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東京地方裁判所 昭和56年(ヨ)2208号

債権者

林恵子

債権者

石井陽子

債権者

大井由美子

債権者

富永由布子

右四名訴訟代理人弁護士

内田雅敏

井上庸一

債務者

ヤーマン株式会社

右代表者代表取締役

山崎行輝

右訴訟代理人弁護士

安藤良一

井口寛二

山田勝利

川崎達也

主文

1  債務者は、債権者林恵子に対して金六六〇万円、債権者大井由美子に対して金六五〇万円、債権者富永由布子に対して金六七〇万円を仮に支払え。

2  債務者は、昭和六〇年七月から本案の第一審判決の言渡しがあるまで、毎月二五日限り、債権者林恵子に対して金二〇万三八〇七円、債権者大井由美子に対して金二〇万〇五〇三円、債権者富永由布子に対して金二〇万五八〇七円を仮に支払え。

3  債権者林恵子、同大井由美子及び同富永由布子のその余の各申請並びに債権者石井陽子の申請を却下する。

4  申請費用は、債権者林恵子、同大井由美子及び同富永由布子と債務者との間においては全部債務者の負担とし、債権者石井陽子と債務者との間においては、債務者に生じた費用の四分の一を債権者石井陽子の負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者らが債務者に対し雇用契約上の権利を有することを仮に定める。

2  債務者は、昭和五五年一二月一九日以降、一か月につき、債権者林恵子に対し金二〇万三八〇七円、同石井陽子に対し金二〇万六一一二円、昭和五六年一月七日以降、一か月につき、債権者大井由美子に対し金二〇万〇五〇三円、同富永由布子に対し金二〇万五八〇七円の各割合による金員を仮に支払え。

3  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  債権者らの申請を却下する。

2  申請費用は債権者らの負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  当事者

株式会社チトセ商会は、昭和四四年七月に設立されたが、昭和五一年七月商号をチショー株式会社(以下「チショー」ともいう。)と変更し、昭和五二年八月一〇日本店を東京都中央区八重洲一丁目八番一七号新槇町ビル一四階から東京都江東区門前仲町二丁目三番九号ヤマヤビル二階へ移転し、昭和五六年一月一〇日商号をヤーマンリミテット株式会社と変更した。右ヤーマンリミテット株式会社は、昭和五六年四月一三日、同会社と同じ場所を本店所在地とするチケン株式会社(以下「チケン」ともいう。)及びはま株式会社(以下「はま」ともいう。)と共に、東京都中央区日本橋茅場町二丁目六番地日進ビルに本店を有する同名のヤーマンリミテット株式会社(以下「ヤーマン」ともいう。)に合併された。存続会社となった中央区所在のヤーマンリミテット株式会社は、同年五月二〇日商号をヤーマンリミテット株式会社と変更した。これが債務者会社である。

債権者林及び石井は昭和五〇年七月一四日に、同大井及び富永は昭和五一年三月一日に、それぞれ株式会社チトセ商会に営業事務員として採用された。債権者らは、昭和五一年四月二三日、当時の株式会社チトセ商会の従業員で組織された総評全国一般東京地方本部チトセ労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。

2  懲戒解雇処分

チショーは、昭和五五年一二月一七日付け内容証明郵便により、昭和五五年一二月二三日付けをもって債権者らを懲戒解雇する旨の意思表示をし(以下「本件解雇」という。)、この郵便は、昭和五五年一二月一八日に債権者林及び同石井に、昭和五六年一月六日に債権者大井及び同富永に到達し、チショーはこれ以降債権者らを従業員として認めず、賃金を支払わない。

3  本件解雇の無効

しかし、本件解雇は無効であるから、債権者らは、債務者会社に対して雇用契約上の権利と賃金請求権を有している。

4  賃金

債権者らは、本件解雇当時、チショーから、一か月につき、債権者林は金二〇万三八〇七円、同石井は金二〇万六一一二円、同大井は金二〇万〇五〇三円、同富永は金二〇万五八〇七円の賃金の支給を受けていた。賃金の支払時期は、前月二一日から当月二〇日までの分を当月の二五日に支払うこととされていた。

5  保全の必要性

債権者らは、賃金を唯一の生活の資とする労働者であり、賃金の支給を受けられないとするとその生活は危殆に瀕するので、申請の趣旨のとおりの判決を求める(もっとも、債権者石井は、既に他に就職して生計を維持するに足りる収入を得ている。)。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1及び2の事実は認め、同3は争う。

2  同4の事実は認める

3  同5の事実は、債権者石井が他に就職していることを除いて争う。同債権者については、既に他に就職しており債務者会社への復職の意思を喪失しているから、仮処分の必要性がない。

三  抗弁

1  本件解雇の理由

チショーは、債権者らを一律に懲戒解雇処分に付したが、これは、債権者ら四名で構成する組合が、組合活動の名の下に、その正当性を逸脱したチショーへの信用き損、営業妨害行為を行い、かつ、これが有形力の行使を伴ったり、チショーの警告を無視して反復継続して行われる等悪質なものであって、これら一連の行為が組合員全員の了解の下にほぼ全員が参加して行われたものであるところから、債権者ら全員の責任に軽重はないものと考えたからである。したがって、チショーは、債権者らのこのような一連の行為を総合して、これが就業規則二九条、三〇条三項に違反して同五〇条一号、三号及び六号に該当するので、同五一条五号を適用して懲戒解雇処分にしたものであり、以下に述べる具体的な事実は例示にすぎず、これらが相互に補完しあって懲戒解雇理由を形成している。

そこで、以下において、まず、2で本件解雇前の状況を述べ、次いで3ないし8で懲戒解雇の理由となった具体的な事実関係とその評価について詳述する。

2  本件解雇前の状況

(一) 債務者会社の沿革は申請の理由1記載のとおりであり、債務者会社と関連会社との関係、業務の移行の詳細は別紙一のとおりである。

チショーは、昭和五一年ころから業績を悪化させ、昭和五四年の決算(昭和五三年七月一日から昭和五四年六月三〇日まで)では約三〇〇〇万円の赤字を計上する事態となっており、従業員に対しても昭和五三年夏のボーナスは〇・六か月分、冬のボーナスはゼロとし、昭和五四年一月及び二月分の給料を遅配せざるを得なかった。ところが、債権者らの勤務態度は、組合活動のためと称して予告なく遅刻、早退、欠勤を繰り返すというものであったため、チショーは、同年四月、組合に対しこの改善方を促すとともに、今後は当該事由が生じた場合には賃金を支給しない旨通告し、同年一一月以降にこれを実施した。

(二) 組合は、これに対して、チショーの創始者である山崎行輝がその支配力を行使して前記の各企業グループを形作っており、前記各会社の統廃合や業務の移行はすべて組合を嫌悪したための不当労働行為であると主張して、チショーの右のような実情を全く理解せず、同年四月一〇日に右業務の移行をとらえて東京都地方労働委員会(以下「都労委」という。)に対し不当労働行為の救済の申立てをし(これは後に取り下げられた。)、また、頻繁に団体交渉の申入れをしてきた。チショーは、団体交渉の申入れに対し、会社の営業状況を説明し、何時でも団体交渉に応じる旨回答してきたが、組合は、このような説明を聞き入れず、就業時間内でなければ団体交渉は行わないとし、終業後に団体交渉の日時を指定したチショーの対応を団体交渉拒否であるときめつけたため、結局団体交渉はできなかった。

そして、債権者らは、チショー事務所の内外に所きらわずビラや組合旗をはり付け、就業時間中も業務命令に反して職場を離れ、カメラを持って当時の代表者染谷秀夫を取り囲み、何時間でも団体交渉の開催を要求し、スローガンを大声で叫んで就労をせず、また染谷の仕事を妨害した。更に、組合支援の者と共に染谷の自宅や関連会社の人間の所に押し掛けたり、関連会社の建物内に乱入し、そこの従業員の業務を妨害した。そして、このような行動の際、債権者らは団体交渉の開催を要求していたが、債権者らの右のような行動は、同年一一月以降団体交渉が毎月一回以上開催されていたときでも同様であり、債権者らは自己の要求についてそれがいかに過大、不当であっても譲歩することなく、チショーの説明に納得せず、そのために説明を断ると誠意がないといって追い掛け回すというもので、組合活動の範囲を逸脱する違法なものであった。

(三) このような状況の下で、債権者らは次の4で述べる文書送付事件を起こしたため、チショーは昭和五五年八月二五日付けで債権者らを一週間の出勤停止処分にし、同時に、今後も同様の不法な行為をすれば懲戒解雇にすることもあり得る旨を文書で通告した。しかし、債権者らの行為は右処分後も一層激化する一方であったので、ついにチショーは本件解雇に踏み切ったのである。

3  染谷に対する暴行及び傷害

(一) 債権者らは、昭和五四年一〇月二三日午前八時四〇分ころ、支援の者一五名くらいと共にチケンの事務所内に乱入し、同社二階フロアーにおいて、染谷を取り囲んで手を押えたり小突いたりし、隙をみて逃げ出そうとした同人の背後を足でけり、全治一〇日間の傷害を負わせ、救急車が来るまでの約二〇分間同人を解放しなかった。

(二) 右行為は、その人数、態様からして組合活動に名を借りた染谷個人への暴力を伴った威嚇、脅迫行為であり、このうち直接の暴行については債権者ら自身が行ったかどうかは不明であるものの、少なくとも債権者ら全員の共謀の下に支援の者と共に右一連の行為をしたものであって、本件解雇に際してチショーが挙げた行為の中でも悪質であるのに、債権者らは一向に反省する様子も見せないので、本件解雇の理由としたものである。

4  取引先への文書送付

(一) 債権者らは、昭和五五年八月上旬及び中旬に三回に分けて通産省工業技術院等チショーの取引先七〇〇か所以上に対して、全体としてみればチショーの名誉、信用を害し、その営業を妨害する別紙二記載の内容(又はこれとほぼ同内容)の「要望書」と題する文書(以下「本件文書」という。)を送付した。

(二) 本件文書の送付は、次にみるようにあらゆる面で不当であって、チショーにおいて到底容認できるものではなく、就業規則三〇条三項に違反し、同五〇条三号又は六号に該当する。

