東京地方裁判所 昭和55年(ワ)762号 判決 1982年9月21日
東京都千代田区永田町二丁目一三番八号
原告
日本工芸株式会社
(旧商号
株式会社ジャパンパールズ)
右代表者代表取締役
横山敏
東京都港区赤坂四丁目三番五号
原告
横山敏
千葉県船橋市松が丘五丁目一七番一一号
原告
天野保三
東京都目黒区上目黒三丁目二八番六号
原告
五十嵐公司
右四名訴訟代理人弁護士
板垣吉郎
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
坂田道太
右指定代理人
布村重成
同
池田準治郎
同
田中和
同
大川米松
同
野原郷志
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告日本工芸株式会社に対し、金五、五〇〇万円、同横山敏に対し金五、四一〇万円、同天野保三に対し金七二〇万円及び右各金員に対する昭和五五年二月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文第一、二項同旨。
2 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告日本工芸株式会社(旧商号株式会社ジャパンパールズ、以下「原告会社」という。)は、肩書住所地所在ホテルニュージャパン三七七号室において貴石製品等の販売等の営業をなしていた者であり、原告横山敏は原告会社の代表取締役、原告天野保三及び同五十嵐公司は原告会社の取締役である。
2 捜索、差押等強制調査(以下「本件調査」という。)の経緯等
(一) 麹町税務署収税官吏大蔵事務官塗木徹外一〇名は物品税法違反(犯則事件)の容疑のもとに、昭和五二年二月二八日午前八時頃から約一〇時間に亘り、原告会社販売場(ホテルニュージャパン三七六号室、以下「販売場」という。)、原告会社事務室(ホテルニュージャパン三七七号室、以下「事務所」という。)その他を捜索し、帳簿類、伝票類等を差押え犯則事件の強制調査(本件調査)を実施した。
(二) 右同午前八時一五分頃、原告横山が出社したところ、右収税官吏らから捜索・差押許可状を示され、収税官吏らは事務所の立会人を原告横山、販売所の立会人を原告天野として捜索を開始し、本件調査に入った。
(三) 原告横山は、同日午前九時頃、右収税官吏らに対し、当日は月末で決済しなければならない手形が約一三〇〇万円位あるところ、当座預金の残高は約一一〇〇万円位で約二〇〇万円不足しており、集金して補充しないと不渡になるので調査の協力は何でもするから集金させてほしい旨を再三申入れたが一切聞き容れられなかった。また、原告横山らが外部に電話をすることは禁止され、外部からかかってきた電話も、原告横山らが直接応対することは許されず、右収税官吏らが相手を確かめたうえで取りついでいた。
(四) 原告横山は、同日午後二時頃にも集金に行かせてくれるよう申し入れたが拒絶された。
(五) 同日午後三時になり、取引銀行である株式会社北海道拓殖銀行虎の門支店から、支払手形決済の資金不足分(約二三〇万円位)に関する電話による問い合わせがあったので、原告横山は現状を説明して翌日まで猶予を依頼したが拒絶され、結局同日満期の手形は不渡となってしまった。
(六) 同日午後四時三〇分頃、右収税官吏らは、原告横山に対し、書類の差押等に関する書類に署名するよう要求したが、原告横山は拒否した。右収税官吏らは同日午後五時三〇分頃引き上げていった。
(七) 同日午後六時頃、原告五十嵐から連絡があり、同日午前七時三〇分から午後五時三〇分までその自宅に監禁されていたことが判明した。原告五十嵐は当時独身であり、六畳一間のアパート住いであったが、右拘束時間中、朝食、昼食をとらせず、原告会社に連絡することすらさせなかった。また原告横山及び同天野の自宅も同日午前七時三〇分から捜索されていた。
3 原告会社の財政状態
原告会社は、過去において手形不渡を出したことは一度もなく、昭和五一年三月から同五二年一月までの間も毎月ほぼ四〇〇万円以上もの売掛金集金により手形決済をなしてきており、本件当日の売掛金集金予定は、原告天野及び同五十嵐においてそれぞれ約二四〇万円程度で、まちがいなく達成することができた筈であり、また、万一の場合には決済資金を借入れることも可能であった。
4 本件調査の違法性
