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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)112号 判決 1982年9月22日

東京都江戸川区松本町六一八番地

原告

山崎雅男

右訴訟代理人弁護士

横山国男

東京都江戸川区平井一丁目一六番一一号

被告

江戸川税務署長

蔵坪達男

右指定代理人

布村重成

佐藤恭一

梅岡輝男

林広志

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五三年九月二八日付でした原告の昭和五一年分所得税更正のうち分離長期譲渡所得金額一七五五万〇二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(いずれも再更正により一部取り消された後の金額)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告主張の請求原因

1  原告は昭和五一年分所得税について、総所得金額を一三〇万六七四一円、分離長期譲渡所得金額を一七四六万〇二〇〇円(税額三四九万二〇〇円)として確定申告をしたところ、被告は昭和五三年九月二八日付で、総所得金額は申告額どおりとし、分離長期譲渡所得の金額を五五一七万〇二〇〇円とする更正及び重加算税四六二万六九〇〇円の賦課決定(以下「本件処分」という。)をした。

原告は本件処分を不服として同月三〇日被告に対し異議申立てをしたところ、被告は同年一二月一五日これを棄却する決定をしたので、原告は昭和五四年一月八日国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は昭和五五年四月一四日右更正についての不服申立てを棄却し、重加算税の賦課決定については過少申告加算税相当額(七七万一一〇〇円)を超える限度でこれを取り消す旨の裁決をした。

その後被告は昭和五六年一月一六日、分離長期譲渡所得の金額を五四一五万六七〇〇円(税額一八四二万一〇〇〇円)とする減額再更正及び過少申告加算税を七四万六四〇〇円に減額する賦課決定をした。

2  しかしながら、本件処分(再更正・決定により一部取り消された後の部分)は、分離長期譲渡所得のうち一七五五万〇二〇〇円を超える部分を過大に認定した違法があるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因1の事実は認め、同2は争う。

三  被告の主張

1  原告の昭和五一年分の所得金額のうち、分離長期譲渡所得五四一五万六七〇〇円は、原告がその所有する東京都江戸川区下鎌田町一一八番地、田、六五七平方メートル(分筆後の土地の表示は別紙物件目録(一)ないし(三)記載のとおり。以下それぞれ「(一)、(二)、(三)の土地」といい、その全体を「本件土地」という。)を昭和五一年一〇月二五日株式会社田中商事(以下「田中商事」という。)に坪当り三〇万円、代金五九七〇万円で譲渡したことにより生じたものである。

その金額の算出の根拠は、譲渡収入金額五九七〇万円から、租税特別措置法(昭和五四年法律第一五号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三一条の三第一項により右収入金額に一〇〇分の五を乗じて計算された取得費二九八万五〇〇〇円、譲渡費用一五五万八三〇〇円(仲介料一四〇万円、測量費九万八五〇〇円、農地転用申請費用一万五〇〇〇円、地目変更申請費用四万四八〇〇円の合計額)及び措置法三一条二項による特別控除額一〇〇万円を控除した残額であり、この税額は一八四二万一〇〇〇円である。

2  原告は請求原因1記載のとおり、同年分の所得税について分離長期譲渡所得を過少に申告していたので、国税通則法六五条一項により、新たに納付すべき税額一四九二万九〇〇〇円に一〇〇分の五を乗じて算出された七四万六四〇〇円が原告の納付すべき過少申告加算税の額である。

3(一)  原告は昭和五一年一〇月二五日本件土地を一括して田中商事に売却したものであつて、(一)ないし(三)の各土地に相当する部分にほぼ三等分し、これを昭和五一年から三年間にわたり三回に分割して順次売り渡したものではない。

