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東京地方裁判所 昭和55年(ヨ)2305号 判決 1982年5月31日

申請人

甲野花子

(仮名)

右訴訟代理人

古瀬駿介

南木武輝

被申請人

欧州共同体委員会

右代表者委員長

ガストン・トルン

右訴訟代理人

牧野良三

ローランド・ゾンデルホフ

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  申請人

1  申請人が被申請人に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は、申請人に対し、昭和五五年七月二五日以降、本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り一カ月金四一万五五三四円を仮に支払え。

3  被申請人は、申請人に対し、昭和五五年一二月一五日以降、本案判決確定に至るまで、毎年六月一五日及び一二月一五日に、各金三九万六一五七円を仮に支払え。

二  被申請人

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  申請の理由

1  被保全権利

(一) 被申請人は、昭和四九年三月一一日、日本国政府との間で「欧州共同体委員会の代表部の設置並びにその特権及び免除に関する日本国政府と欧州共同体委員会との間の協定」(以下「本件駐日代表部協定」という。)を締結し、日本国の領域において法人格を認められ、肩書地に日本における代表部を設置しているものであるが、申請人は、昭和五五年四月二一日に正式に締結された雇用契約(以下「本件契約」という。)に基づき、同月一日付で、試用期間を三カ月と定めて、期間の定めなく被申請人の駐日代表部の現地職員として採用され、広報部報道室に勤務していた。

(二) 被申請人は、申請人に対し、同年六月二〇日付文書をもつて、「東京で勤務する現地職員の雇用条件を規定している諸規則第五条の約定に基づき、甲野花子氏は、ここに正式に欧州共同体委員会との雇用契約終了の決定を通知される。この決定は七月一日から発効する。雇用契約の約定に基づく甲野氏の最終有効就業日は、一九八〇年六月三〇日である。」と通知(以下「本件終了通知」という。)し、右通知書は同日申請人に到達した。そして、申請人が同年七月一日に出勤したところ、被申請人は申請人に対して「もはや出勤の必要はない」旨の文書を手渡し、以後、申請人の労務の提供を拒否し続けている。

(三) しかしながら、申請人は、期限の定めなく被申請人に雇用されたものであり、何ら解雇される理由もないから、被申請人のした本件契約終了の意思表示は不当、違法なものである。

(四) 申請人は、被申請人から毎月二五日限り当月分の給与の支払を受ける約定であつたところ、昭和五五年四月分として金四一万一九五〇円、五月分として金四一万七三二六円、六月分として金四一万七三二六円を、それぞれ毎月二五日限り支払われ、以上の平均賃金額は金四一万五五三四円である。したがつて、申請人は被申請人に対し、毎月二五日限り金四一万五五三四円の賃金の支払を受ける権利を有する。また、被申請人の定める「東京における現地職員の就業条件を定める諸規則」(以下「本件就業規則」という。)の第一五条には、毎年六月一五日及び一二月一五日の二回、基本月給一カ月分を賞与として支払う旨規定されているところ、申請人の基本月給は三九万六一五七円であるから、申請人は、被申請人に対し、毎年右各期日に、各三九万六一五七円の賞与の支払を受ける権利を有する。

2  保全の必要性

申請人は、賃金を唯一の生活手段とする労働者であるが、被申請人は、昭和五五年六月二五日以降一切の賃金の支払をせず、かつ同年七月一日以降申請人の労務の受領を拒否している。そのため、申請人は、生活の場を断たれ、物質的、精神的に多大の不利益を蒙り、生活の危機に頻しており、本案判決の確定を待つていては、申請人にとつて回復し難い著しい損害が発生する。

3  よつて、本件申請に及んだ。

二  被申請人の本案前の主張

1  被申請人は、本件駐日代表部協定に基づき、日本国の領域において、「外交関係に関するウイーン条約」(昭和三九年六月二六日条約第一四号、以下「ウイーン条約」という。)によつて与えられる特権及び免除に相当する特権及び免除を享有するものとされ、日本国の領域において、裁判権からの免除及び執行についての免除を享有するものであるところ、本件就業規則第三一条には、「当機関と現地職員とのいかなる紛争も、日本法の下で管轄権を有する裁判所に提訴する。」と定められているが、右規定は、ウイーン条約第三二条第一項にいう裁判権からの免除の放棄に対応するものであつて、同第四項にいう執行についての免除の放棄を意味するものではない。したがつて、被申請人は、本件において、執行についての免除を享有する。

2  ところで、本件において、仮に申請人の仮の地位を定める裁判が被申請人に対して告知されるならば、それ以上の執行手続を要せずに申請人の復職が実現することになるが、このような結果は、執行についての免除を認めたウイーン条約第三二条第四項の趣旨を没却せしめることになるのであつて、同項に定められた裁判の執行を強制されないとの趣旨を保障するためには、仮の地位を定める仮処分についてはその裁判の成立そのものが否定されるというべきである。また、賃金の仮払い仮処分については、仮にこれが認容されたとしても、被申請人は、前記のとおりこれを受諾実行する義務を負うものではないし、かつ、その意思もないから、これを執行することは不可能であつて、仮処分の本質が仮の執行力にある以上、このような執行力のないことが確実な仮処分裁判は無意味である。したがつて、本件仮処分申請はいずれも訴えの利益を欠くものであり、却下されるべきである。

三  被申請人の本案前の主張に対する申請人の反論

被申請人がその主張のとおり特権及び免除を享有することは認めるが、被申請人は、昭和五五年九月二二日付準備書面で、当審に限り判決の執行についての免除の権利を主張しないとしたのであり、その後同五六年五月一二日付準備書面で右判決の執行についての免除の権利を主張しないとの主張を撤回する旨主張しているが、右撤回は禁反言の原則に反するもので効力がないというべきであるから、判決の執行の免除を前提として本件申請は訴えの利益がないとする被申請人の主張を認めることはできない。また、被申請人は、裁判権からの免除を放棄している以上、日本の法律に従うことを認めたのであるから、裁判がなされればそれに従うのが原則であり、さらに、現在、被申請人が本件仮処分の執行の免除を求めるとしていても、将来これを放棄することもありうるから、訴えの利益が認められることは当然である。

