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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)1226号 判決 1981年10月30日

原告

有限会社親和製作所

右代表者

中山又親

右訴訟代理人

大原誠三郎

和田栄一

被告

東京メタル工業株式会社

右代表者

大政龍晋

被告

大政龍晋

右被告ら訴訟代理人

熊野朝三

主文

一  被告東京メタル工業株式会社は原告に対し金八五五万一五九五円及びこれに対する昭和五五年三月一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告大政龍晋は原告に対し金八五五万一五九五円及びこれに対する昭五五年三月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判<省略>

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は金属プレス加工等を業とする会社であり、被告東京メタル工業株式会社(以下「被告会社」という。)は金属メッキ等を業とする会社で被告大政がその代表取締役の地位にあつたものである。

2  原告は、昭和五四年六月、被告会社からプレス関係金型及び各種音響機器部品の製造加工の注文を受け、代金は納品次第当月二〇日締切、翌月末日までに半額を現金で、半額を手形で支払うとの約定で、同年七月二〇日から八月一〇日までの間に代金合計九五五万一五九五円相当の品物を被告会社に納入した。

しかるに、被告会社は同年八月一日に右代金のうち一〇〇万円を原告に支払つたのみで、残代金八五五万一五九五円の支払をしない。<以下、事実省略>

理由

一被告会社に対する請求について

1  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

原告は右残代金の弁済期が昭和五四年一〇月一日前であると主張するが、納品の翌月末日までに被告会社が代金支払のために原告に交付すべき手形の支払期日について特段の約定があつたことの主張立証はなく、<証拠>によれば、被告会社から原告に交付された代金支払のための約束手形の最終支払期日は昭和五五年二月二九日であることが認められるので、同日をもつて残代金の最終弁済期とすべきである。したがつて、被告会社は原告に対し残代金八五五万一五九五円及びこれに対する右最終弁済期の翌日である昭和五五年三月一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

2  被告会社は、原告が納期に遅れたため損害を被つたとして損害賠償請求権による相殺を主張するが、原告との間の納期の約定に関する<証拠>中の被告会社代表者大政龍晋の供述はたやすく採用しがたく、他に被告会社主張のような確定納期の定めがあつたことを認め得る証拠はない。かえつて、<証拠>によれば、原告からの納品についてはできるだけ早くという了解はあつたものの、具体的な納期はその都度原、被告間で打ち合せることになつており、この打合せで決められたとおりに納品が行れたことが認められる。したがつて、右納期遅れを理由とする損害賠償請求権による相殺の主張は失当である。

二被告大政に対する請求について

1  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  被告大政は、東京都大田区池上七丁目一三番一五号に事務所を有し廃水ガス処理装置等を取り扱う東京化学装置を経営していたが、昭和五四年四月ころ、訴外中村義太郎を介して、富山県中新川郡上市町にある電子部品製造業のカミイチ電子という初めての会社からカーステレオ部品の製造加工の話が持ち込まれたので、別会社をつくつてその注文を引き受けることとし、同年五月、三和金属工業を買収して商号を被告会社と改め、被告大政がその代表取締役、右中村がその取締役に就任した。被告会社は登記簿上の事務所を東京都大田区中央八丁目三三番五号に置き、資本金は一五〇万円であつたが、実際には前記東京化学装置の事務所の二階の一部を事務所とし、被告会社固有の資産も設備もなく、カミイチ電子から受注する部品の製造加工は下請業者に外注に出すことを予定していた。また、被告会社の収入としてはカミイチ電子から受け取る代金しかないので、右外注先の業者に対する支払は専らこれによつてまかなうこととしていた(被告大政が東京化学装置を経営していたこと、同被告がカミイチ電子からのカーステレオ部品の製造加工を受注するため三和金属工業を買収して商号を被告会社と改め、その代表取締役に就任したこと、被告会社の実際の事務所が東京化学装置の事務所の二階にあり、カミイチ電子から受注した部品の製造加工は外注に出すことを予定していたことについては、当事者間に争いがない。)。

