東京地方裁判所 昭和54年(ワ)5754号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
被告は、民訴一四〇条三項により請求原因事実を自白したものとみなす。
そこで、請求原因事実に基づき、原告らが訴状をもつてした本件賃貸借契約解除の意思表示の効力につき判断する。
前後五〇回に及ぶ調停における被告の態度には遺憾な点があり、原告らの正当な請求にもかかわらず、本件建物の壁面の改修、屋上にあるネオン塔の撤去、煙突の撤去又は改修に被告が応ぜず、昭和四四年一月分から昭和五二年八月分まで月額一万四、二〇〇円の地代を被告において供託したが、右供託額は、昭和四八年以降、本件土地の税金額にも満たないものであり、調停において、原告らがこの点を被告に話して供託額の増額を求めても被告が応ぜず、昭和五二年九月分からは地代の供託を全くしなくなり、被告の息子も原告らの母に暴言を吐くなど、被告の側には、かたくなな態度が見受けられ、誠実な賃借人といえない面があることを否定できない。
しかし、一般に、不動産の賃貸借契約、特に借地関係のそれにおいては、賃貸借契約の解除によつて被る賃借人の経済的損失が大であり、本件土地の場所的環境、本件土地にある本件建物の種類・構造及び規模等、原告が本訴で請求する本件土地の賃料相当損害金の額などに照らせば、本件賃貸借契約においても、その例外ではないことが容易に窺われる。それゆえ、賃借人に賃貸借契約の信頼関係を破壊する背信行為があつたかどうかは、特に慎重に検討しなければならないと解する。
本件賃貸借契約は、今から約五〇年も前である昭和四年一月から継続していること、昭和四四年一月末、原告らの先代が昭和四三年一月に増額されたばかりの地代月額一万四、二〇〇円を地代月額二万二、〇〇〇円に増額する旨を被告に通知したことが、原告ら及び被告間における現在に至るまでの紛争の発端であること、前後五〇回に及ぶ調停は、地代増額事件としては異例であるが、調停において被告が終始非協力であつたのであれば、通常、このように多い回数の調停は行なわれず、もつと早い時期に不成立で終了したと思われること、この調停は、結局、不成立で終了したが、現在、地代増額請求訴訟によつて原告らの地代増額請求の当否が審理されているので、右訴訟により、早晩、本件紛争の枢要部を占める地代の問題がすべて解決されること、本件建物の壁面の改修、屋上にあるネオン塔の撤去、煙突の撤去又は改修については、右壁面の剥離状況、ネオン塔・煙突の原告所有地内への侵入の程度などがわからず、それらの存在による危険性を推知することもできないこと、原告らは、被告が供託していた地代額が低かつたことや被告が現在地代の供託を全くしていないことを難詰するが、そもそも原告らの側が被告による地代の支払の受領を拒否したことから、やむを得ず被告が地代を供託していたもので、今後被告から地代の提供があつても、今なお、原告らは、自ら地代の支払を受領する意思があることを示しておらず、この問題は、前記地代増額請求訴訟によつて解決されるほかはないこと、被告の息子の原告らの母に対する暴言は、本訴提起よりも約一〇か月前の出来事であつて、恐らく一過性の不祥事と思われることなど諸般の事情を考慮すると、原告ら主張の事由によつては、未だ本件賃貸借契約を解除し得るほどに被告の側に賃貸借契約の信頼関係を破壊する背信行為があつたと認めることはできない。
したがつて、本件賃貸借契約解除の意思表示は、その効力を生じない。
(安達敬)