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東京地方裁判所 昭和55年(人)1号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

請求の理由は次のとおり。

1 請求者と拘束者とは、昭和四八年一〇月二九日婚姻の届出をし、その間に長男の被拘束者(昭和五〇年七月一六日生)を儲けたが、昭和五五年二月二日協議離婚した。

2 被拘束者は、同日以来請求者の許で監護養育されていたが、拘束者は、同年四月一八日朝から他の男三名と共に自動車二台に分乗して請求者の肩書住所付近に張り込み、同日午後七時三〇分ころ被拘束者を連れて実家から自宅に帰る途中の請求者の許から、「ママ、ママ」と泣き叫びながらいやがる被拘束者を強引に車に引張り込んで連れ去り、拘束者の肩書住居において、被拘束者を軟禁状態にしてほとんど外出させず、被拘束者は請求者の許に帰りたがつている。

拘束者の抗弁は次のとおり。

1 請求者は、協議離婚の際、被拘束者の親権者を拘束者とすることに合意し、その旨の届出がなされたものであつて、拘束者が被拘束者を連れ戻したのは親権の正当な行使であり、拘束者の許で養育するのが被拘束者の幸福に適する。すなわち、請求者と拘束者とは、昭和五四年一二月二五日別居したが、その際、請求者・拘束者間で被拘束者を当面二週間交代で監護することにしたものであり、協議離婚の際拘束者が請求者に対し被拘束者を引き渡したのは右の期間の満了にともなうものであつた。ところが請求者は、約束に反して、被拘束者の今後についての話合いに応ぜず、拘束者を被拘束者に会わせないばかりか、電話をしても電話口に出るのは専ら請求者の母であり、秘書兼営業部員の職についた請求者は朝早くから夜遅くまで仕事に追われ、被拘束者は保育園に預けられたままで、請求者の実家でも、商売が忙しいのと精神病の父の看護とで、子供の養育をする余裕はなく、子供の環境としては極めて劣悪なので、このままにしておいたなら、被拘束者にとつて、取返しのつかないことになると判断し、やむを得ず被拘束者を取り戻したのである。被拘束者は、拘束者及び近い将来拘束者と結婚する予定のAと共に明るい家庭生活を送つており、請求者の手許に置かれていた当時と比べて見違えるほど元気に明るくなつている。他方、請求者は前記のとおり朝から晩まで働いているうえ、ヒステリーの発作を起こして被拘束者を叱りつけるような母親であり、請求者の実家も前記事情でその援護に期待できず、請求者の許では金銭的にも、具体的な養育や愛情の面でも欠けることが多い。被拘束者は、請求者をこわがり、帰ろうともしていない。

2 請求者は、昭和五五年五月七日東京家庭裁判所に親権者変更の申立をし、その審判手続が進行している。よつて、被拘束者の取戻しを受けるについて他に適当な方法が存するものである。

請求者の再抗弁は次のとおり。

拘束者は以前からアメリカに移住する旨漏らしており、そうなれば被拘束者の引渡しは絶望的となり、前記申立てによつては相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白である。

【判旨】

一請求の理由1の事実、同2のうち、被拘束者が昭和五五年二月二日以来請求者の許で監護養育されていたが、拘束者は、同年四月一八日朝から他の男三名と共に自動車二台に分乗して請求者の肩書住所付近に張り込み、同日午後七時三〇分ころ、被拘束者を連れて実家から自宅に帰る途中の請求者の許から被拘束者を連れ去り、拘束者の肩書住居において監護養育していることは当事者間に争いがない。

右事実によれば、被拘束者は四年一一月の幼児であるから、拘束者が被拘束者を拘束しているものといわなければならない。

二そこで、右拘束の違法性の有無について検討するが、幼児の拘束の違法性の有無については、請求者、拘束者のいずれの監護の下におくことが被拘束者の幸福に適するかとの観点から決せられるべきである。

1 <証拠>を総合すると、一応次の事実が認められる。

請求者と拘束者とは婚姻後次第に夫婦仲が悪くなり、昭和五四年一二月二五日に拘束者は、被拘束者を請求者の許に置いて家を出て行き別居生活に入り、被拘束者は、その後翌年一月二日ころから三日間拘束者の許で暮し、さらに同月一九日請求者は一週間くらいの約束で被拘束者を拘束者に引き渡したところ、同月二七日被拘束者の引渡しを受ける約束で拘束者と会つたが、拘束者は、被拘束者を連れて来なかつたばかりか、請求者に対し、今後拘束者の方で被拘束者を預かると告げ、被拘束者の所在を明らかにしなかつたので、請求者は、被拘束者の行方を必死に探し、A宅にいることを突きとめ、同月三〇日同人宅に赴き、拘束者から同年二月二日に被拘束者を引き渡す旨の確約を得た。ところが、その当日、拘束者は、親権者欄に被拘束者の親権者を拘束者と記載した離婚届用紙を請求者に示し、これに署名押印しなければ被拘束者を引き渡さないといつて、たやすく被拘束者の引渡しに応じようとしなかつたので、請求者は、被拘束者の監護を自分の手でできさえすればよいとの考えから、止むなく右要求に応じ、前示のように被拘束者の引渡しを受けた。その後、請求者から同月二一日離婚取消の調停の申立がなされ、これに対して、拘束者からは親権に基づく子の引渡請求の調停の申立がなされた。

