東京地方裁判所 昭和54年(ワ)2598号 判決 1982年9月17日
原告(反訴被告)
橋本静
右訴訟代理人
佐伯弘
被告(反訴原告)
国
右代表者法務大臣
坂田道太
右指定代理人
藤村啓
外四名
被告
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
右指定代理人
海見宏
外一名
主文
原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。
被告(反訴原告)国が、別紙物件目録記載の土地につき、所有権を有することを確認する。
原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)国に対し、別紙物件目録記載の土地につき、昭和二四年一二月末日の時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
訴訟費用は、本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。
事実《省略》
理由
第一本訴請求事件について
一請求の原因第一、第三、第四項の各事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件土地につき、昭和四七年四月二八日の相続を原因として訴外房之助から原告に対する所有権移転登記が経由されていることが認められる。
二そこで次に抗弁事実について検討することとする。
1 抗弁第一項の買収について
<証拠>によれば、本件土地は本件飛行場建設予定地内に含まれていたこと、<証拠>によれば、右飛行場建設予定地内の訴外房之助所有のうち、本件土地と同字の六七一一番、六七一二番、六七一三番、六七九九番二、六八〇二番一、同番二の各土地については、昭和一八年六月二五日の買収を原因として同年八月一七日に陸軍省に所有権移転登記がなされており、右買収にかかる各土地と本件土地の位置関係を公図(<証拠>)上で照合すると、右買収にかかる各土地は本件土地の隣接地であり、その隣接の形状に鑑みれば、特別の事情が認められない限り、飛行場としての利用上必要な範囲の中に本件土地も含まれ、本件土地のみ買収の対象から除くのは不自然というべきであり、本件土地についても買収が予定されていたことが窺われること、<証拠>によれば、土地台帳上、本件土地は昭和一九年六月一七日に本件分筆前各土地から分筆されているが、この分筆の目的は本件土地の買収のためであつたと推認されること、<証拠>によれば、当時、陸軍航空本部経理部は、本件土地につき、訴外房之助に対し、昭和一八年八月二日の協定による地上物件移転補償料として、蔬菜離作料名下に金員を支払つていること、<証拠>によれば、戦時特例として、昭和一八年末ころより、勅令により、買収地の所有権移転登記を待たずに買収代金の金額を支払うということが行われるようになり、分筆を要する場合には、土地台帳法上の分筆手続が終わると登記簿上の分筆を待たずに買収代金の支払いをしていたこと、がそれぞれ認められる。
しかしながら、他方、<証拠>によれば、同所六七九七番一、六七九八番一、六七九九番一の各土地も本件飛行場建設予定地内に含まれていたが、昭和一八年には買収されず、昭和三五年以降に買収されたものであつて、本件飛行場建設予定地内の土地であつても昭和一八年当時に買収済みのものと未買収の土地とがあつたこと、本件土地と昭和一八年に買収済みの隣接地との位置関係及び本件土地につき昭和一九年に土地台帳法上の分筆がされていることに照らせば、本件土地が買収の対象とされ買収の準備が行われていたものと推認されるが、<証拠>によれば、一筆の土地の一部の買収の場合には、測量を行い分筆手続をとつた段階で初めて買収すべき土地の数量が判明し同土地が特定されるのが実情であつたのであるから、土地台帳法上分筆されているからといつて、必ずしも買収済みであるとは言えないこと、<証拠>によれば、買収代金が支払われた土地に関する金銭については、蔬菜離作料ではなく土地買収代と明記されており、また、蔬菜離作料の支払いにつき本件土地と同欄に記載されている同所六七九九番一の土地は、前記のとおり昭和一八年当時未買収の土地であり、更に、訴外房之助所有の同所六五〇九番(同人の居宅の存在する土地)及び訴外橋本與吉所有の同所六六一九番、六六二〇番の各土地についても蔬菜離作料が支払われているが、右各土地はいずれも昭和一八年当時未買収の土地であつたこと、従つて、蔬菜離作料の支払いが買収の存在を推認させるものではないこと、がそれぞれ認められる。
以上の事実に照らすと、前記認定の諸事実から直ちに本件土地が買収されたとの事実を推認することはできず、他に本件土地の買収を認めるに足りる証拠はない。
2 抗弁第二項取得時効について