(1) 内容の虚偽性

本件文書には、虚偽の事実や殊更に誇張された事実が記載されており、あたかもチショーの内部が労使紛争に見舞われ、経済的にも危機が迫っているかのような印象を与えて、商社としてのチショーの信用、名誉を著しく損なうものである。

第一に、「会社は、組合に対し、昭和五三年夏期一時金における〇・六ケ月分の回答以来、五三年の年末一時金、五四年の夏期一時金と連続して○回答、そして五四年の年末一時金は争議行為の停止を条件に一ケ月という不誠実な回答を繰り返すのみでした」との記載がある。しかし、夏期又は年末一時金についての回答は、昭和五四年決算で約三〇〇〇万円の欠損を出していたチショーとしては十分評価できる金額であって、不誠実といえるものではない。また、この回答に当たりチショーが争議行為の停止を条件としたことはないのであって、ただ債権者らが予告なしの遅刻、早退、欠勤という勤務態度を改め真面目に働いてくれることを条件としたにすぎず、チショーがこのような条件を付したことは、賞与の性格とこれまでの債権者らの勤務態度からすれば当然のことであるといわなければならない。

第二に、「五四年年頭には一月~二月分の賃金遅配を皮切りに、同年中四度に亘り賃金遅配を行い、更に同年一〇月からは理由のわからない減給処分、出勤停止処分を乱発し膨大な賃金カットを行うなど、組合員のみならず、全従業員の生活破壊を行い、そのかたわら、これまで締結してきた労働協約を無視し続ける等、組合の存在を一貫して敵視する態度を続けております」との記載がある。しかしながら、賃金遅配は二か月分だけで、これも直ちに解消しており、全従業員の生活破壊などという事実はない。また、減給処分及び出勤停止処分はこれまで二回しているものの、その理由はすべて債権者らの勤務成績不良であって、個別に書面で通知してあり、理由が分からないなどということはないし、賃金カットについても、チショーは昭和五四年四月に組合に対し欠勤、早退等についてはその分の賃金の支払をしない旨通知し、同年一一月からこれを実施したにすぎず、まさに当然のことをしたまでである。更に、労働協約についても有効なものは当然守っており、このうち期間の定めのない協約につき解約をしたことがあるが、これも労働組合法一五条に基づき正当に行っているのであるから、労働協約を無視したことはない。そして、チショーは組合からの団体交渉についても誠実に応じており、組合を敵視するなどの態度をとったことはない。

第三に、「この様な紛争状態にありますことは労働組合にとって不幸な事態でありますことはもちろんの事、企業の発展にとりましても決して喜ばしい事ではなく、ひいては関係各位の皆様方にも少なからずの影響を及ぼさないとも限らない」との記載がある。しかし、紛争状態といっても、組合員以外の従業員は真面目に働いており、ただ債権者ら四名だけがチショーの説明にも理解を示さず不当に争っているにすぎないのである。

(2) 動機の不当性

債権者らは、本件文書送付に先立ち、チショーに対し、チショーが倒産するかも分からないが、それでもよいかなどと述べていたもので、本件文書中の「関係各位の皆様方にも少なからずの影響を及ぼさないとも限らない」との文言は、チショーと取引すれば差し支えが出るがそれでも取引するかといわんばかりであり、一般的にいって取引先会社が取引相手の労使関係に口をはさんだり説得をするなどということがあり得ないこと並びにこれまでの債権者らの交渉態度及び本件文書の内容からすると、取引先に対してチショーに対する不安感を与え、チショーとの取引を中止させ、チショーに打撃を与えようとする意図が明白である。

(3) 配布先

債権者らが本件文書を送付したのは、取引先約七〇〇以上であり、不当に多すぎる。債権者らは二五社しか送付していないと主張するが、七月下旬にあて先を記した封筒が七〇〇枚以上も債権者らの机の上にあったことからして信用できず、このような多量の送付は異常というほかはない。

(4) チショーへの影響

本件文書の送付の結果、チショー及びその関係会社は、取引先から説明を求められたりしたほか、これまで良好な関係を保っていた取引先が急に疎遠になったり、商談が流れてしまったこともあり、営業がやりにくくなり、そのために営業部員も退社してしまった。通常、商談が流れたり疎遠になったとしても、取引先はその原因が本件文書送付や労使関係にあるなどとの解釈はせず、ただ問題のある会社とはかかわらないようにするだけなのであって、このような意味において、本件文書送付によってチショーが直接又は間接に受けた損害は計り知れないほどのものである。

5  関連会社の営業妨害

(一) 債権者らは、チショーから昭和五五年八月二五日付けで出勤停止処分を受けて反省の機会を与えられたにもかかわらず、その翌日からチショーの関連会社である日本橋茅場町日進ビル六階のヤーマンに支援の人間と共に繰り返し押し掛け(週に二ないし三回くらい)、団体交渉の要求、処分撤回、就労の要求等を大声で叫び、ドアをたたく、チャイムを鳴らすなどして同ビル六階の玄関前のフロアーを一回に平均して三時間くらい占拠し(九月五日にはドアも故障させられてしまった。)、同社の従業員の出入りや営業を妨害した。その結果、チショーは同社から厳重な抗議を受けたのはもとより、当時チショーが同社に業務委託をしていたため、チショーの業務も妨害された。

(二) 債権者らの右のような行為は、その回数、人数、方法等いずれの点からしても異様なもので、チショーやヤーマンに対する執ようないやがらせでしかなく、到底容認できるものではないのであって、就業規則三〇条三項に違反し、同五〇条一号又は六号に該当することは明らかである。債権者らは、就労の要求及び団体交渉の要求のためにヤーマンに行った旨主張するけれども、当時チショーは団体交渉を拒否してはいなかったし、都労委の場を借りて組合に対し団体交渉を再開する用意のあることをしばしば回答しており、組合がこれに応じなかっただけなのである。したがって、このような正当な手続を履行せず、関連会社に押し掛けるなどということは許されるべきことではない。

6  シンポジウムの妨害

(一) 社団法人精機学会は、昭和五五年一〇月三日、オーアーゲー・ハウス(OAG HAUS)において、「レーザ・ドップラ技術とその応用」と題するシンポジウムを開催したが、チショーは、その製品の展示及び販売を行うために、右シンポジウムについて費用の負担及び事務手続を行ってスポンサー的役割を果たした。債権者らは、右シンポジウムをチショーの営業活動の場と位置付け、これを中止させて妨害する意図の下に、シンポジウム開催直前の同年九月二五日に右学会の事務所に、また、翌二六日に会場のオーアーゲー・ハウスに赴き、前記4記載の文書とほぼ同内容の文書を持参して、できればシンポジウムを中止して欲しい、そうでなければシンポジウムの会場でビラをまくのを許可して欲しい旨の要請をした。次いで、シンポジウム開催当日の同年一〇月三日には、債権者ら(大井を除く。)は支援の者と共に、チトセ闘争支援共闘会議とか処分撤回等の文言を記載したゼッケンや鉢巻きを着用して会場前でビラを配布し、拡声器で大声を出したり、会場内に立ち入ろうとしたりした。

(二) このシンポジウムについては、チショーがオーアーゲー・ハウスや西ドイツ大使館及び警察の協力を得て警備を行っていたため、債権者らは右のような行動しかとれなかった。それでも、シンポジウムとおよそ縁遠い雰囲気のため参加をいやがった人がいたり、開会が一時間遅れたりしたし、そのためチショーの後日の営業にも多大の影響を受けたのである。このように、シンポジウムの開催を中止させたり、第三者にその旨を要請したり、また、チショーの信用をき損し、その営業を妨害するビラを配布したりして宣伝活動をするなどということは、組合活動の範囲を逸脱した営業妨害行為にほかならないのであり、就業規則三〇条三項に違反し、同五〇条三号又は六号に該当するものであって、その責任は重大である。

7  組合事務所の不法占拠

(一) チショーは、昭和五二年九月二〇日、組合との間で、期間三年、自動更新条項のない労働協約を締結し、この労働協約とこれに付随する確認書に従い、組合に対して右同日、期間を三年として、チショーが中洲健一から賃借していた物件を組合事務所として便宜供与した。そして、チショーは、右協約を更新する意思はなかったため、組合に対し、昭和五五年八月二二日付けで同協約を同年九月二〇日をもって失効させる旨通知し、同年八月三〇日付けで組合事務所を同年九月一五日までに明け渡すよう要請した。しかし、債権者らは、何らの回答もせずに放置していたため、チショーは中洲に当該物件を返還する必要から、同年一〇月に至って組合の物品を保管した上で明渡しを行った。すると、債権者らは、同月中旬になって、施錠を取り壊し、右物件を何らの権限もなく不法に占拠した。

(二) チショーが右のような措置をとったのは、協約が失効したことと赤字会社であることから、家賃の経済的負担を免れるためであって、当然のことである。ところが、債権者らの右のような行為によって、チショーは中洲から責任を追及され、訴訟にも発展し、経済的にかなりの損害を受けたのであり、債権者らの行為は到底組合活動といえるものではない。

8  青山サロンへの乱入

(一) チショーの関連会社で美容の実施を主たる目的とするはま(営業所は港区北青山ミヤヒロビル三階及び五階に所在)は、昭和五五年一二月一日、同ビル五階で、ビューティ部門開設、美容研究所等の青山移転及びビビアカデミーの開設を記念してパーティを開催したところ、債権者らは、当日午後一時前ころ、支援団体の者一五名くらいと共に、鉢巻きやゼッケンを着用して、いきなり「山崎いるか」「染谷いるか」等と叫びながら同ビル三階と五階のパーティ会場に乱入した(なお、債権者石井はパーティ会場には立ち入っていない。)そして、警察官が到着して債権者らを応接室に引き入れるまでの約二時間の間、本件パーティは中断されるに至った。

