東京地方裁判所 昭和54年(ワ)7842号 判決 1981年1月20日
原告 星野道子
右訴訟代理人弁護士 矢代操
被告 日本通運株式会社
右代表者代表取締役 広瀬真一
右訴訟代理人弁護士 輿石睦
同 松沢与市
同 村田浩
同 寺村温雄
被告 長田たけ
右訴訟代理人弁護士 榎本勝則
主文
被告長田たけは、原告に対し別紙目録(二)記載の株券を引渡せ。
前項の株券の強制執行が不能のときは、被告長田たけは、原告に対し一四万〇五〇〇円及び右不能のときから支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
被告長田たけは、原告に対し四万円及びこれに対する昭和五四年八月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告日本通運株式会社に対する請求、被告長田たけに対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用のうち、原告と被告日本通運株式会社との間に生じた分は原告の負担とし、原告と被告長田たけとの間に生じた分はこれを二分し、その一を原告、その余を被告長田たけの負担とする。
この判決のうち、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(一) 主位的請求の趣旨
被告日本通運株式会社との間で、原告が同被告の株式一〇〇〇株の株主であることを確認する。
被告日本通運株式会社は、原告に対し同被告の株式一〇〇〇株の株券を発行し、これを引渡せ。
原告に対し、被告日本通運株式会社は二四万円及び内金二〇万円につき昭和五四年八月二三日から支払済まで年五分の割合による金員、被告長田たけは二八万円及び内金二四万円につき昭和五四年八月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
仮執行宣言の申立
(二) 予備的請求の趣旨
被告日本通運株式会社との間で、原告が同被告の株式一〇〇〇株の株主であることを確認する。
被告長田たけは、原告に対し別紙目録(二)記載の株券を引渡せ。
前項の株券引渡の強制執行が不能のときは、被告長田たけは、原告に対し一四万〇五〇〇円及びこれに対する右不能の日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告に対し、被告日本通運株式会社は二四万円及び内金二〇万円につき昭和五四年八月二三日から支払済まで年五分の割合による金員、被告長田たけは二八万円及び内金二四万円につき昭和五四年八月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
仮執行宣言の申立
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張した事実
一 請求原因
(一) 原告は、訴外田所生三郎が訴外立花証券株式会社を介して売付けた別紙目録(一)記載の株券(以下、本件(一)株券という)を訴外新興証券株式会社浦和支店を介して五万六〇〇〇円で買受け、昭和四四年五月二一日その引渡を受けたもので、原告は右株券の取得につき善意無過失であったから、少なくとも右同日右株券を善意取得した。
(二) 原告は、昭和五四年二月二七日訴外大和証券株式会社大宮支店(以下、訴外大和証券という)に同株券を預託して原告名に名義書替手続を委任した。
しかるに、被告会社の名義書替代理人である訴外東洋信託銀行株式会社(以下、訴外東洋信託という)は、訴外大和証券の名義書替請求に対し、本件(一)株券が昭和五一年六月一一日にされた東京簡易裁判所の除権判決により失効したとしてこれを拒否し、同株券を没収した。
(三) 右の除権判決は次のような経過でなされたものである。
(1) 本件(一)株券の旧所持人であった被告長田は、昭和五〇年七月三〇日頃訴外東洋信託に対し被告長田が昭和四八年六月二〇日横浜市磯子区杉田町一四七五番地から肩書住所地に転居の際に誤って焼却した旨の株券喪失届を提出して同銀行から株券発行証明書の交付を受けた。
(2) 次いで、被告長田は、昭和五〇年八月二〇日東京簡易裁判所宛に右同旨で且つ最終所持人を被告長田と記載した上申書を作成し、同年一〇月一七日東京簡易裁判所に対し前記の各文書を添付して除権判決の申立をした。
(3) 東京簡易裁判所は、被告長田の申立を認め、昭和五一年六月一一日本件(一)株券につき除権判決をした。
