東京地方裁判所 昭和56年(ヨ)2247号 決定 1981年12月25日
申請人
エッソ・スタンダード石油株式会社
右代表者
ディー・イー・オーエンズ
右申請人代理人
馬場東作
同
佐藤博史
被申請人
全国石油産業労働組合協議会
スタンダード・ヴァキューム石油労働組合
右代表者
村石文彦
被申請人
全国石油産業労働組合協議会
スタンダード・ヴァキューム石油労働組合
エッソ本社支部
右代表者
山川博康
右両名代理人
木村壯
同
菅原克也
同
近藤康二
同
佐藤博史
同
西尾孝幸
主文
一、被申請人らは、その所属組合員又は第三者をして、申請人の占有、使用する別紙物件目録記載の施設内において、申請人の許可する場所以外にビラを貼付させてはならない。
二、申請費用は被申請人らの負担とする。
理由
第一当事者の求める裁判
一申請人
主文同旨。
二被申請人ら
1 本件申請を却下する。
2 申請費用は申請人の負担とする。
第二当事者の主張の要旨
一申請人
1 被保全権利
(一) 申請人会社(以下「会社」という。)は、石油及び石油化学各種製品等の販売等を業とする資本金二〇〇億円、従業員約一五〇〇名の株式会社である。他方、被申請人スタンダード・ヴァキューム石油労働組合(以下「組合」という。)は、会社及び申請外モービル石油株式会社の従業員の一部で組織されている労働組合(組合員数約二〇〇名のうち会社従業員約一一〇名)であり、被申請人組合エッソ本社支部(以下「本社支部」という。)は、会社本社に在籍する従業員のうち約三五名で組織されている右組合の支部組織であるとともに、支部規約、支部執行委員長以下の機関を有する独立した労働組合である。
(二) 会社は、赤坂ティー・ビー・エス会館株式会社(以下「TBS」という。)から、肩書地に所在するTBS会館の地下一階及び三階の一部、地上五階ないし九階の各事務室、倉庫、駐車場を賃借し、会社の本社社屋として占有・使用しているほか、賃貸借契約上は共用部分である右各階のエレヴェーターホール、階段、廊下、トイレ、湯沸場も、現実には会社が専ら占有・使用しており、このような使用状況はTBSからも認められている。右共用部分については、賃貸借契約上、その使用にあたつて善管注意義務を課せられているほか、同契約に基づく使用細則上も建物汚損行為や喧噪にわたる行為などを禁じられている。
(三) また、会社と組合との間で締結された昭和五五年五月一九日付の労働協約では、一九条で「組合及び組合員は第一八条に定めた掲示板の枠内以外の場所では文書、図画を掲示しない。但し、やむを得ない事由により掲示するときは予め会社の承認を得るものとする。」と規定されており、会社は、右規定に従つて被申請人らに対し、前記五階ないし九階の各エレヴェーターホールの壁面に約一メートル四方の掲示板を各一枚ずつ設置して貸与している。
(四) しかるに、被申請人らは、昭和四九年頃から賃上げなどの闘争時に「ステッカー斗争」と称して、別紙物件目録記載部分を含む前記会社専用部分及び共用部分(以下「本件建物部分」という。)に大量のビラを貼付するようになり、昭和五〇年以降も、会社及びTBSの再三の注意、警告にもかかわらず、無断ビラ貼付を反覆、継続していたが、昭和五五年八月頃に至つてにわかに激烈化した。すなわち、被申請人らは、同月には一六回にわたつてB4、B5のサイズのビラを中心に合計約二万二七〇〇枚、同年九月には七回にわたつてB5のサイズのビラを合計約四〇〇〇枚、同年一〇月には一九回にわたつてB4、B5のサイズのビラを中心に合計約三万三〇〇〇枚、以下、一一月には一六回にわたつて合計約三万六〇〇〇枚、一二月には二一回にわたって合計約五万一〇〇〇枚、翌五六年一月には一五回にわたつて合計約二万二〇〇〇枚、二月には一五回にわたつて合計約五万七〇〇〇枚、三月には一六回にわたつて合計約二万四〇〇〇枚、四月には一七日までに九回にわたつて合計約一万五〇〇〇枚を、各階エレヴェーターホール壁面、ガラス製の扉、来客用カウンター、天井の照明カバー、部署表示板、社内連絡用スピーカー、時計、トイレ内などに、会社の承認を得ることなく無断で貼付している。
(五) 以上によれば、会社は、被申請人らに対し、本件建物部分に対する占有権、賃借権又はこれらの権利を基礎とする施設管理権もしくは本件労働協約一九条に基づき、本件ビラ貼付の中止を請求する権利を有する。
2 保全の必要性
