東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)122号 判決 1985年5月13日
原告
榊原義雄
外一九名
右原告ら訴訟代理人
竹中喜一
原口絋一
被告
東京都十一市競輪事業組合
右代表者管理者
金子佐一郎
右訴訟代理人
大輪威
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告は、別紙請求金額表記載の原告一八名に対し、それぞれ、同表の各原告に対応する合計欄記載の金員並びに同表の各原告に対応するⅠ欄記載の金員に対する昭和五二年一一月一八日から、同表の各原告に対応するⅡ欄記載の金員に対する昭和五四年九月一日から、及び同表の各原告に対応するⅢ欄記載の金員に対する昭和五七年一月一日からいずれも完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告阿部トクに対し金二〇万四五四七円、原告阿部和章に対し金四〇万九〇九三円、及びこれらに対する昭和五二年一一月一八日から各完済に至るまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被告
主文と同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 被告組合は、八王子市、武蔵野市、青梅市、昭島市、調布市、町田市、小金井市、小平市、日野市、東村山市及び国分寺市の一一市が、昭和四一年四月七日、地方自治法二八四条一項に基づき、東京都知事の許可を得て設立した特別地方公共団体であつて、自転車競技法の規定による自転車競走(以下「競輪」という。)を行うため、競輪の施行、競輪に関する調査及び情報その他共同処理を適当と認める事項に関する事務を共同処理することを目的とする一部事務組合である。
被告組合は、東京都調布市所在の京王閣自転車競走場(以下「京王閣」という。)において、自ら年間一〇回の競輪を開催(一開催は六日間の開催日からなる。以下同じ。)するほか、訴外東京都市収益事業組合から事務委託を受けて年間二回の競輪を開催している。
(二) 原告阿部トク及び同阿部和章の両名以外の原告ら一八名及び亡阿部貞蔵(右原告ら一八名及び亡阿部貞蔵を以下「原告ら一九名」という。)は、被告組合が京王閣で行う競輪のための業務に従事する者(以下「従事員」という。)、又は以前に従事員であつた者で、後記の離職勧奨制度要綱が締結された昭和五〇年一二月一九日以前から被告組合の従事員登録簿に登録されていたものである。
(三) 従事員は、年間七二日の開催日のほか、準備日又は前検日と称する各開催期間の初日の前日に、京王閣において稼働するのである。その労務の内容は、入場の改札、場内の接待、発売窓口、払戻窓口における発売、払戻しの事務、清掃、警備など競輪場内の管理やサービスであつて、いずれも単純な労務を反復継続するものであつて、行政作用たる一般行政事務とは関係がない。
したがつて、従事員登録簿に登録された従事員(以下「登録従事員」という。)は、地方公務員法五七条にいう「単純な労務に雇用される」一般職の地方公務員であつて、その労働関係その他の身分取扱いについては、地方公営企業労働関係法附則四項により、同法及び地方公営企業法三七条から三九条までの規定が準用される。
(四) 登録従事員の賃金は、いわゆる日給制であるが、夏期及び年末には一時金が支給される。賃金日額は、基本給と職務給を合わせたもので、基本給は、職種によつて一般基本給、警備員基本給、特別基本給の三種に分かれ、いずれも勤続年数により等級付けが行われる。原告ら一九名のうち、原告篠村以外の者は、いずれも警備・守衛の職にあり、警備員基本給及び職務給を支給されていた。原告篠村は、発売窓口の職にあり、一般基本給の適用を受け、職務給は支給されていなかつた。原告ら一九名が後記の差別を受ける前に支給されていた賃金日額は、別表(一)ないし(三)の各原告に対応する「基本となる日額」欄記載のとおりである。
2 賃金及び一時金の差別支給
(一) 被告組合は訴外東京競輪労働組合(以下「訴外労組」という。)との間で、昭和五〇年一二月一九日、離職勧奨制度要綱という労働協約を締結した。その内容は、六月末日又は一二月末日(昭和五〇年は一二月一〇日)において満六五歳に達することとなる登録従事員に対して三月又は九月に離職を勧奨し、これに応じて離職する者には離職特別慰労金を支給するという優遇措置を講じることとし、これに応じない者(以下「勧奨拒否者」という。)には、再度の勧奨を行わず現日給を保障するものの、以後の賃金引上げ及び定期昇給は行わないというものであつた。
(二) 被告組合と訴外労組とは、昭和五一年六月二六日、昭和五一年度夏期一時金協定を締結した。その内容は、勧奨拒否者以外の登録従事員については、平均二四万六七五二円の一時金を支給するが、勧奨拒否者には三六日以上稼働した者でも一律一一万円しか支給しないというものであつた。その後の同年年末及び翌五二年度夏期一時金協定は、勧奨拒否者以外の者にそれぞれ平均二七万八三九二円、二四万七七五〇円を支給するが、勧奨拒否者には、三六日以上稼働した者でも、それぞれ一律五万五〇〇〇円(ただし、昭和五一年六月の勧奨拒否者には一一万円)、五万円(ただし、同年一二月の勧奨拒否者には一〇万円)しか支給しないというものであり、以後の一時金協定もこれらと同じく勧奨拒否者とそれ以外の者とで一時金の額につき差を設けた。
(三) 被告組合と訴外労組とは、日額賃金につき、昭和五一年一〇月以降四八〇円、同五二年一〇月以降四五〇円、同五三年一〇月以降三四〇円、同五四年七月以降三五〇円、同五五年四月以降三五〇円、同五六年四月以降五五〇円の各引上げをする旨の協定を締結した。
そして、勧奨拒否者以外の者にはそのとおりの賃金引上げが実施されたが、勧奨拒否者には賃金引上げが実施されなかつた。
(四) その結果、原告ら一九名のうち、原告堀内宝以外の者らは、昭和五一年三月の離職勧奨に応じなかつたため、同年一〇月以降賃金引上げを停止され、一時金についても同年夏期以降前記のとおりの低額一律支給しか受けられず、原告堀内宝は、昭和五二年三月の離職勧奨に応じなかつたため、同年一〇月以降賃金引上げを停止され、一時金についても同年夏期以降前記のとおりの低額一律支給しか受けていない。
