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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)2639号 判決 1984年2月08日

第二六三九号事件原告(以下単に「原告」という) 柴田寛

第三四五七号事件原告(以下単に「原告」という) 伊藤君子

右訴訟代理人弁護士 国分昭治

両事件被告(以下単に「被告」という) 株式会社伊豆長岡カントリー倶楽部

右代表者代表取締役 山田幾男

右訴訟代理人弁護士 金谷鞆弘

同 神頭正光

主文

一  被告は、

1  原告柴田寛に対し、同原告から別紙記載の預託金預り証及び会員証の引渡しを受けるのと引き換えに、金五万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年三月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

2  原告伊藤君子に対し、金一〇二万円及びこれに対する昭和五五年四月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち各訴状の貼用印紙額については、原告らが要した費用の五分の四ずつを当該原告の、五分の一ずつを被告の各負担とし、その余の費用についてはその五分の四を原告らの、その五分の一を被告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、

(一) 原告柴田寛に対し、別紙記載の預託金預り証及び会員証の引渡しを受けるのと引き換えに、金四五万円及びこれに対する昭和五五年三月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

(二) 原告伊藤君子に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五五年四月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告柴田寛(以下「原告柴田」という)関係

(一) 被告はゴルフ場の経営等を目的とする株式会社である。

(二) 原告柴田は、昭和四八年一月一六日、被告の経営する伊豆長岡カントリー倶楽部(以下「本件倶楽部」という)に入会し、その際、被告に対し、預託金四五万円を、預託の日から満五年経過後、原告柴田から請求があった場合には、預り証及び会員証(原告のそれは別紙記載のとおりである)と引き換えに返還するとの合意の下に預託した。

(三) 仮に、原告柴田が被告に預託した金員の額が四五万円に充たなかったとしても、被告は原告柴田に対し、右五年の経過後に、同原告が預託した金額にかかわりなく四五万円を支払うことを約束した。

(四) 仮に、被告の主張(被告の主張1、(一)記載のとおり)が認められ、原告柴田が預託金返還請求権を有しないとしても、同原告は、被告に対し、同額の損害賠償請求権を有している。

すなわち、原告柴田は、当時の被告の代表取締役であった大橋富重(以下「大橋」という)の行った会員募集に応じて本件倶楽部に入会し、同人が発行した預り証及び会員証が有効なものであると信じて四五万円を預託したのである。したがって、大橋が行った会員募集や預り証の発行が被告の主張するとおり無効であって被告との間で効力を生じないとすれば、原告柴田は、被告の代表者である大橋の不法行為により預託金相当額の損害を受けたことになるから、被告に対し、同額の損害賠償請求権を有する。

(五) よって、原告柴田は被告に対し、主位的には預託金返還請求権(或いは合意による四五万円の支払請求権)に、予備的には不法行為による損害賠償請求権に基づき四五万円及びこれに対する弁済期以後である昭和五五年三月一日(支払命令送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  原告伊藤君子(以下「原告伊藤」という)関係

(一) 被告はゴルフ場の経営等を目的とする株式会社である。

(二) 大沢義雄(以下「大沢」という)は、昭和四八年一一月二八日、本件倶楽部に入会し、被告に対し、預託金九〇〇万円を、預託の日から満五年経過後に、大沢の請求があり次第返還するとの合意の下に預託した。

(三) 仮に、大沢が預託した金員の額が九〇〇万円に充たなかったとしても、被告は、大沢に対し、右五年の経過後に、預託金額にかかわりなく九〇〇万円を支払うことを約束した。

(四) 原告伊藤は、昭和五三年八月、大沢から同人に対して有していた三〇〇万円の貸金債権のうち一〇〇万円の支払に換えて、右九〇〇万円の預託金返還請求権(或いは九〇〇万円の支払請求権)の譲渡を受け、大沢は、同年九月三日、被告に対し、右債権譲渡の通知をした。

(五) 仮に、被告の主張(被告の主張1、(一)記載のとおり)が認められ、原告伊藤が預託金返還請求権を有していないとしても、原告伊藤は、同柴田の主張(1、(四))と同様の理由から被告に対し預託金額相当の損害賠償請求権を有している。

(六) よって原告伊藤は、被告に対し、主位的には預託金返還請求権(或いは合意による九〇〇万円の支払請求権)の譲受債権に、予備的には不法行為による損害賠償請求権に基づき、その一部請求として五〇〇万円及びこれに対する弁済期以後である昭和五五年四月二五日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、(一)は認める。同(二)、(三)は否認し、同(四)は争う。

