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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)1561号 判決 1983年2月16日

原告

杉田光治

右訴訟代理人

御宿義

被告

株式会社エリートスポーツ

右代表者

安藤良一

右訴訟代理人

須永喜平

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告が被告に対し、昭和四八年一二月一日本件土地を期間を二年と定め、普通建物所有の目的で賃貸して(本件賃貸借契約)引き渡したこと、本件賃貸借契約は、同五〇年一二月一日、同五二年一二月一日の二回にわたつて、原、被告間の合意によりそれぞれ期間二年の約定で更新されたこと、被告は右引渡を受けた直後本件土地上に本件(一)及び(二)建物を築造し、同五四年一一月三〇日当時これらを所有していたことは当事者間に争いがない。

二原告は、本件賃貸借契約は、一時使用のために借地権を設定したことが明らかな場合にあたる旨主張し、被告はこれを争うので、以下にこの点について検討する。

<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告は、世田谷区烏山附近に本件土地(1070.34平方メートル)のほか約五〇〇〇平方メートル(五〇アール)の農地及び約九九〇平方メートル(三〇〇坪)の宅地を所有する地主である。本件土地は、もと原告の居住家屋の敷地であつたが、昭和三九年ころ原告が他へ転居した後は、周囲に有刺鉄線を張りめぐらせた状態で無人のまま放置され、同四八年一一月ころにはその地上に大小の樹木や雑草が生い茂つて、いわば荒地の状態にあつた。

被告は、輸入自動車の販売を目的とする会社であつて、昭和四八年当時は本件土地にほど近い世田谷区南烏山六丁目一七八五番八宅地239.83平方メートルの土地(その所有者は被告会社代表取締役の安藤良一)上に事務所を構えていたが、会社の営業規模の拡大を図るため、最寄りの不動産業者である有限会社協立商事(以下「協立商事」という。)を介して、付近に手ごろな賃借地を物色していた。

2  被告の右依頼を受けた協立商事は、当時空地となつていた本件土地を賃貸の候補物件として選定し、昭和四八年一一月ころ原告に賃貸の意向を打診し、事後同社の媒介により、原、被告間に賃貸借契約の締約交渉が行われた。この締約交渉の過程で表明された両当事者の主要な賃貸条件に関する意見、希望は次のとおりであった。

原告は、本件土地を被告に賃貸することについては、当初は消極的であつた。それは、原告が、いつたん本件土地に借地権を設定すると、事実上半永久的にこれの返還を求めることが不可能になると認識していたからであつたが、仲介者たる協立商事から、賃貸期間を二年とする「一時使用」の特約を結んだうえ、賃貸借契約につき公正証書を作成しておけば、右のような危惧はなく、二年の賃貸期間満了後には本件土地を明け渡して貰える旨の助言を受けたため、賃貸に応ずる気になつた。一方、被告は、前記のような目的で本件土地を賃借するものであり、かつ、同地上に建物を建築するなど相当額の資本を投下する予定であつたことから、賃貸契約の期間は一応二年と定めるとしても、これを期間満了毎に更新して、長期にわたり同地の使用を継続させて欲しい旨強く希望した。これに対して、原告は被告の右希望を特段拒絶する態度は示さなかつたし、将来本件土地を自ら使用する計画がある旨述べることもなかつた。

被告が本件土地に建築を予定している建物については、原告から、賃貸借契約終了時の撤去が容易になるように、組立式の建物(原告としては、さしあたりプレハブ建築の建物を念頭においていた。)に限るとの提案がなされたが、被告は、その取り扱う商品が価格にして金三〇〇万円から金三〇〇〇万円の高級自動車であることから、顧客の商品に対する信頼を害さないためにも、右のような高級車を展示するにふさわしい本建築の建物の築造を認めて欲しいと述べた。また、右建物の構造については、協立商事の側から、賃貸期間が二年という定めであるため、鉄筋コンクリートのような堅固な基礎は用いないとの約定にすべきである旨の提案がなされ、被告もこれを了承した。

原告は、被告が本件土地上に建物を築造し、これにつき保存登記を経由した場合には、被告が同地の「借地権」を取得することになると理解していたため、その点の危惧を表明した。これに対して、被告は、同地を長期にわたつて賃借するためには、できるだけ、地主たる原告との間に良好な関係を保つておきたいとの配慮から、被告が建築した建物の登記上の所有名義は原告とすることでもよい旨回答した。

