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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)68号 判決 1983年6月28日

原告

菊田昇

右訴訟代理人

佐藤義行

中利太郎

小林清巳

柳瀬康治

山浦善樹

道本幸伸

佐々木泉

阿部三郎

長澤由紀子

大山皓史

被告

厚生大臣

林義郎

被告

右代表者法務大臣

秦野章

右両名指定代理人

一宮税夫

外三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告厚生大臣が昭和五四年六月八日付でした同月一五日から同年一二月一四日までの期間原告に対し医業の停止を命ずる処分を取り消す。

2  被告国は原告に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年六月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第2、3項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨の裁判及び担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は昭和二五年に医師免許を受け、昭和三三年一〇月以降宮城県石巻市に開設した菊田産婦人科・肛門科医院において医療に従事してきた医師である。

2  原告は、人工妊娠中絶(以下「中絶」という。)の施術を求めるなど子の養育を望まない女性から出生した新生児をその養育を希望する者が出産したとする内容虚偽の出生証明書を発行してその者に子の引渡しをあつせんし戸籍上もその者の実子として登載させたこと(以下「実子あつせん行為」という。)について、昭和五三年三月一日医師法違反・公正証書原本不実記載・同行使の罪により仙台簡易裁判所において略式命令により罰金二〇万円に処せられた(以下これを「本件刑事処分」という。)。

3  被告厚生大臣(以下「被告大臣」という。)は昭和五四年六月八日付で原告に対し医師法七条二項の規定に基づき同月一五日から同年一二月一四日までの期間医業の停止を命ずる処分(以下「本件処分」という。)を行い、同処分にかかる命令書は同年六月一四日原告に到達した。

4  本件処分には次のような手続的違法事由があるのでその取消しを免れない。

(一) 相手方に不利益を与える行政処分は、白色申告にかかる所得税、法人税の更正処分のような継続的、大量的かつ回帰的な処分でない限り、処分の公正と適正手続の履行を担保しかつ不服申立ての結果について予測可能性を与える意味から、その理由の附記が要求されていると解されるところ、本件処分についてはその命令書に「医師法七条二項の規定に基づき」との概括的な記載があるのみで、このことから原告が同項のいかなる事由に該当したため本件処分がなされたかを確認することは不可能であるというべきであるから、本件処分はその理由の附記がないことに帰する。

(二) 不利益な行政処分を受けるべき者に対し法律の規定により事前に弁明の機会が与えられ、かつその聴取書の作成・保存が義務づけられている場合には、聴取書の正確性と発問の妥当性を担保するため、弁明を行う者に当該聴取書を読み聞かせたうえその正確であることを附記させて署名・捺印を求めることが必要であると解すべきところ、医師法七条五項、七項によれば同条二項の処分を行うにあたつては処分を受けるべき者に弁明の機会を与えかつ弁明聴取書の作成・保存を行うものとされているのに、本件処分にあつては原告は昭和五三年一一月一三日宮黒保健所において弁明の機会が与えられたものの、その場で弁明聴取書は作成されず、したがつて原告も同時に出頭した代理人たる弁護士もその読み聞け及び署名・捺印の機会がなかつたのであるから、本件処分は弁明聴取書の作成を欠くものというべきである。

(三) 宮城県知事が右の弁明の機会を与えるべく医師法七条五項に基づいて原告に発した通知書には、処分をなすべき事由として同法四条二号にいう「罰金以上の刑に処せられたこと」のみが掲記されていたため、原告及び代理人は右の弁明にあたつては専ら右事由に関してのみこれを行いまたこの点に限定した代理人の陳述書を提出した。しかるに本件処分が原告に告知される際に口頭で伝達された被告大臣の「処分を決定するに当つての基本的考え方」という見解によれば、本件処分はほかに多数の「実子あつせん行為」を継続したことにつき同法四条三号に掲げる「医事に関し不正の行為があつた」こと及び同法七条二項にいう「医師としての品位を損するような行為があつたとき」にも該当するものとして行われたことが明らかである。したがつて本件処分は右の二つの事由につき同法七条五項所定の弁明をする機会を原告に与えないでしたというべきである。

(四) また被告らは、被告大臣が本件処分を行うについては本件刑事処分にかかる一件の「実子あつせん行為」以外の二〇〇件余の同種の行為を考慮したという。しかしながら相手方に不利益を与える行政処分にあたつて斟酌することのできる処分の対象となつた事実の背景・動機等は、それ自体独立の処分の対象とならない付随的な事情に限られるのであつて、それゆえこれに対する防禦の機会を別個に与える必要はないのである。本件処分において考慮された二〇〇件余の「実子あつせん行為」はいずれもその一つで医師法七条二項に定める処分の対象となりうるのであるから、本件処分は実質的にこれら多数の行為もその処分の対象としたというべきであり、その意味から本件処分ではこれらの事実について同法七条四項ないし六項が定める防禦のための手続を履践していないというべきである。

(五) 被告大臣が本件処分にかかる命令書を原告の妻に交付したのは昭和五四年六月一四日午後一時ころであり、その内容はこれより約一一時間後の翌一五日から原告に医業の停止を命ずるものである。これは、原告が相当数の入院患者を擁しその再入院先・代替医師の確保、移動等には相当の日時を要することを十分に予測しながら、あえて切迫した時期に本件処分を原告に送達してきたというほかはない。右命令書の日付が同月八日となつていることをも考えれば、本件処分は被告大臣があえてその命令書の交付を遅滞させて入院先を奪われる患者の困惑とこれに対処する原告の犠牲を招来させて医業停止以外の効果を企図したものであるか、また少なくとも入院患者や胎児の生命に著しく配慮を欠いたものというべきであつて、公序良俗に反する行政処分であるとともに、行政処分権の濫用によるものである。

5  次に本件処分には次のような実質的違法事由があるので、この点からも取消しを免れない。

(一) 原告が本件刑事処分の対象となつた所為により本件処分を受けたものとすれば、これは昭和五〇年一二月一八日の行為であるところ、原告の行つた「実子あつせん行為」については賛否両論があり法務大臣もこれに対する刑事訴追については慎重な態度を示していたにもかかわらず、被告大臣は右の行為から四年半もの後にこれを理由として突如として本件処分を行つたもので極めて異例であり、同被告の不当な意図が察知されるのであつて、本件処分はその動機に不正があり、裁量権の濫用の違法がある。

また本件処分を審議した医道審議会では、原告の行為そのものの当否や社会的背景よりもそのやり方やアピールの仕方が主に議論されるなど感情的・制裁的な動機により意見が形成されたものであるから、これをそのまま採用して決定された本件処分も違法なものといわなければならない。