2  同2、(一)は認める。同(二)、(三)は否認する。同(四)は不知。同(五)は争う。

三  被告の主張

1  原告らに対する主張

(一) 大橋が行った会員募集及び預り証、会員証発行は次の理由から無効である。したがって、被告は原告らに対し、預託金の返還義務を負うものではない。

(1) 大橋は、昭和四六年ころから昭和四九年ころの間に、本件倶楽部理事会の承認を得ることなく、大量の本件倶楽部会員募集を行い、預託金預り証、会員証を濫発した。原告柴田及び大沢は、いずれも、右の募集に応じて本件倶楽部の会員となったものである。

しかし、倶楽部の会員をどの程度増加させるべきであるかは倶楽部の理事会が決定すべき事柄であるから、被告の代表取締役であった大橋はその独断によって会員募集を行う権限を有していなかったというべきである。

したがって、大橋が行った会員募集行為は権限外の行為であり、無効である。

(2) 原告柴田及び大沢に対して発行された預託金預り証に記載された大橋の署名はいわゆる複製署名であるところ、このような複製署名は、正規に発行された証券と権限なく発行された証券の識別を困難にするから預託金証券の署名としての効力を有しないものというべきである。したがって、原告柴田、大沢に対して発行された預託金預り証は無効である。

(二) 既に主張したとおり、原告柴田及び大沢は、大橋が行った大量の会員募集の際に、本件倶楽部の会員となったものであるところ、大橋は右の会員募集にあたり、預託金預り証の額面金額を大幅に下廻る金額で預り証を発行していた。したがって、右預り証の額面金額は真正な預託金額を示すものではない。

2  原告伊藤に対する主張

本件倶楽部は、会則によって、会員がその権利を譲渡するときには、名義変更料一〇万円を支払い、かつ倶楽部理事会の承認を得なければならないことを定めている。しかし、原告伊藤は、大沢から預託金返還請求権の譲渡を受けるに当たり、名義変更料の支払もしていないし、理事会の承認も受けていない。

四  被告の主張に対する認否

1  原告ら

被告の主張1はすべて争う。

2  原告伊藤

同2は争う。大沢が所持する預託金預り証は、大橋の名義で発行されているもので、本件倶楽部の理事長名義で発行されているのではない。したがって、本件倶楽部の会則の効力は大沢には及ばないものというべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  被告がゴルフ場の経営等を目的とする株式会社であることは当事者間に争いがない。

二  預託契約の締結について(原告ら共通)

1(一)  《証拠省略》を総合すると、原告柴田は昭和四八年一月六日、大沢は同年一一月一八日、それぞれ当時被告の代表取締役であった大橋が行った本件倶楽部の会員募集に応じ、被告に対して後に検討する金額の預託金を預託したこと、これに対し大橋は、被告代表取締役名義で原告柴田、大沢宛に額面四五万円の預託金預り証を作成交付したこと(本件倶楽部の会員となるための預託金は一口四五万円と定められていたものであるところ、大沢は二〇口申し込んだので、預託金預り証の額面合計は九〇〇万円になる)、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(二)  これに対し、被告は、右各預託契約は無効であると主張する(被告の主張1、(一))ので検討する。

被告は、預託契約が無効である理由の第一として、大橋が行った会員募集が理事会の承認を得ないものであったことを挙げている。しかし、大橋は当時被告の代表取締役として包括的な代表権を有していたのであり、その権限の内に原告柴田や大沢との間で金員の預託を受ける旨の契約を締結する権限が含まれていることは明らかである。会員募集について倶楽部理事会の承認がなかったとの点(この点は弁論の全趣旨により認め得る)は、大橋が行った会員募集に応じた者が倶楽部の正式な会員として認められるかどうかという点で問題になり得るのにすぎず、右の者と被告との間の預託契約の効力に影響を及ぼすものではない。

次に、被告は、大橋が発行した預託金預り証の署名が複製署名であったことを問題としているが、預託契約は要式契約ではないのであるから、この点も何ら預託契約の効力に影響を及ぼすものではない。

以上のとおり、被告の主張はいずれも失当である。

2(一)  次に、原告柴田及び大沢が預託をした金額について検討する。

原告らは、原告柴田及び大沢が、それぞれ預託金預り証の額面金額(四五万円。大沢は二〇口で九〇〇万円)を預託したと主張し、原告柴田はその本人尋問において同旨の供述をしている。

しかし、証人小園久次の証言によれば、右の預り証はいずれも大橋が昭和四六年から昭和四九年の間に大量(その数は数万に及んでいる)に発行した預り証の一部であるところ、これら大量に発行された預り証は、その額面金額が四五万円であるにもかかわらず、実際には、その殆どが額面金額を大幅に下廻る金額で売却されていたこと(同証人は、一二万円から一八万円程度で売却されていたと証言している)が認められる。また、《証拠省略》は、後日被告が大橋の会員募集に応じた者に対して、預託金預り証の購入金額を調査した際の回答の一部であるが、これによると購入金額の最高が二五万円、最低が五万一〇〇〇円となっているのである。