本件土地の賃貸借に関しては、権利金・保証金などの金員は、これを授受しないことが合意された。これは、原告において、権利金や保証金を受領すると、本件土地につき被告のために「借地権」が生ずると考えていたことによるものであつた。他方、本件土地の賃料については、原告から坪当り一か月金一〇〇〇円とする旨の提案がなされ、被告もこれを承諾した。

3  かくして、前記のとおり、昭和四八年一二月一日、原、被告間に本件賃貸借契約が成立し、右契約の証書(乙第一号証)が作成された。右書面は、その表題が、「一時土地使用貸借契約書」とされ、その条項中には、本件賃貸借契約は「一時使用」をその特約とするものであること、契約の期間は二年とするが、期間満了時における当事者の合意によりこれを更新できること、被告は本件土地上に、木造モルタル仕上げの工法により、自動車展示場、事務所及び工具倉庫を築造することができるが、「永久的重基礎的施設」はこれを設置することができないこと、被告が築造する右建物は、実質的には被告の所有であるが、原告は同建物につき自己名義の保存登記をすることができることなどが明記されている。

一方、原、被告は、公証人に対し、本件賃貸借契約につき公正証書の作成を嘱託した。この嘱託に基づく公正証書(甲第六号証)は、「一時土地使用貸借契約公正証書」と題され、その条項中には、賃貸借契約の期間及び契約更新に関し前記契約書と同趣旨のものが置かれているほか、建物の構造に関しては、「永久的重基礎的施設はできない。」とか「目的地上に建設する建物はすべて組立式によるものとし、堅固な土台基礎はできない。」との条項が織り込まれている。

4  被告は、本件賃貸借契約に基づき本件土地の引渡を受けると、直ちに同地上の樹木を伐採したうえ、その整地、造成を行い、駐車場とする敷地部分にコンクリートを敷いた。右工事に要した費用は約金二五〇万円であつた。次いで、被告は、費用約金一五〇〇万円を投じて、本件(一)及び(二)建物の築造にとりかかつた。本件(一)建物は昭和四八年末には完成したが、同建物は、自動車の展示場及び従業員の事務室にあてられているもので、実測173.07平方メートルの床面積を有し、コンクリートの基礎及び木造の土台の上に木造の柱を建て、木造及び鉄骨の梁を組み、鉄板瓦棒で屋根を葺き、その外壁はラスモルタルで仕上げられている。昭和五七年三月三〇日時点におけるその再調達価格は、金二〇六四万八八〇〇円である。一方、本件(二)建物は、昭和四九年四月までの期間を要して建築された二階建の建物で、一階(実測床面積200.42平方メートル)は自動車の修理工場に、二階(58.57平方メートル)は事務所にあてられている。この建物は、基礎、士台とも鉄筋コンクリート、柱と梁をいずれも鉄骨と木材を織り混ぜて組み、屋根を鉄板瓦棒及び波型スレートで葺き、モルタル塗及び波型スレートで外壁を仕上げた建物で、同じく昭和五七年三月三一日の時点における再調達価格は金二〇〇七万五四〇〇円である。

原告は、本件(一)及び(二)建物の建築過程において、何回か現場を訪れてその建築状況を視察したが、本件(二)建物のの建築材料として多数の鉄骨が用いられていたため、協立商事に対し、本件賃貸借契約の約定に反する旨指摘したが、同社を介して建築担当会社から、「(鉄骨は)ボルト締めであるから簡単に取り毀しができる。むしろ地震が起つたときは危険である。」との回答があつたため、これに納得した。

5  昭和五四年四月本件(一)及び(二)建物が完成したことにより、原告は、前記約定に従つて、これにつき自己名義の保存登記をなしうることとなつたが、この保存登記を経由した場合、贈与税が賦課されることになるものと考えて、結局これを断念した。その代り、原告は被告に対し、右建物につき被告名義の保存登記をしないこと、本件賃貸借契約が解除された場合、右建物の買取請求権を行使しないことを求めたところ、被告はこれを承諾して、その旨の誓約書(甲第二号証)を原告に差し入れた。

