東京地方裁判所 昭和54年(ワ)5954号 判決 1980年4月14日
原告
林弥生
被告
山崎文雄
ほか一名
主文
一 被告らは各自原告に対し、金三七万三三六一円と、これに対する昭和五四年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(一) 被告らは各自原告に対し、金一一三七万四二八三円と、内金一〇五七万四二八三円に対する昭和五四年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) この判決は仮に執行することができる。
二 請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
(一) 交通事故の発生
原告は次の交通事故(以下本件事故という。)によつて負傷した。
1 日時 昭和五一年九月二五日午後五時三五分頃
2 場所 清瀬市松山一―一七付近小金井街道路上
3 加害車両及び運転者等
普通乗用自動車(車両番号石五五そ四〇五七―以下加害車という。)
運転者 被告山崎文雄(以下被告文雄という。)
保有者 被告山崎正美(以下被告正美という。)
4 態様 横断中の原告に加害車が衝突
5 結果
(1) 傷害の部位、程度 頭部打撲(血腫形成)、脳振盪症、両下腿挫創、会陰部、肛門部、肛門囲部打撲裂創、挫創
(2) 治療の経過
右傷害の治療のために前田外科医院に昭和五一年九月二五日から同年一〇月三一日まで入院し、翌日から翌五二年四月二四日までの間に一五回通院した。
(3) 後遺症(昭和五二年四月二四日症状固定)
肛門囲部に知覚麻痺と長さ五・五センチ、三・五センチの複雑なL字型の瘢痕がそれぞれ残存する他後頭部に皮下神経の知覚鈍麻があり、排便の時の出血が永久的に持続すると考えられ、強い運動をする等によつて出血をする等の危険は今後も十分に考えられる。
(二) 損害及び損害額
1 治療費 八〇万五〇三五円
2 検査費用 一万九〇三〇円
3 付添看護料 一〇万三〇〇〇円
4 入院雑費、謝礼 六万〇四〇〇円
5 交通費 三万三四三〇円
6 制服等衣類代等 二万六九九〇円
7 家庭教師に対する謝礼 一一万七〇〇〇円
8 後遺症による逸失利益 三七六万一五五九円
前記後遺症により、原告が逸失した将来得べかりし利益は、左記の計算式により、三七六万一五五九円である。
(ア) 性別 女性
(イ) 生年月日 昭和三六年三月三日
(ウ) 就労可能年数 一八歳から六七歳まで 四九年
(エ) 労働能力喪失の割合 一四パーセント
(オ) 労働能力喪失の継続期間 六七歳まで
(カ) 年収額 一六三万〇四〇〇円(昭和五三年度労働大臣官房統計情報部賃金構造基本統計調査報告第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計、男女別全年齢平均給与額)
(キ) ライプニツツ式により中間利息を控除
(ク) 計算式
163万0400円×14%×16.47956620
9 傷害慰藉料 一〇〇万円
10 後遣症慰藉料 七五〇万円
前記後遺症についての慰藉料であるが、肛門囲部の瘢痕は性器に近く、「女子の外貌に著しい醜状を残すもの」と同程度に評価すべきである
11 損害の填補 二九二万五〇三五円
右損害について、原告は自賠責保険金として傷害分(治療費)八〇万五〇三五円、後遺障害分一五七万円を受領した他、被告らから五五万円の支払いを受けた。
12 弁護士費用 一〇〇万円
被告らが右1ないし10の合計一三四二万六四四四円から右11の二九二万五〇三五円を控除した一〇五〇万一四〇九円を支払わないので、原告は本件訴訟の追行を弁護士に委任し、手数料として二〇万円をすでに支払い、報酬として八〇万円を支払うことを約した。
(三) 事故の原因―当事者の過失の有無
被告文雄は加害車を運転して右前方道路外に出ようとして、自車の進行する車線前方は車両が渋滞していたため、その対向車線を漫然と進行し、折からその前方を横断しようとした原告に気付かず自車を原告に衝突させた。
原告が加害車の直前の大型貨物自動車とその前方の自動車の間を通つて横断しようとしたことは認めるが、とび出したということはない。横断歩道は原告が横断しようとした地点から一一・〇五メートルのところに設けられていた。
なお、本件事故が発生した場所は商店街であり、本件事故が発生した時刻頃は車両が渋滞し人の往来が激しく横断歩道でない場所を横断する人もまれではない。
原告に過失はない。
(四) 結語
よつて、原告は、被告文雄に対しては民法第七〇九条、第七一〇条に基づき、同正美に対しては自動車損害賠償保障法第三条本文に基づき、いずれも、前記(二)12記載の一〇五〇万一四〇九円に一〇〇万円を加えた一一五〇万一四〇九円の内一一三七万四二八三円と、内同記載の八〇万円を控除した一〇五七万四二八三円に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日以後である昭和五四年七月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
(一) 請求の原因(一)の1ないし4と5(1)、(2)は認める。但し通院は昭和五一年一二月二五日までに一四回である。
同5(3)の後遣症の内容の中、肛門囲部の知覚麻痺と瘢痕は認めるがその余は知らない。症状固定日は昭和五一年一二月二五日である。
(二) 請求の原因(二)の1ないし7は認める。
同8の中、(ア)、(イ)、(ウ)、(カ)は認めるが、(エ)及び(オ)は否認する(争う)。
同9及び10は争う。それぞれ五〇万円と一五七万円が相当である。
同11は認める。
同12の中、原告が本件訴訟の追行を弁護士に委任したことは認めるが、手数料等の金額等は知らない。被告らが負担すべきであるとする点は争う。
(三) 請求の原因(三)に対する認否は、抗弁記載の通りである。
三 抗弁(過失相殺)
