大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和55年(ワ)12523号 判決 1981年9月11日

原告 ダイヤモンド工芸株式会社

右代表者代表取締役 榊飛七郎

右訴訟代理人弁護士 村田茂

被告 株式会社開成建設

右代表者代表取締役 武田宏

右訴訟代理人弁護士 清水徹

被告 有限会社ホシノ

右代表者代表取締役 星野武男

右訴訟代理人弁護士 杉山博

被告 株式会社サンエース

右代表者代表取締役 堀部忠三

右訴訟代理人弁護士 新井正熙

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告株式会社開成建設は原告に対し、

(一) (主位的請求)金五〇五万円及びこれに対する昭和五五年一二月四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) (予備的請求)金三八四万四一五七円及びこれに対する昭和五五年一二月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告有限会社ホシノは原告に対し、金二二五万九〇八四円及びこれに対する昭和五五年一二月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告株式会社サンエースは原告に対し、金一五八万五〇七三円及びこれに対する昭和五五年一二月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言。

二  被告株式会社開成建設

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告有限会社ホシノ

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

四  被告株式会社サンエース

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は訴外有限会社秀和装備(以下「訴外会社」という。)に対し、浦和地方法務局所属公証人斉藤厳作成昭和五五年第六八六号債務弁済契約公正証書に基づく請負代金三〇〇〇万円の債権(弁済期昭和五五年七月一五日)を有する。

2  訴外会社は、同年六月五日不渡手形を出して倒産した。

3  訴外会社は、倒産時において被告株式会社開成建設(以下「被告開成建設」という。)に対し、総額金五〇五万円の工事代金債権(以下「本件債権」という。)を有していた。

4  被告有限会社ホシノ(以下「被告ホシノ」という。)は、同年六月一一日訴外会社に対する売掛金等金五九〇万一九七七円の内金四五〇万円を請求債権とし、また同月一六日内金七〇万円を請求債権とし、浦和地方裁判所川越支部の決定を得て、訴外会社の被告開成建設に対する本件債権を仮差押した。

5  被告株式会社サンエース(以下「被告サンエース」という。)は、同月二六日に訴外会社に対する約束手形金三五〇万八四八〇円を請求債権とし、東京地方裁判所の決定を得て、本件債権を仮差押した。

6  原告は前記1の訴外会社に対する債権を請求債権とし、同年八月二一日に本件債権につき債権差押取立命令を得て、同命令は同月二二日被告開成建設に送達された。

7  ところが被告開成建設は同月一九日に訴外会社に対する債務金五〇五万円を、被告ホシノに対し金三〇一万五三五五円、被告サンエースに対し金二〇三万四六四五円と分割して支払ったため、原告の債権差押取立命令は執行不能となった。

8(一)  被告開成建設の支払は以下の理由により無効であって訴外会社の被告開成建設に対する本件債権は未だ存在しており、また仮に右支払が無効でないとしても、支払は違法であって、原告に対する不法行為となるものである。

(1) 被告開成建設の支払は単に仮差押されたのみで本執行がなされていないのに債権者たる訴外会社の承諾を得ないで行われたもので無効である。

(2) 仮差押における請求債権は、本案訴訟により否定或いは修正されることもあり得る未確定の債権である。被告開成建設はこの未確定の債権に基づき被告ホシノ及び同サンエースに支払ったもので、訴外会社に対する債務の弁済とはならない。

(3) 仮差押執行中の債権は執行裁判所によって凍結された状態にあり、仮差押の執行を解放しないで支払ってはならないのに、被告開成建設はこれを支払ったものであって、右支払は無効である。また差押債権を支払ったとすれば封印破棄罪と同視すべき違法行為であって、故意又は重大な過失があることは明らかである。

