大判例

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東京地方裁判所 昭和54年(特わ)3304号 判決 1981年3月19日

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

押収してある大麻樹脂一包(昭和五五年押第二二号の一)没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、

第一  昭和五四年九月一六日ころ、東京都港区赤坂一丁目一一番四五号第三興和ビル内レストラン「バイ・ルーディ」店舗内において、豊原知恵から大麻樹脂約二〇グラムを代金五万円で譲り受け、

第二  同年一〇月二八日ころ、前同所において、前同人から大麻樹脂約六グラムを代金一万二五〇〇万円で譲り受け、

第三  同年一一月八日、同区六本木三丁目一番二九号梅原ビル三二号被告人方居室において、大麻樹脂約4.907グラム(昭和五五年押第二二号の一を含むもの)を所持し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

一大麻取締法が違憲であるとの主張について

弁護人主張の要旨は、(一)従来、大麻には人体に及ぼす各種の有害な作用があるといわれてきたが、現在では若干の精神的依存性の存在が肯定されるだけで、その他の有害な作用とされるものはことごとくその存在が否定されている。したがつて、大麻の所持等を懲役刑を以て規制する必要性はなく、このような規制は、大麻吸飲の自由という幸福追求権を侵害するものであるから、大麻取締法は憲法一三条に違反する、(二)大麻の有害性が証明されない限り、その所持等を禁止した規定は合理性を有するものとはいえず、したがつて、大麻取締法は、刑事実体法の規定内容に合理性のあることを要求している憲法三一条に違反する、(三)人体に有害であるアルコールやたばこの使用等の自由が保障されているのに、それよりもはるかに害の少ない大麻が刑罰による規制の対象とされているのは、大麻吸飲者に対する不合理な差別であり、したがつて、大麻取締法は憲法一四条に違反する、というにある。

弁護人の右主張はいずれも大麻の有害性が絶無又は極めて軽微であつて、刑罰を以て規制するに値しないことを前提としているので、まず、この点について検討する。

京都地方裁判所昭和五二年(わ)第一〇〇三号大麻取締法違反被告事件の第九回公判調書写中の証人アンドリュー・ワイルの供述記載によれば、大麻使用の結果として、錯覚、幻覚、人格喪失、妄想、混乱、精神不安定等の諸症状が生ずることはあり得ることであり、また、大麻吸飲の経験のない者がこれを使用した場合「パニック反応」を起こすことがあるということが認められるのであり、更に、同証人がWHOの報告(「キャナビスの使用」―WHO科学研究グループ報告)との比較において、より信頼できる旨供述している「大麻及び薬物濫用に関する全米委員会の一九七二年報告」(「大麻に関する翻訳資料集」写昭和五五年押第二二号の四所収)には次のような記載がある。

「少量の……使用では、……最初の不安定感とはしやぎ状態は、やがて夢見心地の、気苦労のない解放感となる。時間と空間の拡大感などの感覚の変化がある。……より高い、中度の用量になると、これらと同じ反応がより高まるが、個人の変化はなお外部から見てもほとんど分からない。当の個人は急激な感情の変化、感覚像の変化、注意力の減退及び思考断絶、発想の飛躍、直近記憶の障害、連想障害、自意識の変化そしてある者にとつてはどう察力の高揚感といつた、思考表現体系の変化を経験するかもしれない。非常に多量の使用の場合は、幻覚症状が起こるかもしれない。その中には肉体感覚のゆがみ、自意識の喪失、感性的精神的幻想、幻覚などが含まれている。」(48頁以下)

以上のとおり、大麻が精神薬理的作用を有し、その使用量が多量となつた場合には幻覚等を生ずることが認められるのであり、更に、右全米委員会の報告によれば、大麻の使用経験の浅い者においては、少量の使用によつても右のような症状が生じ得ることが明らかにされている。このような点からすれば、大麻が人体に有害であることは明らかであり、大麻の栽培、輸出入、譲受、所持等を刑罰を以て規制することは当然許容されるところといわなければならない。そして、大麻の有害性が肯定される以上、大麻の所持、使用等のどの範囲に法的規制を加え、それにどのような刑罰を以て臨むかは、原則として立法政策の問題であり、大麻に従来考えられてきた程の強い有害性がないとの認識が拡がりつつある現在においても、酌量減軽や執行猶予の制度の存在することをも考慮するならば、懲役刑のみを定めた現行の大麻取締法の刑罰が不合理な程重いものとは認められない。