右収税官吏らは、捜索、差押等強制調査をなすにあたって、これらの処分、調査を受ける者に対し、不当な損害を被らせないように配慮して捜索、差押等強制調査を実施すべきであるにもかかわらず、(一)本件調査における調査日の選定、(二)本件調査における調査方法において手形不渡を出さないようにする配慮を欠いていた。すなわち、
(一) 調査日選定の違法性
商慣習として、月末は商人にとって決済日であり、二月は一年の内で最も決済上苦しい月とされているところ、本件捜索、差押許可状は一週間前の二月二一日に発付されていたのであるから、収税官吏らとしては、当然月末を避けて強制調査をなし、原告会社の資金決済に支障が生じないよう配慮すべきであったにもかかわらず、月末を調査日に選定した。
(二) 調査方法の違法性
収税官吏らは、本件調査にあたり、原告会社には集金活動をする差し迫った必要性が存することを知っていながら、原告横山、同天野、同五十嵐らが集金活動をすることを妨げ、あるいは集金活動をすることにつき十分な配慮をせず、また原告横山が金策あるいは銀行との手形決済に関する交渉をすることについても十分配慮しなかった。
5 被告の責任
このように、前記収税官吏らは、被告の公権力の行使に当る公務員として、本件捜索、差押等強制調査の職務を執行するに際し、故意又は過失により違法に原告会社をして前記第一回目の手形不渡を出さしめたが、原告会社は右手形不渡を原因としてその信用に対して回復し難い打撃を受け、特に貴金属業界では信用が最も大切な財産であるのにこれを失った結果、結局は再建の途が絶たれ、昭和五二年一二月及び同五三年一月に手形不渡を出し、銀行取引停止処分を受け倒産のやむなきに至ったものであるから、本件調査と右一回目の手形不渡、延いては、その後の手形不渡及び倒産との間には相当因果関係があり、被告らに対して右収税官吏らの違法行為によって生じた次項の損害を賠償すべき義務がある。
6 損害
(一) 原告会社は、資本金三、〇〇〇万円で、ホテルニュージャパン内にショールームを持つ会社であり、いわやる「のれん」としての評価は二、〇〇〇万円を下ることはない。原告会社は倒産により右「のれん」とともに右資本金が無に等しくなったのであるから、これによる原告会社の損害は五、〇〇〇万円である。
(二) 原告横山は、原告会社から月額四〇万円を支給されていたが、原告会社の倒産によりこれを失った。これを原状に復するには数年を必要とするが、その二ケ年分九六〇万円が損害である。
また、原告横山は、原告会社に三〇〇万円を貸付けていたが、これが回収不能となったことにより同額の損害を受けた。次に、原告会社の倒産によりその借入金を返済するため、原告横山の住宅を売却処分して二一五〇万円を原告会社にかわって支払ったが、これが回収不能であることにより同額の損害を受けている。さらに、原告横山は当業界においてこれまで一度も手形不渡を出したことがないため、その信用絶大なるものがあったが、本件手形不渡により、その信用がくずれ去り、信用上回復不可能な打撃を受けている。商取引上、手形不渡を出したという信用失墜は死に勝る苦しみであり、その名誉、信用を回復するためには慰謝料一五〇〇万円が相当である。
よって、原告横山の損害は以上合計の四九一〇万円となる。
(三) 原告天野は原告会社から月額三〇万円、原告五十嵐は月額二〇万円を支給されていたが原告会社の倒産によりこれを失った。これを原状に回復するには数年を必要とするが、その二ケ年分、原告天野については七二〇万円、同五十嵐については四八〇万円が損害である。
(四) 原告らは本件訴訟の提起、遂行を本件原告訴訟代理人弁護士板垣吉郎に依頼し、報酬として原告会社及び原告横山がそれぞれの請求額のほぼ一割に相当する各五〇〇万円を支払うことを約した。
7 結論
よって、原告らは被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、原告会社につき五、五〇〇万円、原告横山につき五、四一〇万円、原告天野につき七二〇万円、原告五十嵐につき四八〇万円並びにこれらに対する不法行為後の日である昭和五五年二月二二日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2(一)は認める。
3 同2(二)は認める(ただし、原告横山が出社したのは午前八時四五分頃である。)。