6  本件賃貸借契約は、昭和五〇年一二月一日原、被告の合意により更新され、その期間は従前と同様二年と定められた。右契約更新に際して、原告から賃料増額の請求がなされたが、被告がこれを拒否したため、結局賃料は据え置かれた。

右更新にかかる契約についても、原、被告間に契約書が作成された(乙第二号証)。その表題及び内容は、当初契約につき作成された契約書(乙第一号証)と略同一である(契約を合意により更新しうる旨の条項もそう入されている。)。また、右更新にかかる契約については、公正証書も作成された(甲第七号証)。その内容も、当初契約につき作成された公正証書(甲第六号証)と略同一であるが、ただ、右公正証書には盛り込まれていた契約の更新に関する条項が削除された。これは、公証人から、契約の更新に関する約定は、一時土地使用貸借契約の性質にそぐわない旨の指摘がなされたからであつたが、その際被告会社代表者の安藤良一は、前記の私製契約書(乙第二号証)には更新に関する条項が明記されており、遺漏はないと考えたことから、公証人の右指摘に従うこととした。なお、右新規に作成された公正証書中には、不動文字で、被告が本件土地上に建築する建物は組立式の一時的仮設建物に限るものとし、永続的建物の敷地として使用してはならない旨の記載がある。

7  本件賃貸借契約は、昭和五二年一二月一日原、被告の合意により再度更新された。右更新に際して、本件土地の賃料は、坪当り一か月金一一五〇円(総額四二万〇七七三円)に増額された。右更新にかかる契約につき作成された私製の契約書(乙第三号証)及び公正証書(甲第一号証)の内容も、賃料の点を除き、前回更新時に作成されたそれらと同一である。

8  本件賃貸借契約の期間満了を間近に控えた昭和五四年一一月中旬ころ、原告は、協立商事の塚谷利二を介して被告に対し、同年一二月一日以降の本件土地の賃料を一坪当り一か月金一五〇〇円に増額したい旨申し入れた。これに対して被告は、従前賃料は四年目で改訂されていること、現在は業界が不況であつて、被告会社の営業状況も思わしくないことなどを理由として右増額の申し入れを拒否した。そこで、右塚谷利二は、原、被告の間に立つて、賃料増額をめぐる問題の調整、解決を試みたが、双方の意思が硬いと判断して、結局この問題から手を引いてしまつた。その後、原告は、昭和五四年一一月二二日付文書をもつて被告に対し、本件賃貸借契約が同年同月三〇日限りで終了することを理由に、同日限り本件土地を明け渡すよう催告した。

以上のとおり認めることができ、他に右認定を左右しうる証拠はない(なお、原告本人の供述中には、原告が昭和五四年一一月中旬ころ、塚谷利二を介して被告に対し、賃料増額を申し入れた際、併せて、二年後には本件土地を明け渡して欲しい旨申し入れたとの供述部分があるけれども、賃料増額(しかも前記のとおり、坪当り一か月金一一五〇円から同金一五〇〇円への大幅な増額)と二年後の土地明渡とを同時併列的に申し入れるというのは、常識に照らして不自然な感を免れず、これと原告から申し入れがあつたのは賃料増額のみであつたと明言する証人塚谷利二の証言とを併せ考えると、原告の右供述部分を信用することにはちゆうちよせざるをえない。)。

そこで、右認定事実に基づいて、本件賃貸借契約が一時使用のために賃借権を設定したことが明らかであるといいうるかについて考えるのに、なるほど、同契約(更新された契約を含む。)につき作成された私製の証書及び公正証書には、すべて同契約が「一時使用」の賃貸借であることが表示され、その期間は二年とすることが明記されており、少なくとも原告において、右「一時使用」とは、右期間が満了すれば、当然に本件土地の明渡を求めることができる賃貸借を意味すると認識していたことは明らかである(原告が本件土地の明渡の速やかな実現を図るために、種々の配慮をしていることも窺われる。)。しかしながら、契約書に一時使用の文言が使用され、かつ、契約の一方当事者たる原告が右のような認識を抱いていたということから、直ちに本件賃貸借契約が借地法九条にいう「一時使用のために借地権を設定したことが明らかな場合」にあたるとはいえないのであつて、一時使用か否かは、本件賃貸借契約を短期間に限つて存続せしめる旨の合意心が成立したことを首肯させるに足りる客観的な事情の有無に基づいて決すべきものである。これを本件についてみると、