(二)(1) 原告が「実子あつせん行為」の実行を決意したのは次のような理由による。

すなわち、胎児が母体外において生命を保続できるまでに成長し法律上中絶をなしえない段階に達した(優生保護法二条二項、一四条一項)にもかかわらず、なお中絶の施術を求めて医師を訪れる女性があとを絶たないが、これらの女性は胎児が婚姻外の子であるなどの理由により世間体を恥じあるいは将来を案じるなどして出産を勧めても頑なに拒否し、中絶の施術を断わられると他の医師等のもとで出産のうえ新生児を殺害するか遺棄するのが必至であり、また医師等によつては求めに応じて堕胎させたうえ直ちに新生児の生命を断つものがあるのも事実である。これらの女性も自己の子の生命を奪うことを望んでいるわけではなく、戸籍上出産の事実が記載されることを嫌忌しているにすぎず、養子縁組をすすめてもこれに応じない場合が多い。養子縁組ではいつかは出生の秘密が暴露されるからである。このような特殊の事例については、現行の養子制度、戸籍制度は適応しないというべきであり、これらの女性の胎児(新生児)の生命を救うには母子の法律上の親子関係を断絶してやるほかはない。そこで原告は、他人の子を自己の子として養育したいと願う子に恵まれない者との間で「実子あつせん行為」を行う以外に方法はないものと考え、その際虚偽の出生証明書を発行することも生命の救済のためにはまたやむを得ないと判断したのである。そして原告は、中絶の時期を逸した後中絶を求める女性に対しては、まず出産を、ついで養子縁組を強く勧めるのであるが、これらに応じない女性の場合、すなわち真に胎児(新生児)の生命が危機に頻しているという緊急避難と目すべきようなやむを得ない事例に限り、胎児(新生児)の生命と母親の幸福を守るため、事実上の養親の能力・環境が子の福祉に合致していることを調査のうえ、「実子あつせん行為」を行うこととしたのである。

もちろんこれによる近親婚のおそれ、遺伝学上の弊害、子の地位の不安定という危惧等を招来することは否定できないが、右のような女性については子の生命の救済を何よりも優先させるべきであり、また現行法のもとでは非配偶者間の人工受精に規制のないこと、虚偽の出生届の提出は「実子あつせん行為」によらなくても相当数にのぼることなどを考えれば、戸籍が真実の親子関係を反映しないことは数多く存在するのであるから、被告らの主張する弊害や危惧は観念的なものにすぎず、「嬰児殺し」を防止する社会的努力が全くない現状では、「実子あつせん行為」はいささかも医師の職業倫理に反するものでないといえるのである。そして現に原告が「実子あつせん行為」をした子は皆幸せに育つており、全く問題が起きていない。

本件処分の理由となつたとされる本件刑事処分における「実子あつせん行為」についても、婚約者に逃げられ自殺のおそれの高かつた妊婦を対象に行つたもので、母親と胎児の生命を守るという崇高な医師の使命に基づいた行為であつて医師法の趣旨・目的にむしろ合致する行為というべきである。

また医師法七条二項の定める処分は前記の医師法の趣旨や同法が目的とする公益を維持する限度でのみ行われなければならないところ、医師による出生証明書の発行は、医師法の目的から必然的に要求されるものではないし、医師のみが作成しうるものではなく、あくまで医師の業務に付随した行為であり、また戸籍制度の秩序維持という公共の利益のための便宜には供するがそのことと国民の健康の確保などを目的とする医師法の趣旨とは何の関係ももたないのであるから、その内容を偽つた行為について医業停止等の処分を行うことは許されないというべきである。

(2) ところで医師法七条二項が定める医業停止の処分は、法形式上その期間に限定がなく医師免許の取消し処分による不利益を超える侵害を与えることも可能であるから、個別的な処分は医師法の目的に沿つて定立された一定の裁量基準に従つて行われることを要し、したがつて右の処分は常に覊束行為であり法規裁量行為であつて、被告大臣は、公衆衛生の向上及び増進、国民の健康生活への寄与という医師法一条により医師に課せられた任務を全うさせる限りにおいてのみその権限を行使しうるのである。そして医師法が国民の健康な生活の確保を図るべく医師免許制度を採用し、医師のみに医療を掌らせることとし、その趣旨・目的を保持するため一定の事由に該当したときは免許の取消し又は医業の停止を命じるものとした趣旨からすれば、形式的に処分事由に該当する場合であつても、右の趣旨・目的に反するものでない場合は、いかなる軽い不利益処分であつても違法となる場合がある。

すなわち、右の処分の対象となるべき行為が、国民の健康な生活の確保に支障となるものではなく、医師の免許にかかる医療行為という医師の独占的業務の活用にも関係せず、さらに医師の品位を害する行為でもないという消極的要件と、国民の健康・生命の保持に資する行為であるという積極的要件を備える場合には、医師法以外の領域における罪によつて刑事処分に処せられたとしても、当該行為は医師の基本的使命に合致するものとして、右の裁量権は無限に零に近づいて収縮し被告大臣の処分権限はなくなり右の処分を行うことは違法となると解すべきである。

(3) 本件処分にかかる「実子あつせん行為」においては原告は母と胎児の生命が危機に頻しているという典型的な事案について虚偽の出生証明書を発行したのであつて、これはまさに右の要件に当てはまる事例であるから、原告がかかる行為により罰金刑に処せられたことによつて医業停止等の処分の事由に形式的に該当するに至つたとしても、このような行為はむしろ医師法の目的に合致するものというべきであり、原告の行為により侵害された戸籍法上の秩序維持という法益とこれにより守られた胎児の生命という法益とを比較較量したとき、被告大臣が右の行為につき処分権を行使すること自体違法となるべきものである。

(4) 原告が行つた「実子あつせん行為」が前記のような動機・配慮のもとになされたことを考え合わせれば、本件処分は正当な比例関係に立たないのみならず、本件処分においては、原告の行つた「実子あつせん行為」についてその動機・目的に対する調査が全くなされず、原告の行為が医師の職業倫理に合致しこれにより胎児の生命が救われたことが考慮されず、胎児の生命を守るための手段として虚偽の出生証明書を作成したことがなぜ許されないのかとの点について判断が欠けているのであつて、本件処分はその判断要素の選択及び判断の過程において著しく合理性を失し、その結果は社会通念上著しく妥当を欠くもので、被告大臣の裁量権の濫用によりなされたものといわざるを得ない。

(三) 昭和四六年から昭和五四年までの間において医師法七条二項による処分が行われた事案について、これらの処分例に現われた傾向と本件処分の対象となつた行為とを比較すると、本件処分は明らかに裁量の範囲を著しく逸脱したものであつて平等原則・比例原則に違反するものであることが明らかである。

