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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)93号 判決 1981年6月26日

原告 茨木鐵治

被告 東京都知事

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  被告が三角バケツ配布事業補助金として支出した別紙目録記載の支出を取り消す。

2  被告は、三角バケツ配布事業について補助金を支出することを中止せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、東京都の住民である。

2  東京都は、昭和四九年ころから、震災時における初期消火態勢の確立と飲料水の確保を図る目的をもつて、三角バケツを都内各世帯に配布する方針を立て、区については財政調整交付金の形で三角バケツ配布費用の一部を負担し、都下市町村については要旨次のとおりの「東京都三角バケツ配布事業補助金交付要綱」(以下「本件要綱」という。)を定めて三角バケツ配布事業に対する補助金の交付を行つている。

(一) 被告は、市町村がその市街化区域内の各世帯に三角バケツを配布する場合において、市町村に対し予算の範囲内でその費用の一部を補助する。

(二) 補助対象個数は各世帯一個とし、補助単価は一個につき三五五円とする。

(三) 補助金の対象となる三角バケツは、東京消防庁が開発した消火バケツ(実用新案登録願番号昭和四七年第〇二七九九五号)で、かつ、飲料水兼用型であるものとする。

(四) 市町村長は、右補助金の交付を受けようとするときは被告に所定の様式による申請をし、被告は、右申請を適当と認めたときは補助金の交付を決定する。

被告は、本件要綱に基づき、昭和五三年度には別紙目録記載のとおり三角バケツ配布事業について五市一町に対し補助金を支出した。

3  右補助金の支出は、次の理由により違法である。

(一) 右補助金の対象となる三角バケツ(以下「本件三角バケツ」という。)は、飲料水兼用型とされており、飲料水を容れて長時間保存し、飲料水を授受する場合にはそのままで引き渡すことが予定されているもので、食品衛生法二条五項の「容器包装」に該当し、厚生大臣が同法に基づき定める規格基準に適合しなければならない。そして、右厚生大臣の定めである「食品、添加物等の規格基準」(昭和三四年厚生省告示第三七〇号)は、第1Dの清涼飲料水(これには、水道水も含まれる。)の項で、清涼飲料水の容器包装はガラスびん、金属製容器包装、ポリエチレン製容器包装、ポリエチレン加工紙製容器包装又は組み合わせ容器包装(金属、ポリエチレン又はポリエチレン加工紙のうち二以上を用いた容器包装)でなければならない(同項2(3))旨定めているところ、本件三角バケツは、その本体部分の素材がABS樹脂であるから、右厚生大臣の定める規格基準に適合せず、食品衛生法に違反するものである。

また、ABS樹脂は、毒性を有するので飲料水を長時間保存する容器の素材には向かない。東京都は、本件三角バケツについて使用者に対し三日に一度ずつ中の水道水を取り替えるよう指示しているというが、現実に三日ごとに中の水道水が取り替えられるとは考えられないのであり、飲料水保存容器である以上は長時間の保存をしても人体に安全であることが検証されなければならないところ、本件三角バケツは右の安全性の検証がなされていないので、少なくとも食品衛生法の趣旨に反するものであることは明らかである。

加えるに、本件三角バケツには把手がなく、上下の三角形の一辺に握り部が設けられているのみである。そのため、これに水を入れて持ち上げると傾斜してしまい、手に下げて持ち運ぶときには足に当たりやすい構造となつている。右構造は、飲料水容器として不適切であるうえ、離れた場所へ消火に行く際転倒の危険等がある。この点からも、本件三角バケツは欠陥品というべきである。

してみると、このように、種々の問題があり法令にも違反する本件三角バケツを対象として、その配布事業に補助金を交付するという本件要綱には重大な違法性があり、これに基づく補助金の支出は違法というべきである。

(二) 本件三角バケツを製造販売するため東京都(東京消防庁)から飲料水兼用型の仕様書によつて実用新案の実施許諾を得ているのは、訴外社会福祉法人東京コロニーだけである。したがつて、補助金交付の対象となる消火用バケツは東京コロニーが製造販売するものに限定されるわけであり、このような結果となる本件要綱は極めて不公正というべきである。

