社外の友人等に訴える等の所為に出るに及び、原告と被告とのあつれきは次第に深まるに至った。被告は、原告のこのような言動をやめるよう再三忠告したが聞き入れられなかった。
又、原告は、取締役会の議決、議事録の記載等に異を唱えることもあり、再度取締役会を開催することを余儀なくされ、そのため会社の業務執行に支障の生ずこともあった。
7 このような情況のもとで、被告は、株主である三井物産の意向も入れて取締役の任期を終了する原告を取締役に選任しないとの決定をし、昭和五三年五月一一日原告にその旨通告すると共に、同月一九日開催の取締役会において、原告の反対にもかかわらず原告を次期取締役の選任候補者に推薦しなかった。
二 原告は、被告が、このように原告を取締役に再任しない旨の決定をし、株主総会に附議しなかったのは、原告の被告に対する貢献度あるいはこれまでの慣例上公平欠く違法な措置であって、原告の期待権を侵害したと主張する。そして、原告は、取締役の地位にあった当時他と協調しなかったのは、取締役会の多数決による決定が不正・違法の容疑がありこれに従うことは被告に重大な損失をもたらすと考えたためであり、又他の取締役はその保身のために歪曲された会社業務を行っていたためである。従って、原告の行為は、すべて被告のために取締役としての忠実義務を果すためであったと主張する。
ところで、株式会社の取締役は、株主総会によって選任され、任期の満了によって取締役としての資格が当然に消滅することは多言を要しないことである。この場合、当該取締役を再選するか否かは、会社あるいは株主総会の裁量に基づくものであって、何人といえども当然に取締役に再選されるという具体的な権利を有していない。従って、一般的に再選の手続がとられないことが、直ちに期待権等を侵害するものとして不法行為にあたると解する余地はないというべきである。そして、これまでの慣例あるいは会社に対する貢献度からみて再選され得る基準に該当するものであっても、なお企業所有者である株主らにおいてはこれを再選するか否かを採択する自由を有するのであって、特段の事情のない限り当該取締役を再選すべく所定の手続をしなかったとしても、違法であるとしてその責を問うことは出来ない。
そこで、被告が、原告が取締役としての任期満了時に原告を取締役として再選すべく推薦をしなかった経緯について考えてみる。
右認定した事実によると原告は、昭和四八年一一月ころ、被告に対し取締役となって親会社である三井物産の幹部と対等の立場で自己の経営理念を実行することを希望していた。これに加えて、それまでの原告の経営姿勢等が評価されてか翌四九年には取締役会の推薦を得て株主総会で取締役に選任されるに至った。そして、取締役就任当初は、営業部長兼務の取締役として職務に専念していたようであり、その後、原告の取締役としての任期が満了した際、取締役に再選されたことを考えると、原告のこの間の活動に対しては期待と信頼が寄せられていたものと推認される。しかしながら、原告は、企画開発部長にその分担職務が変更したころから、被告の取締役(会)の業務執行に種々の法令違反の疑いがある等との指摘をするようになったばかりか、これを被告会社の内外においても言及するに及んだ。そのため、被告の株主あるいは他の取締役は、原告のかかる言動は、徒らに自己の意見に固執し、大局的視野協調性に欠け、取締役会決議事項あるいは会社の経営方針に反する私見を流布して被告の信用を傷つけるものであるから、もはや原告に会社業務の執行をゆだねることは出来ないの意思を固めるに至った。そのため、被告は、任期満了により取締役の資格が消滅する原告を再度取締役の候補者として推薦しなかったものであると認められる。
以上を総合すると、原告は、自己の経営理念に基づいて種々の意見を具申していたものであり、この点は取締役としての忠実義務に適うものであると認められる。そして、原告が、その主張するような問題点について取締役会等で真実それを追求していたならば、それ自体取締役の業務執行に反するものでなく咎められる理由はない。しかしながら、原告が、右意見具申にあたってはその手段・方法・時宜等の適否について被告の経営秩序の維持あるいは業務執行の円滑さを慮ることなく徒らに自己の意見を固執して他を顧なかったこと、そのため取締役会の円滑かつ適正な業務執行が阻害されることもあったこと、原告は、自己の主張を被告会社の内外で言及するに至ったため、被告の信用が害される虞れも生じたこと等を認めることが出来る。