(二) 債権者らの右行為も、団体交渉の要求に名を借りてパーティを混乱に陥れる違法行為である。この結果、はまに多大の損害が生じたほか、当日チショーの客もパーティ会場にいたので、債権者らが染谷らの名前を挙げ、またチショーの名前の入ったゼッケン等を着けたりしたことから、チショーの信用、名誉等も著しくき損され、その営業に支障を来したもので、債権者らの行為は就業規則三〇条三項に違反し、同五〇条六号に該当する。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁1は争う。2(一)のうち、債務者会社とその関連会社の統廃合や業務の移行が別紙一のとおりであること、昭和五三年の一時金の回答額及び昭和五四年一月と二月の給料遅配の事実は認めるが、その余は争う。(二)、(三)は争う。

債権者らに対する本件解雇は、次に述べるとおり、山崎がワンマン的に支配する企業グループが、債権者らの組合活動を嫌悪してこれを企業グループ外に排斥するためにされたものであり、債務者会社が本件解雇の理由として掲げる事実はいずれも存在せず、解雇理由としても一貫しないものである。

(一) 山崎傘下の企業グループ

山崎は、昭和四四年七月美容機器等を販売する株式会社チトセ商会(その後チショー株式会社と商号変更)を設立し、次第に計測器の販売に進出した。そして、山崎は、昭和五二年七月四日にチケンを設立し、チショーの販売する美容機器や計測器の製造と修繕を担当させた。次いで、山崎は、昭和五三年一月、一人会社であるアメリカ法人ヤマサンコーポレーション(以下「ヤマサン」という。)を設立して、これを日本向けの輸出会社とし、チショーをその国内販売代理店とし、このようにして日本国内のチショー、チケン等の収益をヤマサンを通じて山崎個人の収入として集中する企業グループを形成した。また、こうした企業グループ内における山崎の地位は、単に各会社の筆頭株主であるというにとどまらず、テレックスあるいは郵便で各会社の日常業務や労務政策にまで指示を行うという圧倒的な影響力を有していた。

(二) 本件解雇に至る経過

チショーは、昭和五一年一二月八日に組合員全員を解雇し、その撤回を求める組合との間で労働争議が生じたが、チショーが、昭和五二年九月二〇日に全員の解雇を撤回し、原職復帰を認めることにより解決された。山崎は、右争議の経緯にかんがみ、組合に対して争議を行う会社と業務を行う会社とを分離することにより労働争議が業務に影響を及ぼさない体制を作ることを決意し、昭和五三年五月二七日にチショーと同一の目的を持つヤーマンを設立して、チショーの業務をヤーマンはじめ関連会社に移行させ、チショーの業務の縮小を図って、チショーの業績不振を作り出し、組合を丸ごと抱えたままチショーを倒産させることを計画した。

ところが、この計画については、チショーを倒産させるとチショーの取引口座を歴史の新しいヤーマンに切り替えることが困難となることや、組合がこのような動きを察知して情宣活動をしたりしたことから、その遂行が困難となった。そこで、山崎は、チショーの取引口座を継承し、かつ、組合を企業グループ外に排斥するため、チショーの業務を全面的にヤーマンに移し、ヤーマンを存続会社として関連会社を吸収して合併することとし、他方、組合員に対しては、このような計画を実行に移すまでの間、連続して出勤停止処分を行い、計画の実行後、もはや業務も何ら存続しないチショーにおいて債権者ら組合員を解雇させる旨の計画をたてた。そして、チショーは、昭和五五年八月二五日に組合員に対して七日間の出勤停止処分を行い、以後同年一二月までの間一七次にわたり連続して出勤停止処分をする一方、右八月二五日にはチショーの事務所を閉鎖し、債権者ら以外の営業部員をヤーマンに移籍させるなどしてすべての準備を整えた上で、債権者らに対する本件解雇を行ったのである。

2  抗弁3(一)の事実は否認し、(二)の主張は争う。

債権者らは、当日、チショーの七か月にわたる団体交渉拒否の態度を改めさせるためチケンの事務所にいた染谷を訪ねたところ、染谷は「ここはよその会社だから廊下に出て話をしよう」と提案し、真っ先に廊下に出るなり、突然に「痛い、痛い」と叫び、「救急車を呼べ、警察を呼べ」と騒ぎ始めたのであり、債権者らあるいは支援団体の者が暴行を加えたものではない。

しかも、染谷はその後、債権者らの実家に「暴力組合本性をあらわす」と記載した文書を送り付け、また、警察に被害届けを提出したが、両者に記載された事実関係には大きな食い違いがあり、このようなことからしても、本件は、染谷が虚偽の事実によって官憲の力を借り、また、債権者らの実家への宣伝を行うことによって、債権者らの組合活動に圧迫を加えようとしたものにほかならない。そして、この事件は、その発生後本件解雇に至る一年余の間にチショーが債権者らに対して行った出勤停止処分をはじめとする一九回にもわたる懲戒処分のいずれにおいても処分の理由とはされることがなかったものであり、事件が発生したとされる時から一年以上を経た本件解雇の際になって突然解雇理由として取り上げたという不自然なものである。

3  抗弁4(一)の事実は否認する。ただし、組合が所属する上部団体総評全国一般東京地方本部、東京地方労働組合評議会及び江東区労働組合協議会が、昭和五五年八月一日付けをもってチショーの取引先である通産省工業技術院など九社に対し、別紙二記載の内容の紛争解決に向けた協力方を求める文書を、また、その後二回にわたりチトセ闘争支援共闘会議及び組合も加わって取引先一六社に対して別紙二記載とほぼ同内容の文書を郵送したことはある。(二)の主張はすべて争う。

債権者らが本件文書を郵送したのは、都労委の庁舎を借りてチショーと団体交渉をした際に、チショーが交渉を進めようとする誠意ある態度を全く示さないため、関係各方面に紛争の実情を訴えその解決に向けて協力を要請するという労働組合として当然の活動を行ったまでのことであり、文書の内容にも虚偽の事実は含まれず、殊更に威嚇的言語を用いることもなく、チショーの信用、営業を害する意思は全くなかった。

(一) 本件文書配布の意図、目的

債権者らとチショーは、昭和五四年一一月から昭和五五年七月一七日までの間、都労委の場を借りて団体交渉を行った。ここでは、債権者らは、山崎がチショーに対し支配力を有することを主張し、同人の出席を求めた上で、当時チショーの業務を他の会社に分散移行させていることなどについて議題としたが、チショーは、山崎の出席を拒み、業務の移行等については他の会社のことであり解決し得ない旨述べ、交渉とならなかった。そこで、債権者らは、具体的に交渉を行い得る一時金の問題を取り上げたが、チショーは、単に赤字であるとしてゼロないし一か月分の回答をするだけで、具体的な説明及び資料の提出を拒絶し、その一方で、債権者らに対しては、争議行為を停止することなどを記載した文書に署名することを求める態度に終始した。そのため、債権者らは、チショーが誠意をもって交渉に応ずることを求めて、取引先に労使関係の実情を訴える資料を郵送し取引先からの説得を待つこととする旨述べてチショーに再考を促したが、チショーは全く態度を変えないため、予告通りに本件文書を送付することとした。以上のように、債権者らはチショーを倒産させるなどという不当な目的は全く持っていなかった。

(二) 本件文書の発送枚数

債権者らが郵送した取引先は二五社にすぎない。債務者会社は七〇〇社以上に上ると主張するが、その根拠は郵送用の封筒を七〇〇枚くらい見たことがあるというにすぎない薄弱なもので、全くの推測によるものである。

(三) 本件文書の内容の正当性

第一に、「会社は、組合に対し、昭和五三年夏期一時金における〇・六ケ月分の回答以来、五三年の年末一時金、五四年の夏期一時金と連続して○回答、そして五四年の年末一時金は争議行為の停止を条件に一ケ月という不誠実な回答を繰り返すのみでした」との部分については、事実はまさにこのとおりである。債務者会社は、その理由としてチショーの業績不振を挙げるが、チショーその他の会社の業績は順調であり、ただ、山崎がこれらの会社から無計画に資金を吸い上げることに業績不振とみられる原因があるにすぎない。

第二に、「五四年年頭には一月~二月分の賃金遅配を…行い、更に同年一〇月からは理由のわからない減給処分、出勤停止処分を乱発し膨大な賃金カットを行うなど、組合員のみならず、全従業員の生活破壊を行い、そのかたわら、これまで締結してきた労働協約を無視し続ける等、組合の存在を一貫して敵視する態度を続けております」との部分も、実態を述べたものにすぎない。すなわち、「膨大な賃金カット」及び「全従業員の生活破壊」というのは、昭和五四年一〇月から文書送付時までの一〇か月間に債権者らに対する不払の賃金は一五〇万円にも達していたこと及び賃金遅配、一時金の不支給により組合員のみならず他の従業員も生活の苦しさに耐えかねており、退職していった者もいることを意味し、また、「理由のわからない減給処分、出勤停止処分を乱発し」というのは、債権者らに対し、だれの、いつの行為かすら不明の、誤認した事実に基づいてされた減給処分、出勤停止処分をいうのである。更に、「賃金カット」及び「これまで締結してきた労働協約を無視し続ける」というのは、就業規則三三条一項に完全月給制が定められ、遅刻、早退、欠勤などによっても賃金の控除をしないことが長年にわたり実施されて労働契約の内容となっていたのに、チショーが組合に打撃を与えるため、事前協議同意約款を定める協定に反して、一方的に就業規則を変更して、賃金カットを行うようになったことをいうのである。

第三に、「関係各位の皆様方にも少なからずの影響を及ぼさないとも限らない」とあることについては、債権者らにチショーの主張するような不当な動機、目的がなかったことは、前記のとおりである。しかも、右文言に続いて、「と苦慮し、今般、現状の御報告にふみきった次第であります」とあるのを素直に理解すれば、労使間の紛争が取引先に不測の事態を引き起こすことに対する注意を喚起し、これを取引先に報告しなければならない必要性を述べたにすぎないことが明白である。

