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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)4650号 判決 1983年6月27日

原告

東京音楽出版株式会社

右訴訟代理人

雨宮正彦

被告

株式会社シービーエス・ソニー

右訴訟代理人

中村稔

松尾和子

近藤節男

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙目録記載のレコードのレーベル若しくはジャケットに「エーゲ海のテーマ」との表示を附し、又は右表示をレーベル若しくはジャケットに附した右レコードを販売し拡布し若しくは輸出してはならない。

2  被告は、原告に対し、金二四〇〇万円及びこれに対する昭和五四年五月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告の商品

原告は、音楽著作権の管理、楽譜の出版、レコードの製作、販売等を業とする会社であるところ、訴外池田満寿夫監督、訴外インターナショナル・シネビジョン・コーポレーション製作の映画「エーゲ海に捧ぐ」(以下、「本件映画」という。)の主題曲(題名「Dedi-cato al mare Egeo」、作曲者エーニヨ・モリコーネ)につき、昭和五三年一一月三〇日、右作曲者との契約により、出版権、録音権、いわゆるシンクロナイゼーションの権利、演奏権等を含む全世界におけるその著作権の独占的な管理権(著作物の利用及び利用許諾に関する一切の権限)を取得した。原告は、右独占的管理権に基づき、本件映画のサウンドトラック盤レコード(四五回転ドーナツ型)を製作し、右レコードは、本件映画の封切日(昭和五四年四月二二日)に合わせて、昭和五四年三月二五日、訴外日本コロムビア株式会社を通じて発売され、現に販売されている。

2  被告の商品

被告はレコードの製作、販売を業とする会社であるところ、昭和五四年二月二五日、別紙目録記載のレコード(以下、「被告レコード」という。)を発売し、現にこれを販売している。

3  被告レコードの表示

(一) 被告は、被告レコード収録の楽曲「魅せられて」(阿木燿子作詞、筒美京平作曲、歌手ジュディ・オング。以下、「被告楽曲」という。)が本件映画の主題曲ではなく、かつ本件映画のどの部分にも挿入されておらず、本件映画と全く関係のないものであるにもかかわらず、本件映画の配給元である訴外東宝東和株式会社(以下、「東宝東和」という。)とタイアップして、本件映画の宣伝に被告楽曲が使用されること、すなわち被告楽曲が本件映画の主題曲の代替品として本件映画の宣伝に使用されることを前提とし、当初から被告楽曲が本件映画の主題曲であるかのような誤認を需要者に生じさせることを意図又は期待して、被告レコードを製作し、被告レコードのレーベル又はジャケットに「エーゲ海のテーマ」との表示を附し、被告レコードの広告に「池田満寿夫監督作品『エーゲ海に捧ぐ』イメージソング」との表示(以下、「本件イメージソング表示」という。)を附して音楽雑誌等に掲載した(以下、「エーゲ海のテーマ」との表示と本件イメージソング表示とを「本件各表示」と総称する。)。

被告楽曲は、東宝東和により本件映画の劇場特報及びテレビ・コマーシャルに使用されると共に、株式会社ワコール(以下、「ワコール」という。)のテレビ・コマーシャルにも使用されたのであるが、ワコールのコマーシャルフィルムは本件映画の主演女優イロナ・スターラをモデルに起用した上同女優が本件映画の主演女優である旨を表示する等本件映画のイメージに大きく依存して製作されており、このように、被告楽曲は、本件映画との一体的結合を強調する態様において需要者間に浸透させられた。右のような被告楽曲の使用状態の中での本件各表示の使用は、被告楽曲が本件映画の主題曲であるとの誤認を需要者間に生ぜしめるものであり、実際に被告レコードの購入者及び音楽雑誌の関係者間にさえ右の誤認が生じている。

(二) 被告楽曲は、当初から本件映画のサウンド・トラック盤の代替品として本件映画の宣伝に使用される目的で製作、使用され、したがつて、被告レコードのサブタイトルも当初は「“エーゲ海に捧ぐ”より」とされる予定であつたところ、原告からの抗議を受け、その対策として急拠サブタイトルが「エーゲ海のテーマ」に変更された。しかし、「エーゲ海のテーマ」との表示の選択においても、本件映画のタイトルとの密接な関連性が考慮されており、被告楽曲が本件映画の宣伝に使用されることによつて需要者に印象づけられる「エーゲ海」は、正に本件映画の「エーゲ海」であり、したがつて、被告楽曲が本件映画の主題曲であるとの誤認が需要者に生ずることを計算の上で、右表示に決定されたのである。