4 同2(三)のうち原告横山が本件調査担当職員に対して、当日は月末であるから決済しなければならない手形があり、決済するのに約二〇〇万円位銀行預金が不足しているので、補充しないと不渡りになり会社が倒産してしまう旨を申し出たことがあることを認めるが、その余は否認する。
5 同2(四)は否認する。
6 同2(五)のうち、午後三時頃原告会社に電話があったことを認めるが、その余は不知。
7 同2(六)は認める。ただし、原告横山が署名を拒否していたのは午後二時三〇分頃からである。
8 同2(七)のうち原告五十嵐宅を午前七時三〇分から捜索し、同横山及び同天野の自宅も捜索したことは認めるが、その余は否認する。原告横山及び同天野の自宅を捜索したのは、いずれも午前八時からである。
9 同3は否認する。
10 同4は争う。
(一) 本件調査日は、収税官吏が昭和五二年一月二五日物品税調査のために原告会社に臨場して関係書類の提示を原告天野に要請した際、社長の原告横山の不在を理由に調査の協力を得られなかった経緯に鑑み、原告会社の幹部である原告横山及び同天野の在社する可能性の高い日に調査する方が調査を迅速・的確・円滑に進展させ得るものとの判断から選定されたものであり、その選定は合理的・相当であり、もとより、原告会社に損害を加える目的で本件調査日を選定したものではないのであるから、本件調査日の選定に違法はない。
(二) 原告横山からの外出の申し出があった際、収税官吏である訴外矢島あるいは同塗木らは、原告横山に対して、その申出た内容に応じて、従業員である訴外秋野を集金等に行かせてはどうかとか、申述書を作成したうえで外出してはどうかとか、あるいは原告会社の者一人を残すなら外出してもよいが、税務職員の同行を認めて欲しい旨の申し入れをする等して調査立会の協力方と原告会社の経済的必要性とを十分調和させていたものであるが、その申し入れにしても、強制にわたるものではなく、あくまでも原告会社側への要請・要望であったのであり、またその申し入れた内容にしても、原告横山からの外出の申し出内容に応じたものであって、物品税の嫌疑をもって調査する立場の収税官吏が申し入れる内容のものとしては時宜に適した相当のものというべきであるから、本件調査の方法には何らの違法はない。
11 同5のうち原告会社が昭和五二年一二月及び同五三年一月に手形不渡を出し、銀行取引停止処分を受けたことは認めるがその余は否認し争う。
原告会社が銀行取引停止処分を受けたのは、本件調査後一〇ケ月も経過した昭和五三年一月であるから、右処分は、原告会社における営業活動そのものに原因があったものというべきであり、本件調査との間に因果関係はない。
12 同6(一)ないし(四)は不知。
第三証拠
一 原告ら
1 甲第一ないし第七号証、第八号証の一ないし七、第九号証の一ないし二五、第一〇号証の一ないし六、第一一号証の一ないし三、第一二ないし第一四号証
2 原告横山敏本人
3 乙第一号証の成立は知らない。
二 被告
1 乙第一号証
2 証人塗木徹、同矢島清
3 甲第二ないし第七号証の成立は認める。第一三号証のうち書込部分の成立は知らないが、その余の部分の成立は認める。第八号証の一ないし七が原告ら主張の写真であること及びその余の甲号各証の成立(第一号証及び第九号証の一ないし二五については原本の存在も)はいずれも知らない。
理由
一 請求原因1、同2(一)、(二)及び(六)(但し、各時刻を除く。)の各事実、原告横山が本件調査当日、本件調査担当職員に対して、当日は月末であるから、当日決済しなければならない手形があり、決済するのに約二〇〇万円位銀行預金が不足しているので補充しないと不渡りになってしまう、不渡りを出せば会社が倒産してしまう旨を申し出たことがあること、同日午後三時頃原告会社に電話があったこと、原告五十嵐宅を同日午前七時三〇分から捜索し、同横山及び同天野の自宅を同日捜索したこと、原告会社が昭和五二年一二月及び同五三年一月に手形不渡を出し、銀行取引停止処分を受けたことは当事者間に争いがなく、右当事者間に争いがない事実に、成立に争いがない甲第二ないし第七号証、書込部分を除き成立に争いがない甲第一三号証、原告横山敏本人尋問の結果により原本の存在及び成立の真正を認め得る甲第一号証及び甲第九号証の一ないし二五、同本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