原告ら一九名が、このような差別がなければ受け取つたであろう賃金及び一時金の額、現に支払われた賃金及び一時金の額、並びに両者の差額は別表(一)並びに別表(二)の1ないし3、別表(三)の1及び2別紙請求金額表記載のとおりである。
3 賃金及び一時金差別支給の違法性
(一) 勧奨拒否者について、賃金の引上げを行わず、一時金も一律に勧奨拒否者以外の者より低額しか支給しないとする、被告組合と訴外労組との前記の離職勧奨制度要綱、各年度の一時金協定及び賃上げ協定(以下これらの協定を総称して「本件各協定」という。)は、以下のとおり、その締結の動機、目的及び締結手続(ただし、締結手続の点は一時金協定のみ)が不当であるから、公序良俗に反し、民法九〇条により無効であるし、その内容においても、老齢であることのみを理由とした、合理的理由に基づかない差別であるから、憲法一四条、労働基準法三条、地方公務員法一三条及び二七条に違反し、無効である。
(二) 動機、目的の違法
本件各協定は、被告組合が、人件費を切り下げるため、原告ら一九名を含む高齢の登録従事員を排除し、賃金の低い応援従事員をもつてこれに替える目的で締結したものである。このことは、被告組合が、昭和四八年に採用予定者名簿を廃止して登録従事員を新たに採用する道を閉したこと、昭和五〇年一月に登録従事員の定年制導入を提案し、訴外労組の反対に合つたため、これに替わるものとして離職勧奨制度を設け、これに基づいて本件各協定を締結したこと、本件各協定締結後に勧奨拒否者らに対して離職を強要していること、及び、被告組合とゆ着した訴外労組幹部の一部を利用して、多くの労組員の反対を押し切り、昭和五六年一〇月一七日に訴外労組との間で「京王閣競輪臨時従事員高齢者離職勧奨制度要綱」という協定を締結し、定年制を導入したことなど、一連の経過からみて明らかである。そして、このような動機、目的で賃金及び一時金の差別をすることは公序良俗に反するというべきである。
(三) 一時金協定の締結手続の違法
また、一時金について勧奨拒否者とそれ以外の者を差別することは、離職勧奨制度要綱にいう「現日給の保障」規定に反するものであるところ、被告組合は、昭和五一年の夏期一時金交渉において、突然差別支給を提案し、訴外労組の反対に合うと、勧奨拒否者以外の者に対する支給額を一律に三〇〇〇円減額すれば、勧奨拒否者にもそれ以外の者と同額の一時金を支給し得る旨回答したのである。このような被告組合の態度は、一時金全体の源資さえ同じならば平等扱いでもよいというので、高齢による労働能力低下が一時金低額支給の理由であるとする被告組合の主張と矛盾するばかりか、勧奨拒否者とそれ以外の者とを対立させることによつて訴外労組の団結を弱め、勧奨拒否者に対する差別を実現させようとするものであつて、極めて不当である。そして、訴外労組においては、被告組合のねらいどおり、理性的な討議の行われないまま、勧奨拒否者に対する一時金差別を是認する者が多数を占め、昭和五一年六月に最初の一時金差別協定が締結され、以後同様の協定が締結されているのであるから、一時金協定の締結手続には公序良俗に反するものがある。
(四) 内容の違法
本件各協定による賃金及び一時金の差別は、退職勧奨拒否が前提となつており、被告は、右退職勧奨は地方公務員法二八条一項及びこれと同旨の被告組合の就業基準一一条一項にいう「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」や「職務の遂行に必要な適格性を欠くに至つたとき」に当たるためにしたものであるから、合理性のある措置である旨主張している。しかし、右のような労働能力や職務適格性は、対象者ごとに個別的に判断されるべきものであつて、年齢という一律の形式的基準で判断すべきものではない。被告組合は、個々の従事員の労働能力や職務適格性を検討することもせずに、年齢のみを理由に一律に退職勧奨をしたのであるから、右退職勧奨自体が合理性を欠くものである。したがつて、このような退職勧奨を拒否したことを理由とする賃金及び一時金の差別もまた合理性を欠くものである。
また、原告ら一九名は、退職勧奨拒否後も未勧奨者と同じ職場で同じ業務に就いているにもかかわらず、賃金を据え置かれているほか、一時金を、当初は二分の一、最終的には六分の一にまで減額されるという極端な差別を受けているのであり、それぞれがこれまで職場において重きをなしてきた者であることに鑑みると、右差別は、か酷というにとどまらず屈辱的なものというべきであり、合理性を欠くものである。
4 原告ら一九名の有する請求権
前項記載のとおり、本件各協定中の勧奨拒否者に対して賃金及び一時金を差別する部分は、違法無効なものである。原告ら一九名のなかには訴外労組に加入している者とそうでないものがいるが、本件各協定は、労働組合法一七条の要件を具備した労働協約であるから、右違法無効な部分を除いた部分、すなわち、勧奨拒否者以外の者について賃金及び一時金の引上げを協定した部分の効力は、訴外労組の組合員であるか否かを問わず、原告ら一九名全員に及び、原告ら一九名は、これによつて支払われるべき金額と現実の支給額との差額につき支払請求権を有するのである。
仮にそうでないとしても、原告ら一九名は、被告組合の故意又は過失による違法な差別により右差額相当額の損害を被つたのであるから、これにつき不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。
5 相続
(亡)阿部貞蔵は昭和五三年一月二日に死亡し、同人の被告組合に対する請求権は、妻である原告阿部トクが三分の一、子である原告阿部和章が三分の二の割合で相続した。
