大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和56年(ヨ)2319号

債権者

関根豊国

右代理人弁護士

岩倉哲二

山下俊之

債務者

リオ・テイント・ジンク(ジャパン)株式会社

右代表者代表取締役

荒川隆

右代理人弁護士

助川裕

主文

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は債権者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

1  債権者が債務者に対し、雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、昭和五八年八月以降本案判決確定まで、毎月二五日限り金四〇七、〇七六円を仮に支払え。

3  申請費用は債務者の負担とする。

との裁判を求める。

二  債務者

主文と同旨の裁判を求める。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  当事者

(一) 債務者は、非鉄金属等の輸入及びコンサルタント業務等を目的とする会社である。

(二) 債権者は、昭和四六年二月一八日に債務者に雇傭され、当初は総務部所属の自動車運転手として勤務し、昭和五二年一〇月二八日からは営業部受渡課員として、昭和五五年六月一六日からは荒川隆代表取締役直属の下に統計事務に従事している。

2  解雇の意思表示

債務者は、昭和五六年七月二四日、債権者に対し、就業規則二九条一号の「やむを得ない業務上の都合による場合」及び同条三号の「勤務成績又は能率が不良で就業に適しないと認められた場合」に該当するとして、同日付けで債権者を解雇するとの意思表示をした。

その具体的理由として、債務者は、次の三点をあげている。

(一) 諸般の事情により、債務者所有車両を利用した運転業務は廃止され、債権者に運転手としての業務を遂行してもらう必要がなくなったこと。

(二) 昭和五二年一〇月一四日以降、債権者に対し、運転業務と兼務して一般職の業務遂行を命じ、当初近藤部長付、その後荒川専務付としたが、仕事上のミスがおびただしく、これに対する上司の度重なる改善の指示に従わないばかりか改善の熱意に全く欠けており、勤務成績又は能率が不良で就業に適しないと認められること。

(三) 職場内での協調性に欠け、他の同僚と融和協力して業務を遂行する意思を全く有せず、また上司に対しては反抗的言辞を弄するのみであって、職場規律を著しく乱し、当社の業務を阻害したこと。

3  解雇理由の不存在

しかし、債務者が解雇理由としてあげる三点は、いずれも存在しない。すなわち、

(一) 債権者は、当初運転手として入社したが、昭和五二年一〇月二八日以降は営業部受渡事務又は統計事務を担当し、そのかたわら従たる業務として月平均数回程度極めて短時間運転業務に従事したにすぎない。

(二) 債権者は、受渡事務及び統計事務に精励していたものであって、勤務成績又は能率が不良ということはない。

(三) 債権者が職場規律を著しく害し、業務を阻害した事実もない。

よって、本件解雇は無効である。

4  不当労働行為

本件解雇は、債権者の組合活動を嫌悪し、会社から債権者を排除する意図のもとにされたもので、労働組合法七条一号及び三号に規定する不当労働行為に該当し、無効である。

(一) 債権者は、債務者の企業内組合として昭和四七年五月三一日に結成されたリオ・テイント・ジンク(ジャパン)労働組合(以下「第一次労組」という。)に加入した。第一次労組の組合員は九人で、債権者は書記長として組合活動に従事した。第一次労組は、同四九年七月二二日解散消滅した。

債権者は、同五〇年九月二日結成された総評全国一般東京地本中部地域支部リオ・テイント・ジンク(ジャパン)分会(以下「第二次労組」という。)に加入した。第二次労組の組合員は七人で、債権者は副分会長として組合活動に従事した。第二次労組は同五三年一〇月自然消滅した。

債権者は、同五三年九月一一日、全単一合同労働組合リオ・テイント・ジンク(ジャパン)分会(以下「第三次労組」という。)を結成した。第三次労組の組合員は債権者一人で債権者は、分会長として組合活動に従事した。

(二) 債務者は、債権者の組合活動を嫌悪し、特に債権者が第三次労組を結成して以来、露骨な差別的取扱いをしてきた。

第三次労組は、労働条件の改善及び賃上げ等の要求活動を行った。債務者はこれに対し、組合敵視政策を一貫して採ってきた。

(1) 債権者は、昭和五二年一〇月以降営業部受渡課員として、主としてテレックスの発信、受信及び精錬所の荷揚げ検査に従事していたが、第三次労組の結成前後より「仕事干し」を行った。すなわち、昭和五三年九月ころから精錬所の荷上げ検査の仕事のほとんどを、同年一〇月ころから、テレックス発信の一部を、同年一二月ころからテレックス発信の全部を、同五四年一月ころからテレックス受信の大部分をまわさなくなり、債権者の仕事は新聞切抜きによるスクラップ作り、船の入港予定の黒板記入などの閑職にとどまった。

(2) 第三次労組は昭和五四年夏期一時金につき債務者と妥結したが、その支払いにつき、当時妥結をみていなかった同年の春闘の賃上げにつき妥結しないかぎり、支払はできないと拒否した。