(一) まず、被告は、本件土地をその目的とする輸入自動車販売業の本拠とするために賃借し、直ちに同地を整地、造成して、営業用建物としての本件(一)及び(二)建物を築造したものであつて、被告において本件賃貸借契約を短期間で終了せしめる意図は全くなく、現に締約交渉の過程において契約の継続的更新を強く希望したことは前記のとおりである。

(二) 被告が右に述べた目的から本件土地を賃借したことは、原告においても知悉していたものであるところ、右目的は二年程度の短期間でこれを達成することができないことは明白である。加えて、本件(一)及び(二)建物が、本件賃貸借契約に定められた制限を逸脱するものであるか否かは別にしても、原告は、少なくとも本件土地上に木造建物を築造することは了承しており、本件(一)及び(二)建物の建築の過程においても若干の異議を述べたに止まる(なお、昭和五〇年一二月一日更新にかかる契約につき作成された公正証書には、被告が本件土地上に築造する建物は、組立式の一時的仮設建物に限るものとし、永続的建物の敷地として使用してはならない旨の記載があるけれども、右更新の時点においては、すでに本件(一)及び(二)建物が築造されていたのであるから、右条項の規範性については疑問がある。)。

(三) 原告は、昭和三九年ころ転居のため本件土地を去つて以来、本件賃貸借契約締結に至るまでの約一〇年間これを荒地のまま放置していたのであつて、原告が右契約締結当時本件土地の賃貸借を二年という短期間で終了させねばならない必要性を有していたとは考え難い。この点に関し、原告本人の供述中には、原告は、被告から本件土地の明渡を受けた場合は、現在自転車店に勤務している次男敏彰のためにここで店舗を開いてやりたいとの希望を有しており、このことは本件賃貸借契約締結当時から考えていたことである旨の供述部分があるけれども、原告の現時点における心境は別として、その供述によつても、同契約締結当時の敏彰はまだ大学生であり、自転車店にアルバイト勤務をしていたにすぎないというのであるから、原告において右当時から敏彰のために本件土地を利用する計画を抱いていたとは到底信用し難い(前記のとおり、原告は、本件賃貸借契約の締約交渉の過程で、将来本件土地を自己のために利用する計画のあることは何ら述べていない。)。

(四) 本件賃貸借契約の締約交渉において、被告が同契約の継続的更新を強く希望したのに対して、原告は、これを特段拒絶する態度は示さず、現にその後二回にわたり同契約の更新に応じている(加えて、前記認定事実によれば、原告は、昭和五四年一一月中旬ころの時点においても、同契約を同年一二月一日以降更に継続する意向を有していたことが窺える。なお、昭和五〇年一二月一日更新された契約につき作成された公正証書には、契約更新に関する条項が削除されているが、これが当事者の自発的意思によるものでないことは前述のとおりである。)。そして、原告は、右更新のつど、被告に対し賃料増額の意思表示をしており、これらの事実からすると、本件賃貸借契約の二年という期間は、一面において賃料据置期間の意味を有していたということを否定できない(このことは、証人塚谷利二、同八巻雅夫の各証言からも窺うことができる。)。

(五) 本件賃貸借契約において、権利金、保証金は授受されなかつたけれども、証人八巻雅夫の証言及び被告代表者尋問の結果によれば、当初契約で定められた坪当り一か月金一〇〇〇円の賃料は、通常の相場より相当高額であることが窺える。

右(一)ないし(五)に述べたような諸事情に鑑みれば、本件賃貸借契約が一時使用のために借地権を設定したことが明らかな場合にあたるとは認め難く、かえつて、原告が本件賃貸借を「一時使用」の賃貸借と認識していたというのも、その期間が短期であることに重きを置いていたのではなく、専ら借地法による保護のない賃貸借、すなわち、厳格な期間の法定がなく、期間満了時には正当な事由がなしに終了する賃貸借の設定を意図していた(換言すれば、「一時使用」というのは賃貸借の目的ではなく、借地法二条ないし八条の規定を免れるための手段たる文言にすぎなかつた。)のではないかとの疑念を払拭することができない。

よつて、本件賃貸借契約には借地法の適用があり、当事者間でなされた期間の約定は無効であるから、右の契約の期間が満了したとの原告の主張は理由がない。<以下、省略>

(小池信行)

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