4  抗弁5(一)の事実は否認し、(二)の主張は争う。

昭和五五年八月二五日以降、チショーは債権者らに対し一七回にわたり連続した出勤停止処分を行って、債権者らを事実上解雇したに等しい状況を作り出す一方、その間にチショーの事務所は閉鎖され、債権者らの担当していた業務はヤーマンとはまに移行、継承され、染谷もこれらの会社に出入りするだけでその行動をつかみ得ない状態となっていた。そのため、組合としては、債権者らの生存と組合としての活動を継続するために染谷との交渉をする機会を作るべく、ヤーマンやチケンの事務所で染谷が来るのを待機するほかなかったし、チショーの業務を継承したヤーマンに対しては、これまで債権者らが担当していた業務に就労させることを求める必要があったので、ヤーマンに赴いたのである。ところが、ヤーマンやチケンは、このような債権者らの行動に対し、入り口を閉ざして応じようとしないばかりか、かえって、体当たりを加えたり、けるなどの暴行をするに及んでいたのである。

5  抗弁6(一)の事実は否認する。ただし、東京地方労働組合評議会、総評全国一般東京地方本部、江東区労働組合協議会、チトセ闘争支援共闘会議及び組合が昭和五五年九月二五日に精機学会の事務所及びオーアーゲー・ハウスに赴き、紛争の実情を訴え、シンポジウム当日に情宣活動を行うことへの了解を求めたこと、シンポジウム当日債権者ら(大井を除く。)が支援の者と共に会場前道路上で約二時間ビラを配布し、マイクで紛争の実情を訴えたことはあるが、参加者の入場を妨害したり、マイクでどなったりしたことはなく、何らのトラブルもなかった。(二)の主張は争う。

債権者らが右のような行動をしたのは、チショーが右シンポジウムに関与していることを知り、これまで述べたようなチショーの態度に対して、広く社会にその実情を訴えるとともに争議の解決に向けてのチショーに対する説得を依頼することを目的としたもので、正当な組合活動である。また、債務者会社は、債権者らの行為によりチショーの営業に対して支障を来した旨主張するが、当時既にチショーの営業部員は全員退職し、債権者らは連続した出勤停止処分を受けていたので、チショーには計測器関係の業務が全く存在していなかったのであるから、チショーはシンポジウム開催については何らの利害関係もなかったものである。

6  抗弁7(一)のうち、組合が本件解雇時まで組合事務所を使用していたことは認めるが、その余は争う。(二)の主張は争う。組合が組合事務所を使用していたのは正当な権限によるものであり、また、このような組合事務所の使用が債権者らの懲戒解雇理由たり得ないことは明らかである。

チショーと組合との事務所貸与に関する合意によれば、本件組合事務所は昭和五五年一〇月一五日を一応の期限とし、その到来時には組合の希望を入れた他の物件を提供するというものであった。また、本件物件についてのチショーと中洲との賃貸借契約は、当初の期限である昭和五四年五月三一日の経過により期限の定めのない賃貸借となっていたものであるところ、チショーは、貸主の中洲から明渡しを求められたことはなかったのに昭和五五年八月ころ中洲に対して一方的に明け渡す旨を申し入れ、組合に対しては代替事務所の提供をすることなく、貸与期限前にその明渡しを求めてきたのである。これは、何らの正当の理由がない組合事務所貸与契約の解除であって無効というほかなく、チショーはもっぱら組合活動を妨害する目的でこのような行為に出たことが明らかである。そして、このことは、その後、チショーが組合事務所に不法侵入し組合の備品を持ち出し、これの返還の条件として、債権者らに対し存在しない顧客リストの返還と一連の組合活動に対する謝罪文の提出を求めるという不当な要求をしていることからしても一層明らかである。

7  抗弁8(一)の事実は否認する。ただし、チトセ闘争支援共闘会議の行動として、その所属の者四名が昭和五五年一二月一日はまの青山サロンに赴いたことはある。(二)の主張は争う。

はまは、チショーと同様山崎の支配下にあり、同人の指示の下に組合の活動を排斥するためにチショーの美容部門を継承したものであるから、債権者らは、この事実を指摘して団体交渉に応じることを求めていた。しかし、山崎は、一貫してチショーの経営とは無関係であるとして組合との交渉及び接触を避けており、染谷もチショーの事務所閉鎖後姿をくらましていたのである。そこで、債権者らは、青山サロンの開設という山崎傘下の企業グループの記念事業であれば、必ずや山崎や染谷が姿を現すであろうと考え、青山サロンに赴いたのであり、また、これは、はまも同企業グループの一員として紛争の発生と拡大についての責任を有するところから、その代表者浜口敬子にも面会して話合いを求めるためのものでもあった。

また、その当日の状況も、建物前で多数人が情宣活動をし、債権者林及び富永と支援団体の者二名がビルの中に入ったにすぎない。そして、三階で浜口の所在を聞いて、直ちにパーティ会場の五階に赴いたところ、浜口らが「関係ありません、帰って下さい」との対応しかしないため、チショーとはまとの関係について説明を行ううちに、私服警察官が来て応接室で平穏に話し合い、警察官の勧めに応じて申し入れ書を机の上に置いて退去したというもので、パーティ会場には足を踏み入れていないし、したがって、パーティには何らの支障もなかった。なお、本件の行動には、債権者石井は全く参加していない。

五  再抗弁

1  労働基準法二〇条違反

チショーは、昭和五五年一二月二三日付けをもって債権者らを予告手当を支払うことなく懲戒解雇したが、解雇予告手当除外認定の申請については不認定の決定を受けている。しかし、債務者会社は、今日に至るまで解雇予告手当を支払っていない一方、同日付けの懲戒解雇に固執する態度をとっているのであるから、このような懲戒解雇は無効である。

2  不当労働行為

債務者会社は、組合結成以来、一貫して組合を嫌悪しており、本件解雇は組合を構成している債権者ら四名を企業外に排斥するために行われたもので、その経緯及び事情は四1(一)及び(二)に述べたとおりであるから、不当労働行為として無効である。

3  解雇権の濫用

本件解雇は、債権者らのだれが、いつ、どのような行為をしたのかの特定もされておらず、各人の行為の態様とは無関係に一律に組合員であることを理由にされたもので、債務者会社が掲げる理由は、いずれも事実が存在しないものであるとか、何ら不当ではないものである。しかも、本件解雇に先立って債権者らに対してされた出勤停止処分において既に処分の理由とされたものを二重に取り上げているものも存するのであり、これらの事情と前記の不当労働行為の事情とを考え併せれば、本件解雇は、解雇権の濫用であって無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1の事実は認めるが、その主張は争う。同条に違反しているからといって、懲戒解雇が無効となるものではない。同2及び3の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  申請の理由1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件解雇に至る経緯

債務者会社とその関連会社の統廃合や業務の移行が別紙一のとおりであることは当事者間に争いがなく、この事実に、(証拠略)並びに債権者富永(第一、二回)及び債務者会社代表者染谷の各本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を一応認めることができる。

1  債務者会社

債務者会社は、昭和四四年七月一八日に山崎行輝によって設立された株式会社チトセ商会(昭和五一年七月二四日にチショー株式会社と、また、昭和五六年一月一〇日には更にヤーマンリミテット株式会社と商号変更した。)を母体として、これと、ここからその技術部門を独立させて昭和五二年七月四日に設立されたチケン株式会社と、美容機器部門の一部を移行して昭和五四年二月二一日に設立されたはま株式会社との三社が、昭和五六年四月一三日にヤーマンリミテット株式会社(昭和五三年五月二七日に設立されたもので、先のチショーの変更後の商号とは同一商号だが、東京都中央区日本橋茅場町所在の別会社)に吸収合併され、更に、昭和五六年五月二〇日その商号をヤーマン株式会社と変更して今日に至っているものであり、この間の会社の統廃合や業務の分散、移行の経緯は別紙一のとおりである(なお、チショー、チケン及びはまの本社はいずれも東京都江東区門前仲町ヤマヤビルにあった。)。

また、これら各会社は、山崎によって設立されたか、あるいは、山崎が筆頭株主であるか、更には山崎がこのようにして影響力を行使し得る会社に出資をさせて設立された会社であって、山崎自身はこれらの各会社の従業員からオーナーと呼ばれる存在であった。そして、山崎は、昭和五三年一月にその一〇〇パーセントの出資によるアメリカ法人ヤマサンを設立し、当時チショーが有していたアメリカ等の会社との総代理店契約をヤマサンに移行させ、その上でチショーをヤマサンからの指示の下に製品の輸入と日本国内での販売業務を行うだけのものとし、チケンをその製品の修理及び国産化を図る技術部門と位置づけ、こうして、山崎を頂点とする企業グループを形成した。このような企業グループ内では、各会社の細かな事情や意思決定に至るまで、テレックス等を通じてアメリカに居住する山崎への報告がされ、山崎の指示の下に各事項が決定、実行されるという状態であったし、また、同様にして各会社間の従業員の異動も行われていた。そして、この事情は、昭和五四年一月にヤマサンの代表取締役がチショーの第二事業部長であった松本行雄となってからも、変わることなく同様であった。

2  組合の結成と第一次争議

株式会社チトセ商会では、従来から土曜日を休日とする完全週休二日制が行われていたが、昭和五一年四月一九日、従業員に対しこれを廃止する旨通知したため、これに反対した女子従業員一八名の連名による土曜出勤をしない旨の通告が社内に張り出された。これに対し、右会社は、そのうちの島崎美喜代を首謀者と見なし、同月二三日に同人を解雇した。そこで、同日、右一八名によって組合が結成され、翌日、会社にその通告を行い団体交渉を行ったところ、右会社は、即座に右の通知及び島崎の解雇を撤回し、従前どおり週休二日制とし、島崎を原職に復帰させる旨の協定が締結された。

その後、右会社は、組合からの団体交渉の申入れに対し、人数を三人に制限するなど一方的なルールを作成し、これに従わない限り団体交渉は行わないなどの態度をとったり、組合員に仕事を与えなかったりするなどし、更に、同年六月二一日には組合役員の配置転換を行い、同年一二月八日には営業不振を理由として組合員全員(当時八名)を整理解雇するなどしたことから、チショーと組合との間に労使紛争(いわゆる第一次争議)が発生した。この争議は、組合が都労委に不当労働行為の救済の申立てをし、審問及び和解手続を経た後、昭和五二年九月二〇日に両者の自主交渉により解決し、同日付けの協定の締結と山崎の謝罪文の交付がされた。

