東京地方裁判所 昭和54年(ワ)2871号 判決 1981年3月23日
原告 スバックセーフティシステム 株式会社東日本本社
右代表者代表取締役 藤井浅一
右訴訟代理人弁護士 秋山昭八
同 鈴木利治
被告 スバル電子精機株式会社
右代表者代表取締役 片上四郎
右訴訟代理人弁護士 石井恒
主文
被告は原告に対し金四六四五万七二七二円とうち金三九一〇万二一四〇円に対する昭和五四年四月八日以降その支払いがすむまで年六分の割合による金員、うち金七三五万五一三二円に対する前同日以降その支払いがすむまで年五分の割合による金員の各支払いをせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は一〇分してその九を被告、その余を原告の各負担とする。
この判決は第一、第三項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立
(原告)
被告は原告に対し四八六七万六八八五円と、うち四〇〇〇万円に対する本件訴状が送達された日の翌日以降その支払いがすむまで年六分の割合による金員、うち八六七万六八八五円に対する同日以降その支払いがすむまで年五分の割合による金員の各支払いをせよ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決と仮執行の宣言を求める。
(被告)
請求棄却、訴訟費用は原告の負担との判決を求める。
第二当事者の主張
(請求の原因)
一 被告はガス漏れ防災機器の製造販売を業とする会社である。
二 被告は昭和五二年一一月二九日訴外小里機械株式会社(以下「訴外小里機械」という)に対し、新会社を設立して、被告の製造するガス漏防災機器の、関東、東北地域総販売代理店を経営するよう勧奨し、右訴外会社はこれを受け入れて同年一二月二〇日右代理店の経営を目的として原告を設立した。
三 原告は被告に対し、昭和五二年一二月二六日三五〇〇万円を、後に原告との間において被告の製造するガス漏れ防災機器の販売につき総代理店契約が成立したときは、同契約によって原告が被告に保証金として差入れることが予定されていた五五〇〇万円の一部に充当し、同契約が成立するに至らなかったときは返還するとの約束で貸渡した。
その後、原告と被告との間の総代理店契約は成立するに至らなかった。
四 原告は、昭和五三年三月九日訴外有限会社秋田スバックとの間で、後に原、被告間で、前記総代理店契約が成立することを条件として下部代理店契約を結び、その保証金として一〇〇〇万円を受領したうえ、その半額である五〇〇万円を被告に交付して預託した。
その後、原告と被告との総代理店契約は成立するに至らなかった。
五 原告と被告は、昭和五三年六月一二日ころ次のとおり合意した。
(一) 原告と被告は被告の製造するガス漏れ防災機器の販売を目的として以下の条項により総代理店契約を締結する。
(二) 販売権の範囲は関東、東北地域一都一三県とし、右地域内で被告は原告以外のものと代理店契約を締結してはならない。
(三) 原告が被告に預託すべき保証金は五五〇〇万円とする。
(四) 原告が東北地域で下部代理店契約を締結した場合は、原告は下部代理店より預託される保証金の半額を被告に再預託する。
六 被告は原告に対し、総代理店契約締結の交渉に際し、関東、東北地域内において、被告が既に契約している代理店は訴外日立住宅設備株式会社及び同明和産業株式会社の二社のみである旨説明していたところ、原告、被告間で契約締結が予定されていた昭和五三年六月一六日に至り、突然、右二者のほか四者即ち、訴外マルマン瓦斯株式会社、同日の出石油有限会社、同大沢征夫、同株式会社総合とも既に代理店契約が成立しており、更に訴外全国農業協同組合連合会、清水建設株式会社、同島田正一、同小野寺衛とも代理店契約を結ぶべく交渉中である事実を告げられた。
七 右のとおりであるとすれば、原告としては、被告と総代理店契約を結ぶ意義は失われ、総代理店契約を結んだとしても経営が不可能であるので、被告との総代理店契約は締結しないこととした。
八 被告は、当初より原告と総代理店契約を結ぶ意思も、それだけの能力もないのに被告代表者片上四郎は原告に対し被告と総代理店契約を結んで営業活動をすれば相当の利益があげられるものと説明して信用させた。
