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東京地方裁判所 昭和55年(特わ)577号 判決 1981年4月09日

被告人 株式会社 ゆうせん 外一名

主文

1  被告人株式会社ゆうせんを罰金二〇万円に処する。

2  被告人辻俊二を罰金二四万円に処する。

同被告人において右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

3  訴訟費用は被告人株式会社ゆうせん及び被告人辻俊二の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社ゆうせんは、大阪市天王寺区下寺町一丁目五番地に本店を置き、東京都足立区、埼玉県浦和市、千葉県千葉市等全国各地に放送所を開設し、各放送所から受信契約を締結した顧客に対し有線音楽放送用電線(以下「音放線」と略称する)により音楽放送をする業務を営む会社、被告人辻俊二は、同社の代表取締役としてその業務全般を統括し、各放送所長ら同社従業員を指揮監督して業務の執行その管理等の職務に従事するものであるが、被告人辻俊二は、被告人株式会社ゆうせんの業務に関し、

第一  道路管理者の許可を受けることなく道路に音放線を設置し、継続して道路を使用しようと企て、

一  被告会社浦和放送所長中島勝美と共謀のうえ、昭和五二年六月一二日ころ、道路管理者である建設省関東地方建設局長の許可がないのに、同局長管理にかかる一般国道(国道二五四号)の東京都練馬区旭町三丁目三五番一八号先から同区北町三丁目一三番地先に至る区間において、同社従業員をして同国道歩道上に設置されている東京電力株式会社所有の電柱(以下「東電柱」と略称する)合計九二本に添架せしめる方法により、同国道上に約二、八九四・九メートルにわたつて音放線を架設して道路を占有した

二  被告会社足立放送所長居石正利と共謀のうえ、同月一五日ころ、道路管理者である前記地方建設局長の許可がないのに、同局長管理にかかる一般国道(国道四号)の同都足立区梅島一丁目二五番二四号先から同区中央本町一丁目一一番先に至る区間において、同社従業員をして同国道歩道上に設置されている東電柱二本及び日本電信電話公社所有の電柱三本の合計五本に添架せしめる方法により、同国道上に約八七・八二メートルにわたつて音放線を架設して道路を占用した

三  被告会社千葉放送所長伊藤寿彦と共謀のうえ、同月三〇日ころ、道路管理者である前記地方建設局長の許可がないのに、同局長管理にかかる一般国道(国道一四号)の千葉市幕張町一丁目七、七四〇番地の二先から同町一丁目五、〇七八番地先に至る区間及び同市検見川五丁目二六七番地先から同市稲毛五丁目一八番地先に至る区間において、同社従業員をして同国道路端等に設置されている東電柱合計一八本に添架せしめる方法により、同国道上に約六三三・七七メートルにわたつて音放線を架設して道路を占用した

第二建設省関東地方建設局長宮内章から、

一  同年八月二六日ころ、前記第一の一記載の音放線につき、

二  同日ころ、前記第一の二記載の音放線につき、

三  同月二七日ころ、前記第一の三記載の音放線につき、

それぞれ、これが道路法三二条一項の規定に違反して設置された工作物であることを理由に、同月三〇日までに除却して道路を原状に回復することを、公文書により命ぜられたにもかかわらず、いずれもこれに従わず、もつて、道路管理者の命令に違反した

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人辻俊二の判示第一の各所為はいずれも刑法六〇条、道路法一〇〇条一号、三二条一項一号に、判示第二の各所為はいずれも同法一〇二条四号、七一条一項一号にそれぞれ該当するので、第一の各罪については所定刑中いずれも罰金刑を選択し、同法一〇五条本文により、右第一の各所為につきいずれも同法一〇〇条所定の罰金刑を、右第二の各所為につきいずれも同法一〇二条所定の罰金刑を、それぞれ被告人株式会社ゆうせんに科する。以上は刑法四五条前段の併合罪であるから各被告人につきいずれも同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その金額の範囲内で被告人株式会社ゆうせんを罰金二〇万円に、被告人辻を罰金二四万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用して全部これを被告人両名に連帯して負担させることとする。

(弁護人らの主張に対する判断)

一  道路法上の「道路」の範囲に関する主張について

弁護人は判示第一の三の事実について、架設された音放線は国道路端の側溝の外側で雑草の生い茂る土地の上を通つているのであり、このような場所は「一般交通の用に供する道」とはいえず、道路法にいう「道路」ではないから、被告人らの行為は道路の占用に当らないと主張している。

