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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)14号 判決 1982年9月22日

原告

豊田金次

右訴訟代理人

近藤康二

伊藤まゆ

佐藤博史

金敬得

被告

社会保険庁長官

大和田潔

右指定代理人

松永栄治

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一原告

被告が昭和五二年三月二八日に原告に対してした国民年金老齢年金の裁定取消処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二被告

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1原告は明治四二年六月四日生れの在日韓国人であるが、昭和四五年一月一日、国民年金法の一部を改正する法律(昭和四四年法八六号)附則(以下「昭和四四年付則」という。)一五条一項の規定により任意加入の特例による被保険者資格取得の申出をし(以下「本件申出」という。)これが受理されて(以下「本件受理」という。)、同条三項の規定により同日被保険者資格を取得し、以後五年間にわたり保険料合計四万六八〇〇円を納付し、昭和五〇年一月一日、同条六項五号の規定により被保険者資格を喪失し、同日、同附則一六条一項後段の規定により老齢年金の受給資格を取得した。

2原告は昭和五〇年一月二〇日、被告に対し老齢年金の裁定請求をしたところ、被告は、同年四月一七日、支給裁定をし(以下「本件裁定」という。)、原告は昭和五〇年二月から昭和五二年二月までの間合計三〇万九三三六円の年金の支給を受けた。

3ところが被告は、昭和五二年三月二八日原告に対し、原告は日本国民でないため国民年金の加入資格を有しないことが明らかになつたとして本件裁定を取り消す旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

原告は、昭和五二年六月二四日本件処分を不服として埼玉県社会保険審査官に対し審査請求をしたが同年八月一二日棄却されたので、同年九月八日社会保険審査会に再審査請求をしたところ、同審査会は同五四年一〇月三一日これを棄却する旨の裁決をした。

4しかし、本件処分は次のとおり違法であるからその取消しを求める。

(一)本件処分は国民年金法(昭和五六年法八六号による改正前のもの。以下「法」という。)七条一項、八条、九条二号、昭和四四年附則一五条一項等の解釈を誤つた違法がある。

(1) 法七条一項、八条、九条二号、昭和四四年附則一五条一項、六項は、国民年金の被保険者資格の取得及び保有要件として「日本国民」であることを掲げているが、実定法の解釈は、単なる字句の形式的解釈にとどまることなく、法の立法趣旨、目的、理念に適うよう、目的論的、実質的に解釈すべきであり、このことは、憲法の解釈において各条項が「何人も」としているか「国民は」としているかの文言によらず、各人権の性質により外国人に対する当該条項の適用ないし類推適用の有無を判定していることからも明らかである。しかるときは、前記各条項にいう「日本国民」は日本国籍を有する者に限ると解すべきではない。その理由は次のとおりである。

(2) まず第一に外国人、特に在日韓国・朝鮮人のように血縁的、地縁的に日本社会と深いつながりを有する外国人の国民年金への加入を認めることは、法一条に規定する国民年金制度の目的・理念に適いこそすれ、これに反するものではない。すなわち、生存権に代表された社会権とは、国籍を基準としてその享有主体が決定されるべきではなく、外国人に対しても等しく保障されるべき権利であり、世界人権宣言が「人はすべて社会の一員として社会保障を受ける権利を有し」(二二条)と規定するのもその表われである。

つまり、社会権とは、人が社会の一員として労働し、生活を営むこと、すなわち共同体の一員たることを基礎とし、国家がかかる共同体の維持存続について責めを負うが故に、国家によつてその保障がされなくてはならない権利であり、法一条にいう「国民の共同連帯」も、日本国籍を有する者という観念的な共同体によつてではなく、同一社会内に共に生きる者という現実的共同体によつて実現されなくてはならないのである。法が被保険者資格として日本国内居住を要件としているのも、かかる観点からであるし、いわゆる国籍要件を撤廃した難民の地位に関する条約等への加入に伴う出入国管理令その他関係法律の整備に関する法律(昭和五六年法八六号、以下「整備法」という。)による改正(以下整備法により改正されたのちの国民年金法を「新法」という。)によつて、法一条の文言は改められることなくそのまま存続するものとされたのもかかる理解の正当性を裏付けるものといえる。すなわち法一条にいう「国民」とは、外国人を含む地域住民の意味だと解するほかはないのであつて、右改正において法一条の文言が改められなかつたことは、右改正前においても、「日本国籍を有しない者」に対して、法による保障が原理的に排斥されていなかつたことを意味するのである。

(3) 法が国民皆年金の理想に基づき、厚生年金等各種職域年金を補完することを目的として制定されたことも、外国人を排除していないと解すべき根拠となる。なぜなら、各種職域年金制度が外国人を排除していないにも拘らず、国民年金制度は外国人を排除していると解することは、各種職域年金制度の補完という法の目的に反することになるからである。

(4) さらに、アメリカ国籍を有する外国人(以下「米国籍人」という。)の場合は、運用上任意加入被保険者として取り扱われているが、その根拠を日本国とアメリカ合衆国との間の友好通商航海条約(以下「日米友好条約」という。)に求めることができないことは明らかであつて、結局かかる取扱いを是認するためには、法の規定そのものが外国人の加入を排除していないと解するほかはないのである。けだし、仮に外国人の加入を法が禁止していると解するならば、米国籍人の加入資格等につき国内法上何らかの立法措置が必要であるからである。

(5) また、法律上「国民」なる文言が用いられていても、外国人が当該法律の適用から排除されていない例がある。すなわち、

① 憲法三〇条は、「国民は、……納税の義務を負ふ。」、国税徴収法一条は「国民の納税義務の適正な実現を通じて」と規定しているが、日本に居住する外国人は、日本国籍を有する者と同様に納税の義務を負わされている。このように、同一の「国民」という文言について、義務に関しては外国人を内包し、権利に関してはこれを排除するという使い分けは法の目的、精神からも許されない。

② 消費生活協同組合法一条は「国民」という語を用いているが、「身体障害者福祉法及び消費生活協同組合法と外国人及び第三国人との関係について」と題する通達(昭和二五年九月二五日、社乙発一五四号各都道府県知事あて厚生省社会局長通知)は法の趣旨を根拠にして外国人にも適用があることを認めている。

③ 公営住宅法一条、住宅・都市整備公団法一条は「国民生活の安定」、住宅金融公庫法一条、国民金融公庫法一条は「国民大衆」との文言を用いているが、昭和五五年以後これらの法律は長期居住外国人に対しても適用されている。仮にこれらの条項の「国民」との文言が限定的規定でなく、結果的に「国民生活の安定に寄与」するものであれば適用対象者を国民に限定していると解する必要がないという解釈が許されるならば、定着化が明らかな長期在留外国人を国民年金に加入させることは「国民生活の安定」(法一条)に寄与することとなるのであるから、法において外国人を適用対象者とすることは充分可能である。

④ 生活保護法一条は「生活に困窮するすべての国民に対し」と、同法二条は「すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り」と規定しているが、行政当局は昭和二九年五月八日社発三八二号各都道府県知事あて厚生省社会局長通知という通達により生活に困窮する外国人に対しては、一般国民の取扱いに準じて保護することとしている。法に基づかない行政、予算の支出は許されないし、下位規範たる通達により上位規範たる生活保護法を変更することはできないのであるから、右取扱いは生活保護法自体が外国人への適用を排除していないことを示すものである。結局外国人特に在日韓国・朝鮮人については、旧生活保護法におけるのと実質的地位に変化はなく、日本国民と同一の基準により同一の給付を受けているのである。

⑤ 国民健康保険法は、五条において被適用者を「市町村の区域内に住所を有する者」としたが、六条八号において、「……特別の理由があるもので厚生省令で定めるもの」を適用除外者とする旨の広範な委任規定を設け、これを受けた国民健康保険法施行規則一条二号は原則として「日本国籍を有しない者」は被保険者としないとし、「日本人に内国民待遇を与える国の国民」及び「条例で定める国の国籍を有する者」のみが例外的に被保険者となるとした。

しかし、昭和四一年日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定(以下「日韓地位協定」という。)の発効に伴い前記規則の一部改正が行われ、協定永住権者は国民健康保険法の適用を受けることとなり、さらに、右改正により、永住権者たる在日韓国人と非協定永住権者たる在日韓国・朝鮮人との間に隔差が生じたため、現在では大部分の市町村が在日韓国・朝鮮人の国民健康保険への加入を認めるようになつている。