すなわち、右の期間に罰金刑に処せられたことにより医業の停止を受けた一四の事例をみると、その期間は四か月が一件あるのみで、次に重いのは三か月であり、その余は全て一か月以下である。また本件処分と同じ六か月の医業停止を命ぜられた事例は五件存するが、うち二件は医師の資格のない使用人に医療行為を行わせた事案であり、他の二件は虚偽の診断書の作成により保険金を詐取するなどした事案であつて、いずれも懲役刑を科されたものである。このように原告の行つた「実子あつせん行為」を直接人命に危害を及ぼしあるいは医師の行為に関連して刑法に触れる悪質な行為と同列に置く本件処分は原告を差別的に取扱うものである。

6  原告は、右のとおり違法な本件処分を受けたことにより、またこれが発表、報道されて医師としての信用が著しく失われかつ名誉を毀損されたことにより、多大の精神的苦痛を受けたが、これを慰藉するには金一〇〇〇万円をもつて相当とするので、被告国は国家賠償法一条一項により、被告大臣の故意又は過失による違法な前記行為により原告が受けた右損害の賠償として原告に対し右金員を支払う義務がある。

7  よつて原告は、被告大臣のした本件処分の取消しと、被告国に対し不法行為による損害賠償請求権に基づき右慰藉料金一〇〇〇万円とこれに対する同被告に本件訴状が送達された日の翌日である昭和五四年六月二四日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いとを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2(一)  同4(一)は争う。

(二)  同4(二)のうち、医師法七条二項による処分を受けるべき者について弁明の機会が与えられかつ弁明聴取書の作成・保存が義務づけられていること、本件処分にあたつて昭和五三年一一月一三日に宮黒保健所において原告が弁明を行つた際に原告の弁明聴取書がその場で作成されずしたがつて原告及びその代理人について読み聞けや署名・捺印の機会がなかつたことは認めるが、その余は争う。

(三)  同4(三)のうち、通知書に「罰金以上の刑に処せられたこと」の事由のみが掲記されていたこと、命令書が交付されるにあたつて被告大臣の見解が伝達されたことは認めるが、その余は争う。

(四)  同4(四)、(五)は争う。

3(一)  同5(一)は争う。

(二)(1)  同5(二)(1)のうち、原告が「実子あつせん行為」を行うに至つた動機、経過及び本件刑事処分にかかる事案において妊婦が自殺のおそれの高かつたことは不知、その余は争う。

(2)  同5(二)(2)(3)(4)は争う。

(三)  同5(三)は争う。ただし原告の主張する医業停止六か月の処分五件に関する事実は認める。

4  同6、7は争う。

三  被告らの主張

1(一)  行政処分は、これが相手方に不利益を与えるものであつても、法が要求している場合を除いて、その理由を附記しなくても違法となることはないと解すべきであり、継続的、大量的かつ回帰的処分に限り理由の附記が要求されていないというわけでもない。医師法には七条二項の処分に理由を附記することを命ずる規定はないから、本件処分にこれがないからといつて違法となることはない。

のみならず、医師法では右の処分を行うにあたつては事前に当該処分を受けるべき者に弁明の機会が与えられ、かつこれに先立つて書面をもつて処分の事由を通知することが義務づけられており(七条五項)、本件処分にあたつてもこれに従つて宮城県知事から原告に通知書が発せられ、これに処分をなすべき事由が記載されているから、原告のいう理由附記の趣旨は実質的に担保されているというべきである。

また右の通知書には処分の対象となる事実とそれが医師法四条二号に該当する旨が明記されており、本件処分が原告について「罰金以上の刑に処せられた者」に該当するとしてなされたことは明らかである。

(二)  医師法七条七項が作成を義務づける弁明聴取書について、同法は弁明を行う者にその読み聞けを行いあるいは署名・捺印を求めるよう規定しているわけではないから、このような手続を履践しなくても同条二項の処分が違法となることはない。

なお、宮城県知事は、本件刑事処分にかかる事実が医師法四条二号の事由に該当するものとして、同法七条五項に基づき同県衛生部次長をして原告から弁明の聴取をさせた。同次長によりまず原告の氏名等が確認され、次いで原告の代理人である佐々木泉弁護士から原告の弁明書及び同代理人の陳述書が提出され、続いて昭和五三年三月三日付読売新聞掲載の原告の手記及び同月一五日付朝日新聞掲載のインタビュー記事の内容に異議がないかとの問いに対し原告からは異議がない旨の応答があり、さらに原告から略式命令に同意した時点の心情についての弁明があつたのち、その他追加・修正すべきことがあるかとの同次長の問いに対し代理人から「原告及び代理人の弁明・陳述は提出したとおりである。」との回答があつた、という経緯で行われたが、弁明聴取書は以上の経過を客観的に記述したものが作成されており、原告及び代理人の署名・捺印のある弁明書・陳述書の写も添付書類とともに宮城県から厚生省に進達されているのであるから、医師法七条五項の手続は適法に履践されているというべきである。

(三)  原告は、本件処分にかかる命令書の交付にあたり伝達された被告大臣の見解によれば、本件処分は「罰金以上の刑に処せられた」ことのほかに「医事に関し不正の行為のあつた」こと及び「医師としての品位を損するような行為のあつたこと」という二つの事由によつてもなされている、と主張する。しかしながら一つの事実が右複数の事由に該当するとされることは法文上ありえないし、同被告の見解は処分事由を明らかにしたものではなく、本件処分を決定するにあたつての基本的な考え方を示したものにすぎず、本件処分が原告につき医師法四条二号に該当するとしてなされたことは前記のとおりである。そして前記の原告からの弁明の聴取とそのための通知も原告が同号に該当することを理由に行われていることは原告の主張するとおりであるから、本件処分の事由との間に不一致はない。

(四)  本件処分の対象となつた事実は本件刑事処分にかかる事実であり、原告が敢行した二〇〇件余に及ぶ同種事件は、右対象事実の動機ないし背景を理解するうえで参考とされたものにすぎず、これらが処分の対象とされたのではない。本件の事件がたまたま犯した一件なのか、それとも一つの考え方に従つて多数連続的に敢行された事件のうちの一件なのかは、医師としての職業倫理という面で大きな違いがあるから、右のような同種事件で知りえた対象事実の動機ないし背景は、本件処分にあたり極あて重要な意味をもつのである。

(五)  本件処分により原告の擁する患者についてその治療に支障が生じないように転医、代替医師の確保等を図る必要があるのは当然であり、したがつて被告大臣は本件処分を決定した昭和五四年六月八日夕刻宮城県衛生部と連絡をとり、石巻保健所長を通じて電話により原告に対し本件処分の内容を通知し、また翌九日の午前中には同保健所において同県衛生部長から原告に直接本件処分の内容を伝えさせ、同時に右両者の間で患者の取扱いについて話合いがもたれているのである。そして原告も、右の話合いの中でこれらの患者については責任をもつて転医等の措置を講ずる旨述べ、また同月一三日ころには同月一五日以降の代替医師を招聘する際の医療法上の手続について同県衛生担当部局に照会をし、現実には同月一五日以降同年七月四日までの間原告の義父にあたる鈴木八郎治医師が原告開設の医院において患者の診療にあたつていたのである。