この協定によれば、<1>会社は、右争議の責任を認めて解雇撤回、原職復帰、バックペイと解決金の支払を行う、<2>賃金、労働条件の変更等及び会社の解散、事業所の閉鎖、移転、新会社設立、名義変更等を行うときは、事前に組合と協議し、組合の同意を得て行う、<3>会社との交渉、協議及びその準備に要する時間全部、上部団体等の行事等又は組合業務に従事する時間のうち組合全体で月六四時間、並びに緊急やむを得ない場合に組合員一人につき月八時間については有給として一切の査定を行わない、<4>組合掲示板と組合事務所を便宜供与するなどが定められており、これに基づいて、同年一〇月六日に債権者らは原職復帰し、また、同月一五日にチショーは中洲健一から賃借していた建物を組合事務所として三年間組合に貸与した。この組合事務所の貸与については、同日付けで、家主の返還請求があったときは直ちに立ち退くとともに、会社はそれに代わる事務所を設置すること等を合意した確認書が取り交わされた。

3  第一次争議後の状況

(一)  チショーの組合に対する通告等

第一次争議の解決後、チショーは、売上減による業績不振、第一次争議の解決金等の支払、ヤマサンの前身のチショーカリフォルニアが解散したための株式評価損及びチショー本社の門前仲町ヤマヤビルへの移転に伴い返還を受けるべき従前の新槇町ビルに差し入れていた敷金の返還不能による損害の発生を理由に、次に述べるとおり賃金支払の遅延等を通告し、また、債権者らの勤務態度が不良であるとして懲戒処分を行ったりした。

(1) まず、昭和五三年二月に希望退職の募集と二月分の賃金の支払遅延の申入れを行った(これらはすぐに撤回された。)。また、同年五月ころ、組合からの夏期一時金二・五か月分の要求に対しゼロ回答を行い(その後の団体交渉により、チショーは、代表取締役である染谷の自宅を担保に借入れを行い、同年八月に賃金の約〇・六か月分に相当する一律一〇万円の回答をしたが、組合は、会社の経理について十分な説明がなく、要求と懸け離れていることから交渉を決裂させ、腕章の着用、組合旗の掲揚、ステッカーのはり付けなどを行うようになった。)、同年冬の年末一時金の三か月分の要求に対してもゼロ回答を行った。そして、昭和五四年一月二三日及び二月一四日には、一月分及び二月分の賃金支払を遅延することを通告し(組合員がこれに対して三月一日にチショーや山崎、染谷の財産に対する仮差押えを申請したところ、その命令送達の翌日に全額の支払がされた。)、同年三月には、女子事務員については一律五万円の減給をすること、美容機器の販売等を担当する第一事業部を廃止し、ここに所属する組合員三名の配置転換を行うこと、昭和五三年五月に組合との間で基本給等の算定について締結した協定等を破棄すること、時間内組合活動について賃金の支払をしないこと(これは昭和五四年一一月から実施された。)等を相次いで通告した。更に、同年八月二〇日には八月分の賃金を九月三日まで、同年九月二一日には九月分の賃金を一か月、それぞれ遅配することを通告した(九月分については、組合が一〇月三日に労働基準監督署に申告を行ったところ、その直後の同月六日に全額の支払がされた。)。

(2) チショーでは、就業規則三三条一項に完全月給制である旨の定めがあり、債権者らが入社して以来従業員が遅刻、早退、欠勤等をしてもこれに見合う賃金を控除せず全額の支払をしていたものであり、また、前記昭和五二年九月二〇日付け協約にのっとり時間内の組合活動や有給休暇の事後届出ができることとされていたところ、チショーは、昭和五四年一〇月一一日に、債権者らに対して、遅刻、早退、欠勤や時間内の業務命令違反が多いこと及び有給休暇を事前届出しないことを理由に、一律賃金の一〇パーセントを三か月間減給する旨の掲示を行った。次いで、同月一五日には、組合との事前協議をせず、またその同意を得ることなく、組合に対し、就業規則中の完全月給制を月給制に変更し、遅刻、欠勤等に見合う分の賃金を支給しないものとすることを通告した。また、同日、債権者大井に対し、同月一二日のチケンの代表者英正夫に対する業務妨害を理由として七日間の出勤停止処分をし、更に、同年一二月一四日には、大井を除く債権者らに対し、同日の社長室乱入を理由として出勤停止処分を行った。

(二)  組合の対応とチショーの態度

(1) 組合は、チショーからのこのような通告に対して、第一次争議の原因となった組合員の整理解雇後、チショーが新たに従業員を雇用していること、前記のように仮差押えや労働基準監督署への申告を行うとすぐに賃金遅配が解消されることなどからして、チショーの業績が不振とは考えられないとして、チショーの赤字は、企業グループの各社の収益がすべて山崎個人に吸い上げられているためであり、チショー自体では十分な利益があると主張し、具体的な説明を求めて団体交渉の申入れを繰り返し行った。この団体交渉の申入れについては、組合は、これまでと同様に就業時間内に行うことを求めたが、チショーは資金繰りに忙しいこと等を理由に終業後でなければ行わないとしたため、結局昭和五四年三月ころから同年一一月までの間は団体交渉は行われないままで終わった。

なお、当時のチショーの経理状況は、昭和五三年度(昭和五三年七月一日から五四年六月三〇日まで)及び昭和五四年度(昭和五四年七月一日から五五年六月三〇日まで)の確定申告書によると、それぞれ約一〇〇〇万円及び三〇〇〇万円の欠損の申告となっており、また、前記のとおり染谷自身が自宅を担保に借入れをするなどしているが、その一方で、チショーには、組合の主張するような事情があり、また、収益性の高い第一事業部の業務を、もとチショーの従業員でありはまの代表者になった浜口敬子に譲渡した上で第一事業部の廃止を提案するなどの挙に出ている。したがって、チショーの業績が直ちに前記の各通告をしなければならないほどに切迫していたのかどうかは明らかではなかった。

組合は、債権者らに対する処分についても、これに抗議するとともに、処分理由の具体的説明を求め、また、就業規則の変更等に対しては、その撤回を求めて団体交渉の申入れを行った。

(2) 債権者らの勤務態度をみると、前記昭和五二年九月二〇日付け協定により時間内組合活動や遅刻、早退、欠勤の際の賃金控除がされていなかったこともあって、かなりの遅刻、早退、欠勤や組合活動のための就業時間中の職場離脱があり、また、染谷が出社するとこれを取り囲み、就業時間内の団体交渉の開催を長時間にわたり要求するなど、勤務態度は決して良好といえるものではなかった。しかし、一方、これに対するチショーの対応をみると、組合からの団体交渉の申入れに対し、資金繰りの多忙のため終業後にしか団体交渉は行えないとする一方で、昭和五四年九月には、染谷が独身の債権者らの実家を訪れて債権者らの行動を批判し、その周辺住民に債権者らを批判したビラを送付するなどの行動をしたり、組合との事前協議、同意約款に反して一方的に就業規則や前記協定の変更、破棄を通告、実施するなどの態度をとっていたことや、出勤停止処分についても、処分理由について明確な説明をせず、その理由自体が業務妨害の相手方であるとされた英がそのような事実がないことを確認しているような事項であったり、出勤停止処分中に出社した債権者らに対して仕事をさせ、また、有給休暇の承認を与えたりするというずさんなものであって、その対応は適切とはいい難いものであった。

また、これら一連の期間の間には、組合がチショー事務所内にステッカーや組合旗をはり付けたりしたため、染谷がこれをはがそうとして両者の間でいさかいが生じたこともあった。

(三)  これ以降の状況

(1) 昭和五四年一一月一九日から昭和五五年七月までの間には都労委の勧めにより、都労委の建物を借りて一三回くらい労使の団体交渉が開催されるようになった。ここでは、組合は、チショーの代理店契約のヤマサンへの譲渡やヤーマンの設立とそこへのチショーの業務の移行及びチショーの第一事業部の廃止とはまへの業務の移行などをとらえて、組合を嫌悪したためにチショーの業績不振を作り出し、債権者らを企業グループ外へ排斥することを企図したものであるなどとして、このような事態についての説明と原状回復を求め、また、懸案となっていた夏期及び年末一時金の問題等を取り上げた。チショーは、これに対して、従前から右各会社は関連会社にすぎないとの立場をとり、他の会社のことについての団体交渉には応じられないとの態度をとっていた。また、チショーは、一時金についても、遅刻、欠勤等の事前届出をすること、代表取締役自宅付近でのビラ配布や事務所内でのステッカー等の使用をしないこと、組合活動は業務に支障のない限りで事前届出の上行うこと、他人の業務に支障を来す言動を慎むこと等の誓約書に署名することを条件として、昭和五三年夏期は一〇万円、昭和五四年年末は一か月分、その余はゼロとする回答をしたにとどまった。組合は、一時金の支給について右のような条件を付するのは不当であるとし、また、一時金の回答の内容についても納得できないとして経理資料を公開するよう迫ったが、チショーはこれを拒否したため、この八か月にわたる団体交渉は決裂した。そして、以後は、組合からの頻繁な申入れにもかかわらず、一回都労委の勧めで団体交渉が行われただけで、本件解雇に至るまでついに団体交渉は行われなかった。

そして、昭和五五年七月一七日の右団体交渉決裂の際には、組合は、チショーに対し、もはや取引先に圧力をかけてチショーの譲歩を迫るほかには解決の方法はないとして、取引先へ宣伝文書を配布する旨言明しており、これを実行に移して本件文書の送付を行った。

(2) チショーは、この取引先への文書送付について、同年八月二一日、事務所内に「皆さんのセールスの邪魔をこのようにしています、労働者の敵チトセ労組を許すな」との張り紙を掲示した。また、このころにはチショーの本社営業部員全員がヤーマンに移籍してしまい、その結果チショーにはみるべき業務が存在しなくなったため、チショーのヤーマンへの業務移行がほぼ完了したという事態となった。そして、同月二五日に債権者らがチショーに出社すると、玄関に債権者らに対する本件文書の送付を理由とする同日から八月三一日まで七日間の出勤停止処分の掲示がされており、チショー事務所は施錠され閉鎖されていた。そして、債権者らに対しては、これ以降連続して別紙三のとおりの一七回にわたる出勤停止処分(なお、そのうちには、期間の計算の誤りがあったり、処分理由が時間的に前後していたり、誇張された事実に基づいてされたりしたものもあって、総じてかなりずさんな処分であった。)が行われ、この間に行われた債権者らの行動を主たる理由として本件解雇がされるに至った。