もともと本件土地の売買は、原告が購入を計画した築地中央卸売市場における仲買いの権利の代金四〇〇〇万円の調達のために企図されたものであり、また田中商事も同土地全体を造成、区画し、分譲住宅を建築する目的で買い受けたのであつて、必要資金の確保や効率的な宅地開発の便宜などからみても、同土地が一括して売買されたことは明らかである。ただ売買代金の支払いについては、最初の六七坪分につさ昭和五一年一〇月二五日までに五〇〇万円、同年一二月二〇日までに一五一〇万円、他の六七坪分について昭和五二年四月三〇日までに五〇〇万円、同年五月三一日までに一五一〇万円、残りの六五坪分につき昭和五三年一月三一日までに一九五〇万円をそれぞれ支払う旨の約定を結んだのであるが、これは田中商事の資金繰りの関係と、契約に向けての折衝中に原告に金融機関からの借入れがかなつたことで、売買代金の分割弁済が約定されるに至つたにすぎず、同土地がわざわざ分割され、売買の予約が締結されたうえ三回にわたつて売買されたことを意味するものではない。

このことは、これに沿う売買契約書(乙第一号証)が存するほか、原告は前記売買契約締結の日の翌日には本件土地につき所有権移転登記手続等のために数通の印鑑登録証明書の交付を受け、昭和五一年一一月五日付で同土地について田中商事とともに農地転用届出をし、同会社も同年中に道路位置指定申請及び優良宅地認定申請を行い、かつ同土地全体に及ぶ配管工事と宅地造成工事をいち早く完成させ、翌五二年初めには同土地上に九棟の住宅の建築を了し、その後順次顧客に分譲しているなど、売買当事者の行動、対応が同土地全体につき所有権移転があつたことを前提としていることからも明らかである。

(二)  前記乙第一号証は本件土地の売買の予約を証する書面であるとみることはできない。仮にこれを予約書とみると、違約条項も存しないという不備がある一方、奨来の代金の支払方法まで周到に記載するという矛盾がみられるほか、右書面の内容と重複する第一回目の売買契約書(甲第二一号証)が同時に作成されているということになるなどの不合理が生ずる。

さらに本件土地が分割されてこれが予約に基づき三回にわたり売り渡されたものであるという前提にたつと、三回の売買では手附金の額をいずれも売買代金額の四から五割に相当する極端な高額と定め、かつ地価の騰勢にもかかわらず坪単価を三年間同額に維持するものとしたことになり、また本件土地の分割の方法もわざわざ飛地状態に区分したこととなつて、すべて取引の通例に反するし、三回の売買ではいずれも対象となる土地の範囲が田中商事の分譲の経過に合わせて事後に特定され、その区画すら不明確であるばかりか、同会社が原告から未だ買い受けていない土地を顧客に分譲した部分が多数生じることにもなつて取引経過にも不自然さが目立ち、同会社が同土地全体につき昭和五一年中に造成工事を進捗させていることを知りながら原告が何ら異議を留めていないという不合理も生ずるのである。

また、本件土地のうち(一)の土地に相当する部分についてのみ昭和五一年中に田中商事への所有権移転登記手続が行われているのは、残りの土地に相応する代金の支払いを確保するため右部分につき所有名義が留保されたものであり、また、仲介手数料が三回にわたり支払われているのも分割された代金の支払い等に応じて交付される性質のものであるから当然であつて、いずれも同土地が分割されて取引されたことの裏付けとなるものではない。本件土地の売買に関して別途存在する三通の契約書(甲第二一ないし第二三号証)は、原告の税負担を軽減させる目的で、原告とその要求を容れた田中商事との間で作出されたものであり、同会社の仕入記帳も同様に原告の求めに応じて行われたにすぎないのであつて、本件土地が分割されて売買されたということはできない。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1のうち、原告がその所有に係る本件土地を代金総額五九七〇万円で田中商事に譲渡したことは認めるが、原告が同土地を昭和五一年中に一括して売却したことは否認する。取得費、譲渡費用の額も争う。