四  申請の理由に対する被申請人の認否

1  申請の理由1については、(一)の事実、(二)の事実は認め、(三)は争い、(四)のうち、被申請人が申請人に対し、給与として申請人主張の金額を支払つたこと、賞与について就業規則第一五条が申請人主張の内容を規定していること及び申請人の基本月給が金三九万六一五七円であることを認め、その余は争う。

2  同2は不知。

五  被申請人の主張

申請人は、以下の理由によつて被申請人の駐日代表部における現地職員の身分を喪失しており、本件申請はいずれも被保全権利が存在しないから却下されるべきである。

1  本件就業規則の排他的適用

(一) 駐日代表部は、本件駐日代表部協定により、日本国において、被申請人の名誉と尊厳を代表するものとして、外交特権、治外法権を享有するのであつて、駐日代表部に勤務する現地職員と被申請人、駐日代表部との雇用関係は、かかる特殊性により、一般の雇用関係と異なつたものとして、我国の労働法によつてではなく、欧州共同体(以下「EC」という。)諸国の慣行に従つて被申請人及び駐日代表部が定めるところによつて規律される。

(二) ところで、駐日代表部には、EC諸国の労働法に合致し、かつ、全日本人職員の同意を得て制定された就業規則が存し、その第五条には、「最初の三カ月間の勤務は試用期間とみなす。試用期間中は書面により八日間の予告をなすことにより、補償を支払うことなく、いずれの当事者も契約を終了することができる。」と定められていて、その終了に際して特別な理由の存在やその明示は要件とされていない。さらに、被申請人と申請人との間で交された契約書第二条にも、右就業規則第五条と同一の文言が規定されている。

(三) 被申請人は、本件就業規則第五条に基づいて、昭和五五年六月二〇日に、同月三〇日限り申請人との間の本件契約を終了させる旨予告し、同日限りで本件契約を終了させたのであるから、申請人は、同年七月一日以降、被申請人駐日代表部の職員としての身分を喪失しており、本件申請は被保全権利が存在しないというべきである。

2  本件解雇の効力

仮に被申請人と申請人との間の本件契約について我国の労働法が適用されるとしても、次のとおり、本件解雇は、有効である。

(一) 適格性の欠如

申請人は、被申請人の駐日代表部広報部報道室に勤務するAランク(Ⅱクラス、ステップ4)の現地職員として採用されたのであつて、その基本給は三九万六一五七円であり、諸手当を含めた月収は四一万一九五〇円である。Aランク職員は、駐日代表部の上級職員であり、しかも、報道室の仕事は、(ア)定期刊行物(月刊ECジャーナル)及び不定期刊行物(単行本及びパンフレット等)の編集・発行、(イ)各種記者会見、インタビュー、座談会、講習会及びセミナーなどの企画・実施、(ウ)日本のマス・メディア(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌等)、在日ヨーロッパ人記者及び世界の主要な新聞・通信各社の東京支局長との連絡折衝、(エ)プレス・レリース(報道機関向けの発表文)の発行、(オ)新聞及び雑誌等のクリッピングや分析、(カ)フイールディング駐日代表部代表の演説原稿作成、その他、日本でのECに関する広報活動全般にわたるものであるから、申請人は、高度の職務遂行能力と信頼に足りる人格とを備えていることを要求されていたところ、次のとおり、これらの点においてAランク職員としての適格性を欠いていたため、被申請人は、試用期間の満了をもつて申請人との契約を終了させたのである。

(1) 被申請人の駐日代表部は英語とフランス語を公用語としており、被申請人は、申請人に対して特殊技能として英語の能力を要求し、申請人も得意科目は英語であると称して被申請人に採用されたのである。しかしながら、申請人は、ユベール・ドウラプラス広報参事官など上司の指示さえ十分に理解できないことがあつたほか、前記プレス・レリースなどの比較的簡単な翻訳さえ満足に行うことができず、また、報告を求められて提出した英文のリポートには初歩的なミスがあるのであつて、試用期間中に明らかになつた申請人の英語能力は、被申請人がAランクの職員として当初期待していた程のものではない。

(2) 報道室では、月刊ECジャーナルを編集・発行しており、ドウラプラス参事官や編集責任者である岸上慎太郎報道室長(以下「岸上室長」という。)ら上司は、日経マグロウヒル社から発行され医学雑誌として評価のある日経メディカル誌の編集に二年以上携わつていたとの申請人の申告に基づき、申請人が編集発行について実務的な能力を発揮してくれるものと期待した。しかしながら、ECジャーナルの編集・発行の過程で示された申請人の割付、校正、リライト(文章を縮めたり、表現を書き改めたりすること。)などの技術は、次のとおり、期待を裏切るものであつた。

① ECジャーナル五月号(昭和五五年五月下旬ころ発行)に掲載するため、岸上室長が申請人に「欧州統合年表」の原稿作成を指示したところ、申請人の作成した年表は、簡単な誤りや空白の部分が多く、そのままでは到底掲載しえないものであつた。

② ECジャーナル六月号は、岸上室長がブリュッセルの本部に出張中のために、申請人が割付から初校、再校まで手がけたのであるが、見出しなどのリライトは拙劣で、校正も杜撰なものであつたため、一部版下を造り直すなどして無駄な出費をせざるをえなかつた。

③ ECジャーナルの印刷について、岸上室長は、三陽社印刷との間でいわゆる「棒打ち」形式で行う旨合意していたが、申請人は、右形式で行うのをやめ、原稿整理を行い完全原稿を渡すべきだと主張し、原稿整理として、鉤括弧や句読点に赤で印を付けることに固執して、岸上室長が、翻訳原稿が多く、リライトなどによつて大巾な訂正もでることであり、出稿の段階で右のような原稿整理をしてもあまり意味がないから、もつとリライトや専門用語の統一などの点を勉強するようにと指導したにもかかわらず、これに従わなかつた。

(3) 申請人は、ドウラプラス参事官から、国際親善協会がフィールディング代表の講演に値する団体であるかどうかの調査を命じられた際、同団体と接触することなく同団体の性格を調査するよう命じられたのにもかかわらず、同協会の事務所を直接訪れてインタビューするなど、調査の方法を誤つたばかりではなく、右調査に不相当な長期間を要した。