被告レコードの広告に使用された本件イメージソング表示は、被告楽曲が本件映画の主題曲であるとの誤認を需要者に生じさせ、その結果本件映画の有する潜在的顧客吸引力を被告レコードの販売に利用しうることを意図し期待して採用された表示である。

一般の商品と異なり、本来固有の主題曲を具有している映画という商品の宣伝について、右主題曲とは別個に映画とは無関係の楽曲を「イメージソング」として使用すれば、需要者に対し、その楽曲が当該映画の主題曲であるという誤認を生じさせるおそれが極めて高いことは明らかであり、したがつて、少なくとも映画に関する限り、映画の製作者、その主題曲の作曲者又は著作権者の同意なしに、「イメージソング」との表示を用いることはこのような誤認を生じさせる欺瞞的需要操作の意図の下に付されるといつても過言ではなく、許されない。

(三) 以上によれば、被告が被告レコードに使用した本件各表示は、いずれも不正競争防止法第一条第一項第五号の「商品ノ……内容……ニ付誤認ヲ生ゼシムル表示」に該当する。

4  営業上の利益を害せられるおそれ

被告の右行為により、被告楽曲が本件映画の主題曲であるかのような誤認が需要者に生じ、この誤認が被告レコードの購入者のうちの相当数に対し購入の動機の全部又は一部として作用したこと、また、今後とも作用するであろうことは容易に認められるところである。

東宝東和は、昭和五四年四月一日以降、本件映画の宣伝に被告楽曲を使用することを中止し、また被告も同じ頃から本件イメージソング表示の使用を中止したが、需要者間に前記誤認が十分に浸透し、いわばその目的を達した段階で右使用を中止したにすぎず、しかも「エーゲ海のテーマ」なる表示は依然として存置されている以上、誤認という事態の改善に何ら資するものではない。

そして、わが国におけるレコードの年間売上総額はここ数年ほぼ一定であるという事情を斟酌すれば、本件映画のサウンド・トラック盤を製作し、更に本件映画の主題曲につき録音許諾権を有しそれによる収益をも取得しうる地位にある原告としては、被告レコードの販売、拡布行為により自己の潜在的顧客を奪われる結果となり、営業上の利益を害されるおそれがある。

5  差止請求

よつて、原告は、被告に対し、不正競争防止法第一条第一項第五号の規定に基づき、請求の趣旨第一項記載のとおり「エーゲ海のテーマ」との表示の使用等の差止を求める。

6  損害賠償請求

被告は、本件各表示の使用が不正競争防止法第一条第一項第五号に該当する行為であることを知り、又は過失によれこれを知らないで、昭和五四年二月二五日以降、本件各表示を使用して被告レコードを販売したのであるから、原告に対し右行為によつて原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

右損害の額については、商標法第三八条第一項を類推適用して、本件不正競争行為により被告が得た利益の額をもつて原告の被つた損害の額とすべきところ、昭和五四年二月二五日以降同年四月三〇日までの期間において被告が被告レコードの販売により得た利益の額は、被告レコード一枚の単価六〇〇円に右期間における被告レコードの売上枚数八〇万を乗じ、更に利益率一〇パーセントを乗じて得られた四八〇〇万円であり、更に、右期間に販売された被告レコードの少なくとも二分の一は購買者の前記誤認に起因するものであるから、右金額に二分の一を乗じて得られた二四〇〇万円が本件不正競争行為により被告が得た利益の額となる。

よつて、原告は、被告に対し、不正競争防止法第一条の二第一項に基づき前記損害金二四〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年五月三一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1、2の事実は認める。

同3(一)の事実中、被告楽曲が本件映画の主題曲ではなく、本件映画中に挿入されていないこと、被告が被告レコードのジャケット及びレーベルに「エーゲ海のテーマ」と表示していること、被告が昭和五四年三月二五日までは一部の音楽雑誌の広告に本件イメージソング表示を使用したこと、本件映画の配給元である東宝東和が本件映画の劇場特報及びテレビ・コマーシャルに被告楽曲を使用したこと、ワコールがそのテレビ・コマーシャルに本件映画の主演女優イロナ・スターラをモデルとして起用し、主演女優である旨表示し、被告楽曲を使用したことは認め、(一)のその余の事実及び(二)の事実は否認する。