三  本件解雇の理由について

1  チショーの就業規則の定め

(証拠略)によれば、本件解雇に関連するチショーの就業規則の規定は、次のようなものであることが認められる。

第三〇条(服務心得)

3 常に会社の信用、品位に傷つけないよう心得ること。

6 職場の風紀・秩序を乱さないこと。

第五〇条(制裁)

従業員が次の各号の一に該当するときは、次条の規定により制裁する。

(1)  本規則にしばしば違反するとき

(2)  正当な事由なく無断欠勤が多であるとき

(3)  故意に他の従業員の就業妨害をしたとき

(4)  許可なく会社の物品を持ち出したり、持ち出そうとしたとき

(5)  許可なく在職のまま他企業に雇用されたとき

(6)  その他前各号に準ずる行為をしたとき

第五一条(制裁の種類・程度)

制裁は、その情状により次の区分に従う。

(3) 減給 最高限平均給与の一割以内とし、期間は最大三ヵ月以内とする。

(4) 出勤停止 七日以内出勤を停止し、その期間中の賃金は支給しない。

(5)  懲戒解雇 予告期間を設けることなく即時解雇する。

2  染谷に対する暴行・傷害について

(一)  (証拠略)によれば、昭和五四年一〇月二三日、前記のとおり当時組合とチショーとの間では団体交渉が行われていなかったため、債権者ら四名と支援の者の合計一〇名以上が、団体交渉の申入れのため門前仲町ヤマヤビル二階のチショーの事務所に赴いたが、チショーの事務所には染谷がいなかったため、同じ階にあるチケンの事務所に行ったところ染谷がいたこと、染谷は債権者らに対して「ここはよその会社だから外へ出よう」と答え、チケンの事務所から、外の廊下へ出ようとしたが、そのときに転倒したこと、染谷は後ろからけられてコンクリートの柱に背中を打ち負傷したとして救急車の救援を求め、債権者ら代理人弁護士も救急車に同乗して鈴木外科病院へ行き腰部打撲傷の病名で全治一〇日間の診断を得たが、他覚的所見はなく本人の主訴だけであったこと、染谷は、同月二六日付けで深川警察署に被害届けを提出したことが一応認められる。

(二)  しかし、この事件については、解雇理由中において染谷に対する加害者がだれであるかの特定は全くされていないし、債権者らが直接これを行ったとか、あるいは支援の者とあらかじめ共謀するとか、これを指揮して行ったとかいうことは本件全疎明によっても明らかではないのである。その上、この事件に対するチショーの対応も、(証拠略)によれば、「暴力組合本性をあらわす、何が目的か、金か、会社をつぶすことか」、「告訴する」といった記載のあるビラを債権者らの実家に送り付けたりして、この事件を組合に対する攻撃の材料としていたことが認められる一方(なお、告訴は実際にはされていない。)、これまで大井を除く債権者らに対するチショー社長室への乱入を理由とする出勤停止処分や債権者ら全員に対する一七回の連続した出勤停止処分をした際には、何らこの事件について触れることもせずに、本件解雇をするに至り突然一年以上も前のこの件を解雇理由としたという不自然さも見受けられるのである。そうすると、染谷が供述するような行為が果たしてあったのかは、極めて疑わしいものであるといわざるを得ないのであって、これをもって債権者らを懲戒する理由とすることはできない。

3  取引先への文書送付について

(一)  債権者らが、昭和五五年八月一日及びその後二回にわたり組合や総評全国一般東京地方本部、東京地方労働組合評議会、チトセ闘争支援共闘会議等の名義でチショーの取引先である通産省工業技術院等に対し、別紙二記載の内容(又はこれとほぼ同内容)の文書を郵送したことは債権者らの自認するところであり、また、債権者らが右の文書を郵送するに至った経緯は前記二の3(三)に認定したとおりである。

そして、(証拠略)、債権者富永の本人尋問の結果(第一回)によれば、債権者らは、本件文書を同月一日に九社、同月一八日と一九日に合わせて一六社の合計二五社に郵送したことが認められる。債務者会社は、債権者らが本件文書を郵送したあて先は七〇〇社以上に上る旨主張し、債務者会社の代表者染谷本人はこれにそう供述をしているが、同人がこのようにいう根拠は七〇〇枚以上ある封筒の束の一番上にあて名が書いてあるのを見たことから推測したというにとどまり、また、その主張する枚数自体も、同人の記載した書面である(証拠略)中では約一五〇〇以上であるとするなど不明確なもので、これをそのまま信用することはできず、他に郵送先が二五社以上であることをうかがうに足りる疎明はない。

(二)  ところで、労働組合が配布する文書は、労働組合員やその他の関係者に労働組合やその活動についての関心を呼び起こし、その主張を周知徹底して賛同を求める目的で発行されるものであって、労働組合の行う教宣活動のうちでも重要な手段の一つであるが、このような文書の配布が正当な組合活動として許されるか否かは、文書の内容、配布の目的、配布先等の事情を考慮して決すべきである。

そこで、まず、本件文書の内容についてみると、本件文書は、チショーと組合との間には二年有余にわたる労使紛争が続いていること、その原因はチショーの組合敵視の態度にあることを訴え、このことは取引先にも影響を及ぼすおそれがあるとして、組合の行動に理解を求めるとともに争議解決のための力添えを要請するというものである。債務者会社は、本件文書に記載された事実は虚偽であると主張するので、検討する。

まず、本件文書中の「会社はこの組合に対し、昭和五三年夏期一時金における〇・六ケ月分の回答以来、五三年の年末一時金、五四年の夏期一時金と連続して○回答、そして五四年の年末一時金は争議行為の停止を条件に一ケ月という不誠実な回答を繰り返すのみでした。また、五四年年頭には一月~二月分の賃金遅配を皮切りに同年中四度に亘り賃金遅配を行い、更に同年一〇月から理由のわからない減給処分、出勤停止処分を乱発し膨大な賃金カットを行うなど、組合員のみならず、全従業員の生活破壊を行い、そのかたわら、これまで締結してきた労働協約を無視し続ける等、組合の存在を一貫して敵視する態度を続けております」との事実経過に関する記載は、事実に関する評価について異論があり得る点や誇張された点があるものの、前記二の3で認定した事実とおおむね合致しており、殊更に虚偽の事実が記載されているものではない。「全従業員の生活破壊」、「膨大な賃金カット」との表現は、多少過大な表現ともいえなくはないが、一年間で四回の賃金遅配等があるのであるから、これによる従業員の生活への影響の大きさを表すために用いられた表現であると理解し得るし、「理由のわからない減給処分、出勤停止処分を乱発し」、「これまで締結してきた労働協約を無視し続ける」との表現も、当時のチショーの経理状態や債権者らの勤務態度にかんがみると、組合からする一方的な見解だけが表明されているようにも見受けられるが、現にチショーは前記のような債権者大井に対する出勤停止処分のように具体的理由も判然としない処分を行ったり、組合との事前協議、同意約款に反する就業規則や協定の変更、破棄の通告とその実施をしていたのであるから、右表現も一応の根拠を有していたものであり、幾分かの誇張があるとしても、不当なものともいい難いものである。

しかしながら、本件文書の配布先は、いずれもチショーの取引先であって、これらの取引先へ直接郵送されたものである。そして、本件文書中の「ひいては関係各位の皆様方にも少なからずの影響を及ぼさないとも限らないと苦慮し」との記載とも相まって、これを受け取った取引先においては、チショーでは労使紛争が長年にわたって続いており解決の見通しがないこと、この労使紛争により自らも影響を受けるおそれがあることを認識するであろうこと、したがって、取引先の中にはそのような影響を受けないためにチショーとの取引の中止を考えるところもあり得たものと考えることができる。そうであるとすれば、本件文書の送付は、チショーの営業活動に支障を生じさせるおそれがあったものといわなければならない。

更に、本件文書の配布の目的について考えてみると、本件文書の内容自体からは、チショーの取引先に対して、チショーと組合との間に紛争が存在することを知らせるとともに組合の主張に理解を求め、紛争解決のための力添えを要請するためのものであることがうかがえる。そして、この限りにおいては、本件文書の配布の正当性が問題とされることはないであろう。しかし、チショーの労使紛争について、その取引先が取引先であるという理由でその解決のために何らかの尽力をなし得るということはほとんど考えられず、本件文書を配布した組合の目的は、取引先にチショーとの取引をやめた方がよい旨を告知し、その反応によりチショーを困惑させ、その圧力を背景として団体交渉を組合に有利に取り運ぼうとするものであったと解するのが相当である。

以上のような事情を総合して考えると、本件文書の配布については、組合活動としての限界を超える点があったものといわなければならない。したがって、債権者らの本件文書の送付は、就業規則三〇条三項に違反し、同五〇条六号に該当するものというべきであるが、その責任の程度については、本件文書の送付が、組合とチショーとの九か月にわたる団体交渉が何らの進展もみないまま決裂し、以後の展開について手詰まりの状況下でされたという経過やこうして送付された文書の内容については格別不当なものとはいえないことをも併せ考えるべきである。

4  関連会社の営業妨害について

(一)  チショーが、昭和五五年七月の団体交渉の決裂後、右文書送付事件を理由として同年八月二五日に債権者らを出勤停止処分にし、以後連続して同処分を重ねる一方、チショーの事務所を閉鎖し、チショーの業務をヤーマンに移行したことは、前記二の3(三)で認定したとおりである。そして、(証拠略)並びに富永(第一回)、染谷及び債務者会社代表者松本行雄の各本人尋問の結果によれば、次の事実が一応認められる。

