大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和55年(ワ)70286号 判決 1980年12月22日

原告 薄井勝利

右訴訟代理人弁護士 窪田之喜

被告 千秀企業株式会社

右代表者代表取締役 秋原紀夫

右訴訟代理人弁護士 赤井文彌

同 船崎隆夫

同 生天目厳夫

同 岩崎精孝

右訴訟復代理人弁護士 竹川忠芳

主文

原告と被告間の東京地方裁判所昭和五四年(手ワ)第三一五〇号小切手金請求事件について同裁判所が昭和五五年四月一六日言い渡した小切手判決を認可する。

異議申立後の訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金三五万円及びこれに対する昭和五四年一〇月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙小切手目録のような小切手要件が記載された持参人払式小切手一通(以下「本件小切手」という。)を所持している。

2  被告は、本件小切手を振り出した。

3  原告は、本件小切手を昭和五四年一〇月一二日支払のため支払人に呈示したがその支払を拒絶されたので、支払人をして本件小切手に呈示の日を表示し、日付を付した支払拒絶宣言の記載をさせた。

4  振出地を「東京都」と記載した小切手の効力

本件小切手の振出地は、単に「東京都」と記載されているのみであるが、小切手の振出地の記載は、最小独立行政区画である必要はなくそれよりも広い地域でもさしつかえないと解すべきであり、その理由は以下のとおりである。したがって、本件小切手の振出地の記載は適法になされており、本件小切手は有効である。

(一) 振出地の記載が問題になりうるのは、小切手に限らず手形をも含めて、国際手形法(小切手法)における準拠法決定の基準になりうる意義を有するにすぎず、右準拠法決定にあたっても、振出地とは、手形(小切手)に記載された振出地ではなく、真実の振出地が標準となるのであって、手形(小切手)の振出地の記載は、その際の一応の推定力が認められるにすぎないものであり、振出地の記載には、殆んど意味がない。

(二) 小切手を使用する者に対し振出地として最小独立行政区画の記載を要求したとしても酷とはいえないとの見解もあるが、現に本件小切手のように支払人たる金融機関が、振出地を「東京都」とのみ印刷して、取引先たる振出人に大量に交付し、振出人は、これをそのまま流通させ、かつ、このこと自体については振出地が最小独立行政区画の記載がないから無効であると争うことのない現実をふまえるならば、このような小切手を無効とすることは小切手を使用する者一般ではなく、小切手の振出を受けた者及びその権利承継人に対してのみいたずらに酷な結果を強いるものとならざるをえない。

(三) 手形・小切手の厳格な要式証券性は、その本来の性質である流通の安全確保の目的の要請するところである。その点では、支払地と振出地の法的意味は全くちがうのである。支払地とは満期において手形金額の支払がなされるべき地域のことである。これは、一定の地域的限定をすることによってそれを手懸りとして支払地点を求めうるという意味で、要件とされているものであるから、あまり広い地域の呼称では、意味がないので、最小独立行政区画まで必要と解されているのである。これは、流通の安全確保を旨とする要式証券の一要件の解釈として妥当である。ところが、振出地については、このような手形・小切手の流通の安全そのものにかかわるような本質的要請は弱いのであり、準拠法決定の手懸りとしての意味しかないのであるから、いかに手形・小切手の厳格な要式証券性が強調されなければならないとしても、振出地の解釈として、最小独立行政区画まで記載がなければ、無効な記載と解するなどという必要は毫も存しないのである。かえって、振出人、支払銀行、所持人のいずれもが有効な手形・小切手として流通におき、その意味で安全に流通している手形・小切手について、法の解釈者が、不必要に形式性を強調するのは、その流通の安全を害する結果をもたらしかねないのである。

5  よって、原告は被告に対し、本件小切手金三五万円及びこれに対する本件小切手の呈示の日である昭和五四年一〇月一二日から支払ずみにいたるまで小切手法所定年六分の割合により利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  本件小切手は、振出地としての適法な記載を欠き無効である。

(一) 判例は、手形・小切手の振出地となしうる地域は独立した最小行政区画(市町村、東京都においては区)でなければならないと解している。けだし、「地」とは法律上一定の地域たることを要するもので、全国通有の地域でなければならないのであり、そうでなければ手形・小切手の行使が全国に普及するのに不便となるからである。

(二) 現在、大多数の銀行においては、振出地として最小独立行政区画たる「区」までの印刷をした手形・小切手用紙を取引先に交付しているのが実情であって、本件小切手の支払人である大光相互銀行のように振出地を「東京都」とのみ印刷した小切手用紙を交付する例が、金融界において事実上確立されているのではないのであるから、右大光相互銀行の例をもって、手形・小切手の振出地の記載として「東京都」のみで足ることを法的にまで承認することができないのは当然である。

すなわち、手形・小切手の振出地の記載に関する判例法理が確立している現在、この判例法理にならって多くの金融機関が取引をなしており、少数の金融機関の独自の法解釈により、この慣行を崩すことは取引界の混乱をもたらす結果となる。

(三) 以上のとおり、小切手の振出地としては最小独立行政区画の記載がなされなければならないと解すべきところ、本件小切手の振出地は単に「東京都」とのみ記載されているのであって、本件小切手は無効なものであるといわなければならない。

