東京地方裁判所 昭和54年(ワ)7739号 判決 1980年7月17日
原告 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 横田幸雄
被告 乙山一郎
右訴訟代理人弁護士 大月公雄
主文
一 被告は、原告に対し、金四五万七二五〇円及びこれに対する昭和五四年八月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、別紙貸金等一覧表記載のとおり、昭和五二年三月から昭和五四年二月までの間、被告に対し期限を定めることなく三二回にわたり合計金七六万〇五〇〇円を貸し渡し(以下「本件貸金」という。)、三六回にわたり飲食代金等合計金五万〇三二〇円を被告のため立て替えて支払った(以下「本件立替金」という。)。
2 よって、原告は、被告に対し、本件貸金及び本件立替金からすでに一部弁済を受けた合計金三五万三五七〇円を控除した残額合計金四五万七二五〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年八月二四日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因事実は認める。
三 抗弁
1 被告は、原告から各金員を借り受け又は立替払を受ける都度、間もなく原告に対しその全額を弁済した。その弁済状況の一部は、別紙貸金等一覧表記載のとおりである。
2 1が認められないとしても、原告は自宅に不特定多数の者を集めて賭麻雀をさせていた者であり、被告は原告方において賭麻雀に負けてその賭金の支払ができなかったとき、その支払に充てるため原告から本件貸金を借り受けたものであって、原告はその情を知ってこれを被告に貸し渡したものであるから、本件貸金はいずれも不法原因給付である。
3 本件貸金が不法原因給付であることから、原告の自認する金三五万三五七〇円の一部弁済は、本件の立替金の弁済に充当されるべきものであり、これにより立替金はすべて弁済されている。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実のうち、金三五万三五七〇円の限度での弁済(別紙貸金等一覧表記載のとおり)は認め、その余は否認する。
2 同2の事実のうち、被告は原告方において賭麻雀に負けてその賭金の支払ができなかったとき、その支払に充てるため原告から本件貸金を借り受け、原告はその情を知ってこれを被告に貸し渡したことは認め、その余の事実は否認する。
原告方においては時々友人が集まって麻雀をしていたにすぎないし、原告は、他の者との賭麻雀に負けた被告から頼まれてやむを得ず本件貸金の申込に応じたものであって、その使途を契約の内容としたものではなく、また、原告はその貸借により利益の分配を受け又は損失を分担するものでもないから、本件は通常の貸借であり、そうでないとしても、原告の不法性は極めて微弱であるのに反し、被告の不法性は大きいものであるから、本件貸金は不法原因給付ではない。
3 同3は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因事実及び抗弁1の事実のうち金三五万三五七〇円の限度での一部弁済の点は当事者間に争いがなく、右金額を超える債務の全額を弁済した旨の被告本人尋問の結果は信用できず、他に右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。
そこで、以下抗弁2につき検討する。
二1 《証拠省略》によれば、原告は、昭和五二年ころから昭和五四年ころまでの間、自分が麻雀好きであることから、自宅に麻雀台一卓を用意し、主に週末及び休日等を利用して知人及びその同道者のため自宅を開放し、被告を含む一〇人ぐらいの者に麻雀をさせていたが、そこでは賭麻雀が行われる一方、原告は集まった者の注文を受けて出前をとり、酒食を提供するなどしてその代金を立替払し、後に実費を徴収するほか、昭和五三年当時において、賭麻雀の勝者から一回につき一〇〇〇円を徴収していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、被告が原告方において賭麻雀に負けてその賭金の支払ができなかったとき、その支払に充てるため原告から本件貸金を借り受け原告がその情を知ってこれを被告に貸し渡したものであることは当事者間に争いがない。なお、《証拠省略》によれば、本件立替金は、被告が原告方で賭麻雀に加わった際飲食した代金等の立替金であることが明らかである。
2 以上の事実によれば、原告方は小規模ながら巷間見られる麻雀屋の観を呈し、原告においてそこで賭麻雀が行われることを許容し、その賭麻雀の賭金の支払に充てるとの情を知って被告に対する本件貸金をしたという点に不法と非難されるべき余地があり、かつ、被告にはもはや残存利益もないものと思われる。
けれども、同じく前記事実によれば、原告は本件貸金によりなんらかの利益の配分を受け又は損失を分担するものではないと推認され、かつ、原告は被告が本件貸金を賭麻雀の賭金の支払に充てるとの情を知って貸し渡したというに止まり、その使途を容認したに過ぎないから、これをもって本件貸金を賭金の支払等不法の目的に使用すべきことを契約内容としたものということはできない。また、原告方に集まる者は原告の知人又は知人の同道する者に限られ、その人数も一〇人程度であって全くの不特定多数人が集来していたというべきものではなく、原告が賭麻雀の勝者から一回につき一〇〇〇円を徴収していたとの点についても、原告の場所及び種々のサービスの提供ということを考慮すれば、金額的にみて、原告が賭麻雀をさせることによって不法の利益を得又は得ようとしたものということもできない。さらに、《証拠省略》によれば、原告は本件貸金及び本件立替金のいずれにも利息を付することを求めたことがなく、本件紛争に至るまで被告がこれらを間歇的に一部弁済することになんら異議を唱えることもなかったことが認められる。
右の事情及び本件貸金は被告が賭麻雀といいつつ結局自己の遊興のため費したものというべきことを考慮すれば、原告が被告に対して本件貸金の返還を求めることをもっていまだ社会的妥当性を欠くものということはできず、不法原因給付の法理を適用して原告の請求を排斥することはできないものというべきである。よって、抗弁2は理由がない。
三 本件貸金が不法原因給付であると認められないことは前叙のとおりであるから、抗弁3は、その余を判断するまでもなく理由がない。
四 以上によれば、本件貸金及び本件立替金の残額合計金四五万七二五〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五四年八月二四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 久保内卓亞)
<以下省略>