同4、6の各事実は否認する。

2  被告レコードに「エーゲ海のテーマ」等の表示が使用されるに至つた経緯

(一) 本件映画とエーゲ海キャンペーンについて

東宝東和は、池田満寿夫の芥川賞受賞作品「エーゲ海に捧ぐ」が池田満寿夫自身の監督により映画化されるとの企画を聞き、直ちに本件映画の配給権を取得したのであるが、本件映画に多数の観客を動員し、配給収入を最大限にあげるためには、わが国の公衆に本件映画によつて立つエーゲ海のイメージを植え付け、エーゲ海ブームといわれるような関心の高まりを惹き起こすことが望ましいと考え、広告代理店株式会社電通(以下、「電通」という。)と協議し、電通を通じ、昭和五三年七月ころからわが国の数多くの企業に働きかけて、エーゲ海ブームを惹き起こすためのキャンペーンを実施した。このエーゲ海キャンペーンの結果として、日本交通公社等の旅行会社により各種のエーゲ海ツアーが企画、実施され、また本件映画の原作小説「エーゲ海に捧ぐ」が増刷されて、応汎に新聞広告が掲載され、更に東宝東和や電通が働きかけた範囲外でも、全く無関係の企業がその企業広告や商品広告をエーゲ海と結び付けて行うような現象を生じ、こうしてエーゲ海に対する公衆の関心はますます増幅され、本件映画の封切時においてエーゲ海に対する公衆の関心の高まりは顕著なものがあつた。被告レコードは、このエーゲ海キャンペーンの一翼を担い、重大な役割を果した。

(二) 東宝東和とワコールとのタイアップ

ワコールは、東宝東和及び電通の働きかけに呼応して、昭和五三年七月末、エーゲ海キャンペーンに参加して、本件映画の宣伝に協力し、本件映画ないしエーゲ海をワコール自身の商品の宣伝広告のために用いることを決定した。

この東宝東和とワコールのタイアップは、本件映画とワコールの商品とを、同じエーゲ海というイメージの下に結びつけ、相互にその商品の宣伝効果の増大を計ろうとしたもので、その内容は、(1)本件映画の主演女優イロナ・スターラをワコール商品のコマーシャルや宣伝物に出演させ、コマーシャル・フィルムにはその旨を表示する、(2)本件映画中で出演者がワコール商品を身に着ける、(3)本件映画の宣伝に用いる音楽とワコール商品のコマーシャルに用いる音楽とを共通のものとする、(4)ワコールは前売券を購入する等して東宝東和の本件映画の興行に協力する、というものであつた。

ワコールは、右タイアップの合意に従い、昭和五三年一〇月から一一月にかけ、エーゲ海において本件映画の製作スタッフの協力を得て、イロナ・スターラをモデルとしたワコール商品のコマーシャル・フィルムを撮影し、これを完成した。

(三) 被告楽曲の製作

東宝東和は、昭和五四年春に上映予定の本件映画の劇場特報に用いるため、ワコールはコマーシャル・フィルムを同じく同年春に使用するため、昭和五三年一二月末には、音楽を含めて、右フィルムを完成させる必要があり、このため同年九月末にはその準備に着手する必要があつたが、九月末の状態では、本件映画の主題曲がどのようなものになるか、誰が作曲するかを含め、未決定であつた。東宝東和は、本件映画の主題曲が間に合わない場合がありうること、主題曲の内容が東宝東和及びワコールの使用目的に合致しない場合がありうること等を考慮し、映画の主題曲とは別個に、本件映画の宣伝用及びワコールのコマーシャルソング用の音楽を製作することにし、「青い海」、「白い壁」、「白い風」のイメージを盛り込み、一五秒のテレビ・コマーシャルに適切なフレーズを持つた曲であること、音楽のサブタイトルとして「エーゲ海に捧ぐ」と表示すること等の条件のもとに、被告にこの音楽の製作を依頼した。