同3(一)のうち、一括売買を前提にその主張に係る代金支払の約定が締結されたことは否認する。農地転用の届出、道路位置指定申請、宅地造成工事の事実は知らない。

同3(二)の主張は争う。

2  原告は本件土地を田中商事に対し、昭和五一年一〇月二五日に合意した売買予約に基づき、同日に(一)の土地に相当する部分を代金二〇一〇万円で、昭和五二年四月三〇日に(二)の土地に相当する部分を代金二〇三五万五〇〇〇円で、昭和五三年一月一三日に(三)の土地に相当する部分を代金一九二四万五〇〇〇円で、それぞれ売り渡して引渡しを了したものである。したがつて本件土地の売却にかかる原告の譲渡所得は三年にわたつて生じたものであり、昭和五一年における譲渡所得は譲渡収入金額二〇一〇万円から措置法三一条の三第一項による取得費一〇〇万五〇〇〇円、同法三一条二項による特別控除額一〇〇万円及び譲渡費用五四万四八〇〇円を控除した一七五五万〇二〇〇円(税額三四九万二〇〇〇円)となるべきである。

3(一)  原告は前記仲買い権の購入のために昭和五一年一〇月末までにその手附金三〇〇〇万円の調達を迫られ本件土地の売却を図つたが、田中商事との売買の交渉の中で同会社の支払能力に不安を感じていたところ、同月二五日になつて原告は金融機関からの借入れがかなうことになつたので同土地を一括して売却する必要がなくなつたのである。そこで同土地をほぼ三等分して一年ごとに売買すれば、原告は措置法によつて税負担が軽減され、田中商事も支払いのうえから好都合であることから、同日、両者の間で同土地を(一)ないし(三)の土地に相当する各部分に区分し、これを同年から昭和五三年までの間に順次売買するとの予約を締結し、原告はこれに基づきまず同日(一)の土地に相当する部分を同会社に売り渡したのであり、爾後の二回の売買も右予約にしたがつて行われたのである。そして各売買のたびに売買契約書(甲第二一ないし第二三号証)が作成され、手附金や残代金の支払い、所有権移転登記のための書類の授受や登記の経由、仲介手数料の支払いもそのたびに行われていて、田中商事もこれに符合する仕入記帳を行つているのである。

したがつて、本件土地の所有権移転時期は、(一)の土地についてはその代金全額の支払が終つた昭和五一年一二月二〇日、(二)の土地については同様に昭和五二年五月三一日、(三)の土地については同様に昭和五三年一月三一日とみるべきである。

(二)  被告がその主張の根拠とする乙第一号証は、仲介業者が誤つて通常の売買契約書の用紙を使用してあたかも本件土地を一括して売買するかのような書面を作成してきたため、これを三分して将来売買を行う旨を継紙に記載させて訂正させ、田中商事に交付したもので、前述の売買予約を証する書面である。このことは同書面にはわざわざ三筆に分筆して売買すること及び三回に分けて手附金を支払うことなどが約束されている反面、印紙の貼用もなく、農地転用届出により所有権移転があるとの記載や登記・引渡しの時期の定めがないことなど通常の売買契約書の体裁をなしていないことからも窺えるのである。原告としても手附金のみを受取つて残金の支払いの保障もないような一括売買に応じるはずがなく、現実に三度の売買が行われているのである。

仮に売買予約が存在しなかつたとしても、乙第一号証により、代金の支払いごとにこれに対応する一定の坪数の土地の所有権が移転するという内容の売買が行われたと解すべきである。

(三)  もつとも田中商事は本件土地につき、道路位置指定の申請などの手続や宅地造成工事の完成、あるいは分譲のための契約締結を早々に敢行しているが、これは同土地は予約に基づきその全部が最終的に売渡されるべきものであり、売買の対象となる土地の特定も同会社に委ねられていたこともあつて、業者が早期に利益を得るため建物完成前に顧客に分譲する一般の例に漏れず、同会社が先走りしたものであり、また原告もかかる事情のもとで造成工事が簡単な土盛り程度の工事であつたことから、あえて異を唱えなかつたのであり、同土地が一括して売買された根拠とはなりえない。事実同会社において分譲にあたり顧客に対する引渡しの日をいずれも原告との売買の日以降に定めているのも、三回にわたる売買があつた証左である。