右のとおりであるから本件処分が原告のいうように公序良俗に違反したり処分権の濫用となることはないというべきである。

2(一)  本件処分は前記のとおり原告が「罰金以上の刑に処せられた者」に該当するものとしてなされたのであるが、罰金以上の刑に処することは裁判所の専権に属するものである以上、被告大臣としては本件刑事処分をまつて本件処分を行わざるを得なかつたのであり、かつ本件処分はその後最初に開催された医道審議会の意見を聴いたうえなされているのであるから、本件刑事処分の対象となつた事実のあつた日から本件処分がなされるまでに四年半を経過しているからといつて同被告に不純な動機ないし意図があつたとはいえない。そして法務・検察当局の「実子あつせん行為」に対する判断も、本件刑事処分の請求により最終的に明らかにされたというべきである。

また原告は、医道審議会が本件処分にあたつて意見を述べるについて、原告の行為そのものの当否や社会的背景よりもむしろそのやり方やアピールの仕方を問題にしたというが、これはマスコミの誤つた報道を引用しているもので、感情的・制裁的な動機から医道審議会の意見が形式されたことはない。

(二)  本件処分は次のような観点からなされたものである。すなわち、「実子あつせん行為」に伴う内容虚偽の出生証明書の発行は、医師の作成する証明書類の社会生活上の重要性・信頼性を顧慮せず戸籍制度を根底から揺がす行為であり、「実子あつせん行為」による親子関係の人為的形成は将来における近親婚のおそれやこれによる遺伝学上の弊害を生み、遺伝子が疫学上究明しえないことによつて心身にわたる悪質遺伝子が子孫に継承されてゆくおそれを招来するものであるにもかかわらず、原告は医師として当然に了知しうるこれらの点に何らの配慮もなく安易にこれを行つたものである。

また未成年者を養子とするには、自己又は配偶者の直系卑属を養子とする場合を除いて、子の福祉を図る視点から慎重な調査を経て家庭裁判所の許可を得なければならないとされているのに、原告は事実調査を行うことなく原告とその妻の主観的判断のみによつてこれを潜脱する「実子あつせん行為」を行つたものであり、不実の親子関係の判明による心理的不安や法的紛争などのさまざまの問題についても配慮がなされていない。

しかも原告は本件刑事処分の対象となつた事案以外に約二二〇件もの「実子あつせん行為」を反覆継続しているのであつて、医師の職業倫理に背く程度は大である。のみならず、右の大部分については実親を探す手段を残していないのであつて、原告の「実子あつせん行為」は子の幸福に対する保障を欠き、関係者や社会に深刻な影響を及ぼすものである。

以上の諸事情を考えれば、本件処分は社会通念に合致した合理的な内容をもつものである。

(三)(1)  「実子あつせん行為」が種々の弊害を生むことは前記のとおりであり、また原告の主観的意思はともかく、これが客観的には緊急避難行為に該当しないことは明らかであつて、原告の行為はことの重要性に対する認識を欠き対処の仕方を誤つたものというほかはない。

さらに本件処分が戸籍制度の維持のみを考慮してなされたものでないことはもちろんであるが、原告のいうように出生証明書の発行が医師の付随的業務にすぎないとすることも誤りである。近年においては医療機関で分娩するケースはきわめて多く、かつその場合は医師が出生を証明することがほとんどであり、また医師の作成する証明書類は社会生活上重要かつ信頼すべきものであつて、それだけに法令上一定の効力が付与され、したがつて不正確なものが発行された場合には社会的に悪影響を及ぼすのであり、医師の証明業務は地域社会における医療を担う者としての主要な業務であるというべきである。

(2)  被告大臣は医師法や医療法、薬事法等関係諸法令に基づき厚生関係全般の事務を所掌している専門的行政機関であるから厚生関係の事情に通暁しており、また医師国家試験を行つて医師免許を与え(医師法二条、九条、一〇条)、その後も特定の場合には医師に対して医療又は保健指導に関し必要な指示をすることができ(同法二四条の二)、また病院・診療所等についてはあらゆる医療監視として必要な報告を求めたり立入検査をなしうる(医療法二五条一項)のであり、このような同被告の諸行政機関中における位置・役割及び医師と同被告との間の規制の関係等からすると、同被告が医師法七条二項による処分を行うかどうか、いかなる処分を選ぶか、医業停止を命ずるとすればその期間をどう定めるかは、同被告の広汎な裁量に任せられるのでなければ適切な結果を得ることはできず、かつ医師免許の取消しに比し医業停止においては同被告の裁量の幅はより広く認められているというべきである。しかもその裁量権の行使が司法判断の対象となつたときには、裁判所が裁量権の逸脱、濫用により違法となるかどうかを判断するにあたつては、処分をした行政庁と同一の立場に立つて当該具体的事案について裁量権の行使はいかにあるべきかを判断しその判断の結果を行政庁の判断に置き換えて結論を出すことは許されず、あくまでもそれが行政庁の裁量権の行使としてなされたものであることを前提として、その判断要素の選択や判断過程に著しく合理性を欠き社会通念上著しく妥当性を欠くところがないかどうかが判断されるべきである。本件においては前記のとおり原告の「実子あつせん行為」が医師の職業倫理に反する程度はきわめて大きく本件処分が社会通念上著しく妥当性を欠くものでないことは明白である。

(四)  行政処分における平等原則は、本来裁量権行使の基準すなわち処分の妥当性を確保するためのものと解すべきであるから、右原則の違背は原則として処分の当不当の問題を生ずるにとどまり、当然には裁量権の逸脱、濫用として処分の違法をきたすものではない。

また原告は医業停止六か月の処分がなされた他の事例とその刑事処分とを比較して本件処分の違法を論じるが、刑罰は犯罪のゆえにその行為者に対して加えられる非難であるのに対し、医師法七条二項の処分は医師の職業倫理という観点からなされるものであつて、両者は同列に論ぜられるものではない。さらに本件刑事処分にかかる「実子あつせん行為」はこれまで同種事例又は参考となる事例のないきわめて特殊、異例のケースであつて、他の処分例と比較することは当を得ないのであり、それゆえ医道審議会においても特に慎重な審議がなされているのであるから、原告の平等原則違反に関する主張は理由がない。

四  被告らの主張に対する原告の認否及び反論

1(一)  被告らの主張1(一)は争う。

(二)  同1(二)のうち、原告に対する弁明の聴取が被告ら主張の経緯で行われたことは認めるが、その余は争う。

(三)  同1(三)は争う。

被告らは本件処分が医師法四条二号に該当することのみをもつてなされたというが、被告大臣が命令書交付にあたつて伝達した見解は本件処分を離れては存在しえないし、本訴における被告らの「実子あつせん行為」に対する評価についての主張とも一致しているのであるから、その内容はすべて本件処分の理由となつているというべきである。これを処分理由ではないということはそれ自体事実に反するのみならず、処分事由を差換えてその適法性を主張することになり行政処分の同一性を損ねるものであり、許されない。