以上②ないし⑤に明らかなように、「日本国籍保持者」あるいは「日本国民」たることを要件とする社会保障関係諸法においても、外国人に対する適用が完全に排除されている訳ではなく、在日韓国・朝鮮人を初めとする長期居住外国人に対してその適用が拡大されてきたのであり、右要件が定められていない厚生年金保険法その他の社会保険立法、児童福祉法その他の社会福祉サービス立法、伝染病予防法その他の公衆衛生立法などの社会保障関係諸法は勿論外国人に対しても適用されている現状に照らすと、「日本国民」たる文言に拘泥し、法が日本国籍を有しない者の加入を認めていないとの解釈は誤りというべきである。すなわち、社会保障制度を構成する諸施策は、互に有機的に補足し合つて社会保障制度全体を効果的なものとし、全体として憲法二五条の要請を満たすことが予定されているのであり、個々の施策は、それぞれの目的に照らして、その役割、機能の分担を異にしているものであるから、既設の制度から取り残された人々を包摂する目的で制定された法においても、右各種の社会保障関係法規におけるのと同様、在日韓国・朝鮮人のような外国人は日本国民に準じて取り扱わねばならないのである。

また、法が外国人を完全に排除していると解することは、生活保護法が外国人に対しても一般国民に準じて適用されている現状に照らすとき、現行社会保障体系の整合性を著しく乱すものである。すなわち、同法四条は、生活困窮者に対しては、直ちに生活保護を適用することなく民法上の親族扶助や健康保険法その他の社会保障関係諸法をまず適用することを原則としているのであり、この社会保障関係諸法に法が含まれることはいうまでもなく、特に拠出制老齢年金は、老後の生活不安に対し、加入者各人の拠出金を基にした相互扶助によつて備えようとするもので、生活保護法にいう自立助長の原則にも適うのである。

とすれば、生活保護法を適用する前に法を適用することこそが、生活保護法の趣旨、目的にも合致し、社会保障体系の整合性も保たれるものというべきである。

(二)本件処分は、憲法一四条、二五条に違反する。

(1) 内外人平等の原則に関しては、最高裁昭和三九年一一月一八日大法廷判決(刑集一八巻九号五七九頁)が、憲法一四条の趣旨は、特段の事情が認められない限り、外国人に対しても類推されるべきであると判示しているが、その他難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)、雇傭及び職業における差別に関する条約、教育における差別を禁止する条約、あらゆる形態の人種差別撤廃に関する条約が成立し、さらに、国際連合は、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約」という。)を採択し、明文をもつて内外人平等の原則を規定するに至つた。こうして、国家間の交流の著しい進展に伴い国際社会における内外人平等の原則は揺ぎないものとなつた。

国際人権規約については、我が国も昭和五三年五月三〇日に批准し、昭和五四年九月二一日に法的効力を持つようになつたのであるが、国際人権規約(A規約)九条は「この規約の締約国は、社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める」と定めている。

憲法一四条が保障する法の下の平等は、右のような国際連合の各規約及び各国国内法で確立された内外人平等主義と同一の流れの中に位置づけられなければならない。すなわち、憲法下においては、日本国民と外国人は原則的に平等であり、例外的に合理性がある場合にのみ、内外人差別が許されるものと解すべきである。しかしながら、外国人を国民年金制度から排除する合理性は何ら存しないのであり、このことは、難民条約の批准に伴い、整備法により法の国籍要件が撤廃されたことからも明らかである。

(2) 憲法二五条はその一項において「すべて国民は」と規定しているが、同条項は、そこに定める権利を外国人に対して否定する趣旨と解すべきではなく、特に、日本社会に居住し、国民と同一の法的・社会的負担をしている居住外国人とりわけ、在日韓国・朝鮮人に適用されなければならない。

すなわち、今日日本国内に在住する韓国・朝鮮人は六六万四〇〇〇人に達し、在留外国人総数の85.6パーセントを占めているが、これら在日韓国・朝鮮人は、戦前の日本国政府による撤底した同化政策の影響を強く受け、また戦後引き続き日本に居住しているため、社会的、経済的、地縁的、血縁的に日本社会と強固なつながりを持つ。ところが、これら在日韓国・朝鮮人は、昭和二七年四月一九日法務省民事局長通達(民事甲第四三八号)により同月二八日をもつてそれまで有していた日本国籍を自らの選択によらず喪失せしめられたのであり、しかも、納税等の国民としての義務は以後も日本国籍を有する者と同様に負担させられているのである。

このような在日韓国・朝鮮人の処遇に関する歴史的、社会的、法律的側面に鑑みると、在日韓国・朝鮮人が日本国籍を喪失したとされ、この意味で外国人となつたからといつても、一律に広範な権利制限を加えることは不当であつて、社会保障法理として、国籍の有無という形式的側面よりも、共同体の一員として生活している社会的事実に着目して適用対象を捉え、在日韓国・朝鮮人の実態を直視し、その定着化傾向に鑑み、社会保障の諸給付については、日本国民と同等の待遇を保障すべき責務が存するといわなければならない。

(3) 以上のとおり、法を外国人に適用することができないとの解釈及び運用に基づく本件処分は憲法一四条、二五条に違反するものというべきである。

(三) 仮に一般的には法にいう「日本国民」が日本国籍を有する者を指すと解されるとしても、本件処分はなお法七五条ないし昭和四四年附則一五条の解釈を誤つた違法がある。

(1) 任意加入被保険者の場合は、強制加入被保険者と異なり、都道府県知事に対する申出をし、その申出が受理されることによつて被保険者資格を取得するから(法七五条五項一号)、原告は、本件申出の受理によつて適法かつ有効に被保険者資格を取得したといわなくてはならない。

(2) すなわち、法が一般に外国人の加入を排除していないと解すべきことは明らかにしたとおりであるが、任意加入被保険者の取扱いに関しては特にこのことが妥当するのである。けだし、行政当局は法が外国人の加入を排除していると解すべき実質的理由として、わが国民年金制度は、諸外国にも例のない二五年間という長期にわたる保険料の拠出義務を課すものであり、外国人に対し法を単純に適用することは保険料の「掛け捨て」になる恐れがあり、権利保全の点で問題があるとしばしば説明してきたが、被保険者資格の取得・喪失を個人の意思に委ねる任意加入の場合には、かかる「権利保全」への配慮の必要性は、国籍要件を絶対的と解さねばならない程重要なものではないと考えられるからである。

ちなみに、米国籍人について日米友好条約三条二項は、「……強制的な社会保障制度を定める法令の適用について、内国民待遇を与えられる。」と定めているのであるから、法上は強制加入被保険者として取り扱われ、刑罰をも伴う法律上の加入義務、保険料の拠出義務を負うと解するほかないのに、運用上は、昭和三五年九月二一日年国発四八群馬県衛生民生部長あて回答に従い、本人からの届出があれば被保険者として取り扱うこととし、任意加入被保険者と同様に取り扱い、被保険者資格の取得・喪失を個人の意思に委ねているのである。

要するに、任意加入被保険者の適用範囲は、運用上法文の定めよりも拡大されているから、本件受理によつて、原告は適法かつ有効に任意加入被保険者として被保険者資格を取得したというべきである。従つて、本件処分は違法である。

(四)本件処分は、本件受理により示された行政府の判断を覆した点に違法がある。

すなわち、法七五条及び昭和四四年附則一五条にいわゆる任意加入の申出の受理とは「受理」行為一般がそうであるように、申出をそのまま受け付けるものではなく、申出に係る事実を審査し、これを適法かつ有効なものとして確認して受領することを意味している。すなわち、本件申出の受理は、原告の申出を法律上適法かつ有効なものとしてこれを受領する行政府の意思行為であり、一個の行政行為(準法律行為的行政行為)にほかならないのである。

そして、行政庁が私人の申出を受理したのちは、仮に当該申出の内容に瑕疵を発見したとしても、受理に伴う自らの判断の表示を否認することはできないと解さなくてはならない。何となれば、行政庁が申出を受理した以上、申出人は行政府において当該申出を適法かつ有効なものと判断したものと信頼し、その信頼に基づき権利を行使し、又は義務を履行し、さらに行政庁の処分を期待するからである。受理行為の右の如き法的効果は、信義則ないし禁反言の法理の当然の帰結として導かれる。

