東京地方裁判所 昭和54年(ワ)7472号 判決 1982年4月28日
原告
大島商事株式会社
右代表者
山口昭夫
右訴訟代理人
渡辺卓郎
同
望月千世子
被告
国分建設株式会社
右代表者
国分栄
右訴訟代理人
渡部喬一
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
第一次的請求
1 被告は、原告に対し、金一七八二万七五二〇円及びこれに対する昭和五五年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第二次的請求
1 被告は原告に対し、金一三八二万七五二〇円及びこれに対する昭和五五年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
(一) 第一次的請求(不法行為に基づく損害賠償請求)
1 原告の地位
原告は、不動産賃貸等を業とする会社であるが、昭和五〇年一一月一四日訴外有限会社三互から、東京都港区芝三丁目四八番地所在鉄筋コンクリート造陸屋根七階建の建物(以下、本件建物という)のうちの参階部分119.47平方メートル、四階部分83.83平方メートル及び本件建物屋上塔屋を広告看板掲出のために使用する権利を金四七〇〇万円で買い受け、既に右訴外会社との契約に基づき、本件建物の屋上塔屋に広告のための看板を掲出していた英国航空会社と、同五一年六月一五日に改めて、屋外広告掲出契約を締結し、これによつて、英国航空会社は従来通り東南方面より展望し得るように、屋上塔屋に「British air Ways」と大書した幅約一五米大の看板を掲出していたものである。
2 原告の有する眺望利益
本件建物は、羽田空港から都心に向う高速道路の際にあり、高速道路を狭んだ向かい側は芝公園で眺望を遮断するものがないため、高速道路を進行する車から本件の看板広告が、約四五〇米遠方から確認することができるうえに、近づくに従い場所によつては進行方向の正面に位置するという絶妙な場所にある。
本件建物は昭和四〇年ごろ、建築されたが、当初から、屋上塔屋に、広告のための看板を設置することを予定していたものである。訴外有限会社三互は英国航空会社と締結した、屋外広告掲出契約によつて、本件の看板広告を掲出させ年間二六〇万円の収入をあげていた。原告が本件建物のうち、三、四階部分の購入に踏みきつたのもこの広告掲出料収入が大きな要因であつたし、その売買価格を決定するについても大きな要素となつたのである。
原告は英国航空会社と締結した屋外広告掲出契約によつて、五三年度においては年額二八〇万円の掲出料を得ていた。
以上述べたように本件建物は看板広告を掲出するにはまたとない恰好の場所にあつて、当初から看板広告の掲出を予定して建設され以来本件建物の屋上塔屋は独自の経済的効用を発揮してきたものである。従つて原告が本件建物の屋上塔屋について有する眺望利益は独自の利益を形成しており権利と呼ぶべきものと考えるが、仮りに然らすとも法的に保護されるべき利益である。
3 被告の行為
被告は、不動産売買管理等を業とする会社であるが、本件建物の西側に隣接する港区芝三丁目四五番地の九の地上に、昭和五三年九月ごろ、地上一四階建の鉄骨鉄筋コンクリート造りのマンションの建設に着手し、昭和五四年一二月にはその鉄骨が七階以上に達した。その結果、本件の看板広告は、高速道路の方向に対する展望が全く妨げられることになり、広告の機能を喪失し、以後本件建物の屋上塔屋を利用して、看板広告を掲出することが不可能となつた。ここに及んで、英国航空会社は、昭和五四年一二月末日を以つて期間満了となる広告掲出契約を更新しない旨、原告に通告してきたので、原告はやむなくこれに応じ昭和五五年一月一三日、本件の看板広告は徹去された。
4 原告の損害
原告は、右のように被告のマンション建築によつて、本件建物の屋上塔屋の展望が妨げられ、屋上塔屋に看板広告を掲出することができなくなつて本件建物の眺望利益が侵害されたのであるが、被告は右の事情を熟知していて、当初はマワンショムの屋上に看板広告を掲出する権利を原告会社に付与する等、損害を填補する具体的方法まで考慮していたのであるから、原告の眺望利益の侵害について、故意過失があつたこと明らかであり、不法行為者として原告に対し次の被つた損害を賠償する義務がある。
<中略>
第三 証拠<省略>
理由
第一第一次請求について
一本件建物の屋上塔屋に「British air Ways」と大書してある看板広告が掲出されていたことについては、当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、本件看板広告は、本件建物の屋上塔屋を、広告のために使用する権限を有する原告が、英国航空株式会社と締結した屋外広告掲出契約に基づいて掲出したものであること、本件建物は羽田空港方向から麻布方向にむけて高速道路上を進行してくると、高速道路がゆるい弧を描いているため前方約二二〇メートルのところでは左側にみえ、前方約一六〇メートルでは真正面に位置し、その状態が本件建物の際を通過するまで続くのであるが、本件の看板広告は、本件建物の羽田空港方向を展望できる。そのような位置を利用して、高速道路上を進行して来る者の視覚に訴えようとするものであつたことが認められる。
二被告が不動産管理を業とする会社であつて、港区芝三丁目四五番九の地上に、昭和五三年九月から、本件マンションの建設に着手したことについては当事者間に争いがなく、昭和五四年一一月一八日高速道路上から建築中の本件マンションを撮影した写真であることについて争いがない<証拠>によると、本件マンションは、高速道路方向からみると、本件建物の手前に位置し、その高さのために昭和五四年一二月ごろから、本件建物から高速道路方向への展望は、全く妨げられることになり、その展望を利用して設置されていた本件の看板広告も、広告としての機能の大半を失うに至つたことが認められる。
三原告は、原告が本件建物の屋上塔屋について有する眺望利益は、法的保護の対象となる利益を形成しているところ、被告の本件マンションの建設によつて、右の眺望利益は侵害されたと主張する。