<証拠>によれば、昭和一八年六月ころから本件飛行場の建設工事が始まり、本件飛行場建設予定地内にあつた本件分筆前各土地のうち、同所六七九八番の土地の北側の一部が現実に建設された飛行場部分に取り入れられたが、同所六七九七番の土地は飛行場部分にかからず、訴外房之助は、その後も本件分筆各土地のうち飛行場部分に取り入れられなかつた部分については耕作を行つていたこと、<証拠>によれば、被告国は、昭和二二年三月三日、米国駐留軍の接収に対して本件土地を含む本件飛行場建設予定地を提供し、米国駐留軍は、現実の本件飛行場部分のみならず、本件飛行場建設予定地一杯まで拡幅して使用するようになり、昭和二四年ころ、本件土地附近にゴルフ練習場を造成したこと、従つて、遅くとも昭和二四年一二月末には、米国駐留軍が本件土地を占有するようになつたこと、<証拠>によれば、米国駐留軍は、昭和四八年九月三〇日に右接収地を被告国に返還するまで、本件土地を継続して占有使用していたこと、がそれぞれ認められる。
以上の事実及び接収は連合国軍による日本国占領の一環として、その権利に基づき行われるものであり、接収した土地に対する占領管理は、連合軍最高司令官が被告国に対し指令を発し、被告国がこれに基づいて統治を行う間接管理方式であり、土地の調達についても連合国軍が被告国に対し調達要求を発し、これに基づいて被告国が調達のうえ提供するという制度がとられていたという公知の事実によれば、被告国は、連合国軍の一つである米国駐留軍が遅くとも昭和二四年一二月末に本件土地の占有を始めたときからこれが返還されるまで、米国駐留軍を介して本件土地を間接占有していたものと認められる。
原告は、米国駐留軍が本件土地を占有するようになつたのは、接収によるものであり、これは日本国の敗戦という歴史的結果によるものであるから、その占有は民法の時効取得の基礎たる占有に値いしない旨主張する。
しかしながら、前記の連合軍による接収及び占領管理方式についての公知の事実に照らせば、米国駐留軍が本件飛行場建設予定地の接収に伴い本件土地の占有を始めたからといつて、その占有が民法の時効取得の基礎たる占有に値いしないと言うことはできない。
以上の事実によれば、被告国の米国駐留軍を介しての本件土地に対する占有は、民法一八六条一項により所有の意思をもつて善意、平穏かつ公然に始められたものと推定される。
三そこで次に再抗弁事実について検討することとする。
1 再抗弁第一項所有意思の不存在について
再抗弁第一項の事実中、本件土地につき昭和四六年度まで固定資産税が課せられていたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、昭和四七年四月二八日に訴外房之助が死亡し、原告が本件土地を相続したとして相続税の申告をなしたことに対し、被告国が相続税を課したことが認められる。
しかしながら、<証拠>によれば、被告国が、昭和七年一月二〇日付の本件反訴提起に至るまで本件土地につき積極的権利主張をせず、本件土地の所有名義人が原告のまま放置していたというわけではなく、訴外房之助が昭和三六年ころ被告国の東京通達局に対し、本件土地の所有権を主張し本件土地につき賃貸借契約を締結するよう申し入れてきたので、東京通達局は関東財務局に対し、本件土地が国有地かどうか調査して欲しい旨照会したこと、関東財務局の管財部不動産二課管理係の係官であつた訴外金野宏は、右照会に対し、「本件土地は旧陸軍省が買収したと思われるが、資料について現在調査中である。」旨関東財務局長名で回答したこと、右回答を受けた東京通達局は、昭和三七年八月二三日付書面(<証拠>)により、局長名で訴外房之助に対し、「関東財務局に照会中のところ、詳細調査中であるのでしばらく猶予願いたいとの回答に接したので、なおしばらく猶予願いたい。」旨回答したこと、訴外房之助及び原告は、その後東京通達局より調査結果の回答がなかつたので、昭和三八年ころあるいは昭和四二年には弁護士を介するなどもして、再三にわたり東京通達局に対し右調査結果の回答を求めてきたこと、その後関東財務局は更に資料を調査検討し、昭和四六年八月ころ、同財務局管財第一部特別財産課グラントハイツ特別処理班の係官であつた訴外岡田政雄、同忽滑谷幸平が原告方に赴き、原告に対し、本件土地は旧陸軍省が既に買収済みの土地であるので、被告国に対し移転登記することを承諾するよう口頭の申し入れを行つたこと、しかるに原告は、昭和五三年一二月二日発信の書面(<証拠>)により、関東財務局長に対し、本件土地の引渡を求めてきたこと、そこで関東財務局長は、昭和五四年一月八日付の書面(<証拠>)により、原告に対し、本件土地は旧陸軍省が本件飛行場敷地とするため買収し既に国有地となつているものであるから、被告国へ所有権移転登記することに協力するよう回答したこと、が認められる。