(二) 被告ホシノ及び同サンエースは、故意又は重大な過失により、原告が債権者平等の立場で受けられたであろう金額と同額の損害を原告に与えた。すなわち、訴外会社の債権者が多数おり、平等に配分すべきことが昭和五五年七月一八日に開かれた債権者会議で決議された。被告ホシノは債権者会議に出席していないが、開催の通知は受け取っており、かつこの種の倒産事件においては、被告ホシノ及び同サンエース以外に多数の債権者がいることは当然予想されることである。

9  よって、原告は

(一) 被告開成建設に対し、主位的には訴外会社の債権者として、同会社に代位して訴外会社の被告開成建設に対する売掛代金五〇五万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五五年一二月四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、予備的には不法行為に基づく損害賠償として、金三八四万四一五七円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五五年一二月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、

(二) 被告ホシノに対し、不法行為に基づく損害賠償として、同被告が被告開成建設から支払を受けた金三〇一万五三五五円から前記原告の債権差押取立命令が執行不能とならなければ比例配分により支払を受けられたであろう金七五万六二七一円を控除した金二二五万九〇八四円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五五年一二月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、

(三) 被告サンエースに対し、不法行為に基づく損害賠償として、同被告が開成建設から支払を受けた金二〇三万四六四五円から右(二)同様比例配分により支払を受けられたであろう金四四万九五七二円を控除した金一五八万五〇七三円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五五年一二月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、

各支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

(被告開成建設)

1 請求原因第1項の事実は知らない。

2 同第2ないし第6項の事実はいずれも認める。

3 同第7項の事実は認める。但し、被告開成建設は、(一)被告ホシノに対し、原告主張の金額を合計額面金額とする小切手(額面金一五〇万七八五五円)及び約束手形(額面金一五〇万七五〇〇円)を交付し、(二)被告サンエースに対し、原告主張の金額を合計額面金額とする小切手(額面金一〇一万七六四五円)及び約束手形(額面金一〇一万七〇〇〇円)を交付したが、約束手形分については、本件訴訟が提起されたため、いずれも支払を拒絶して手形金を供託している。

4(一) 同第8項の(一)は否認又は争う。

(二) 同第8項(二)のうち、債権者会議が開かれたこと及び平等に配分すべき旨決議されたことは知らない。その余は否認又は争う。

5 同第9項は争う。

(被告ホシノ)

1 請求原因第1項の事実は知らない。

2 同第2ないし第5項の事実はいずれも認める。

3 同第6項の事実は知らない。

4 同第7項の事実のうち、被告ホシノが金一五〇万七八五五円の支払を受けたことは認めるが、その余の金一五〇万七五〇〇円の支払を受けたことは否認する。

5(一) 同第8項(一)は否認又は争う。

(二) 同第8項(二)のうち、債権者会議が開かれたこと及び平等に配分すべき旨決議されたことは知らないが、その余は否認又は争う。

6 同第9項は争う。

(被告サンエース)

1 請求原因第1項の事実は知らない。

2 同第2ないし第5項の事実はいずれも認める。

3 同第6項の事実は知らない。

4 同第7項の事実のうち、被告サンエースが金一〇一万七六四五円の支払を受けたことは認めるが、その余の一〇一万七〇〇〇円の支払を受けたことは否認する。

5(一) 同第8項(一)は否認又は争う。

(二) 同第8項(二)のうち、債権者会議が開かれたことは認めるが、その余は否認又は争う。

6 同第9項は争う。

三  被告らの主張

1  被告ホシノ及び同サンエースは、訴外会社に対する弁済期が仮差押の時までに到来している請求原因第4及び第5項記載の債権を有する債権者として、訴外会社に代位して、同会社の被告開成建設に対する本件債権の支払を求め、被告開成建設は、右代位権の行使に対し支払をなし、被告ホシノ及び同サンエースは右支払を受けたものである。したがって、本件債権のうち、被告開成建設が被告ホシノ及び同サンエースに対し現実に支払った部分については、既に債権が消滅しており、またその余の部分については、本件訴訟が提起されたため、被告開成建設においてこれを供託しているものである。

