東京地方裁判所 昭和55年(ワ)12847号 判決
一 請求の原因1ないし3の事実、同4の事実のうち、被告らが被告製品(一)ないし(四)を製造販売し、又は製造販売したことのあること及び同5の事実は、当事者間に争いがない。
二 右当事者間に争いのない本件発明の構成要件及び被告装置の構造に基づき、被告装置が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて判断する。
1 まず、被告装置が本件発明の構成要件Dを充足するかどうかについて検討する。
成立に争いのない甲第二号証(本件公報)によれば、(1)本件発明は、写真植字機における表示装置に関するものであるところ、表示装置は、見やすいものであること、反復使用が可能なものであること、耐久性が大であること及びコストが低廉であることなどの要求を満足させるものであることが望ましいこと、(2) 従来の表示装置は、点字装置が表示板の前面に配置されていたため、点字装置で表示板に記された点字位置が点字装置の影にかくれてしまい、印字状態を把握するのに支障があるという欠陥があつたこと、(3) 右欠陥を改善したものとして、薄鋼板又は透明状の合成樹脂板で表示板を構成し、その裏面から表示器で表示するようにしたものがあり、この表示装置は、裏面表示にしたことによつて欠陥の多くを改善したが、新たに、裏面表示をするについて表示板の材質及び形状をどうするか、表示板裏面に表示されるインキを、反復使用に耐えうるよう拭き取ることができるようにするにはどうすればよいか、透明状としたことによつて表示板後方にある各種装置が透視され、表示したインキの確認に邪魔になるのではないかといつた問題が生じたこと、(4) 本件発明は、このような問題点の解決を目的として、特許請求の範囲のとおりの構成を採用し、これにより、オペレーターは、印字位置表示及び次回の印字位置を示す点字子のみを表示板を通して鮮明に見ることができ、また、点字子以外の装置等は、ボケてしまい、はつきり見えないので、表示板を見るときの邪魔にならず、したがつて、組版体裁、字詰数、行数、印字の進行状態等を容易に確認することができ、更に、表示板裏面を右構成のマツト面としたので、印字位置表示のインキを、マツト面を表示面として直接付着させても、インキの拭き取りは容易であり、しかも、反復使用に耐えられるという効果を奏するものであること、(5) 本件発明の構成要件Dは、本件明細書の発明の詳細な説明の項において、実施例に即して、「第7図に示すものはマツト面の凹凸のピツチnが小なるものであるから、図面中インキ28の斜線で示した部分が拭き取られ、凹部の黒く塗りつぶしてある部分29にインキが残つてしまうから、その上に新たな印字位置表示の為のインキを付着させても判別はし難くなる。これに比べ第8図に示すものはマツト面の凹凸のピツチnが大なるものであるから、凹部に入つたインキまでもきれいに拭き取ることができ印字位置表示を繰返し表示し、消しても一定の見易さを保つことができる。しかし、このピツチをあまり大きくしてしまうとマツト面としての機能が薄れ、通常の透明板に近いものとなつて本願の意図するものから外れてしまう。このように本願でいうマツト面とは、上記してきた各種の条件を満足するものでなければならない。そしてこの条件を満たすものとしては、例えば三菱レーヨン株式会社より市販されているピンスポツトなどの合成樹脂があげられる。」(本件公報三頁六欄一行目ないし一九行目)と説明されていることが認められる。右認定の事実によれば、本件発明の構成要件Dの凹凸を施してマツト面とした表示板の構成は、本件発明の特許出願の願書添付の図面(本件公報記載の図面)中第8図に示すような構成を意味し、第7図に示すような構成は、本件発明の右構成に含まれないものと解するほかはない。そして、右の図面によれば、第8図に図示されている凹凸のピツチは、点字子によつて付着したインキの大きさとほぼ一致しており、また、第7図のそれは、点字子によつて付着したインキの大きさのほぼ二分の一の大きさであることが認められる。