(3) 債務者は、昭和五五年六月一六日、統計業務部を新たに創設し、債権者を同部へ配転した。同部の従業員は債権者一人のみで、債務者の代表取締役である荒川隆の直接の監視下におくとともに、債権者の机の前面に高さ約一・八メートル、幅約三メートルの衝立を設置して他の従業員から隔離し、更に同五五年一一月にはこの隔離を強化し、同五六年二月には労務担当顧問として採用された八田巌の机を債権者の机の近くにおき、同人に債権者を監視させた。

(4) このような差別的取扱いの末、債務者は債権者を突如解雇したものであって、本件解雇により第三次労組は事実上消滅のやむなきに至った。

5  債権者は、解雇当時債務者から、一か月金四〇七、〇七六円の賃金の支払(支払時期は毎月二五日)を受けていた。

6  保全の必要性

債権者は、妻及び二人の子供(学生)を有するが、会社からの賃金のみで生計を維持しており、また、住宅ローン及び子供の学資ローンの返済もしなければならず、本案判決の確定を待っていては著しい損害を蒙るおそれがある。

7  よって、申請の趣旨どおりの裁判を求める。

二  申請の理由に対する答弁

申請の理由第1、2項の事実は認める。同第3項は争う。同第4項(一)のうち、第一次から第三次までの労組の結成、消滅及び債権者が右各労組に加入していたことは認める(ただし、債権者が主張する各労組の結成、消滅の時期は各労組が債務者へ通知書を提出した日付であり、各労組が結成されたのは、それより若干前の時期である。)が、債権者の各労組における役職、地位及び組合員の数は知らない。第4項(二)の事実は否認する。第5項の事実は認める。第6項の事実は否認する。

三  債務者の主張

1  懲戒解雇

(一) 債務者は、昭和五六年七月二四日、債権者に対して、申請の理由第2項記載のように通常解雇の意思表示をしたが、右通常解雇の意思表示をした時点において、次のような懲戒解雇理由の存在したことが、その後判明したので、債務者は、昭和五七年一二月二三日債権者に懲戒解雇の意思表示をした。これにより、右通常解雇の意思表示をした昭和五六年七月二四日にさかのぼって懲戒解雇の効力が発生した。

(二) 懲戒解雇の理由

(1) 経歴詐称

債権者は、昭和四六年二月一一日債務者の採用面接に際し、「<1>学歴 旧制中学校卒業 <2>職歴 (イ)合資会社三共産業(昭和二三年四月~二七年三月)(ロ)在日米軍東京補給庁(昭和二七年八月~三〇年四月)(ハ)関根建設株式会社(昭和三〇年五月~三八年三月)(ニ)垣内商事株式会社(昭和三八年四月~四四年八月)(ホ)宇部興産株式会社(昭和四四年一二月~四五年九月)」との記載のある履歴書を提出した。

債務者は、債権者の学歴、職歴を十分検討のうえ、債権者を社長専用運転手として採用した。

ところが、債権者は昭和二六年三月拓殖大学専門部を卒業していたこと、更に職歴についても(イ)昭和三三年一〇月から同三七年三月まで照国海運株式会社、(ロ)昭和三七年四月から同四四年八月まで垣内商事株式会社に勤務していたことが、その後判明した。

このような学歴及び職歴の詐称は懲戒解雇の理由に該当する。

(2) 上司、同僚に対する誹謗中傷、名誉毀損

債権者は、上司である荒川専務、近藤部長、鳥居部長や同僚の豊田武男、関根敏夫に対し、文書で人格的な誹謗中傷を加え、同人らの名誉を毀損し、また、債務者についてもこれを誹謗中傷する文書を大量に配布してその名誉を毀損した。その詳細は、別紙「債権者の上司・同僚並びにRTZ(J)に対する人格的誹謗について」記載のとおりである。

(3) 上司の指示命令違反

債権者は、職務遂行に当たって、たびたび上司の指示命令に違反した。

(4) 会社の書類の無断持出し(予備的主張)

債権者は、債務者の所有に属する書類(<証拠略>)を債務者に無断で持出し、返却に応じない。

2  通常解雇(予備的請求)

債務者は、昭和五六年七月二四日、債権者に対して申請の理由第2項記載のように通常解雇の意思表示をした。その理由は、申請の理由第2項に記載されたとおりであるが、若干ふえんして述べると、次のとおりである。

(一) やむを得ない業務の都合(就業規則二九条一号)

債務者においては、従前その所有車両を社用に使用していたが、昭和五六年七月にその所有車両を使用した運転業務を廃止することとした。その理由は、<1>昭和五五年九月に首藤会長が退任し、専用車両を必要としなくなったこと、<2>所有車両による運転業務に要する費用とハイヤー利用の費用とを比較すると、後者が前者の約三分の一であること、<3>債務者において経費削減の必要があったこと、等である。

(二) 勤務成績、能率不良(就業規則二九条三号)

(1) テレックス交信上のミス

債権者は、昭和五二年一〇月以降営業部受渡課員として、BCL、審判分析所、需要企業との間のテレックス交信作業に従事していたが、その間多数のミスを犯した。債権者の従事したテレックス交信業務は、単純作業であり、通常の注意力と労働意欲がある者であれば、誰でも遂行可能なものである。ところが、債権者は、ミスを反省することなく、同じ誤りを繰り返した。

(2) 統計関係業務上の誤り(一)