(4) 報道室の仕事は広範囲なもので、多種多様の出来事を臨機応変に処理しなければならず、申請人は、岸上室長に次ぐAランク職員として、適確な状況判断力と指導力とを期待されていた。しかしながら、岸上室長が、申請人を含む報道室の職員に対して、記者会見の連絡を至急行うよう命じた際、申請人は、新聞の切抜き作業に従事したまま何ら積極的に行動しなかつた。また、EC機械業界第一次通商使節団の記者会見のために会場のセットを指示された際、前日までに打ち合わせ済でただ机などの配置をするだけであるにもかかわらず、申請人は、ただおろおろするばかりで、指導性及び積極性を発揮することができなかつた。

(5) 駐日代表部は、フィールディング代表以下約三〇名の職員と若干のアルバイトで広範な職務を処理遂行しなければならず、全職員が一致協力して対処することが不可欠であるが、申請人は、Aランクの職員としての自覚を持ちへ周囲との協調を心がけ、積極的に他の職員に溶け込んで、常に職務が円滑に完遂されるよう努力しなければならないのにもかかわらず、直接の上司である岸上室長に対しては、生半可な知識を振り回し、あくまでも自己の主張に固執して、その指導に素直に従おうとの態度がなく、また、同室の北川百合子及び吉村なな両職員に対しては、積極的にうちとけて謙虚な態度で協調しようとせず、かえつて、申請人がAランク職員として高給で採用させたために右両名がこれに反発し、その結果、申請人は円滑に職務を遂行することができなくなつている旨を他の職員に喧伝したりしたので、右両名との信頼関係を破壊し、報道室の業務に支障を生じさせたほか、駐日代表部の運転手である高橋文昭及び井下大盛両職員に対しては、両職員の意向を無視するかの如き高飛車な言動を示したため、両名の反発を招くなどして、駐日代表部内での信望を失つてしまつた。

(6) 申請人は、被申請人が申請人の採否や待遇を決定する際に重要な資料となるアプリケーション・フォームの記載に際して、正確を期して慎重に記載しなければならないのにもかかわらず、その重要な部分に不正確な記載をして被申請人を錯誤に陥れた。すなわち、申請人は、前職を日経マグロウヒル社編集部員、入社した昭和五三年の年間手取り給与を一九〇万円、退社した昭和五五年の年間手取り給与を二一〇万円と記載して、あたかも申請人がマグロウヒル社の正社員であるかのように偽つたのであるが、実際には、申請人は正社員ではなく、採用時は二か月、次に四か月、その後は三か月ごとの短期の契約を更新しながらアルバイトとして働いていたにすぎず、その年間手取り給与は、入社の年が一〇六万円、退社の年が三月までで三八万円(年収に換算すると約一五〇万円。)にすぎなかつた。また、日本エディタースクールでは、校正技術科の通信課程を終了したのにもかかわらず、通信課程である旨を記載しなかつた。被申請人は、これらの事実を正しく知つていたならば、とうてい、申請人を採用することはなかつたのである。

(二) 解雇予告の要否

(1) 労働基準法第二〇条及び第二一条は解雇予告期間を定めているが、同条は、試用期間が終了して正式に雇用した後の解雇につき適用されるものであるから、本件には適用にならない。したがつて、被申請人の昭和五五年六月二〇日付の本件終了通知により、申請人は同月三〇日限り被申請人の駐日代表部の現地職員としての身分を喪失したといわざるを得ない。

(2) 仮に右両条が本件に適用されるとしても、本件終了通知が申請人に到達した日の翌日である同月二一日から起算して、同法第二〇条所定の期間である三〇日を経過した同年七月二〇日限り、申請人は、被申請人の駐日代表部の現地職員としての身分を喪失したものである。

六  被申請人の主張に対する申請人の認否

1  被申請人の主張冒頭部分は争う。

2  同1については、(二)のうち、本件就業規則第五条が被申請人主張の内容であること及び本件契約書第二条が本件就業規則第五条と同様の内容であること、(三)のうち、申請人が六月二〇日に本件終了通知を受領したことを認め、その余は争う。

3  同2については、(一)の冒頭部分のうち、申請人の現地職員としての地位及び待遇並びに報道室の職務の内容が、いずれも被申請人主張のとおりであること、同(1)のうち、駐日代表部が英語とフランス語を公用語としていること、同(2)のうち、ドウラプラス参事官やECジャーナル編集責任者である岸上室長らが申請人の上司であること、申請人が医学雑誌として評価のある日経メディカル誌の編集に携わつていたこと、岸上室長から「欧州統合年表」の原稿作成を指示されたこと、ECジャーナル六月号の割付、初校及び再校を申請人が行つたこと、岸上室長に「原稿整理」を意見具申したこと、同(3)のうち、ドウラプラス参事官から国際親善協会の調査を命ぜられたこと、同(4)のうち、第一次EC機械業界通商使節団の記者会見の準備を命ぜられたこと、(5)のうち、駐日代表部がフィールディング代表以下約三〇名の職員と若干のアルバイトで運営されていること及び同(6)のうち、申請人がアプリケーション・フォームに被申請人主張のような記載をしたことを認め、その余は争う。

七  申請人の反論

1  本件就業規則の排他的適用の主張について

被申請人は、申請人と被申請人との雇用関係については、EC諸国労働法及び本件就業規則が排他的に適用され、わが国の労働法は適用にならない旨主張しているが、「欧州共同体の上級職員規定及びその他の職員の雇用条件を定める一九六八年二月二九日付理事会規定(規定第一六〇一―七五号二により最終的に改訂したもの)」(以下「本件理事会規定」という。)第七九条は、「現地職員の就業条件は現地職員が職務を遂行する場所における現行の諸規則及び慣例に従い、それぞれの機関により決定される。」と、同第八一条は、「当該機関と現地職員のいかなる紛争も、職務を遂行する場所において効力を有する法に従つて管轄権のある裁判所に提訴される」と定め、本件就業規則第三一条は、右理事会規定第八一条を引用して「当機関と現地職員とのいかなる紛争も、日本法の下で管轄権を有する裁判所に提訴される。」と定めている。これらの規定によれば、管轄権の決定のみならず、準拠法についても日本法の適用を認めていることは明らかである。