本件についてこれをみれば、本件受理に伴う判断の表示すなわち原告の被保険者資格の取得という法律関係が成立したという外観を被告がのちに覆すことは許されないのである。

しかるに、被告は右外観を覆して本件処分をしたものであるから本件処分は違法である。

(五) 仮に原告が国民年金の被保険者資格を有せず、本件裁定が違法であつたとしても、本件処分には、いわゆる瑕疵ある行政行為の取消権の制限に反して取消しをした違法がある。

(1) 本件裁定はいわゆる授益的行政処分であるところ、仮に本件裁定に瑕疵があつたとしても、いわゆる瑕疵ある行政行為の取消権の制限の法理により、本件裁定を取り消すことは許されない。

① すなわち、一般的に、瑕疵ある授益的行政行為の取消しは、条理上無制限には認められず、常に行政行為の法律適合性の原理と相手方の信頼保護の原則との調和が考慮されなくてはならず、相手方の既得の権利又は利益を侵害してもやむを得ないだけの強い公益上の必要がなければ、取消しは許されないのである。そして、相手方の信頼が保護に値するか否かは個別具体的な事情に即して決すべきであるが、受益者が詐欺・強迫・贈賄など不正行為によつて行政行為をさせたとき、不当又は不完全な申立てに基づいて行政行為がされたとき、行政行為が違法であることを受益者が知つていたとき、又は知らなかつたことに重大な過失があるときなどは、保護に値しないものと推定されるとされている。

② 以上のような法律適合性の原理と信頼保護の法理との調和の観点から本件をみると、次のとおり、本件裁定を取り消しえないものというべきである。

本件裁定の違法性は原告の国籍要件の欠缺にのみ存したところ、整備法により被保険者資格につき国籍要件が撤廃されたので、行政の法律適合性の要請は殆ど無視し得るまで低減した。

原告は本件受理及び本件裁定の際、偽りその他不正な手段を用いて申出又は請求をしていない。

任意加入被保険者の資格の取得の申出書が受理された場合には、国民年金市町村事務取扱準則一〇条により同準則八条の規定の例により処理するものとされているが、同条は、被保険者資格の取得に関する事実関係の審査は、特別区を含む市町村の側において、住民票により、もしくはこれにより確認ができないときは戸籍簿その他適宜の方法により確認することとしている。

そして、原告の居住している埼玉県八潮市(当時は、八潮町)においては、昭和四四年附則一五条、一六条の規定によるいわゆる高齢者任意加入の特例及び五年年金の制度の発足に当たり、その区域内に居住する任意加入をすることができる者の名簿を米穀台帳に基づいて作成し、自治会の協力を得て加入勧奨を行つた。原告は、当時の伊草地区の区長(現在の町内会長)堀込秋蔵の妻訴外堀込スズより加入勧奨を受けたのであるが、同女は原告が韓国人であることを知りながら韓国籍であつても国民年金に加入できるとして勧奨をしていた。また、裁定請求に際し請求者は被保険者資格等を証する書面の添付を要しないとされているため、原告は、本件裁定の請求に際し何ら詐欺あるいは偽りその他不正の手段を用いていない。

原告は大正一三年四月来日してから引き続き日本に居住し、昭和七年内地籍訴外豊田初太郎の長女豊田タケと事実上婚姻し、初太郎の事実上の婿養子となつてから「豊田金次」を名乗つて来たものであり、五人の子及び七人の孫はいずれも日本国籍を有し、日本に居住している。原告は、明治四三年八月二九日の日韓併合条約の発効以後昭和二七年四月二八日の日本国との平和条約の発効までの間、及び昭和五三年三月一五日の帰化許可以後、日本国籍を有しており、このように日本と地縁的、血縁的に深いつながりを有する原告に対して本件処分をする公益上の必要性は全くない。

原告は現実に法によつて定められた期間、定められた保険料を支払つてきたのであつて、原告が年金を受領することにより第三者の権利、利益、公共の利益を害することはない。

一方、本件処分当時原告及びその妻の生活費は子供からの援助と本件の年金の受給による以外になく、その生活を維持するために年金はなくてはならないものであるから、本件処分によつて原告は全く予期しえない多大の損失を被つた。

③ 仮に本件裁定を取り消し得るとしても、その効力を既往に遡らせることはできないので、被告は原告の受給権を認めるしかなく、従つて、本件処分は違法である。

すなわち、福祉年金に関する「違法又は不当な裁定、支給停止その他年金給付に関する処分の取消について」と題する通達(昭和三五年三月二一日年発第八〇号都道府県知事あて厚生省年金局長通達)五項は、「違法又は不当な処分の取消をしたときは、原則として既往にさかのぼつて、その処分がなされなかつたと同様の状態になるものであること。ただし、当該取消処分が相手方に著しく不利益になる場合は、当該取消の原因が相手方の責に帰すべきとき(偽りその他不正の手段によるとき、又は規則に定める届出をしなかつたとき等)のほかは、取消処分の効力を既往にさかのぼらせることはできないこと。」としているが、この通達の趣旨は、これを福祉年金に限定して適用すべき合理的理由は全くないのであるから、本件においてもこれを適用すべきであり、本件においては先に主張したところから明らかなように「当該取消の原因が相手方の責に帰すべきとき」ではないので、本件裁定の取消しの効力を既往に遡らせることはできないものというべきである。

本件では、原告は老齢年金の支給を受けるのに必要な一定期間の保険料の納付を完了してしまつているのであるから、本件裁定を既往に遡つて取り消すことは許されないということは、右保険料納付による受給権取得という法的効果をもはや否定し得ないということを意味するのである。それはあたかも被保険者が受給権を適法に取得したのちに日本国籍を離脱した場合と同様に考えられなくてはならない。

従つて、本件裁定は原告の信頼保護の観点から取り消すことが許されず、仮に許されるとしてもその効力を既往に遡らせることができないから、結局被告は原告の受給権を認めるしかなく、本件処分は違法で取消しを免れないといわなくてはならないのである。

(2) 本件裁定が仮に違法であるとしても、被告が原告の被保険者資格を否定し、ひいては原告の受給権をも否認する権限は、既に失権している。

① 民法一条が規定する信義誠実の原則(信義則)等の法の一般原理が公法関係にも妥当することは疑いがないところであり、この信義則の一適用として失権(失効)の理論が行政法の分野でも当然認められるべきである。すなわち、取消権者が、相当長期間にわたつて取消権を行使せず、その結果、相手方にもはや取り消されないであろうという信頼を生ぜしめた場合には、もはや取消権は行使し得ないのである。これは、相手方からする不服申立てや取消訴訟に期間制限が存することからも、法的安定性のため、当然認められるべき事理である。

② そして、本件において前記(1)②ないしの各事実及び次の事実を勘案すると、本件において被告が原告の被保険者資格を否定し、原告の受給権を否認する権限は失権したものというべきである。

先に主張した国民年金制度の事務手続上埼玉県知事あるいは被告において、被告が問題にする原告の日本国籍の有無については極めて容易に知り得る立場にあつたのに、この点の確認を怠つたもので、これは法の趣旨に反し咎められるべきである。

被告は、原告を被保険者として取り扱い、昭和四五年一月から昭和四九年一二月までの五年間にわたり原告から保険料を徴収したばかりでなく、昭和五〇年四月には、原告に対して本件裁定を行ない、同年二月から昭和五一年二月までの二年間にわたり老齢年金の支給を行つてきて、昭和五二年一月三〇日までは原告の国籍の点を一切問題にしなかつた。すなわち、一定の法律関係が七年間もの長期間そのまま存続していた。

二  請求原因に対する認否

1請求原因1の事実のうち、原告が国民年金の被保険者資格を取得・喪失し、これにより老齢年金の受給資格を取得したとの主張は争い、その余の事実は認める。

2同2、3の各事実は認める。

3(一)(1) 同4(一)(1)、(2)は争う。

(2) 同4(一)(8)のうち法が国民皆年金の理想に基づき被用者年金各法に加入できない者を保護する目的で制定されたことは認めるがその余は争う。

(3) 同4(一)(4)は争う。

(4) 同4(一)(5)のうち、消費生活協同組合法、公営住宅法、住宅・都市整備公団法、住宅金融公庫法、国民金融公庫法が一定の外国人に対して適用されていること、原告主張の通達により生活に困窮する外国人に対して保護の措置をとつていること、国民健康保険法が協定永住権者に適用されていること、国籍要件の規定されていない社会保障関係諸法が外国人に対して適用されていることは認める。