債務者は、昭和五三年九月ころ、債権者に対し、積港での銅精鉱の荷重と揚港でのそれとを比較し、どの港でロスが最も少なく効率よく銅精鉱の引渡しがされているかを調査するための統計表の作成を命じた。債権者は、同年九月から一二月までの約四か月間を費して統計表を作成したが、この表には、多数の計算ミスがあって、到底信頼性のあるものといえず、役に立たなかった。

(3) 統計関係業務上の誤り(二)

債務者は、昭和五四年二月、債権者に対し、銅精鉱買鉱契約に基づき当該銅精鉱の価格を決定するに当たっては、銅精鉱中に含まれる銅、金、銀のパーセントについての売主、買主及び審判分析所の各分析を比較して、依拠すべき分析値が決定され、価格算出がされることとなっているので、各船各揚港ごとにこれらの結果がどのような傾向にあるのかを知るための統計資料の作成を命じた。これらの資料はすべてファイルされた資料から必要な分析値を移記し、これに簡単な計算を施すだけの単純な作業により完成することができるものである。しかし、債権者は、同年二月から四月までの三か月間を費してこれらの表を作成したが、その表には、ファイルされた資料からの数字の移記の誤り、加減乗除の単純な計算の誤りが数多く見られ、資料として到底使用にたえなかった。

(4) 営業第四部におけるその他の業務遂行上の問題点

<1> 昭和五二年一二月、債務者は、債権者に対し、日本鉱業(株)佐賀精錬所への出張を命じた。この出張では、従来の担当者関根敏夫も同行させ、同人から債権者に銅精鉱荷揚検査及び立会業務の実態を説明させることとされていた。ところが、債権者は、待合せ場所の羽田搭乗手続カウンターで関根敏夫を待たず、会社へ電話連絡もしないまま、一人で大分へ出発してしまい、大分空港で関根敏夫を待つことなく、一人で佐賀関へ向ってしまった。

<2> 昭和五三年四月中旬、債務者は、債権者に対し、日本鉱業(株)佐賀精錬所へ単独で出張を命じた。この出張の最大の目的は、この時佐賀関へ銅精鉱を積んで入港したのは専用船ではなく一般貨物船であったため、<イ>銅精鉱の荷揚げがスムースに行くか否かの確認及び<ロ>銅精鉱を荷揚げ後、船倉内のクリーニングの必要があるか否か、その方法をどうするかの調査の二点であった。ところが、荷揚作業中に雨が降り、荷役作業が遅れたので、出張期間を延長して右の二点の確認をすべきところ、債権者は、会社に何の連絡をすることもなく、任務を途中で放棄して、当初の予定どおり帰社してしまい、出張の目的を達成することができなかった。

<3> 銅精鉱の分析のためのサンプルについては、それをできるだけ早くBCL及び審判分析所へ送付する必要があるのに、債権者は、昭和五三年四月二六日に新居浜で荷揚げが完了した銅精鉱のサンプルを、航空便でなく、海上輸送することに承諾を与えて、サンプルの送付を遅らせ、債務者に損害を与えた。

<4> 債権者は、ブーゲンビルからの銅精鉱の輸送について、各船のスケジュールを黒板に表示する仕事を担当していたが、その表示が最新のものになっていないことがしばしばあった(昭和五三年九月一一日、同月一二日、同月一四日)。

<5> 昭和五三年九月一四日、債権者が作成した通関統計資料をチェックしたところ、ザイールに関する数値が抜けていることが判明したので、訂正を命じたが、その訂正に多大の時間を要した。

<6> 昭和五三年一一月三〇日、債権者が作成した電気銅輸入関係資料につき本来数量を記入すべきところに価額を記入していたことが判明した。

<7> 同年一二月二〇日、「一一二船」の変更のテレックスが入電しているのに黒板の表示を訂正せず、一一月三〇日付の「資源統計月報」関係資料にも在庫と需要の取り違えの誤りがあった。

<8> 債権者の仕事には、右に例示したような誤りが余りにも多いので、昭和五三年一二月には、営業第四部の部員の討議に基づき、債権者の業務内容を変更し、サンプルの発送、配船予定の黒板への記入、新聞切抜きのみを単独で行わせることとし、この結果、債権者の仕事は、極めて単純で軽易なもののみとなった。

しかし、債権者は、このような単純な仕事についても真面目に遂行せず、私用電話を長々とし、注意を受けると反抗するのみであった。そこで、債務者の役員会で協議の結果、債権者を昭和五五年六月一六日以降荒川専務の直属下において統計資料の作成をさせることとした。

(5) 専務直属下における統計関係業務の誤り

債務者は、債権者を昭和五五年六月一六日以降専務の直属下におき、統計事務処理に当ることを命じた。債務者としては債権者が最大限の努力をし、誤りを極力減少させるものと期待したが、債権者はその期待に反し、多くの誤りを繰り返した。

(三) 協調性欠如、反抗的言辞

債権者は、昭和五二年一〇月から営業第四部受渡課員を兼務したが、前記(二)に記載したように数多くの不注意な誤りを犯した。しかし、債権者は、自己の能力不足を認め、改善の努力をするどころか、責任を他へ転嫁し、上司、同僚を誹謗中傷し始めた。このため営業第四部は気まずい雰囲気となり、業務遂行が停滞した。債権者は、上司、同僚とあいさつもせず、昼食も別にとる始末であった。