右のような状況が生じた後、染谷もチショーの事務所には出社せず、その所在が債権者らにとって判然としない状況になっていた。そこで、債権者らは、以上のような事態をもって、債権者らを山崎傘下の企業グループから排斥する計画が実行に移されたものと受け止めて、染谷に対しこの経緯についての釈明を求め、また、チショーからヤーマンへの業務移行がされてしまったのであれば、債権者らもヤーマンにおいてチショーで担当していたのと同様の業務に就くことを求めることとして、ヤーマンの事務所に赴き染谷が来るのを待ち受けたり、あるいは直接ヤーマンに対して団体交渉の申入れを行おうとした。

債権者らが、ヤーマンの事務所に赴いた態様は、昭和五五年八月二六日以降おおむね週に一ないし三回、ヤーマンの従業員の出社する時刻前後から、債権者らとその支援の者がヤーマンの事務所のある日進ビル前の路上に集合し、このうちの数名が六階まで上ってきて、団体交渉の開催と就労の要求をしようとしたが、ヤーマン側ではこれに応ぜずドアを閉めたりするので(なお、その際に、ヤーマンの従業員との間で暴力に及ぶ程のいさかいが生じたこともあった。)、インターホンを鳴らしたりしたうえ、数十分程度滞在し、その後再び日進ビル前で集会等をするというものであった。また、右出勤停止処分後、組合とチショーとの間では、都労委が間に入り、その建物を借りて団体交渉を一回したことがあるが、このときには、組合は、出勤停止処分を撤回して債権者らを従前と同様の業務を担当することができる職場に戻し、その上で話し合うべきである旨主張し、チショーは、これに対して出勤停止処分を続けたので、結局交渉は決裂した。

以上の認定に反し、債務者会社は、債権者らがヤーマンの事務所のある六階フロアーを平均して三時間くらい占拠し、ヤーマンあるいはこれに業務委託していたチショーの業務を妨害した旨主張するが、このような事実は(証拠略)によっても認めるには足りないのであって、他にこれを認めるに足りる的確な疎明はない。

(二)  以上の事実からすれば、ヤーマンはチショーとは別の会社であるとはいえ、前記認定のようにチショーと密接な関係を有し、かつ、チショーからヤーマンへの業務移行については債権者らをチショーから排斥しようとする意図の下に行われたものとうかがえる節もあり、債権者らが染谷らチショーの責任者との面会を求めてヤーマンの事務所へ赴いたことにはやむを得ないところもある。ただ、ヤーマン側で面会に応じないことを明らかにしているにもかかわらず、ドアの前で数十分程度滞在したことにより、ヤーマンの業務の遂行に支障を生ぜしめたであろうことは容易に推認することができ、債権者らの行為には行き過ぎの点があることは否定できず、就業規則三〇条三項に違反し、同五〇条一号又は六号に該当するものと解することができよう。しかし、債権者らが右のような行動をとるに至ったことについては、債権者らを出勤停止処分にしたチショーの代表者の染谷が、チショーの事務所を閉鎖しその所在を明らかにすることもしないという企業の責任者として極めて異常な行動をとり、かつ、チショーと極めて密接な関係にあるヤーマンにおいても債権者らの面会要求に対し問答無用ともいうべき態度をとったことに一因があるという事情も考慮しなければならない。

5  シンポジウムの妨害について

(一)  (証拠略)及び債務者会社代表者松本の本人尋問の結果によれば、次の事実を一応認めることができる。

チショーは、レーザードップラー計測機メーカーである西ドイツのオーエーイー(OEI)社の日本販売代理店をしていたところ、同社の顧問でレーザードップラーに関しての権威である学者が来日することになったので、これを機にシンポジウムを開催し、これを利用してレーザードップラーを利用した計測機の営業活動を行おうと計画した。そこで、精機学会が主催者となり、昭和五五年一〇月三日に「レーザードップラー技術とその応用」と題するシンポジウムを開催することになり、チショーはその事務手続や会場費の負担をし、その見返りに当日会場にチショーの取り扱う計測機の展示を行わせてもらうことにより商談等を行うこととなった。組合は、このようなチショーの計画を知り、このシンポジウムの開催を機会に労使紛争の実情を訴え、その解決に向けてチショーへの説得を依頼するとの目的で、まず、同年九月二五日に、債権者ら及び支援の者のうち四名が右学会の事務所とシンポジウム会場に予定されたオーアーゲー・ハウスに赴き、前記3に記載した文書とほぼ同趣旨の内容の要望書を手渡し、労使紛争の早期解決に向けての助力を求めるとともに、シンポジウム当日会場でビラをまくことについての許可を求めた。そして、シンポジウム当日は、債権者ら(ただし、大井は除く。)及び支援の者が、会場前の路上において宣伝カーのマイクで情宣活動を行い、「処分撤回、原職奪還」等と記載したゼッケンや腕章を着用してビラをシンポジウムの参加者に配布した。チショー側では、学会等から事前に組合の動きを知らされ、西ドイツ大使館や赤坂警察署に協力を依頼していたこともあって、債権者らや支援の者で会場内に立ち入った者はなく、当日は格別の混乱もなくシンポジウムが開催され、平穏に終了した。ただ、このような組合の行動のため、シンポジウムにふさわしくない雰囲気となって、参加者の中には参加をせずに帰った者もおり、また、後日、参加者からチショーに苦言が寄せられたりした。

以上の認定に反して、債務者会社は、債権者らが、本件シンポジウムの開催を中止させてチショーに打撃を与えようとの意図の下に、精機学会事務所やオーアーゲー・ハウスへ要請に赴いた際にシンポジウムの開催中止を求めた旨主張し、これにそう(証拠略)がある。しかし、右学会事務所に債権者らが赴いたとする(証拠略)中にはこのような記載は何ら存しないし、(証拠略)自体も債務者会社が用意した文書に報告者が署名押印したものにすぎず、「概ね上記のとおりと思います(古いことなので)」との注記があり、判然とした記憶に基づくものであるかは疑問のあるものであること、組合が作成した要望書やビラの内容をみると、シンポジウム参加者への訴え掛けを中心とするもので、シンポジウム自体の中止を求める意図をうかがわせるような記載もなく、組合としてもシンポジウムの開催を中止させるメリットもないことなどを考え併せると、右各疎明を信用することはできず、他にこれを認めるに足りる疎明はない。

(二)  以上の事実によれば、債権者らの行動は、チショーが直接開催するのではないシンポジウムについて、第三者である精機学会事務所やオーアーゲー・ハウスに赴いたり、シンポジウムの参加者に対してビラを配布するなどの行為に及んでいる点で、本件シンポジウムの開催を機に第三者を利用してチショーに対して圧力を加え、自己の主張を認めさせようとしたものと認めるのが相当であり、そこには行き過ぎの点があって、そのためシンポジウム参加者との商談等について影響を与えたことは否定し難いところであるから、これは、就業規則三〇条三項に違反し、同五〇条六号の懲戒事由には該当するものというべきである。

6  組合事務所の不法占拠について

(一)  組合とチショーとの間の昭和五二年九月二〇日付けの協定に基づき、チショーが組合に対し、同年一〇月一五日から期間を三年として、チショーが中洲健一から賃借していた建物を組合事務所として貸与したことは、前記二の2で認定したとおりである。そして、(証拠略)及び債務者会社代表者染谷の本人尋問の結果によれば、次の事実が一応認められる。

チショーは、組合に対し、昭和五五年八月二二日付けで右協定が三年間の期間経過により同年九月二〇日に失効する旨の通告をし、続いて同年八月三〇日付けで組合事務所を同年九月一五日までに組合の物品を撤去して返還することを求める旨の通告をし、その一方で、家主の中洲に対しては組合からの回答もないうちに同月二〇日に明け渡す旨の通知をしたが、当時中洲との間の賃貸借契約は更新されており、中洲からその明渡しを求められたというものではなかった。組合は、これに対し、当初の労使間の合意では家主からの返還の申出があったときはチショーが代替事務所の提供をすることとなっていた旨主張し、また、昭和五二年九月二〇日付け協定の期間の延長を求めて、明渡しを拒否するとともに、チショーには当時組合事務所に使用していた建物を家主に返還しなければならない必要性もなく、右協定の期間満了前に組合がこれを明け渡さなければならない理由もないものと考えていた。しかし、チショーは、組合に明渡しの意思がないものとして、昭和五五年一〇月一〇日に組合に無断で組合事務所の鍵を取り替え、事務所内にあった組合の物品を撤去してしまい、同月一四日付けで組合に対し、右の物品をチショーで保管していること及びこれの返還は、組合がチショーの顧客リストを返還し、一連の事件に対する謝罪文を提出したときに行う旨通知した(なお、組合がチショーのいう顧客リストなるものを保管していることを認めるに足りる的確な疎明はない。)。組合は、このようなチショーの行為は不当であるとしてこれに応ぜず、その直後組合事務所の鍵を自ら取り替えた上で再びその使用を開始し、本件解雇がされるまでその占有を継続していた(組合が本件解雇時まで組合事務所を使用していたことは当事者間に争いがない。)。

(二)  以上の事実によると、チショーは、組合事務所を家主に明け渡すときには、代わりの事務所を提供することを約束していたにもかかわらず、家主からの返還要求もないのに代替事務所を提供することなく組合事務所の明渡しを求めた点で約束違反があるのみならず、組合に無断で組合事務所の鍵を取り替えて組合の物品を撤去したことは、組合事務所に対する組合の占有を一方的に侵奪したものとして違法であるといわなければならない。したがって、組合がその直後に自力でその占有を奪い返したことにも相当の理由があり、これを債権者らに対する懲戒解雇の理由とすることはできない。

7  青山サロンへの乱入について

(一)  (証拠略)によれば、次の事実が一応認められる。

はまは、昭和五五年一二月一日に東京都港区北青山にあるミヤヒロビル五階の青山サロンで、ビューティ部門の開設と美容研究所の青山移転及びビビアカデミーの開設を記念してパーティを開催した。債権者らは、はまが、組合の活動を排斥するためにチショーから美容部門を継承したものであると考えて、そのことについてはまの代表者浜口敬子に団体交渉を行うよう申し入れるとともに、同パーティには、債権者らにとって所在を把握し難い染谷や山崎が出席するのではないかと考えて、パーティ当日支援の者と共に同会場に赴いた(なお、債権者石井は参加していない。)。