(二) 同4(二)のうち本件処分ないし法が憲法一四条、二五条に違反するとの主張は争う。

(三)同4(三)は争う。

(四) 同4(四)は争う。ただし受理が行政行為の一種であることは認める。

(五)(1)① 同(五)冒頭、(五)(1)冒頭及び(五)(1)②は争う。

② 同(五)(1)②の事実のうち、韓国籍であつても国民年金に加入できるとして勧奨したことは知らない。

③ 同(五)(1)②の事実のうち、原告が大正一三年四月来日してから引き続き日本に居住しているとの点は不知、日本社会と地縁的、血縁的つながりの深い原告に対し本件処分をする公益上の必要がないとの主張は争い、その余の事実は認める。

④ 同(五)(1)②の事実のうち、原告が法に定められた期間、定められた保険料相当額を納付した事実は認め、本件処分当時の原告の生活状況は不知、その余は争う。

⑤ 同(五)(1)③のうち原告主張の通達の存在は認めるがその趣旨は争う。

右通達は、高齢者であつて稼働能力を失つている人に対する無拠出の福祉年金に関するものであり、これは福祉年金の受給対象者等の性質を考慮して採られた政策的なものである。また、そこにいう「取消処分の効力を既往にさかのぼらせない」とは、取消しをする以前に支給した年金については、過去に遡及して返還を求めないというにとどまるものである。原告の主張は、何らの根拠なく取消しの効果を全く否定するもので到底とり得ないものである。

(2) 同(五)(2)のうち、被告が原告を被保険者として取り扱い、原告主張のとおり保険料相当額を徴収し、本件裁定をし、老齢年金を支給し、その間原告の国籍を問題にしなかつたことは認め、その余は争う。

三  被告の主張

1  本件処分について

(一) 法による国民年金制度は、憲法二五条二項に規定する理念に基づき、老齢、廃疾又は死亡によつて国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて防止し、もつて健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とするものであり(法一条)、法による給付は、国民(被保険者)の老齢、廃疾、死亡といつた事故に際して、被保険者の所得を保障するために必要な年金を支給することを主としているが、法は、保険料の拠出を前提とする拠出制年金を基幹とし、経過的、補完的に無拠出制の福祉年金を併用している。そして、本件で問題となっている老齢年金は拠出制年金の一種である。

(二) 国民年金は、政府が管掌(経営)すること(保険者)になつており(法三条)、日本国内に住所を有する二〇歳以上六〇歳未満の日本国民はすべて国民年金の被保険者となる(法七条一項)が、①被用者年金各法によつて保障を受ける者等(法五条、七条二項)、②制度発足当時すでに五〇歳をこえていた者(法七四条)は被保険者から除かれている。

ただし、これらのうち、一部の者、例えば制度発足時高年齢である者、すなわち、①昭和三六年四月一日において、五〇歳以上五五歳未満の者(明治三九年四月二日から明治四四年四月一日までの間に生れた者)は、昭和三六年三月三一日までに都道府県知事に加入の申出をすれば被保険者となり(法七五条)、さらに、②昭和四四年附則により右に該当する高年齢者で、昭和三六年四月一日において被保険者にならなかった者は、昭和四五年六月三〇日までに都道府県知事に加入の申出をすれば、特例的に被保険者となり(同附則一五条)、③昭和四八年の国民年金法の一部を改正する法律(昭和四八年法九二号)附則(以下「昭和四八年附則」という。)により、①及び②によつて国民年金に任意加入しなかった者については、昭和四九年三月三一日までに都道府県知事に加入の申出をすれば、再度、特例的に被保険者となることができたものである(同附則一九条)。

(三) 国民年金の被保険者資格には、年齢要件、国籍要件及び国内居住要件が定められており、法律で定める一定の事実が発生すると当然に被保険者の資格を取得し、又は喪失するものとされている。

これを国籍要件についてみるに、法七条一項は、「日本国内に住所を有する二十歳以上六十歳未満の日本国民は、国民年金の被保険者とする。」、法八条は、「前条の規定による被保険者は、……日本国民となつた日……に、被保険者の資格を取得する。」、法九条二号は、「日本国民でなくなつたとき」の翌日に被保険者資格を喪失するものとすると、それぞれ規定し、日本国民であることを被保険者資格取得の要件としており、さらに、制度発足当時高年齢である者の前記任意加入に当たつても、その者が日本国民であることが被保険者資格の要件とされている(法七五条一項、五項、昭和四四年附則一五条一項一号、六項、昭和四八年附則一九条一項一号、六項)。

(四) 原告の昭和四四年附則一五条一項の規定による任意加入の特例(いわゆる五年年金)による被保険者資格取得の申出は、同項一号に違反するのにも拘わらず誤つて受理され、その後原告は同条の規定による被保険者として誤つて取り扱われ、被告は原告の裁定請求に基づき本件裁定を行つたが、昭和五二年一月原告が日本国籍を有しない者であることが発見された。被告は、同年三月二八日付で、原告が昭和四四年附則による五年年金の支給要件となる被保険者であつたとされた期間中被保険者資格を取得するための要件である日本国籍を有する者でなかつたため、法の誤適用であるとして、本件処分をしたものである。

2  法七条一項、八条、九条二号、七五条、昭和四四年附則一五条一項一号、六項について

(一) 前記のとおり右各規定は、被保険者を明文で日本国民に限つており、右「日本国民」は「日本国籍を有する者」を意味することは明らかであるから、これが「地域住民」を指し、あるいは外国人を含むとの解釈は失当である。

昭和五六年六月一二日、整備法が公布され、法の被保険者資格の国籍要件が撤廃されることとなつた(整備法二条、同附則一項)が、これは、法に規定する国籍要件が社会保障に関し難民に対して自国民と同待遇を与えることを要求する難民条約加入の障害となるため、これを撤廃しようとしたのである。すなわち、右各条項にいう「日本国民」は「日本国籍を有する者」であるからこそ、立法による改正が必要だつたのである。

(二) 米国籍人の国民年金制度への加入は、法自体の解釈・運用によるものではなく、日米友好条約三条に基づくものであり、従つて、強制加入被保険者となるのである。ただ、運用上、在日米国籍人に対しては、サービス的な加入勧奨はしていないが、本人からの届出があれば、強制加入被保険者として取り扱つているものであり、運用上も任意加入保険者として取り扱われているものではない(例えば昭和四八年附則一八条は任意加入被保険者に対しては適用されないが、米国籍人には適用されているのである。)。従つて、米国籍人の加入が任意加入であるとの前提に立つ原告の主張は正当ではなく、また米国籍人は条約による根拠があるため加入が認められるのであり、かかる根拠を持たないその他の外国人と同一に論ずることはできないものである。

なお、条約は公布によつて国内法の効力を持ち、かつ、憲法九八条二項により、法律より優位にあるので、特に国内法上の立法措置をまつまでもなく、直接前記条約の規定に基づき、国民年金の被保険者資格が認められるのである。

(三)① 消費生活協同組合には組合員たる資格要件として日本国民に限定する旨の規定はない。そうすると外国人には組合員たるの資格を認めることが「国民生活の安定と生活文化の向上」(同法一条)に役立つのであれば、それは、本法の目的に反するものではない。それは、「国民」を「日本国民」と解した上で、外国人にも組合員たるの資格を認めるのであつて、「国民」の解釈が拡大されたり、「国民」の中に外国人を含むと解釈しているのではない。

② 公営住宅法一条、住宅・都市整備公団法一条は、いずれも「……国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とする」と規定しているのみであつて、結果的に「国民生活の安定」に寄与するものであればよいのであるから、適用対象者を国民に限定するものと解釈する必要はない。また、入居資格要件や賃貸人資格要件には、「国民」又は「日本国民」であることを明示して限定した規定はないので、運用上、一定の外国人を日本国民に準じて取り扱つている。従つて、被保険者資格要件として「日本国民」であることを定め、「日本国民でなくなつたとき」は被保険者資格を喪失する旨明記する法とは事情を異にする。

③ 住宅金融公庫法及び国民金融公庫法には、いずれも「国民大衆」なる文言があるが、この「国民大衆」については、必ずしも「国民」という点に決定的な意味を認める必要はなく、「大衆」という点に意味を認めれば、外国人を排除しているとまで解することは疑問であり、その貸付対象者要件に「国民」又は「日本国民」に限定する旨の規定がないことから考えると、右各法律はもともと、外国人を排除する趣旨ではなかつたものと解することができる。