2  本件解雇の不合理性・不当性について

(一) 申請人は、昭和五五年一月二七日ころ、日本エディタースクールの同月二五日付就職相談室速報を見て、被申請人が職員を募集しているのを知つた。右速報には、「編集助手一名、二五―三五歳大卒経験二年上、英語または仏語できれば尚可、本採用二八万円」とあつた。申請人は、早速エディタースクールの紹介を受けてこれに応募し、同月三一日、駐日代表部へ日本文の履歴書を持参して岸上室長の第一回目の面接を受けた。岸上室長は、申請人に対して、ランクはBで給料は二八万円であると説明した。その後、申請人は、英文の履歴書と日本語の作文を提出した後、同年二月二七日、ドウラプラス参事官及び岸上室長による第二回目の面接を受け、同日、岸上室長から、採用内定を知らされた。岸上室長は、ブリュッセルの本部に提出する推薦状が必要であり、また、当時勤務していた日経マグロウヒル社から退職の了解を得るよう指示した。同年三月二〇日、申請人は、岸上室長から、本部の決定でAランクで採用される旨を知らされ、困惑したが、既にマグロウヒル社から退職の了解を得て推薦状を書いてもらつて被申請人に提出していたので、同月二八日に同社を退職し、同年四月一日から駐日代表部で就労を開始した。申請人は、就労開始後も、当初BランクのはずであつたのにAランクとされたことに困惑し、そのために仕事に支障があるのではないかと危惧し続けていたが、同月二一日、アタッシュのマッコーリーから雇用契約書を示され、岸上室長に相談したところ、署名するよう指示されたので、翌二二日、右契約書に署名してマッコーリーに提出した。その後、申請人は、英語の能力の向上に努め、また、割付、校正などの与えられた仕事に精励したほか、他の職員とも円満に仕事が遂行しうるよう努力したが、次第に申請人の地位に対する他の職員の不満が露骨に現れるようになつて、申請人の努力だけではどうにもならなくなつた。五月二〇日、申請人は、ドウラプラス参事官から口頭で試用期間満了後は雇用しない旨通知されたが、当初Bランクで採用されるはずであつたのを勝手にAランクで採用しておきながら、部内でのミスマネージメントの不満に対処せずに、申請人に責任を転嫁するのは不当であると考え、その後、ドウラプラス参事官に再考を求めたところ、ドウラプラス参事官は右通知を撤回し、Aランクとして残ることができる旨を申請人に明言した。それにもかかわらず、六月二〇日、申請人は、フィールディング代表名の本件終了通知を受け取り、同月三〇日をもつて解雇されたのである。

(二) 申請人は、被申請人に対し、解雇理由の明示を求めたがなかなか明らかにされず、やつと、七月三〇日付の書面をもつて、「試用期間中における貴殿の勤務が、特に組織能力の欠如、自発性の欠如及び判断力の乏しさにより不満足なものであつた」旨の理由が示されたのである。

しかしながら、申請人は、右の事由は何ら覚えのないことであり、また、申請人が本件訴訟で主張している事由についても、非難されるべき点はない。申請人は、岸上室長から、英語はできなくてもよい旨明言されていたし、校正についても岸上室長に比較して劣るものではなく、記者会見の準備や調査も一応やり遂げている。本件解雇は、被申請人のミスマネージメントを隠蔽するためのものであつて、何ら合理的な理由によるものではなく無効なものである。

3  労働基準法第二〇条及び第二一条違反について

本件解雇は、一〇日間の予告期間しか設けずになされたものであるから、労働基準法第二〇条及び第二一条に違反するもので無効である。

八  申請人の反論に対する被申請人の認否

1  申請人の反論1のうち、本件理事会規定及び本件就業規則がそのような内容であることを認め、その余は争う。

2  同2のうち、被申請人の主張に反する部分はすべて争う。

3  同3は争う。

第三  証拠<省略>

理由

第一本案前の申立について

被申請人は、本件申請は訴えの利益を欠く旨主張するので、この点について判断すると、被申請人がその主張のとおり特権及び免除を享有するものであることは当事者間に争いがないが、判決形成手続と執行手続とは分離して観念することができるものであつて、判決の執行を拒否される可能性があるからといつて、直ちに、判決形成手続における訴えの利益がないということはできない。そして、被申請人が裁判権からの免除を放棄していることは当裁判所に明らかであるから、本件における訴えの利益はこれを肯認するのが相当であり、被申請人の本案前の主張は採用することができない。

第二本案について

一申請の理由1の(一)及び(二)の事実並びに本件就業規則第五条には「最初の三カ月間の勤務は試用期間とみなす。試用期間中は、書面により八日間の予告をなすことにより、補償を支払うことなく、いずれの当事者も、契約を終了することができる。」と定められていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二本件就業規則の排他的適用の主張について

まず、被申請人は、申請人との雇用関係については本件就業規則が排他的に適用され、被申請人が右第五条の規定に基づき本件終了通知をしたことにより、申請人は被申請人の職員としての身分を喪失した旨主張するので、この点について判断する。

当事者間に争いのない事実並びに<疎明>によれば、ECは、欧州議会、閣僚理事会、委員会(被申請人)、及び欧州裁判所を主要な機関とするが、欧州共同体理事会規定第七九条は、「このタイトルの規定に基づき、現地職員の就業条件、特に、(a)雇入れの方法と契約の終了、(b)退職及び(c)報酬は、現地職員が職務を遂行する場所における現行の諸規則及び慣例に従い、それぞれの機関により決定される」と規定し、また、同第八一条は、「当該機関と現地職員とのいかなる紛争も、職員が職務を遂行する場所において効力のある法に従い、管轄権のある裁判所に提訴される。」と規定していること、本件就業規則の前文には、本件就業規則は右理事会規定第七九条を尊重して定められたものであることが明記されており、また、本件雇用契約書第三条には、「欧州共同体のその他の職員の就業条件を定めた理事会規定第二五九―六八号の第七九条から第八一条及び理事会規定に従つて委員会が作成し、かつ東京で雇用される現地職員の就業条件を定めた諸規則は本契約に適用される。」と記載されていること、及び、EC域内の事案についてではあるが、右理事会規定第七九条にいう「現行の諸規則及び慣例」には職務遂行地の法令を含むとした欧州裁判所の裁判例のあることが認められる。

