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東京地方裁判所 昭和55年(合わ)431号 判決 1981年7月06日

被告人 御子柴一郎

昭一七・一・一生 玩具設計業

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判の確定した日から三年間、右刑の執行を猶予する。

押収してあるけん銃用三八口径弾倉一個(昭和五六年押第二一九号の一)、同銃床一個(同押号の二)、同引鉄一個(同押号の三)、同撃鉄一個(同押号の四)、同機関部側板一枚(同押号の五)、同安全子一個(同押号の六)、同復動子一個(同押号の七)、同指掛け一個(同押号の八)、同固定子一個(同押号の九)、同弾倉回転子一個(同押号の一〇)、同弾倉固定子用スプリング一本(同押号の一一)、同銃身(但し、切断されたもの)一本(セロハン袋入り、同押号の一二)、同メインスプリング一本(同押号の一三)、同シリンダーシヤフト一本(同押号の一四)、同開閉子一個(同押号の一五)、同銃床握り部分(但し、切断されたもの)一個(但し、付属するキー及びキーホルダーを除く、同押号の一六)、同銃把(ねじ付)一組(同押号の一七のうち木製のもの)、外国製わいせつ八ミリフイルム一巻(同押号の一八)、同トランプ(紙ケース共)二組(同押号の一九)、同雑誌一冊(但し、「FRENZY」、「SLICK CHICKS」及び「SHAVED PUSSY」を合本したもの、同押号の二〇)、同雑誌「BOTTOM REVIEW」一冊(同押号の二一)、同雑誌「SHAVED DOLLS」一冊(同押号の二二)、同雑誌「SWEDISH EROTICA」一冊(同押号の二三)、同雑誌の切り抜き九枚(同押号の二四)、同雑誌の切り抜き二枚(同押号の二五)及び同八ミリフイルム四巻(大砲の模型箱入り、但し、大砲の模型部品は除く、同押号の二六)をそれぞれ没収する。

理由

(罪となる事実)

被告人は、

第一  法定の除外事由がないのに、三八口径回転式六連発けん銃一丁(但し、分解されたもの、昭和五六年押第二一九号の一ないし一六はその分解部品、同押号の一七のうち木製銃把一組はその部品)を隠匿携帯した上、昭和五五年一一月二六日午後三時五〇分ころ(現地時間は同月二五日午後一〇時五〇分ころ)、アメリカ合衆国サンフランシスコ空港発の中華航空〇〇一便航空機に搭乗し、同月二七日午前六時四五分ころ、東京都大田区羽田空港二丁目五番六号所在の東京国際空港に到着してこれを本邦内に持ち込み、もつてけん銃を輸入し、

第二  引き続き、同日午前八時一〇分ころ、同空港内東京税関羽田出張所旅具検査場において、通関手続として旅具検査を受けるにあたり、前記けん銃一丁を隠匿携帯するとともに、男女性交の場面や男女の性器等を露骨に描写した外国製わいせつ八ミリフイルム五巻(同押号の一八及び二六)、外国製わいせつトランプ二組(同押号の一九)、外国製わいせつ雑誌四冊(同押号の二〇ないし二三)及び外国製わいせつ雑誌の切り抜き一一枚(同押号の二四及び二五)を隠匿携帯していたのに、そのことを秘し、同出張所係員に対し、申告すべきものはすべて携帯品・別送品申告書に記載した旨虚偽の申告をして同検査場を通過しようとし、もつて税関長の許可を受けないで右けん銃を輸入しようとするとともに、輸入禁制品である風俗を害すべき右図画を輸入しようとしたが、右係員に発見されたため、いずれもその目的を遂げなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

第一憲法違反の主張について

弁護人は、本件公訴事実第二のうち、風俗を害すべき図画の輸入未遂の点(以下において、「本件所為」ということがある。)につき、これが罰条として起訴状に掲げられている関税定率法二一条一項三号は、(一)同条三項及び関税法六七条とあいまち、輸入されようとする書籍、図画等の表現内容を強制的に検査し、不適当と認めるときは、これを輸入させない措置をとる権限を税関長に付与し、もつて検閲の制度を設けるものであるから、憲法二一条二項に違反して無効であり、また(二)「公安又は風俗を害する」というあいまいな基準により、表現の自由を不当に制限するものであると同時に、正当な行為にまで広汎に規制を及ぼすものであるから、憲法三一条に違反して無効であつて、(三)結局、本件所為は罪とならない旨主張するので、判断を示す。

一  憲法二一条二項違反の主張について

関税定率法二一条一項三号は、本件所為に適用されるべき罰条である関税法一〇九条一項の犯罪構成要件の内容をなすものであるが、単に同号所定の物品(「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」、以下において、「三号物品」ということがある。)を輸入してはならないことを規定するのみであり、また、ある物品が三号物品にあたるか否かは、同号の規定の解釈適用により法律上当然に決せられるのであつて、弁護人主張にかかる税関長の権限の行使をまつてはじめて定まるわけではないから、税関長に対する右権限の付与をもつて違憲であるとし、そのことを前提として同号自体の違憲をいう弁護人の主張は失当である。