第一一号証の一ないし三、同本人尋問の結果により昭和五二年二月二八日午後三時頃事務所及びその出入口付近の状況を撮影した写真であると認める甲第八号証の一ないし七、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第一号証、証人塗木徹、同矢島清の各証言、原告横山敏本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができ、原告横山敏本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし信用しない。
1 昭和五二年一月二五日、麹町税務署大蔵事務官(同署間税第二部門上席国税調査官)鈴木徹(以下「塗木」という。)及び同署大蔵事務官高浜淳一(以下「高浜」という。)は、物品税法四一条に基づき同法別表第一種第一号から第四号までに掲げる貴石製品、真珠製品、貴金属製品及びさんご製品等に関する課税標準及び税額等の調査のため原告会社に赴き、原告会社の事務取締役原告天野に面談したが、同原告は、代表取締役の原告横山の不在を理由に関係帳簿書類の提出を拒否したことから、塗木及び高浜は翌二六日再度原告会社に赴いて原告横山と面談し、同原告から関係帳簿の提出を受けこれをもとに調査した結果、原告会社には物品税の過少申告があることを発見した。さらには、同年二月一〇日の調査に際して、原告天野が塗木に対し、物品税を過少に申告していたのは、原告会社の資金繰りが困難であったことによるものであると申述していたことから、原告会社は、右過少申告にかかる物品税を、「偽りその他不正の行為により」、ほ脱したもの(同法四四条一項一号)であると思料されたため、東京簡易裁判所裁判官の捜索・差押の許可を得て国税犯則取締法二条に基づき捜索・差押の強制調査をすることとなった。
2 原告会社に対する右強制調査にあたっては、前記のとおり、塗木が同年一月二五日物品税調査のため原告会社に臨場して関係書類の提示を専務取締役である原告天野に要請した際、代表取締役原告横山の不在を理由に調査の協力を得られなかった経緯に鑑み、原告会社の幹部である原告横山及び同天野が在社する可能性の高い日即ち、月末に調査することにより調査を迅速・的確・円滑に進展させ得るものとの判断から本件調査日(同年二月二八日)が選定された。
3 右同日午前七時五〇分頃、原告会社販売場(三七六号室)及び事務所(三七七号室)の調査を担当する係官七名は、東京国税局間税部監視第一部門所属の国税調査官矢島清(以下「矢島」という。)の指揮の下に、ホテルニュージャパンに到着したが、いずれの室も未だ施錠されたままであったので矢島らは、ホテル内のロビーで待機していたところ、午前八時三〇分頃原告天野が出勤し、事務所に入室したので、矢島、塗木らもその後を追って同室に入室し、塗木が原告天野に対して身分証明書と事務所にかかる捜索・差押許可状を呈示して、麹町税務署の者であるが、裁判所の許可を得て物品税の犯則調査に来た旨告げるとともに、同室を捜索する旨を告げて立会を要請した。これに対して原告天野は、社長の原告横山が出社するまで待ってほしいと答えたが、塗木は、専務である原告天野の立会を得て捜索を始めたといって捜索を開始しようとしたところ、原告天野は、原告横山は二〇分位して到着するはずであるのに、わずか二〇分も待たずに直ちに開始するというのであれば立会わないといって立会を拒否したことから、塗木らは、同室内で待機することとした。
午前八時四五分頃、原告横山が出社したので、塗木があらためて原告横山に対して、原告天野に対してなしたと同様のことをなし、次いで矢島が身分証明書と販売場にかかる捜索・差押許可状を呈示したところ、原告横山は、月末で支払手形が重なっているので調査は迷惑であるから、調査は翌日にしてほしいと一旦はいったものの、結局、捜索の立会に応じた。
4 そこで、午前八時五〇分頃、事務所は原告横山を立会人として塗木ら四名で、販売場は原告天野を立会人として矢島ら三名で各々捜索を開始し、本件調査に入ったところ、原告横山から、二〇〇万円位の金策ができないと手形が不渡となるので早く金策しなければならないとの申立てがなされたが、塗木は、捜索を開始したばかりであったため、捜索の目処をつけるまで待つよう要請した。