そうすると、本件就業規則は、右理事会規定により、本来、職務遂行地である我国の現行の諸規則及び慣行に従つて定められるべきものであつて、もしこのようにして定められるべき本件就業規則が我国の法令及び判例に牴触するときは、右理事会規定が上位規範であるから、その牴触する限度で効力を有せず、我国の法令が適用されるといわなければならない。そして、後に判示するとおり、被申請人のした本件解雇は、被申請人に留保された解約権の行使であり、我国では、このような留保解約権の行使は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認することができる場合に許容されると解すべきものであるから、本件終了通知がされたことだけで、直ちに、申請人が昭和五五年七月一日以降被申請人の職員としての地位を喪失しているとする被申請人の主張は、採用することができない。

三本件解雇の効力

そこで、以下、本件解雇の効力について判断する。

1当事者間に争いのない事実並びに<疎明>によれば次の事実が認められる。

(一) 採用から解雇に至る経緯に関する事実

(1) 被申請人は、日本国政府との間で本件駐日代表部協定を締結して肩書地に代表部を設置し、その駐日代表部は、フィールディング代表以下約三〇名の職員で日本国内での諸活動に従事しているが、駐日代表部の現地職員は、五段階のジョップ・レベル(以下「レベル」という。)、九つのグループ及び二一のステップによつて等級付けられ、第一レベルにはグループⅠ(研究職員一級)及びⅡ(同二級)が、第二レベルにはグループⅢ(管理職員一級)及びⅣ(同二級)が、第三レベルにはグループⅤ(秘書・速記タイピスト一級)及びⅥ(同二級)が、第四レベルにはグループⅦ(タイピスト一級)及びⅨ(同二級)が、第五レベルにはグループⅦ(運転手一級)及びⅧ(同二級)が、それぞれ該当するものとされており、職員は、その能力及び経験などによつてレベルが定められたうえ、各レベル中まず下位のゲループに位置付けられ、各グループ内のステップは年齢及び経験に照らして決定される。そして、部内では、第一レベルをAランク、第二レベルをBランク、第三レベルをCランク、第四レベルをDランク、第五レベルをEランクと称し、各ランクの給与は、Aが約三七万円から約六三万円、Bが約二八万円から約四九万円、Cが約二二万円から三九万円、Dが約一八万円から約三五万円、Eが約二〇万円から約三五万円と定められていた。

申請人は、昭和四九年三月名古屋大学を卒業後、約三年間法律事務所で事務員をし、同五三年二月から同五五年三月まで日経マグロウヒル社の日経メディカル編集部でアルバイトをしていた。

(2) 駐日代表部の広報部は、ドウラプラス参事官を長として、資料室(ユーラー室長)と報道室(岸上室長)とに分かれ、報道室は、月刊ECジャーナルや広報パンフレットの編集・発行、プレス・レリースと称されている報道機関向けの発表文の翻訳・発行、各種記者会見、講演会及びセミナーなどの企画・実施、報道機関との連絡・折衝、日本国内のEC関連報道のファイル作成及びその傾向の分析等広範な報道関連事務を処理していた。

昭和五四年九月ころ、ドウラプラス参事官は、報道室のスタッフを充実強化するために有能な人材を新たに募集することを提案し、同年一一月下旬ころから一二月にかけて数名の候補者を面接したりしたが、いずれも外国語(英語またはフランス語)の能力に問題があつたりしたため、採用を見送り、改めて候補者を捜すこととなつた。その頃、報道室では、従来パンフレット形式であつたECジャーナルを、昭和五五年一月号から雑誌形式に改めて月刊とすることが決定されたこともあつて、早急に編集経験のある確実な人材を補充する必要が生じ、翌五五年一月二三日、岸上室長が日本エディタースクールを訪れ、求人カードに、「仕事の内容―編集、校正、レイアウトその他を含む広報活動助手、条件―男女二五〜三五歳(高い人望)大卒、経験二年以上(なるべく)、特殊技能―英語(仏語尚可)、雇用形態―本採用、試用三か月、月給二八万円・以上」と記載して候補者の紹介を依頼し、エディタースクールでは、これに基づき、就職相談室速報一九八〇年一月二五日(金)付に、「EC(欧州共同体委員会広報部)、編集助手一名二五―三五歳大卒経験二年以上、英語または仏語できれば尚可、本採用二八万円」とした募集記事を掲載した。申請人は、右速報を見て、岸上室長と連絡をとり、同月三一日に駐日代表部へ履歴書を持参した。その際、岸上室長は、申請人に対して、EC駐日代表部という性格上、英語は必要であるが、日本での広報の仕事であるから日本語の能力がより大切であつて、また、給料はBランクであると思うから最低でも二八万円になり、経験、能力、年齢などによつてはステップが上つてもつと多くなることなどを説明した。その後、駐日代表部では、応募者が一〇数名に上つたため、英文履歴書等の提出を求めて、語学力等を書類審査し、英語の能力の劣ると判断される者や記載された現職がアルバイトである者を除外して五人に絞つたうえ、同月二七日にドウラプラス参事官と岸上室長とで面接を行つた。その結果、一応の語学力もあると思われ、また日経マグロウヒル社の編集部員として二年の経験がある点を重視して(当時、ドウラプラス参事官や岸上室長は、申請人がアルバイトであることを知らなかつた。)、申請人の採用をブリュッセルの本部に推薦する旨を内定し、同日中に、岸上室長から申請人に対してその旨を知らせるとともに、三月四日までにアプリケーション・フォームなど必要書類を提出してほしいこと、最終的な判断は、提出書類に基づいてブリュッセルの本部が行うので、採用の可否や待遇は断言できないことなどを連絡した。