2  かりに、被告開成建設の被告ホシノ及び同サンエースに対する前記金員の支払が、受領の権限を有しない者に対するものであるとしても、被告ホシノ及び同サンエースは訴外会社に対する債権に関する訴えの提起を取りやめ、右受領分につき訴外会社の被告ホシノ及び同サンエースに対する債務額が減少し、訴外会社は利益を受けているのであるから、民法四七九条により右支払は有効である。

四  被告らの主張に対する原告の認否

1  被告らの主張第1項のうち、被告ホシノ及び同サンエースが訴外会社に対して有する債権の弁済期が仮差押の時までに到来していたこと、被告開成建設が訴外会社に対する債務を被告ホシノ及び同サンエースに対し支払ったことは認め、その余の事実は知らない。

2  同第2項は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、請求原因第1項の事実(原告が訴外会社に対し、公正証書に基づく金三〇〇〇万円の請負代金債権を有すること)が認められる。また、同第2項(訴外会社が倒産したこと)及び同第3項(訴外会社が倒産時に被告開成建設に対し、総額金五〇五万円の工事代金債権を有していたこと)は、当事者間に争いがない。

二  原告は被告開成建設に対する主位的請求として、訴外会社に代位して同会社の被告開成建設に対する売掛代金の支払を求めているところ、右一の認定事実によれば、原告の債権者代位権行使の要件に欠ける点はないと認められる。そこで、すすんで被告らの主張1(弁済及び供託による債権の消滅)について判断する。

被告ホシノが訴外会社に対する売掛金等を請求債権とし、訴外会社の被告開成建設に対する本件債権を仮差押したこと(請求原因第4項)、被告サンエースが訴外会社に対する約束手形金を請求債権とし、同じく本件債権を仮差押したこと(同第5項)並びに被告ホシノ及び同サンエースの訴外会社に対する債権は右仮差押時にいずれも弁済期が到来していたことは当事者間に争いがない。

また、右認定事実並びに弁論の全趣旨によれば、被告ホシノ及び同サンエースは、前記仮差押の後、いずれも訴外会社に対し、仮差押時に既に弁済期が到来していた債権を有する債権者として、訴外会社に代位して被告開成建設に対し、本件債権の弁済を求めたこと、被告開成建設は、訴外会社に対する債務金五〇五万円のうち、(一)被告ホシノに対し金三〇一万五三五五円を合計額面金額とする小切手(額面金一五〇万七八五五円)及び約束手形(額面金一五〇万七五〇〇円)を交付し、(二)被告サンエースに対し金二〇三万四六四五円を合計額面金額とする小切手(額面金一〇一万七六四五円)及び約束手形(額面金一〇一万七〇〇〇円)を交付したこと、右のうち、小切手はいずれも決済され、小切手金が被告ホシノ及び同サンエースに支払われたが、約束手形については本件訴訟が提起されたため、被告開成建設においていずれも支払を拒絶して手形金相当額を供託していることが認められる。

したがって、訴外会社の被告開成建設に対する本件債権は、被告開成建設が被告ホシノ及び同サンエースに対し小切手を交付し現実に支払った部分並びに本訴が提起されたため被告開成建設において供託した部分いずれについても既に債権が消滅しているといわざるをえない。

三  原告は、被告開成建設の被告ホシノ及び同サンエースに対する支払が無効である旨主張するので、この点について判断する。

1  原告の請求原因第8項(一)(1)の主張について

債権者において、債権者に代位して第三債務者に対する債権の支払を求めるためには、債務者の承諾は法律上必要でないから、原告の右主張は失当である。

2  同(一)(2)の主張について

既に述べたように、債権者が、債務者に対する債権について債務名義を取得しておくことは、債権者代位権行使のための要件であるとは解せられないから、原告の右主張は失当である。