右事実によれば、請求者と拘束者との右協議離婚において、被拘束者の親権者を拘束者とする旨の合意があつたものと一応認められるが、拘束者は、請求者が協議離婚届に署名押印した際、離婚に応じることを条件として被拘束者を請求者に引き渡していることに加え、別居中の被拘束者の監護が主として請求者が被拘束者を手許に置き、拘束者が一時的にこれを預かるという状況であつたことに照らすと、少なくとも拘束者は、請求者に対して被拘束者の当面の監護を委ねる意思で被拘束者を請求者に引き渡したことが窺われ、一方請求者も自ら被拘束者を監護する意思で同人の引渡しを受けたことは前示のとおりであるから、親権者の定めとは別に請求者を被拘束者の当面の監護者とする旨の合意もその時点で成立しているということができる。

2 さらに、<証拠>を総合すると、次の事実が一応認められる。

(一) 請求者は、現在、千葉市内の実家から約七〇〇メートルくらい離れた民間アパートに住み、昭和五五年四月から東京都中央区の通信機輸出会社の貿易部員兼社長秘書の職につき、月収は一五万円であり、被拘束者は、請求者が午前七時ころ出勤してからは、主として保育園で過ごし、その後は請求者が帰宅するまでその実家で過ごしている。右実家に同居している請求者の兄の妻は被拘束者の保育園への送り迎えなどその養育に協力している。実家は文具商を営んでおり、兄夫婦の子供は、被拘束者の年齢に近い者を含めて三人いる。

(二) 一方、拘束者は、昭和五一年七月から外資系会社に勤務し、現在月収六五万円余りで、昭和五五年三月末ころからAと同居し、六月には正式に結婚する予定である。住居は一階が二間、二階が三間あり、被拘束者専用の部屋もある。被拘束者の日常の世話はAが行なつており、拘束者も勤務の都合によつては自宅でも仕事ができるので、その分被拘束者と接触する時間は多くなるが、被拘束者に対して甘やかしすぎのきらいがある。

(三) 被拘束者は、請求者及び拘束者の双方になついている。

以上の各事実に前示一の事実を併せて検討すると、請求者は被拘束者に対して監護権を有するところ、請求者は、その勤務の関係で被拘束者と接触を持つ時間が少ないうらみはあるが、被拘束者がまだ実母の直接の監護を必要とする年齢であることを考慮すると、請求者、拘束者の監護状態は甲乙をつけ難いというべきである。

拘束者は、請求者が発作的に手厳しく被拘束者を叱りつけ、被拘束者は請求者を恐れている旨主張し、拘束者本人尋問の結果にはこれに副う部分もあるが、これも、未だ請求者に性格的な偏りが強くみられるとまでは認め難いし、また、幼児期の精神の安定した成長にとつて、監護の連続性と安定性とが必要であることはいうまでもないが、前記のとおり、拘束者による被拘束者の監護は、その開始からまだ日が浅く、被拘束者の請求者に対する審問廷での態度にかんがみると、拘束者の許でまだ安定するに至つたとまでは認め難いから、請求者に監護させることを著しく不当とするということはできない。

3 以上検討してきたところによれば、請求者が被拘束者を引き取り、同人を監護養育することは、それが被拘束者にとつて最善の方法といえるかどうかはともかくとして、被拘束者のため不相当であるとは到底いえず、加えて拘束者による被拘束者の拘束の開始が被拘束者の平穏な監護状態を実力で排除するという不穏当な手段によるものであり、前記調停係属中であつたことを合わせ考えると、拘束者による被拘束者の拘束は、その違法性が顕著である場合にあたるものといわざるをえない。

三次に、抗弁2について考えてみると、請求者が昭和五五年五月七日東京家庭裁判所に親権者変更の申立をし、その審判手続が進行していることは、当事者間に争いがないが、右手続の終了まで相当の長期間を要することは明らかであるから、被拘束者の取戻しのため適切な方法であることは否定できないとしても、人身保護手続に代えるに足りる迅速な救済手段とはいい難く、請求者の再抗弁は理由があるから、この点についての拘束者の右主張は、結局採用することができない。

四以上の次第により、請求者の本件請求は理由があるから、これを認容して被拘束者を釈放し、人身保護規則第三七条後段により被拘束者が幼児であることにかんがみ、これを請求者に引き渡し、本件手続費用の負担につき人身保護法第一七条、同規則第四六条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(丹野達 佐々木寅男 山本博)

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