三月四日、申請人は、駐日代表部に対して、同日付のアプリケーション・フォームを提出した。申請人は、このアプリケーション・フォームに、語学力(英語)については「読解力・良、作文力・良、会話力・良」と記載し、また、現在の職業として「使用者の名称―日経マグロウヒル社、入社―一九七八年二月六日、年間手取給料―入社時一九〇万円、退社時二一〇万円、正確な職名―編集部員、仕事の種類―企画、著述家との交渉、原案の検討、誤謬悪文の訂正、書き直し、段落区切り、表題付け、割付け、校正」と記載したが、実際には、申請人は同社のアルバイトの臨時職員で、入社時の年間手取給与は一〇六万円、退社時が三月までで三八万円であつた。右アプリケーション・フォームには、「私、下記署名の者は、上記事項が私の知る限り真実かつ完全であることを誓つて宣誓する。……私は、私の側にその意思がなくても、虚偽の供述または脱落があつた場合は、私の応募は取消されることを了解する。」旨の条項が存した。

ブリュッセルの本部では、人事担当者が、申請人の職務、資格及び経験にかんがみ、申請人をⅡ―4クラスへ格付けるよう提案した同月一一日付上申書に、右アプリケーション・フォームのほかの必要書類を添えて、デボワ採用任命昇進部長宛に提出した。

申請人からは、同月四日以来度々駐日代表部に本部の決定の有無の問い合わせがあつたが、岸上室長は、同月一九日、申請人に対し、本部へ電話で問い合わせて知つた、Aランクで採用される旨の本部決定を連絡した。申請人は、Aランクであることに驚きながらも特段異議を述べずに、日経マグロウヒル社に対して同日付の退職願を提出し、翌二〇日、本部から正式のテレックスが駐日代表部に到達した旨の連絡を受けた。同月二四日、申請人は、日経メディカル編集部で後任者と事務の引き継ぎを行い、同月二八日に同社を退社した。

(3) 四月一日、申請人は、報道室で就労を開始した。当時、報道室は、岸上室長、申請人、北川百合子、吉村なな及び小林昌子の五名で構成され、岸上室長と申請人がAランク、北川職員(大学を卒業して駐日代表部に就職し、経験一年、申請人より五歳位若いが、海外生活の経験があり英語が堪能である。)がBランク、吉村職員(経験三年、申請人より一〜二歳年長の秘書)がCランクであつた。岸上室長は、未知数の申請人がAランクとされているので、他の職員との関係を心配したが、申請人がAランクとしての実力を発揮することが肝要であると考え、申請人に対して、「初めが肝心だから頑張るように」との指示を与えたほか、申請人との懇親を図るべく酒席を設けるなど、円滑な職務の遂行を図る努力をした。

同月二一日、申請人は、駐日代表部の人事担当アタッシェのマッコーリーから、Aランクで採用する旨の雇用契約書への署名を求められたが、その場で署名することなく、これを借り受けて岸上室長に相談したところ、岸上室長は、採用を希望するならば署名するほかないのではないかと意見を述べ、同時に、Bランクへの降格を検討してもらうようドウラプラス参事官に手紙を出してみてはどうかと助言した。

同月二二日、申請人は、熟考の末、一旦は契約書に署名して提出しておこうと決意し、岸上室長に連絡することなく、これに署名のうえマッコーリーに提出した。右雇用契約書の第二条には「この契約は期間の定めなく締結される。最初の三カ月の勤務は試用期間と見なされる。試用期間中は、書面により八日間の予告をなすことにより、いずれの当事者も契約を終了することができる。」と記載されていた。このころ、申請人は、マッコーリーから本件就業規則を受け取つた。

同月二三日、申請人は、ドウラプラス参事官に宛て、Bランクへの降格を考慮してほしい旨の書面を作成したが、岸上室長に見せたところ、タイプした方がよいのではないかと忠告され、その提出を留保した。その後、岸上室長から、五月八日、右書面を提出するよう改めて助言され、同月一二日には提出したか否かを尋ねられたが、申請人は、「手紙を出したからと言つて、そう簡単に他の人との関係が変るような気もしない。」と答えて、自らの判断で有書面を提出しなかつた。この間、駐日代表部内で申請人と他の職員とは円満を欠くようになり、申請人がBランクへの降格を検討してほしい旨希望していることが徐々に知られるようになつた。

五月二〇日、申請人は、ドウラプラス参事官から「ブリュッセル本部がAの人間をBに下げることは不可能だと言つているので、試用期間の満了をもつて契約を終了する」旨を口頭で通告され、その際、申請人が「契約書に署名しなかつたらどうなつていたか」と尋ねたところ、同参事官は「雇われていなかつた」と返答した。翌二一日、申請人は、同参事官に対し、前日の通告は納得できないのでもう一度再考してくれるよう書面で申し入れた。その後、申請人が、解雇されればEC本部に手紙を書き、マスコミにアピールし、訴訟を提起するなどと申し立てて、涙を見せたため、対応に苦慮した同参事官は、申請人に対し、「決定の再考が可能か否か確かめるため、ブリュッセル本部への連絡を考えてみよう」と答え、右五月二〇日の通告は一応なかつたものとする旨発言した。

六月九日、ブリュッセル本部への出張を終えて帰国した岸上室長が、申請人からドウラプラス参事官が五月二〇日の通告を撤回した旨を聞き、同参事官に確認したところ、同参事官は、そのような発言をやむをえずしたことは認めたものの、申請人の能力、人望などがBランク(管理職員)としても疑問であると考えていることを明らかにした。六月一八日ころ、岸上室長は、フィールディング代表から、申請人の試用期間が間もなく切れるが、申請人に対する広報部の判定はどうかと尋ねられ、ドウラプラス参事官が休暇で帰国中のため、これに代つて、同参事官が申請人はたとえBであつても不適格と判断していることを伝え、また、同月一九日の代表部内上級者会議の席上、岸上室長自身の見解としても、試用期間中に明らかになつた申請人の能力、性格などが駐日代表部の職員として不適格と考えている旨報告した。