加えるに、原告は、消火用バケツを兼ねた非常飲用水容器を考案して実用新案の出願をしてきた者であるが、原告考案のバケツは、ポリエチレン製であつて、価格的にも本件三角バケツの三分の一程度の価格で販売できるうえ、一年間以上の飲料水の保存が可能なものである(本件三角バケツは、前述のとおりABS樹脂製であり、高価なうえ、東京都は使用者に対し三日に一度ずつ中の水を取り替えるよう指示している。)。被告は、右のとおり本件三角バケツよりはるかに優れた同目的のバケツがあることを十分に承知しながら、敢えて本件要綱を作り、東京コロニー製の本件三角バケツのみを対象として補助金を交付する旨定めたのであるから、前述の不公正さは更に明白である。してみると、本件要綱に基づく補助金の支出は、裁量権の濫用であつて違法というほかない。

(三) 右(一)、(二)を併わせ考えると、本件三角バケツの配布事業についての補助金の支出は、東京コロニーが違法な製品を製造、販売することをたすけるというところにその実質があるので、地方自治法二三二条の二にいう「公益上必要がある場合」に該当しないというべきであり、この点からも違法である。

4  現在、本件三角バケツの配布事業に対する補助金の支出は中断しているようである。しかし、本件三角バケツの都内全世帯に対する配布は未だ完了したわけではないし、本件要綱も現存しているので、右配布事業についての補助金支出の可能性は残つている。しかも、東京都では、大地震に備えて飲料水を確保することが緊急の課題となつており、かつ、東京都は、二三区のうち本件三角バケツを未だ配布していない区に対しては早急に配布するように指導を強化する旨言明しており、本件三角バケツの配布事業を推進するという方針を放棄していないとみるべきである。このような状況を考えると、前記補助金の支出は、本件訴訟が提起されたため一旦中止されているにすぎないものと解すべきであり、仮にそうでないとしても、一時的に予算措置等が中断しているだけであるとみるべきである。したがつて、今後とも本件三角バケツの配布が行われ、かつ、これについて補助金の支出がなされることが十分に予測される。

そして、本件三角バケツは、前述のとおり三日に一度ずつ中の水道水を取り替えなければならないため甚だしい水資源の無駄使いにつながるうえ、三日ごとの水の取替えは現実には不可能であろうから、結局都民の健康に不安を与えるものである。

してみると、本件三角バケツの配布事業についての補助金の支出を差し止めないときは、右配布事業が続行されることにより、東京都に金銭で補填できない回復困難な損害を生ずるおそれがある。

5  そこで、原告は、本件三角バケツの配布事業についての補助金の支出が違法であるとして、地方自治法二四二条一項の規定に基づき、昭和五四年四月一八日東京都監査委員に対し監査を求め、必要な措置を講ずることを請求したが、同監査委員は、同年七月一四日原告に対しその請求は理由がない旨の監査結果を通知してきた。

6  よつて、原告は、地方自治法二四二条の二第一項一号及び二号の規定に基づき、第一の一記載の判決を求める。

二  被告の本案前の主張

1  第一、一、1の請求について

本件三角バケツの配布事業についての補助金の支出は、以下に述べるとおり、地方自治法二四二条の二第一項二号にいう行政処分には該当しないから、その取消しを求める訴えは不適法であり、却下されるべきである。

(一) 行政庁の行為が住民訴訟の対象となる行政処分に当たるといえるためには、当該行為が、行政庁の公権力の発動として行う公法上の行為であつて、それによつて一定の法律上の効果を生ずるものでなければならない。ところが、前記補助金の支出行為は、それ自体、一定の法律上の効果を生ずるものではなく、単なる事実行為にすぎない。したがつて、別紙目録記載の補助金の各支出行為は、地方自治法二四二条の二第一項二号にいう行政処分に当たらない。

(二) また、前記補助金の交付行為の法的性格は、次に述べるとおり、私法上の契約であるから、これに伴う各支出行為は地方自治法二四二条の二第一項二号にいう行政処分たり得ない。

(1) 東京都震災予防条例(昭和四六年東京都条例第一二一号)は、東京を地震による災害から守るために制定され、同条例三二条二項及び三項には区市町村が地域に消火器等を配備することに努めなければならないこと及び知事はこれに対し必要な助成をすることができる旨定められている。被告は、右規定に基づき、昭和四八年度から昭和五三年度までの間、区及び市町村の行う本件三角バケツの配布事業に対し財政措置を講じたが、そのうち、市町村については、昭和五二年七月一四日本件要綱を定め、これに則り、昭和五二年度及び昭和五三年度の両年度にわたつて、本件三角バケツの配布事業について補助金を支出したものである。