九 そこでこれを信用した原告は、原告が設立された直後から、被告との間で総代理店契約が成立することを前提として、種々の営業活動を開始し、別紙支出一覧表記載のとおり、原告を設立してから昭和五三年六月三〇日までの間に合計七九四万四三三二円を支出したが、その間五八万九二〇〇円の営業利益があったので結局七三五万五一三二円の損害を被った。
一〇 原告は、請求原因第三項記載の貸付金三五〇〇万円を貸渡すため、うち三三五〇万円を訴外小里機械株式会社より借入れ、昭和五三年六月三〇日までの間にその利息(年七・五パーセントの割合)として、合計一三二万一七五三円を支払い、同額の損害を被った。
一一 右損害は、原告と被告との間の総代理店契約が成立するに至らなかった結果生じたものであるところ、右契約が成立するに至らなかったのは、前記のとおり被告代表者片上の故意または過失によるものであるから、不法行為による損害賠償義務並びに契約締結上の過失による損害賠償義務がある。
一二 よって第三項記載の貸金三五〇〇万円及び第四項記載の預託金五〇〇万円の合計四〇〇〇万円とこれに対する本件訴状送達の翌日以降その支払いがすむまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払い、並びに第八項記載の損害賠償債権七三五万五一三二円及び第九項記載の同一三二万一七五三円の合計八六七万六八八五円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降その支払いがすむまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(請求原因事実に対する認否)
一 第一項の事実は認める。
二 第二項の事実のうち、訴外小里機械株式会社と被告との間で、主張の趣旨で原告の設立について話合をした事実、主張の趣旨で原告が設立された事実はあるが、原告の設立を被告が勧めたとの事実は否認する。
三 第三項の事実中、主張の日に主張の金員の交付を受けた事実は認めるが、その余の事実は否認する。被告は原告との間で、総代理店契約を結んだうえ、同契約に基き、原告が被告に交付すべき保証金五五〇〇万円の一部として交付を受けたものであって貸金ではない。
四 第四項の事実は否認する。訴外有限会社秋田スバックとの代理店契約は、被告が締結したものである。
五 同第五項の事実は否認する、昭和五三年六月一三日当時は、既に原告、被告間の総代理店契約は成立していたものである。なお、原告、被告間の総代理店契約において、同項(二)記載の条項が約定された事実はない。
六 同第六項の事実中、被告が原告に対し、関東、東北地域内の代理店が、訴外日立住宅設備株式会社及び同明和産業株式会社の二者である旨説明した事実は認めるがその余の事実は否認する。
原告が、被告との総代理店契約を締結したにも拘らず、下部代理店を作らず漫然と時日を経過していたため、被告としてはこのままでは経営が行き詰まることをおそれ、再三原告に警告したうえでやむを得ず、昭和五三年六月一六日ころまでに、被告において、訴外アルマン瓦斯株式会社、同日の出石油株式会社、同株式会社総合の三者と代理店契約を結ぶに至ったものである。
七 同第七項の事実は否認する。
八 同第八、第九項の事実中、主張の営業活動がなされた事実、主張の支出がなされた事実はいずれも知らない。
九 同第一〇項の主張は争う。原告と被告との間には既に主張したとおり、総代理店契約が成立しており、右契約が成立するに至らなかったため損害が生じたことはありえない。
(被告の抗弁)
被告は原告に対し次のとおりの各債権、合計三三二三万七二〇五円を有する。よって、仮に原告主張の貸金債権があるとすれば、被告の原告に対する右債権と、原告の被告に対する右貸金債権とを対当額において相殺する(昭和五四年七月二六日(第三回)、及び同年九月六日(第四回)の各口頭弁論期日において意思表示をした)。
一 被告は原告に対し、代金支払期日を、各売渡日の翌月末日と定めて別紙目録(一)ないし(三)記載のとおり売渡し、その代金総額は三二一七万五四一〇円である。