6 よつて、原告らは被告に対し、いずれも、主位的には賃金及び一時金の差額金として、予備的には損害賠償として、別紙請求金額表記載の原告一八名については、それぞれ、同表の各原告に対応する合計欄記載の金員並びに同表の各原告に対応するⅠ欄記載の金員に対する弁済期経過後で本件訴状送達の日の翌日である昭和五二年一一月一八日から、同表の各原告に対応するⅡ欄記載の金員に対する弁済期経過後の昭和五四年九月一日から、及び同表の各原告に対応するⅢ欄記載の金員に対する弁済期経過後の昭和五七年一月一日からいずれも完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告阿部トクについては、金二〇万四五四七円とこれに対する前記昭和五二年一一月一八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告阿部和章については、金四〇万九〇九三円とこれに対する前記昭和五二年一一月一八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項の事実は認める。ただし、原告ら一九名を含む従事員は、後に述べるように被告組合との間に常時雇用関係を有するものではなく、開催日及び準備日ごとに日々被告組合との間に労働契約を締結し、このように労働契約を結んだ日にのみ、原告ら主張の公務員たる身分を有する。
2 同第2項の事実は認める。ただし、同項(四)の事実のうち、原告ら一九名が差別がなければ受け取つたであろう賃金及び一時金の額、現実に支給された賃金及び一時金の額、並びに両者の差額は、別表(四)、(五)の各1ないし3、(六)及び(七)記載のとおりであり、これに反する部分は否認する。
3 同第3項は争う。
本件各協定は、いずれの点からみても合理性を有するものである。すなわち、原告ら一九名の本件各協定締結前の賃金日額は、被告組合の応援従事員はもとより、他の競輪場の同種の労働者や他の事業における同種の労働者に比べて、非常に高額であるところ、本件各協定は、定年制を導入するものではなく、勧奨拒否者については、六五歳に達した以後も、賃金日額は据え置くものの、雇用を継続するのであるから、年齢や就労実態の点から判断すれば、賃金日額の据置き程度の差別には合理性があるというべきである。また、勧奨拒否者の一時金については、離職勧奨制度要綱締結時に、訴外労組との間で、別途協議決定する旨合意し、以後、被告組合と訴外労組とは、毎年夏期及び年末一時金についての団体交渉において、勧奨拒否者の一時金についても協議決定し、右決定に基づいて支給がなされているのである。このような手続を経て、勧奨拒否者の一時金が低額に定められていることは、多くの従事員が、仕事の能率面で勧奨拒否者とそれ以外の者との間に差があり、一時金の額に差があつてもやむを得ないと考えていることを示すものである。更に、勧奨拒否者の一時金は、応援従事員のそれより高額である。これらのほか、勧奨拒否者が、前記のとおり、六五歳という高齢に達したのちも、高額の日給を保障されていることに照らすと、この程度の一時金の減額には合理性があるというべきである。
4 同第4項は争う。
前記のとおり、本件各協定は、合理性を有し、有効である。訴外労組の組合員は一四五〇名ないし一五〇〇名で、登録従事員の九〇パーセント以上の者を組織しているから、労働組合法一七条により、本件各協定の効力は原告ら一九名に及ぶのである。
三 被告の主張
1 原告ら一九名の地位
被告組合と原告ら一九名を含む従事員との雇用関係は、常用ではなく、いわゆる日雇であつて、日々労働契約が締結され、その限りにおいてのみ雇用関係が成立している。これを詳述すると、次のとおりである。
(一) 被告組合の従事員就業基準には次のような規定がある。
第四条 従事員として採用を希望する者については、競争試験又は選考を行なうものとし、その結果従事員として適切であると認められる者を採用予定者として、採用予定者名簿(以下「名簿」という。)に登載するものとする。
2 従事員は、前項の規定により名簿に登載された者のうちから、準備日及び開催日の日々採用するものとする。
第五条 前条第二項の規定により、一開催期間中の準備日及び開催日の全期日に採用された者が、当該期間中その職務を良好な成績で遂行したときは、その者から次の書類を提出させるものとする。
(1) 住民票
(2) 上半身の写真(最近六月以内に写したもの)
(3) 健康診断書
(4) 身上調書
(5) 誓約書
2 前項の規定に基づき書類を提出した者については、その書類を審査した結果、引き続き従事員として採用することが不適当であると認められる場合を除き、別に定める定数の範囲内において東京都十一市競輪事業組合従事員登録簿(以下「登録簿」という。)に登録するものとする。
3 第一項の期間が経過した後、引き続き従事員として採用することが不適当であると認められる者については、名簿から抹消するものとする。
第六条 従事員を採用するときは、第四条第二項の規定にかかわらず登録簿に登載された者(以下「登録従事員」という。)のうちから採用するものとし、登録された者の数が採用を必要とする者の数に満たないときは、名簿に登載された者のうちから採用するものとする。
第七条 採用の通知は、名簿に登載された者のうちから従事員を採用する場合にあつては、その者に採用通知書を送付することにより、登録簿に登録された者のうちから従事員を採用する場合にあつては、その者に出勤票を交付し、又は採用通知書を発送することにより、行うものとする。
2 前項の採用通知書又は出勤票には、賃金、労働時間、その他の労働条件を明示しなければならない。
第八条 採用の通知を受けた者は、採用予定日の始業時刻までに、採用通知書又は出勤票を提出しなければならない。
2 従事員は、前項の規定により採用通知書又は出勤票を提出したときは、直ちに出勤簿にみずから押印しなければならない。
(二) 原告ら一九名は、いずれも右基準六条にいう登録従事員であつたが、登録従事員は、それだけでは被告組合と何らの雇用関係を有するものでなく、従つて地方公務員たる身分を取得するものではない。登録従事員は、右基準の六条、七条一項により明らかなように、出勤票の交付を受け、これを提出し出勤簿に押印することによつて始めて採用予定日の労働契約が成立し、地方公務員たる身分を取得し、その日の就労の終了により労働契約は期間の満了により終了することとなる。登録従事員は、右基準六条の規定により優先的に労働契約を締結し得るという地位にあるにすぎない。