5 午前九時四〇分頃、原告横山が塗木に対して、銀行へ行きたいと申立てたので、塗木は、その頃、原告会社の経理担当の訴外秋野日出男(以下「秋野」という。)が出社していたことから、秋野に行かせてはどうかと原告横山に申入れたところ、同原告は秋野に対しては何らの指示もすることをせずに、しばらくして、今度は、秋野では銀行の用事は処理できないから、同原告が直接行って、午後三時までには銀行で手形の手当てをしなければならないと申立てたので、塗木は現場の指揮者である矢島に連絡し、これを受けて同人が原告横山に対して外出の理由を尋ねたところ、同原告は、知人のところに金策に行く約束があるから調査は翌日に延ばしてほしいと答えた。そこで矢島は、代表取締役である原告横山から原告会社の物品税法違反に関する犯則事実の有無の概要について聴取してから、同原告を外出させることとし、同原告に右事実の有無について聴取したところ、同原告は、昭和五一年五月以降、売上の一〇パーセント位を過少に申告したがこれは物品税額にして一〇〇万から二〇〇万円になること、資金繰りが苦しかったので、原告天野に命じて過少に申告させたことを申し述べたので、矢島は原告横山に対し、これらのことを申述書の形に作成して、外出はその後にするよう調査に協力してもらいたい旨申し入れたところ、原告横山は、申述書を作成することを拒否してそのまま係官の捜索に立会っていた。
6 午前一〇時四〇分頃、原告横山が再度同日中に決済すべき手形に対して預金が二〇〇万円位不足しているので、金策に当りたいが、原告天野が得意先としているところは同原告が行かなければ話が通じないから原告天野と原告横山の両名を外出させるよう申し出たので、矢島は、代表取締役である原告横山が物品税に関する不正事実を自認しており、また捜索に立会わせるためには、原告会社の者が一人いれば足りるものと判断して、原告横山に対して、誰か一人を残して外出してもいい旨告げるとともに、それまでに原告横山が外出を申し出る際に挙げた外出先が、銀行、知人、得意先等外出を申し出る都度二転三転し、しかも、具体性に欠けていたことから、罪証隠滅のおそれも考慮し、税務職員を同行すべく要望したところ、原告横山は、税務職員を同行してまで外出したくはないといって外出しようとしなかった。
7 午前一一時三〇分頃、外部に電話をかけ終った原告横山が、誰に話しかけるともなく、相手が出張しているため連絡がとれないとつぶやいていたのを耳にした矢島らが原告横山に対し、集金するところがあれば外出するよう勧めるとともに、外出には、あらかじめ約束がなければ集金できるものではないといってこれを一蹴し、外出しようとせずに捜索に立会っていた。
8 午後二時頃、事務所の捜索・差押が終了し、塗木らは、捜索・差押てん末書、差押目録等を作成していたところ、午後三時頃になって、原告会社に対して銀行から手形を不渡にする旨の電話がかかったため、原告横山は、態度を急変させ、手形が不渡りとなって原告会社は倒産したが、この始末はどうしてくれるのかとか、つぶれた会社には用はない等といって騒ぎ始め、さらに、つぶれた会社の写真を撮ってやるといいながら、自らあるいは原告天野をして事務所内を撮影してまわった。
9 午後四時頃、塗木らが原告横山に対し、捜索・差押てん末書、差押目録等の署名・押印を求めたところ、同原告は、一方的な調査をやって会社をつぶしたので署名しないといって署名・押印を拒否した。そして、係官が差押物件をダンボール箱に収納するときにも立会おうとせず、己むなく、塗木らが差押物件を大声で読み上げながら収納して、午後五時頃、販売場及び事務所を退去し、本件調査は終了した。
10 翌三月一日、原告横山は麹町税務署に来署し、面談した麹町税務署間税第二部門統括国税調査官中山和也(以下「中山」という。)に対して、不渡手形を一回でも出すと、銀行取引停止処分を受けると思い込んでいたので、前日の調査の際は、騒いで申し訳ないことをしたが、銀行で説明を聴いたところ、二月二八日期日の不渡手形を現金で買戻せば会社は倒産しないですむことがわかったので今後は協力する旨を申し述べるとともに、本件調査の際には署名・押印することを拒否していた書類に署名・押印した。
11 その後、原告会社は営業を継続していたが、昭和五二年一二月と同五三年一月とに手形不渡を出し銀行取引停止処分を受け、事実上倒産した。