この点に関して、原告は、願書添付の図面中第5図ないし第9図は、マツト面の凹凸の大小に関する説明のためのものであり、マツト面の凹凸の大きさと点字子によつて付着したインキの大きさとの関係について説明したものではなく、マツト面の凹凸の大きさとの相対的な関係については、本件明細書中には具体的な記載はない旨主張する。しかしながら、前認定の事実によると、本件明細書には、第7図に示すものは、インキ28の部分が拭き取られ、凹部の黒い部分29にインキが残つてしまうから、その上に新たな印字位置表示のためのインキを付着させても判別し難くなること、第8図に示すものは、凹部に入つたインキまでもきれいに拭き取ることができ、印字位置表示を繰返し表示し、そして、これを消しても、一定の見やすさを保つことができること及び本件発明は、右の条件を満足するものでなければならないことが記載されているところであり、右記載によれば、原告(出願人)は、第7図のものは、インキを拭き取ることができないから、本件発明の構成を充足せず、これに対して、第8図のものは、インキをきれいに拭き取ることができるから、本件発明の構成を充足するとしているのであつて、マツト面の凹凸の大きさと点字子によつて付着したインキの大きさとの関係について、右のとおり認識し、右認識のとおり本件明細書に開示しているものといわざるをえない。したがつて、原告の右主張は、採用することができない。
他方、被告装置の構造dは、別紙目録(一)ないし(四)のグラフにみられるような凹凸を施してマツト面とした表示板(2)の構成であり、右グラフ及び成立に争いのない乙第一五号証の一によれば、被告装置の表示板(2)の凹凸の平均ピツチの値は、被告装置(一)及び(四)の表示板(2)(ウレトンPVC)が約二三μm、被告装置(二)及び(三)の表示板(2)のうちグラフ(2)のもの(パラグラスSP)が約一五μm、被告装置(二)及び(三)の表示板(2)のうちグラフ(4)のもの(フアインマツト)が約三三μm、被告装置(三)の表示板(2)のうちグラフ(3)のもの(ピンスポツト)が約八三〇μmであることが認められる。そして、成立に争いのない甲第一八号証及び乙第一七号証の一によれば、「写研製インキつぼ」の点字子によつて付着したインキの大きさは、直径約一mmであるが、使用期間や使用回数によつて点字子の先端が若干つぶれ、点字したインキの大きさも若干大きくなること、「リヨービインキツボ」の点字子によつて付着したインキの大きさは、未使用の点字子の場合が直径〇・三mmないし〇・四mm、一万回使用後の点字子の場合が直径〇・八mmないし〇・九mm、五万回使用後の点字子の場合が直径一・〇mmなし一・一mmであること、右点字子の先端は、一日使用(約一万回使用)するとつぶれてしまい、その後は、インキが尽きて交換する段階(約五万回使用)までほとんど変化しないことが認められ、右認定の事実によると、点字子によつて付着したインキの大きさは、〇・三mmないし一・一mmの範囲内であるということができる。右認定の被告装置の表示板(2)の凹凸のピツチと点字子によつて付着したインキの大きさとの関係をみると、被告装置(一)及び(四)の表示板(2)(ウレトンPVC)の凹凸のピツチは、インキの大きさの約一三分の一ないし四七分の一、被告装置(二)及び(三)の表示板(2)のグラフ(2)のもの(パラグラスSP)の凹凸のピツチは、インキの大きさの約二〇分の一ないし七三分の一、被告装置(二)及び(三)の表示板(2)のうちグラフ(4)のもの(フアインマツト)の凹凸のピツチは、インキの大きさの約九分の一ないし三三分の一、被告装置(三)の表示板(2)のうちグラフ(3)のもの(ピンスポツト)の凹凸のピツチは、インキの大きさの約二・七倍ないし一・三分の一となる。