証拠によれば、たしかに判示第一の三の音放線はそのかなりの部分が国道の路面の端にある側溝の外側の土地の上を通つていることが認められるのであるが、関係法規を総合して考察すれば、道路法上の「道路」とは、行政主体によつて公の目的のため設置管理される物的施設であつて、道路管理者がかかる行政目的に照らして決定する道路の区域(同法一八条一項)がすなわち同法の適用を受ける道路の範囲となるものと解するほかはないのである。そして、(証拠略)を総合すれば、本件音放線の通つている右側溝の外側の、いわば路面外の部分も、道路管理者である建設省関東地方建設局長が決定した道路の区域の外縁を表示する道界杭の内側に存することが明らかであるところ、右路面外の部分も、その位置や広さ、形状に照らすと、路面部分の保全や管理等のため必要な部分として、路面部分と一体となつて公共の目的に供せられているということができ、右地方建設局長の道路の区域決定につき、これが不必要な部分迄も道路の範囲に含ましめているとの非難をする余地もないというべきであるから、被告人らの行為が道路の占用にあたることを否定することはできない。

二  占用許可の要否に関する主張について

また弁護人及び被告人らは、本件各音放線はいずれも東京電力株式会社(以下「東京電力」と略称する)等が道路占用許可を得て建てた電柱に添架されたものであり、右電柱についての占用許可は当然に将来これに添架される電線による道路占用の許可をも包含するものであつて、その許可の効力は被告人らにも及ぶから、本件音放線による占用は既に許可済みであつて、何ら犯罪を構成しないと主張しているのでつぎにこの点につき検討を加える。

(一)  まず、道路法三二条一項一号の「電線」は地下埋設線に限らず、地上架空線をも含むものであつて、同号の電柱に電線を添架してこれを道路上に設置する行為であつても同号の許可の対象となるものと解せられる。このことは同号が何らの限定も付することなく「電線」を「電柱」と並列して明記していることから明らかなばかりでなく、地上架空線そのものが道路の構造又は交通に支障を及ぼす虞れのある工作物であつて、いかなる用途の、どのような太さ形状の電線が何本、どのような高さ、位置に架設されるかなど、現実の電線による道路の占用形態が道路管理上きわめて重要な事項であると考えられ(同法施行令一一条等の規定がこのことを前提としたものであることは明らかである)、したがつて、電線は電柱に添架され常にこれと一体となつて設置されているとはいえ、道路管理上では、電柱の一部をなすものとして扱い切れない独自の意味をもつものであることに照らしても明白なところである。そして、これらの点に徴すれば、道路占用許可を得た電柱に添架される電線は該電柱の一部であつてこれに含まれるとし、その理由で電線についてもすでに占用許可が済んでいると解することはできないものといわなければならない。

(二)  もつとも、電柱が規格化されていることなどのため、電柱による道路占用の許可申請の際、将来これに添架予定の電線の種類、本数、設置される高さ等が当事者(申請者及び道路管理者)に明らかである場合に、右電柱についての占用許可がなされたとき、右のような電線による道路の占用についても合わせて許可がなされたものと当事者の意思を解釈しうる場合があることは否定しえないところである。しかしその場合の許可は当然電柱についての許可を受けた者(電柱所有者)に対してなされ、その者以外の第三者に当然に右電線についての許可の効力が及ぶものではないといわなければならない。道路占用の許可は特定人を対象としてその者に占用権を設定するいわゆる特許行為と解されるからであり、実質的に考えても、道路管理上、占用物件の管理能力等道路占用者の適格性が重要な要素をなすことは明らかであるところ、このような適格性の審査をすることもできない第三者に対して当然に占用許可の効力が及ぶことは、道路法の目的に照らし到底肯認されるべきものではないからである。

(三)  (証拠略)によれば、建設省においては、すでに電柱につき道路占用許可を得た該電柱の所有者がこれに電線を架設して道路を占用する場合に限り、道路管理者の電線についての許可を要しないとの取扱がなされていることが認められるが、かかる取扱は前記(二)のような理由によつてのみ肯認することができるというべきである。なお、同証人の供述によれば、かつて同省の地方出先機関によつては、電力会社所有の電柱に日本電信電話公社が電線を架設する場合、これによる道路占用について許可に代わる道路法三五条の協議を不要とする取扱をしていた例があることが明らかであり、また関係証拠によれば市町村道などの道路管理者の中に、占用許可のある電柱の所有者以外の者がこれに電線を添架する場合にも、電線について占用許可を受ける必要がないとした例の存することがうかがわれるのであるが、これらの取扱例が電柱についての占用許可により当該電柱の所有者以外の第三者が当然にこれに添架して道路に電線を設置しうるとの見解にもとづくものであるとすれば、前記(一)、(二)で述べたところから明らかなとおり法律の誤解によることが明白であり、あるいはそうではなく、これらの例も個々具体的な事情の下では別の法理(たとえば占用権の譲渡など)によつて是認されうる場合である可能性も存するのであつて、いずれにしてもこれらの例が前記(一)、(二)で述べた当裁判所の見解を左右するに足るものとはいえない。

