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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)6661号 判決 1979年8月30日

原告 和田さく

右訴訟代理人弁護士 中島武雄

被告 角川弘與司

主文

被告は原告に対し、別紙目録記載の部屋を明渡せ。

被告は原告に対し、昭和五三年五月一日から右明渡ずみまで一ヶ月五万三、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、主文第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  主位的請求

主文第一ないし第三項と同旨及び主文第一、二項につき仮執行の宣言。

2  予備的請求

(一) 被告は、別紙目録記載の部屋(以下、本件部屋という。)において犬を飼育してはならない。

(二) 被告は原告に対し、昭和五三年五月一日から一ヶ月五万三、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

(四) (一)につき仮執行の宣言

二  被告

1  主位的請求について

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  予備的請求について

(一) (一)の請求を棄却する。

(二) (二)の請求を認諾する。

(三) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の主張

1  原告は被告に対し、昭和四七年八月一二日、本件部屋を、期間は同日から昭和四九年八月一一日まで、賃料は一ヶ月四万三、五〇〇円、共益費は一ヶ月二、〇〇〇円、いずれも毎月末に翌月分を持参して支払う、との約で賃貸(以下、本件賃貸借契約という。)して引き渡した。

2  その後、原告と被告との間で、賃料、共益費の不払をめぐって紛争が生じ、昭和四九年四月一九日、東京地方裁判所において、本件賃貸借契約を同日合意更新し、右期間を昭和五一年四月末日までとする、賃料は昭和四九年五月以降一ヶ月四万六、〇〇〇円、共益費は一ヶ月三、〇〇〇円とする等を内容とする裁判上の和解が成立した。

3  原告と被告とは、右賃貸借契約期間満了に際し、本件賃貸借契約を更新すること、但し、賃料、共益費は従前どおりとし、賃貸借期間を昭和五三年四月末日までとする、との合意をなした。

4  ところで、原告と被告との本件賃貸借契約第八条には「貸室内において危険、不潔、その他近隣の迷惑となるべき行為をしてはなりません」と、第七条には「賃借人が次の場合の一つに該当したときは催告しないで直ちに本契約を解除することができる」と各定められ、その三に「その他本契約に達反したとき」とある。しかるに被告は、昭和五一年秋頃から原告の承諾を得ることなく本件部屋のベランダ柵にプラスチック製のトタン板を張って周囲を被い、全体を犬小屋のようにして犬二匹(シェパード犬とスピッツ犬各一匹)の飼育をするようになった。そのため本件共同住宅居住者から原告に対し、「犬の毛が飛散して不潔であり、洗濯物も汚れる」、「蠅や虫が集ってくる」、「犬やその糞尿の悪臭がひどく戸も開けておけない」、「犬の糞便で排水管が詰まる」、「犬の吠える声に子供が驚く」等の苦情が寄せられ、犬の飼育をやめさせるよう要求されている。そこで、原告は被告に対し、再三犬の飼育を中止するよう申入れたが、被告は頑としてこれに応ぜず、かえって犬を飼うことは個人の権利であり自由である、等と主張している。

5  さらに、被告は、被告を除く本件共同住宅居住者が原告の賃料増額請求に応じているにもかかわらず被告のみ右請求を拒否している。

6  そこで、原告は被告に対し、昭和五二年九月二九日付同年一〇月一日付到達の書面により昭和五三年五月以降の賃料を一ヶ月五万五、〇〇〇円、共益費を一ヶ月四、五〇〇円に各増額すること、被告は本件部屋において二匹の犬の飼育をやめること、もし以上の条件が容れられないときは本件賃貸借契約を更新しない旨の通知をなした。

7  しかるに、被告は、原告の右要求に応じようとせず、本件賃貸借契約の期間満了後も本件部屋の使用を継続しているので、原告は被告に対し、昭和五三年五月四日付翌五日到達の書面で異議を述べた。