被告楽曲は右条件を満たした形で、作詞家阿木燿子がワコールの撮影したコマーシャル・フィルムからイメージを得て作詞し、作曲家筒美京平が作曲して完成された三曲の中から、昭和五三年一二月一九日選定された。

被告楽曲のタイトル「魅せられて」は、作詞家阿木燿子の要望により採用されたもので、サブタイトルは、昭和五四年一月九日東宝東和、ワコール及び被告との合同の会議で「エーゲ海のテーマ」と決定された。

被告レコードの広告に使用した本件イメージソング表示は、昭和五四年二月五日、被告レコードの宣伝会議において、東宝東和その他の関係者が出席してその同意の下に決定した。

3  「エーゲ海のテーマ」との表示について

(一) 被告楽曲は、前記2のとおり、東宝東和及びワコールのエーゲ海キャンペーンの一環として企画、製作され、右両者の同意の上でサブタイトルとして「エーゲ海のテーマ」とすることが決定されたものであるから、被告が被告レコードのジャケット及びレーベルにサブタイトルとして「エーゲ海のテーマ」との表示に附することは当然であり、右表示をもつて商品の内容について誤認を生じさせる表示ということはできない。

(二) 「○○○のテーマ」という楽曲の題名(例えば「別れのテーマ」)は、「○○○」(右の例でいえば、「別れ」)を主題とした楽曲という意味で、レコードに関し広く用いられている。それ故、「エーゲ海のテーマ」というサブタイトルもエーゲ海を主題にした楽曲という意味に理解されるものであり、本件映画の題名との結びつきは生じない。

(三) 映画の主題曲を「○○○のテーマ曲」又は「○○○のテーマ」(○○○は映画の題名)という場合はあるが、こうした場合には映画の題名は必ず正確に表示されるものである。現に、本件映画のサウンド・トラック盤レコードや、本件映画の主題曲を別に演奏し録音したレコードには「エーゲ海に捧ぐ」の映画題名が、主題名として顕著に示されている。

一方、被告レコードのジャケットには歌手ジュディ・オングの顔が大きく描かれており、「エーゲ海のテーマ」なる表示はサブタイトルとして小さく表示されているだけであり、右によれば、「エーゲ海のテーマ」なる表示によつて、原告が主張するような誤認は生じえない。

4  本件イメージソング表示について

(一) 前記のとおり、被告楽曲は本件映画の宣伝に使用することを目的の一つとして製作され、かつ、本件映画の配給、宣伝について全責任と全権限を有する東宝東和の同意の下に右表示の使用が決定されているのであるから、右表示において本件映画の題名に言及したのは、東宝東和の権限内の行為であり、したがつて、この表示の使用に違法な点はない。

(二) イメージソングという語は、商品名を直接宣伝することなくその商品のイメージを歌つた歌という意味で広く用いられており、主題曲というような意味に理解されることはない。本件イメージソング表示は、本件映画のイメージを歌つた歌という意味であり、商品の内容を誤認させるものではない。

(三) 原告は、映画という商品について、イメージソングなる語の使用は許されない旨主張する。しかしながら、映画の宣伝広告が他の商品の宣伝広告と区別されなければならない理由は存しない。また、テレビによる映画の宣伝広告は一五秒間で数万円という莫大な出費を必要とするものであり、限られた時間とフィルムを使用し、より効果的な宣伝効果をあげるために、使用する音楽についても種々の工夫をこらすことは当然必要なのであつて、映画の主題曲がテレビやラジオスポットに適合するような盛り上り部分ないし印象度の強い部分を持つていない場合、主題曲が時間的に間に合わない場合などは、イメージソングを使用する必要が存する。現に、映画についてもイメージソングを使用した例は本件以前から存在している。

5  営業上の利益を害されるおそれについて

(一) 被告は、本件イメージソング表示を本件映画の封切の一か月以上前に発行部数も小規模な業界誌における被告楽曲の広告に三回使用しただけである。

ところで、映画の主題曲の購買者とは映画をみて映画又はその映画音楽に感銘を受けた人々であり、映画の封切前に映画の主題曲を購入することはない。それ故、被告の前記表示の使用により、原告が営業上の利益を害されることはない。

