東京地方裁判所 昭和55年(ワ)8325号 判決 1982年5月21日
原告 綿半野原総業株式会社
右代表者代表取締役 野原弘吉
右訴訟代理人弁護士 佐々木良明
被告 株式会社切手経済社
右代表者代表取締役 矢澤敬一郎
被告 株式会社ケネディ・スタンプ・クラブ
右代表者代表取締役 矢澤幸子
右被告両名訴訟代理人弁護士 大谷昌彦
同 市野澤邦夫
同 中川徹也
主文
一、被告両名は、各自原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ昭和五五年一一月二〇日から各明渡済まで一ケ月七万八三〇円の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告両名の負担とする。
三、この判決は仮に執行することができる。
事実
第一、申立
一、原告
主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行宣言を求める。
二、被告両名
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求める。
第二、主張
一、請求原因
1. (原告の建物所有)
原告は、昭和四三年四月一五日以前から別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)を所有している。
2. (原告と被告切手経済社との賃貸借)
原告は、昭和四三年四月一五日、被告株式会社切手経済社(以下単に切手経済社という。)に対し本件建物を賃料一ケ月七万八三〇円の約束で賃貸する契約をして、本件建物を同被告に引き渡した。
3. (賃貸借の終了)
(一)(1) 右賃貸借契約には、賃借人が解散したときは、賃貸借契約は当然終了する旨の合意があった。
(2) 被告切手経済社は、昭和五四年一二月二日、商法第四〇六条ノ三第一項により、解散したものとみなされた。
(3) 右の事実により本件賃賃借は終了した。
(二) 仮に右(一)の主張が認められないとしても、
(1) 被告切手経済社には、次のとおり信頼関係を破壊する行為があった。
(イ) 被告切手経済社は、資料の支払を怠ったため、昭和四九年六月二五日になされた原告との間の起訴前の和解において、今後賃貸借契約及び本件建物のある野原ビルの館内規則(ビル使用者の守るべき規則)を遵守する旨約束して従前どおり本件建物の賃借を続けることになったのに、その後も毎月のように賃料の支払を遅滞しつづけてきた。なお、本訴提起後は弁済供託をしているが、これも滞納処分により差押換価されており、原告は賃料の支払に不安を抱いていた。
(ロ) さらに、同被告は、前記館内規則に違反して、原告に無断で看板を掲げたりポスターを貼ったりし、ビルの出入口や廊下に荷物を放置したり廊下や階段の昇り口で作業をさせ、あるいは湯沸場で異臭を放つ薬品を使うとか、食べ残しの食器を放置し、ビル全体の一せい消毒に協力しないなど、他の入居者に多大の迷惑をかけており、また勝手に賃借建物の入口の鍵をとりかえて万一の場合にそなえての原告の管理を妨げている。
(ハ) 加えて、被告切手経済社は、原告の承諾もなく被告ケネディ・スタンプ・クラブ(以下単にスタンプ・クラブという。)に本件建物を使用させている。
(2) 原告は、本件訴状において、被告切手経済社に対して本件建物の明渡を求めており、これによって契約解除の意思表示をしたというべきである。したがって、本件賃貸借契約は終了した。
4. (被告スタンプ・クラブの建物占有)
被告スタンプ・クラブは、昭和五五年一一月二〇日より前から、本件建物を使用し占有している。
5. 以上の事実により、被告切手経済社に対しては賃貸借終了に基づき、同スタンプ・クラブに対しては所有権に基づき、それぞれ本件建物の明渡を求めるとともに、昭和五五年一一月二〇日(訴状送達の翌日)以降明渡済まで、賃料相当の一ケ月七万八三〇円の損害金の支払を求める。
三、請求原因事実に対する認否
1. 請求原因1、2の各事実は認める(被告両名)。
2. 同3一(1)(2)の各事実は認めるが、(3)の主張は争う。本件賃貸借契約にいう「解散」とは、本来の解散をいい、商法第四〇六条ノ三によるみなし解散は含まれないと解すべきである。なお、被告切手経済社は、同法同条三項の規定に従い、会社継続の手続をとり、昭和五五年六月二三日その旨の登記を経由している。仮に前記「解散」に商法第四〇六条ノ三による解散も含まれると解されるとすれば、その約定はその限度で借家法第六条により無効と解すべきである。少なくとも、相当の期間内に会社継続の手続がなされずに、実質的にも賃借人の使用の必要がなくなったと認められる場合にはじめて効力が認められるべきである。