二 被告は原告及び訴外スバックセーフティシステム関西本社、同スバックセーフティシステム名古屋本社と共同して、昭和五三年四月二六日から同年五月五日までの間、東京都中央区晴海で開催された東京都主催の第五回グッドリビングショーに参加し、防災機器を出品した。そのための会場費、設備費等二四七万七二二一円を要し、これを右四者で均等の割合で分担する約束をした。被告は右費用全額を原告らのために立替支払ったので、原告に対し、その四分の一にあたる六一万九三〇五円の求償債権を有する。
三 被告は原告に対し、別紙目録(四)記載の物品を無償で貸渡した。右使用貸借契約は昭和五三年九月二六日解除により終了したが、原告は右物品を他に処分したため、被告に返還することができない。よって、右物品の価格相当額である一八万円の損害賠償請求権を有する。
四 被告は原告に対し、昭和五三年八月二二日、別紙目録(五)記載の商品を代金二六万円、運送賃二四九〇円は原告負担の約束で売渡した。よって合計二六万二四九〇円の債権を有する。
(被告の抗弁に対する認否)
一 一の事実につき
1 別紙目録(一)のうち、6ないし10、18ないし22、同目録14のうちの三台、同15のうちの二台についてはいずれも認める。
2 その余の事実はすべて否認する。
別紙目録(一)1ないし5の商品の引渡を受けた事実はあるが、これらの商品はいずれも、請求原因第三項の貸金の担保として交付を受けたものである。
別紙目録(一)11ないし13の商品は、原告と被告が合意のうえ、宣伝用モデルハウスに使用されたものであって、原告が買受けたものではない。
別紙目録(一)16、17、(二)、(三)については原告より発注した事実も、被告より納品された事実も、一切ない。
二 二の事実につき
被告が主催して、主張のリビングショーに防災機器を出展し、原告がこれに協賛した事実はあるが、その余の事実はすべて否認する。却って原告は同リビングショーのために二四三万五七三五円を支出し、同支出金については請求原因第九項中別紙支出一覧表中3、5の損害金として本訴において請求しているものである。
三 三の事実につき
被告より主張の商品を展示用として交付を受けた事実は認めるが、原告においてこれを処分した事実はなく、現に保管中である。
四 四の事実につき
主張の商品につき原告が訴外バンドー化学株式会社より注文を受けて被告に発注し、被告が訴外バンドー化学株式会社に引渡して納品した事実は認めるが、その代金額は一五万三〇〇〇円である。
第三証拠の提出援用《省略》
理由
一 被告が、ガス漏れ防災機器の製造販売を目的とする株式会社であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、原告は、被告の代表者片上四郎(以下「訴外片上」という)が、被告と取引のあった訴外小里機械の代表者藤井浅一(以下「訴外藤井」という)に、被告の製造する製品の販売を引受けるようすすめた結果、被告の総代理店としてその販売をなすことを目的として、訴外藤井らを発起人として設立され、昭和五二年一二月二〇日設立の登記がなされた株式会社であることが認められる。
二 昭和五二年一二月二六日、原告より訴外ときわ相互銀行鎌倉支店の、被告の普通預金口座に、三五〇〇万円が振込まれて送金され、被告がこれを受領した事実は当事者間に争いがない。
三 右授受された金員につき、原告は貸金であるとしてその返済を求めるのに対し、被告は、原告、被告間に成立した代理店契約に基く保証金五五〇〇万円の一部として受領した旨主張するので検討する。
《証拠省略》、並びに前記争いがない事実によると次のとおり認められる。
1 被告は、地震、ガス漏れに対する防災機器の開発、製造を目的とし、その部材の一部を訴外小里機械から買入れていた。
2 被告は、訴外スバックセーフティ株式会社東京本社(以下「東京本社」という)との間で、被告の製品の販売につき、関東以北地域についての総代理店契約を結んでいたところ、東京本社が倒産するに至ったため、これに代る総代理店を設ける必要が生じていた。そのころ、訴外藤井が被告の製品に強い関心を示していたところから、訴外片上は訴外藤井に、被告の開発した防災機器が、将来性があって有望であることを力説してその販売を手がけるよう勧めた。その結果、訴外藤井も新たに株式会社を設立して被告の総代理店として、製品の販売に当ることにし、訴外田村磨瑳夫、同町井嘉平、同小里和彦らに働きかけ、同人らを発起人として昭和五二年一二月二〇日原告を設立し、その旨登記した。