(2) ところで、被告が市町村に対して補助金を交付する関係は、行政権がその優越的な地位に基づき公権力を発動して市町村の権利・自由に干渉し、これを侵害する作用ではなく、市町村に対し資金の交付という便益を与える非権力的な作用にほかならない。したがつて、前記補助金交付行為の法的性格は、私法上の贈与契約であるといわなければならない。

また、前記補助金の交付に関しては、本件要綱の定めるもののほか、東京都補助金等交付規則(昭和三七年東京都規則第一四一号)及び東京都会計事務規則(昭和三九年東京都規則第八八号)の定めるところによるとされている(本件要綱一〇条)が、本件要綱は被告の内部基準にすぎず、右各規則も地方自治法施行令(昭和二二年政令第一六号)一七三条の二の規定に基づく都の財務に関する規則であつて、右補助金を受ける者を直接規制するものではない。このように、右補助金の交付に関係する要綱、規則は補助金を受ける者を直接規制するものではなく、その他にこれらの者を規制するような条例等も存在しない。

してみると、本件三角バケツの配布事業についての補助金の交付行為は、私法上の贈与契約であり、形式的行政処分ということもできないから、これに伴う補助金の支出行為も、地方自治法二四二条の二第一項二号にいう行政処分に該当しない。

2  第一、一、2の請求について

本件三角バケツの配布事業についての補助金は、昭和五二年度及び昭和五三年度に交付が行われたのみであり、現在支出されていない。

昭和五四年度以降は、東京都の財務事情が悪化したこと及び知事が交替したことに伴い都政全般にわたる見直しが行われ、その結果三角バケツのようなものは本来各個人の責任において家庭に備え置かれるべきものであるということ等が考慮され、担当部課の前記補助金の予算要求が被告の内部査定の段階で認められなかつた。したがつて、昭和五四年度及び昭和五五年度ともに前記補助金は予算に計上されておらず、当然その支出もなされていない。今後も前記補助金を交付する予定はない。してみれば、前記補助金の支出の差止めを求める原告の請求は、現在行われておらず、将来においても予定されていないことの差止めを求めるものであつて、請求の対象を欠く不適法な訴えというべきである。

よつて第一、一、2の請求にかかる訴えも却下されるべきである。

三  被告の主張1に対する原告の反論

地方自治法二四二条の二第一項二号にいう行政処分は、いわゆる実体的行政処分に限られず、形式的行政処分も含まれる。しかるところ、形式的行政処分とは、行政庁の内部的行為、契約的行為及び事実行為等公権力行使の実体を欠いている行為について、救済の必要上から行政処分性を認めて取消訴訟の対象とすることが肯定されてきたものにほかならない。したがつて、補助金の支出そのものが事実行為にすぎず、あるいは補助金交付の法律関係が贈与契約であるといつても、本件三角バケツの配布事業についての補助金の支出が形式的行政処分に当たることを否定する理由にはならない。ことに、右補助金支出のうち交付決定については行政処分性が認められるべきである。

また、地方自治法の定める住民訴訟は、本来民事訴訟とも抗告訴訟とも異なる性質を持つているものであるから、「行政処分」の意味も抗告訴訟における意味と全く同じに考える必要はない。そして、抗告訴訟としての取消訴訟が個人の受けた不利益の救済を目的とするのに対し、住民訴訟は、公共の利益の擁護を目的とし、地方自治運営の腐敗を防止矯正してその公正を確保するために認められた参政措置の一環をなすものである。したがつて、地方公共団体の職員の公金等の違法支出については、広く住民訴訟の対象とすることが望まれるわけであり、これを狭く解釈することは許されない。この点からも、前記補助金の支出は、地方自治法二四二条の二第一項二号による取消の対象とするべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  第一、一、1の請求について

1  原告は、地方自治法二四二条の二第一項二号の規定に基づき、「被告が三角バケツ配布事業補助金として支出した別紙目録記載の支出を取り消す。」との判決を求めるものであるが、補助金の支出行為そのものは、非継続的な事実行為であつて、それがなされた後にはその取消しを論ずる余地のないものである。したがつて、右の支出行為自体は、地方自治法二四二条の二第一項二号にいう行政処分に当たらないものというべきである。

2  もつとも、右請求は、支出行為の原因となつた補助金交付決定の取消しを求める趣旨を含むものと解し得ないでもないので、右交付決定の法的性質について更に検討することとする。

