大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)12号 判決 1980年9月09日

東京都千代田区内幸町一丁目二番二号大阪ビル

第二号館八六四号

原告

吉永多賀誠

東京都千代田区神田錦町三丁目三番地

被告

麹町税務署長

山下文義

右指定代理人

根本真

古俣与喜男

小笠原忠

座親孝行

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  被告が昭和五三年三月一一日付けでした原告の昭和四九年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、弁護士であるが、昭和四九年分所得税について、昭和五〇年三月一三日次のような内容の確定申告を行った。

所得金額 三、一二三、〇五七円

うち事業所得 二、〇五五、〇五七円

うち給与所得 一、〇六八、〇〇〇円

所得から差引かれる金額 七五八、六三〇円

課税される所得金額 二、三六四、〇〇〇円

右に対する税額 三一八、六〇八円

2  被告は、原告の右確定申告に対し、昭和五三年三月一一日次のような内容の更正及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件更正処分」という。)を行った。

所得金額 三、四一五、〇五三円

うち事業所得 三、四一五、〇五三円

うち給与所得 〇円

所得から差引かれる金額 七五八、六三〇円

課税される所得金額 二、六五六、〇〇〇円

右に対する税額 三七三、一二〇円

過少申告加算税額 二、七〇〇円

3  原告は、前記確定申告において、給与所得に係る収入金額一、六二五、七七二円、給与所得控除額五五七、七七二円、給与所得一、〇六八、〇〇〇円と申告したが、右収入金額のうち一、三五九、九九六円は、原告が弁護士として会社等との間で締結した法律顧問契約に基づき、仕事の有無にかかわらず一定の時期に一定の金額で支払われたいわゆる顧問料である。原告は、右顧問料一、三五九、九九六円(以下「本件顧問料」という。)を右のとおり給与所得を構成する収入として申告したが、被告は、これを給与所得ではなく事業所得であると認定し、同金額を原告申告の事業所得二、〇五五、〇五七円に加算して本件更正処分を行ったものである。

4  そこで、原告は、本件更正処分を不服として、昭和五三年三月一五日付けで国税不服審判所長に対し審査請求を行ったが、昭和五四年一月一〇日付けで請求棄却の裁決を受けた。

5  しかしながら、本件顧問料一、三五九、九九六円を事業所得とした本件更正処分は違法である。

すなわち、所得税法二七条一項は、「事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得をいう。」と規定しているが、同条二項は、事業所得の金額はその年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とすると規定し、同法三七条一項は、その年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は事業所得の総収入金額を得るため直接に要した費用の額及び事業所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする旨規定し、更に同法六九条一項は、事業所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、これを他の各種所得の金額から控除する旨規定している。これらの規定から明らかなように、事業所得とは、資本を投下し、経費を支出し、損失の危険を負担して継続的に行う営利活動の中から生ずる所得であって、当該収入に関する権利がいわゆる客(あらかじめ特定していない委任者、注文者等)との取引(受任、受注等)の都度発生し、その額も右取引の都度決定されるのである。

一方、所得税法二八条一項は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費、年金、恩給及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」と規定しており、当事者間に雇用、委任、請負等の労務提供に関する契約が事前に存在し、当該契約によりあらかじめ継続的な労務の提供と、その対価の額及び支給期が決められていて、これに基づき定期に定額で支給される労務提供の対価が給与である。

同じ労務の提供に対する報酬であっても、労務の提供及び報酬支払の法律関係いかんにより事業所得になるか給与所得になるかが区別されるのであって(提供する労務の内容が独立的か非独立的かにより区別されるのではない。)、経費の支出と損失の危険を伴う業務の取引の一環として労務の提供がなされ、その対価として当該取引の都度支払額と支払期の決定される報酬に係る所得は事業所得であり、あらかじめ存在する継続的労務供給契約の定めにより、定期に定額で支給される報酬に係る所得は給与所得である。