(四) 被告長田は、右除権判決を得た後、被告会社から別紙目録(二)記載の株券(以下、本件(二)株券という)の再発行をうけ、これを受領した。
(五) しかし、被告長田が訴外東洋信託に対し提出した株券喪失届、東京簡易裁判所に対し提出した上申書の内容はいずれも虚偽であって、被告長田は、原告が本件(一)株券の名義書替を失念していたこと及び同被告が約六年間にわたり被告会社から配当金の送付を受けていたことを奇貨として裁判所を欺罔して本件(一)株券の除権判決を得たものである。
(六) また、被告長田は、本件(一)株券を原告が取得した日以降の決算日である昭和四四年九月三〇日から昭和五四年三月三一日まで一〇年間分の被告会社支払の配当金合計四万円(一年に一株につき四円)を受領した。
(七) 株券の引渡請求等
原告は、被告会社の一〇〇〇株の株主であるから、被告会社との間で原告が被告会社の株式一〇〇〇株の株主であることの確認を求めるとともに、主位的に、被告会社に対し被告会社の株式一〇〇〇株の株券を発行して引渡すこと、予備的に、被告長田に対し被告長田が被告会社から交付を受けた本件(二)株券を引渡すこと及び右株券引渡の強制執行が不能のときは右株券の時価である一三万八〇〇〇円と右株券を購入するのに要する購入手数料二五〇〇円の合計額及びこれに対する執行不能の日より支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(八) 損害賠償等の請求
(1) 被告会社は本件(一)株券を没収したが、右没収は法律上何らの根拠もないものであったので、原告は、昭和五四年五月一八日、同年同月二一日の二回に亘り東洋信託かなえ社員に対し、同年同月二一日、同年同月二三日の二回に亘り被告会社株式課米沢社員に対し本件(一)株券の返還を求めて交渉したが、いずれも前記の株券没収が正当である旨回答するだけであった。このため、原告は対応策に苦慮し、訴外新興証券株式会社、同大和証券、同立花証券株式会社、原告代理人等に相談したり、資料集めのため東奔西走し、精神的苦痛を受けた。
被告の受けた右精神的苦痛を慰藉するには被告会社に二〇万円を支払わせるのが相当である。
(2) 被告長田は前記のように不法に除権判決を得た。このため原告は本件(一)株券につき名義書替を受けることができず、その対応策のため(1)項に主張のとおり東奔西走させられ精神的苦痛を受けた。
被告の受けた右精神的苦痛を慰藉するには被告長田に二〇万円を支払わせるのが相当である。
(3) 被告長田は(六)項に主張したとおり被告会社から四万円を受領したが、右は法律上の原因を欠くものであって、原告は被告の右不当利得により同額の損害を受けた。
よって、原告は、被告長田に対し四万円の返還を求める。
(4) 原告は、被告会社が直ちに株券を発行して原告に交付せず、また被告長田が株券を交付しなかったため原告訴訟代理人に本訴追行を委任し、昭和五四年五月二日手数料(着手金)八万円、成功報酬八万円の各支払を約し、同日原告訴訟代理人に八万円を支払った。
右弁護士費用のうち被告会社が負担すべき金員は四万円、被告長田が負担すべき金員は四万円である。
(5) よって、原告は、被告会社に対し二四万円、被告長田に対し二八万円及び被告会社に対しては内金二〇万円につき本件訴状が同被告に送達された日の翌日である昭和五四年八月二三日から、被告長田に対しては内金二四万円につき本件訴状が同被告に送達された日の翌日である昭和五四年八月二四日から支払済まで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告会社の認否
(一) (一)項は不知。
(二) (二)項のうち原告主張のような除権判決があったことは認めるが本件(一)株券につき原告から名義書替請求があったことは否認する。本件(一)株券については、昭和五四年三月三一日に訴外原としから訴外日本証券代行株式会社を介して訴外東洋信託に対し名義書替請求がされた。しかしながら、訴外東洋信託は、右株券が除権判決により失効していたので名義書替を拒否した。
(三) (四)項は認める。
(四) (五)項は不知。
(五) (七)項は争う。
(六) (八)項の(1)は否認し、(4)は争う。
三 被告長田の認否
(一) (一)項は不知。
(二) (二)項のうち、原告主張のような除権判決があったことは認めるが、その余は不知。
(三) (三)項は認める。
(四) (四)項は認める。
(五) (五)項は否認する。