そこで、債務者は、昭和五五年六月から債権者を専務の直属下におき、統計資料作成の業務を担当させたが、そこでも作業にミスが多く、意図的なサボタージュとしか考えられない報告をするなど改善のための努力がされなかった。逆に、債権者は、同僚、上司を適視し、ことごとに反抗し、個人的な怨恨を晴らすため、自己流の労働組合論をふりかざした。

(四) 上司、同僚に対する誹謗中傷、名誉毀損及び会社の名誉毀損行為

具体的内容は、1の(二)の(2)に記載のとおり

3  保全の必要性についての反論

債権者は、現在申請外東日本交通株式会社に勤務して十分な賃金を得ており、また、昭和五七年七月七日、債務者が供託した解雇予告手当金四一一、七五六円及び退職金五、三〇七、八〇〇円の合計金五、七一九、五五六円を、何ら異議をとどめることなく還付受領している。よって、債権者には、保全の必要性はない。

四  債務者の主張に対する債権者の反論

1  懲戒解雇の主張について

(一) 懲戒解雇の意思表示は無効である。

債務者が昭和五七年一二月二三日債権者に懲戒解雇の意思表示をしたことは認めるが、右の意思表示によって、昭和五六年七月二四日にさかのぼって懲戒解雇の効力を発生させることはできない。仮に、債務者の主張が、昭和五六年七月二四日付の通常解雇の意思表示の中に懲戒解雇の意思表示が含まれていたとの趣旨であるとしても、懲戒解雇と通常解雇とでは、その要件、効果が異なるから、そのような主張は成り立たない。

(二) 懲戒解雇理由の不存在

(1) 経歴詐称について

債務者の主張事実中、債権者が債務者主張のような記載のある履歴書を提出したこと、債権者が拓殖専門学校を卒業したこと、債権者が債務者主張のような職歴を有することは認めるが、その余はすべて否認する。

債権者が入社に際し提出した履歴書において、拓殖専門学校卒業の旨を記載せず、また一部の職歴が事実と相違したからといって、懲戒解雇理由としての「重要な経歴をいつわった」とはいえない。債務者は、債権者を自動車運転手として採用したものであり、学歴を重視していたわけではなく、仮に債権者が拓殖専門学校卒業であることを履歴書に記載していたとしても、そのことの故に債務者が債権者を自動車運転手として採用しなかったであろうと認められる客観的、合理的な事情は何ら存在しない。

(2) 上司、同僚に対する誹謗中傷、名誉毀損について

債務者が別紙で主張するうち、(五)の<2>は知らないが、その余の債務者主張の文書を作成したことは認める。しかし、これらの文書はいずれも謄写版刷りで少数の枚数を作成したものに過ぎず、全単一合同労働組合員に対し、リオ・テイント・ジンク(ジャパン)分会の労働運動の状況を報告することを目的として作成されたもので、配布先は主に右の組合員である。

これらの文書は、いずれも昭和五四年六月から一〇月までの間に作成されたものであるところ、右時期は、債権者が第三次労組を結成した昭和五三年九月以降、債務者の不当労働行為がますます激しさを増す時期であった。本件文書は、このような状況の中で作成されたもので何ら違法性はないし、右文書の中で指摘した基本的事実に誤りはない。

(3) その余の懲戒解雇理由についてすべて争う。

2  通常解雇の主張について

(一) やむを得ない業務の都合について

債務者主張事実中、首藤会長が昭和五五年九月に退任したことは認めるが、その余の事実は、争う。債権者は、昭和五二年一〇月以降は一般の職務に移り、自動車の運転は債権者の主要な業務となっていなかったから、仮に運転業務が廃止されたとしても、債権者を解雇する理由とはなり得ない。

(二) 勤務成績、能率不良について

(1) テレックス交信上のミスについて

債権者は、昭和五二年一〇月から同五三年一二月までテレックス交信業務を担当したが、債務者が誤りがあったと主張するテレックスと同趣旨の内容のテレックスをそれぞれ二〇回位打電しているのであって、債務者の指摘するミスは、そのごく一部のものをことさらに取り上げたにすぎない。また、債権者が犯したミスは、他の従業員である関根敏夫、門倉弘江、浅野容子らも数多く犯しているほか、BCLの担当者や審判分析所も犯しており、債権者のみのミスではない。

(2) 統計関係業務上の誤り(一)について

債権者が、債務者主張のような統計表を作成して提出したことはあるが、計算ミスが多いとの主張は争う。そもそも債務者が証拠として提出した(証拠略)は下書き段階の未完成のもので、これを債務者に提出したことはない。債権者が提出したものは(証拠略)であって、これには誤りはない。

(3) 統計関係業務上の誤り(二)について

債権者が債務者主張のような統計資料の作成を命じられて、これを作成提出したことは認める。しかし、債務者の提出した(証拠略)は未完成の下書きである。債権者が完成したものとして債務者へ提出したのは(証拠略)であり、同号証の記載に誤りはない。