弁護士と顧問会社との間の法律顧問契約においては、顧問会社は顧問弁護士に対し、随時法律問題に関する意見を求める権利を取得するとともに、定期に定額の報酬を支払う義務を負担し、顧問弁護士は顧問会社に対し、右法律問題について応答する義務を負担するとともに、仕事の有無にかかわらず定期に定額の報酬を受給する権利を取得するのである。原告の受領した本件顧問料は、右のような法律顧問契約による事前の定めにより、定期に定額で支給された報酬であり、しかもこれを得るために格別の経費を必要としないばかりでなく、危険負担もないのであるから、本件顧問料に係る所得は給与所得であって事業所得ではない。

なお、昭和二六年一月一日付け直所一-一「所得税法に関する基本通達について」国税庁長官通達(以下「昭和二六年国税庁長官通達」という。)一〇七項は、「弁護士、税務代理士、医師のような自由職業者が会社等から受ける顧問料、手当等は、その支払を受ける時期および金額があらかじめ一定しているいわゆる固定給である等給与所得であることの明らかなものを除いては、これを事業所得とする。」と規定していたが、本件顧問料は、その支払を受ける時期及び金額があらかじめ一定していたもので、同通達に照らしても給与所得であることが明らかである。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因1ないし4の事実は認めるが、同5の主張は争う。

三  被告の主張

1  原告は、昭和四九年分所得税の確定申告に当たり、同年中に別表記載のとおり株式会社菅谷ら七つの会社又は財団法人(以下「本件各顧問会社」という。)から受領した本件顧問料一、三五九、九九六円及び株式会社銀座ニューセントラルビルから受領した監査役の報酬二六五、七七六円の合計一、六二五、七七二円を給与所得に係る収入金額に算入した。しかし、被告は、本件顧問料は事業所得に該当するものと認定し、これを給与所得の収入金額から除外して原告申告の事業所得二、〇五五、〇五七円に加算し、原告の事業所得を三、四一五、〇五三円とした。そして、給与所得の収入金額を監査役報酬の二六五、七七五円のみと計算したうえ、これに所得税法二八条四項の規定を適用し、給与所得を零円とし、本件更正処分を行ったものである。

2  一般に、所得税法にいう事業所得とは、自己の計算と危険において対価を得て継続的に行う業務から生ずる所得と観念すべきであり、他方、同法にいう給与所得とは、雇用関係又はこれに準ずべき関係(例えば会社の役員等委任関係の場合もある。)に基づく非独立的労務の対価と観念すべきであって、この両者の異同は、所得の生ずる業務の遂行ないし労務の提供が、前者は自己の計算と危険において独立性をもってなされるのに対し、後者は対価支払者の支配、監督に服して非独立的になされるとともに自己の計算と危険を伴わない点にある。

3  これを本件についてみると、原告は、第一東京弁護士会に所属する弁護士として、昭和四九年当時、肩書地に自己名義の法律事務所を有し、使用人三人を使用して、特定の事件処理のみならず、法律相談、鑑定等の業務を含めた弁護士業務を営んでいた。そして、原告は、本件各顧問会社との間において、原告が本件各顧問会社からの法律相談ないし鑑定の依頼に応じて随時法律家としての意見を述べる旨の法律顧問契約を締結し、同契約に基づき昭和四九年中に本件顧問料を受領したものであるが、同契約は、口頭によるもので、もとより勤務時間や勤務場所についての定めはなく、しかも常時数社との間で締結されていたもので、原告がこれにより特定の会社の業務に定時に専従する等の拘束を受けるものではなく、同契約に基づく法律相談等は、多くは電話により、時には顧問会社の担当者が原告の事務所に出向くことによりなされたものであって、原告自らが顧問会社へ出向くということは全くなかった。また、右の法律相談等は、あらかじめ定まった時に定期になされたわけではなく、顧問会社が必要とする都度不定期になされたもので、その回数も各社ともおおむね年に数回という程度であった。更に、本件各顧問会社は、本件顧問料の支払に当たり、これを弁護士業務に関する報酬又は料金として、所得税法二〇四条一項二号及び二〇五条一号の規定により所得税の源泉徴収をする反面、健康保険料などの社会保険料を本件顧問料の支払に際して徴収してはおらず、一方、原告も、同法一九四条一項に規定する「給与所得者の扶養控除等申告書」を顧問会社に提出していなかった。