(三) 登録従事員は、被告組合との間で労働契約を結んだ日にのみ公務員たる地位を有することは、次の事実からも明らかである。
(1) 登録従事員が登録されることにより地方公務員たる地位を有するとすれば地方公務員法三八条の兼職禁止の規定が適用されるけれども、被告組合は原告ら登録従事員に非開催日に他の職に従事することを禁止しておらず、かえつて他の競輪場や他の競走事業場の従事員となることを容認している。
(2) 被告組合の競輪事業に就労する従事員の中で日雇雇用保険に加入している者は登録従事員の九〇パーセント以上となつており、日雇健康保険についてもほぼ同様である。雇用保険法は、「日々雇用される者」又は「三〇日以内の期間を定めて雇用される者」を日雇労働者としているし、日雇労働者健康保険法における日雇労働者の定義もこれとほぼ同様である。このことをみても、登録従事員が日々雇用される者であることは明らかである。
(四) 原告らは、登録従事員について、昇給、昇格、一時金、離職慰労金、欠勤届、、遅刻、早退届、始末書、戒告、永年勤続表彰等の諸制度があることは、日々雇用という雇用関係とは矛盾すると主張する。
しかし、これらの制度は、秩序ある組織体の運営のため、あるいは職員の勤務意欲の向上のために必要な制度であつて、これらの制度があるからといつて日々雇用という雇用関係と矛盾するものではない。
2 以上のように、原告ら一九名は日々雇用という関係にあるから、被告組合と原告ら一九名とは、日々新たな労働契約を締結している。
被告組合は、訴外労組との間で離職勧奨制度要綱締結後、勧奨対象年齢に達した原告ら一九名を含む従事員らに対し、右制度の趣旨を説明するとともに、勧奨拒否者については、賃金引上げを行わないこと、その一時金は別途団体交渉で話し合うことなど、新しい労働条件を提示し説明した。これは雇用主である被告組合からの新しい労働条件を提示しての労働契約の申込みである。右提示と同時に出勤表の交付を受けた原告ら一九名は、特段の異議もなく、その後の開催日に出頭し、出勤表を提出するとともに出勤簿に押印したうえ、就労したのであるから、ここに被告組合と原告ら一九名との間に離職勧奨制度要綱で定める内容に従つた新しい労働条件による労働契約が締結され、これがその後同様に日々繰り返されたのである。したがつて、原告ら一九名の賃金及び一時金が勧奨を受けない者のそれと格差があつたとしても、それは、新しい労働条件による労働契約締結の結果であつて、被告組合が原告ら一九名を差別した結果ではないから、原告らの本訴請求は、その前提を欠き、失当である。
四 被告の主張に対する反論
被告の主張のうち、被告組合の従事員就業基準にその主張するような規定があることは認めるが、その余の主張はすべて争う。
原告ら登録従事員の地位は、日々雇用ではなく、期間の定めのない継続雇用関係である。これを詳述すれば、次のとおりである。
1 採用方式
従事員に採用されることを希望する者は被告組合の競争試験又は選考を受け、これに合格すると採用予定者名簿又は応援者名簿に登載される。この登載後一定期間雇用され、勤務成績良好者は所定の書類を提出し、審査を受けて、従事員登録簿に登録される。登録従事員はこのように極めて慎重な手続を経て採用されるのである。
登録簿登録後は、各節ごとに単なる通知又は出勤票の交付のみで出勤日の指定がされるにすぎない。登録従事員は各開催節に必ず就労することができるという地位を得たのであるから「期間の定めのない継続雇用」としての労働契約が成立したものである。
2 勤務形態
出勤票の交付、提出や出勤簿への押印は労働契約の成立とは関係なく、単なる就労確認の手段である。欠勤する場合には事前に欠勤届を提出する定めとなつている。
3 賃金形態
登録従事員には昇給昇格の制度があり、賃金台帳も作成されている。このことも日々雇用とは相いれない。
また、一時金が夏期と年末に支払われるほか、離職慰労金という名前の退職金制度も完備している。もつとも、右離職慰労金は、形式上は京王閣競輪従事員共済会という被告組合とは別の団体から給付されることとなつているが、右共済会は規定(従事員就業基準)上も被告組合の内部機関であり、その実態も被告の内部機関の一つにすぎない。
4 長期勤続表彰制度の存在
被告組合は、長期勤続表彰制度を有しているが、日々雇用や期間の定めのある雇用については右のような表彰は考えられない。
5 解雇の方式
登録従事員については、被告は開催日及び準備日に必要とする者の数に満つるまで「採用」しなければならず、「採用」を拒否するためには登録簿から抹消しなければならない(従事員就業基準六条)。そして、この抹消については、右就業基準一一条には、地方公務員法二八条の分限免職の規定とほぼ同様の要件が備わつていることを必要とする旨の規定があり、また、同基準一二条には、登録者が疾患により療養を要するに至つた場合の登録抹消の制限の規定もある。
このような規定を通覧すると、被告のいう「不採用」は解雇に相当するというべきであるが、被告は登録従事員を勝手に解雇することはできない。そして、右規定にいう「登録取消」は退職に相当するのである。
右のように登録従事員には「期間の定めのない継続雇用」としての労働契約上の地位が保障されているからこそ、被告は、本件で問題となつている「離職勧奨制度」を導入したのである。「日雇」や「有期限雇用」であるとすれば、「離職勧奨制度」は不要なものである。
6 勤務の実態
京王閣競輪場では、開催日に一日約一八〇〇名の従事員を使用しているところ、その職務内容は、経験を要するものが多い。特に、警備の業務は、その内容自体複雑多岐であるうえ、直接入場客と接する業務であるから相当の経験を要するし、巨額の現金輸送業務等重い責任と信用を要求される任務も存するのであつて、これらの業務を誤りなく遂行するためには、「日雇」とか短期の「有期限雇用」など定着性のない者ではとうてい処理しきれないのである。