(二)  被告会社は昭和五四年五月ころからカミイチ電子との取引を開始したが、カミイチ電子は、昭和五一年に設立された資本金一〇〇〇万円の会社で、昭和五四年三月に約八〇〇〇万円の焦付が発生して以来数千万円の焦付発生が続き、主力取引銀行から敬遠され、融通手形の操作で表面を糊塗しているという状態であつた。

(三)  被告会社は、カミイチ電子から受注した部品の製造加工の外注先を探した結果、川西貞夫の紹介により、請求原因2のとおり従来取引のなかつた原告に下請をさせた。そして、原告に対する残代金八五五万一五九五円の支払にあてるため被告会社振出の約束手形とカミイチ電子から受領していた同会社振出の約束手形を原告に交付したが、同年一〇月カミイチ電子が倒産し、これにより被告会社も事実上営業をやめ支払能力を失つたため、右各約束手形は前記一1で認定した最終支払期日である昭和五五年二月二九日までにいずれも不渡となり、原告は右残代金を回収することが不能となつて同額の損害を被るに至つた(被告会社がカミイチ電子からの注文を原告に下請させたこと、カミイチ電子が昭和五四年一〇月に倒産したこと、被告会社に支払能力がないことについては、当事者間に争いがない。)。

2  右の事実によれば、被告会社はカミイチ電子と取引をするためにつくられた会社であり、カミイチ電子から支払われる代金を唯一の収入源とするものであるから、その取引に当たつては、カミイチ電子の経営状態や支払能力等について十分確認をし、もし不安が認められる場合には、それにもかかわらず当面の利益のためにあえてこれとの取引に踏み切ろうとする以上、万一カミイチ電子からの代金支払が遅滞してもそれによつて直ちに被告会社を破綻させないだけの用意をしておくことが、会社経営者として要求されるものというべきである。しかるところ、<証拠>によれば、同被告は自己の取引金融機関である東京産業信用金庫蒲田支店に電話でカミイチ電子について問合せをし、また、カミイチ電子の東京営業所で営業が順調である旨の話を聞いたことがあるというのであるが、当時のカミイチ電子の経営実態が前記1(二)で認定したとおりであつたことからみれば、仮に右供述のとおりの事実があつたとしても、それは未知の相手方との取引のための調査としてとうてい十分なものであつたとはいいがたい。むしろ、被告大政が東京化学装置としてカミイチ電子の注文を引き受けることを避け、実体のとぼしい被告会社を特につくつて新たな外注先に下請させた経過や、前記原告代表者尋問の結果によつて認められる被告大政の本件代金決済に対する態度等を合せ考えるならば、被告大政は、カミイチ電子との取引について不安を持つていたからこそ被告会社の名において取引を行つたものであると推認するのが相当であるところ、被告大政が、右の不安が現実化するに至つた場合に直ちに被告会社の経営を破綻させないだけの用意をしていた形跡は皆無である。同被告は、被告会社が破綻し、その結果下請業者など会社債権者に損害が及ぶことについて意に介さなかつたと認めざるを得ない。

してみると、被告大政は、被告会社代表取締役としての職務を行うにつき重大な過失があつたというべきである。

3  被告会社がカミイチ電子の倒産によつて支払能力を失い、原告に対して残代金八八五万一五九五円相当額の損害を被らせたことは前記1(三)で認定したとおりであるから、右損害につき、被告大政は、商法二六六条の三の規定によりこれを賠償する責任を免れない。なお、原告は右損害の発生が昭和五四年一〇月一日であるとして同日からの遅延損害金を請求しているが、右損害がカミイチ電子の倒産前である同日前に既に確定的に発生していたとは認めがたく、前記不渡となつた各約束手形の最終支払期日である昭和五五年二月二九日までに損害が発生したものと認めるのが相当である。したがつて、被告大政は原告に対し右損害八五五万一五九五円及びこれに対する右損害発生の翌日である昭和五五年三月一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

三以上の次第で、原告の被告らに対する請求は、主文第一、二項記載の限度において認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤繁)

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