(四)  したがつて原告の昭和五一年分の譲渡所得は同年中に所有権の移転した(一)の土地についてのみ計上されるべきものである。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第二三号証、第二四号証の一ないし四、第二五、第二六号証、第二七ないし第二九号証の各一、二、第三〇号証提出。

2  証人日向悦治の証言及び原告本人尋問の結果援用。

3  乙第一号証、第二号証の二ないし五、八、第三号証、第四号証の二、第五号証の三、四、第七、第八号証の原本の存在及び成立並びに第二号証の一、第四ないし第六号証の各一、第一〇号証の一、二、第一五ないし第一七号証の成立はいずれも認める、第二号証の六、七、第六号証の五、六、第一三号証の二の原本の存在及び成立はいずれも不知、第五号証の二、第六号証の二、三、七ないし一七については原本の存在及び成立は知らないが江戸川区作成部分の成立は認める、第五号証の五については原本の存在は認めるが原告作成部分の成立は否認し(ただし原告名下の印影が原告のものであることは認める)その余の成立は不知、第六号証の四は原本の存在及び成立を否認する(ただし原告名下の印影が原告のものであることは認める)、その余の乙号各証の成立は不知。

二  被告

1  乙第一号証、第二号証の一ないし八、第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一ないし五、第六号証の一ないし一七、第七、第八号証、第九号証の一ないし九、第一〇号証の一、二、第一一、第一二号証、第一三号証の一、二、第一四ないし第一七号証提出。

2  証人神原良雄、林広志の各証言援用。

3  甲第二八号証の一の原本の存在及び成立並びに第二四号証の一ないし四、第三〇号証の成立はいずれも不知、その余の甲号各証の成立(第二一号証、第二七、第二九号証の各一、二、第二八号証の二については原本の存在及び成立)は認める。

理由

一  請求原因1の事実(本件処分の経緯)及び原告がその所有の本件土地を代金総額五九七〇万円で田中商事に売り渡したことは、いずれも当事者間に争いがない。そこで原告が同土地を昭和五一年中に一括して同会社に売り渡したことにより、同土地にかかる譲渡所得が同年中に生じたか否かの点につき判断する。

二1  右争いのない事実と、成立に争いのない甲第一ないし第二〇号証、第二二、第二三号証、第二五、第二六号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二一号証、乙第一号証、第二号証の二ないし五、八、第三号証、第四号証の二、第五号証の三、四、第七号証、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第二四号証の一ないし四、証人林広志の証言により成立を認める乙第九号証の一ないし九、第一一、第一二号証、第一三号証の一、第一四号証、右証言により原本の存在を認める乙第二号証の六、七、第五号証の二(江戸川区作成部分については成立に争いがない)、第六号証の二、三、五ないし一七(五、六を除いて江戸川区作成部分について成立に争いがない)、第一三号証の二、原本の存在については争いがなく原告作成部分についてはその印影が原告の印章によるものであることは当事者間に争いがないので右の印影は原告の意思に基づいて顕出されたものと推定されるから真正に成立したものと推定されその余の部分につき右証言により成立を認める乙第五号証の五、右証言により原本の存在を認め原告作成部分については原告の印影が原告の印章によるものであることは当事者間に争いがないので前同様成立を推定されその余の部分につき右証言により成立を認める乙第六号証の四、証人神原良雄、林広志、日向悦治(一部)の各証言、原告本人尋問の結果(一部)によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証人日向悦治の証言及び原告本人尋問の結果は措信することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