成立に争いのない甲第一号証及び乙第一号証ないし第七号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一一号証、証人荒井智之の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(1)  東京都震災予防条例三二条は、「(一項)都民は、火気を使用するときは、出火を防止するため常時監視するとともに、地震時の出火に備え、消火器等を配備し、初期消火に努めなければならない。(二項)区市町村は、地域に消火器等を配備することに努めなければならない。(三項)前二項の場合において、知事は、必要な助成をすることができる。」と規定しているところ、東京都は、右規定の趣旨に従い、震災時における各家庭での初期消火態勢を確立し、あわせて飲料水の確保を図るため、昭和四八年度以降、三角バケツ配布事業を推進することとした。三角バケツ配布事業は、東京都の区の全世帯及び市町村の市街化区域内の全世帯を対象として、区及び市町村が当該区域内の各世帯に対し本件三角バケツを配布し、東京都がこれに対し財政上の助成措置を講ずるというものである。そして、東京都は、区に対する右財政上の助成措置として、昭和四八年度及び昭和五〇年度ないし昭和五二年度において、財政調整交付金(都と特別区及び特別区相互間の財政調整に関する条例に基づき東京都から区に対して交付されるもの)の算定に当たり、三角バケツ配布事業を算定基礎事項に取り上げ、昭和五二年度で全区に対する予算措置を完了した(なお、財政調整交付金はその使途について区を拘束しないため、右事業を実施しなかつた区が若干存する。)。そこで、東京都は、昭和五二年度からは市町村に対する右財政上の助成措置を始め、その三角バケツ配布事業に対し補助金を交付することとし、昭和五二年度及び昭和五三年度の予算に市町村三角バケツ配布事業補助金を計上した。

(二) 東京都総務局長は、右の市町村三角バケツ配布事業補助金の予算執行のため、昭和五二年七月一四日本件要綱を定めた。本件要綱の内容は、要旨次のとおりである。

(1) この要綱は、三角バケツ配布事業に対する補助に関して必要な事項を定め、震災時における初期消火態勢の確立と飲料水の確保を図ることを目的とする(一条)。

(2)  知事は、市町村が市街化区域内の各世帯に本件三角バケツを配布する場合において、市町村に対し予算の範囲内でその費用の一部を補助する(二条)。

(3)  市町村長は、補助金の交付を受けようとするときは、所定の様式により知事に申請をし(四条)、知事は、申請の内容を審査し、適当と認めたときは、補助金の交付の決定を行い、所定の様式により申請者に通知する(五条)。

(4)  市町村長は、補助事業が完了したとき又は補助金の交付の決定に係る会計年度が終了したときは、所定の様式により実績報告書を知事に提出し(七条)、知事は、右報告書を審査して必要に応じ調査を行い、その成果が補助金の交付の決定の内容及びこれに付した条件に適合すると認めたときは、補助金の額を確定し、所定の様式により申請者に通知し(八条)、補助金を交付する(九条)。

(5)  本件補助金の交付に関しては、この要綱に定めるもののほか、東京都補助金等交付規則及び東京都会計事務規則の定めるところによる(一〇条)。

(三) 右東京都補助金等交付規則は、補助金等の交付の申請、決定その他補助金等に係る予算の執行に関する基本的事項について、要旨次のとおり定めている。

(1) 補助金等の交付に際しては、あらかじめ、申請者に所定の事項を記載した申請書を提出させなければならない(五条)。右申請があつたときは、所要事項を調査し、補助金等を交付すべきものと認めたときは、すみやかに交付の決定をしなければならないが(六条一項)、適正な交付を行うため必要があるときは、申請に係る事項につき修正を加えて交付の決定をすることができ(同条二項)、また、交付の目的を達成するため必要があるときは、条件を付するものとする(七条)。

(2) 補助事業者等が補助事業等を中止若しくは廃止し又はその内容若しくは経費の配分を変更しようとするときは、あらかじめ、承認を受けさせるものとし(一一条)、補助事業等が交付の決定の内容又はこれに付した条件に従つて遂行されていないと認めるときは、補助事業者等に対しこれらに従つて遂行すべきことを命じなければならず(一四条一項)、この命令違反に対しては当該補助事業等の一時停止を命ずることができる(同条二項)。