被告長田は、原告が本件(一)株券を取得したと主張する昭和四四年五月二一日前に右株券を処分した事実はない。
被告長田は、昭和四八年六月二〇日横浜市磯子区杉田町から現住所地に転居した際本件(一)株券が見当らないので、転居のどさくさに誤って焼却したものと思い、その旨の上申書を作成して除権判決の手続をとったものである。
(六) (六)項のうち、被告長田が被告会社から配当金として税込みで四万円(手取額三万三八〇〇円)を受領したことは認める。
(七) (七)項は争う。
(八) (八)項の(2)、(3)は争い、(4)は不知。
理由
一 (株券の善意取得)
《証拠省略》によれば、本件(一)株券の名義人が被告長田であること、原告は訴外田所生三郎が訴外立花証券株式会社を介して売付けた右株券を訴外新興証券株式会社浦和支店を介して五万六〇〇〇円で買受け、昭和四四年五月二一日その引渡を受けたことが認められる。
しかるところ、訴外田所生三郎が右株券を被告から如何なる過程を経て取得したか明らかでないが、前認定の事実からすると、原告には右株券を取得することに善意で過失がなかったものと認められるから、原告は右株券の引渡を受けた昭和四四年五月二一日右株券、従って右株券により表章される株式を善意取得したものと認められる。
二 (除権判決について)
本件(一)株券につき昭和五一年六月一一日東京地方裁判所で除権判決がされたこと、右除権判決のあった後、被告長田が被告会社から本件(二)株券の発行を受けこれを受領したことは各当事者間に争いがない。
また、右除権判決が、(1)本件(一)株券の名義人である被告長田が昭和五〇年七月三〇日頃訴外東洋信託に対し被告長田が昭和四八年六月二〇日横浜市磯子区杉田町一四七五番地から現住所地に転居の際に誤って焼却した旨の株券喪失届を提出して同銀行から株券発行証明書の交付を受け、(2)同年八月二〇日東京簡易裁判所宛に右同旨でかつ最終所持人を被告長田と記載した上申書を作成し、同年一〇月一七日東京簡易裁判所に対し前記の各文書を添付して除権判決の申立をし、(3)東京簡易裁判所が被告長田の申立を認め昭和五一年六月一一日したものであることは被告長田との間では争いがなく、《証拠省略》によりこれを認めることができる。
三 (原告の名義書替請求)
《証拠省略》によれば、原告は、昭和五四年二月二七日訴外大和証券に本件(一)株券及び記号AH番号二六七九五二の被告会社の一〇〇〇株券一枚を預託して原告名に名義書替手続を委任したこと、訴外大和証券は、多数の顧客から委任される名義書替手続事務の簡略化のため、他の株券取得者から名義書替を委任された(1)記号AH番号八三九八〇六(2)記号AH番号八三九八〇七の各一〇〇〇株券二枚を被告会社の名義書替代理人である訴外東洋信託に対し原告名とするよう名義書替を求め、本件(一)株券については訴外原としのため名義書替を求めたこと、訴外東洋信託は、原告のため名義書替請求を受けた前記二枚の株券については原告名に株主名義を変更したが、本件(一)株券については、除権判決がされていたため名義書替手続を拒否したこと、訴外大和証券は、原告に対し名義書替手続の終った株券のうち記号AH番号八三九八〇六の一〇〇〇株券は交付したが、記号AH番号八三九八〇六の一〇〇〇株券は交付せず、昭和五四年八月三〇日これを他に売却したこと、そこで原告は、被告会社に対し本件(一)株券の返還を求めたが、被告会社は、本件(一)株券は除権判決により失効しており新たな株券が発行済みである旨述べ、返還に応じなかったことがそれぞれ認められる。
四 (被告会社に対する株主権の確認及び株券の交付請求について)
原告は、被告会社に対し株主であることの確認と本件(一)株券に代る株券の交付を求めるのであるが、商法二〇六条は記名株式の移転は取得者の氏名、住所を株主名簿に記載しなければ会社に対抗することができない旨定めている。しかるに本件(一)株券により表章される株式につき原告の氏名、住所が被告会社の株主名簿に記載されていることの主張立証はないから、原告の被告会社に対する株主であることの確認を求める請求、本件(一)株券に代る新たな株券の交付を求める請求はいずれも失当であって認められない。
五 (被告長田に対する株券の交付請求について)
原告が本件(一)株券により表章される株式を善意取得したこと、被告長田が除権判決を得た後、被告会社から右株券に代る本件(二)株券の交付を受けたことは前認定のとおりである。
右事実によれば、本件(二)株券により表章される株式は原告に帰属するから、原告は、右株主権に基づき被告長田に対し、本件(二)株券の交付を求めることができるものと解される。