7 被告は、原告ら登録従事員が非開催日に他の職に就くことが許容されていることを原告ら登録従事員の地位が日々雇用であることの一つの根拠としている。しかし、所定労働日以外の日に他の職に従事する自由を有するか否かは、その労働契約が日々雇用であるか否かとは何ら関連性を有しない問題であり、職務専念義務の有無の問題である。また、原告ら登録従事員のうちの一部の者が日雇雇用保険や日雇健康保険に加入していることも、これらの制度は個々の労働契約関係とは別個の社会政策的観点から策定されているものであるから、登録従事員の労働契約の性質を左右するに足りるものではない。
8 以上のように、被告組合と登録従事員との間には、期間の定めのない労働契約が成立しているから、被告の主張はその前提を欠くものである。
第三 証拠<省略>
理由
一当事者間に争いのない事実関係
1 被告組合の性格及び原告ら一九名の地位
被告組合が原告ら主張のような特別地方公共団体である一部事務組合であり、自らの主催又は他からの業務委託により京王閣において年間合計一二回の競輪を開催していること、原告ら一九名が被告組合の従事員登録簿に以前登録され、又は現に登録されている者であること、従事員は京王閣において競輪の開催日及び準備日に稼働し、その労務の内容は、発売窓口、払戻窓口における発売、払戻しの事務、警備等競輪場内の管理やサービスの単純な労務を反復継続するものであること、登録従事員は少なくとも京王閣において労務に従事する日においては地方公務員法五七条にいう「単純な労務に雇用される」一般職の地方公務員であつて、その労働関係その他の身分取扱いについては、地方公営企業労働関係法附則四項により、同法及び地方公営企業法三七条から三九条までの規定が準用されること、登録従事員の賃金はいわゆる日給制であるが夏期及び年末には一時金が支給されること、以上の事実は当事者間に争いがない。
2 離職勧奨制度要綱の締結とその実施状況
被告組合は昭和五〇年一二月一九日訴外労組との間で離職勧奨制度要綱という労働協約を締結したこと、その内容は満六五歳に達することとなる登録従事員に対して離職を勧奨し、これに応じて離職する者には離職特別慰労金を支給するという優遇措置を講じるが、これに応じない者には現日給を保障するものの以後の賃金引上げ及び定期昇給は行わないというものであつたこと、右離職勧奨制度要綱締結以後に被告組合と訴外労組が結んだ夏期及び年末の一時金協定においては、勧奨拒否者にはそれ以外の者より低額の一時金が支給される旨定められたこと、また、被告組合と訴外労組が結んだ日額賃金引上げの協定においても勧奨拒否者には引上げを実施しない旨が定められたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二原告らの地位と本件各協定の効力との関係
1 原告らの主張及びこれに対する被告の主張
原告らは、前記の離職勧奨制度要綱並びにこれに基づいた各年度の一時金協定及び賃金引上げ協定(本件各協定)は、勧奨拒否者につき賃金の引上げを行わず、かつ、他の者に比較して低額の一時金を支給する点において、満六五歳を超える者を他の者と不当に差別することとなり、民法九〇条、憲法一四条、労働基準法三条、地方公務員法一三条及び二七条に違反し、無効であると主張する。
これに対し、被告は、被告組合と原告ら一九名を含む登録従事員との雇用関係は常用ではなく、いわゆる日雇であつて、日々労働契約が締結され、その限りにおいてのみ雇用関係が成立しているにすぎないと主張し、この主張を前提として、被告組合は、前記離職勧奨制度要綱締結後、原告を含む従事員らに対して、右制度の趣旨を説明するとともに、勧奨拒否者については賃金の引上げを行わないこと及び一時金は団体交渉のうえ決定することという新しい労働条件を提示し、これに対して原告ら一九名は特段の異議なくその後の開催日に出頭し、就労したことによつて、右の被告組合が提示した労働条件による労働契約が日々締結されたものであるから、原告ら一九名の賃金及び一時金は新しい労働条件による労働契約に従つた当然の結果であると主張している。
そこで、原告ら一九名を含む登録従事員の地位と本件各協定の勧奨拒否者に対する影響について検討する。
2 登録従事員の地位と本件各協定の勧奨拒否者に対する影響
被告組合の従事員就業基準に被告の主張するような規定があることは、当事者間に争いがない。更に、<証拠>によれば、被告組合の従事員については東京都十一市競輪事業組合従事員就業基準により、その登録及び採用、登録の取消及び登録取消の留保、制裁、就業時間、休憩時間及び時間外就業、遅刻、早退、外出等、賃金等、服務、災害補償、表彰、苦情の処理、共済制度などの就業に関する事項が定められ、この就業基準の細則として、東京都十一市競輪事業組合従事員取扱要領及び東京都十一市競輪事業組合従事員賃金支給要領が定められていることが認められる。そして、<証拠>によれば、これらの規定及びその運用の実態からみた登録従事員の処遇は次のとおりであることが認められ、この認定に反する証拠はない。
(一) 従事員の採用は、登録簿に登録された登録従事員の中からまず採用することとされており、登録従事員は他の者に比し優先的な地位を与えられているところ、採用を必要とする数は登録従事員の数より多いため、登録従事員は希望すれば必ず採用されるという関係にある。
(二) 登録従事員の登録の取消しは、本人の願出によるほかは、心身の故障、勤務実績不良等の一定の理由が存在することを必要とし、また、登録簿に登録後一月を経過した者について登録の取消しをするには三〇日前の予告又は三〇日分の予告手当の支給をしなければならない。更に、登録従事員が疾病のため休養する一定の期間及び産前産後の一定の期間は登録の取消しはできない。
(三) 登録従事員の基準内賃金は基本給と職務給とから成るが、そのうち基本給は、当初の採用時は初任給一号級に格付され、その後勤務実績が良好であつたときは、ほぼ一二月ごとに直近上位の号級に格付けされる。
(四) 期末特別措置は、就業基準上は、その都度別に定めることとされているところ、昭和五〇年当時においては、毎年夏期(六月)及び年末(一二月)の二回に被告組合と訴外労組との団体交渉の結果協定された一時金が登録従事員に支給されていた。