(4) 営業第四部におけるその他の業務遂行上の問題点について

<1>について、債権者が関根敏夫を待たずに羽田空港から大分へ出発したことは認めるが、関根敏夫から予め同人が羽田空港へ着くのが遅れたときは先に出発してほしいと依頼されていたのである。

<2>について、債権者が出張期間を延長せずに当初の予定どおり帰社したことは認めるが、その余は争う。この出張の主な目的は<イ>の銅精鉱の荷揚げがスムースに行くかどうかの確認のほか、運搬中の銅鉱石の酸化状況を見てくることであって、<ロ>の銅精鉱を荷揚げ後の船倉内のクリーニングの必要があるか否か、その方法をどうするかの調査については、出張期間中に荷揚げが完了した場合には行い、荷揚作業が遅れて間に合わなかった場合には行わなくてもよいとの近藤部長の指示があった。

<3>は否認する。

<4>は認める。しかし、これは、各船のスケジュールを知らせるテレックスの写しが債権者の手を経ずに債権者のファイルに綴られたためである。

<5>についてザイールに関する数値がぬけていたことは認めるがその余は否認する。関根敏夫から右数値は省略してよいとの指示があった。

<6>、<7>は否認する。

<8>について、債権者の業務内容が債務者主張のように変更されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(5) 専務直属下における統計関係業務の誤りについて

債務者が債権者を昭和五五年六月一六日以降専務の直属下におき統計事務処理に当たることを命じたことは認めるが、その余は争う。

(三) 協調性欠如、反抗的言辞について

債務者の主張はすべて争う。昭和五三年九月ころから債権者が第三次組合を結成し、公然化したのに伴って、債権者の組合活動を嫌悪する荒川専務の意を受けた近藤部長、関根敏夫らの上司、同僚が、債権者が仕事上分らない点を聞いても教えない、故意に誤った指導をする、仕事上必要な情報を与えない、外部からの電話を取り次がない、等の嫌がらせを行って、債権者を営業第四部内及び会社内において孤立化させようとした。また、債務者は、債権者に十分チェックする時間を与えずに次々と解雇資料を入手するために統計資料を作成させたのである。

(四) 会社の名誉毀損行為について

1の(二)の(2)記載のとおりである。

理由

一  当事者及び解雇の意思表示

申請の理由第1項及び第2項の事実は、当事者間に争いがない。

また、疎明資料によれば、リオ・テイント・ジンク社は、英国に本社をもつ世界有数の鉱山会社であり、株式の保有により世界各国にリオ・テイント・ジンクのグループを形成していること、シー・アール・エー(以下「CRA」という。)は、リオ・テイント・ジンク社のオーストラリアにおける子会社で、鋼鉱山等の鉱物資源の開発等に当たっていること、債務者は、リオ・テイント・ジンクグループの日本における総合窓口として、昭和四一年に設立された株式会社であって、その主な業務は、グループ各社からの要請に応じて日本における鉱物資源の需要動向、供給見通し等の市場調査を行うこと、日本に鉱物資源を販売する際のマーケット・コンサルタント業務を行うこと、グループ各社の要請により、特定の鉱山から船積される鉱石に関し、重量や品質の検査等受渡関係のサービスを提供することであったこと、債権者が所属していた営業第四部は、豪州信託統治領パプア・ニューギニアにあるCRAの関連会社であるブーゲンビル銅鉱山株式会社(以下「BCL」という。)が日本の企業に売り渡したブーゲンビル産出の銅鉱石に関する受渡事務を主に取り扱っていたこと、債務者の従業員数は一七名程度であることが認められ、この認定に反する疎明はない。

二  懲戒解雇について

債務者は、昭和五七年一二月二三日債権者に懲戒解雇の意思表示をしたが、右懲戒解雇理由は、通常解雇の意思表示をした昭和五六年七月二四日の時点で存在したから、懲戒解雇の効力は通常解雇の意思表示をした昭和五六年七月二四日に発生したと主張する。しかし、懲戒解雇と通常解雇は、その要件、効果を異にするから、債務者の主張のような結果を認めることは、法律関係を著しく不安定にすることとなり、到底採用できない。よって、懲戒解雇の主張は失当である。