同3(二)(1)の冒頭の事実及び(2)の事実はいずれも否認し争う。もっとも、3(二)(1)(イ)ないし(ハ)の各事実の外形は認めるが、いずれも信頼関係を破壊するというようなものではない。
(イ) 被告切手経済社の賃料の支払が遅れがちであったこと、本訴提起後に弁済供託した賃料の取戻請求権につき滞納処分を受けたことは事実であるが、原告は同被告に対し一四一万円余の保証金返還債務を負担しているのであるから、別に供託金がなくなっても支払に不安を感じないはずである。
(ロ) 同被告が看板やポスターを出したのは、他の入居者にならったまでのことで、別に差支えないと思ってしたことである。廊下に荷物を置いたり作業をさせたりしたのはほんの一時的なことであるし、薬品で銀貨を洗ったこともあるが、原告から悪臭を放つといわれてからやめている。食品を放置したというのは、出前店の回収が遅れたためにすぎない。また鍵をかえたのは、盗難があったからで、原告の了解を得ており、万一の事態が生じたときは、ガラスを割って入ってよいと申し出てある。消毒に応じないのは、商品の切手やコインが損傷するからで、独自に消毒を実施している。いずれにしても、他の入居者や原告に迷惑をかけるようなことはしていない。それに、そもそも、原告は館内規則違反というか、館内規則の裏面の交付を求めても原告は交付してくれなかった。
(ハ) 被告スタンプ・クラブは、もと被告切手経済社の一部門であったものを昭和四八年に法人としたもので、被告切手経済社と同様の同族会社であり、独立の占有を有しない補助者である。仮に独立の占有を有するとしても、別に原告との信頼関係を破壊するような事情はない(以上被告切手経済社)。
3. 被告スタンプ・クラブの独立の占有は否認する。同被告が本件建物を使用しているのは、被告切手経済社の占有補助者としてである(被告スタンプ・クラブ)。
三、抗弁(被告スタンプ・クラブ)
仮に被告スタンプ・クラブが本件建物の独立占有を認められるとすれば、同被告が被告切手経済社から本件建物の使用を許されていると主張し、原告が被告切手経済社に対して主張する賃貸借契約の成立を占有権原として援用する。
四、抗弁に対する認否
原告と被告切手経済社との賃貸借契約の成立は認める。
五、再抗弁とその認否は、請求原因3(被告切手経済社に対しての終了原因の主張)の主張とこれに対する被告切手経済社の認否と同じである。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、被告切手経済社に対する請求について
1. 請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。
2. 請求原因3(一)(1)、(2)の各事実も当事者間に争いがない。しかし、本件賃貸借契約が締結された昭和四三年当時は、商法第四〇六条ノ三による解散の規定はまだなく、したがって、本件賃貸借契約において賃借人が解散した場合に賃貸借契約は当然終了する旨の合意がなされたときには、商法第四〇六条ノ三による解散のことはまったく当事者間において予測されていなかったことといえる。このような場合でも、当事者の合意の効力を全く否定するのは合意の解釈として必ずしも妥当ではないが、また合意の要件を形式的に満たすからといって、当然にその効力を認めることも妥当でない。結局、合意に含まれる当事者の合理的意思によりその解釈を定めるべきものといえる。こうした観点で右合意の意味を考えてみると、賃借人の会社解散を賃貸借終了原因としたことの趣旨は、本来会社解散により、賃借人は賃借の実質的な必要性を失うことを考慮したものと解するのが相当である。商法第四〇六条ノ三による解散の擬制は、実質的な法人の存否とは別の観点から定められたものであるから、単に賃借人が同条により解散したものとみなされるからといって、右合意により直ちに賃貸借が終了するというように解することは、そもそもの合意の合理的趣旨に反することになり相当ではない。右のように、原告の主張する合意の趣旨は、賃借人が実質的に解散したときは、賃貸借は終了するという意味であると解されるところ、被告切手経済社が、この意味で実質的に解散したとの原告の主張もないし、<証拠>によれば、同被告は、商法第四〇六条ノ三による解散の登記がなされていることを知って、会社継続の手続をし、その旨登記を経由していることが認められ、そうすると、同被告が解散したものとみなされたことの一事をもって本件賃貸借が終了したとする原告の主張は失当である。
3. 進んで、信頼関係破壊を理由とする賃貸借の終了の主張につき判断する。