被告の本件マンションの建設によつて、本件看板広告が、広告としての機能を失なつてしまつたこと既に認定したとおりであり、本件建物が高速道路からみて、具合よく展望し得るところに位置していることを利用して、原告が本件看板広告を設置して、相当の経済的利益を得ていたことは疑いを容れないところであるが、相当の経済的利益を得ていること、若しくはこれが取引の対象となつていることから、直ちに、その経済的な利益をもたらす眺望利益をもつて、法的保護の対象となる私権であると解するのは相当でない。けだし、本件で問題となる眺望利益なるものは、本件建物を所有ないし占有することによつて得られる利益であるから、所有権の一属性ということになるのであるが、それは、建物の所有者ないし占有者が、建物自体又は内部に対して有する排他的独占的支配と同様な意味において支配又は享受し得た利益ではなく、偶々、本件建物と高速道路との間に遮蔽物としての高い建物が存在していなかつたという偶然の事情によつて、本件建物の所有者ないし占有者が、事実上享受した利益すなわち一種の反射的利益にすぎないからである。
換言すると、本件建物が高速道路上から眺望できるためには、本件建物と高速道路との間の他人の土地上に空間を確保することが必要で、眺望利益なるものが私権であるとすると、他人の土地の利用方法を制限できることになるのであるが、かかることが、所有権の属性としてできるとは到底解せられない。
もつとも、本件マンションの建設が、故意に原告に損害を与える目的でなされたとか、その地域の状態からみて、社会通念上許容される範囲を越えて、高層であつたり、あるいは巨大であつたりしたときには、それは或いは、権利の濫用として、許されない場合があり、そのときには原告はそれによつて被つた損害を賠償する権利があるというべきであるが、本件マンションについては、このような事実を認めるに足りる証拠はない。
四よつて、原告の被告に対する眺望権を侵害したことを理由とする第一次請求は、その余について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。
第二第二次請求について
一被告が原告に対し、昭和五三年四月一一日「念書」と題する書面を渡していたことについては、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、右念書は、被告から原告の代表者である山口彰夫宛のもので「此の度国分建設株式会社に於て建設するマンション芝公園(仮称)に対する建設同意に伴う貴殿との間の次記協定を約します。」の文言にひき続いて、「一、貴社屋上の看板広告を当社の経費により移設する。二、当該広告看板の使用料は貴社により徴収し取得する。三、当該看板広告に要する電気料は芝三ビル山口彰夫氏に於て負担する。四、管理費は芝三ビル山口彰夫氏によりマンション管理人に支払う」旨の記載があることが認められる。
二そこで、この念書によつて原被告間に何らかの合意が成立したとみるべきか否かについて、検討する。
<証拠>を総合すると、右念書の第一項の広告塔の移転と第二項の原告が看板広告の使用料を取得することについては、原、被告間に異論はなかつたが、第三項の電気料を誰が負担するかについては、配線をどちらのビルから取るかで争いがあり、第四項の管理費を原告が負担することについては、管理費の内容について両者の言うところは、全く異なつていて、合意をみるに至つていなかつたことが認められ、以上によると、その前書からは、被告と原告との間には既に合意が成立しており、その内容を、第一項から第四項に纒めたかのように、みえるにもかかわらず、右念書は被告が原告の損害を回避するために、本件看板広告を本件マンション屋上に移設することを承諾する場合、その条件を、一方的に条項したものであると推認できる。
原告の主張は要するに、念書第一項、第二項について異論がないのであるから、この部分だけについて、合意が成立した旨主張しているのに対し被告は、第一項から第四項まで合意の内容として一体をなしているのであるから、第三、第四項について合意が成立していない以上、第一、第二項についても合意が成立していたと解することはできない旨主張しているようである。
契約の一部について合意ができていない場合に契約全部の効力が生じないことになるのか、或いはその余の部分のみで効力が生ずることになるかは、その合意のできていない部分が契約の基本的な要素として他の条項と不可分一体をなすものかそれとも、附随的細則的事項にしかすぎず、しかも、大まかなところにおいて、既に合意ができておりさらに、妥協点をみつける熱意を双方が有していたかどうかによつて決つするほかはない。
本件の場合、前掲和巻の証言及び原告代表者の供述によると、念書第三、第四項については合意ができていないというにとどまらず、殊に、第四項の管理者については、被告が本件マンションに、本件看板広告を移設することを認める以上、原告が英国航空会社から受けとる掲出料の半額程度を、本件マンションの使用料の対価として、原告から徴収することを考えていたのに対し、原告は管理費を文字どおり、本件看板広告を維持し管理する費用と解する結果、その管理は、原告がするので、被告に対する支払いは、基本的には不要であると考えていたことが認められる。
右認定したところによると、第四項の管理費についての条項は、被告にとつて本件看板広告を移設することの対価であり、契約の基本的要素であつて、附随的細則的な事項にしかすぎないなどとは言えないこと明らかでしかも、それについて、妥協点をみつける努力をしていたとは、証拠上認められないのであるから、契約全部についての合意は、成立していなかつたと解するのが相当である。
そうすると、被告との間に、本件看板広告を移転させる旨の契約が成立していることを前提とする原告の第二次請求も、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
第三結論
よつて原告の被告に対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(畔柳正義)