また、昭和二二年に地租が国税から地方税に改正されたことは公知の事実であるから、被告国が同年以降本件土地に固定資産税を課したことはなく、更に、被告国が本件土地につき原告に対し相続税を課したのは、本件土地の管理についての所轄機関とは異なる課税機関が登記簿の所有名義人の記載に基づいて単に機械的に行つたにすぎないと推認され、右課税の事実をもつて直ちに被告国が本件土地につき所有の意思を欠いていたことの表われと見るのは相当でない。
他方、<証拠>によれば、米国駐留軍が昭和二二年三月三日の接収により被告国より提供を受け、以後占有するに至つた本件飛行場建設予定地は、米国駐留軍の家族の住居用敷地として利用され、本件土地は米国駐留軍のゴルフ練習場として使用されていたことが認められ、右利用目的、利用状況、更に、訴外房之助が本件土地の所有権を主張したことに対する被告国の前記のとおりの対応状況等に照らすと、被告国は、本件土地を含む本件飛行場建設予定地を米国駐留軍に提供し、以後米国駐留軍を介して間接占有を始めた際、同土地につき所有の意思を有していたと見るのが合理的である。
以上の事実を総合すれば、被告国の本件土地に対する間接占有が所有の意思をもつて始められたという民法一八六条一項による推定が、前記認定の事実により覆えされるものではないと言うべきであり、他に右推定を覆えして被告国に所有意思がなかつたと認めるに足りる証拠はない。
2 再抗弁第二項時効の停止について
訴外房之助及び原告からの本件土地についての所有権主張に対し、被告国が一旦回答の猶予を願い、その後、本件土地が旧陸軍省買収済みのものであるから被告国に所有権移転登記をなすよう申し入れるに至つた状況は、前記認定のとおりであり、戦争末期から戦後にかけての混乱期におけるいわゆる軍用地の取得関係の調査が相当に困難であることは容易に推認できるところ、被告国が、訴外房之助に対し回答の猶予を願うことによつてあえて取得時効の完成を意図したということを窺わせるに足りる証拠はなく、訴外房之助が、昭和三六年ころ、被告国に対し、本件土地につき所有権を主張して賃貸借契約の締結を求めてきたことに対し、被告国が回答の猶予を願い、その後昭和四六年八月に至つて本件土地が陸軍省において買収済みのものである旨回答したからと言つて、その間、訴外房之助及び原告が本件土地所有権を積極的に主張して時効中断の挙に出ることに何ら支障があつたわけでもなく、右期間中時効の進行は信義則上停止していたとすべき合理的理由はない。
3 再抗弁第三項時効援用の禁止について
訴外房之助及び原告の本件土地に対する所有権主張に対し、被告国が対処した状況は、前記認定のとおりであり、訴外房之助及び原告が本件土地の所有権を積極的に主張し、最終的訴訟提起に至るまでの間、被告国が誠意を示すがごとき態度を持して右訴訟提起の延引を図つていたものと認めるに足りる証拠はなく、被告国が取得時効を援用することが許されないとすべき合理的理由はない。
4 再抗弁第四項時効の中断について
前記のとおり、昭和二二年に地租は国税から地方税に改正されたものであるから、被告国が同年以降本件土地について固達資産税を課したことはなく、また、被告国が、本件土地につき原告に相続税を課したのは、本件土地の管理についての所管機関ではない課税機関が登記簿の所有名義人の記載に基づいて機械的に行つたにすぎないと推認されるから、右課税の事実をもつて時効中断事由たる承認とみるのは相当でなく、他に被告国の本件土地に対する取得時効につき中断事由があつたと認めるに足りる証拠はない。
四以上によれば、原告の再抗弁はいずれも理由がなく、被告国が、米国駐留軍を介して遅くとも昭和二四年一二月末日に本件土地に対する間接占有を始めた際、無過失でなかつたとしても、昭和四四年一二月末日には二〇年の取得時効期間が満了したことは明らかであり、被告国が本訴において右時効を援用したことは当事者間に争いがないから、被告国が占有の初め無過失であつたか否かについて判断するまでもなく取得時効の抗弁は理由がある。
五よつて、原告の本訴請求は理由がなく失当である。
第二反訴請求事件について
一反訴請求の原因第一、第二項及び反訴抗弁第一ないし第四項についての判断は、本訴抗弁第一、第二項及び本訴再抗弁第一ないし第四項について検討したとおりであり、反訴請求の原因第三、第四項の事実は当事者間に争いがない。
二よつて、被告国の反訴請求は理由がある。
第三結論
以上により、原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、被告国の反訴請求は時効取得の点において理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(小野寺規夫 中田昭孝 橋本昌純)
物件目録<省略>