(五) 京王閣において行う競輪事業に従事する従事員として採用され、かつ登録されている者は、京王閣競輪従事員共済会の会員となるところ、会員期間が六か月以上の者が死亡又は離職により会員資格を喪失したときは、日給額に在籍年数に応じて定められた一定の数を乗じた額の離職慰労金を右共済会から支給される。そして、この共済会には、被告組合からも補助金が支出されている。
以上のような登録従事員に関する規定及びその運用の実態からみると、原告ら一九名を含む登録従事員は、その地位が常用であるか、それとも日々雇用の関係にあるのかは別としても、一日の勤務が終了すれば被告組合との関係が完全に絶ち切られるというものではなく、登録簿に登録されている限りは、希望すれば必ず採用されるという関係にあり、登録の取消しも一定の理由が存在しなければされることはなく、基本給はほぼ一年ごとに定期昇給し、夏期及び年末には一時金の支給を受けることができ、離職したときは慰労金の支給を受けることができるという地位にあるものということができる。
右のような登録従事員の地位に鑑みると、被告組合が登録従事員のうちの一部の者を他の者よりも不利益に取り扱うことは合理的な理由がない限り許されないと解すべきであつて、仮に、登録従事員の雇用形態が日々雇用の形式をとり、不利益取扱いの対象者がその労働条件について異議を述べずに就労を継続したとしても、そのことのみによつて不利益取扱いが是認されるものではなく、右対象者が事後的に不利益の回復を求めるときは、改めてそのような取扱いが合理的理由に基づくものか否かを吟味する必要があるというべきである。
そして、前記離職勧奨制度要綱によると、一定の年齢に達し離職勧奨を受けてこれを拒否した者については基本給の定期昇格がされず、賃上げ(ベースアップ)もされないこととなり、また、その後の一時金協定により勧奨拒否者には他の者よりも低額の一時金が支給されることとなつたのであるから、これらの協定は、離職勧奨を受ける年齢に達した者について、従前有した利益を奪い他の者よりも不利益に取り扱うものであるということができる。
したがつて、登録従事員の地位が常用であるか日々雇用であるかにかかわりなく、離職勧奨を受ける年齢に達した者について右のような不利益を与える離職勧奨制度要綱及びその後の一時金協定の効力を問題とする必要があるのであつて、被告主張のように、右要綱による新たな労働条件に基づく労働契約が締結されたから、右要綱の効力を問題とする余地がないものと即断することはできないものというべきである。
三本件各協定の効力
1 本件各協定は、いずれも被告組合と訴外労組との間に締結された労働協約であつて、労働組合法一七条の要件を満たすものであることは、当事者間に争いがないから、本件各協定は労働組合法一七条に定める一般的拘束力を有するものであるということができる。弁論の全趣旨によれば、原告ら一九名のなかには訴外労組に加入している者とそうでない者とがいることが認められるが、本件各協定は、何らかの無効原因がない限り、訴外労組に加入している者にはもちろん、そうでない者についても労働組合法一七条の規定により、その効力を及ぼすものであることは、いうまでもない。
ところで、原告らは、前記のとおり本件各協定が無効であると主張するので、この点について判断することとするが、その前提として、まず、本件各協定締結の経緯及び他の競輪場や他産業における高齢者の取扱いの実情等の事実関係を検討する。
2 離職勧奨制度要綱の成立に至る経緯並びにその後の一時金協定及び賃金改定協定
前記一の当事者間に争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 登録従事員については、定年制がないことや、その勤務内容等から、高齢者が多くなる傾向があり、前記のように基本給が年々昇給し、高位の号級に在る者が多いため、競輪事業の施行者としては、このような傾向が労務費の増加と労働能率の低下を招くとして、従前から労務費の削減と従事員の若返りによる労働能率の改善をはかるため定年制(定年退職制)の導入を検討しており、既に昭和三五年一二月一四日には、京王閣競輪の当時の施行者であつた社団法人東京都自転車振興会と訴外労組との間で、将来従事員の退職金規定又はそれに代わるべきものが制定されたときは、労使双方は遅滞なく定年制制定についての協議に入る旨の合意が成立していたところであつた。
被告組合が京王閣競輪の施行者となつたのちも、昭和五〇年ころの登録従事員の平均年令は四七・七歳、一五二九名の登録従事員中、六〇歳以上の者が一四六名、そのうち六五歳以上の者が六九名に達するなど、右傾向は変らず、収益の悪化を招いた。そこで、被告組合は、このような状況に対処するため、昭和四八年以降、登録従事員の新規登録をせず、これに欠員が生じたときは、その分だけ応援従事員を採用することとした。応援従事員は、登録従事員のような採用試験をせず、六〇歳以下の男子及び四〇歳以下の女子について、面接のみで応援者名簿に登載し、その中から六五歳未満の男子及び五〇歳未満の女子のみを開催日に限つて採用するもので、登録従事員と比較すると、準備日に採用されない点と、労働時間が午前一〇時三〇分から午後四時三〇分までとなつていて、登録従事員の実質労働時間午前一〇時三〇分から午後五時一五分までより若干短い点とが異なるものの、両者の労務の内容はほぼ同一であつた。しかし、応援従事者は、一般的に登録従事員より若く、賃金も日給及び一時金ともに登録従事員より相当低額であるため、登録従事員に代えて応援従事員を採用することは、労務費の削減をもたらすものであつた。ただ、この措置だけでは、病気で労務に耐えない者や能力の極端に低い者などの登録を一方的に抹消するほかは、登録従事員の任意の離職を待つほかなく、問題の抜本的解決にはならないため、それ以後も被告組合は、賃金や一時金交渉の都度訴外労組に対して定年制の導入を打診していたが、訴外労組の反対に合つて、これを断念していた。しかし、昭和五〇年一月ころまでには、全国五〇か所の競輪場のうち、六か所で従事員の定年制が実施され、京王閣以外でも一二か所の競輪場でその導入が検討されていた。
(二) 被告組合は、昭和五〇年一月一一日訴外労組に対して、職種により満六三歳又は六〇歳の定年制導入と定年による離職者に通常の五割増しの離職慰労金を支払うことを提案した。