8  よって、本件賃貸借契約は、昭和五三年四月末日をもって期間満了により終了したものであるが、仮りにこれが認められないとしても、被告は、同年四月下旬頃、板橋借地人組合作成の宣伝ビラを本件建物居住者に配布し、恰も原告が不当な賃料等の増額要求をしているかの如く宣伝し、これに応じないよう煽動し、原告の本件共同住宅経営を妨害している。そこで、原告は被告に対し、本訴状をもって、被告の右妨害行為と前記犬の飼育とが本件賃貸借契約七条に該当することを理由に本件賃貸借契約解除の意思表示をする。

9  よって、原告は被告に対し、主位的に本件部屋の明渡と本件賃貸借契約終了の日の翌日である昭和五三年五月一日から右明渡ずみまで賃料相当の一ヶ月五万三、〇〇〇円の割合による損害金の支払とを求め、予備的に本件賃貸借契約八条に基づき本件部屋において犬の飼育を禁止することと昭和五三年五月以降賃料として一ヶ月四万九、〇〇〇円、共益費として一ヶ月四、〇〇〇円の各支払とを求める。

二  被告の答弁及び主張

1  答弁

(一) 原告の主張1ないし3の各事実はいずれも認める。

(二) 同4の事実中、被告が昭和五一年秋頃から原告の承諾を得ることなく本件部屋のベランダ外側の鉄柵にプラスチック製のトタン板を張って周囲を被い、犬二匹(シェパード犬とスピッツ犬各一匹)の飼育をするようになったことは認める、本件共同住宅居住者から原告主張の如き苦情が原告に寄せられていることは知らない、原告と被告との本件賃貸借契約第七条と第八条とに原告主張の如き約定が存すること、原告が被告に対し、再三犬の飼育を中止するよう申入れたこと、被告が頑としてこれに応ぜず、却って犬を飼うことは個人の権利であり自由であるなどと主張したことはいずれも否認する。

被告は、害虫対策として噴霧式芳香殺虫油剤を飼育中の犬に毎日数回撒布している。近隣に比し幾分の匂いと蠅、蚊が多い程度である。被告が飼育中の犬は被告の指示に良く従い従順であり、吠え声、鳴き声などは半月位全くしないこともある。

なお、原告と被告との当初の賃貸借契約第七条と第八条とには原告が主張する如き約定が存したが、該約定は原告がその2で主張する裁判上の和解の成立に伴ない失効したものである。

(三) 同6及び7の各事実はいずれも認める。

(四) 同8の事実中、被告は原告が不当な賃料等の増額要求をしているかの如く宣伝し、これに応じないよう煽動し、原告の本件共同住宅経営を妨害していることは否認する。

2  主張

被告は、東京法務局に対し、昭和五三年五月一日、同月分賃料四万六、〇〇〇円、共益費三、〇〇〇円、その他四、〇〇〇円を、同年六月一日、同月分と翌七月分の賃料各四万六、〇〇〇円、共益費各三、〇〇〇円を、同年八月一日、同月分と翌九月分の賃料各四万六、〇〇〇円、共益費各三、〇〇〇円を、同年一〇月二日、同月分と翌一一月分賃料各四万六、〇〇〇円、共益費各三、〇〇〇円を、同年一二月一日、同月分と昭和五四年一月分賃料各四万六、〇〇〇円、共益費各三、〇〇〇円を、同年二月二日、同月分の賃料四万六、〇〇〇円、共益費三、〇〇〇円を、同年二月一三日、昭和五三年六月分から昭和五四年二月分までの賃料予想額として各月四、〇〇〇円宛を、昭和五四年二月一三日、同年三月分賃料四万六、〇〇〇円、共益費三、〇〇〇円を、同年四月二日、同月分と翌五月分賃料各四万六、〇〇〇円、共益費各三、〇〇〇円、賃料増額相当分各四、〇〇〇円宛をいずれも供託した。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告の主張する1ないし3及び6、7の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、先ず、原告の更新拒絶に正当事由が存するか否かについて検討する。

