東京地方裁判所 昭和55年(借チ)2004号 決定 1981年5月25日
甲事件申立人・乙事件相手方(以下「申立人」という。)
飯塚鍍金株式会社
右代表者
飯塚恒夫
右代理人
木内俊夫
同
藤森勝平
甲事件相手方・乙事件申立人(以下「相手方」という。)
小山啓
右代理人
平田久雄
決定
一 申立人から相手方に対し、別紙物件目録一の土地の賃借権および同目録二の建物部分を、代金二六〇五万〇四二五円で売渡すことを命ずる。
二 申立人は相手方に対し、本裁判確定の日から三か月以内に相手方から前項の代金二六〇五万〇四二五円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録二の建物部分を同物件に関する抵当権者らの承諾を得て収去し、別紙物件目録一の土地を明渡せ。
三 相手方は申立人に対し、本裁判確定の日から三か月以内に申立人から前項の、本件建物部分をその抵当権者らの承諾のもとに収去して別紙物件目録一の土地の明渡しを受けるのと引換えに、第一項の代金二六〇五万〇四二五円を支払え。
理由
第一甲事件の申立の要旨
一借地契約の存在および地上建物の所有
1 申立人は昭和三二年一月一日相手方の先代である小山惣吉から別紙物件目録一の本件土地を、二〇年の期間で非堅固建物所有の目的で賃借し、同地上の申立人所有の隣地にまたがる別紙物件目録二記載中の本件建物を所有し、その賃貸借は昭和五二年一月一日更新され、契約の残存期間は昭和七一年一二月三一日までである。なおその間に、相手方が贈与により本件土地の所有権および賃貸人の地位を承継している。
2 本件賃貸借の賃料は、昭和五一年七月以降月額一万〇四八六円(3.3m2当り金二四五円)、同五三年五月以降月額一万二三九一円(3.3m2当り金二九〇円)、同五四年七月以降月額一万五一六九円(3.3m2当り金三五五円)にそれぞれ合意により改定されてきた。
3 昭和五二年の契約更新に当り、その更新料として申立人は相手方に対し、同年五月一三日金一四九万五五五〇円を支払つている。
二本件土地賃借権の譲渡の必要性
申立人は事業経営のため負債が多額にのぼり、借入金返済の上事業を縮少整理ないし清算するため、本件土地に隣接する申立人所有の土地と右土地および本件にまたがつて存する本件建物を売却する必要にせまられているが、本件建物が本件土地にまたがつているため、相手方から賃借中の本件土地の賃借権を譲渡する必要がある。譲受人である福井市西木田三丁目五番一号井上金庫販売株式会社は資力に富み、本件土地賃借権を取得しても、相手方にとつて何ら不利となる恐れはない。
しかるに相手方は、本件土地賃借権の譲渡を承諾しないので、申立人は右譲渡について相手方の承諾に代る許可の裁判を求める。
第二乙事件の申立の要旨
相手方は、借地法第九条の二第三項に基き優先して本件建物部分及び本件土地の賃借権を自ら譲受けたいので、その旨の裁判を求める。たゞし譲受対象の本件建物部分は買受けても利用する意思はなく、申立人において取毀して収去することについて異議はない。その場合には本件建物部分に対する所有権は放棄する。
第三当裁判所の判断
一本件資料によれば、第一の一、二の事実が認められ、申立人の申立は適法であるが、相手方の申立もまた適法と認めるのでこれを優先して、本件建物部分および本件土地賃借権の対価を定めて申立人から相手方に対する、その譲渡を命ずることとする。
もつとも申立人は本件建物部分は、本件土地と隣接する申立人所有地にまたがつて建築されている一個の建物の部分であつて、その土地の境界を境にして区分所有権の対象となり得るような構造のものでないことおよび本件建物には三個にわたる抵当権ないし根抵当権設定の登記がされており、これらが弁済等により抹消されない限り取毀すことができないものである点にあげて、相手方の優先譲受申立、いわゆる介入権の行使は許されないと主張する。しかしながら、本件建物部分が区分所有権の対象となり得る構造でないにしても、またこれを含む本件建物に抵当権が設定されているとしても、後記認定のように、本件建物自体殆んど市場価格が認められないほど陳腐化・老朽化した平家建工場であり、申立人が本件土地賃借権譲渡許可の申立に及んだ必要性の根拠である本件建物の売買契約には、本件建物のそれと共同担保として設定されたその敷地に対する抵当権の抹消、改築が前提の条項として含まれており、本件建物の取毀しが前提ないし予定されていることを考慮すると、本件建物部分が、申立人所有地にまたがる本件建物の一部だからといつて、賃借権者がみずからあえて借地権を第三者に譲渡しようとするとき、もともと信頼関係をその