また、アルコール等との比較についてであるが、大麻とアルコール又はたばことは、心身に及ぼす作用が異なるため、それぞれの有害性の強さを比較すること自体必ずしも当を得たものとは認め難いうえ、アルコール等に対する規制(例えば「未成年者飲酒禁止法」)が大麻に対する規制と比較して著しく弱いものとなつているのは、アルコール等に有害性がなく又はそれが極めて軽微であるためというよりは、むしろ、これらの物がわが国の社会において嗜好品として長年月にわたつて定着してきたものであり、また、それのもつ社会的効用についてもある程度積極的評価を与えられているからであつて、わが国においては、古来、吸飲の習慣がなく、現代においても、その使用等について社会の厳しい態度が維持されている大麻につきアルコール等と同程度の弱い規制にしなければならない理由は存しないといわなければならない。

以上のとおり、弁護人の違憲に関する主張はいずれもその前提を欠くものであつて、採用できない。

二大麻取締法一条の「大麻」であるとの証明がないとの主張について

弁護人の主張の要旨は、(一)カンナビス属に属する植物にはサティバ種以外にも、インディカ、ルーデラリス等複数の種が存在するところ、大麻取締法は、このうちサティバ種のみを規制の対象としているのであるが、加工されたカンナビス属植物においては、それがサティバ種であるか否かの鑑定は不可能であり、したがつて、本件大麻樹脂とされる物質が大麻取締法にいうところの大麻すなわちカンナビス・サティバ・エルであるという点については証明がない、(二)本件鑑定は杜撰であり、鑑定経過に記載されている試験だけでは、鑑定資料が大麻であるか否かの判定は不可能なはずである、というにある。

大麻取締法は、その一条において、同法が規制の対象とする大麻の定義を行い、「この法律で『大麻』とは、大麻草(カンナビス、サティバ、エル)及びその製品をいう。」としている。すなわち、大麻取締法は、学名カンナビス・サティバ・エルなる植物をその規制の対象としているのであるが、いかなる範囲の植物がこれに属するかということについては、植物分類学をはじめとする植物学者その他大麻研究者等による研究の成果を踏まえつつ、大麻取締法の立法の経緯、同法の目的等を総合して合理的に解釈すべきである。

証人伊藤浩司に対する当裁判所の尋問調書によれば、少数の反対説は存するものの、カンナビス属はサティバ種一種のみから成るとするのが植物分類学界の支配的見解であるものと認められるものであり、証人石川元助に対する当裁判所の尋問調書によれば、同証人は「種」を細分化する考え方に立ち複数種のカンナビス属植物の存在を認める説を採るものであるが、同証人においても、カンナビス属が複数種であるとするのが植物分類学界の大勢であると主張するものではなく、更に、カンナビス属に属する植物をカンナビス・サティバ・エルという概念に包摂して捉える考え方も成立し得るものとしているのである。以上のとおり、カンナビス属はサティバ種のみから成るとする一属一種説が植物分類学者間の支配的見解であるものと認めることができる。因みに、弁護人提出にかかる「大麻に関する翻訳資料集」写中の「大麻及び薬物濫用に関する全米委員会の一九七二年報告」には「マリファナとは、キャナビスサティバムという植物からとつた調合剤のことである。」(43頁)との記載が、「キャナビスの使用―WHO科学研究グループ報告」(右翻訳資料集写所収)には「植物学的に言えば、現在はただ一種類のキャナビスのみが認められている(C・サティバ・L)が、過去においては、世界のいろいろな場所で発見されるものに別々の称号がつけられていた(例えば、キャナビス・インディカとキャナビス・アメリカナ)。(162頁)との記載があり、これから考えても、大麻研究者の間では、カンナビス属はサティバ種のみから成るとする見解が支配的なものとなつているものと考えられる。

