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東京地方裁判所 昭和55年(ヨ)2040号 判決 1981年3月05日

第二〇四〇号事件債権者

平子齊

右訴訟代理人

赤井文彌

外四名

第二〇四六号事件債権者

平子豊

右訴訟代理人

長谷部茂吉

外二名

債務者

株式会社ウイルソン

右代表者

平子憲一

外七名

右債務者ら訴訟代理人

伊藤博

外二名

主文

一  債権者らの本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は債権者らの連帯負担とする。

事実《省略》

理由

一債務者会社が昭和二八年六月九日有限会社ウイルソンカンパニーとして設立され、昭和五一年一二月二一日株式会社に組織変更された会社であること、債権者らはいずれも債務者会社の株主、債務者憲一は債務者会社の代表取締役、同井本敬は債務者会社の取締役であること、債務者会社が、昭和五五年七月二日取締役会を開催して、債権者ら主張のとおりの手続により本件新株発行をしたことは、当事者間に争いがない。

二本件新株発行の無効原因の存否について判断する。

1  債権者らは、昭和五五年七月二日開催の債務者の取締役会において、本件新株発行に関する決議はなかつたので、本件新株発行は無効である旨主張する。

しかしながら、株式会社の代表取締役が新株を発行した以上、これについて有効な取締役会の決議がなかつたとしても、右新株発行は有効であると解されるので、債権者らの右主張は、理由がない。

のみならず、<証拠>を総合すると、昭和五五年七月二日午前九時三〇分ごろから債務者会社の本社二階応接室で開催された債務者会社の取締役会において、債務者会社が当時発売を企画していた「エナメルコート」という新製品の販売資金の調達方法として新株発行が議題となり、代表取締役である債務者憲一から、額面普通株式一万五〇〇〇株を、発行価額一株につき三〇〇〇円、払込期日同月一八日、債務者会社の役員、従業員からの公募による新株発行が提案され、これに対し債務者会社の取締役のうち、申請外平子邦雄はその発行価額が低いことなどを理由に反対したが、債務者井本敬は賛成してその旨の決議があつたことが一応認められ<る。>

そうすると、いずれにしても右決議の不存在を理由とする本件新株発行無効の主張は、理由がない。

2  債権者らは、本件新株発行は株主以外の第三者に対し特に有利な発行価額でもつて新株を発行するときに該当するので商法二八〇条ノ二第二項に定める手続を必要とするところ、債務者会社は何らその手続を履行していないから、本件新株発行は無効である旨主張する。

しかしながら、新株発行が商法二八〇条ノ二第二項の規定に反していた場合でも、その瑕疵は、新株発行の無効原因とはならないものと解されるので、債権者らの右主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

3  債権者らは、本件新株発行は、債務者憲一及び同井本敬が自己の支配権を確立するため行つた著しく不公正な方法によるものであるから、無効である旨主張する。

しかしながら、新株発行が著しく不公正な方法によつて行われる場合に、これにより不利益を受けるおそれのある株主は商法二八〇条ノ一〇の規定により右新株発行の差止を請求することができるが、一度新株が発行された後は、当該新株の取得者や会社債権者等の外部取引の安全を保護するため、これを新株発行の無効原因とすべきではなく、取締役の責任問題等として処理するのが相当である。

のみならず、本件においては、前記認定のとおり、本件新株発行が債務者会社が発売を企画していた新製品の販売資金の調達方法として行われていることやその方法が債務者会社の役員及び従業員からの公募というものであることからすると、本件新株発行が全体として無効となるほどに特に著しく不公正な方法によるものと認めることはできない。

したがつて、いずれにしても右主張は、理由がない。

4  債権者らは、本件新株発行は商法二八〇条ノ三ノ二の規定に違反するので無効である、と主張する。

本件新株発行において、官報による公告日が昭和五五年七月四日、払込期日が同月一八日であることは当事者間に争いがなく、商法二八〇条ノ三ノ二に規定する「払込期日ノ二週間前」とは、払込期日と公告又は通知の日との間に二週間の期間があることを要する意味と解すべきであるから、本件新株発行においては右期間に一日不足することは明らかである。しかし、右瑕疵は、極めて軽微であり、そのために債務者会社の株主の新株発行差止を著しく困難にさせたものとも認められないので、本件新株発行の無効原因とはならないものと解するのが相当である。

したがつて、各主張は、理由がない。

5  以上のように債権者ら主張の本件新株発行の無効原因についてはいずれも理由がないので、本件各新株を取得した債務者会社を除くその他の債務者らが本件新株発行の無効原因について悪意であつたか否かを問うまでもないことになる。のみならず、新株発行の全体を無効とするに当り、個々の新株取得者の知情の有無を考慮することに疑問があるので、本件において、右債務者らの悪意に関する債権者らの主張は、すぐには採用することができない。

三本件各新株の処分禁止の仮処分は、本件新株発行の無効を前提にしているところ、前記のとおり本件新株発行の無効原因についての債権者らの主張はいずれも理由がないので、認められないことになる。

のみならず、新株発行が訴えにより無効と確定しない限り発行された新株は有効であるから、その自由譲渡性を否定することになる新株発行無効の訴えを本案とする新株の処分禁止の仮処分は許されない、と解するのが相当である。

したがつて、いずれにしても本件各新株の処分禁止を求める仮処分は、認められない。

四債務者会社が昭和五六年三月一〇日臨時株主総会を開催する予定であることは当事者間に争いがないが、前記のとおり、本件新株発行の無効原因についての債権者らの主張はいずれも理由がないので、本件新株発行の無効を前提とする債務者会社を除くその他の債務者らの本件各新株の議決権停止を求める仮処分は、認められないことになる。

五取締役解任の訴えを本案とする取締役の職務執行停止等仮処分は、本案訴訟提起についての法律的可能性が生じた後、すなわち、商法二五七条三項に定める株主総会の解任否決の決議があつた後でない限り申請できない、と解するのが相当であるところ、本件では、債務者憲一及び同井本敬について株主総会の解任否決の決議があつたことについての債権者らの主張及び疎明がないので、結局右仮処分申請は、未だ法律上許されない、といわなければならない。

六以上のとおり、債権者らの本件仮処分申請はいずれも認められないので、これを却下することとし、申請費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(井上弘幸)

別表 <省略>

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