継続の基礎とすべき賃貸借契約の性質上、賃貸人が第三者との間に賃貸借関係を生ずることを好まない場合に、地上建物をふくむ相当の対価による賃借権の交換価値の実現による賃借権者に対する手当とともに、賃貸人にその土地賃借権を回収する機会を与えて双方の利害を調整しようとする介入権の行使を許さず、殆んど新たな建物所有を目的とする第三者との土地賃貸借契約の設定を強いるのは、賃貸人にとつて酷であり、また介入権行使に伴う当事者間の具体的な権利関係・利害の調整も、後記のように、本件裁判の趣旨およびその範囲を超えることなく社会的に可能であると認められるので、申立人のあげる事由は介入権の行使を妨げるものとはいえない。(なお、この申立認容により甲事件の申立は失効するので、これに対する判断はしない。)
二鑑定委員会は本件土地の更地価格を金四、〇三九万七五〇〇円(m2当り金二八万六〇〇〇円)として、借地権価格をその七〇%に当る金二、八二七万八二五〇円(m2当り金二〇万〇二〇〇円)、本件建物部分の価格を金一三万三〇八一円(隣接する申立人所有地にまたがる本件建物価格を金六〇万円とし、本件借地部分と申立人所有地部分との敷地面積比による按分によつて636.83分の141.25として算出)とそれぞれ評価し、相手方が本件土地賃借権および本件建物部分を譲受ける場合には、本件土地賃借権の価格からその一〇%に当る譲渡承諾料相当額を控除したものに本件建物部分価格を加算した合計金二五五八万三五〇六円をその譲受けの対価とする旨の意見書を提出している。
三鑑定委員会の意見にあらわれた本件借地権価格、本件建物部分価格の評価はそれぞれ相当である。しかしながら後記のように本件建物部分の売渡処理方法として、その取毀し収去を命ずることとしたため、その取毀し収去実行の際には事実上本件建物全体の取毀しにつながることを考慮し、本件建物価格全額金六〇万円を、本件土地賃借権価格から譲渡承諾料相当額を控除した額に加算した金二六〇五万〇四二五円を本件土地賃借権および本件建物部分譲受の対価と定める。
ところで本件資料によれば、(イ)、本件建物から本件建物部分を本件借地部分を境にして分割することは建物の機能上不可能であり、したがつて本件建物部分を独立した所有権の対象とした登記は不可能であること、(ロ)、本件建物には申立人主張のように二個の抵当権および一個の根抵当権の各設定登記がなされていること、(ハ)、本件建物は陳腐化・老朽化した平家建工場で、それ自体市場価格は認められず鑑定委員会も借地権と一体とした使用価値相当分を建物価格としており、担保価値も殆んどないこと、(ニ)、申立人が本件譲渡許可を申立てている本件土地賃借権譲受予定者である井上金庫販売株式会社との売買契約書には前記(ハ)認定の各抵当権設定の際の共同担保として設定されている本件建物の敷地である申立人所有地に対する抵当権または根抵当権を消滅させること、および本件建物を改築することを予定した条項がふくまれていること、したがつて本件建物は各担保権者の承諾のもとに一たんは事実上取毀しになることが予定されていること、(ホ)、申立人は現在経営状態が悪化し、会社の整理もしくは解散により清算手続を行う方針を定め、その第一段階として本件建物を含む資産を売却することとして本件譲渡許可申立に及んでいるので本件建物内における従前の操業は今後予定されていないこと、がそれぞれ認められる。
そして他方相手方は本件建物部分を買受けても利用する意思はなく、さらに申立人において取毀し収去することに異議はなく、その場合には本件建物部分に対する所有権は放棄する旨意思を明かにしている。そして介入権の行使を許しているのはもともと賃貸人に対し賃借権回収・当該土地の契約前の原状回復の機会を与えるのがその主たる目的であつて地上建物の買受はむしろその際の賃借人側に投下資本の回収を得させる手当としての対価を確保させるものとみてよいから、本件の場合におけるような前記各事情を考慮するとき、本件建物部分の売渡処理方法としては、申立人がその抵当権者らの承認を得(その承諾は前記認定事実からして十分社会的に可能と認められる。)た上で本件建物部分を収去し、本件土地を明渡すべきものとし、その建物部分収去土地明渡義務と前記譲受代金の支払義務とを同時履行とするのが相当と認められる。
(舟本信光)
物件目録
一 (本件土地)
<地番、地積、省略>
(添付図面イ、ロ、ハ、ニ、ホ、イの点を順次結んだ各直線でかこまれた部分)
二 (本件建物部分)
<家屋番号、床面積省略>のうち本件土地上に存する部分
(添付図面チ、リ、ヌ、ル、オ、チの点を順次結んだ各直線でかこまれた部分赤斜線部分)