三  通常解雇について

1  解雇に至る経過

前記当事者間に争いのない事実及び疎明資料によると、次の事実が一応認められる。

債権者は、昭和四六年二月一八日に債務者に雇用され、当初は総務部所属の自動車運転手として勤務していたが、債権者の希望もあって、昭和五二年一〇月から、自動車運転の業務の外に営業部受渡課の業務をも兼務することとなった。債権者は、営業部受渡課においては、受渡業務、具体的には、日本の同和鉱業株式会社外八社(以下「買主」という。)がBCLから、ブーゲンビル島で産出する銅精鉱を買い受ける旨の銅精鉱買鉱契約について、債務者がBCLのために行う管理業務として、<1>BCLから船積された銅鉱石等について、採取したサンプル・バッグを買主の精錬所へ発送すること、精錬所での重量計測結果の収集とBCLへのテレックスによる連絡、サンプルを精錬所から入手し、BCL及びアメリカ所在の審判分析所へ航空便で送付すること、右の各記帳、<2>日本で荷揚げされる銅鉱石等について、荷上げ秤量、サンプル採取に立ち会うこと、<3>BCL等が必要とする商品をオーストラリアへ輸出することに伴う各種の事務を担当した。しかし、昭和五三年末ころから営業部受渡課における債権者の仕事の範囲は徐々に減少され(その原因は後で述べる)、昭和五四年以降は、単独で経常的に行う仕事としては、船積予定の黒板記入、各精錬所に対するサンプル袋の発送手配、新聞、雑誌のスクラップ、ファイルの仕事のみとなり、その他は他の営業部員の補助的な仕事を担当し、臨時的に各種の統計資料の作成を命じられることとなった。このころから、債権者と他の営業部の職員との人間関係が悪化し、債権者は営業部内で孤立化するようになった。そこで、債務者は、昭和五五年六月一六日、債権者を新設された統計業務部へ配転し(部員は債権者一人)、代表取締役である荒川隆の直属とし、荒川隆から各種の統計資料の作成を命じることとした。その約一年後の昭和五六年七月二四日、債務者は、申請の理由第2項記載のような理由で、債権者を解雇する旨の意思表示をした。

2  やむを得ない業務の都合について

疎明資料によれば、債務者は、従前その所有車両を社用に使用し、債権者にその運転業務を担当させていたところ、昭和五六年七月に経費削減等の必要から所有車両を使用した運転業務を廃止することとしたことが一応認められる。しかし、一方、疎明資料によれば、債権者は昭和四六年二月に債務者に雇用された当初は、専ら自動車運転業務を担当していたが、その後昭和五二年一〇月からは、一般業務をも担当し、昭和五六年七月当時は、むしろ一般業務に主として従事し、自動車運転業務は債権者の職務の一部にすぎなかったことが、一応認められるから、債務者において自動車運転業務を廃止したことにより、直ちに債権者を解雇する理由があるということはできない。

3  勤務成績、能率不良について

(一)  テレックス交信上のミスについて

疎明資料によれば、債権者が取り扱ったテレックスについて、次のような誤りがあったことが一応認められる。

(1) 昭和五三年一月二四日、審判分析所の分析費用の負担につき、売主四、買主一八とすべきところ、売主三、買主一九と誤って発信した(<証拠略>)。

(2) 同年三月一〇月、BCLから照会された事項につき誤解をし、しかも二か所数字の書き違いをしたテレックスを発信した(<証拠略>)。

(3) 同年四月四日、「秤量結果」と「船積数量」との割合につき、「〇・一〇パーセント」とすべきところ「〇・一一パーセント」と誤った発信をした(<証拠略>)。

(4) 同年四月六日、審判分析所の審判を必要とするロットの番号を誤って発信した(<証拠略>)。

(5) 同年五月九日、金の各ロットの分析結果の合計を「一五七九・二」とすべきところ「八五九三・八」と誤った発信をした(<証拠略>)。

(6) 同年八月四日、審判分析費用の負担者につき、売主側六、買主側五とすべきところを逆に発信をした(<証拠略>)。

(7) 同年八月二八日、揚地重量につき「二二〇七〇・六一二」とすべきところ「二二一二一・六四八」と誤った発信をした(<証拠略>)。

(8) 同年九月二九日、審判分析所の審判が必要なロットにつき審判不要と発信した(<証拠略>)。

(9) 同年一一月一四日ころ、BCLからの誤ったテレックスを看過し、その後BCLから訂正のテレックスが入り、審判分析所の分析費用の負担者の訂正が必要であったにかかわらず、訂正の手続をしなかった(<証拠略>)。

(10) 同年一一月二六日、各揚港での乾量トンの和が揚地重量となり、従って、それが一致しないときには計算に誤りがあることが一見して明らかであるにもかかわらず、その不一致を看過したままで発信をした(<証拠略>)。

(11) 昭和五四年四月一七日、分析結果交換の日を誤って発信した(<証拠略>)。

以上のような債権者の処理の誤りの中には、単純な計算の誤り、書き違いと見られるようなものもあるが、テレックスによる発信の内容の意味を十分理解していないため検算ができないか又は容易に検算ができるのにそれを怠ったために誤りを犯したと見られるものもあり(例えば、(2)、(5)、(7)、(9)、(10)など)、決して看過できないものと考えられる。

なお、債権者は、昭和五二年一二月から同五三年一二月までの間に少なくとも一八一通のテレックスを発信しているが、その内誤りのあるものは右の一一通の外三通の合計一四通にすぎず、誤りがそれほど多いとはいえないとし、また、他の営業部員も同じようなミスを犯し、更にテレックスの相手方であるBCLや審判分析所もミスを犯していると主張して、疎明資料を提出している。

たしかに、疎明資料によると、営業部員である関根敏夫は審判分析費用の負担者を誤ったテレックス(<証拠略>)、銅精鉱の揚港の数量の比率を誤ったテレックス(<証拠略>)、船名を誤ったテレックス(<証拠略>)を発信し、門倉弘江は分析値を誤ったテレックス(<証拠略>)を発信し、浅野容子は、足し算の合計を誤ったテレックスを二回(<証拠略>)発信していることが、一応認められる(しかし、債権者が関根敏夫らが誤ったテレックスを発信したとして提出した<証拠略>は、その文面を仔細に検討すると、当該文書の発信人がミスを犯したものではなく、相手方が誤ったものやテレックスの単なるタイプミスなどであることが明らかであって、債権者がこれらの文書をテレックスの発信人の事務処理の誤りであるとして提出したこと自体、債権者のテレックスの内容についての理解が欠けていることの一証左といえよう。)。