3 原告を設立するまでの間における訴外藤井と被告との話合いにおいて、総代理店契約の内容については、既にスバックセーフティシステム株式会社関西本社(以下「関西本社」という)と被告との間に総代理店契約が存在し、東京本社との間にも同様の契約が存在していたので、原告を設立した後には、基本的にはこれらの契約に沿って総代理店契約を結ぶことを前提として原告を設立する話をすすめていたが、設立後締結すべき契約の内容につき具体的な検討はなされていなかった。
4 原告の設立発起人会の席上で、被告側の案として、総代理店契約書案(甲第三号証の一)が提示され、発起人会においては、これを検討することとして受け取ったが、原告内部において右案に対して異論があり、原告が設立された後も容易に契約締結に至らないまま時日が経過し、漸く、昭和五三年二月ころ原告側の契約書案(甲第三号証の二)が原告の対案として被告に提示された。これに対しては被告に不満が多く、被告の専務取締役である訴外岡田幸雄(以下「訴外岡田」という)と原告の取締役である訴外小里和彦(以下「訴外小里」という)が交渉を重ねた結果、同年五月ころに至って漸く調整を完了し、その結果をまとめて契約書案(甲第二号証)が作成され、同年六月一六日に双方が調印して契約をなす旨合意されるに至った。
以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠は見当らない。
前記《証拠省略》中には、昭和五二年一二月一八日或は一九日ころには総代理店契約が成立していた趣旨の供述があるが、これらはいずれも訴外藤井と被告の間で、被告の総代理店とすべき原告の設立を合意したことをもって総代理店契約が成立したと解しているものでその認識は当を得たものということはできない。
以上認定のとおりであるから、原告と被告との間には、昭和五三年六月初めに至っても総代理店契約は成立するに至らなかったものというのほかなく、従って、右三五〇〇万円の金員が、総代理店契約に基く保証金として授受される余地はないものと認められる。
右認定した事実と、原告代表者尋問の結果、前記証人岡田の証言の一部によると、被告は東京本社との総代理店契約が終了したことに伴い、昭和五二年一一月末に、交付を受けていた保証金のうち三〇〇〇万円を返還することで合意したため、その資金を必要とし、その他同年年末を控えて資金を必要としていたこと、被告としては、原告の設立手続が終了すれば、速やかに総代理店契約が締結され、当初予定していた五〇〇〇万円の保証金の交付があるものと期待していたところ、前記認定のとおり契約の締結が遅れたこと、そこで被告としては資金に窮し、原告に対し、取り敢えず三五〇〇万円程度の資金を融通して欲しい旨を申し入れ、原告もいずれ総代理店契約を結ぶことを当然のことと考えており、その際は五〇〇〇万円程度の保証金を被告に交付することになると考えていたところから、総代理店契約が成立したときは被告に交付すべき保証金の一部に充当すればよいと考えて、弁済期、利息については何ら定めることなく、三五〇〇万円を貸渡すこととして前記争いのない事実のとおり被告にこれを交付した事実が認められる。
前記《証拠省略》中右認定に反する部分は措信できない。
四 次に請求原因第四項の事実について判断する。
《証拠省略》によると、原告と被告との間の総代理店契約が早急に成立するに至らず、原告が下部代理店を作ることをしなかったため、被告としては下部代理店契約が成立した際被告に納入されるべき保証金が入らず資金に困窮したこと、そこで被告は自ら下部代理店となるべき者として訴外有限会社秋田スバックとの間で交渉をすすめ、原告と被告との間で総代理店契約が成立することを条件として、昭和五三年三月九日原告と被告との間で代理店契約を成立させるに至ったこと、その際原告は訴外有限会社秋田スバックより、保証金として一〇〇〇万円を受領し、同月一四日に、うち五〇〇万円を、原告と被告との総代理店契約が成立した際は、同契約に基く保証金とする趣旨で、銀行振込の方法により被告に交付したこと、原告と被告との間の総代理店契約は前記認定(第三項4)のとおり、契約調印予定日にも契約が成立するに至らず、その後多少の交渉がなされたが契約が成立しないまま経過した後、被告が昭和五四年五月二四日約束手形の不渡を生じて経営が破綻(いわゆる事実上の倒産)し、契約は成立しないこととなったことの各事実が認められる。