被告文雄が右前方道路外に出ようとして、車両が渋滞していたためその対向車線を進行しようとしたことは認めるが、漫然と、ということはない。加害車の前方、原告が横断しようとした地点から一〇メートルのところに交通整理の行われていない横断歩道が設けられているにもかかわらず、原告は渋滞している加害車の直前の大型貨物自動車とその前方の自動車の間を通つて、加害車の直前にとび出してきたことが本件事故の一因である。
なお、本件事故が発生した場所付近が商店街である等については知らない(争う。)。
四 抗弁に対する認否
請求の原因(三)記載の通りである。
第三 証拠については、本件記録編綴の書証目録記載の通りである。
理由
一 (書証の成立について)
以下に掲記の書証の(原本の存在及び)成立については、いずれも当事者間に争いがない。
二 (本件事故の発生について)
(一) 請求の原因(一)1ないし4及び5(1)記載の通り、被告正美が保有し同文雄が運転する加害車が原告に衝突し、原告が負傷したことは、当事者間に争いがない。
(二) 治療の経過の中、入院については当事者間に争いがないが、通院について、原告は昭和五一年一一月一日から翌五二年四月二四日までの間に一五回通院したとし、被告らは昭和五一年一二月二五日までに一四回通院したとするところ、甲第四、第五、乙第一、第二号証によると、原告が通院治療を受けたのは昭和五一年一二月二五日までの間に一四回であり、他に後遺症についての診断を受けるために翌五二年四月二四日に通院したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。
(三) 甲第五号証によれば、原告の傷害は昭和五二年四月二四日症状が固定し、当事者間に争いのない肛門囲部の知覚麻痺と瘢痕の他に、その後頭部に皮下神経の知覚鈍麻が認められ、排便の時の出血が永久的に持続すると考えられ、強い運動をする等によつて出血をする等の危険は今後も十分に考えられ、乙第三号証の一は右の点を左右するものではなく、他に検討すべき証拠はない。
三 (損害及び損害額について)
(一) 請求の原因(二)1ないし7記載の、合計一一六万四八八五円の出費等のあつたことは、当事者間に争いがない。
(二) 原告は前記後遺症によつてその労働能力の一四パーセントを喪失したとするけれども、以下に検討の結果、当裁判所はこれを否定する。
労働能力の低下によつて得べかりし利益を喪失したとするのに、具体的な収入減のあることやそれが予想されることは必要ではなく、抽象的な評価で足るとすべきであり、その場合問題とすべきは肛門囲部の知覚麻痺や後頭部皮下神経の知覚鈍麻よりも排便時等の出血等の危険であろうけれども、これについても抽象的にさえ労働能力の低下によつて将来得べかりし利益を喪失したとすることはできない。
さらに、労働能力の低下によつて将来得べかりし利益を喪失したか否かが抽象的な評価で足るとすると、労働能力の低下をも抽象的に把握するか、さらに進んで能力の低下を労働能力という経済的側面からだけに限定することなく把握すべきであるとすることも考えられるけれども、その場合でも、前記後遺症によつて右の意味における能力の低下を生じたとするには足らず、結局、これらは慰藉料の金額を算定する際に斟酌すべきである。
(三) 前記傷害による慰藉料としては五〇万円が、後遺障害による慰藉料としては二〇〇万円が、それぞれ相当である。
(四) 以上により、本件事故によつて原告が被つた損害額の合計は、三六六万四八八五円である。
四 (過失相殺について)
被告文雄が加害車を運転し、右前方道路外に出ようとして、自車の進行する車線は車両が渋滞していたためその対向車線を進行し、その前方を横断しようとした原告に自車を衝突させたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件事故の原因の多くは被告文雄の右走行方法にあるというべきである。
原告が横断しようとした地点の近く(右地点から、被告らによれば一〇メートルのところ、原告によれば一一・〇五メートルのところ)に交通整理の行われていない横断歩道が設けられていること、原告は渋滞している加害車の直前の大型貨物自動車とその前方の自動車の間を通つて道路を横断しようとしたことはいずれも当事者間に争いがなく、右事実によれば、仮に原告主張のその余の事実が認められるとしても一割の過失相殺は免れえない。
五 (損害の填補について)
本件事故による損害について、原告が合計二九二万五〇三五円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。
六 (弁護士費用について)
以上により、原告は被告らに対し、前記三(四)の三六六万四八八五円の九割に相当する三二九万八三九六円から前記五の二九二万五〇三五円を差引いた三七万三三六一円を請求しうべきところ、乙第四号証によれば、本件訴の提起前に原告は被告文雄に対して、本件事故による原告の損害の総額は七七二万二一三三円であると主張していたことが認められ、これに反する証拠はなく、また、被告らが答弁書において損害について、原告の労働能力が低下したとし、弁護士費用を被告らが負担すべきであるとする点と慰藉料の金額を争い過失相殺の主張をする他は、原告の主張を争つていないことは本件記録上明らかであり、その他、本件訴における原告の請求とその主張の内容、審理の経過、認容すべき金額等を考慮すると、本件訴の提起―判決の言渡に至つた原因の殆どは原告の過大な要求にあつたというべく、原告が本件訴訟の追行を弁護士に委任したことは被告らも争わないところであるが、その費用を被告らが負担すべきであるとする原告の主張は不当という他はない。
七 (結語)
以上の次第で、原告は被告らに対し、右六記載の三七万三三六一円を請求しうるべきであり、また、これについて本件訴状が被告らに送達された日以後である昭和五四年六月三〇日には弁済期が到来していたというべきであるから、原告の本訴請求は、右三七万三三六一円とこれに対する昭和五四年七月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中優)