(四)  同1(四)は争う。

(五)  同1(五)のうち、本件処分の内容が昭和五四年六月八日に石巻保健所から電話により原告に伝えられたことは否認し、本件処分が公序良俗に反せず処分権の濫用とならないことは争い、その余は認める。

2(一)  同2(一)は争う。

(二)  同2(二)は争う。

(三)  同2(三)(1)(2)は争う。

被告らの裁量権に関する主張は公務員の懲戒処分における特別権力関係論を背景とした考え方であつて、医師法による行政処分の裁量論にこれをあてはめることは適切でない。また被告大臣は平素から医師の行動等に通暁しているわけではなく、厚生省が独自にこれらを調査して事実関係を確定することも困難であるのであるから、抽象的・一般的に厚生関係の事情に通じているなどの故をもつて同被告に具体的な処分について広い裁量権が与えられていると解することはできない。

(四)  同2(四)は争う。

「法の下の平等」の原則は法適用においても実質的平等であることを保障しており、行政権の行使が国民に差別的取扱いをもたらしその結果が法の定めた行政目的に著しく反する場合は行政処分が違法となるのは免れない。本件では原告の行つた「実子あつせん行為」が実質的に医師の基本的使命に沿う行為であるという点に着目しかつこれがこれまでの処分例と異なる特殊性であることを考慮したうえ他の処分例との比較がなされ平等原則の適用が考えられるべきである。

この意味から、刑事処分と行政処分とが別個の観点からなされるべきことはいうまでもないが、刑事処分の内容とその結果は行政処分の裁量判断の対象として考慮されるべきであり、本件刑事処分では原告の行つた複数の「実子あつせん行為」のうち一事例のみがその対象とされて他が不問に付され、法定刑のうち軽い罰金刑が選択されていることからも、原告の行為は単なる犯罪としてではなく人道的側面をもち人権にかかわる重大な問題を提起するものとして本件刑事処分にも多大の影響を及ぼしていることは明らかであつて、このことは行政処分においても重要視されるべきであつた。

したがつて本件処分は、本件刑事処分や他の処分例に比し不当に重く、原告を差別的に取扱い、かつ医師法の目的に違背してなされた違法なものである。

第三  証拠<省略>

理由

一原告が昭和二五年に医師免許を受け、昭和三三年一〇月以降宮城県石巻市に開設した菊田産婦人科・肛門科医院において医療に従事してきた医師であること、原告が行つた「実子あつせん行為」に関し昭和五三年三月一日本件刑事処分がなされたこと、被告大臣は昭和五四年六月八日本件処分を行いその命令書が同月一四日原告に到達したことはいずれも当事者間に争いがない。

二原告は本件処分が違法であるとして第一に手続的瑕疵の存在を主張するので、まずこの点につき順次判断する。

1  原告は本件処分にかかる命令書に理由の附記がないから本件処分は違法であると主張する。

しかしながら、医師法七条二項の処分を行うについて医師法は命令書にその理由の附記を要求していないし、特に法が要求している場合を除いて一般に被処分者に不利益を与える行政処分であつても、処分書に理由の附記を要するものと解することはできない。のみならず、医師法七条五項により本件処分に先立つて宮城県知事が原告に発した弁明の機会を与えるための通知書には、原告が本件刑事処分を受けたことにより同法四条二号の事由に該当するに至つたことが掲記されていたことは当事者間に争いがなく、原告が右事由につき弁明を行つたことはその自認するところであるから、原告は本件処分がなされるにつきあらかじめその理由を了知していたというべきであり、原告の主張する理由附記の趣旨・目的は本件処分にあつては達成されていたというべきであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  また原告は、医師法七条七項により作成・保存が義務づけられている弁明聴取書について、本件処分にあつては原告やその代理人に対し、読み聞けや署名・捺印の求めがなかつたから、結局その作成を欠くものであると主張する。

しかし医師法には弁明聴取書についてその読み聞けや弁明者の署名・捺印を要求する規定はなく、またかかる手続が法理上当然に要求されていると解することはできない。

そして本件処分に関しては、原告及びその代理人たる佐々木泉弁護士が出頭した弁明聴取の手続にあたつては、原告の氏名等の確認に始まり、同弁護士から原告の弁明書及び同弁護士の陳述書が提出され、宮城県衛生部次長の問いに対し原告から昭和五三年三月三日付読売新聞に掲載された原告の手記及び同月一五日付朝日新聞掲載の記事に異議はないとの答弁があり、さらに本件刑事処分における略式命令に同意した時点の心情について原告の弁明があつたのち、同次長の問いに対し同弁護士から「原告及び代理人の弁明・陳述は提出したとおりである」との回答があつた、という経緯により行われたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右の弁明にあたつては弁明聴取書が宮城県衛生部当局により作成されこれには右の経緯の概要がほぼ正確に記載されていることが認められ、原告も本訴において特にその内容を争うものでないから、本件処分につき弁明聴取書の作成は適法かつ正確に行われているというべきであり、原告のこの点に関する主張は理由がない。

3  次に原告は前記の通知書には処分事由として「罰金以上の刑に処せられた」ことのみが記載されていたのに、本件処分にかかる命令書交付の際に伝達された被告大臣の見解によれば「医事に関して不正の行為があつた」こと及び「医師としての品位を損するような行為があつたとき」の二つの事由もその処分事由としていることが明らかであるから、本件処分は右の二事由につき原告の弁明を聴かなかつた瑕疵があると主張する。

しかしながら、医師法七条二項による処分がなされるときに、同一の事実について「罰金以上の刑に処せられた」こと、「医事に関し不正の行為があつた」こと及び「医師としての品位を損するような行為のあつたとき」の各事由が重複して処分の理由とされることは同項及び同法四条各号の文言、趣旨からみてありえないことであるし、証人内藤冽の証言によれば、医師に対する処分は「罰金以上の刑に処せられた」という事由のみによつて行われるのが慣例となつており、本件処分も前記通知書に記載されたとおり右事由のみにより行われたことが認められる。

<証拠>によれば、宮城県衛生部長は本件処分にかかる命令書の交付を厚生省に報告した書面に被告大臣が本件処分について表明した見解につき「処分理由」と表題を付していること、証人菊田静江の証言によれば命令書受領にあたつては右の見解は処分理由である旨石巻保健所長から告知されたことがそれぞれ認められるが、右の<証拠>によれば、本訴における被告らの「実子あつせん行為」に対する評価についての主張(被告らの主張2(二))と軌を一にする被告大臣の右の見解は本件刑事処分にかかる原告の行為に対する評価を示したものにすぎず、医師法四条二号以外の事由を本件処分の処分事由とした部分もないから、これをもつて本件処分が右以外の事由をもつてなされているとすることは困難であり、原告の前記主張は理由がない。