(二) 被告楽曲は昭和五四年一〇月末まで約一三七万枚販売され、同年一二月三一日、歌手ジュディ・オングは被告楽曲につき第二一回日本レコード大賞を取得し、被告楽曲を作詞した阿木燿子は、この作詞につき、第一二回日本作詞大賞を受け、作曲家筒美京平、レコード・ディレクター酒井政利も、それぞれ昭和五四年度における仕事全般につき高い評価を受けている。このような被告楽曲に対する世間一般の高い評価からみて、被告レコード購入の動機は曲の良さにあると解するのが合理的である。

三  抗弁

原告は、昭和五三年一二月二九日、東宝東和を通じ、被告が被告レコードのサブタイトルを「エーゲ海のテーマ」とすること、及び被告レコードの宣伝文句に「『エーゲ海に捧ぐ』コマーシャル・ソング」又は「『エーゲ海に捧ぐ』キャンペーン・ソング」の表示を用いることを許諾した。コマーシャルソング又はキャンペーンソングの中でも歌詞又は曲と商品とが直接結びついていないものを「イメージソング」と呼ぶことはしばしば行なわれていることなので、本件イメージソング表示は、右許諾に含まれる。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因1、2の事実並びに3(一)の事実中被告楽曲が本件映画の主題曲ではなく、本件映画中に挿入されていないこと、被告が被告レコードのジャケット及びレーベルに「エーゲ海のテーマ」と表示していること、被告が昭和五四年三月二五日までは一部の音楽雑誌の広告に本件イメージソング表示を使用したこと、本件映画の配給元である東宝東和が本件映画の劇場特報及びテレビ・コマーシャルに被告楽曲を使用したこと、ワコールがそのテレビ・コマーシャルに本件映画の主演女優イロナ・スターラをモデルとして起用し、主演女優である旨を表示し、被告楽曲を使用したことの各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二右争いのない事実と<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を覆すべき証拠はない。

1  東宝東和は、池田満寿夫の芥川賞受賞作品「エーゲ海に捧ぐ」が池田満寿夫自身の監督により映画化されるとの企画を聞き、昭和五三年六、七月頃、本件映画の上映、複製、頒布、テレビ放送等についての権利を取得するとともに、本件映画の製作にも製作資金の一部を提供する等の実質的な協力をしていたことから、翌年四月に封切り予定の本件映画の興行を商業的に成功させるため、大規模な宣伝を展開していくこと、本件映画の主たる顧客層を若い女性と予測し、これにアッピールするイメージ・テーマとして本件映画のよつて立つ「エーゲ海」を選び、これを宣伝の主題とし、当時電通が昭和五四年春の各企業の商品宣伝の共通のキャンペーンテーマに「エーゲ海」を用いて公衆にエーゲ海のイメージを植え付け、エーゲ海ブームといわれるような関心の高まりを惹き起して宣伝の効果をあげようとするいわゆるエーゲ海キャンペーンを計画していたことから、このキャンペーンに積極的に参画することを決定した。電通は、東宝東和が希望したワコールに右エーゲ海キャンペーンに参加することを呼びかけ、ワコールは、この呼びかけに応じ、同社の昭和五四年春の商品宣伝に「エーゲ海」を主題とした宣伝活動を展開することとし、同社の右宣伝活動と本件映画の宣伝活動に関し、東宝東和とタイアップし、次の内容で協力しあうことを決定した。その内容は、(1)ワコールのテレビ用コマージャル・フィルムや宣伝物に本件映画の主演女優イロナ・スターラを出演させ、右コマーシャル・フィルム中に同女優が本件映画の主演女優である旨を表示する、(2)本件映画中で出演者がワコールの商品を身につける、(3)本件映画の宣伝に用いる音楽とワコール商品のテレビ・コマーシャルに用いる音楽とを共通のものにする、(4)ワコールは、本件映画の前売券を購入する等して、東宝東和の本件映画の興行に協力する、というものであつた。

2  ワコールは、右タイアップの合意に従い、昭和五三年一〇月から一一月にかけ、エーゲ海において、東宝東和の協力を得て、モデルに前記イロナ・スターラを起用して同社のテレビ用コマーシャル・フィルムを撮影した。