(4) 六月二〇日、申請人は、駐日代表部の人事担当者であるマッコーリーから「東京で勤務する現地職員の雇用条件を規定している諸規則第五条の約定に基づき、甲野花子氏は、ここに正式に欧州共同体委員会との雇用契約の終了の決定を通知される。この決定は七月一日から発効する。雇用契約の約定に基づく甲野氏の最終有効就業日は、一九八〇年六月三〇日である。」との通知を受け取つた。同月二三日、申請人は、駐日代表部の職員に対し、解雇に対する抗議などを記載した文書を配布し、翌二四日には、ブリュッセルの本部に対して、右決定の取消を求める不服申立書を提出したほか、同月二六日には、弁護士を通じてフィールディング代表に対し、右決定は不当なものであり、取消すべきである旨の内容証明を郵送した。

七月一日、申請人が報道室に出勤したところ、マッコーリーから、出勤の必要はない旨の文書を手渡された。その後申請人は、ブリュッセル本部のデボワ採用任用昇進部長の署名のある一九八〇年七月三〇日付文書を受け取つたが、同文書には、「上記決定は、職能表中のグループⅡに貴殿を等級づけした結果ではなかつたが、この等級づけは貴殿に任せられ、しかも貴殿が契約に署名することにより認めた業務の客観的評価に基づくものであつた。委員会が貴殿との契約を終了させると決定した理由は、試用期間中における貴殿の勤務が、特に組織能力の欠如、自発性の欠如及び判断力の乏しさにより不満足なものであつたことである。これに関連して、委員会は、東京在委員会代表部において現在得られるのは、研究職員の地位のみであることを明記する。したがって、委員会は貴殿の解雇についての決定を確認するより仕方がない。」と記載されていた。

(二) 申請人の適格性に関する事実

(1) 駐日代表部の広報活動には、ECジャーナルの編集・発行のみならず、在日ヨーロッパ人記者や在日EC各国のビジネスマン、同大使館員らとの連絡も含まれ、また、部内でのヨーロッパ人スタッフとの日常の連絡等も英語またはフランス語で行われるところから、その職員は、意思の疎通に支障のない程度の英語またはフランス語の能力が求められる。そこで、駐日代表部は、前記のとおり、日本エディタースクールへの求人申込に際して、特殊技能として英語またはフランス語を要求している旨明示したほか、採用に際して面接も英語で行うなど、英語またはフランス語の能力を重視した(申請人は、英語力は要求されていなかつた旨供述するが、にわかに措信することができない。)。そして、応募した者のなかでは英語の能力が上位であつた申請人の採用を決定したのであるが、申請人は、実際に就労を開始してみると、ドウラプラス参事官から与えられた比較的簡単な指示さえ理解できないことがあり、同参事官は、申請人の英語の能力が期待した程のものではないと判断するに至つた。また、申請人が調査を命じられた国際親善協会に関する英文の短いリポートには、単数と複数のとり違い、主語の誤り、ピリオッドの打ち忘れなどが数か所あり、また、時制が必ずしも適当ではないと判断されるものなどが散見される。

(2) ECジャーナル五月号(申請人が就労を開始して約一カ月半以上が経過した五月下旬に発行された。)に掲載するため、岸上室長が申請人に対して「欧州統合年表」の作成を指示したところ、申請人は、ECSCは欧州石炭鉄鋼共同体の略称であるのに「欧州石炭鉄鋼条約(ECSC)」と、EECは欧州経済共同体であるのに「欧州共同体(EEC)」とし、また、欧州理事会とすべきところを「首脳会議」としたほか、広報部の資料室を利用するなどすれば容易に調査することができたはずであるのにこれをしないで、年表の七項目について全部又は一部を白紙のままとし、また、三項目について完全でない記述をするなど三八項目中合計一三項目について不完全な記載のままで原稿を提出した。

(3) ECジャーナル六月号は、岸上室長がブリュッセルの本部に出張のため、割付、校正など申請人の手に委ねられたが、同月号には、表記の不統一、送り仮名の誤り、単位の付け忘れなど十数か所の不備が見うけられる(もつとも、同月号について版下を造り直したとする被申請人の主張は、これを認めるに足りる証拠はない。)。

(4) 申請人は、ドウラプラス参事官から、国際親善協会がフィールディング代表の講演に値する団体であるかどうか、同団体の性格や評判を調査するよう命じられた際、同参事官に指示されるまで同団体の会員である報道関係者に同団体について尋ねることを怠るなど、その調査方法が適切でなく、積極性、判断力に欠けるところがあつた。

(5) 申請人は、四月中旬ころ、岸上室長に対して、ECジャーナル本文の写植文字が平体がかかつているのは読みにくいので正体にすべきであると主張し、岸上室長が、平体にも長所はあるので暫くはこのままにする旨説明したのにもかかわらず、日経マグロウヒル社や日本エディタースクールでは正体であり、調査でも正体の方が見易いとの結果が出されていると、自己の見解が正しいことを強く主張した。また、ECジャーナルの印刷の際、いわゆる「棒打ち」形式がとられている点をとらえて、「原稿整理」をして完全原稿にしたうえ印刷に回すべきことを主張し、また、鉤括弧や句読点に印を付することに執着して、岸上室長が、印刷の三陽社との間では七通りの割付パターンを取決めてあるのでその指定さえすれば書体、字詰め、字送り及び行送りなどはスムーズに行われる体制になつていることや人手も不足していることなどを説明したうえ、単に鉤括弧や句読点に印を付するのではなく、編集、校正、リライトなどの技術の修得や国際機関である被申請人の機構や役割などの理解を深めるように指導したにもかかわらず、素直に指導に従おうとしなかつた。

(6) なお、申請人は、岸上室長から、他の職員と融合するためにも、当面、昼食を他の人達と一緒にしたほうがよいのではないかと勧められたが、自分は朝食を食べて来ないから昼食は充実させなければならないとしてこの勧めに従わず、また、他の職員が順番にコーヒーを入れていても、自分はコーヒーを飲めない体質だからといつてこれに加わらないで、逆に、北川職員や吉村職員が同席していても、お茶を一人だけで飲むことがあつたほか、井上大盛運転手に対して「何故早く新聞を取つてこないのか」と強い態度で叱責したり、高橋文昭運転手に対してその都合も確かめずに記者会見の準備の手伝いを命じたりしたことがあつた。このようなことから、申請人に対し悪感情を持つ職員もあつた。