4  さらに原告は本件処分を決定するにあたり本件刑事処分の対象とされた事実以外の二〇〇件以上の同種の行為が考慮されていることを論難する。

しかしながら、医師法七条二項による処分の種類、内容を決定するにあたりその処分の対象となるべき事実のみならずその背景、動機、情状等諸般の事情が考慮されるべきは当然であり、たとえそれが処分の対象となるべき事実と同種の事実であつてそれ自体独立して処分の対象となりうるものであつても、これらを情状等として斟酌することは妨げないものと解すべきである。そして<証拠>によれば、原告の同種の二〇〇件以上にわたる行為の反覆は、本件処分にあたつてその理由となつた本件刑事処分の対象たる事実について、原告の主観的意図、背景、医師としての倫理違背の程度などその内容を決するについて参考とされたものであつて、これらを実質的に処分の対象としたものではないことが認められるのであるから、この点に関する原告の非難も当を得ない。

5  原告は、被告大臣が本件処分にかかる命令書の交付を遅滞させ、医業停止の始期まで約一一時間の余裕しか与えなかつたことは、公序良俗に反し行政権の濫用にあたると主張する。

しかしながら、<証拠>によれば、医業停止の処分は処分決定の一週間後をその始期とするのが一般であるが、この場合でも命令書の交付を待たず処分決定後直ちに口頭で処分を受ける者に通知がなされていることが認められ、<証拠>によれば、本件処分にあたつても厚生省当局は本件処分が決定されるや即日宮城県衛生部から石巻保健所長を通じて電話により本件処分の内容を原告に通知させたことが認められ、また本件処分が決定された日の翌日である昭和五四年六月九日の午前中には石巻保健所において宮城県衛生部長から原告に直接本件処分の内容が伝えられたこと、その際原告の擁する患者の取扱いにつき原告と同部長との間で話合いがもたれ原告はこれらの患者につき責任をもつて転医等の措置を講ずる旨述べたこと、さらに同月一三日には医業停止の始期たる同月一五日以降の代替医師を招聘する際の医療法上の手続について原告が宮城県衛生担当部局に照会をしたこと、現実には同月一五日以降同年七月四日(本件処分の効力を停止する執行停止の決定が当事者に告知された日の翌日であることは当裁判所に顕著である。)まで原告の義父鈴木八郎治医師が原告開設の前記医院で患者の診療にあたつたことはいずれも当事者間に争いがないのであるから、右の事実によれば被告大臣は本件処分により原告の治療を受けている患者らに支障の生じないよう十分な配慮を行い、これがため原告も本件処分による患者らへの影響を最小限に止めることができたということができるから、原告のこの点に関する主張も理由がない。

三次に原告は、実質的違法事由として、本件処分はその動機に不正があるので裁量権の濫用の違法があると主張するのでこれにつき判断する。

1  まず原告は、「実子あつせん行為」については賛否両論があり法務大臣も刑事訴追には消極的であつたにもかかわらず、被告大臣が本件刑事処分の対象となつた原告の行為のあつた時から四年半もののちに本件処分を行つたことは、同被告の不当な意図のあらわれであり、本件処分はその動機に不正がある、と主張する。

本件刑事処分が昭和五三年三月一日なされたことは前記のとおり当事者間に争いがなく、<証拠>によればその対象となつた「実子あつせん行為」が行われたのは昭和五〇年一二月ころであること、<証拠>によれば、原告が多数の「実子あつせん行為」の実行を公表して間もない昭和四八年四月二五日法務大臣は「実子あつせん行為」についての刑事訴追については消極的である旨の見解を参議院法務委員会において述べたことが、それぞれ認められる。

しかしながら<証拠>によれば、医師法七条二項による医師の処分は厚生省独自の事実調査が困難であるところから刑事処分によつて事実関係が明らかになつてから検討される慣例になつていること、原告の行つた「実子あつせん行為」については厚生省当局も昭和四八年ころから関心を払って情報の収集に努めていたが刑事処分がなされないためしばらく右の処分の対象とはされなかつたこと、被告大臣が本件処分をするにあたつては、あらかじめ医道審議会の意見を聴くことを要するが(医師法七条四項)、医道審議会は毎年一回開催されるのが通例であるところ本件処分が審議された医道審議会は本件刑事処分ののちはじめて開催されたものであることが認められるのであり、また本件処分は原告が本件刑事処分を受けたことを理由になされたことは前認定のとおりであるから、被告大臣がことさら本件処分を遷延させていたことはないというべきである。また検察庁当局は原告に対する略式命令を請求したことにより「実子あつせん行為」に対する検察庁側の態度を最終的に確定させたのであるが、たとえ法務大臣が前記見解を述べたことがあり、その後において刑事訴追がされたとしても、この間の経緯に本件処分を違法たらしめる事情は窺えない。よつて原告の前記主張は理由がないというべきである。

2  また原告は医道審議会における審議の方法を非難し、医道審議会においては感情的・制裁的な動機により意見が形成されたから、本件処分は違法であると主張する。

<証拠>によれば、医道審議会は医師法二五条、医道審議会令に基づき組織され、本件処分当時、医師法七条四項による被告大臣への意見の具申に関する事項を掌る審議部会は、医学、医事行政、倫理学等医師の職業倫理に関する各分野の専門家一〇名の委員で構成されていたが、本件処分が審議された医道審議会には右委員が全員出席し、あらかじめ厚生省当局から処分の対象者の名簿及び各人についての事案の概要・司法処分の結果等を記載した調書が各委員に送付されており、会議の当日原告の処分については同省係官から右調書の朗読に続き事件の経過、本件刑事処分についての検察当局の考え方、原告及び代理人の弁明書・論文・陳述書の内容が紹介されるとともに「実子あつせん行為」についての論評などの資料が配付され、次いで出席委員の質疑と同省当局の応答があつたのち、討論が始められたこと、右の討論は約二時間もの長きに及び活発に意見が交されたが、最終的には全会一致で本件処分にかかる命令書交付の際に伝達された被告大臣の前記見解のとおり意見がまとめられ、原告に対し医業停止六か月が相当である旨同被告に具申されたことが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。そして原告のマスコミなどに対するアピールの仕方などが論議の対象となつたり、感情的な討論などがなされたことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、原告の右主張は失当である。

四さらに原告は本件処分はその前提たる「実子あつせん行為」の評価を誤り、あるいは平等原則に違背するなど被告大臣の裁量権の逸脱、濫用があると主張するのでこの点につき判断する。