東宝東和は、右タイアップの合意に従い、ワコールの右コマーシャル・フィルムが昭和五四年一月対外的に発表される予定に合わせ、右コマーシャル及び本件映画の宣伝に共通して用いる音楽を昭和五三年一二月末までに用意しなければならなかつた。しかし、同年一〇、一一月頃においては、本件映画の主題曲のサウンドトラック盤を右時期までに入手しうるとの情報を得られず、また右主題曲がワコールの右テレビ・コマーシャルのイメージに適合するかどうか、あるいは短い時間で放映される本件映画のテレビ・コマーシャル及び劇場特報に使用するのに効果的なフレーズを有するかどうかも全く確認しえない状況であつた。そこで、東宝東和は、同年一〇月頃、本件映画の主題曲とは別に、ワコールの右テレビ・コマーシャル及び本件映画のテレビ・コマーシャル、劇場特報に使用するためのいわゆるキャンペーンソングを製作することとし、電通からの紹介によつて、被告にこの音楽の製作を依頼した。

東宝東和、ワコール及び被告は、昭和五三年一一月中旬ころ、右キャンペーンソングの歌手にジュディ・オングを起用し、作詞を阿木燿子、作曲を筒美京平に依頼すること、右キャンペーンソングの題名を作詞家阿木燿子の要望を入れて「魅せられて」とすることを決定した。同月下旬、東宝東和、ワコール、被告、電通の各担当者及び作詞家阿木燿子が出席して、エーゲ海において撮影されたワコールの前記テレビ用コマーシャル・フィルムを試写し、その際ワコールは、右コマーシャル・フィルムのイメージと併せてエーゲ海のテーマである「青い海」、「白い壁」、「白い風」を楽曲に取り入れ、当時ワコールが宣伝文句としていた「エーゲ海からの風を胸元に」の言葉を歌詞の中に盛り込んでほしい旨要請し、この要請を受けて試作された三曲のうちから、同年一二月一九日、東宝東和、ワコール、被告、電通の各担当者が出席し、その歌詞、歌曲、歌唱の点で被告楽曲がエーゲ海について公衆の抱いているイメージをよく具現しており、前記の製作目的に最も適しているとして被告楽曲を選定し、被告レコードを昭和五四年二月二五日に発売することを決定した。被告楽曲は昭和五三年一二月末に最終録音され、また、東宝東和と被告との合意により、翌年の一月上旬に被告レコードのサブタイトルを「エーゲ海のテーマ」とすること、及び同年二月上旬に被告レコードの宣伝に本件イメージソング表示を使用することが、それぞれ決定された。

3  被告は、昭和五四年二月二五日から、そのレーベル及びジャケットにサブタイトルとして「エーゲ海のテーマ」を表示した被告レコードの発売を開始し、二月末から三月にかけて音楽雑誌に本件イメージソング表示を、被告楽曲の宣伝文句として数回掲載し、また被告楽曲をラジオ等で放送してその宣伝に努めた。ワコールは、被告楽曲を使用した同社の前記テレビ・コマーシャル・フィルムの放映を同年二月末から開始し、当初の計画どおりエーゲ海を主題とした商品の宣伝を展開した。東宝東和は、本件映画の宣伝のためのテレビ・コマーシャル及び劇場特報用の音楽に同年三月の一か月間、被告楽曲を使用し、本件映画の宣伝活動を展開した。

4  一方、原告は、昭和五三年一一月三〇日、本件映画の主題曲の作曲者エーニヨ・モリコーネとの契約により、右主題曲について出版権、録音権等、全世界におけるその著作権の独占的な管理権(著作物の利用及び利用許諾に関する一切の権限)を取得した。

右主題曲は、翌昭和五四年一月一三日、イタリアにおいて録音され、右主題曲を録音した原盤は、同月一五日原告に到達し、原告により製作された本件映画の主題曲のサウンドトラック盤レコードは、同年三月二五日、日本コロムビア株式会社を通じて発売された。

5  東宝東和は、同年四月一日から本件映画の宣伝用音楽を右主題曲に切り換え、同年四月二五日に本件映画が封切られた。

三以上のとおり、被告楽曲は、本件映画の配給元である東宝東和が昭和五四年四月に封切予定の本件映画の宣伝活動のために、また、ワコールが同年春発売の同社商品の宣伝活動のために、それぞれ参加したエーゲ海キャンペーンに用いるいわゆるキャンペーン・ソングとして製作されたものであり、電通が企画した右エーゲ海キャンペーンは、そのテーマにエーゲ海を用いて公衆にエーゲ海のイメージを植え付け、エーゲ海ブームといわれるような関心の高まりを惹起して宣伝効果をあげようとするものであつて、被告楽曲はその歌詞、歌曲、歌唱の点でエーゲ海について公衆の抱いているイメージをよく具現しているものであるとして選定されたことが認められる。

