東京地方裁判所 昭和54年(ワ)4466号 判決 1981年6月29日
原告 富士グリーン開発株式会社
右代表者代表取締役 後藤正行
右訴訟代理人弁護士 穴水広真
被告 矢生光繁
右訴訟代理人弁護士 三輪長生
主文
一 被告は、原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する昭和五四年六月七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告に生じた費用を一〇分しその二を被告の負担とし、その八及び被告に生じた費用はいずれも各自弁とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
「被告は、原告に対し、金九五四万円及びこれに対する昭和五三年一一月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
二 請求の趣旨に対する答弁
「原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。」
との判決を求める。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 宅地建物取引業を目的とする株式会社である原告は、昭和五三年九月二六日、被告から、その所有にかかる別紙物件目録記載の土地及び建物(以下本件土地建物という。)の売却のあっせん仲介の委託を受け、原告はこれを承諾した。
2(一) 原告は、右契約に基づき被告から交付された場所案内図、物件説明書等の資料を同業者に交付して買受希望者を探したところ、同業の株式会社大同企業から、ジャフコグループと称する系列会社の社長である郡邦勝から世田谷区成城近辺の不動産の買受仲介の委託を受けているとの情報を得た。原告は大同企業に対して郡に本件土地建物を紹介してあっせんするよう伝えるとともに、他方同月二九日被告に対しジャフコグループの郡から買受け希望が出ていることを伝え、その後も仲介あっせんを継続した。
(二) ところが、被告と郡は、報酬の支払を免れる目的で原告を排除して同年一〇月三一日金三億二〇〇〇万円を下らない代金で本件土地建物の売買契約を締結したうえ、昭和五四年一月二四日被告から右郡が代表取締役をしている郡興産株式会社名義に所有権移転登記手続をしてしまった。
被告の行為は民法一三〇条にいう故意に条件成就を妨害する行為にあたるが、そうでなくとも同条の法理により、本件土地建物の売買契約が成立したのは、原告の媒介行為の結果であるとみなされるべきである。
3 原告と被告との間で右仲介委託契約を締結するに際し報酬額について明確な合意はなかったが、商法五一二条により被告は原告に対し、相当額の報酬を支払う義務があるところ、右相当額は慣行に従って昭和四五年一〇月二三日建設省告示によって算出した金九六六万円というべきである。
4 以上の事実に基づき、原告は被告に対し、仲介報酬金九六六万円のうち金九五四万円及びこれに対する昭和五三年一一月一日(売買契約成立の日の翌日)から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)の事実のうち、原告が郡邦勝を被告に紹介したことは否認する。その余の事実は知らない。
3 同2(二)の事実のうち、原告主張の売買契約が成立し、その旨の登記がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。なお右売買契約締結の日は昭和五三年一一月八日である。
4 同3の主張は争う。
三 抗弁
本件契約に際しては、昭和五三年一〇月一〇日までに売買契約が成立しないときは、委託契約は当然効力を失う旨の合意があった。
更に、被告は原告に対し、昭和五三年一〇月一〇日に電話で本件仲介委託契約を解除する旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実(本件土地建物の売却の仲介委託契約の成立等)は当事者間に争いがない。
二 抗弁について判断する(抗弁の法的構成は必ずしも明確でないところがあるが、合意による解除条件の存在とその成就及び委任契約における委任者の解除権の行使をいう趣旨と理解できる。)。
《証拠省略》には、被告の主張にそう部分があるが、右部分は《証拠省略》と対比してにわかに措信し難い(ことに、解除条件の約束があったとの点については、本件土地建物の予想される取引価格がきわめて高額であって、成約に漕ぎつけるには相当の困難が伴うし、かなりの日時を要することも予測されたとみるのが常識的であり、それにもかゝわらず原告が被告のいうようなわずかな期間(一〇日あまりにすぎない。)で一切の報酬請求権を失うような解除条件にたやすく応じたとは考えにくいことも考慮する必要がある。)。他に被告の主張を認めるに足りる証拠もない。
抗弁は失当として排斥を免れない(なお、不動産取引の仲介委託契約にあっては、その性質上、委任者による一方的な解除の意思表示によっては当然には受託者の報酬請求権を否定する根拠にはなり得ないのであって、事情によっては民法第一三〇条ないし信義則の法理によって一定限度の報酬請求権が是認される場合があることは後に判示するとおりである。したがって、被告の主張する委任契約の一方的解除の主張は、その事実が認められたとしてもそれだけでは原告の報酬請求を全面的に否定する根拠とはならないことを附言しておく。)
三 そこで、請求原因2以下につき判断を進める。