4  右に述べた事実関係からすると、右法律顧問契約に基づき原告が行う業務の態様は、本件各顧問会社から監督、支配、介入等のなされる余地がほとんどなく、独立性を有するもので、本件各顧問会社と原告との関係を雇用契約又はこれに準ずる関係とみることは相当でなく、右業務は、原告が弁護士として行う法律相談等の業務と性格を同じくし、原告が自己の計算と危険において営む弁護士業務の一態様とみるべきものである。したがって、その対価たる本件顧問料は、事業所得というべきであり、本件更正処分は適法である。

なお、原告の引用する昭和二六年国税庁長官通達一〇七項は、昭和二七年四月三〇日付け直所一-六六「昭和二七年三月改正所得税法の取扱方について」国税庁長官通達(以下「昭和二七年国税庁長官通達」という。)二八項の「弁護士、税理士、公認会計士、計理士、会計士補等が当該役務の提供の対価として受けるものは、固定給等、給与所得であるものは給与所得とし、その他のものは報酬又は料金として課税すべきものであるが、支払を受ける時期及び金額があらかじめ一定しているもの等で給与所得であるかどうか明らかでない場合においては、当該弁護士、税理士等が当該支払者に専属しているかどうかにより判定することに取り扱うこと。」との規定に抵触するものとして廃止された。また、昭和二七年国税庁長官通達二八項も、「法律、政令等の規定により明らかなものまたは条理上当然のことを定めたもので、通達として存続することを適当としないもの」として、昭和四五年七月一日付け直審(所)三〇「所得税基本通達の制定について」国税庁長官通達によって廃止されている。しかし、いずれにしても、右各通達は、その内容からして、原告の主張の正当性を裏付けるものとはいえない。

四  被告の主張に対する原告の認否

被告の主張1及び3の事実は認めるが、2及び4の主張は争う。右3に掲げる各事実は、いずれも本件顧問料を事業所得とすることの理由となり得るものではない。なお、原告の事務所は八階建ビルディングの最上階にあって、いわゆる振りの客が法律相談に訪れることはなかった。

第三証拠

一  原告

乙号各証の成立は不知。

二  被告

乙第一号証ないし第六号証

理由

一  原告の請求原因1ないし4並びに被告の主張1及び3の事実については、当事者間に争いがない。したがって、本件における唯一の争点は、本件顧問料が原告主張のように給与所得を構成する収入か、あるいは被告主張のように事業所得を構成する収入かにある。

二  所得税法は、個人の所得をその源泉ないし性質によって一〇種類に区分し、その中の一つである事業所得につき、二七条一項で「事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。」と定義し、所得税法施行令六三条は、右の政令で定める事業として、一号ないし一一号で農業等の具体的業種を掲げるとともに、一二号で「前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業」と規定している。これらの規定から考察すれば、事業所得とは、自己の計算と危険において対価を得て継続的に行う業務から生ずる所得で、山林所得又は譲渡所得に該当しないものをいうことが明らかである。

他方、所得税法二八条一項は、所得区分の一つである給与所得につき、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費、年金(過去の勤務に基づき使用者であった者から支給されるものに限る。)、恩給(一時恩給を除く。)及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」と定義しているが、ここに例示された収入種目の法律的意義と社会通念に照らせば、給与所得とは、雇用契約又はこれに準ずる法律関係に基づき、対価支払者の時間的、場所的拘束の下で継続又は反覆して自己の労務を提供することにより得られる対価で、自己の計算と危険を伴わないものをいうと解される。