(一) 被告切手経済社は、賃料の支払を遅滞しがちであったため、昭和四九年六月二五日になされた原告との起訴前の和解において、今後は賃貸借契約及び野原ビルの館内規則を遵守する旨約束して従前どおり本件建物の賃借を続けることになったが、その後も本訴提起に至るまで毎月のように賃料の支払が遅れていたことは同被告も認めるところであり、<証拠>によれば、当初は一ケ月足らずの遅滞であったが、その後は二~三ケ月も支払が遅れることがあり、ことに昭和五二年から五四年にかけてはそうした傾向が顕著であったことが認められる。
(二) <証拠>によれば、本件建物の入口やそこに至る看板には被告切手経済社の社名はなく、すべて「ケネディ・スタンプ・クラブ」又は「ケネディ・スタンプ・クラブ(株)」という名称が記載されていることが認められ、また被告切手経済社は昭和四八年七月一八日に被告スタンプ・クラブが設立されてからは事実上営業を休止していて、いわゆる第二会社である被告スタンプ・クラブがその営業を引き継いで現在に至っていることが認められる。このことからすれば、本件建物は被告スタンプ・クラブが事実上使用しており、これを占有しているものと認められる。<証拠>によると、被告スタンプ・クラブの代表者は被告切手経済社の代表者の妻であるほか、両者とも共通の取締役が就任するなど、いわゆる同族会社であり、いずれも実質上は被告切手経済社の代表者である矢澤敬一郎が経営の実権を握っている会社であることは認められ、さらに<証拠>によると、同人は、昭和四二年当時から「ケネディ・スタンプ・クラブ、矢澤敬一郎」という名称で日本郵便切手商組合に加入していたことは認められるが、だからといって、「ケネディ・スタンプ・クラブ(株)」という表示が被告切手経済社の営業部門を表示しているにすぎないものと見ることはできないし、本件建物につき被告スタンプ・クラブは単に補助者として占有しているなどと見ることも相当ではない。被告切手経済社代表者の供述中右認定に反する部分は信用することができない。
以上によると、被告スタンプ・クラブは、実質上被告切手経済社から本件建物を転借しているものといってよく、このことについて原告の承諾があったとの主張もないしまたこれを認めるに足りる証拠も十分でない。
(三) 以上判示したところを総合すれば、被告切手経済社には原告との間の賃貸借契約における信頼関係を破壊する行為があったと認めてよく、原告は特に催告を要せずに本件賃貸借契約を解除し得ると解されるところ、原告が被告切手経済社に対し本件建物の賃貸借の終了を理由としてその明渡を求める訴を提起している以上、これには賃貸借契約の解除の黙示的な意思表示も含まれていると解してよいから、原告と同被告との間の本件建物の賃貸借は本件訴状が同被告に送達された昭和五五年一一月一九日に終了したと認めることができる。
なお、信頼関係の破壊について若干附言する。賃料の長期にわたる不払は、信頼関係破壊の典型的な場合であることに異論はなかろう。長期にわたる遅滞は、それだけでは直ちに信頼関係の破壊といいうるかは問題が残る。しかし、本件のように、七~八年にもわたる継続的な遅滞がある場合には、それだけでもきわめて不誠実な賃借人といわれても止むを得ないであろうし、加えて本件においては、前認定のとおり実質的には無断転貸の状況も加わっており (原告はこれを独立の解除原因として主張しているわけではないので、信頼関係の破壊という観点からのみ検討する。)、これだけの事実が重なれば、信頼関係の破壊を認められてもいたしかたないであろう。それに、本訴提起後の弁済供託金についても被告切手経済社は滞納処分による差押、換価処分を受けており(この点は争いがない)、原告において保証金を受領しているにしても、賃料の支払に不安をいだくことももっともな事情があることも念のため指摘しておく。
4. 以上によれば、原告の被告切手経済社に対する請求は正当として認容することができる。
二、被告スタンプ・クラブに対する請求について
1. 請求原因1の事実は争いがなく、同4の事実を認め得ることは被告切手経済社に対する請求に対する判断3(二)で判示したとおりである。
2. 被告スタンプ・クラブは、被告切手経済社の占有権原を援用し、原告はその消滅(賃貸借終了)を主張するところ、この点の判断も、被告切手経済社に対する請求に対する判断の3で判示したとおりであるから、被告スタンプ・クラブの占有権原の抗弁は結局理由がないことになる。
3. よって、原告の被告スタンプ・クラブに対する請求も正当として認容することができる。
三、結論
以上のとおりであるから、原告の請求をすべて認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 上谷清)
<以下省略>