3  同(一)(3)の主張について

債権者の債務者に対する請求債権に基づき、債務者の第三債務者に対する債権(被差押債権)を仮差押した場合、第三債務者は債務者に対する弁済を禁じられ、仮に債務者に支払をしても、これによる免責をもって仮差押債権者に対抗できないという制約を受けるが、仮差押債権者自らが債務者に代位して債務者の第三債務者に対する債権の支払を請求してきた場合に、第三債務者が仮差押債権者に対し、自らの債務を支払ったとしても、債権者代位権の行使が適法である以上、右支払が私法上何ら無効となるものではない。よって、原告の主張は失当である。

四  以上の事実によれば、被告ホシノ及び同サンエースは、被告開成建設に対し、裁判外で訴外会社に代位して同会社の有する本件債権の支払を求めたものであるところ、債務名義を有しない債権者も自己の債権が弁済期にあれば、代位訴訟を提起することなく裁判外で、債務者に代位して第三債務者に対する債権の支払を求めることができ、しかも第三債務者に対しては直接債権者自身に支払を請求できると解されるから、本件において、被告ホシノ及び同サンエースの債権者代位権の行使にはその要件に欠けるところがなかったものと認められる。また被告開成建設のした供託についても、これを違法とすべき事情は認めることができない。

よって、被告らの主張2(受領権なき者への弁済)について判断するまでもなく、訴外会社の被告開成建設に対する本件債権が存在していることを前提とする原告の同被告に対する主位的請求は理由がない。

五  原告は被告開成建設に対し、予備的に、同被告の被告ホシノ及び同サンエースに対する支払が不法行為を構成するとし、損害賠償を求めている。

弁論の全趣旨によれば、原告は訴外会社に対する公正証書に基づく金三〇〇〇万円の請負代金を請求債権とし、昭和五五年八月二一日に訴外会社の被告開成建設に対する債権につき債権差押取立命令を得たこと、同命令は同月二二日被告開成建設に送達されたこと、ところが、前記二認定のとおり、被告開成建設が同月一九日に訴外会社に対する債務金五〇五万円を、被告ホシノに対し金三〇一万五三五五円(小切手金一五〇万七八五五円、約束手形金一五〇万七五〇〇円)、被告サンエースに対し金二〇三万四六四五円(小切手金一〇一万七六四五円、約束手形金一〇一万七〇〇〇円)と分割して支払ったため原告の債権差押取立命令は執行不能となったことが認められる。(但し、原告と被告開成建設の間では以上の事実は争いがない。)

しかしながら、既に述べたように、被告ホシノ及び同サンエースは、訴外会社に代位して被告開成建設に対し同被告の訴外会社に対する債務の弁済を求め、同被告は右債権者代位権の行使に対し債務を分割して被告ホシノ及び同サンエースに対し支払った(一部は供託した)ものであって、被告開成建設の支払行為が適法な債権者代位権の行使に対するものである以上、原告の差押取立命令が執行不能となったからといって、右支払行為をもって直ちに違法であると解することはできない。よって、原告の右予備的請求も理由がない。

六  原告は被告ホシノ及び同サンエースに対しても、同被告らが被告開成建設から支払を受けたことが不法行為に該当すると主張する。

しかしながら、被告ホシノ及び同サンエースは、訴外会社に代位して同会社の被告開成建設に対する債権を行使し、その支払を受けたものであって、右債権者代位権の行使に何ら違法な点を認めることができないから、原告の右主張は理由がない。

この点について、原告は、訴外会社には債権者が多数おり、平等に配当すべきことが債権者会議で決議されており、被告ホシノが同会議に出席していなかったとしても、他に同被告以外に多数の債権者がいることは当然予想された旨主張するが、右債権者会議において、平等に配当を受けるべき旨の合意がなされたことを認めるに足る証拠はなく、また、他に多数の債権者がいることが当然に予想されるからといって、ある債権者が他の債権者と協議することなく、自らの債権回収のための法的手段をとることが直ちに他の債権者に対する不法行為となるものではないから、原告の右主張も理由がない。

七  以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉野孝義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例