以上の事実からすると、被告は原告と被告との間の総代理店契約が成立しないことが確定したことにより右保証金五〇〇万円の返還義務を生じたものというべきところ、右総代理店契約が成立しないこととなった時期は必ずしも明確ではないが、遅くとも右倒産によりこれが確定したものというべきである。
五 最後に、請求原因第五項以下の請求について判断する。
1 原告が設立されるに至った経緯並びに昭和五二年六月一二日ころに、同月一六日に総代理店契約を締結する旨の合意に達するに至った経緯については既に判示した(第二項1ないし4の各事実)とおりである。
2 《証拠省略》によると次のとおり認められる。
昭和五三年六月一二日ころ、原告の取締役訴外小里が被告を訪れて総代理店契約の契約内容について協議し、その結果まとめられた契約書案(甲第二号証)に基づいて同月一六日に契約を締結する旨合意した(以上は既に認定した事実)が、その際被告から訴外小里に対し覚書と題した書面(甲第四号)が手交され、総代理店契約を締結する際には契約書とは別に同覚書に記載された事項について合意したい旨の申入れがなされた。同書面には、被告は、昭和五二年八月一九日訴外日立住宅設備株式会社との間で、対象地域と日本全地域、同年三月一〇日訴外明和産業株式会社との間で対象地域を日本全地域、同年六月一三日訴外日の出石油有限会社との間で対象地域を山形県、同年八月八日訴外株式会社総合との間で対象地域を茨城県、同年一一月一八日訴外マルマン瓦斯株式会社との間で対象地域を東京都三多摩地区、昭和五三年八月八日訴外大沢征夫との間で、対象地域を宮城県、福島県ほかとして既に代理店契約を締結済みであること、更に、被告はいずれも対象地域を日本全地域として、訴外全国農業協同連合会、清水建設株式会社との間で、代理店契約を結ぶべく交渉を進行中であることを確認すること、総代理店契約により原告が販売権を取得すべき地域内において、被告が既に代理店契約の締結を完了している者、又は現在契約について交渉中の者については、これらの者が販売活動を行った方がより効果的な実績をあげうると判断したときは原告、被告の間で協議のうえこれを起用し、それから生ずる利益のうち原告が販売権を取得する地域内の利益については別に定める率によって利益配分を行うなどの事項が記載されていた。それまでの原告と被告との間における話合においては、被告は原告に対し、関東地域(一都六県)その北部地域(七県)について原告に総販売権を与え、同地域内においては被告は自ら販売をせず、また被告は他に代理店を作らないことを契約の基本として話合いをすすめており、被告からは原告に対し、唯例外として全国的に販売網を有する訴外日立住宅設備株式会社、同明和産業株式会社とは既に代理店契約が結ばれている旨の説明がなされていたがその他の者と代理店契約を結んでいる旨の説明はなされたことがなかった。原告としては、原告が総代理店契約により取得が予定されている販売地域内に、既に右覚書記載のような多数の代理店が存在していては総代理店契約を結ぶ目的は失われるとして、右契約書案(甲第二号証)によって契約することを拒み、更に原告、被告間で協議するよう主張し、予定された契約は成立するに至らなかった。その後、原告、被告双方から、契約を成立させようとの働きかけがあったが合意するに至らず総代理店契約は成立するに至らなかった。その後被告が倒産するに至ったことは既に認定したとおりである。
《証拠判断省略》
3 原告が設立されるに至った経緯については既に認定をした事実、及び前記甲第二号証、第三号証の一、二によると、契約書案として、原告、被告双方から示された書面にはいずれも、原告に販売権が付与される地域内では、原告だけが下部代理店との間で代理店契約を結ぶことができるものとされており、多少例外規定を設けようとする被告の提案については原告がこれを削除して反対の意思を表明している事実が認められることの各事実からすると、原告と被告との間ですすめられていた総代理店契約締結の交渉は、関東及びその北部地域(一都一三県)内における原告の独占的販売権の付与をその基本とするもので、原告が総代理店としての経営を目的として設立され、被告がこれを了知したうえで、原告との交渉をすすめている以上、右契約成立のための基本事項に反する事実が存在するのに原告にこれを秘して交渉し、或は交渉の途中において右基本事項に反する行為をすることは許されないものというべきである。