二 ところで、本件調査は国税犯則取締法の規定する物的資料を収集する手段としての捜索・差押に基づく強制調査であり、右捜索・差押は東京簡易裁判所裁判官の許可を得て執行されたものであるところ、捜索・差押に基づく強制調査は、租税犯則事実を証明するための物的資料を収集する手段としての性格上、諸般の事情を斟酌したうえで臨機応変かつ可及的迅速・的確・円滑に実施される必要性が存するから、その実施についての範囲、時期、場所等実定法上特段の定めのない事項については、調査を受ける者の私的利益との比較衡量において相当な限度にとどまる限り、権限ある収税官吏の合理的な選択と裁量に委ねられているものといわなければならない。
これを本件に照らし検討すると、まず、本件調査日の選定については、前認定のとおり、収税官吏塗木らが昭和五二年一月二五日物品税調査のために原告会社に臨場して調査した際、原告天野が同横山の不在を理由に調査の協力方を拒否した経緯があったことから、原告会社の幹部である原告横山及び同天野の在社する可能性の高い月末に調査日を選定することが調査を迅速・的確・円滑に進行させるために必要であると判断し、本件強制調査日が選定されたものであるから、右選定は調査の合理的な必要性に基づくものというべきであり、この点は、月末を決済日とする商人が多いであろうことを考慮してもなお、調査を受ける原告らの私的利益との比較衡量において相当な限度にとどまり、権限ある収税官吏の選択と裁量の範囲内のものということができる。
また、本件調査の方法については、前認定のとおり、本件調査に際し、収税官吏である矢島、塗木らは、原告横山、同天野らに対し各捜索場所における立会方を求め、原告横山の金策、集金のための外出の申出に対しては捜索開始当初は捜索の目処をつけるまで待つように要請し、さらに、前掲関係各証拠によると、外部との電話連絡については、強性調査個所がホテルニュージャパンの他に数個所あったことから、他の調査先に調査先に調査がある旨を連絡それとは実効的な調査を期し難いことを考慮して、捜索開始当初制限したことが認められる(なお、収税官吏を同人アパートに拘束し、原告会社と連絡することを禁止したことを認めるに足りる証拠はない。)ところ、これらによれば、原告らの金策、集金活動が制約されたものといえなくはないが、他方、矢島、塗木らは、午前九時四〇分頃には原告横山の代わりに秋野を金策等に行かせることを提案し、その後も午前中に、同原告が申述書を作成した後に外出すること、税務職員の同行を条件に原告会社の者一人を残して外出すること等を提案していること、外部との電話連絡もその後は制限していないことは前認定のとおりであるから、右収税官吏らは、本件強制調査の必要性という制約のもとにおいて、原告会社の経済的必要性をもそれなりに配慮したことが窺われるのであって、これに、国税犯則取締法六条が収税官吏が同法二条に基づき捜索をなす場合、原則として捜索場所の所有主、借主、管理者等をして立会わせることを要請していること、同法九条が収税官吏が捜索・差押をなす間、原則として当該場所への出入を禁止していることの趣旨をも勘案するならば、本件調査により原告らの金策、集金活動が制約されたとしてもそれは、本件調査の方法として、これ又前叙のとおり、調査を受ける原告らの私的利益との比較衡量において相当な限度にとどまり、権限ある収税官吏の選択と裁量の範囲内というべきである。
よって、収税官吏らの本件調査には違法はなく、原告らの主張はこの点で理由がない。
三 なお、付言するに、原告らは、本件強制調査と原告会社が昭和五三年一月に受けた銀行取引停止処分との間には相当因果関係がある旨主張し、原告横山敏本人尋問の結果中にはこれに副う供述部分があるが、他にはこれを裏付けるに足りる証拠はなく、前掲の関係各証拠によれば原告会社がその後一〇ケ月間も営業継続していたことが認められることからしても、右原告本人の供述は措信し得ないものというべきであって、右両者間に相当因果関係がある旨の主張は到底肯認し得ないものであるから、この点においても原告らの主張は失当であるというべきである。
四 以上によれば、原告らの国家賠償法一条一項に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がなく棄却を免れない。
よって原告らの請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 落合威 裁判官 樋口直 裁判官 杉江佳治)