東京地方裁判所 昭和55年(ワ)1820号 判決 1981年5月29日
原告 有限会社ゴンドラ
右代表者取締役 鈴木保
右訴訟代理人弁護士 門屋征郎
被告 浦井政雄
右訴訟代理人弁護士 佐藤真喜夫
同 山野一郎
同 清水健一
主文
一 被告は、原告に対し、金七七二万〇三〇〇円及びこれに対する昭和五四年一二月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金七九三万五三〇〇円及びこれに対する昭和五四年一二月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第一項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (当事者)
原告は東京都豊島区東池袋一丁目四〇番五号所在の鉄筋コンクリート造三階建地下一階のビル(以下「本件ビル」という。)の地下一階床面積六三・三七平方メートルで、店名「かぐや姫」の名称でサロン(バー)(以下「本件原告店舗」という。)を、被告は本件ビルの二階で店名「ウエルナ」の名称でパブレストラン(以下「本件被告店舗」という。)を、それぞれ経営している者である。
2 (本件火災の発生)
昭和五四年一二月二二日午後六時一八分本件被告店舗の調理台付近から出火し(以下「本件火災」という。)、豊島消防署の消火により本件ビルの焼失を免れた。
3 (被告の責任)
(一) 本件火災は、被告の被用者の重大な過失に基づき発生したものである。
(1) 本件火災は、被告の従業員であるコックの訴外甲野太郎が本件被告店舗の調理室(厨房)の調理台のガスコンロでからあげをしている途中に、右ガスコンロから約二メートル離れたカウンターで別の料理をしていたところ発生したものである。
(2) 右出火当時右訴外甲野太郎が料理をしていたカウンターからはからあげをしていたガスコンロの見通しが悪く、しかもガスコンロを囲っている壁はベニヤ板でできており、耐火性のものではなかった。
(3) 本件被告店舗の調理台と天井又は壁が通常よりも接近しているため、過去に他の経営者の下で既に二回調理台から出火し、構造上の欠陥が存した。
(4) 右のような状況のもとにおいて右訴外人がからあげを続ける場合には、ガスコンロの火が油に引火し火災が発生することを容易に予見し得たのであるから、右訴外人は、からあげを続ける以上、右ガスコンロから離れないで油の状況を注視し、引火及び火災の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに右義務を著しく怠り、ガスコンロを離れ、ガスコンロ上の油の状況の注視を怠った重大な過失により、ガスコンロの火を油に引火させ、本件火災を発生させた。
(二) 被告は右訴外甲野太郎を使用する者であり、本件火災は右訴外人の業務執行中に発生したものであるから、被告は民法七一五条に基づき、原告に対し以下の損害を賠償する責任がある。
4 (被告の責任―予備的主張)
仮に、本件火災につき被告の重過失が認められないとしても、昭和五五年一月中旬原、被告間に本件火災の損害に関する和解が成立している。すなわち、被告は原告に対し、本件原告店舗の修復工事の費用を負担する旨約束した。
5 (原告の損害)
原告は、本件火災により、以下の損害を受けた。
(一) 設備一式等の損害 合計金五八三万四一〇〇円
本件火災の消火に際して、本件原告店舗全体が水浸しとなり、壁、床及び設備一式等が使用不能となった。そのための修復工事費等は、以下のとおりである。
(1) 福地工務店に対する支払分 金二五〇万円
(2) 大内電気工業所 〃 金二一一万一〇〇〇円
(3) 営善設備 〃 金六八万三〇〇〇円
(4) 彩光社 〃 金一三万二一〇〇円
(5) 生興業広告 金四〇万八〇〇〇円
(二) 人件費の損害 合計金二一〇万一二〇〇円
本件火災発生日である昭和五四年一二月二二日から昭和五五年一月二八日までの店内修復工事による営業不能日数三八日間の人件費の支払による損害額は、以下のとおりである。
(1) 男性従業員
鈴木 金三八万円
佐藤 金二三万四六〇〇円
大久保 金二〇万九〇〇〇円
斉藤 金一九万円
斎田 金一七万七六〇〇円
(2) 女性従業員(ホステス)
まどか 金一九万円
静 金一九万円
久美子 金一九万円
アキ 金一九万円
梢 金五万円
圭 金五万円
忍 金五万円
6 よって、原告は、被告に対し、本件火災による原告の損害金合計金七九三万五三〇〇円及びこれに対する本件不法行為(本件火災)の日の翌日である昭和五四年一二月二三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の(一)の事実中、本件火災が被告の使用する従業員が本件被告店舗でからあげをしている途中に油にガスコンロの火が引火し、その結果発生したこと、過去に他の経営者が本件類似の失火をしていること及び本件被告店舗の天井が通常より低いという構造上の欠陥が在することは認め、その余の事実は否認し、右訴外人の重過失は争う。
同3の(二)の事実中、被告が訴外甲野太郎を使用する者であること及び本件火災が右訴外人の業務執行中に発生したことは認め、被告の責任は争う。
4 同4の事実は否認する。
5 同5の事実は否認する。
6 (被告の主張)
本件火災は、不可抗力によるものである。
(一) からあげ等の料理の場合、突発的にガスコンロの火が料理の油に引火することがあるが、これは偶発的な事故であり、人為的に防止することは不可能である。
(二) 本件火災は、通常よりも天井が低いという建物の構造上の欠陥に起因するものである。
三 抗弁
仮に、本件火災につき訴外甲野太郎に重過失が存するとしても、被告は常日頃従業員に対し火の始末について注意をし、その事業の監督につき相当の注意をしていた。またその選任についても同様である。
したがって、被告には、民法七一五条一項に基づく責任はない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 同2の事実は当事者間に争いがない。