2右に認定したところによれば、申請人と被申請人との間に試用期間を三か月とする期間の定めのない雇用契約が締結されたが、右試用期間の満了直前に被申請人が申請人に対して本採用の拒否を告知したものであつて、被申請人のした本件本採用の拒否は、試用期間中被申請人に留保されていた解約権の行使というべきである。

ところで、右のような試用期間中の解約権の留保は、使用者が労働者を採用するにあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解されるのであつて、今日における雇用の実情にかんがみるときは、一定の合理的期間の限定の下にこのような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるというべきであり、それゆえ、右の留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない。そして、この留保解約権の行使は、右のような解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認することができる場合に許されるものと解すべきである(最高裁昭和四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三六頁参照)。

そこで、本件における解約権の行使が社会通念上相当として是認することができるかどうかを考えるに、前記認定の事実によれば、申請人は、駐日代表部報道室のAランク職員として被申請人に採用され、ECジャーナルの編集、発行を主とし、その他広報活動全般にわたつて活躍することを期待されていたところ、試用期間中において、ECジャーナルの編集、発行の仕事、とりわけ校正、原稿整理等の仕事に力を注ぎ、その余の広報室の仕事については積極的にこれを遂行しようとしなかつたのみならず、その仕事ぶりにはミスがないでもなかつたものである。しかも、右編集、発行に関する申請人の能力は、被申請人の期待に応えるものではなかつたばかりでなく、申請人の英語の能力も、被申請人が採用時において予想した程度に達していなかつたものであり、さらに、申請人は、上司の命に素直に従わず、また、同僚の職員等との協調性に欠ける点があつたのである。そして、他方、被申請人は、駐日代表部の雇用形態としていわば能力主義を採用し、ランク別に地位、給与等に格差を設け、AランクやBランクの該当者に対しては年齢が若くてもかなり高い給与を支給していたものであり、この点からみると、被申請人が、右のような高いランクの職員の採用に際して、適格性の審査を十分に行うため試用期間を設けて解約権を留保するのは、このような雇用形態を採らない場合に比し、より強い合理性を有するものということができ、本件契約において留保された解約権の行使は、ある程度広くこれを認めることができるというべきである。

ところで、申請人は、本来Bランクで採用されるはずであつたのに、被申請人が勝手にAランクで採用したため、申請人の地位に対する他の職員の不満があらわれ、円満な職務遂行ができなかつた旨主張する。前記認定事実によれば、なるほど、申請人が被申請人の求人に応募した当初、岸上室長から申請人に対してBランクであるかのような説明がされたことがあり、申請人もBランクで採用されると考えたものである。しかしながら、申請人は、Aランクで採用されることを知つた日に日経マグロウヒル社に対して正式に退社届を提出し、契約に際しては十分熟考したうえAランクであることを了承して契約書に署名したこと、また、Aランクという申請人の地位、待遇は、申請人によつてアプリケーション・フォームに記載された経歴などが不正確であつた(前認定のとおり、実際にはアルバイトの臨時職員であつたのに、正式の編集部員であつたように記載され、また、年収も高額に記載されていた。)ため、被申請人に誤解が生じ、これに基づいて決定されたものであることなどの事情を勘案すれば、申請人がAランクで採用されたことについては、申請人にも責任を負うべき点があるというべきである。しかも、前記認定事実に照らすと、申請人が円満に職務を遂行することができなかつた原因が、Aランクで採用されたことのみにあつたとはとうてい考えられないのみならず、申請人がBランクで採用されていたとしても、適格性につき問題が生じなかつたということはできない。

以上説示したところと、申請人が、大学卒業後数年間他の職についた後に採用された、いわゆる中途採用者であり、他方、被申請人が、日本において営利を目的とする民間企業でなく、欧州共同体という国際機関の委員会であつて、その駐日代表部は我国における広報活動を含む諸活動に従事するものであることなど前認定の事実関係をすべて総合して判断するときは、被申請人が、申請人について、駐日代表部の職員として適格性を欠くとしてその本採用を拒否したことは、試用期間に伴う前記解約権留保の趣旨、目的に照らして合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認することができるものといわざるを得ない。

そうすると、被申請人が本件終了通知によつてした解雇の意思表示は有効であつて、申請人は、右解雇の意思表示がその効力を生じた時に被申請人の職員としての地位を喪失したものというべきである。

四  本件解雇の効力の発生時期

そこで次に、本件解雇の効力の発生時期について検討するに、被申請人は、申請人に対して昭和五五年六月二〇日に契約の終了を予告したから、本件就業規則五条により、申請人は同月三〇日をもつて被申請人の職員としての身分を喪失した旨主張しているが、我国の労働基準法第二一条第四号、第二〇条によれば、申請人のような試用期間中の者であつても一四日を超えて引き続き使用されている場合には、三〇日前に解雇予告をすることが必要とされており、我国の現行の労働基準法に牴触する本件就業規則の条項は、前判示のとおり、その牴触する限度において効力がなく、労働基準法が適用されると解されるから、右被申請人の主張は採用することができない。しかしながら、同法二〇条に定める期間に満たない予告期間を設けてなされた解雇予告も絶対的に無効なのではなく、同条の期間を経過することによつて解雇の効力が発生すると解するのが相当であるから、被申請人が申請人に対してした本件解雇の効力は、同年七月二〇日の経過によつて発生すると解するのが相当である。

右によると、申請人は、被申請人に対し、同月一日から二〇日までの二〇日間分の賃金請求権を有するものと認められるが、その保全の必要性について検討するに、本件全疎明によるも、申請人について直ちに右二〇日分の賃金の仮払を受けさせなければならない程の急迫した事情があると認めることはできない。

第三  結論

よつて、本件申請はいずれも理由がなく、事案に照らして保証をもつて疎明に代えることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(宍戸達徳 須藤典明 相良朋紀)

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