(四)  弁護人らの主張は、前記のとおり本件電柱につきなされている占用許可の効力が当然に被告人らに及ぶとするものでその失当であることは以上の諸点に照らして明らかである。また弁護人は、右主張の根拠として、「道路占用許可は電柱所有者になされたが、これにより電柱所有者に対して、その自由な判断によつて第三者に電線の共架をさせることができるような内容の権利の設定がなされたのである」との見解を示しているが、被告人らは電柱所有者らの意に反してほしいままに電柱に電線を添架したのであつて、電柱所有者の判断によつて共架をするに至つたものではないから、右の見解はその前提を欠くものというほかはなく、弁護人らの前記主張は採用することができない。

三  公訴権濫用の主張について

弁護人は、本件起訴は、有線音楽放送業者による道路占用の実態を無視し、被告人らだけを狙つて著しく不公平・片手落の扱いをしたものであり、このことに道路法の解釈上の疑義や道路管理者に納付する占用料の制度の不合理性等の諸点をも総合すれば、公訴権を濫用してなされた違法なものというべきであるから、公訴棄却の判決を求めると主張している。

しかしながら、本件不法占用は合計約三・六キロメートルに及ぶ軽視しえない規模のものであるうえ、被告人らは昭和五一年ころから最近に至るまで、意図的・計画的に全国各地において次々と本件同様の違反行為を重ねるに至り、しかも関係機関からの再三にわたる勧告・命令等を一切無視して自己の独善的主張にのみ固執し、違法状態を是正しようとしない態度をとり続けており、その過程でかかる行動の一環として本件犯行に及んだものであつて、本件事案は重大悪質であるといわなければならない。また、その間、捜査機関や建設省等の道路管理者が被告人らの競争相手の犯した本件と同様ないしそれ以上に重大な違反を敢て放置していたなどの不公平な処理をしたことをうかがうに足る形跡はないのであつて、以上の諸事情に鑑みると、弁護人及び被告人の占用料徴収制度等の諸点に関する主張を十分に考慮しても、本件起訴につき公訴権濫用の違法があつたとは到底いうことができない。

(量刑の理由)

本件は、前述のとおり、行政取締法規違反としては悪質重大な事犯であり、しかも被告人らは、同業者との間で激しい競争を展開しつつ市場拡張を図る過程で、東京電力の所有電柱数百本に無断で音放線を添架したことにより同社から全面的に添架を拒絶されたことに端を発し、全国各地で、道路管理者の占用許可はおろか、電柱所有者との共架契約もないまま音放線を添架し続けて本件を含む違法行為を重ねたものであり、その結果現在被告会社はその所有する音放線のきわめて多くの部分がかかる違法なもので占められているという異常な状態の下で事業を営むに至つているのである。右発端となつた無断添架については、東京電力の側にも被告会社からの申請に対する事務処理が異常なほど遅延したという責めらるべき点があつたことは認められるのであるが、その後の経過をも併せて考えると、結局、市場拡張に急な余り、電線添架に伴う危険性や電力会社等の電柱及び道路のもつ公共性を顧慮しない被告会社の営利優先の姿勢が本件を含む一連の違法行為の主たる要因をなしていることは明らかであつて、以上の諸事情を総合すると、被告会社及び同社の中心となつて右のような行動を推進して来た被告人辻の責任は決して軽いものではない。

しかしながら、被告人らの行為は右のように反覆され大規模のものに発展したとはいえ、本件起訴にかかる犯罪行為は判示のものに止まり、その行為態様は、これが直ちに道路管理上に具体的支障をきたしたり、あるいは人の身体に害を及ぼすような類いのものではなく、現にそのような実害は生じていないと認められる。そしてまた、関係証拠によれば、有線音楽放送事業が誕生し成長を始めた当初の段階では建設省初め道路管理にあたる各行政庁において、電線による道路占用につき、確固たる法解釈、運用の方針を打ち出して業者を指導するということが十分になされず違法行為が事実上野放しの状態にあつたことがうかがわれ、その後昭和四七年ころ建設省ではその方針を定めたものの、地方自治体などにはこれと違つた解釈運用をするものがあるなど全国的に一貫した取扱いが必ずしもなされていなかつたのではないかと考えられるのであるが、これらは被告人らを違法行為に走らせた事情のひとつとして無視しえないというべきであり、音放線をめぐる道路法の解釈が法廷において初めて正面から争われたといえる本件において、被告人辻に対し直ちに懲役刑という厳罰をもつて臨むことには、酷に過ぎる面があると考えられる。

そこで以上の諸点を総合勘案のうえ、被告人らに対しては、すでに数十万に達する顧客を有し、社会に対し大きな影響をもつ事業に発展した有線音楽放送業の一端を担う企業ないしその経営者としての良識ある行動を強く求めるとともに、前記の異常な違法状態の解消のため関係機関との話合を進める等の努力を重ねることを期待しつつ、主文の刑を科するのが相当であると判断した。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 永山忠彦 中原恒彦 木口信之)

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