(一) 本件では、前記のとおり、異常なまでに多数のビラが継続的に多数回にわたつて貼付され、壁面だけでなく、大量の糊の垂下によつて床面カーペットまでも汚損し、甚だしく建物の美観を損ねるのみならず、来客の目につくエレヴェーターホールなどに貼付されるために会社の信用を毀損する恐れが極めて大きく、現に、来客、業者などから苦情や批判の声が出ている。また、貸主であるTBSから会社に対して、このような違法なビラの貼付を止めさせるように度々強い要求がなされており、これ以上ビラ貼付が続くならば、本件賃貸借契約の維持に支障を来たす恐れもある。
(二) 以上のとおり、本件にあつては保全の必要性の存することは極めて明白である。
3 よつて本件申請に及んだ次第である。
二被申請人ら
1 被保全権利について
(一) 我が国の如き企業内組合の場合には、企業施設は労働者が一日の大半の生活を過し、交流を深め、団結活動を行う場としての性格を有するものであつて、労働者が組合活動または争議行為のために当該企業の物的施設を使用することは通常みられるところであり、使用者は、労働者の組合活動または争議行為について、一定の程度まで企業施設の利用を受忍すべき義務を負担すると解すべきであつて、本件のような企業施設内でのビラ貼付については、およそ使用者の施設に対する所有権ないし管理権を侵害するがゆえに、あるいは使用者の意に反してなされたがゆえに、直ちに、違法、不当なものと評価すべきではなく、団結権保障とのかねあいから、企業運営に対する具体的、客観的な支障がない限りはこれを認める義務があり、これを規制することは団結権承認義務に違反すると解すべきである。加えて、本件ビラ貼付が後記のとおり会社の不当な攻撃に対して行われている争議行為の一環であり、その態様が後記のとおりであることに照らせば、少なくとも会社がビラ貼付を承認しないのは、権利の濫用である。
(二) また、本件労働協約一九条は、本来平常時の組合活動のみを規律するものであり、右規定が争議中の組合活動にも適用される旨の明文がある場合はともかく、かかる明文を欠く場合には平常時の組合活動のみを規律するものと解するほかはないところ、本件ビラ貼付は、いずれも争議行為として実施されているのであるから、右協約一九条に違反せず、違法なものではない。
(三) 以上によれば、本件申請は被保全権利が認められないというべきである。
2 保全の必要性について
(一) 仮処分の必要性の判断に際し、使用者が自ら招いた原因により争議を紛糾せしめている場合には保全の必要性がないというべきところ、本件ビラ貼付は、会社による浜松油糟所の一方的閉鎖、落合君の不当配転、布川賢一、浅井信和、柴原睦夫及び鏑木泰の四君の不当懲戒解雇、実質的な団体交渉の拒否などの組合に対する攻撃に対して、被申請人らがその組織を防衛するために指名ストに伴う争議行為の一環として行つているものであつて、会社が右事項について誠実な対応をとるならば、本件ビラ貼付も当然にその必要がなくなるものであるから、本件ビラ貼付は会社が自ら招いたものであり、かかる場合、保全の必要性はないというべきである。
(二) また、被申請人らは、現在では、ビラの貼付を激減させ、せいぜい月に数回、一回当たり約三〇枚弱にとどめており、本件申請時に比較すれば極端に僅少かつ限定的であつて、もはや申請人が申請時に主張した保全を必要とする状況は存在しない。
3 以上によれば、本件申請は却下を免れないというべきである。
第三当裁判所の判断
一被保全権利について
1 本件疎明及び審尋の結果によれば、申請人主張1の(一)ないし(四)の事実のほか、本件労働協約一七条一項には「組合が会社の施設、什器、備品を組合活動のために使用しようとする場合……は予め会社の承認を得るものとする。」と、同一八条には「組合は会社と協議して定めた場所に掲示板を設け、組合活動に必要な掲示を行うことができる。」と、規定されていることが一応認められる。
2 ところで、被申請人らは、企業内組合の場合、会社は組合活動ことに争議行為の際における組合及び組合員による企業施設の利用を受忍すべき義務がある旨主張するので判断するに、企業は、その存立を維持し目的たる事業の円滑な運営を図るため、それを構成する人的要素及びその所有し管理する物的施設の両者を総合し合理的・合目的的に配備組織して企業秩序を定立することができ、その一環として、職場環境を適正良好に保存し規律のある業務の運営態勢を確保するために、その物的施設を許諾された目的以外に利用してはならない旨を、一般的に規律をもつて定め、又は具体的に指示、命令することができると解するのが相当であり、労働組合による企業の物的施設の利用は、本来、使用者との団体交渉等による合意に基づいて行われるべきものであつて、利用の必要性が大きいことのゆえに、労働組合又はその組合員において企業の物的施設を組合活動のために利用しうる権限を取得し、また、使用者において労働組合又はその組合員の組合活動のためにする