1  まず原告が「実子あつせん行為」を行うに至つた経緯についてみるに、前認定の事実並びに<証拠>によれば、原告は昭和二五年以来医師として産婦人科等の領域で医療に従事してきたが、原告が昭和三三年に医院を開設したのちは、さまざまな事情から胎児が堕胎によつてもその生命が維持できるまでに成長しながら中絶を求める女性が原告を訪れるようになり、原告も当初はこのような女性に対し乞われるままに中絶手術を行い陣痛を誘発して産声をあげた新生児を放置しその生命を断つたこともあつたが、かかる行為は中絶に藉口した殺人行為であると考え、右のような女性の要求への対処には苦慮していたこと、昭和三四年ころ原告は中絶を断つた妊娠八か月の女性が他の医師のもとで出産のうえその子を秘かに殺害したことを疑わせる事実を伝え聞いたことから、右のような女性の胎児(新生児)の生命を救うには「実子あつせん行為」によるほかはないものと考えたこと、これは適法に中絶する時機を失しながらあるいは胎児が堕胎によつても生命を維持できるまでに成長しながらあえて中絶の施術を求める妊娠は、婚姻外の子を宿したなどの事情から戸籍に子の出生が登載されることによつて母子の将来に著しい恥辱や不安がもたらされる女性であり、このような女性は出産を勧めても頑なに拒否し、仮に原告において中絶手術を断われば自殺をしたり、出産のうえ新生児を殺害しあるいは遺棄する事例がないわけでなく、また他の医師のもとで中絶の名をかりて堕胎のうえ子の生命を断つ例も聞知されること、このような女性であつても出生する新生児の生命を奪うことを真に望んでいるわけではなく、事実上も法律上も子との関係を断絶したいというのにすぎないのであるから、戸籍上母子の関係があらわれない方法で新生児の養育を他にあつせんすることを約束すれば喜んで出産の勧めに応じるのであり、一方他人の子を養育したいと希望する者は、法律上の養子縁組に対する社会的偏見が残存していることもあつて、実子として子を貰い受けることを望むものであり、さらに前記のような女性から生れてくる子に対する公的な福祉行政は全く整備されていないことから、「実子あつせん行為」が法に違反し稀に弊害が予想されるものの前記のような女性の胎児(新生児)の生命を救済する唯一の手段であると確信したからであり、今日でもこの考えをなお維持していること、そして昭和三四年以降前記のような女性に対しては出産を勧め、原告のもとで子を望みながら不妊の診断を受けた女性を主たる対象者として「実子あつせん行為」を実行し、その公表まで約一〇〇件に及ぶ例を数えるに至つたこと、原告は昭和四八年四月ころ前記のような事情の女性から出生した子の引取り手がなかつたことから地元新聞二紙に新生児の養育を希望する者を募る広告を掲載したが、これを不審とした全国紙の記者が原告に取材を求めてきたため、原告は「実子あつせん行為」の実行を公表しその背景にある問題を指摘しながら実親子関係が戸籍に反映されない方法で事実上の養子縁組が可能な法制度の確立を訴えたいとのかねてよりの思いを実現させる絶好の機会が到来したものと考え、右記者に対し第一面に掲載することを要求したうえで「実子あつせん行為」の継続と自己の所見を明らかにしたこと、そのためこれが全国紙に大きく報道されて反響を呼ぶところとなり、原告は同月二四日に参議院法務委員会において参考人として「実子あつせん行為」に関する見解を披瀝したほか新聞、テレビ等を通じまた著作活動により引続きその所見を世に訴えるとともに、真実の親子関係を戸籍面にあらわさない養子制度であるいわゆる「実子特例法」の制定が法学者により提唱されていることを知りその運動にも参画するに至つたこと、また右の報道があつてからは全国から「実子あつせん行為」による事実上の養子縁組の希望が相次ぎ原告は昭和五二年八月ころまでにさらに約一二〇件の「実子あつせん行為」を行つたこと、しかしながら「実子あつせん行為」についてはこれを称賛しあるいは消極的に支持する意見が相当数あつたものの、その犯罪性やこれによる弊害、あるいは原告の実施方法に対する疑問等も鋭く指摘され、ことに産婦人科医師を構成員とする日本母性保護医協会は昭和四八年五月いち早く否定的な見解を発表し、原告にこれを思い止まるよう説得したものの、これが奏効せず昭和五〇年五月には原告を除名したほか、日本産婦人科学会宮城地方部会も同年九月原告を除名するに至つたこと、さらに昭和五二年八月三一日愛知県産婦人科医会会長は昭和五〇年一二月ころ行われた「実子あつせん行為」につき原告を医師法違反等の嫌疑により仙台地方検察庁検察官に告発し、これがため原告は本件刑事処分にかかる略式命令の請求を受けたこと、原告はこれに対し正式裁判を申立てると右の「実子あつせん行為」の当事者である母子や事実上の養親の家庭の平穏が損われることを考慮して略式命令に服するとともに、今後さらに「実子あつせん行為」を継続するときにはさらに刑事訴追を受けそのため関係者に累が及ぶことを慮つてその実施を断念し、以後は養子縁組の方法によつたが、その数も昭和五六年一〇月ごろまでの間六、七〇件を数えるに至つたこと、以上の事実が認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

2  ところで、原告は「実子あつせん行為」は子の生命の救済のためやむを得ない緊急避難とみるべき行為であつて、医師の職業倫理に反するものではなく、医師法の趣旨・目的に合致する行為であると主張する。

しかしながら、前認定のとおり中絶の時期を失した女性が医師から中絶の施術を断わられた場合において、出産のうえ新生児を殺害するか、遺棄する事例が全くないとはいえないとしても、確実に母親が新生児を殺害するか否かを医師が予測することは極めて困難な問題であつて、「実子あつせん行為」を拒絶した場合単に母親が自殺したい、あるいは子を殺したいと訴えてもそれだけで直ちに判断しえないことはいうまでもなく、多くは推測の域を出ないものというべきである。

<証拠>によれば、本件刑事処分の対象となつた事例は婚姻を前提に性交渉をもつたものの妊娠八か月目のころ相手の男性が他の女性と出奔したため、いつたんは自殺を図つたが思い直して出産一か月前に原告を訪れた女性に関するものであり、「実子あつせん行為」を断わられれば「子とともに死ぬかもわからない。」と述べたことから「実子あつせん行為」に及んだというものであること、同女は男性との関係が破綻したのちも出産のうえ自ら子を養育する意思を有していたのであり、自殺を企図したりあえて「実子あつせん行為」を依頼したのも経験上片親の子は不憫であり、仮に子を養子縁組させてもなお親子の情が断ち難いと考えていたためであること、原告は同女の翻意を求めず短期間の面談のうちに「実子あつせん行為」の実行を承諾し、かつその後原告の医院に約一か月間同女が入院していたにもかかわらずなお翻意を期して同女を説得したことはないこと、同女は出産後子を殺害したり、自殺したりする意思は有しておらず、むしろ子を手放したことに後悔を感ずることもあることが認められる。右事実によれば、本件刑事処分にかかる事案において女性や子の生命が断たれる蓋然性が高く「実子あつせん行為」によらなければこれが救済されないという事情にあつたとはいまだいえないから、原告の所為につき母子の生命を救済するためにやむを得ない緊急避難とみるべき事由は認められないものというべきである。