以上の認定判断に基づき、被告装置の構造dが本件発明の構成要件Dに該当するか否かについてみるに、被告装置(一)及び(四)の表示板(2)(ウレトンPVC)、被告装置(二)及び(三)の表示板(2)のうちグラフ(2)のもの(パラグラスSP)、被告装置(二)及び(三)の表示板(2)のうちグラフ(4)のもの(フアインマツト)は、本件発明の特許出願の願書添付の図面中第7図のものに比べて、表示板(2)の凹凸のピツチが、点字子によつて付着したインキの大きさよりもはるかに小さいものであり、また、被告装置(三)の表示板(2)のうちグラフ(3)のもの(ピンスポツト)は、第8図のものにほぼ相当し、かつ、本件明細書に本件発明の表示板の条件を満たすものとして記載されているピンスポツトそのものであるから、被告装置(一)、(二)、(四)、(三)のうちグラフ(2)又は(4)の表示板(2)を用いるものは、本件発明の構成要件Dに該当せず、また、被告装置(三)のうちグラフ(3)の表示板(2)を用いるものは、少なくとも本件発明の構成要件Dの表示板の形状に関する構成を充足するものというべきである。
2 そうすると、被告装置(一)、(二)、(四)、(三)のうちグラフ(2)又は(4)の表示板を用いるものは、その余の点について判断するまでもなく、いずれも本件発明の技術的範囲に属しないものといわなければならない。
三 次に、更に進んで、被告装置(三)のうちグラフ(3)の表示板(2)を用いるものに関する原告の請求について検討するに、原告は、被告らは、右の被告装置を備えた被告製品を昭和四五年五月以降製造販売している旨主張するけれども、被告らが右製品を本件発明の特許出願の出願公告の日以降製造販売したこと及び将来製造販売するおそれがあることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告の右製品に関する請求は、右製品が本件発明のその余の構成要件を充足するか否かについて判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。
四 以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、すべて理由がないことに帰し、棄却を免れない。
〔編注1〕本件における請求原因は左のとおりである。
1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有している。
特許番号 第一〇〇二三九七号
発明の名称 写真植字機における表示装置
出願年月日 昭和四四年一〇月三日
出願公告年月日 昭和五四年二月二二日
登録年月日 昭和五五年六月一九日
2 本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当項記載のとおりである。
3 本件発明の構成要件は、次のとおりである。
A 半透明の表示板の裏面を表示面として印字位置の表示をする写真植字機の表示装置であること
BⅠ 写真植字機の本体に蝶番などで開閉自在に設置した平板状の前記表示板(以下「表示板」という。)と、
BⅡ 該表示板の裏面はなれた位置に設置され印字ごとに点字子で表示板に打点して印字位置を表示する点字装置と、
BⅢ 点字装置の点字子位置が印字ごとに感光物上の印字位置と対応して表示板との相対的位置を移動するよう縦・横の送り装置と関連ずけた移動機構
とを有し、
C 前記点字子は、点字装置より突出ししかも表示板裏面と対向する位置に近接するよう位置ずけられていること
D 前記表示板は、表示された印字位置と前記点字子のみが鮮明で後方のその他の装置はボケて見え(以下この効果を「後方ボケ効果」という。)、かつ、付着したインキが拭き取れる(以下この効果を「拭き取り効果」という。)範囲の粒子でその表面あるいは裏面に凹凸を施してマツト面として構成していること
4 被告リヨービ株式会社(以下「被告リヨービ」という。)は、昭和四五年五月から別紙目録(三)記載の写真植字機(以下「被告製品(三)」という。)を、昭和四七年一一月から別紙目録(二)記載の写真植字機(以下「被告製品(二)」という。)を、昭和五四年一〇月ころから別紙目録(一)記載の写真植字機(以下「被告製品(一)」という。)を、昭和五九年末ころから別紙目録(四)記載の写真植字機(以下「被告製品(四)」といい、被告製品(一)ないし(四)を合わせて「被告製品」という。)を製造するとともに、これらをそのころから被告リヨービイマジクス株式会社(以下「被告イマジクス」という。)に対して販売し、被告イマジクスは、これらをそのころから第三者に対して販売している。