このパーティでは、はまの客の外にチショーの招待による客もおり、染谷も出席する予定であったが、実際には出席していなかった。債権者らは、この日、鉢巻き、腕章やゼッケンを着用し、まず会場のミヤヒロビル前で情宣活動を行い、次いで債権者林及び富永と支援の者七名くらいが同ビルに入り、三階で浜口の所在を尋ねた後、五階のパーティ会場に行き、「山崎いるか」、「染谷いるか」、「山崎出てこい、隠れていてもわかっている」などと叫んだ。同ビルでは、エレベーターを降りるとすぐにパーティの会場となる構造となっていたため、中浜守司(ビビアカデミーの責任者)らは、債権者らがパーティ会場内に入らないように身体で制止しながら、「関係ありません、どうぞお引き取り下さい」などとの対応をし、団体交渉の申入れをしようとする債権者らとの間でやり取りが行われた。この間、パーティの客と組合支援者との間にも幾らかのやり取りがあった。そのうちに、はまからの通報により警察官が来て、債権者らと浜口を応接室に引き入れて事情聴取を行い、その後、警察官の説得に応じて債権者らが団体交渉の申し入れ書を応接室の机の上に置いて同ビルを退去した。

なお、債権者らが同ビル内にいた時間は双方の主張が対立しており、本件全疎明によっても明らかではない。

(二)  以上の事実によれば、債権者らの行動の趣旨及び目的は、これまでの事件と同様、債権者らに対する連続した出勤停止処分とチショー事務所の閉鎖がされて染谷の所在も判然としない状況下で、染谷らチショーの責任者との話合いを求めて行われたものというべきもので、この点において理解できる点がないでもない。しかしながら、その行動自体をみると、債権者らとチショーとの労使紛争に直接の関係のない客のいるはまの記念パーティに押し掛け、「山崎いるか、隠れていてもわかっている」などと叫ぶなど、パーティとはおよそ似つかわしくない行動をとり、パーティの実行に支障を生じさせているのであって、はま及びチショーの信用及び品位を傷つけたものというほかなく、組合活動としてもその正当性を逸脱したものというべきである。そうすると、債権者らの行為は、就業規則三〇条三項に違反し、同五〇条六号に該当するものというべきである。

四  本件解雇の効力について

1  チショーの就業規則をみると、前記三の1で認定したように、五〇条において懲戒事由を定め、五一条においてその情状によって減給、出勤停止、懲戒解雇などを行う旨定めているところ、本件で争われている債権者らの行動のうち、取引先への文書送付の件、関連会社の営業妨害の件、シンポジウムの件及び青山サロン乱入の件については、懲戒事由に該当するものであることは前記のとおりである。そこで、これらを理由として、チショーが債権者らに対する制裁として懲戒解雇処分をもって臨んだことが相当であるかどうかについて検討する。

債権者らのこれらの行為は、前記のようにチショーの信用や品位を傷つけるものであり、正当な組合活動として許容される限界を逸脱したものといわなければならず、その行為の態様に照らして、その責任は決して軽微なものということはできないのであって、もしチショーにおいて何ら非難されるべき点がないにもかかわらず、これらの行為が行われたものであるとすれば、懲戒解雇処分を受けてもやむを得ないほどのものということができる。

しかしながら、本件においては、チショーの組合に対する不誠実な態度や組合の存在を否認する数多くの行為が見受けられ、このようなチショーの行動が債権者らの行為の主要な原因となったものと見ることができる。すなわち、チショーは、組合との間の協定に反して事前協議や組合の同意なしに就業規則や協定の変更、破棄を通告し、また、組合からの団体交渉の申入れに対しては、一方的な団体交渉のルールを押し付けたり、資金繰りで多忙であるとして終業後でなければ団体交渉には応じられないとしつつ、債権者らの実家に赴き組合批判を行うなどして実質的な団体交渉拒否を行い、更に、ようやく団体交渉の席についたときでも組合が説明を要求しているチショーの経理状況や業務の分散移行などについて具体的な説明を行わないなどの不誠実な態度をとり、その一方で赤字を理由とする賃金遅配、減額の通告や一時金のゼロあるいは低額回答を行っていたのである。その上、チショーは、昭和五五年八月二五日以降本件解雇に至る約四か月の間は、債権者らに対して七日間の出勤停止処分を一七回も繰り返し、結局出勤停止の期間は連続して一一九日に及んだ上、処分の理由はずさんなものであった。しかも、右処分の不当を主張して面会を求める債権者らに対して、チショーの代表者である染谷らは、チショーの事務所を閉鎖してその所在を明らかにさえしないという無責任な態度に終始したのである。また、チショー、チケン、ヤーマン、はま等の関連会社の設立、商号変更、業務の移行等の経過についても不可解な点が少なくない。

これらの事情にかんがみると、債権者らが、これらの措置に抗議して本件で問題とされている各行為に及んだことは、その動機において酌量すべき事情があり、債権者らの行為の責任の少なからざる部分はチショーにおいて負うべきものということができるのであり、また、チショーは、組合及びその構成員である債権者らを嫌悪し、これを企業外に排斥するために本件解雇に及んだものと解さざるを得ないものというべきである。そうすると、債権者らの前記の各行為が懲戒事由に該当するとしても、チショーが自己の不当な態度を等閑に付したまま、これに対して懲戒解雇をもって臨むのは相当ではないのであって、本件解雇は解雇権を濫用したもので、無効であるといわざるを得ない。

2  以上のとおり、本件解雇は無効であるから、債権者らは、債務者会社に対し、労働契約上の権利を有しているところ、債務者会社が債権者林及び石井を昭和五五年一二月一九日以降、債権者大井及び富永を昭和五六年一月七日以降、それぞれ債務者会社の従業員として取り扱わず、債権者らの就労を拒否して賃金を支払わないこと、債権者らの解雇時における賃金の額及び賃金の支払時期が申請の理由4のとおりであることは、当事者間に争いがない。したがって、債務者会社は、債権者らに対し、右各同日以降の賃金を支払うべき義務がある。

五  仮処分の必要性について

債権者石井が既に他に就職していることは当事者間に争いがなく、同債権者がそれにより生活を維持するに足りる収入を得ていることは同債権者の自認するところであるので、同人については仮処分の必要性がないことが明らかである。

その余の債権者らについては、弁論の全趣旨により成立の認められる(証拠略)によれば、同人らが賃金を唯一の収入として生活していることが一応認められるから、賃金の仮払いを受けることについての必要性が一応あるものというべきであるが、本件口頭弁論終結時(昭和六〇年七月一〇日)までに支払期が到来した過去の賃金(昭和五五年一二月二一日から昭和六〇年六月二〇日までの五四か月分(支払期でいうと昭和五六年一月二五日の分から昭和六〇年六月二五日までの分)である債権者林は金一一〇〇万五五七八円、同大井は金一〇八二万七一六二円、同富永は金一一一一万三五七八円)については、即時に支払われるべき必要性は、諸般の事情を考慮すれば、その約六割に相当する債権者林については金六六〇万円、同大井については金六五〇万円、同富永については金六七〇万円の限度においてこれを肯定するのが相当であり、将来の賃金(支払期が昭和六〇年七月二五日の分以降)については、本案の第一審判決の言渡しがあるまでその全額の支払を命ずる必要性を認める。しかし、それ以上に債務者会社に対して労働契約上の権利を有することを仮に定めることについての必要性を認めるに足りる疎明はない。

六  以上のとおり、本件仮処分申請は、債権者林、大井及び富永について主文第一、二項記載の賃金の仮払いを求める限度で理由があるから、事案の性質上保証を立てさせないでこれを認容し、同債権者らのその余の各申請及び債権者石井の申請については理由がないからこれを却下し、申請費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 片山良廣 裁判官 星野隆宏)

(別紙二)本件文書の内容

盛夏の候、貴 御清栄の段お慶び申し上げます。

さて、突然この様な書面を差し上げまして恐縮でございますが、貴 におかれましても取引関係を持たれておられるチショー株式会社(工業用計測器の輸入商社、資本金一億一千万円、代表取締役染谷秀夫、住所江東区門前仲町○の○の○ヤマヤビル、電話〇三-○○○-○○○○)において二年有余にわたる労使紛争が続いており、現在も解決に至っておりません。

チトセ労働組合(女性四名)は総評全国一般東京地方本部に属しておりますが、会社はこの組合に対し、昭和五三年夏期一時金における〇・六ケ月分の回答以来、五三年の年末一時金、五四年の夏期一時金と連続して○回答、そして五四年の年末一時金は争議行為の停止を条件に一ケ月という不誠実な回答を繰り返すのみでした。

また、五四年年頭には一月~二月分の賃金遅配を皮切りに同年中四度に亘り賃金遅配を行い、更に同年十月から理由のわからない減給処分、出勤停止処分を乱発し膨大な賃金カットを行うなど、組合員のみならず、全従業員の生活破壊を行い、そのかたわら、これまで締結してきた労働協約を無視し続ける等、組合の存在を一貫して敵視する態度を続けております。

組合、ならびに支援共闘会議(総評全国一般東部地区協、江東区労協)は争議の早期解決を目指し、東京都地方労働委員会、東京地方裁判所に提訴する一方、話し合いで争議を解決すべく会社との団体交渉を続けてまいりました。

しかし、会社の姿勢は一向に変わらず、残念ながら何ら進展せずに、今日に至っております。

この様な紛争状態にありますことは労働組合にとって不幸な事態でありますことはもちろんの事、企業の発展にとりましても決して喜ばしい事ではなく、ひいては関係各位の皆様方にも少なからずの影響を及ぼさないとも限らないと苦慮し、今般、現状の御報告にふみきった次第であります。

今後私どもは、紛争の解決、労使関係の安定を目指し一層の努力をはかる所存でございますが、貴 におかれましても、以上述べてまいりました現状認識の上に、私どもの行動に御理解いただきたくお願い申し上げると共に、この争議解決に向けたお力添えをいただけましたら、幸いに存じます。

(別紙一)債務者会社と関連会社との関係

<省略>

(別紙三)債権者4名に対する出勤停止処分

<省略>

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