三 同3の事実中、本件火災が被告の使用する従業員が本件被告店舗でからあげをしている途中に油にガスコンロの火が引火し、その結果発生したこと、過去に他の経営者が本件類似の失火をしていること、本件被告店舗の天井が通常より低いという構造上の欠陥が存すること、被告が訴外甲野太郎を使用するものであること及び本件火災が右訴外人の業務執行中に発生したことは、当事者間に争いがない。
四 次に、《証拠省略》並びに一ないし三の争いのない事実から、
1 本件火災は、被告の従業員でコックの訴外甲野太郎が本件被告店舗の調理室北西隅の調理台のガスコンロでからあげをしている途中にガスコンロの火を点火したまま、調理室を出て、ガスコンロから略北東方向に二ないし三メートル離れたカウンター内で、料理の下準備をしているときに、ガスコンロの火がからあげの油に引火して、発生したこと、
2 右出火当時訴外甲野太郎がカウンター内で料理の下準備をしていた位置からは、右ガスコンロの北側、即調理室北側の壁のために、右ガスコンロを見とおすことができなかったこと及び調理室には誰もいなかったこと
3 本件火災当日には、本件被告店舗は予約の一五、六名のパーティーがあり、料理の準備にあたるのは訴外甲野太郎の外にせいぜい同じカウンター内にいた本件被告店舗のマネージャー一人で、しかも本件出火時間は右パーティーの一団が到着した直後であり、訴外甲野太郎は料理の下準備に相当忙しい状況にあったこと、訴外甲野太郎ないし右マネージャーが本件火災に気付いたときには調理室内の天井に火が移り、消火器程度では間に合わない程度に火勢が強くなっていたこと、したがって、訴外甲野太郎ないし右マネージャーが調理室のガスコンロで加熱中の油から相当長い間目を離していたと推測されること、
4 本件被告店舗の調理室内の天井は低いという構造上の欠陥もあって、他の経営者の下で既に二回調理台から出火しているのにもかかわらず、ガスコンロの北側と西側はステンレスの壁面となっていたものの、その上の天井、東側の棚等は木材を使用し、耐火ないし防火用の設備はされていなかったこと
の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
五 そこで、本件火災につき訴外甲野太郎に重大な過失があったか否かについて検討するに、構造上火災が発生し易い右調理室のガスコンロにからあげ用の油を加熱して放置したまま、右ガスコンロを見とおせない場所で相当長い間別の作業に従事すれば、加熱中の油に引火し、しかも、右引火に気付かず、火災が発生するがい然性が極めて高かったということができる。そうすると、訴外甲野太郎は、わずかの注意さえすれば、たやすく、右引火ないし火災の結果を予見することができたのであるから、ガスコンロを見とおせない場所で、長い間別の作業に従事する場合には、油を加熱中のガスコンロの火を消すとか、又は加熱中の油の状況につき監視者を置く等の措置をとって、引火ないし火災の発生を未然に防止すべき注意義務を負っていたというべきである。まして、訴外甲野太郎が前記のとおりからあげ等の調理を職業とするコックであったことを考えるとなお更のことである。
したがって、漫然と右ガスコンロの消火等の措置をとらないまま、右ガスコンロを見とおせない別の場所で別の作業に従事した訴外甲野太郎の右不作為は、著しい注意義務違反として重大な過失に該当する。
なお、本件被告店舗の調理室の天井が低かったことをもって、本件火災が不可抗力によるものであるといえないこと明らかである。
六 請求原因3の(二)の事実中、被告が右訴外甲野太郎を使用する者であり、本件火災が右訴外人の業務執行中に発生した事実は、当事者間に争いがない。
七 次に、抗弁につき検討するに、被告本人は、従業員の選任については「訴外甲野太郎は、被告が直接採用した者ではないが、学生時代からアルバイトをしていたため、コックとしての経験は豊富である。」旨、従業員の監督については「従業員には、被告自ら又は店の責任者を通じて、日頃から火の後始末について指導していた。」旨各供述しているが、いずれも、その内容が抽象的で、各供述から直ちに、抗弁1の事実を認めることができず、その他本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。
したがって、その余(請求原因4)の判断をするまでもなく、被告は、失火の責任に関する法律、民法七一五条一項に基づき、原告の以下の損害を賠償する責任がある。
八 そこで、請求原因5について検討するに、《証拠省略》から、本件火災により、本件原告店舗全体が水浸しとなり、その壁、床のじゅうたん、椅子、調理室の配管、電気の配線、看板等が使用不能となり、そのため修復工事が必要となり、原告はその費用として少なくとも請求原因5の(一)の(1)ないし(5)の合計金五八三万四一〇〇円の出費をし、同額の損害を、右修復工事の期間本件原告店舗の営業が不可能となり、そのため原告はその間の同5の(二)の人件費合計金一八八万六二〇〇円の支払を余儀なくされ(請求原因5の(二)の(2)のアキの分の金一一万五〇〇〇円、圭の分、梢の分の立証はない。)、同額の損害をそれぞれ受け、結局、原告は本件火災により右合計金七七二万〇三〇〇円の損害を受けたことが認められ(る。)《証拠判断省略》
九 以上の次第で、失火の責任に関する法律、民法七一五条一項に基づく原告の被告に対する本訴請求は、内、本件火災による損害合計金七七二万〇三〇〇円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五四年一二月二三日から完済に至るまで民法所定の年五分の損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九〇条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮﨑公男)