東京地方裁判所 昭和54年(特わ)23号 判決 1980年3月13日
主文
被告会社有限会社つかれ酢本舗を罰金二〇万円に、
被告人長田正松を懲役一〇月及び罰金二〇万円に、
被告人中澤重忠を懲役六月に処する。
被告人長田正松においてその罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。
被告人長田正松及び被告人中澤重忠に対し、この裁判確定の日からいずれも二年間それぞれその懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告会社及び被告人両名の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告会社有限会社つかれ酢本舗(代表取締役長田正松)は、東京都豊島区長崎六丁目六番六号において、「つかれず」及び「つかれず粒」の販売を営んでいるもの、被告人長田正松は、右会社の代表取締役として右会社の業務全般を統括しているもの、同中澤重忠は、右会社の営業課長として販売業務等営業全般を取り扱つているものであるが、被告人両名は、共謀のうえ、右被告会社の業務に関し、東京都知事の許可を受けず、かつ法定の除外事由がないのに、別紙一覧表記載のとおり、昭和五一年五月中旬ころから同五二年一一月上旬ころまでの間、東京都文京区本郷四丁目一番一号株式会社利光(代表取締役松本好一)ほか二八か所において、株式会社利光ほか二八名に対し、高血圧、糖尿病、低血圧、貧血、胃下垂、リユウマチ等に薬効を有する旨宣伝したチラシを添付した医薬品である前記「つかれず」及び「つかれず粒」を合計六、四四六、〇〇〇円で販売し、もつて業として医薬品の販売を行つたものである。
(証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
罰条
被告会社有限会社つかれ酢本舗について
薬事法二四条一項、八四条五号、八九条
被告人長田正松について
刑法六〇条、薬事法二四条一項、八四条五号(懲役刑と罰金刑とを併科)
被告人中澤重忠について
刑法六〇条、薬事法二四条一項、八四条五号(懲役刑選択)
労役場留置(被告人長田正松について)
刑法一八条
執行猶予(被告人長田正松及び被告人中澤重忠に対する各懲役刑について)
刑法二五条一項
訴訟費用
刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条
(弁護人の主張に対する判断)
一 薬事法二条一項二号および三号について
1 弁護人は、薬事法二条一項二号および三号に規定する「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物」および「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物」の解釈について、その物自体の成分、本質から客観的に薬としての効能が認められる場合でなければその目的性が認められないのであつて、本件「つかれず」はさつまいもから抽出したクエン酸をそのまま使用したものであり、「つかれず粒」は右クエン酸にクエン酸ナトリウム・乳糖等を混合させたもので、クエン酸は食品衛生法上食品添加とされており本件「つかれず」等は右医薬品に該当せず食品である。その目的性の判断にその他の要素、すなわちその物の成分、外観、形状、用法、名称等を加えると「医薬品」と「医薬品でない物」との区別が不明確となり、犯罪構成要件の明確性を著しく損ない罪刑法定主義に反する旨主張する。
2 当裁判所の判断
薬事法は、医薬品、医薬部外品等が国民の保健衛生の維持、向上ないしは増進に深く関わるところから、これらの製造、販売、品質、管理、表示、広告等の諸事項を適正に規則し、もつて国民の生命、身体に対する危害の発生を未然に防止し、国民の健康な生活の確保に資することを目的とするものであり、その医薬品の定義としては薬事法二条一項に一ないし三号に掲げる物として規定されているところ、法令の解釈については立法の趣旨、目的に照し、一般通常人の理解において合理的な判断がなされるべきであるから、この見地から、或る物が同法二条一項二号にいう人又は動物の疾病の診断、治療、又は予防に使用されることが目的とされている物に当るかどうかを検討すると、医学的知識に乏しい一般人においてはその物の内容を識別して薬理作用の有無を判断することは不可能であり、専らその外観、形状、説明によつてそれを判断するの外はないから、若し右の使用目的の物が何らの規制もなくほしいまゝに製造、販売、授与がなされるときはこれを不相当に使用、服用等することによつて国民の多数の者に正しい医療を受ける機会を失わせ、その疾病を悪化させて生命身体に危害を生じさせる虞れがあるから、前記のように、これらの危害を未然に防止することを立法趣旨とする薬事法のもとでは、何らかの薬理作用を有するものについてはもとより、その物が薬理作用上効果のないものであつても、薬効があると標榜することによる場合も含めて、客観的にそれが人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることを目的としていると認められる限り薬事法第二条一項二号にいう医薬品に該当し、同法の規制の対象となると解するのが相当であり、従つてその物の成分、形状(剤型、容器、包装、意匠等)、名称、その物に表示された使用目的、効能効果、用法用量、販売の際の演述等を総合的に判断し、一般通常人の理解において、一見して食品と認識される果物野菜魚介類等の場合を除き、その物が前記目的に使用されるものと認識され、あるいは薬効があると標榜された場合は、医薬品として薬事法の規制の対象になると解すべきである。(同旨東京高等裁判所昭和五三年一二月二五日判決・東京高等裁判所判決時報第二九巻第一二号)
右のように解すれば、薬事法にいう「医薬品」に該当するか否かについての基準は明確で犯罪構成要件の明確性を損うものでないことは明らかである。
そこで、本件「つかれず」および「つかれず粒」が右にいう「医薬品」にあたるかどうかについて検討するに、本件「つかれず」および「つかれず粒」はいずれもクエン酸を成分もしくは主成分とするもので、その成分自体からは薬事法二条一項の「医薬品」とは認められないも、その形状(「つかれず」については粉末で八〇グラムビニール袋入、「つかれず粒」については錠剤型三〇〇粒ビニール袋、紙箱入)に、判示のとおりの薬効をうたつたものであることを総合判断すれば、一般通常人の理解において、人の疾病(本件では高血圧、糖尿病等)の治療又は予防に使用される目的をもつと認識されることが十分認められ、薬事法二条一項二号に該当する医薬品と認めるのが相当であつて弁護人の主張は採用できない。
二 公訴棄却について
1 弁護人は、(1)他にも本件と同様効能効果を標榜して販売している医薬品とされる物が多数あるのに本件のみを起訴するのは不平等起訴であり、かつ(2)本件「つかれず」等は有害なものではなく、被告人らの行政指導遵守の態度・経歴等から本件は起訴猶予相当事案であるのにこのような事案を起訴した本件起訴は不当起訴であつていずれの理由からも公訴棄却すべきである旨主張する。
2 現行刑事訴訟法上、公訴権は検察官が独占し、公訴を提起するか否かの判断もその裁量に委ねられている。しかしながら右裁量が検察官の恣意を許すものでないことは言うまでもなく、当該公訴の提起が、客観的に判断して、合理的な裁量権の行使の範囲を著しく逸脱していると明らかに認められる場合にはもはや適法な公訴提起と認めることができないこともまた否定し得ない。
弁護人の前記不平等起訴の主張は事件の個別性を無視し、犯罪の一面のみをとらえて同種の犯罪であるとして検察官の事件処理の不平等を主張するものであつて採用できないし、本件事案は長期間多数回に渡る販売であつて、事案軽微とは言えず、被告人らの経歴年令等の事情を勘案しても、前記裁量権の行使の範囲を著しく逸脱していると明らかに認められる場合でないことが明らかであつて弁護人の前記主張は到底採用できない。
よつて主文のとおり判決する。
別紙
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