④ 昭和二一年に制定された旧生活保護法は内外人平等原則をとり、日本に居住する外国人にも適用されていたが、憲法二五条の理念に基づき、国民が権利として保護を要求し得るものとして制定された現行生活保護法は外国人には適用されず、外国人には、生活保護を受ける法律上の権利が認められていない。ただ、生活に困窮する外国人については、原告主張の通達により、生活保護の措置が採られているが、これは、人道的見地から厚生省設置法一二条により採られている行政措置である。

(5) 国民健康保険法六条八号は、原告主張のように、日韓地位協定により改正された同法施行規則一条二号によつて、協定永住者及び条例で定める国の国籍を有する者を被保険者としているために右該当者が同法の適用を受けるのであり、明確に国籍要件を規定し、このような協定や除外規定がない法とは事情を異にする。

日本国民たることを要件としない社会保障関係諸法が外国人に対し適用があるのは勿論であるが、憲法二五条の理念をどのような要件の下に、その施策を実施するか、特に社会保障立法の適用範囲をどこまでとするかは、立法政策の問題であるので、これらは、立法府がその裁量によつて、外国人をも含めた法律の適用を規定したものに過ぎない。法律適用のための資格要件として、「国民」又は「日本国民であること」を規定している法律が外国人に適用されている例は全くないし、また、「国民」の中に外国人をも含めて解釈されている例もない。結局外国人にも法を適用すべきことを求める原告の要求は、いわゆる立法論に属するものであり、法の下ではこれを容れることはできない。

3  本件処分の合憲性について

(一) 憲法二五条の保障する社会権については、日本の憲法としては、何よりもまずこれを日本国民に対して保障することが、その本質上要請されているのである。社会権は、各人の所属する国によつて保障されるべき権利を意味し、当然に外国によつても保障されるべき権利を意味するものではないのであつて、外国人が右権利を享有することを否定するものではないが、それらを保障する責任は彼の所属する国家に属するのであり、日本国にはない。また憲法二五条一項により健康で文化的な最低限度の生活を保障されたうえで、憲法二五条二項に基づき講ぜられる国民年金制度については広範な立法裁量が許される。従つて憲法二五条に規定する理念を具体化するに当たり、当初から、一定の要件に該当する国民に限つて一定の権利ないし利益を与える旨の法律を定めることは、それが明らかに合理性を欠き、立法府が裁量権の行使を著しく誤つたものでない限り、許されることであり、また、外国人に対し、そのような権利ないし利益を与えないものとする立法を行つても、それは、立法府の裁量の範囲にとどまるものと認められるのであつて、その法律の定める要件に該当しない者は、右法律に基づく権利ないし利益を自己に与えるべき旨を請求できないことはいうまでもない。

また原告も援用する最高裁昭和三九年一一月一八日大法廷判決は、「憲法一四条の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推さるべきものと解するのが相当である。」旨判示するが、社会権については、もつぱら権利者の属する国家によつて保障されるべき性質の権利であり、当然に外国によつても保障されるべき権利を意味するものではないために、これを外国人に対して保障しなくても、その性質上憲法一四条違反とはならないものと解される。

(二) 次に、国際人権規約(A規約)九条の「すべての者」には外国人も含まれるが、「認める」とは、「国の国家社会的政策により保護されるに値するものであるとの評価を確認するという意味」であり、締結国は、積極的に社会保障政策を推進すべき責任があるとするものであつて、それによつて、直ちに「すべての者」に具体的権利が付与されるものではない。そして締結国の右責務は、「漸進的に達成」(A規約二条一項)することが許容されているのであるから、規約締結の時点において、我が国の法令上、外国人のかかる権利が認められていないとしても規約に違反することにはならない。そして外国人についての権利の実現の漸進的達成は右規約に基づく義務であり、右規約締結の前後によつて、憲法解釈が変わるものではないのであるから、右規約を根拠に本件処分が違憲であるということはできない。

なお、本件処分は右規約の批准以前にされたものである。

4  取消権の制限の法理ないし失権の法理について

(一) 前記のとおり、原告は、国民年金の被保険者とされていた間日本国籍を有しない者であつたところ、法及び昭和四四年附則は、日本国民であることを被保険者資格取得の要件としており、明文をもつて、日本国籍を有しない者はその被保険者とならない旨規定し、これを国民年金制度から除外するという公序を形成していたものである。従つて、国民年金の被保険者となることができない外国人の申出が受理されたとしても、それ自体で資格取得の効果を生ずるものではなく、右受理には、重大かつ明白な瑕疵があり当然無効の行政行為であるので、その効力を生じ得ないのである。

また、昭和四四年附則一五条六項においては、同条一項の規定による被保険者は、法九条一号から三号までのいずれかに該当した場合には被保険者の資格を喪失すると規定していることからすると、被保険者である間継続して法定された加入の申出をすることができる資格を保持していなければならないものと解される。そして、法による老齢年金の受給権は、受給権取得の要件として法定された事実の存在(発生)により当然直接に発生するものであつて、法一六条に規定する裁定は、年金を支給する前提として、すでに発生している受給権を行政庁が確認するものに過ぎず、これにより受給権が生ずるものではない。昭和四四年附則一六条一項は、同項による老齢年金の受給権について、「前条第一項の規定により被保険者となつた者」すなわち同附則一五条の規定により任意加入の申出をすることができる者で現に加入の申出をした者が、他に欠格原因なくして引き続き五年間定められた保険料を納付したことを受給要件として規定しているのであるが、原告は、外国人であつたので、右要件事実を具備しておらず、そもそも当初から受給権はなく、何らの権利をも有していなかつたのである。従つて、本件裁定は、法の誤適用を看過して受給権のない者に対してなされた点において重大な瑕疵があり、かつ、日本国籍の有無はあえて専門の国家機関の判断をまつまでもなく、通常人が容易に判断できる点においてその瑕疵は明白であるから、当初から何らの法律効果も発生し得ない無効な行政行為であつたのである。そこで被告は外観上原告に受給権があるような状況を呈したために無効確認の意味で本件処分をしたものでもとより適法である。

ところで行政庁による職権取消しについて、信義則又は禁反言による制限があるとみる説があることは、原告主張のとおりであるが、本件は、取消権の制限を受ける場合には当たらない。すなわち、右行政行為の取消しを制限する場合において説かれているのは、厳密な意味における取消し及び撤回の場合であつて無効の宣言の意味における取消しの場合は除外されているのである。本件裁定は、無効な行政行為であるから、その成立当初から何らの法律効果も発生しておらず、その無効を確認する意味における「取消し」は、何らの制限をも受けることなく許されるものである。

(二) 仮に本件裁定が取り消し得る行政行為であるとして、右取消権の制限の法理が問題となり得るとしても、本件について右法理により「取消し」を制限するのは相当ではない。すなわち右取消権の制限の法理や信義則等の法理は、実質的に相対立する利益相互の調整を目的として、本来法規上許されるべき権利の行使を抑制するものであるから、その適用は厳格、慎重になされなければならないし、特に、金銭の給付に関する給付行政の分野では、過誤、過剰給付禁止の原則等が優先して守られるべきであるから信義則等を容易に適用することには疑問がある。

本件についても、「取消権の制限」の法理により「取消し」を制限するのは相当ではないというべきである。その理由は、①原告はもともと法律上の権利がなかつたのであり、誤つた裁定によつて受給権を取得するものではなく、右裁定は単に確認的行政行為であるから、その「取消し」によつて権利関係の変動はないので、これが取り消されても既得権が侵害されることはなく、単に法律上保持することの許されない事実上の利益が奪われる結果となるに過ぎない。仮に、原告の受給の期待をもつて利益と解するとしても、これは法律に根拠のある正当な利益とはいえない上、法律を曲げてまで保護するに値するほどの信頼利益とは到底いい得ない。②「取消し」を制限すれば、法律の明文に反して原告のみを不当に益することとなり、違法な支出を国に義務づける結果となることになるからである。