住居地ですし店を営んでいた原告は、昭和五一年九月ころ築地中央卸売市場における仲買いに関する権利(代金四〇〇〇万円)の購入資金の調達を最終的に本件土地の売却により果すこととし、近隣の不動産仲介業者である日向悦治(以下「日向」という。)の仲介により、同土地を数戸の建売り住宅の建築・販売のために買い受けようとする不動産業の田中商事を知り、日向を通じて同会社との折衝にはいつた。田中商事においては売買代金を一括して支払うことに難色を示していたところ、同年一〇月になつて原告は取引金融機関から仲買い権の代金の一部の支払資金として三〇〇〇万円の融資を得られることとなつたため、売却代金を一括して収受する必要がなくなり、同月二五日田中商事との間で本件土地の代金を坪当り三〇万円、総額五九七〇万円とすることに合意し、その支払い方法については同日に手附金五〇〇万円、同年一二月二〇日に一五一〇万円、昭和五二年四月三〇日に五〇〇万円、同年五月三一日に一五一〇万円、昭和五三年一月三一日に一九五〇万円として、同土地を売り渡す旨の売買契約書(乙第一号証。以下「一括契約書」という。)を作成するとともに、一方では、昭和五一年一〇月二五日付で本件土地のうち六七坪を二〇一〇万円(同日五〇〇万円、同年一二月二〇日一五一〇万円)で売り渡す旨の契約書を作成し、さらにその後昭和五二年四月三〇日付で(二)の土地六七坪八合五勺を二〇三五万五〇〇〇円(同日五〇〇万円、同年五月三一日一五三五万五〇〇〇円)で売り渡す旨の契約書、昭和五三年一月一三日付で(三)の土地を一九二四万五〇〇〇円(同日一〇〇〇万円、同月三一日九二四万五〇〇〇円)で売り渡す旨の契約書(甲第二一ないし二三号証。以下「分割契約書」という。)を作成した。

そして田中商事は本件土地について、昭和五一年一一月五日原告とともに農地法所定の農地転用のための届出書を江戸川区農業委員会に提出し(同年一二月一三日受理)、次いで同月一一日同土地内の道路設置のため建築基準法に基づく道路位置指定申請を同区あて行い(同月一六日指定)、同月一七日には同区に対し同土地の分譲の構想を示す各種図面及び売買契約書(乙第六号証の四)等を添付した優良宅地認定申請書を提出し(同月二〇日認定)、分譲住宅建築に向けての法的手続を進めた。一方田中商事は、同年一一月一二日までに同土地の給水配管工事及び宅地造成工事の各費用をそれぞれ専門の業者に見積らせたうえ直ちにこれを発注し、配管工事を約一〇日後に、造成工事を同年一二月二五日までにいずれも完成させ、昭和五二年初めには区画整地した同土地上の住宅九棟の建築に着工してほどなく完成させ、同年二月中旬ころから顧客に対する分譲を順次開始し、同年六月ころには売却未了の四棟につき同業者に対する広告も行つて販売を促進し、一棟分を残して同年中に分譲を終え、右一棟分についても昭和五三年三月までに売却し所有権移転を了した。原告も前記売買契約締結の日の翌日、前記農地転用及び所有権移転登記手続のため数通の印鑑登録証明書の付与を受け、間もなく田中商事に交付したほか、昭和五一年一一月五日までに右転用届出書に押印するとともに、同年一二月一八日ころ右届出の受理書の受領を日向に委任する書面を田中商事とともに作成し、同月一一日ころ前記道路位置指定申請書に添付する図面に押印するなどの手続を履行し、売買代金については、昭和五一年一〇月二五日手附金五〇〇万円のほか、昭和五一年一二月二〇日に一五一〇万円、翌五二年四月三〇日に五〇〇万円、同年五月三一日に一五三五万五〇〇〇円、昭和五三年一月一三日一〇〇〇万円、同月三一日に九二四万五〇〇〇円の授受を了した。これに応じて昭和五一年一二月二〇日に五〇万円、昭和五二年五月三一日及び昭和五三年一月三一日に各四五万円の仲介手数料が日向に支払われ、さらに所有権移転登記も、昭和五一年一二月一六日本件土地が三筆に分筆されたのち同月二一日にまず(一)の土地に相当する二筆分について経由されたのをはじめ、地目変更の登記を経て、残余の土地については分譲の区画に応じた分筆がなされて田中商事が販売を行うたびに原告からそれぞれの買主に対し直接経由された。そして、原告も仲介業者の日向も昭和五一年中に田中商事の本件土地の宅地造成工事が進捗しているのに、これを知りながら何ら異議を唱えず黙認していた。