4 前記甲第四号証によると、被告は、原告が設立された昭和五二年一二月二〇日以前において、前記覚書(甲第四号証)記載のとおり訴外マルマン瓦斯株式会社、同日の出石油有限会社、同株式会社総合と、いずれも原告に販売権を付与することが予定されていた地域内で代理店契約をしていたこと、また、原告設立後にも同覚書記載のとおり訴外大沢征夫と契約し、訴外全国農業協同組合連合会、同清水建設とも契約を締結すべく交渉していたことが認められ、これらの事実について何ら原告に告知していなかったことは既に認定したとおりである。
被告(代表者訴外片上)の右行為は、原告に契約地域内で独占的に販売代理店を与えることを当然の前提として原告との間で交渉をすすめ、かつ、原告が後記認定のとおり、右契約が成立することを前提として営業活動をしていることを了知しながら、これと基本的に相容れない事項を秘し、或は契約の成立を阻害する行為を自らなすもので原告に対する不法行為に該るというべきであり、その結果原告に生じた損害については民法四四条によりその賠償の責に任ずべきである。
5 《証拠省略》中には、訴外マルマン瓦斯株式会社との代理店契約が成立したのは、昭和五三年四月末日であり、右覚書の記載は、昭和四二年一一月一八日が暦の上で大安であったところから被告の職員が事実に反してそのように記載した、訴外日の出石油有限会社とは契約は成立していなかった趣旨の供述があるが、契約の主要な事項をなす右の事実について、他に特段の事由のない限り、殊更に虚偽の事項を記載したとは到底考えられないし、特に真実の契約の日から五か月余も以前の大安の日を記載するなどとの事実は到底措信できないし、他に真実に反して記載したと認めるに足りる特段の事情は認められない。
また被告は、原告が下部代理店を作ることに熱心でないため、被告の営業上やむなく、再三原告に警告を与えたうえで、原告以外の者と代理店契約を結んだ旨主張するが、証拠を検討してもそのような事実を認めるに足りる証拠はない(なお、被告の主張する「警告」がどのような行為をいうのであるか必ずしも明らかではない)ばかりでなく、未だ総代理店契約が成立していない以上原告が下部代理を作らないことを非難することはできないところであるし、被告が原告との間で総代理店契約を締結することを前提として交渉をすすめている以上、第三者と代理店契約を結ぶ際は事前に原告の承諾を得てなすべき(前記認定の訴外秋田スバックについてはそのようになされている)であり、右主張はいずれの点においても採用できない。
6 《証拠省略》によると、原告は、被告との間の総代理店として営業することを主たる目的として設立された会社であるところから、設立後被告との間で右契約を成立させ総代理店として営業活動することを前提として事務所を設け、総代理店契約の成立しないまま一部商品の販売をなし、宣伝活動をするなどの営業活動をなしたこと、その間、販売に用いた商品は被告から買入れ、宣伝活動として行った住宅設備の展示会における出品は被告と協力して行うなど、原告の右営業活動については被告もこれを了知していたこと、その結果、原告が設立された昭和五二年一二月二〇日から昭和五三年六月三〇日までの間に別紙支出一覧表記載のとおり支出し、同期間中の収益五八万九二〇〇円を差引いた七三五万五一三二円の損失を生じたものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
7 右損害は、被告の前記不法行為によって生じた損失というべきであるから被告はその賠償の責を負うべきである。
8 原告は更に、被告に対して貸渡した三五〇〇万円(請求原因第三項)は、訴外小里機械よりこれを借受けて被告に貸渡したもので、その利息金として訴外小里機械に対し一三二万一七五三円を支払ったとして、同額の損害を被った旨主張する。
しかし、右三五〇〇万円が貸金であってその返済を求める以上特段の事情のない限り利息及び遅延損害金として請求すべきものであって、その資金の調達につき主張の事情があったとしても特段の事情に該るというべきであるからその支払った利息金を損害金として請求することはできないというべきである。