また、大麻取締法一条の規定の仕方あるいはその立法の経緯に照らしてみても、同法の立法に際し、複数種のカンナビス属植物の存在を前提としたうえで、特にサティバ種のみを規制の対象とし、その他の種を除外したものとは認められないし、更に、大麻取締法による規制は、カンナビス属植物の含有する成分の心身に対する薬理的作用に着目してなされているものであるところ、その成分はテトラヒドロカンナビノール(THC)であるとされており、これがカンナビス属植物中に含有される成分であることから考えても、弁護人の主張する如く、植物分類学上の少数説を敢えて採用してまで、大麻取締法の規定を限定的に解釈すべき合理性を見出すことはできない。

次に、本件鑑定が杜撰であるとの主張について検討する。豊原知恵の麻薬取締官、検察官に対する各供述調書謄本及び被告人の当公判廷における供述によれば、被告人が判示第一、第二のとおり二回にわたり豊原知恵から譲り受けた大麻樹脂は、いずれも豊原がマイケル・パーカーから譲り受けたもので、その形状も同様のものであつたことが認められるのであり、いずれも同質の大麻樹脂であつたものと考えられるのであるが、本件においては、これら大麻樹脂についての鑑定は、豊原方から押収された物件と被告人方から押収された物件のそれぞれにつき行われており、そのいずれについても大麻取締法一条に規定する大麻である旨の鑑定結果が得られているのである。そして、その鑑定を行つた者は、関東信越地区麻薬取締官事務所鑑定官武田元及び近畿地区麻薬取締官事務所鑑定官遠藤勝の両名であつて、いずれも大麻の鑑定についての専門家と認めるべき者であるから、同人らによつて行われた鑑定の結果は十分信頼に値するものと考えられる。ところで、荒居茂夫作成の調査報告書には、右の武田元作成の鑑定書について、その鑑定経過に関する記載が簡潔に過ぎ、ただ結論のみを記載したものに過ぎない旨の批判がなされているのであるが、それは、鑑定書にはどの程度詳細な記載をすべきかという点についての見解の相違に基くものに過ぎず、右武田元の鑑定の結果の正確性に疑いを生ぜしめるべき事柄ではないうえ、右調査報告書の記載は、例えば、「問題の試料は大麻かも知れないが、他の物質であるかも知れない」「本鑑定書の試験成績は予試験的試験結果の羅列に過ぎず、これによつて断定的結論が与えられる性質のものではない」といつた抽象的・観念的な批判の記載にとどまつており、右鑑定において用いられた各試験の結果と同一の成績を得られる物質としては、大麻以外に具体的にどのようなものが考えられるかといつた具体的記載が一切存しないのであつて、本件鑑定書の信憑性を左右するに足るものとは認め難い。更に付け加えるならば、右調査報告書において、大麻であることの証明力を強化するための手段として使われるべきであると指摘されているガスクロマトグラフィーは、遠藤勝の鑑定において用いられているのであり、それによつて得られた結論も大麻であるとしていることは前示のとおりである。以上のとおり、本件で被告人が譲り受け又は所持した物件が、大麻取締法一条の規定する大麻であることについては合理的疑いを容れる余地がないものと認められる。

三可罰的違法性がないとの主張について

弁護人の主張は、大麻取締法の規定する所持には、本件のような少量大麻の単純所持は含まれず、あるいはこのような所持は可罰的違法性がないというにあるが、大麻取締法の規定を弁護人主張のように限定して解釈しなければならない合理的な理由はないものと認められる。

以上のとおり、弁護人の主張はいずれも理由がない。

(法令の適用)

罰条

大麻取締法二四条の二・一号、三条一項

併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条

(犯情の最も重い判示第一の罪の刑に加重)

執行猶予

刑法二五条一項

没収

刑法一九条一項一号、二項

訴訟費用

刑事訴訟法一八一条一項本文

(鈴木輝雄)

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