なお付言するに、ある物品が三号物品に該当するというためには、ことがらの性質上、その保有、媒介する表現の内容それ自体を認識し、評価せざるをえず、従つて、三号物品は、その表現の内容の故に輸入が一切禁止され、その違反が処罰されることとなるわけであるから、このような結果をもたらす関税定率法二一条一項三号及び関税法一〇九条は、表現の自由に対し法律的制約を加えるものであつて、憲法二一条、特に同条二項所定の検閲の禁止との関係のほか、同条一項が表現の自由の一環として保障すると解される表現入手の自由(いわゆる「知る自由」)との関係でも、問題がないとはいえない。

しかしながら、関税定率法二一条一項三号のうち、本件に適用される「風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」との規定は、後述のとおり、刑法一七五条の「わいせつの文書、図画その他の物」と同義であると解すべきところ、このような物品は、必ずしもそれ自体として害悪を生ずるものであるとまではいえないにしても、その流布拡散や公然たる展観は、社会的有用性を持つことなく、かえつて種々の害悪をもたらし、憲法により保障される表現の自由に内在する制約を逸脱するものであつて、これを禁止しても憲法二一条に違反しないことは、最高裁判所累次の判例の示すところであり、その趣旨を推及するときは、このような物品の輸入を禁止して、日本国内におけるその流布拡散や公然たる展観を未然に防止することもまた、憲法二一条に抵触するものではないということができる。

もつとも、「風俗を害すべき」物品の輸入は、これが明らかにその流布拡散や公然たる展観にいたるべき場合にのみ禁止されるのでなく、刑法一七五条によつては処罰されることのない場合、たとえば純然たる個人的所持のためであつても、一律に禁止されるのであるが、このような物品の輸入は、国内のみにおける作成保持の場合と異なり、それ自体、当該物品の通関線を越える移動であつて、流布の一態様ということができるばかりでなく、近時、表現及びその受容の手段、あるいは表現物複製の技術が著しく進歩し、そのための機器も普及してなんぴとにも容易に利用できるようになつており、この種物品がいつたん国内に流入するときは、たやすく流布拡散し、あるいは公然たる展観にいたる蓋然性は極めて高いというべきであることをも考えあわせるときは、右のような一律の輸入禁止も、立法政策としての当否は格別、必要最小限度を超える不合理な規制であつて憲法二一条の許容しないところであるとまで断定することはできない。

二  憲法三一条違反の主張について

関税定率法二一条一項三号は、本件所為に適用されるべき罰条である関税法一〇九条一項の犯罪構成要件の内容をなし、かつ、ことがらの性質上、表現の自由に制約を加えるものであることは前示のとおりであるが、文言上、書籍、図画、彫刻物その他の物品中、輸入を禁止されるものの範囲を、単に「風俗を害すべき」ものとする点において、弁護人の主張するように、その規定が、法文作成の技術上やむをえない程度を超えて抽象的に過ぎ、規制の対象となるべき物品と然らざる物品とを区別する基準が一見明瞭であるとは言い難く、従つて、その要件があいまい不明確で、不当に広汎な適用がなされ、あるいは正当な行為まで抑止するおそれが大であつて、表現の自由を制約する刑罰法令としては、憲法三一条に違反し、無効である場合にあたるかのごとくでもある。

(なお、弁護人は、同号中「公安を害すべき」物品との部分についても言及しているけれども、「公安を害すべき」ものと、「風俗を害すべき」ものとは、明らかにその意義を異にしており、両者は、同一の号中に規定されているけれども、単に法文作成の便宜上併列記載されているに過ぎず、観念上可分であると解されるので、本件事案に即し、「風俗を害すべき」物品の輸入禁止についてのみ判断するにとどめる。)

しかしながら、右関税定率法二一条一項は、右三号のほか、一号、二号及び四号において、輸入を禁止される物品として諸種の品目を掲げているところ、これらの諸規定を通観すると、要するに、輸入されるときは、それ自体で、直ちに、別途、わが国法による犯罪を構成する所為を惹起し、もしくはその用に供されるにいたるような物品を列挙して、その輸入を禁圧し、もつて、その輸入が国内にもたらす蓋然性の極めて高い害悪を未然に防止しようとするものであることが看取でき、これらと対比するときは、右三号にいう「風俗を害すべき」物品とは、その輸入が直ちにそのような形での国法に基づく犯罪を誘発するような物品、換言すれば刑法一七五条にいう「わいせつの文書、図画その他の物」と同意義であると解するのが相当である。そして、通常の判断力を有する一般人においても、同号の文言からその趣旨を読みとり、具体的に、自己の輸入しようとするものが、同号に該当するかどうかを判定することが不可能ではないと認められる。現に、本件事案においても、被告人自身、本件物品の輸入を試みるにあたつて、これが明白なわいせつ物であり、輸入を禁止されている物品であることを考慮し、通関手続に際し、税関長に対する正規の申告をすることなく、旅具検査を受ける時にもその隠匿を図つていたのである。