たしかに前認定のような特殊な事例のもとにおいては、養子縁組を嫌い母子の法律上の親子関係を断絶したいと願う場合もありうることは理解しえないものではないが、医師の職分としては法律上許された範囲内で説得、指導に努むべきであり、またそれによつて必ずしも対処できないものでもない(前認定の事実によれば原告は「実子あつせん行為」を断念した後は養子縁組の方法で対処していることが認められる。)から、違法であるばかりでなく後述のとおり種々の弊害を生ずる「実子あつせん行為」以外に子の生命を救済する方法がないとする原告の主張には同調することができない。

ところで「実子あつせん行為」は右のとおり必然的に内容虚偽の出生証明書の発行を伴うものであるが、医師がその診療等に伴い作成する証明書類は医師という職業の専門性、倫理性からみてその社会的信用性は絶大であり、それゆえその内容を偽ることは刑事処分の対象とされることがあるのであつて、これらの作成自体は純然たる医療行為ではなくその意味から医師の業務としては派生的ではあるが、医師にとつて社会的に重大な使命である医療業務の一つと把握されるべきものであり、したがつて出生証明書の発行についてもこれが医療とかかわりのない医師の行為ということはできず、ことに産科の領域で専門的に医療に従事する医師が虚偽の出生証明書を作成することは著しく職業倫理に悖る行為であり、医療業務の本質を損うものというべきである。

そのうえ「実子あつせん行為」による人為的な身分関係の設定は戸籍法上の秩序を紊乱しその制度の根拠を揺がせる行為であり、これと同様の結果をもたらす人工受精や不実の出生届の提出の例が他に存するからといつて、その違法性が稀釈される理由とはならない。

さらに戸籍に不実の親子関係を顕出させることは、将来において近親婚を生ぜしめ、悪性遺伝子の追求の途を閉ざす可能性がないわけではなく、また真実の親子関係のないことが判明することによる家庭内の心理的葛藤を生起させると同時に、虚偽の嫡出子出生届は養子縁組の届出ともみなされないから子は事実上の養親に対する身分法上の権利を行使できず、また実親が明らかでないことによりこれに対する右の権利も事実上奪われるという事態を招来する。加えて「実子あつせん行為」は家庭裁判所の許可を得ない未成年者の養子縁組に等しく、慎重な公的後見を確保し子の人身の保護と福祉を図る民法等の趣旨を潜脱するものであるから、医師がこれに参加することは医師の職業倫理に反することは明白である。したがつて、本件処分はその前提たる「実子あつせん行為」の評価をなんら誤つたものということはできない。

3  次に原告は、「実子あつせん行為」は医師の品位を害する行為ではなく、国民の健康・生命の保持に資する行為であるから、医師の基本的使命に合致するものとして被告大臣の処分権限はなくなるから本件処分を行うことは違法であるし、また、本件処分にかかる「実子あつせん行為」は医師法の目的に合致するものであり、戸籍法上の秩序維持という法益と胎児の生命という法益を比較較量すれば被告大臣が右行為につき処分権を行使すること自体違法であると主張する。

しかし、「実子あつせん行為」が刑事処分の対象となり、また医師の職業倫理に反する行為として許されないものであることは先に説示したとおりであるが、被告大臣は医師が医師法四条二号に該当する場合には、医道審議会の意見を聴いたうえ医業停止を命ずることができるのであつて(同法七条二項四項)、同法二条、九条、一〇条、二四条の二及び医療法二五条等に定められている被告大臣と医師との関係をみれば、医業停止を命ずるかどうか、停止期間をどう定めるかは被告大臣の裁量に任されているものと解すべきである。もとより右の裁量が恣意にわたることは許されないが、いつたん被告大臣がかかる裁量権を行使して本件処分を行つた以上、当該処分はそれが社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を付与された目的を逸脱し又は濫用と認められる場合でない限り、適正な裁量権行使の範囲内にあるものとして違法とはならないというべきである。したがつて、被告大臣の処分権限が失われた旨、あるいは処分権を行使すること自体が違法である旨の原告の主張は理由がない。

4  さらに原告は、本件処分は正当な比例関係に立たないのみならず、その判断要素の選択、判断の過程において著しく合理性を失し、その結果は社会通念上著しく妥当を欠くから、被告大臣の裁量権の濫用によりなされたものであると主張する。

しかしながら、裁判所が被告大臣の裁量によつて行つた医業停止処分の適否を審査するにあたつては、被告大臣と同一の立場に立つて右処分をすべきであつたかどうか又はいかなる程度に選択すべきであつたかという点についてまで審理、判断し、その結果と対比して処分の適否を決すべきではなく、単にそれが社会通念上著しく妥当を欠くものであるかどうかということについてのみ審理、判断し、著しく妥当を欠くと認められる場合に限り、違法と判断し得るにすぎないと解すべきである。

これを本件についてみるに、前記認定の本件刑事処分にかかる「実子あつせん行為」の態様、方法、弊害、同種行為の反覆の程度、原告の主観的事情、社会的影響、倫理違背の程度等を考慮し、かつ前記認定のとおり本件処分にあたつては医師の職業倫理についての専門家ともいうべき一〇名の委員からなる医道審議会において慎重審議のうえ全員一致で原告に対し医業停止六か月の処分をすることが相当であると判定したことをも総合すると、右認定のとおり原告の「実子あつせん行為」は主観的には専ら子捨て、子殺し等から子の生命を守り、子、その母親及び子の養い親らを幸せにするためになしたものであること(原告が右「実子あつせん行為」により何ら不法な金銭的利益を得ていないことは原告本人尋問の結果により明らかである。)、原告の「実子あつせん行為」についてはこれを称賛しあるいは消極的に支持する意見も相当数存在することその他原告に有利な事情一切を斟酌してもなお本件処分が社会通念に照らし著しく妥当を欠き、同被告が裁量の範囲を逸脱しあるいはその権限を濫用したということはできない。

5  なお原告は他の処分例との比較において本件処分の内容は不当に重いものであると主張するが、証人内藤冽の証言によれば本件処分がなされるまでに「実子あつせん行為」と同種の行為により刑事処分を受けこれがため医師法七条二項の処分が行われた事例はないことが認められ、また刑事処分とは異なる観点から行われるもので刑事処分の量刑と行政処分の内容とは比例することはないから、他の処分例と本件処分との内容を比較してその軽重を論ずることは無意味である。

五以上の次第で本件処分を違法であるとしてその取消を求める原告の請求は失当であり、したがつてその違法を前提とする原告の被告国に対する請求もまた理由がないことに帰する。

よつて原告の本訴請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(時岡泰 満田明彦 菊池徹)

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