5 被告製品における表示装置(以下「被告装置」という。)の構造は、次のとおりである。
a 半透明の表示板(2)の裏面を表示面として印字位置の表示をする写真植字機の表示装置であること
bⅠ 写真植字機の本体Cと一体となつている暗箱架台(あ)に蝶番(1)により開閉自在に設置した平板状の表示板(2)と、
bⅡ 表示板(2)の裏面はなれた位置に設置され印字ごとに点字子(8)で表示板(2)に打点して印字位置を表示する点字装置Bと、
bⅢ 点字装置Bの点字子位置が印字ごとに感光物上の印字位置と対応して表示板(2)との相対的位置を移動するよう、表示板(2)が暗箱架台(あ)とともに左右に移動し、ガイド(9)に沿つて点字子位置が上下に移動する移動機構
とを有すること
c 点字子(8)は点字装置Bより突出ししかも表示板(2)の裏面と対向する位置に近接するよう位置ずけられていること
d 表示板(2)の一方の面(被告製品(一)、(四)は(6)、被告製品(二)、(三)は(5)の左側部)は、別紙目録(一)ないし(四)記載の測定方法で測定した場合、別紙目録(一)ないし(四)の該当グラフのように記録される無数の小凹凸を持つマツト面であり、マツト面はその小凹凸により通過する光束を散乱させ、表示板(2)を正面から目視する際、表示された印字位置と点字子(8)のみが鮮明で後方のその他の装置はボケて見えるよう作用し、かつ、付着したインキが拭き取れる範囲の粒子で構成していること
6 本件発明と被告装置とを対比すると、被告装置の構造aないしdは、それぞれ本件発明の構成要件AないしDに該当するので、被告装置は、本件発明の技術的範囲に属する。(以下省略)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
(イ)号図面
<省略>
(イ)号図面説明書
第一図は正面斜視図、第二図は表示装置と点字装置の関係を示す断面図、第三図は表示板を開いた状態の正面斜視図、及び第四図は暗箱架台の駆動機構を示す断面図である。
(イ)号図面に示す写真植字機の表示装置Aは、蝶番(1)によつて開閉可能な表示板(2)からなり、表示板(2)は、本体Cの一部であつて本体Cから取りはずしができない暗箱架台(あ)に固定されている。暗箱架台(あ)は左右に移動自在であり、表示板(2)は、暗箱架台(あ)と一体となつて左右に移動し、点字装置Bは機械本体Cに固定されている。(イ)号図面の表示装置Aにおいては、暗箱内の感光物(図示されていない)上の印字位置の移動(縦送り及び又は横送り)に対応して点字子(8)が表示板(2)裏面に近接したこれと平行の仮想面上を縦に移動し、かつ、表示板(2)が横に移動することにより、印字操作が行われる都度その位置で表示板(2)裏面にインキで打点し、植字フイルム上の印字位置を表示するようになつている。
この点字子(8)は点字装置の他の部分よりも表示板(2)側に突出している。
表示板(2)は、表面が平滑で、裏面に一センチメートル四方の目盛線(4)がスクリーン印刷されてある半透明の厚さ約五ミリメートルのアクリル系合成樹脂(5)の裏面に片面が平滑で他面がマツト面である厚さ約〇・一ミリメートルの半透明の塩化ビニール系合成樹脂(ウレトンPVC)(6)の平滑面を貼付け、一体とした半透明薄板状物より成る。
マツト面には無数の小凹凸が設けられており、マツト面の凹凸の状況は、後記の測定方法で測定した場合、別紙グラフ(1)のように記録される。
なお、表示板(2)は、植字終了後表示板(2)を開いて裏面に点字されたインキを拭い取ることができるよう、開閉可能とされている。
測定方法
測定器 株式会社小坂研究所製 万能表面形状測定器 形式 SE―3C
記録拡大倍率 縦一〇〇〇倍、横一〇〇倍
記録測定長さ 二・五mm
触針及び測定力 R2μm、〇・〇七gf
検出器(触針)の送り速さ 〇・一mm/s
<省略>
(以下省略)
〔編注3〕本件特許発明の願書添付の図面は左のとおりである。
<省略>
<省略>
<省略>