企業の物的施設の利用を受忍しなければならない義務を負うとすべき理由はないというべきであるから、労働組合又はその組合員が、使用者の許諾を得ないで、又は使用者の許諾の範囲を超えて企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは、これらの者に対しその利用を許さないことが使用者の権利の濫用と認められるような特段の事情がある場合を除いて、当該物的施設を管理利用する使用者の権限を侵し、企業秩序を乱すものであつて、正当な組合活動として許容されるものということはできないところ、本件においては、労働協約によつて、会社は組合に対して掲示板を貸与する旨、組合は右掲示板以外の場所には会社の許諾のある場合を除いてビラを貼付しない旨が定められており、会社は、被申請人らに対し、右協約に従つて各階エレヴェーターホール横の壁面に約一メートル四方の掲示板を貸与しているのであるから、組合及び組合員が会社に無断で右掲示板以外の場所にビラを貼付することは、本件建物部分に対する会社の管理利用権限を侵し、企業秩序を乱すものであるといわざるをえないのであつて、最近におけるビラ貼付の態様が後記認定のとおりであり、枚数こそ大幅に減少したとはいうものの、なお、企業秩序の侵害が認められることに照らすと、たとえ本件ビラ貼付に至つた経緯等が被申請人ら主張のとおりであつて、それが争議行為の一環であるとしても、いまだ会社がビラ貼付を許諾しないことをもつて権利の濫用ということはできない。
なお、被申請人らは、本件労働協約は争議行為時には適用されないから、本件ビラ貼付は違法ではない旨主張するが、右に説示したとおり、労働組合又はその組合員による企業の物的施設の利用は、本来、使用者との合意に基づいて行われるべきものであるから、本件労働協約の争議時における適用の有無にかかわらず、本件ビラ貼付が正当な組合活動として許容されるものでないことは明らかである。
3 右によれば、被保全権利を一応認めることができる。
二保全の必要性について
1 本件疎明及び審尋の結果によれば、申請人主張2の(一)の事実のほか、本件申請(昭和五六年四月二一日)の後六月ころから、被申請人らがビラ貼付の回数、枚数及び場所を限定し、従前のような月数万枚に及ぶビラ貼付は行わなくなつたものの、ビラ貼付を全く中止したわけではなく、本年一〇月以降においても、一〇月一二日にはB4の大きさ(36.4センチメートル×25.7センチメートル)の用紙に一枚につき一字ずつ「会社は誠意をもつて団交に臨め」と朱書きしたビラなど合計二八枚を、同月二一日には同様に「会社はビラ団交打ち切りをやめろ」と朱書きしたビラなど合計三〇枚を、一一月二〇日には同じく「団交拒否・引延しを許さないぞ!」と朱書きしたビラなど合計二八枚を、一二月一四日にはさらに「ビラ貼りは争議権の行使だ」と朱書きしたビラなど合計二九枚を、それぞれ九階エレヴェーターホールの壁面に、三段又は四段にわたつて貼付したこと、右貼付等について、本件建物部分の貸主であるTBSから、申請会社に対して、その都度会館管理所長名義で「今後同様のことが繰返されないよう厳重監督指導方を要請して抗議する」旨の文書が発せられており、会社はその対応に苦慮していること、さらに、会社は組合に対し再三警告の文書を発しているにもかかわらず、組合は、ビラ貼付は争議権の行使であり、ビラ貼付を止める意思のない旨を表明していることなどの事実が一応認められる。
右疎明された事実によれば、なるほど被申請人らの主張のように、本件申請時に比べれば状況に変化が生じていることを窺うことができるものの、被申請人らは、ビラ貼付を全く中止したものではなく、本年一二月に至るもなおエレヴェーターホールに相当程度の面積を占めるビラを貼付し、かつ今後とも右程度のビラ貼付を継続するとしているのであつて、右程度のビラ貼付であつても、建物の美観を損ねるだけでなく、来客に対して不快感を与えるなど、現に会社の企業秩序を侵害し、かつ将来にわたつてもこれを侵害する蓋然性の高いことが明らかであるから、いまだ申請人の求める本件仮処分の必要性が存在するものといわざるをえない。なお、被申請人らは、本件ビラ貼付は会社が自ら招いたものであり、かかる場合には保全の必要性がないと主張するが、前記事実関係に照らしてこれを採用することができない。
2 右によれば、保全の必要性を一応認めることができる。
三以上の次第であるから、本件申請は理由があり、事案に照らして保証を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。
昭和五六年一二月二五日
(宍戸達徳 相良朋紀 須藤典明)