したがって、事業所得と給与所得の基本的な違いは、所得の生ずる業務の遂行ないし労務の提供が、前者は自己の計算と危険において独立的になされるのに対し、後者は自己の危険と計算によらずに対価支払者の時間的、場所的支配に服して非独立的になされる点にあるといえるから、ある所得が両者のいずれに該当するかは、具体的事案における業務の遂行ないし労務の提供の態様を総合的に考察して判定すべきであって、当該業務の遂行ないし労務の提供に関する法律関係が事前に存在しているか否か、また、その対価が定期に定額で支払われるものであるか否かという形式的基準によりいちがいにこれを決することはできない。

三  これを本件についてみるに、次の事実については当事者間に争いがない。

原告は、昭和四九年当時、第一東京弁護士会に所属する弁護士として、肩書地に自己名義の法律事務所を有し、使用人三人を使用して継続的に弁護士業を営んでいた。そして、原告は、本件各顧問会社との間において、原告が本件各顧問会社からの法律相談ないし鑑定の依頼に応じて随時法律家としての意見を述べ、これに対し本件各顧問会社が右法律相談等の有無にかかわらず一定の時期に定額の報酬を支払う旨の法律顧問契約を締結し、同契約に基づき昭和四九年中に本件顧問料を受領したものであるが、同契約は常時数社との間で各別に締結されていたもので、同契約には勤務時間や勤務場所についての定めはなく、原告がこれにより特定の顧問会社の業務に定時に専従する等の拘束を受けるものではなく、同契約に基づく法律相談等は、多くは電話により、時には顧問会社の担当者が原告の事務所に出向くことによりなされたものであって、原告自らが顧問会社へ出向くということは全くなかった。また、右の法律相談等は、あらかじめ定まった時に定期になされたわけではなく、顧問会社が必要とする都度不定期になされたもので、その回数も各社ともおおむね年数回という程度であった。

右争いのない事実関係によって原告の業務遂行ないし労務提供の態様をみると、原告が本件各顧問会社に対し法律家としての意見を述べる仕事は、その性質において本来の弁護士業務と別異のものではなく、また、原告は、右法律顧問契約により顧問会社から法律相談等を受けたときはこれに応ずる義務を負担してはいたものの、各顧問会社が一方的に定める時間的、場所的支配の下に自己の労働力を置き、法律上の助言という労務の提供をしたものではなく、自己の法律事務所において自らの都合に従って本来の弁護士業務を遂行する経過の中で、年に数回程度顧問会社の求めに応じ多くは電話により、時には同事務所を訪れてきた顧問会社の担当者に対し法律上の助言を行っていたものであるから、それは、その仕事の仕方においても独立的であり、原告の営む事業である弁護士業務の一環をなすものとみるべきである。したがって、その対価である本件顧問料は、給与所得ではなく事業所得であるというべきである。

原告は、本件顧問料は本件各顧問会社との間であらかじめ締結された継続的労務供給契約に基づき定期に定額で支給された労務供給の対価であって、給与所得に該当すると主張するが、右のとおり、原告は一定時間自己の労働力そのものを給付することを約したというよりも、自己の弁護士業務の中で法律上の助言を与えることを約したことが明らかであって、その対価があらかじめ一定の期間を単位に取り決められていたとしても、弁護士が通常その業務の一つとする法律相談の対価であることには変わりはなく、これを給与所得ととらえることは困難である。

また、原告は、本件顧問料は格別の経費も危険負担も伴っていないから事業所得といえない旨主張するが、経費の多寡によって事業所得であるか否かが定まるものではないうえに、本件各顧問会社に対する法律上の助言そのものを独立して取り出せば、格別の危険負担を伴うものではないといえるにしても、それは原告の弁護士業務の一環をなすものであって、なお原告の計算と危険において行われたものというに妨げはない。

なお、原告は、その主張の論拠の一つとして、昭和二六年国税庁長官通達を挙げるが、右通達は、被告の主張4記載のとおり、既に廃止されていることが明らかであり、これをもって原告の主張を裏付けることはできない。

四  したがって、被告が本件顧問料を原告の事業所得と認定し、その認定に基づき本件更正処分をしたことに何ら違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 泉徳治 裁判官 岡光民雄)

別表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例