右認定の事実によつてみると、田中商事は建売り住宅の販売のため本件土地の取得を意図していたもので、わずか六五七平方メートル(約一九九坪)の土地を分割して取得したのでは経済的な宅地造成工事の施行が困難となることはみやすいことであるから、一括引渡しを受ける必要があつたものであり、それであるからこそ、田中商事は、昭和五一年一〇月二五日以降原告の協力をえながらいち早く本件土地につき農地転用のための届出、道路位置指定の申請、優良宅地認定申請を行い、同年中に宅地造成工事を完成させて、翌年二月には建売り住宅の分譲を開始して本件土地を使用収益しているのである。原告と田中商事との間では前記の二通りの売買契約書が作成されてはいるものの、田中商事の本件土地取得の経緯、本件土地の利用状況、これに対する原告の対応等に照らすと、田中商事は買い受けていない土地についてまで右の法的手続や工事を実施したとみるべきではなく、本件土地は、右一括契約書により定められた合意に基づき昭和五一年中に田中商事に所有権が移転され、かつ、引き渡されたものとみるのが相当である。

2  これに対し原告は、昭和五一年一〇月二五日になされた合意は、本件土地の売買の予約であり、実際は分割契約書により同土地は三分されて三年にわたり順次田中商事に所有権が移転されたものであると主張し、証人日向悦治の証言及び原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分も存するが、右各供述は前述のとおり措信することができない。日向は、田中商事が本件土地の全部を買い受けることを確保するため一括契約書を作成した旨供述するが、右の趣旨は右契約書上何らうかがうことができず、また、右契約書には売買の予約とみうる記載はなく、予約完結の方法、違約条項等の記載も存しない。のみならず、成立に争いのない乙第一五号証によれば、本訴提起前原告は被告に対し一括譲渡の契約を締結した後これを破棄した旨申述しているから、一括契約書が売買の予約である旨の主張は従前の原告の態度とも矛盾する。その他前掲の説示を合わせると、これをもつて売買の予約を定めたものとみることは困難である。

さらに前掲甲第二一号証ないし第二三号証、己第九号証の一ないし九、原本の存在及び成立に争いのない乙第八号証、成立に争いのない乙第一〇号証の一、二、第一六、第一七号証、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第三〇号証、証人日向悦治の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、昭和五一年ゐ分割契約書には本件土地のうち売却の対象となる土地の特定が十分でなく、同五二年、同五三年の分割契約書により売却されたとする部分は飛地が生ずるような方法で対象地が定められているから、本件土地の分割の方法は不自然であり、また(二)及び(三)(7、8を除く)土地はいずれも原告との売買があつたとされる日より以前に田中商事が顧客に分譲し、そのうち(三)2、5記載の土地については原告と田中商事との売買に先立ちすでに分譲を受けた者が地上家屋に居住しているふしがみられることなどが認められるから、仮に原告が主張するように本件土地が三分割され、これが順次昭和五一年ないし五三年中に売り渡されたものであるとすれば、およそ不動産取引の常識に反するものといわなければならない。したがつて、原告の右主張は採用することができない。

3  そして、前掲乙第一一号証と証人日向悦治の証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は本件売買に先立ち、一年分の不動産の譲渡所得が二〇〇〇万円を超えるときには措置法による所得税の軽減の特典が付与されないことを聞知していたことから、本件土地をほぼ三等分して三年にわたり順次売り渡したものとして、各年における譲渡所得がいずれも同法により累進税率を免れる最高額二〇〇〇〇万円を下回るような確定申告を行うとともに、後日の証拠のためこれに沿う契約書を備え置くことを企図し、前記の売買を行つた昭和五一年一〇月から順次分割契約書を分割代金の支払いの日を契約日として三通作成し、田中商事も原告の要求に応じて右契約書に押印するとともにこれを沿う仕入記帳を行つたことが認められるが、これらの書面が本件土地の売買の実態に符合しないものであることは前認定のとおりであり、単に原告の税金対策上の方便にすぎないものというべきである。