(3) 補助金等の交付の決定をした場合において、その後の事情の変更により特別の必要が生じたときは、補助事業のうちまだ経過していない部分について、その決定の全部若しくは一部の取消し又はその決定の内容若しくはこれに付した条件を変更することができ(一〇条一項)、更に、補助事業者等が交付の決定の内容又はこれに付した条件に違反したときなど所定の場合には、交付の決定の全部又は一部を取り消すことができる(一八条一項)。これら取消しがなされた場合において、当該取消しに係る部分に関し、すでに補助金等が交付されているときは、その返還を命じなければならない(一九条一項)。

(四) 被告は、右予算の執行として、昭和五二年度に四市一町に対し、昭和五三年度に五市一町に対し、三角バケツ配布事業の補助金を交付した。

(五) しかしながら、被告は、昭和五四年度から、東京都の財政再建のため都財政全般にわたる見直しを行い、本件三角バケツのようなものは本来各個人の責任において家庭に備え置くべきものであるとの考えから、三角バケツ配布事業補助金を予算案から落とし、以後、右補助金は予算に計上されず、実際にも交付されていない。

右に認定したところに基づいて考えると、本件要綱及びこれを補足する東京都補助金等交付規則によれば、本件補助金の交付は市町村長からの申請とこれに対する知事の交付決定という形式によつて行われ、交付決定の取消変更権も知事に留保されているが、本件要綱及び右交付規則はいずれも東京都の事務執行上の内部的定めにすぎず、相手方を法的に拘束するものではないから、この定めそのものによつて知事の行う補助金の交付決定が行政処分たる性質をもつと解することはできない。また、本件補助金交付の基本となる東京都震災防止条例をみても、都下市町村の三角バケツ配布事業に対し補助金を交付するという施策は、東京都がその有する広範な政策決定権に基づき、震災予防対策の一環として採用したものであつて、同条例三二条三項の前記規定も、知事に補助金の交付などの助成措置を行う権能を与えるために設けられたものと解される。これに基づいていかなる助成措置をとるかは、予算の有無、多寡、公益上の必要性の有無、程度等を考慮して知事の政策判断により決すべきもので、同条例が市町村に対する補助金の交付その他の助成措置について市町村にこれを請求する何らかの権利を与え又は知事にこれを義務づけているものとみることは困難である。更にまた、知事が右の助成措置を行い又は行わないこととする場合に、これをいかなる行為形式によつて行うかについても、同条例には何ら特別に規定するところはなく、内部的な事務処理のうえで適当とする手続方法で行えば足りるとされているのである。してみると、都下市町村の三角バケツ配布事業補助金交付申請に対する被告の決定は、両者間の公法上の権利義務関係を優越的立場において一方的に規律するという性格のものではなく、単なる給付の申込みに対する承諾・不承諾の意思表示にとどまるのであつて、実質的にはもちろん、形式的にも行政処分性を有しないものというべきである。

そうだとすれば、別紙目録記載の支出の原因となつた被告の補助金交付決定も、地方自治法二四二条の二第一項二号にいう行政処分に当たらないというべきである。

3  なお、原告は、地方自治法二四二条の二に基づく住民訴訟は地方財政の公正を図るための参政措置であるから、公金の支出について抗告訴訟におけるのと同じ意味の行政処分性が認められなくても広く取消しの訴えを許すべきである旨主張するが、違法な公金の支出が継続中であるか、あるいは支出されることが相当の確実さをもつて予測され、それにより地方公共団体に回復困難な損害を生ずるおそれがあるときは、同条一項一号の訴えの対象とすることができ、違法な支出の損害の回復については同条四号に基づく訴えが可能であるから、行政処分性を有しない公金の支出が同条二号の訴えの対象とならないと解したからといつて、住民訴訟を認めた法の趣旨が没却されるというものではなく、原告の右主張は採用できない。

4  よつて、第一、一、1の請求は、いずれにしても行政処分に当たらない行為の取消しを求めるものとして不適法である。

二  第一、一、2の請求について

次に、原告は、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、「被告は、三角バケツ配布事業について補助金を支出することを中止せよ。」との判決を求めるものであるが、前記認定のとおり、三角バケツ配布事業の補助金は、東京都において昭和五四年度以降予算にも計上されず、実際にも交付されていないのであつて、今後近い将来にその支出がなされるであろうと予測することもできないものである。

してみると、原告の請求は、現在なされておらず、将来もなされるか否か全く不明な行為について、その差止めを求めるものであり、右請求に係る訴えは、訴えの対象を欠くものとして不適法というべきである。

三  以上の次第で、本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 泉徳治 菅野博之)

目録<省略>

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