(三) 「取消権の失権」については、構成要件自体未だ明らかではないが、本件においては、本件裁定は無効であるから、取消権の失権が適用される余地はない。また、本件裁定とその取消しまでの期間は僅か二年足らずであり、失権又は取消権の制限が問題とされる程度の相当の期間の経過が抑もない事実であるので、失権の主張自体失当である。のみならず、学説によると、単に一定期間内の権利者の不作為のみでは十分でなく「失権した」というためには、その上に、権利者に帰責要件があり、相手方がこれを信頼し、「かかる信頼の下に、その権利が当初に行使されていれば不利益を蒙ることはなかつたのであるが、後日になつての権利主張のため、相手方が予期しえない損害を蒙るような準備や措置をしてしまつているという予期不可能性の存在」が必要とされているところ、仮に本件において、失権が問題となるとしても、本件で原告の損害とみられるものは、保険料合計四万六八〇〇円の納付のみであつて、裁定後の不利益は全くない。受給の期待をもつて利益と考えたとしても、当初において裁定の取消しをした場合と後日になつて取消しをした場合との原告の不利益は同じであり、当初に取消しがなされていれば、不利益を被ることはなかつたという事実関係にはなく、本件はこの点でも失権が適用されるための要件を欠くものである。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1被告の主張2(三)④について

厚生省設置法は、その一条、五条から明らかなように内部組織法規に過ぎず、社会保障立法の実質的内容を定めた法律ではなく、生活保護法その他法規の定める権利内容の限界を越えて厚生省が独自に生活保護法その他の法規の行政運用をし得ることを定めたものではないから、外国人に対する生活保護の根拠法規とすることができないのは明らかである。

2同4について

(一) 本件受理及び本件裁定の瑕疵が明白であつたとの点は争う。これが外形上一見して明白ではなかつたため、原告は日本国民と同様に被保険者として取り扱われたのである。

(二) 4(二)において被告の主張する理由①は理論的に誤りであり、また②については、行政庁が違法な行政行為をなすことを義務づけられる場合のあることを承認するのが瑕疵ある行政行為の取消権制限の法理であることを考えればその誤謬は明白である。

(三) 4(三)につき、本件においては権利者(被告)に帰責理由があるのは先に主張したとおりであり、また「予期不可能性の要件」は、行政庁の失権の主張を否定するものとして機能するものであるから、被告の主張は理由がない。

また、被告は「当初に取消しがなされていれば、不利益を被ることはなかつたという事実関係にはない。」と主張するが、被告が当初において原告の被保険者資格を取り消した場合との比較を忘れたものであり、原告は本件処分によりその信頼を大きく裏切られ多大の損害を被つたのである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実のうち、原告が国民年金の被保険者資格を取得・喪失し、これにより老齢年金の受給資格を取得したとの点を除くその余の事実及び請求原因2、3の各事実は当事者間に争いがない。

二1原告は本件処分は法七条一項、八条、九条二号、昭和四四年附則一五条一項等の解釈を誤つた違法があると主張するので、まず法の定める被保険者資格につき検討する。

法七条一項は、「日本国内に住所を有する二十歳以上六十歳未満の日本国民は、国民年金の被保険者とする。」と定め(但し、同条二項でいわゆる被用者年金各法(法五条一項参照)の被保険者又は組合員に該当する者等は適用を除外されている。)、さらに法八条は、「前条の規定による被保険者は、……日本国民となつた日……に、被保険者の資格を取得する。」と、法九条は、「第七条の規定による被保険者は、次の各号のいずれかに該当するに至つた日の翌日(……)に、被保険者の資格を喪失する。」とし、その二号に、「日本国民でなくなつたとき。」と定めている。また、任意加入については、法七四条は「明治四十四年四月一日以前に生まれた者(……)は、第七条第一項の規定にかかわらず、被保険者としない。」とし、但し、法七五条一項で「明治三十九年四月二日から明治四十四年四月一日までの間に生まれた者(……)であつて、第七条第二項各号のいずれにも該当しないものは、前条の規定にかかわらず、都道府県知事に申し出て、被保険者となることができる。ただし、第七条一項に該当する者に限る。」とし、同条五項は、「第一項の規定による被保険者は、第九条各号(……)……のいずれかに該当するに至つた日の翌日(……)に被保険者の資格を喪失する。」と定め、さらに昭和四四年附則一五条一項は、「明治三十九年四月二日から明治四十四年四月一日までの間に生まれた者(……)であつて、昭和三十六年四月一日において被保険者とならなかつたもののうち、第七条二項第一号から第三号までのいずれにも該当しない者は、同項及び第七十四条の規定にかかわらず、都道府県知事に申し出て、被保険者となることができる。ただし、その者が、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。一日本国民でないとき。(以下略)」とし、同条六項は、「第一項の規定による被保険者は、第九条各号(……)……のいずれかに該当するに至つた日の翌日(……)に被保険者の資格を喪失する。」と定めている。

以上の各条項によれば、法は強制加入・任意加入の別なく、「日本国民」であることを被保険者資格の取得及び保有の要件として定めていることは明らかであり、右「日本国民」が日本国籍を有する者を意味し、日本国籍を有しない者を除外する趣旨であることはその文言から明白であるといわなければならない。そして、この点は、我が国が、その二四条1(b)において難民に対し社会保障に関して内国民待遇の義務あることを定めた難民条約に加入するに当たり、整備法により前記各国籍条項を消除し、日本国民であることを被保険者資格の取得及び保有の要件とはしないこととした改正の経緯(右立法の経緯は<証拠>により認められる。)に照らしても首肯しうるところである。

2しかるに原告は、右「日本国民」は外国人、少なくとも原告がその一員である在日韓国人も含むと解すべきであるとしてるる主張するけれども、以下に説示するとおり、いずれも、独自の見解であつて到底採用し得ないものである。

(一)  まず原告は、法一条にいう「国民の共同連帯」も、日本国籍を有する者という「観念的な共同体」によつてではなく、同一社会内に生きる者という「現実的共同体」によつて実現されなくてはならないから、現に同一社会内に生きる外国人の国民年金への加入を認めることこそ制度の目的・理念に適うものであり、整備法が法一条について何ら文言を改めなかつたことも右解釈の正当性を裏付けるものであると主張する。

なるほど原告が主張するように日本国内に居住する外国人が国民年金に加入することを認めることは制度として十分可能であり、現に新法はこれを許容している。しかしながら、国民年金制度の対象者を日本国民すなわち日本国籍を有する者に限定するか、外国人にもこれを拡張するかは、立法政策の範ちゆうに属する問題であり、これを日本国民に限定しても、国民年金制度の目的に反するものではなく、また、憲法一四条及び二五条に違反するものではないと解すべきこと後述のとおりである。そして、被保険者資格の取得・保有要件として明文をもつて日本国民であることが掲げられ、立法による選択決定が明白に示されている以上、法の解釈論として外国人を含むものであると解することは到底許されないものといわなければならない。

(二)  次に原告は、法は国民皆年金の理想に基づき、厚生年金等各種職域年金を補完することを目的として制定されたものであるところ、これら職域年金は外国人を排除していないのであるから、法が外国人を排除していると解するのは法の制定目的に反すると主張する。

法が憲法二五条二項の理念に基づき(法一条)、国民皆年金の理想を実現するため職域年金(被用者年金)を補完することを目的として(法七条二項参照)制定されたものであることは当事者間に争いがなく、厚生年金等これら被用者年金各法では日本国籍を有することは被保険者資格等の要件とされていない。しかしながら、被用者年金制度における対象者の範囲及び国民年金制度における対象者の範囲をどこまでとするかは、前記のとおり立法政策の範ちゆうに属する問題であつて、前者と後者とでは制度の目的、費用の負担等に差異があり、前者はもつぱら被用者保護を目的とする制度であるから、外国人である被用者をもその対象者としたものであつて、その対象者の範囲に差異のあることは首肯することができる。このように、前者と後者ではその対象者の範囲を異にする立法政策がとられている以上、対象者の範囲につき同一の解釈をとる余地のないことは明らかである。

(三)  原告はまた米国籍人が法の運用上任意加入被保険者として扱われており、かかる取扱いは、法が外国人の加入を排除していないか、少なくとも任意加入することを排除していないことを示すものであると主張する。