訴外労組は、右提案に対し、定年制は受け入れられないとしたものの、当時、他の四か所の競輪場で離職勧奨制度を実施しており、四か所でこれを時限的に実施し、一〇か所でその実施を検討していたこともあり、離職慰労金の割増等勧奨による離職者に対する優遇措置をすることを条件に、離職勧奨制度の導入はやむを得ないとの態度をとつた。そこで、以後両者の間で、離職慰労金の割増支給、離職勧奨とは別に役付きの解除をする年齢、勧奨拒否者の賃金等の待遇について交渉が進められ、特に勧奨拒否者の賃金については、被告組合が応援者並みの賃金(当時基本給約五二〇〇円)を提案したのに対し、訴外労組は持ち賃金維持(勧奨時の日給のまま据え置くこと)を主張して譲らず、被告組合が、六〇〇〇円で据置き、次いで登録従事員の初任給並みの額で据置きなどの譲歩案を示す等の経過を経たのち、結局、訴外労組の案によることで合意し、同年一二月一九日、前記一の2記載のとおり、離職勧奨制度要綱が締結されるに至つた。また、勧奨拒否者に対する一時金については、訴外労組がこれについても明確な合意を得ようとしたのに対し、被告組合は一時金支払の交渉時にその都度交渉することを提案し、訴外労組は、この点に不満、不安を抱きながらも結局これに同意した。
(三) 右離職勧奨制度による第一回の勧奨を受けた者は一一六名にのぼつたが、これに応じて昭和五一年三月に離職した者は、病弱を理由に離職した者を含めても二九名にすぎなかつた。このように、勧奨拒否者が四分の三を占めたことと、勧奨拒否者の賃金を勧奨時のまま据え置いたことにより、労務費の削減と従事員の若返りという被告組合の所期の目的は、いずれも十分には達成されなかつた。
(四) そこで、被告組合は、勧奨拒否者は高齢のために労働能力が低下しているのであるから、少なくとも一時金については勧奨を受けない者より低額にすべきであるとして、同年六月三日の訴外労組との団体交渉において、同年の夏期一時金を勧奨を受けない者について平均二三万円、勧奨拒否者について最高一一万円(応援従事員に対する一時金の三倍強に相当)とする旨提案し、その後勧奨を受けない者について二四万二〇〇〇円とする旨譲歩したのち、同月一一日、勧奨を受けない者について二四万六七五二円(基準内賃金の三二日分)、勧奨拒否者についてはやはり最高一一万円とする旨の最終案を示し、訴外労組もこれに同意して、同月二六日、その旨の協定を締結し、同年の夏期一時金は右のとおり支給された。右交渉の際、被告組合は、特に個々の従事員の労働能力を調査したのではなく、一般的に高齢者は労働能力が低下しているとの判断の下に右提案をしたにすぎないが、右交渉の過程において、右のような調査をすることについては訴外労組の意向を打診しており、訴外労組が右調査によりかえつて不利益を受けるおそれがあると考えてこれを拒絶したため、右協定は、そのような調査を行わないまま締結された。続いて、同年の年末一時金については、被告組合と訴外労組との団体交渉の結果、同年一二月一三日、勧奨を受けない者について平均二七万八三九二円(基準内賃金の三四日分)、同年三月の勧奨拒否者について最高五万五〇〇〇円、同年六月の勧奨拒否者について最高一一万円とする旨の協定が締結され、これに基づいて支給された。以後、昭和五六年夏期に至るまで、一時金については、その都度被告組合と訴外労組との間で、勧奨を受けない者について基準内賃金の三〇日分前後とする一方、その直前の勧奨を拒否した者について最高一〇万円、それ以前の勧奨を拒否した者について最高五万円とする旨の協定が繰り返し締結され、これらに基づいて支給がなされたが、当時応援従事員に対する一時金は最高三万六〇〇〇円程度であつたから、勧奨拒否者の一時金はこれを上回つていた。
(なお、昭和五一年の夏期一時金交渉の際、勧奨を受けない者の一時金を三〇〇〇円減額すれば、勧奨拒否者にも未勧奨者と同額の一時金を支給するとの発言は、立川競輪の施行者側が同競輪の従事員について行つたものであつて、被告組合の発言ではない。)
(五) また、被告組合と訴外労組とは、昭和五一年一〇月以降昭和五六年まで毎年請求原因第2項(三)記載のとおり、登録従事員の基本給を引き上げる協定を締結したが、これらの協定においては、前記離職勧奨制度要綱に基づき、各協定締結以前に勧奨を拒否した者については、各協定に基づく基本給の引上げは行われなかつた。
3 離職勧奨制度要綱にいう勧奨対象者の待遇と他の競輪場や他産業の状況との比較
<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(一) 本件各協定締結時における他の競輪場での定年制及び離職勧奨制度の実施状況等は前記認定のとおりであるが、その後定年制や離職勧奨制度を実施する競輪場が増加し、昭和五三年一月の時点においては、一二か所の競輪場で定年制が実施され、内六か所では定年の年齢を満六五歳以下としており、京王閣以外の八か所で何らかの形による離職勧奨制度が実施され、その勧奨年齢は一か所以外はすべて六五歳以下となつていた。また、以上のほか、昭和五四年三月には、小田原競輪場及び平塚競輪場において、満六五歳の定年制が実施され、定年後一定期間に限つて再雇用を認めるものの、その賃金を減額することとし、同年一〇月には、川崎競輪場及び花月園競輪場において、毎年満六五歳に達した者に退職勧奨を行うこととし、勧奨拒否者については、一年間を限度に再雇用するものの、賃金は初任給と同額とし、一時金その他の手当は支給しないものとされた。被告組合においても、昭和五六年一〇月一七日、訴外労組との間で、前記高齢者離職勧奨制度要綱を改定し、同年四月一日以降、実質的に満六五歳の定年制を実施し、定年による離職後の者については一二開催に限つて再雇用することとした。
また、労働省の雇用管理調査によると、昭和五一年においては全企業のほぼ四分の三が定年制を定めており、そのほとんどが一律定年制であつて、一律定年制で六六歳以上の定年を定めている企業は全体の〇・五パーセントにすぎず、原告ら一九名のように満六五歳をすぎても従前どおりの企業で働き続ける例は、非常に少ない。