そして、これら原告の所為は、企業所有者である株主らから会社の業務執行をゆだねられている取締役としていささか妥当性を欠き疑問がないわけではない。被告および株主らは、原告のこのような言動を問題として、原告を被告の経営に参画せしめ会社の業務執行をゆだねることは妥当でないと判断するに至り、原告が任期満了により取締役の資格を喪失するのを機会に再選しないと決定したものである。このように、被告が、信頼感を失った原告に会社の経営をゆだねることを得ないとの取締役会や株主らの意向を受けて再選の手続をとらなかったものである以上、被告の措置を不法行為を構成する特段の事由にあたると解することも出来ない。けだし、取締役と株式会社との関係は、委任に関する規定に従って規律され(商法第二五四条第三項参照)、もっぱら信頼関係を基礎とするものであるから、すでに信頼感を失った取締役に会社業務の執行をゆだねることは如何なる事由をもってしても相当とせず、これから排斥することはやむを得ない措置である。又、仮りに原告がその主張する疑惑等を真実追求していたとしてもこれが原告を取締役に再選しないことを不当とする理由になり得ない。
結局、被告が、任期満了により取締役の資格が消滅する原告を取締役に再選させないと決定し株主総会に対し再選の附議をしなかったことは、一般に原告の期待権等を侵害する不法な行為ということは出来ないし、又、被告のかかる措置を違法とする特段の事情も何ら認められないから、原告の右主張は理由がない。
三 被告は、被告の役職従業員であった者は、本人が希望する限り被告の使用人等として再雇用のうえ定年又は退職後も引続き勤労収入を得られるという配慮をしていた。しかるに、原告は取締役在任中も従業員としての身分を保有していたのに、被告は、原告に対して何らの配慮もしなかったので期待権を侵害されたと主張する。
何らかの事由により取締役の資格が消滅する場合、その後の処遇につき特段の定めがある場合には、被告に対しそれに従った処遇を受ける権利を有することは言うまでもないが、本件においては、全証拠によるもかかる特段の定めの存在を認めることは出来ない。そして、そのような定めのない本件では、その後の処遇に関し被告は、原告に何らの具体的な責務を負わないというべきである。又、原告が主張するような再就職のあっせん等という問題となると、それを受け入れる側の意向、受入体勢あるいは人事管理等の諸問題があるので、たとえ被告がこれまで退任した取締役に対して何らかの処遇を与えていたとしても、これを確立した先例として何人に対しても一義的に適用することは困難である。のみならず、弁論の全趣旨によれば、被告の退任した取締役の中には退任後の再就職につき何らかの配慮を受けた者がいることが認められるが、必ずしもすべてが再就職のあっせんを受けていたわけでもない。結局受入れの可否、在任中の業務執行状況、退任事由等を考慮して、被告の裁量で個別的に相手方等と協議の上決定していたものと認められる。とすれば、任期満了により取締役を退任する者に対して必ず再就職先をあっせんするとの慣行が存在する事実は認められない。しかも先に認定したように、原告には取締役在任中、被告らの信頼を欠く言動があったため、被告は、原告が任期満了によりその資格を喪失するのを機会に再選しないこととしたのである。従って、被告が、原告の退任後の処遇につき何らの配慮をしなかったことも相当の理由があり、やむを得ないことであったというべきである。
又、原告が、取締役就任により従業員の地位を退職したことは、前記認定のとおりであるからこれを前提とする主張は、理由がない。
よって、原告の前記主張は採用しない。
四 原告は、被告が、雇用保険法に違反する違法な行為により原告の失業給付基本手当の受給権を侵害したと主張するようであるが、本件全証拠によるも右事実を認めることは出来ない。
五 原告は、その他縷々事実を挙げて被告の不法行為を主張するが、いずれも被告が、取締役に再選されなかったことの違法性を主張するものであり、独自の見解に基づくもので採用し得ない。
六 以上のとおりであるから、原告の被告に対する本訴請求はその余の主張を判断するまでもなく理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 星野雅紀)