日米友好条約三条2は「……いずれの一方の締約国の国民も、他方の締約国の領域内において、(a)老齢……に対し……給付を行う強制的な社会保障制度を定める法令の適用について、内国民待遇を与えられる。」と規定しているから、右条約上米国籍人は強制加入被保険者として扱われることとなる。しかし、<証拠>によれば、昭和三五年九月二一日年国発群馬県衛生民生部長あて回答において、日本に居住するアメリカ人に法を積極的に適用すべきかの問題につき「運用上は、自主的に資格取得届を提出してきたものを受理する程度にとどめられたい。」との指針が示されており、実務上右回答に従つた取扱いがされているが、米国籍人の場合には、保険料を納付させても、保険料納付済期間が二五年(法二六条参照)に満たない間に帰国すると、老齢年金に関しては、従前納付した保険料が「掛け捨て」となることを考慮したものであり、従つて、加入の勧奨を行つていないことが認められる。日本国民である強制加入被保険者は資格取得の届出義務を課され(法一二条)、その懈怠は処罰の対象とされるから(法一一三条)、米国籍人については、資格取得届の関係では運用上日本国民とは異なつた取扱いがなされているものといわなければならない。しかし一方、法上任意加入は、明治三九年四月二日から明治四四年四月一日までの間に生まれた者(法七五条一項)、あるいは法七条二項に該当する者(法附則六条以下)に対してのみ予定された制度であつて、昭和四八年附則一八条の規定は、これら法で定められた任意加入者には適用されないが、米国籍人には適用されると解される。従つて、在日米国籍人について任意加入が許容されているとみるのは相当でない。そして、右のような取扱いにより在日米国籍人につき国民年金への加入が認められているのは、我が国法上法律よりも優位にある(憲法九八条二項)日米友好条約に前記のような内国民待遇条項が存することによるものであるから、かかる取扱いがなされているからといつて、法が外国人の加入を一般に許容しているものと解することはできないし、米国以外とは右のような条約は締結されていないから、米国籍人に対する取扱いを右のような条約が締結されていない国に属する外国人の加入を認めるべき根拠とすることも到底許されない。

(四)  さらに原告は、他の法律において「国民」という文言が用いられている場合でも、必ずしも日本国籍を有する者と限定的に解されていないと主張する。

しかし、まず、憲法三〇条は、国家財政は国民の納める租税によつて維持されなければならないという当然の事理を抽象的に宣言したものに過ぎず、国民以外の者すなわち外国人の納税義務につき何ら触れたものではないから、国がその主権の及ぶ範囲内において外国人に対し納税義務を課すことは右条項と直接関係するものではない。

次に国税徴収法一条、消費生活協同組合法一条、公営住宅法一条、住宅・都市整備公団法一条、住宅金融公庫法一条、国民金融公庫法一条には原告主張のとおりの文言があり、また右消費生活協同組合法以下の法律が長期居住外国人に対しても適用されていることは当事者間に争いがないが、右各条項はいずれも当該各法律の目的を掲げたものに過ぎず、法のように特別に資格要件を定めたものではないから、右各法律がその目的に反しない限度で外国人に適用されているからといつて、法が外国人に対して適用されるとの解釈を導くことは到底できないものである。

また、生活保護法二条はその適用対象を「国民」と規定していると解されるから、外国人について同法の適用はなく、この点において内外人平等に適用された旧生活保護法とは異なるものと解される。もつとも、原告主張の通達により生活に困窮する外国人に対しては生活保護の措置が採られている(この点は当事者間に争いがない。)が、これは最低限度の生活を維持し得ない外国人を放置することが、社会的人道的に妥当でないため、行政措置として保護措置を与えているものと解すべきである。従つて、以上の点に関する原告の主張は、法七条一項、八条、九条二号の前記解釈に影響を及ぼすものではない。

国民健康保険法については、国民健康保険法施行規則一条二号が日本の国籍を有しない者を適用除外しているが、同号但書でさらにその例外として「……日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法(……)第一条〔協定に基づく永住〕の許可を受けている者、……及び条例で定める国の国籍を有する者を除く。」と規定しているので、右のような例外規定の定めのない法については、同様の解釈を採用することのできないことは当然である。

また、いわゆる社会権を日本国民に対してのみ与えても直ちに憲法一四条、二五条に反しないことは後に説示するとおりであり、社会保障に関する権利を日本国民にのみ認めるか外国人にも認めるかは立法府の合理的裁量に任せられているものというべきであるから、社会保障立法においても国籍要件を規定しているか否かによつて、その適用範囲を異にすることは当然である。

原告はさらに生活保護法を適用する以前に法を適用するのが生活保護法の趣旨、目的に合致し、社会保障法体系の整合性を保つこととなると主張するが、同法四条は、現に法律で認められている資産、能力等を活用することを要求するに過ぎないものであるから、到底法を外国人にも適用すべき根拠とはなり得ないし、抑も生活保護法自体外国人に対し適用されないのは先に説示したとおりであるから、右主張はこの点でも失当である。

(五)  以上のとおり、法七条一項、八条、九条二号にいう「日本国民」とは日本国籍を有するものに限られることは疑問の余地がない。従つて外国人は強制加入被保険者資格を取得・保有し得ないものであり、また法七五条一項但書、五項、昭和四四年附則一五条一項一号の「日本国民」も同様に解すべきであるから、外国人は任意加入被保険者資格も取得し得ないものと解すべきは当然である。

三原告は外国人が国民年金の被保険者資格を取得・保有し得ないと解することは、憲法一四条、二五条に違反すると主張するので検討する。

憲法一四条の規定する法の下における平等の原則は、近代民主主義諸国の憲法における基礎的な政治原理の一として広く承認されており、また、世界人権宣言七条の規定に鑑みると、憲法一四条の趣旨は、特設の事情の認められない限り、外国人に対しても類推されるべきものと解される(最高裁昭和三九年一一月一八日大法廷判決刑集一八巻九号五七九頁)。しかしながら、国民年金制度のような社会保障に関する権利、いわゆる社会権については、もつぱら権利者の属する国家によつて保障されるべき性質の権利であり、当然に外国によつても保障されるべき権利を意味するものではないから、外国人に対し自国民と同様に社会権を保障しなくても、憲法一四条に違反するものではないと解すべきである。なお、昭和五四年九月二一日に発効した国際人権規約(A規約)九条は、「この規約の締約国は、社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める。」と規定し、同条のすべての者には外国人も含まれると解されるが、同条は締約国に積極的に社会保障政策を推進すべき責務を負わせるに過ぎず、これによつて、外国人に対し具体的権利が付与されるものとは解することができない。従つて、外国人が国民年金制度の対象とされていなくとも、同規約に違反することにはならないのである。

また、国民年金制度に関し、憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられており、同制度の対象者を日本国籍を有する者に限定するか否かも立法政策上の裁量事項である。日本国との平和条約により日本国籍を失つた在日韓国・朝鮮人の特殊な社会的立場については配慮すべきであろうが、日韓地位協定において国民年金制度の適用については合意されていない経緯に鑑みても、法がその対象者を日本国籍を有する者に限定したからといつて、当然に憲法一四条、二五条違反に結びつくものということはできない。従つて、原告の右主張は採用することができない。

四原告は、任意加入については国籍要件が緩和されているから、本件処分は法七五条、昭和四四年附則一五条に違反すると主張する。

しかしながら、任意加入の場合に国籍要件が緩和されて運用されているとの原告の主張が事実に合致しないことは先に説示したとおりであるから、右主張は理由がない。

五原告は、原告の昭和四四年附則一五条一項の申出が受理された以上、被告はこれを覆すことは許されず、本件裁定をすべき旨拘束されるから、本件処分は違法であると主張する。

昭和四四年附則一五条の規定に基づく任意加入の場合には、同条一項に該当する者が都道府県知事に対し加入の申出をすることによつて被保険者となることができるのであるから、右申出が同項の要件を満たすものである限り、申出により被保険者資格取得の効果が生じ、さらに同条六項に掲げる事由に該当するに至ると資格喪失の効果が生ずると解すべきである。そして国民年金の給付を受ける権利は、各給付の支給要件を満たしたときに発生するが、現実に支給を受けるためには、受給権者が被告に対し裁定の請求(法一六条)をすることを要し、被告において受給権者が支給要件を備えているかどうかを審査し、受給権があると認めればそれを確認する意味で裁定し、受給権がないと認めれば裁定請求を却下することとなる。前記のとおり、被保険者資格の得喪の効果は受理によつて生ずるものではないから、被告としては受理に拘束されずに受給権の有無を客観的に判断し、任意加入者が受給権を有しなければ裁定をすることは許されないのである。従つて、申出が受理された以上、それに拘束されて受理と矛盾する判断をなし得ないとか、受理を取り消さない限り裁定をすべき旨拘束される(法上受理の取消しないし被保険者資格の取消しの手続は予定されていない。)と解すべき理由はない。よつて、その余の点につき判断するまでもなく、原告の右主張は理由がない。