(二) 原告ら一九名の賃金は、離職勧奨を受けるまでに同一職種における最高号級に達していたため、もはや昇給を望めないものであり、被告組合の従事員としては最高額に近いものであつたところ、被告組合の登録従事員の賃金水準は他の競輪場に比べてかなり恵まれたものであつたから、原告ら一九名の離職勧奨当時の賃金は、競輪場の従事員としては全国的にみてもかなり高水準のものであつた。また、他産業の賃金と比較すると、昭和五四年一月ころ、調布、八王子、小平、立川及び国分寺の各市において、原告ら一九名と同種の清掃等の単純労務に従事している、いわゆる失業対策事業労働者の日給はいずれも三〇〇〇円弱であつて、既に約三年間据え置かれている原告ら一九名の賃金日額はほとんどその二・五倍を超えるものであるし、労働大臣官房統計調査部が、建築業等の屋外労働者について昭和五二年八月分の賃金を調査した結果によると、全職種、全年齢の平均賃金は六〇七二円(日額、以下同じ。)、原告ら一九名の職種に類似すると思われる軽作業については、全年齢の平均値が男性で四八三四円、女性で三三八七円、六〇歳以上の男性が四六〇二円、女性が三二七八円であつて、いずれをとつても原告ら一九名の賃金の方がはるかに高額である。
4 本件各協定の効力
右事実関係に照らすと、本件各協定は被告組合が、原告ら一九名を含む高齢者の賃金水準とその労働能力を比較考量したうえ、労務費の削減と労働能率の向上という経営上の合理的必要性に基づいて、訴外労組に提案し、合意に至つたものであつて、その動機及び目的に不当な点はない。すなわち、ある程度以上に労働能力の低下した者に離職を勧奨したり、その賃金等を据え置き、又は減額することは経営上合理的な措置であるといえるところ、従事員らの従事する単純労務については、相当の年齢に達した後は個人差はあるとしても労働能力が低下するのは避け難いことであるから、離職の勧奨や賃金の据置き、減額を行うのに年齢を基準とすることには合理性が認められる。もちろん、個々の労働者について労働能力を厳密に測定し、それに基づいて賃金等を決定することは、合理的ではあるが、技術的に困難であり、また、労働能力の測定方法等をめぐつて使用者と労働者との対立を招くおそれもあり、実際上このような方法をとることは困難である。このことは、本件においても、訴外労組が前記認定のとおり労働能力の測定に反対したことからも十分にうかがえるところである。そこで、これに代わるものとして考えられるのが、本件のように、ある程度以上の高齢者について一律に労働能力が低下したものとみなして右のような措置をとる方法であり、これは、一般に広く行われている一律定年制と同様、その年齢が不当に低いものでない限り、合理的な制度と考えられるところ、前記認定のとおり、当時定年制でさえ六五歳を超えるものがほとんどなく、その後地方公務員についても、原則として満六〇歳の定年制が制定され、従事員に類似する守衛や用務員についても満六三歳の定年制が定められるに至つた一般的状況の下では、六五歳以上の者について右のような取扱いをすることは不当でないというべきである。したがつて、本件各協定は、年齢のみを理由に差別待遇をしたものではなく、年齢によつて労働能力の低下したことを理由に、それにふさわしい取扱いをしようとしたものと解するのが相当である。
また、本件各協定の締結手続についても、被告組合は、前記認定のとおり、訴外労組との間で誠実に団体交渉を重ねたうえ、本件各協定を締結したのであるから、何ら不当な点は見当たらない(なお、原告らが一時金協定についての締結手続が違法であることの前提事実として主張する、勧奨拒否者以外の者に対する支給額を一律に三〇〇〇円減額すれば、勧奨拒否者にもそれ以外の者と同額の一時金を支給し得る旨を被告組合が回答したとの事実は、前記認定のとおり、その存在が認められない)。
更に、内容的にみても、本件各協定は、前記認定のとおり、他の競輪場で採用された制度に比べ、特に従事員に不利益なものではないこと、満六五歳に達した者について雇用を止めるのではなく、雇用継続を前提とするものであること、賃金据置きと一時金減額の措置がとられてはいるが、賃金は、全国の競輪場従事員の中で相当の水準にあり、他産業と比較しても高水準であつて(前記認定において比較の対象としたものは、いずれも日雇ないし日雇が多いと思われる産業であるが、前記のように満六五歳以下の定年制をとる企業が大半を占める状況の下では、六五歳を超える原告ら一九名については、その雇用の性質の如何にかかわらず、日雇労働者と比較することに合理性があると考えられる。)、一時金についても未だ被告組合の応援従事員よりも高水準にあることを考慮すると、本件各協定の定めは、不合理なものとはいえない。
したがつて、本件各協定は、離職勧奨拒否者について、事実上従前有していた利益を奪い、他の者に比べて不利益な取扱いをするものではあるが、前記のとおり、その目的及び締結手続に不当な点は見当らず、しかもその措置の内容が右のように合理的なものである以上、憲法一四条、地方公務員法一三条、二七条、及び労働基準法三条に反するとはいえず、民法九〇条により無効ということはできない。
なお、原告らは、一時金について勧奨拒否者とそれ以外の者とを差別することは離職勧奨制度要綱にいう「現日給の保障」規定に反すると主張するが、「現日給の保障」とは、勧奨拒否者の離職勧奨を受けた当時の賃金の日額を切り下げることはないとの趣旨にとどまるものと解するのが相当であるから、原告らの主張は採用することができない。
四むすび
以上によると、本件各協定の勧奨拒否者に関する部分は、原告ら指摘の各法条に違反するものとは認められず、無効ということはできない。そして、原告ら一九名は前記のように本件各協定中の勧奨拒否者に関する部分の効力を受け、被告組合はこれらに基づいて原告ら一九名に賃金及び一時金を支給してきたのであるから、右支給には何らの違法もなく、原告らの本訴請求はその前提を欠くものである。
よつて、原告らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官今井 功 裁判官藤山雅行 裁判官矢崎博一は転勤のため署名捺印することができない。裁判長裁判官今井 功)