そうすると、本件においては預託金預り証の額面金額が実際の預託金額を示すものとは到底言えないことになるし、原告柴田の前記供述も採用することができないものと言わざるを得ない。そして、他に、預託金預り証の額面金額どおりの金員が支払われたことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  そうなると、原告柴田及び大沢が実際にどの程度の金員を預託したのかが問題となる訳であるが、これを直接証明すべき証拠はない。しかし、(一)の認定に供した証拠に照らし、少なくとも前記の被告の調査に対する回答の最低額である五万一〇〇〇円は預託したものと推認することができ、原告らの主張もその限りで認めてよい(なお、大沢は、二〇口応募しているのであるから五万一〇〇〇円の二〇倍である一〇二万円を預託したものと認めるべきことになる)。

(三)  原告らは、被告が、実際の預託金額にかかわりなく預託金預り証の額面金額相当の金員を支払う旨を約束したと主張する。

しかし、被告が右のような特段の合意をしたことを認めるに足りる証拠はない(預託金預り証は、四五万円の預託を受けたことを前提として、右預託金額の返還を約した書面にすぎないから、これにより右の特段の合意がなされたものということはできない)。

2  以上により、被告に対し、原告柴田は五万一〇〇〇円、大沢は一〇二万円の預託金返還請求権を取得したことになる。

3  よって、被告は原告柴田に対し、預託金五万一〇〇〇円及びこれに対する弁済期以後の昭和五五年三月一日(支払命令送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。

三  預託金返還請求権の譲渡について(原告伊藤関係)

1  《証拠省略》によれば、原告伊藤は大沢に対し、三〇〇万円の貸金債権を有していたものであるところ、昭和五三年八月二五日、大沢から右三〇〇万円の貸金債権のうち一〇〇万円の支払に換えて、大沢が被告に対して有する預託金返還請求権の譲渡を受けたこと、大沢は同年九月三日、被告に対し、右債権譲渡の通知をしたこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

2  ところで、被告は、預託金返還請求権の譲渡には、本件倶楽部会則により名義変更料一〇万円の支払と、倶楽部理事会の承認とが必要であると主張する。

しかし、本件倶楽部会則によれば、本件倶楽部の会員(名誉会員、特別会員を除く)になるためには、所定の様式に従って入会申込みをし、倶楽部理事会の承認を得、所定の入会費(預り保証金)を納付しなければならない(会則第五条)ことが認められるところ(この認定に反する証拠はない)、大沢が入会に当たり倶楽部理事会の承認を得ていないこと、そして所定の入会金を大幅に下廻る金額の金員を預託したのにすぎないことは前示のとおりである。しかも、《証拠省略》によれば、大橋の行った前記会員募集自体が、倶楽部の適正規模を無視した大量募集であったこと、その勧誘に当たっては専ら倶楽部会員権売買による利殖という面が強調され、会員募集に応じた者もその殆どがゴルフをする意思はなく利殖のために応募したものであること(大沢自身も右のような利殖目的の応募者であったことが窺われる)、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

以上のとおり、大沢と被告の間の契約は、本件倶楽部の会員となるための正規の手続を経ているものでもないし、契約目的も倶楽部会員になることにあったのではないのである。したがって、大沢は、本件倶楽部の正規の会員ではなく、単に被告との間で金員の預託契約を締結した者にすぎないというべきである。そうすると、大沢には本件倶楽部の会則は適用されないこととなるから、被告の主張はその前提を欠き失当であると言わざるを得ない。

3  よって、被告は、原告伊藤に対し、同原告が有する預託金返還請求権の譲受債権一〇二万円及びこれに対する弁済期以後である昭和五五年四月二五日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務を免れない。

四  なお、原告らは予備的に損害賠償を求めている。しかし、原告柴田及び大沢が実際に預託をした金額については、前記のとおりその返還を求め得る以上、損害が発生しているとはいえないし、右各預託金額を超える部分については、原告柴田及び大沢が現実的な損害を受けているわけではない。原告伊藤についても、同原告は一〇二万円の預託金返還請求権を大沢から一〇〇万円の債権の代物弁済として取得しているのであるから同様である。したがって、本件においては、主位的請求の認容額を超える部分について損害賠償請求権が成立する余地はない。

五  以上の次第で、原告らの請求は、いずれも主文第一項掲記の限度で理由があるからこれを認容し、これを超える部分を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。なお、原告柴田については、同原告自身が預託金預り証及び会員証との引き換え給付判決を求めているので、その趣旨に従った判決を下すこととする。

(裁判長裁判官 大城光代 裁判官 春日通良 鶴岡稔彦)

<以下省略>

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