六 そこで被告の抗弁について判断する。
1 抗弁一の事実のうち、別紙目録(一)中6ないし10、18ないし22、14のうちの三台、15のうちの二台代金総額六三万七八六〇円について、被告主張のとおり商品が売渡されたことは当事者間に争いがない。
2 抗弁一の事実のうち、別紙目録(一)中1ないし5の商品が被告主張のとおり原告に引渡された事実は当事者間に争いがない。
ところで、《証拠省略》並びに前記認定の各事実に照らすと、被告が前記商品を原告に送付したのは、原告が設立された前日であり、特に原告(発起人)から注文書その他による注文があったわけではないこと、当時原告には何ら下部代理店等はなくこれを販売する体制が整っていなかったことの各事実が認められ、これらの事実からすると、右商品が売買として原告に引渡されたものとは到底認め難く、却って右各事実と、前記認定のとおり、前記三五〇〇万円が貸金と認められることの事実及び原告代表者尋問の結果を総合すると、右三五〇〇万円の融資を急いでいた被告が、これを促すため、その担保の趣旨で原告に送付したものと認められる。
3 抗弁一の事実のうちその余の売買についてはこれを認めるに足りる証拠はない。
なおこれらの事実を証すべき書面として提出されている《証拠省略》は、いずれもその記載内容に照らし、被告内部の文書として作成されたものと認められ、これに相応する原告の注文書、出荷指示書等が何ら提出されず、原告においてこれを争っている本件において、右文書のみをもってこれを認定することはできない。
4 抗弁二の事実については全証拠を検討してもこれを認めるに足りる証拠は見当らない。
5 抗弁三については、原告が主張の商品の貸与を受けたことは原告も認めるところであるが、原告はこれを処分した事実を否認し、現に右商品を保管している旨主張しているのであり、原告がこれを処分したと認めるに足りる証拠は見当らない。してみると、右商品の返還を求めず、直ちにこれに代る損害金を請求することはできない。
6 抗弁四については、主張の商品を原告が買受けた事実は原告もこれを認め、その代金額を争っているところ、文書の記載内容自体及び弁論の全趣旨に照らし、被告が訴外バンドー化学株式会社に送付した納品書の真正な控と認められる乙第二一号証によると、右商品の代金額は二六万円と認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右商品の運送賃について、原告が負担する旨の約定があった旨の被告の主張についてはこれを認めるに足りる証拠がないばかりでなく、前記甲第二号証、第三号証の一、二によると、原告と被告との間で締結が予定されていた総代理店契約では、運送賃は被告が負担すべきものとして協議が進められていた事実が認められるのであり、これと異る約定があったものとは到底認められない。
以上のとおりであるから、被告の相殺の抗弁は、合計八九万七八六〇円の限度で理由があり、その余は失当である。
七 以上のとおりであるから、原告の請求については(1)貸金請求として三五〇〇万円、(2)保証金返還請求として五〇〇万円とこれらに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五四年四月八日以降その支払いがすむまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める点において理由があるところ、被告の相殺の抗弁も八九万七八六〇円の限度で理由があること前判示のとおりであるから、結局原告の右両請求は合計三九一〇万二一四〇円とこれに対する前記遅延損害金の限度でこれを認容し、(3)損害賠償の請求については、七三五万五一三二円とこれに対する、前記訴状送達の翌日以降その支払いがすむまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容する。原告のその余の請求はすべて失当としてこれを棄却する。
よって、訴訟費用の負担については、民事訴訟法九二条を適用して、一〇分してその九を被告、その余を原告の各負担とし、仮執行の宣言については民事訴訟法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 川上正俊)
<以下省略>