原告は、被告が原告の主張する賃料等の増額請求に応じないことを更新拒絶の正当事由の一つとして主張するが、被告は、借家法上原告からの増額請求があっても増額を正当とする裁判が確定するに至るまでは相当と認める賃料を支払えばよいことになっているから、被告が明らかに客観的に妥当な増額請求を拒むような特別事情の存する場合は格別、そうでない以上は被告が原告の増額請求に応じないからといって、これをもって更新拒絶の正当事由とはなしえないと解すべきである。そして、被告につき右特別事情の存することを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

ところで、被告は、昭和五一年秋頃から原告の承諾を得ることなく本件部屋のベランダ外側の鉄柵にプラスチック製のトタン板を張って周囲を被い、犬二匹(シェパード犬とスピッツ犬各一匹)の飼育をするようになったことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、本件建物は共同住宅で被告をも含めて二一所帯が入居していること、被告が前記犬の飼育をするようになった頃から被告の居住する本件部屋付近の入居者約五世帯に、犬の毛が飛散して洗濯物に付着する、蠅などの虫が集ってくる、犬やその糞尿の悪臭がひどく戸も開けておけない、犬の糞便で排水管が詰まる、犬の吠える声に子供が驚ろく等の被害が発生し、右入居者らから原告にそれらの苦情が寄せられたこと、そこで、原告は被告に対し、犬の飼育を中止すべき旨再三申入れたが、被告は、これに対し全く耳を貸そうとせず、依然として犬の飼育を継続していたこと、原告は被告に対し、本訴を通じ被告が犬の飼育を中止するのであれば何時でも和解に応じる用意のあることを表明したにもかかわらず、被告は、これに応じようとせず、当裁判所の和解勧告にも法廷で決着をつけるなどと主張して頑なな態度を崩そうとしないことを認めることができる。《証拠判断省略》

右認定事実によると、被告が本件部屋のベランダで犬(シェパード犬とスピッツ犬各一匹)の飼育をするようになった昭和五一年秋頃から本件部屋付近居住者は犬の糞尿とか吠え声等による被害を発生させ、そして、原告の再三にわたる犬の飼育中止の申入れにもかかわらずこれに耳を貸そうとしない態度に終始したというのであって、このようなことは本件の如き共同住宅における居住者としては身勝手過ぎるとの非難を免れないであろう。そして、《証拠省略》によれば、本件賃貸借契約には、被告の本件部屋における危険、不潔、その他近隣の迷惑となる行為を本件賃貸借契約無催告解除原因の一つとして定めていることを認めることができるのである。被告は、右約定は前記裁判上の和解の成立に伴ない失効した旨主張するが、前記認定のとおり、右裁判上の和解は従前の賃貸借契約を合意更新したものであるから、右約定は効力を持続しているものということができ、被告の右主張は理由がない。その他、前記認定の諸事情を総合考慮すると、原告のなした更新拒絶には正当事由が存するものと認めることができる。

してみると、本件賃貸借契約は、昭和五三年四月末日をもって期間満了により終了したものというべく、被告は原告に対し、本件部屋を明渡すべき義務があるものである。

三  そこで、次に、原告の損害賠償金の請求について検討する。

《証拠省略》によれば、昭和五三年五月当時本件部屋の賃料相当額は、原告の主張するとおり一ヶ月五万三、〇〇〇円であることを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると、被告は原告に対し、本件賃貸借契約が終了した昭和五三年四月末日の翌日である同年五月一日から本件部屋の明渡ずみまで一ヶ月五万三、〇〇〇円の割合による損害賠償金の支払義務があるというべきである。

ところで、被告の主張する弁済供託については原告が明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべきであるが、右損害賠償金と右賃料等名義の供託とはその性質を異にし右損害賠償金に対する適法な弁済とはならないと解すべきであるから、被告の右主張は理由がない。

四  よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言(主文第一項については相当でないからその申立を却下する。)につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林豊)

<以下省略>

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