また、疎明資料によると、テレックスの相手方であるBCLや審判分析所のミスも発見することができる(<証拠略>)が、債権者がテレックスの相手方の誤りがあるとして提出した多くの疎明書類は、その記載からみてむしろテレックスの機械の不調によることがうかがわれるものが大部分である。

以上、債権者の主張するように、他の営業部員やテレックスの相手方であるBCLや審判分析所においてもテレックスについて誤りを犯していることが認められるけれども、問題はその誤りの頻度や内容であって、債権者のように短期間に多数の、しかも看過することのできない誤りを犯したものと認めるに足りる疎明は存しない。

(二)  統計関係業務上の誤り(一)について

疎明資料によると、債権者は、債務者から命じられて、過去に輸入された銅精鉱につき各船の積港での銅精鉱の荷重と揚港でのそれとを比較対照した統計表を昭和五三年九月から一二月にかけて作成したことが認められる。(証拠略)はこれが完成した表であり、(証拠略)はその下書きの一部である。

(証拠略)によると、まず、パーセントの計算について、小数点以下何位までを求めるかについての方針の一貫性がないこと、すなわち、小数点以下一位まで算出されているものもあるし、二位までのものもあるし、三位までのものもあるというように不統一であって、一つの統計表を作成しようとするものの態度としては極めて不適切であること、次に、位取りを仮に同表で最も多い小数点以下二位まで求めることとし、小数点三位を四捨五入してみると、全部で九一回のパーセントを求める計算のうち、実に四九に誤りがあり、その内容を分析すると、四捨五入の誤りが一〇、位取りの誤りが一七、その他が二二となること、右のパーセントの計算は、すべて、たとえば、18,921÷(17,445,651-18,921)というような単純な引き算と割り算の計算であること、債権者はこれを卓上電子計算機を用いて計算したこと、従って、債権者の計算能力は相当低いか、あるいは右の計算を真面目に行っていなかったといわなければならないことが、一応認められる。

債権者は、(証拠略)は、完成されたものでなく、検算をしていない下書きであるから、それに誤りがあるか否かを論じても無意味であると主張するけれども、債権者の計算能力を知る手段としては、下書きであっても十分意味があるものということができる。また、債権者は、(証拠略)を作成するについては、関根敏夫の指示に一貫性がないために小数点以下何位まで算出するか、四捨五入をするのか切捨てをするのかについてまちまちとなったと弁解するけれども、一つの統計表に表示する数字の算出については一貫した方針をもって行うべきことは統計表作成に際しての最も基本的な事項であって、仮に債権者が主張するように関根敏夫の指示に一貫性がなかったとすれば、一貫した方針を確認したうえで計算をしなければならないことはいうまでもなく、そのことによって自己の誤りを正当化することは許されないといわなければならない。

(三)  統計関係業務上の誤り(二)について

疎明資料によると、債務者は、昭和五四年二月、債権者に対し、過去に輸入された銅精鉱につき、銅精鉱中に含まれる銅、金、銀の割合についての売主、買主及び審判分析所の各分析結果を、各船、各揚港毎に整理した統計資料を作成することを命じたこと、債権者は、同年二月から四月までの三カ月間を費して、右の資料を作成したこと、(証拠略)はその下書きの一部であり、(証拠略)はその完成した資料であることが認められる。そして、(証拠略)においては、シナノ丸の新居浜港での金の分析値を「買主二二・八〇二、売主二二・三〇七、審判分析所一一・七八〇」と記載しており、審判分析所の分析値は通常買主及び売主の分析値の近くにくることは明らかであるのに、そのことを全く考慮しないでファイルからの移記を誤ったこと、更に、同船の日比港での金の分析値を「買主二二・八一二、売主二三・一〇七、審判分析所六・八七五」、銅の分析値を「買主二七・七四五、売主二三・六四七、審判分析所一・九六九」と同様の誤りをしていることが認められる。次に(証拠略)においては、各揚港における分析値の平均を求める計算において、八三例中三八例の計算において誤りを犯していることが認められる。

これらの誤りは、いずれも重大な誤りであって、債権者の作成した統計表の信頼性を著しく損うものであるといわなければならない。

債権者は、(証拠略)はいずれも下書きであって検算をしていないからその誤りを指摘することは無意味であると主張するが、下書きとはいっても一応のものとして債務者に提出したものであるうえ、この主張の採用できないことは、さきに述べたところと同様である。

また、債権者は、(証拠略)の八三例の計算は、相当多数回の加算及び除算の結果であるから、八三回計算して三八回間違いを犯したのではなく、計算能力が劣ることの証拠とはならないと主張するけれども、統計表に現われた数字八三例のうち三八例の誤りがあることは、その統計表の数字に対する信頼性を完全に失わせるものであって、命じられた仕事を十分に完成したといえないことは、いうまでもない。