1 《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。「宅地建物取引を業とする株式会社大同企業の代表者であった浅川正敏は、昭和五三年四月ころ、ジャフコグループの系列会社を経営していると称する郡邦勝から東京都世田谷区成城近辺に三〇〇坪くらいの土地があれば買受けたいので仲介をして欲しい旨の委託を受け、同業の桜井英樹にその旨を伝えていた。他方、被告から本件土地建物の売却あっせんの委託を受けた原告代表者後藤正行は、被告の委託を受けて間もなく本件土地建物を実地に訪ね、被告の私設秘書で、被告の指示を受けていた吉田康夫から本件土地建物の場所案内図、説明図、実測図等の資料を受け取り、右桜井に右資料を渡して買受希望者を探すよう協力を求めた。これを受けて桜井は、浅川に本件土地建物が売りに出ていることを伝えたところ浅川から郡の買受け希望に副う物件でないかとの示唆を得たので桜井は原告代表者から交付されていた資料を浅川に手渡し、原告代表者にその旨を伝えた。その後原告代表者は被告をその療養先に訪ねて仲介の進行状況を報告するとともに被告の希望する売却代金は三億五〇〇〇万円であることを確かめた上(もっとも、原告代表者としては本件土地の一部が都市計画による道路予定地となっていることもあって被告の希望する価格での売却は難かしく、三億二〇〇〇万円程度でないと売却できないのではないかとの意見を述べた。)このことを桜井に伝え、浅川へ伝達して郡との売買の交渉をすゝめるよう依頼した。桜井から本件土地建物が売りに出されていることを知った浅川は、本件土地建物の現況を確認した上、原告代表者から桜井を通じて受け取っていた前記案内図、説明図、実測図等の資料を郡に手渡し、買受希望にそう物件ではないかと伝えたところ、郡は自から実地を見分したいと答えていたが、間もなく同人から取引は見合せたいとの回答があった。原告代表者にもその後遅くとも同年一〇月末か一一月初め頃までには本件取引は取り止めにしたいとの連絡があり、本件土地建物の取引の仲介はそのまま立ち消えになっていた。ところが、これとは別に、被告の秘書をしていた吉田は、同年一〇月六日頃に郡と面談して本件土地建物については仲介業者から引合いがあるが値段がまちまちなので直接取引をしたいとの申し出を受け、同年同月一二日頃に被告の指示を受けて再度郡と面談し三億二〇〇〇万円で本件土地建物を郡に売却する旨の話を決め同年一一月八日頃正式に売買契約を締結した(この売買契約自体は契約日を除き当事者間に争いがない。)」
右に認定した事実によると、原告代表者が被告に対して本件仲介による交渉の進展情況を報告した際、郡が買主として有力な候補者であることまで伝えたかどうかは必ずしも明確な心証は得られないが(原告代表者のこの点に関する供述はいさゝか抽象的にすぎ、《証拠省略》と対比してそのまゝ信用することは困難である。)、少くとも右認定事実に《証拠省略》を総合すると、郡が吉田との間で本件土地建物の売買契約を締結するについて、買受の仲介を委託していた大同企業を排除していわゆる直取引をしたものといわれても仕方ない取引であったと認められるし、被告(あるいはその代理人であった吉田)も、郡が買主として取引を求めてきたのは、原告に対する仲介委託の結果同業者を経て情報が郡に伝えられていた結果であることを知っていたか、少なくともこのことを十分知り得たものと認められる。
被告は、本件土地建物の売買契約の成立は原告の仲介とは関係がなく、被告の取引先であり本件土地建物につき抵当権を設定していた東京相互銀行の担当者の紹介によるものであると主張する。たしかに、《証拠省略》によれば、被告は当時東京相互銀行虎の門支店との間で取引があり、本件土地建物を担保に供していたが、借入金の返済に窮して本件土地建物の処分を考えていたこと、他方郡も同銀行新宿西口支店との間で取引があったこと、本件土地建物の正式の売買契約は同銀行の担当役員も立会のもとに行われたこと、をそれぞれ認めることができる。しかし、《証拠省略》によると、同銀行がそれほど積極的に本件土地建物の売却あっせんをしていたとは認め難いうえ、被告及び郡の原告あるいは大同企業への仲介委託の時期等前認定の事実を考え併せると、《証拠省略》中被告の主張にそう部分は、《証拠省略》と対比してそのまま信置することはできない。他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。
2 以上認定した事実によれば、原告は民法第一三〇条の法理ないしその基礎となる信義則の法理からいって、その媒介行為が本件土地建物の売買契約の成立に寄与したと認められる程度に応じて被告に対して報酬を請求することができると解してよい(原告が宅地建物取引業を営む商人であることは被告においても認めており、商法第五一二条により報酬請求権を認めてよい。)。たゞ、その額は、最後まで原告の媒介行為によって契約が成立した場合ではないから、原告の中間的な媒介行為が契約の成立に寄与した度合い等の諸般の事情を考慮して相当と認められる限度に止められるべきであると解される。
四 そこで原告の請求し得べき報酬の相当額について検討するに、右相当額は、右売買代金三億二〇〇〇万円につき原告主張の告示の規定にかかる報酬率を乗じて算出した金額を限度とすることはもとよりであるところ、すでに認定のとおり、原告は本件土地建物の資料を被告から受け取り、これを桜井及び浅川を通して郡に交付して本件各不動産の概況を知らせ、また被告にも仲介の状況を知らせたに止まりそれ以上に仲介の努力をしたとは認められないのであるから、原告の媒介行為が本件売買契約の成立に寄与した度合をそれほど大きく評価することは相当でないといえる反面、不動産取引においては、取引の相手方となるべき希望者を探し出すことは、それ自体以後の契約の成否にかかわりをもつ重要な契機となり、考え方によっては、これがその後の契約の成否を左右することにもなりかねないことを考慮すれば、原告の媒介行為はこれといって目に見えるものではなかったものの、原告の活動が本件土地建物の売買契約の成立に寄与していることはそれ相当に評価されてしかるべきであろう。
これらの点を総合考慮して、当裁判所は被告の支払うべき報酬額は金一五〇万円をもって相当と判断する。
五 以上によれば、原告の本訴請求は、金一五〇万円とこれに対する、訴状送達の日の翌日である昭和五四年六月七日(全証拠によるも右報酬金支払義務の弁済期の定めは認められない。)から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので右の限度でこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 生田治郎 山田和則)
<以下省略>