三  抗弁

1  被告は、訴外株式会社西多摩興業の社長である訴外小林新三郎との間で、被告が本件小切手及び被告振出にかかる他の手形七通を同訴外人に預託すること、右本件小切手等は訴外千秀株式会社が詐取された同訴外会社振出にかかる約束手形七通を回収するために振り出すものであり、右詐取手形の回収と同時でなければ、いかなる理由によるも又いかなる相手に対しても同訴外人は右本件小切手等を交付しないことを合意した。

2  被告は、本件小切手を同訴外人に預託した。

3  原告は、前記合意の存すること及び被告を害することを知りながら、同訴外人から本件小切手を取得したものである。

(一) 原告は、同訴外人の運転手であるが、同訴外人が本件小切手等を預託された際、同訴外人を乗車させて千秀株式会社の本社へ同行しており、右事情を十分知悉している。

(二) 原告は、本件小切手を同訴外人から金五万円という低額で譲り受けたものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、2の各事実は不知。

2  同3の事実は否認する。原告が同訴外人を車に乗せて、被告代表者秋原紀夫と話し合う場所に連れていったことはあったが、その話し合いに直接立合ったことはなく、本件小切手につきなんらの事情も聞いたことはない。

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、振出地を「東京都」とのみ記載した本件小切手の効力について判断する。

1  小切手法においては、振出地の記載は小切手要件とされ(同法一条五号)、その記載を欠く証券は小切手としての効力を有しない(同法二条一項)と規定されているが、振出地となしうる地域については明文の規定による限定がなく解釈に委ねられているところ、小切手の流通確保の観点からして、その振出地となしうる地域は、全国通有の地域として法律上一定されているところの最小独立行政区画(これを推知しうる地の記載を含む。)であると解すべきであり、この解釈は大審院判例(大判明治三四年一〇月二四日民録七輯九巻一二四頁、大判大正一三年三月一四日民集三巻三号一一六頁、大判大正一五年五月二二日民集五巻六号四二六頁等。なお、最高裁第三小法廷昭和三七年二月二〇日判決・民集一六巻二号三四一頁参照)以来確立されているのである。したがって、東京都においては特別区たる区が最小独立行政区画をなすのであるから、本件小切手の振出地として単に「東京都」とのみ記載したのは小切手要件たる振出地の記載として不完全なものである。ところで、本件においては、振出人の名称に付記したる地の記載についてなんら主張もないのであって、振出地につき不完全な記載がある場合に、振出地の記載を全然欠く小切手と同様、小切手法二条四項の規定により、振出人の名称に付記したる地をもってこれを補充することが許されるか否かを問うまでもなく、本件小切手の振出地の記載は不適法であるといわざるをえない。したがって、本件小切手は振出地につき適法な記載を欠いた無効なものであり、原告の本件小切手金請求は失当である。

2  尚、原告は、小切手の振出地の記載は国際手形法(小切手法)における準拠法決定の基準となりうる意義を有するにすぎず、小切手の流通の安全そのものにかかわる本質的要請が弱いことに鑑みれば、振出人、支払銀行、所持人のいずれもが有効な小切手として流通におき、その意味で安全に流通している小切手について、振出地となしうる地域を最小独立行政区画と解することによってこれを無効な小切手とすることは、かえって流通の安全を害し小切手所持人に酷な結果を強いる旨縷々主張するが、なるほど、振出地の記載を小切手要件としない立法例もみられ、振出地の記載が小切手の記載要件として本質的なものではないとの見解も傾聴に値いするけれども、立法論はともかくとして、わが国の小切手法においては、前述のように、振出地を小切手要件とし、かつ、振出地となしうる地域は最小独立行政区画であるべきであるとの解釈が永年の判例法理として確立されているのであり、また、取引界の実務の大勢もこれに準拠しつつ機能していることは当裁判所に顕著なところである。そのうえ、小切手法二条三項は、支払地の記載がないときには振出地において支払うべき旨を規定しており、振出地の記載は単に国際手形法(小切手法)における準拠法決定の基準になりうる意義を有するのみならず、支払地の記載を欠く場合にこれを補充する機能を小切手法(手形法においては七六条三項)上付与されているのであって、振出地となしうる地域を考える場合にも支払地と統一的に解することが望ましいこと、流通におかれた小切手を取得する者が振出人に対し振出の確認を行う例がしばしばであるところ、小切手においては振出人の名称に肩書地を表示していない場合が多いため、振出地としての地域があまり広いときは右の振出確認のための手懸りとしても不便であること、他面、小切手は支払の用具としての経済的機能を果たし、きわめて手段性の強いものであることから、仮に、小切手要件欠缺の故に小切手金請求が認められないとしても、原因関係上の権利を行使してその目的を達することが可能な場合が多いこと、本件のように一部の金融機関において、振出地を「東京都」とのみ不動文字で印刷された小切手用紙が作成使用される例が見られることは否定できないところであるが、右例が金融界における一般的な取扱で慣行化しているとはとうてい認められないことなどをあわせ考えれば、あえて現時点において振出地の記載に関する従来の判例を変更するまでの必要性は存しないものというべく、かえって、小切手法のようなきわめて技術的色彩の強い法制度においては、金融機関としても、右判例の取扱を前提として小切手用紙の作成使用並びに取引先に対する指導が望まれるところである。したがって、右原告の主張はこれを採用しない。

三  以上の次第であってみれば、その余の判断をするまでもなく、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却し、原告に訴訟費用の負担を命じた主文一項掲記の小切手判決は相当であるからこれを認可することとし、異議申立後の訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、四五八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 市瀬健人 村上博信)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例