また、本件口頭弁論終結時における被告会社の株式一株の取引価格が一四三円であることは公知の事実であり、《証拠省略》によれば、証券会社を介して被告会社の株式一〇〇〇株を取得するためには証券会社に二五〇〇円の手数料を支払わねばならないことが認められるから、本件(二)株券の本件口頭弁論終結時における時価は一四万五五〇〇円であって、もし被告長田が原告に対し右株券引渡の強制執行ができないときは、被告長田は原告に対し一四万五五〇〇円を支払うべきであるから、右場合に一四万〇五〇〇円の支払を求める原告の本訴請求は正当であってこれを認めることができる。
六 (被告会社に対する損害賠償請求について)
原告は、被告会社が本件(一)株券を没収したとして同被告に対し損害賠償を求めている。
しかし、前認定のとおり本件(一)株券は除権判決により失効しており、無価値の紙片にすぎず、且つ被告会社は、本件(一)株券に代る本件(二)株券を既に発行しているのであるから、本件(一)株券を原告に返還した場合には同一株式を表章する株券が二枚流通に置かれることになり、株式の譲渡をめぐって混乱を生ずる虞があるから、被告会社が本件(一)株券を原告に返還しなかったとしても違法ではなく、従って、本件(一)株券の没収を原因とする原告の被告会社に対する損害賠償の請求は失当であって認められない。
七 (被告長田に対する損害賠償請求について)
原告は、被告長田が違法に本件(一)株券の除権判決を得たとして同被告に対し損害賠償を求めている。
しかし、《証拠省略》によれば、被告長田が自身で本件(一)手形を第三者に譲渡等処分したり、これを第三者に依頼したことはないこと、被告長田が本件(一)株券が手許にないことに気付いた後も引続き被告会社から株主総会の招集通知及び配当の支払があったこと、そのため被告長田は、本件(一)株券を昭和四八年六月横浜市磯子区杉田町一四七五番地から現住所地に転居する際に焼却したと考え、裁判所に除権判決の申立をしたことが認められ、右事実によれば、被告長田が本件(一)手形を転居の際紛失したと考えたとしても不自然ではないから、被告長田のした除権判決の申立に第三者に対する加害の故意過失は認められず、従って、原告の被告長田に対する損害賠償請求は失当であって認められない。
八 (被告長田に対する不当利得返還請求について)
被告長田が本件(一)株券を原告が取得した日以降の決算日である昭和四四年九月三〇日から昭和五四年三月三一日まで一〇年間分の被告会社の配当金合計四万円を受領したことは当事者間に争いがない。
右事実によれば、被告長田は被告会社の株主でなかったのに被告会社の配当金四万円を利得し、原告は被告長田の右不当利得により同額の損害を受けたものと認められるから、被告長田は、原告に対し右四万円を返還すべきであり、原告の被告長田に対する右金員の支払を求める請求は正当であってこれを認めることができる。
九 (弁護士費用の支払請求について)
原告は、被告らに対し本訴提起に要した弁護士費用の支払を求めている。
しかし、原告の被告会社に対する請求はいずれも失当であるから、同被告に対する弁護士費用の支払請求は認められず、また、被告長田に対する請求も、前認定の同被告が除権判決の申立をするに至った経緯、原告が本件(一)株券を被告長田から承継取得したものではなく、且つ原告が昭和四四年五月二一日本件(一)株券を取得してから昭和五四年二月二七日まで長期に亘り株式名義の変更手続をとらなかったこと等に徴すると、被告長田が原告の要求に応じなかったとしても必らずしも不当とはいえず、同被告に対する請求も認めることができない。
一〇 よって、原告の本訴請求は、被告長田に対し本件(二)株券の引渡及び右引渡の強制執行が不能なときは一四万五〇〇円及び右不能の日から完済に至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金四万円とこれに対する同被告に本件訴状が送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五四年八月二四日から完済に至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるからこれを認容することとし、原告の被告会社に対する請求、被告長田に対するその余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 木下重康)
<以下省略>