それ故、関税定率法二一条一項三号の「風俗を害すべき」物品との規定は、その文言において十全であるとは必ずしもいえないけれども、外国貨物の輸入にあたつて行動を決定するための基準を読みとることが不可能ではなく、いまだ表現の自由を制約する刑罰法令の犯罪構成要件の内容をなす法文としてあいまい不明確であり憲法三一条に違反するとまでは断定することができない。

三  結論

以上のしだいで、関税定率法二一条一項三号の違憲をいう弁護人の各主張は採用することができない。

第二本件けん銃は銃砲刀剣類所持等取締法三条の二にいう「けん銃」にあたらないとの主張について

弁護人は、本件公訴事実第一のけん銃(以下、「本件けん銃」という。)は細かく分解されている上、銃体と握把が切断され、銃身もその根元から切断されているのであつて、現状のままでは金属性弾丸を発射する機能がなく、たとえ銃体と握把の切断部を溶接し、部品を組み立てることにより右機能を回復したとしても、銃身部分は復元することができないため、弾丸初速が著しく低下し、人畜を殺傷する能力を殆んど有しないから、銃砲刀剣類所持等取締法(以下、「銃刀法」という。)三条の二の「けん銃」にあたらない旨主張するので判断を示す。

前掲の関係各証拠なかんずく大町茂作成の鑑定書、同人の検察官に対する供述調書及び押収してあるけん銃用三八口径弾倉等(昭和五六年押第二一九号の一ないし一六)並びに被告人の当公判廷における供述によれば、本件けん銃は、弁護人の主張するように、分解されており、かつ、切断された部分もあるけれども、機関部及び弾倉に不足部品はなく、すべて正常な状態であつて完全に組み立てることができ、ただ銃体と握把とが切断されていて、撃発バネと撃鉄とを結合することができないため、そのままでは弾丸発射機能を有しないものであるところ、右銃体と握把とは、通常の方法と技術によりたやすく溶接することができ、かくすれば撃発機構は正常に作動する状態に戻り、本件けん銃はけん銃としての弾丸発射の機能を容易に回復するものであり、かつ、右機能回復のためには、切断された銃身先端部は不必要であることを認めるに足りる。従つて、本件けん銃は通常の修理により容易に弾丸発射機能を回復しうるものとして、銃刀法三条の二の「けん銃」にあたることが明らかである。弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三一条一項、三条の二に、判示第二の所為中、税関長の許可を受けないでけん銃を輸入しようとして遂げなかつた点は関税法一一一条二項、一項に、輸入禁制品である風俗を害すべき図画を輸入しようとして遂げなかつた点は同法一〇九条二項、一項、関税定率法二一条一項三号に、それぞれ該当するところ、判示第二の無許可輸入未遂と禁制品輸入未遂は、一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い禁制品輸入未遂罪の刑で処断することとし、判示第二の罪については所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、情状により同法二五条一項一号を適用して、この裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予し、押収してあるけん銃用三八口径弾倉一個(昭和五六年押第二一九号の一)、同銃床一個(同押号の二)、同引鉄一個(同押号の三)、同撃鉄一個(同押号の四)、同機関部側板一枚(同押号の五)、同安全子一個(同押号の六)、同復動子一個(同押号の七)、同指掛け一個(同押号の八)、同固定子一個(同押号の九)、同弾倉回転子一個(同押号の一〇)、同弾倉固定子用スプリング一本(同押号の一一)、同銃身(但し、切断されたもの)一本(セロハン袋入り、同押号の一二)、同メインスプリング一本(同押号の一三)、同シリンダーシヤフト一本(同押号の一四)、同開閉子一個(同押号の一五)、同銃床握り部分(但し、切断されたもの)一個(但し、付属するキー及びキーホルダーを除く、同押号の一六)及び同銃把(ねじ付)一組(同押号の一七のうち木製のもの)は判示第二の無許可輸入未遂の罪に係る輸入制限貨物であつて、犯人の所有するものであるから、関税法一一八条一項本文、三項一号ハにより、同じく押収してある外国製わいせつ八ミリフイルム一巻(同押号の一八)、同トランプ(紙ケース共)二組(同押号の一九)、同雑誌一冊(但し、「FRENZY」、「SLICK CHICKS」及び「SHAVED PUSSY」を合本したもの、同押号の二〇)、同雑誌「BOTTOM REVIEW」一冊(同押号の二一)、同雑誌「SHAVED DOLLS」一冊(同押号の二二)、同雑誌「SWEDISH EROTICA」一冊(同押号の二三)、同雑誌の切り抜き九枚(同押号の二四)、同雑誌の切り抜き二枚(同押号の二五)及び同八ミリフイルム四巻(大砲の模型箱入り、但し、大砲の模型部品は除く、同押号の二六)は判示第二の禁制品輸入未遂の罪に係る貨物であつて、犯人の所有するものであるから、同法一一八条一項本文により、いずれも没収することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 田尾勇 中山隆夫 毛利晴光)

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