右事実によると、被告楽曲は内容的にエーゲ海のイメージを歌つたものであり、したがつて、そのサブタイトルに「エーゲ海のテーマ」と表示することは商品としての被告レコードの内容に合致するものと認められ、かつ、「エーゲ海のテーマ」との表示自体は被告楽曲がエーゲ海をテーマとした内容を有することを意味するに止まり、本件映画の主題曲であるとの意味を有しないことが明らかであるから、右表示自体をもつて被告楽曲が本件映画の主題曲であるとの誤認を生じさせるものということはできない。また、被告が被告レコードの広告に用いた本件イメージソング表示については、イメージソングという語自体はその意味が一義的に確定している語とはいえず、その概念はあいまいであるが、少くとも主題曲という意味とは異なる意味を持つ語として用いられていると理解されることは現時の社会通念上明らかであり、本件全証拠によつても、映画の主題曲を示すために本件イメージソング表示のような表示が用いられた例は認められず、このことと被告楽曲が本件映画の宣伝活動に用いられた前記の経緯に照らせば、本件イメージソング表示をもつて商品である被告レコードの内容を誤認させる表示ということはなおできない。

原告は、被告楽曲は本件映画の主題曲の代替品として本件映画の宣伝に使用されることを前提とし本件映画のイメージに大きく依存して製作され、本件映画との一体的結合を強調する態様において需要者間に浸透させられたが、このような被告楽曲の使用状態の中での本件各表示の使用は被告楽曲が本件映画の主題曲であるとの誤認を需要者間に生ぜしめるものであり、右誤認は実際に生じた旨主張し、また、一般の商品と異なり本来固有の主題曲を具有している映画という商品の宣伝について主題曲とは別個に映画とは無関係の楽曲を「イメージソング」として使用すれば、需要者に対しその楽曲が当該映画の主題曲であるとの誤認を生じさせるおそれが極めて高いから、少くとも映画に関する限り、映画の製作者、その主題曲の作曲者又は著作権者の同意なしに、「イメージソング」との表示を付することは許されない旨主張する。

しかし、ある商品の宣伝にどのような音楽を使用するかは本来当該宣伝主体の自由な裁量に委ねられるべき事柄であり、このことは宣伝対象である商品が映画であつても同じであり、映画の宣伝において音楽を用いる場合に、当該映画の主題曲あるいは当該映画中で用いられている楽曲(以下、「主題曲等」という。)を必ず用いなければならず、その他の楽曲を用いてはならないとの制約は、当事者間にその旨の約定があれば格別、そうでないならばそもそも存するとは認められない。もつとも、映画の宣伝において、主題曲等以外の楽曲を用いた場合、公衆がその宣伝用の楽曲を聞いて当該映画を想起し、あるいは、当該映画を見て右楽曲を想起するといつたように右楽曲と当該映画の結び付きが生ずることはありえようが、それは、映画以外の商品の宣伝に音楽を用いた場合と等しく、当該宣伝が効を奏したということを示すに止まり、このことをもつて、公衆が右楽曲を当該映画の主題曲等と誤認したあるいは誤認するおそれがあると直ちにいうことはできない。したがつて、映画の宣伝主体が当該映画の主題曲等以外の楽曲を宣伝用の楽曲として用いる場合当該映画の主題曲と誤認させる表示を特に付する等の行為がなければその宣伝主体の行為は法律上非難に値する行為と評価することはできないと考えられる。

これを本件についてみると、被告レコードについて使用された本件各表示が右のような誤認を生じさせる表示とはいいえないこと前述のとおりであり、被告が本件各表示を使用するについて本件映画の配給元でありその宣伝主体である東宝東和の承諾を得ていることは前認定の事実によつて明らかであるから、被告が本件各表示を被告レコードについて使用する行為は不正競争防止法第一条第一項第五号に該当する行為ということはできない。

原告の右主張は採用しない。

四以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(牧野利秋 清水篤 設楽隆一)

目録<省略>

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