また本件土地が権利移転につき届出を必要とする農地でありかかる土地の売買においては所有権移転の時期は右届出の時とされるがのが一般であるのに本件の一括契約書(乙第一号証)では所有権移転の時期が明示されていないこと及び仲介手数料が三回に分割して支払われていることは前認定に何ら影響を及ぼすものでない。

4  以上のとおり、本件土地は被告主張のとおり昭和五一年中に一括して田中商事に売却され、同年中に引渡しを了し、かつ、農地法五条一項三号の届出の効力が生じているのであるから、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、同年と認めるのが相当である。

三  前掲甲第二四号証の一ないし四、原本の存在及び成立に争いのない甲第二七ないし第二九号証の各二、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件土地の売買に関し、原告は、日向に対して仲介手数料として合計一四〇万円、小池測量事務所に対して測量費及び農地転用申請費用として合計一一万三五〇〇円、小倉定雄司法書士に対して地目変更費用として四万四八〇〇円(以上合計一五五万八三〇〇円)を支払つたことが認められ、これらはいずれも本件土地にかかる譲渡所得の算定につき必要経費として計上されるべきである(なお、前掲甲第二一ないし第二三号証に貼用された印紙代及び三回の売買があつたことを前提とする印鑑登録証明書の交付の費用はこれらの経費に含まれない。)。右費用及び措置法三一条の三第一項により取得費として計上されるべき二九八万五〇〇〇円、同法三一条二項による特別控除額一〇〇万円を前記売買代金から控除した金五四一五万六七〇〇円が昭和五一年中に生じた本件土地にかかる原告の譲渡所得であるということになる。

四  以上の次第で本件処分(再更正により一部取り消された後のもの)には原告の所得を過大に認定した違法はなく、前認定の本件処分の経緯及び国税通則法六五条一項の規定によれば過少申告加算税の賦課決定についても違法はない。

五  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 満田明彦 裁判官 菊池徹)

物件目録(一)

1 東京都江戸川区下鎌田町壱壱八番弐

宅地 七壱・弐五平方メートル

2 同所 同番参

宅地 参壱平方メートル

3 東京都江戸川区下鎌田町壱壱八番壱参

宅地 六参・六弐平方メートル

4 同所 同番壱四

宅地 参五・六弐平方メートル

5 同所 同番壱五

宅地 壱九・〇弐平方メートル

6 同所 同番壱六

宅地 壱〇・六五平方メートル

以上

物件目録(二)

1 東京都江戸川区下鎌田町壱壱八番壱

宅地 六六・八壱平方メートル

2 同所 同番四

宅地 四弐・〇弐平方メートル

3 同所 同番五

宅地 六参・六壱平方メートル

4 同所 同番八

宅地 壱弐・五六平方メートル

5 東京都江戸川区下鎌田町壱壱八番九

宅地 壱九・〇弐平方メートル

6 同所 同番壱弐

宅地 弐〇・弐七平方メートル

以上

物件目録(三)

1 東京都江戸川区下鎌田町壱壱八番六

宅地 四参・弐六平方メートル

2 同所 同番七

宅地 四参・弐六平方メートル

3 同所 同番壱〇

宅地 壱弐・九参平方メートル

4 同所 同番壱壱

宅地 壱弐・九参平方メートル

5 同所 同番壱七

宅地 参八・五弐平方メートル

6 同所 同番壱八

宅地 壱壱・五弐平方メートル

7 東京都江戸川区下鎌田町壱壱八番壱九

宅地 参八・壱六平方メートル

8 同所 同番弐〇

宅地 壱壱・四弐平方メートル

以上

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