六1以上によれば、原告は、保険料納付済期間(昭和四五年一月一日から五年間)中日本国籍を有しなかつたことは当事者間に争いがないから、昭和四四年附則一六条一項により老齢年金の受給権を取得しなかつたものであり、従つて、原告に対し老齢年金の給付を決定した本件裁定は違法といわなければならない。

2原告は、本件裁定を取り消すことは許されないと主張し、これに対し被告は、本件裁定は無効であると主張するので判断する。

前記のとおり本件裁定は、被保険者資格を有しない原告に対して受給権を確認したものであるから、右の瑕疵は処分要件の根幹に属する重大な瑕疵といわなければならない。そこで、瑕疵の明白性の有無について検討する。

<証拠>によれば、原告の居住する埼玉県八潮市(当時は八潮町)は、昭和四四年附則一五条、一六条の規定による高齢者任意加入の特例及び五年年金の制度の発足に当たり、その区域内に居住する任意加入することのできる者の名簿をいわゆる米穀台帳に基づき作成したが、その際、右米穀台帳には登載者につき住民登録の有無を表示する欄が設けられており、原告については住民登録をしていることが表示されていないのにも拘わらずこれを看過し、かつ、米穀台帳の記載事項につき住民の身分に関する公簿の記載の照合を行わなかつたため、日本国籍を有しない原告がその通称である豊田金次名義で名簿に記載されたこと、八潮町においても右名簿により個々に加入勧奨を行い、原告も当時区長であつた訴外堀込秋蔵の妻スズから勧奨を受け、前記の通称名をもつて本件申出及び本件裁定の請求をしたこと、当時原告が韓国人であつたことは町内では広く知られていたことが認められる。一方<証拠>によれば、国民年金市町村事務取扱準則一〇条一項、八条一項は、市町村が任意加入被保険者の資格の取得の申出書を受理したときは、被保険者の氏名等を住民票により、住民票によれないときは戸籍簿等の市町村の公簿又はその他の適宣な方法により確認することとされていることが認められ、この事実と、国民年金法施行規則二条が、任意加入の資格取得の申出及び裁定請求に当たり国籍を証する書面等の添付を要求していないことに照らすと、国籍要件はもつぱら保険者側(市町村を含む。)でこれを確認する建前となつていることが認められる。そして、原告の本件申出が受理され、被保険者資格を有するものとして取り扱われ、所定の保険料を納付し、本件裁定を受けたことは当事者間に争いがない。

ところで、瑕疵が明白であるかどうかは、処分の外形上、客観的に誤認が一見看取し得るものであるかどうかにより決すべきものであつて、行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落したかどうかは、処分に外形上客観的に明白な瑕疵があるかどうかの判定に直接関係を有するものではないと解される。前記認定の事実関係のもとでは、原告が日本国籍を有しなかつたことは、被告が本件裁定の際調査をつくしたならば判明したことではあるが、原告が永く通称名である豊田金次を用いており、原告も本件申出及び本件裁定の請求に際して右通称を用いた事情などに鑑みると、本件裁定に際し原告が日本国籍を有しないことが外形上一見して明白であつたとはいい難い。従つて、本件裁定は無効とはいえないから、被告の右主張は採用することができない。

3そこで、本件裁定を取り消すことが原告主張の取消権の制限に抵触し、許されないか否かについて検討する。

(一) 法一六条の裁定は、法の規定に基づき発生した受給権を確認する確認的処分であるが、裁定により受給権が具体化し、現実に給付を受け得るに至るから、授益的な行政処分ということができる。そして、行政庁が一旦授益的な行政処分をした場合において、のちにそれが違法であることが明らかになつたときは、処分の取消しにより被処分者が受ける不利益と処分に基づいて生じた効果を維持することの公益上の不利益とを比較考量し、当該処分を放置することが公益の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められるときには、処分庁がこれを職権で取り消し、遡及的に処分がされなかつたのと同一の状態に復せしめることが許されると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、法による国民年金の支給は、憲法二五条二項に規定する理念に基づき老齢等によつて国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて防止し、もつて健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とするものであり(法一条)、国庫から巨額の年金が支出されるため、強行法規をもつて被保険者資格として、年齢要件、国籍要件、国内居住要件を法定している。従つて、被保険者資格を有しないが故に受給権を有しない者に対し裁定をし、年金の支給を容認することは、法の趣旨に著しく反することは明らかであり、かかる違法な裁定の効果をそのまま維持することは不当、不公平な結果を招来し、公益に反するものといわなければならない。もつとも、裁定が取り消されると裁定の効力が遡及的に失われるから、裁定に基づいて支給された利益が現存している限りこれを返還しなければならず、年金を受け得る期待を裏切られることになるが、それは本来保持すべきでない利益が奪われるに過ぎない。また前記のとおり裁定により受給権が発生するものではないし、これにより第三者との間で新たな法律関係が形成されるものではないから、既得権の侵害や第三者との間の新たな法律関係が害されることはあり得ない。

本件において、原告は整備法により国籍要件が撤廃されたと主張するが、それは本件処分後に生じた事由に過ぎない。また、原告は本件申出及び本件裁定の請求に際し、前認定のように通称名を用いたのであるが、これにより故意に国籍を偽つたものとは認められないし、また、原告が昭和七年日本人女と事実上婚姻し、日本人である子をもうけ、日本に居住し、日本国との平和条約発効まで日本国籍を有していて(右の事実は当事者間に争いがない。)、日本と地縁、血縁のつながりのある立場にあり、さらに原告本人尋問の結果によれば、原告は老後の生活を維持するため老齢年金の支給に期待を寄せていたことがうかがわれるものの、これらの原告主張の事実関係を考慮しても、本件裁定をこのまま放置することは公共の福祉の要請に照らし著しく不当であるといわなければならない。よつて、本件裁定を取り消し得ない旨の原告の主張は理由がない。

(二)  次に原告は、仮に本件裁定を取り消し得るとしても、処分時に遡及して取り消すことは許されないと主張する。しかし右主張が理由のないことは前記(一)に示したとおりである。なお、「違法又は不当な裁定、支給停止その他年金給付に関する処分の取消について」(昭和三五年三月二一日年発第八〇号都道府県知事あて厚生省年金局長通達)五には福祉年金につき「違法又は不当な処分の取消しをしたときは原則として既往にさかのぼつて、その処分がなされなかつたと同様の状態になるものであること。ただし、当該取消処分が相手方に著しく不利益になる場合は、当該取消の原因が相手方の責に帰すべきとき(偽りその他不正の手段によるとき、又は規則に定める届出をしなかつたとき等)のほかは、取消処分の効力を既往にさかのぼらせることはできないこと。」とされていることは当事者間に争いがないが、前掲乙第七号証によれば、右通達は一般に老齢福祉年金の受給者は高年齢者が多く、その返還能力も十分でない者が多いことから特に福祉年金に限つて政策的に既支給分の年金の返還請求をしないこととしたものであることが認められ、これに反する証拠はない。従つて、右通達を根拠に、抑も本件裁定を取り消すことができないとかその取消しの効力を遡らせることは許されないと解することはできない。

(三)  さらに原告は、本件処分は被告が相当期間取消権を行使せず、原告においてもはや取消しがなされないであろうとの信頼を抱くに至り取消権が失権した後になされたもので違法であると主張する。

しかしながら、行政処分の職権取消しの要件については、前記(一)において説示したとおりであつて、原告の主張するいわゆる取消権の失権の法理なるものも、結局は(一)に述べた被処分者が受ける不利益と違法な処分に基づいて生じた効果を維持することの公益上の不利益との比較考量の場面において決すべき問題であるというべきである。仮に信義則ないし法的安定の要請から違法な処分が特に長期間放置されたことにより取消権が消滅したと同様に扱うべき場合があり得るとしても、本件においては、<証拠>によれば、昭和五二年一月三〇日原告が国民年金法施行規則一八条による現況届のための証明申請をした際、埼玉県八潮市は原告が日本国籍を有しないものであることを初めて発見し、この旨を春日部社会保険事務所に通知し、同年二月一二日付の同事務所長の「裁定取消事由書」等により、被告は同年三月二八日付で本件処分をしたものであることが認められ、右事実と、本件処分は結局本件裁定後二年弱の間にされたものであることを考慮すると、被告が取消権を失権し、本件裁定を取り消すことが許されないと解することはできない。

七従つて、本件処分に原告主張の違法はないといわなければならない。

<以下、省略>

(時岡泰 満田明彦 揖斐潔)

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