(四)  営業第四部におけるその他の業務遂行上の問題点について

債務者の主張事実の中には債権者の認める事実もあるが、それだけではいまだ債権者の勤務の態度や成績が著しく不良であると認めるに足りず、それ以外の事実についてはこれを認めるに足りる疎明はない。

(五)  専務直属下における統計関係業務の誤りについて

疎明資料(<証拠略>)によると、債務者は、昭和五六年五月中旬、債権者に対し、「一九八〇年度における日本からオーストラリアに対する輸出額一、〇〇〇万円以上の物品」を抽出した表を作成することを命じたこと、この表の作成は、日本関税協会発行に係る「日本貿易月報八〇年一二月号」に掲載された輸出品別国別表のなかから、オーストラリアに対する価額一、〇〇〇万円以上の品物につき、その品名、数量及び価額を抽出転記することによって完成されるもので、さほど困難な作業ではないこと、ところが、債権者の作成した表を見ると、一枚目(<証拠略>)だけでも、二五品目の記載があるが、そのうち、品目の欠落が五、品名の書き間違い(別の品名を書いたもの)が二、品名の綴りの誤りが四、数字の誤りが一あり、これだけでも統計表としての価値はほとんどないことが認められる(<証拠略>)。

更に疎明資料(<証拠略>)によれば、債務者は、昭和五六年六月一二日、債権者に対し、「過去五年間に日本に輸入されたダイヤモンドの通関実績を集計した表」を作成するよう命じたこと、債権者は、同月二四日これを作成提出した(<証拠略>)が、誤りがあるとして再提出を命じられ、同月三〇日訂正した表(<証拠略>)を提出したこと、(証拠略)の記載に誤りがあるか否かは対照資料が提出されていないため不明であるが、(証拠略)を見ると、一九七六年から一九八〇年までの五年間の実績調べの表であるにもかかわらず、その大部分について一九八〇年度の数値の記入がなく(一九八〇年度の数値が当時不明であるというわけではなかったことは、同表の中に一九八〇年度の数値が記入されている国があることから明らかである。)、少なくともこの点において致命的な欠陥があるといわなければならないことが、認められる。

債権者の以上のような事務処理の状況を見ると、債権者は、統計資料の作成についての基本的な能力又は注意力の点において欠けるところがあるといわなければならない。もっとも、債務者が債権者に作成を命じた資料が債務者の業務遂行上真に必要なものであった否か疑問がないわけではないが、仮に業務遂行上真に必要なものでなかったとしても、債権者の事務処理の能力又は態度を示す資料としての価値を減ずるものではない。

4  協調性欠如、反抗的言辞及び会社の名誉毀損行為について

債権者が、別紙の(五)の<2>を除き、別紙記載のような内容の文書を作成、配布したことは、当事者間に争いがない。そして、疎明資料(<証拠略>)によれば、債権者が別紙第一の(五)の<2>記載のような文書を作成、配布したことも認められる。疎明資料によると、これらの文書は、いずれも謄写版刷りで、全単一合同労働組合リオ・テイント分会(分会員は債権者ただ一人)の名義で発行されたビラであること、これらのビラは債務者の事務所付近や債務者の代表取締役である荒川隆の自宅付近等で配布されたものであること、その記載内容は、別紙記載のように、債務者の代表取締役荒川隆、営業部長近藤修茂、総務部長鳥居敏男、営業部員豊田武男、同関根敏夫の実名をあげ、口ぎたなく個人攻撃をし、その名誉を著しく害する内容のものであることが認められる。債権者は、これらの文書は、債務者の不当労働行為が激しくなる中で、全単一合同労働組合の組合員に対し、リオ・テイント・ジンク(ジャパン)分会の労働運動の状況を報告することを目的として作成されたもので、記載された基本的事実に誤りはないと主張している。しかし、右の文書の記載内容を見ると、債務者に対する労働組合の要求を記載した部分もないわけではないが、その大部分は別紙に記載したように荒川隆らを口を極めてののしり、その人格攻撃に終始しているものであって、私憤を晴らすために作成したものと見るほかはなく、仮に債権者の主張するように労働運動の状況を報告する目的で作成されたものであるとしても、正当な労働運動の手段として容認される限界を著しく逸脱したものであるといわなければならない。

また、債権者が、債権者の上司、同僚に対して、前記のような文書による人格攻撃を加えたことからすれば、従業員が全体で十数名という小規模な債務者会社において、債権者が上司の命に従い、同僚と協調して仕事を行うことが困難であったことも容易に推認することができる。

5  以上のような債権者の勤務の状況、上司、同僚に対する態度が、解雇理由を定めた債務者の就業規則(<証拠略>)二九条三号の「勤務成績又は能率が不良で就業に適しないと認められた場合」及び同条六号の「その他前各号に準ずるやむをえない事由がある場合」に該当するかどうかについて検討する。

解雇は、労働者にとって生活の基盤を覆滅させるものであるから、勤務成績や能率が不良であることを理由として解雇する場合には、使用者においてその是正のための努力をし、それにもかかわらず、なおその従業員を職場から排除しなければ適正な経営秩序が保たれない場合に始めて解雇が許されるものと解するのが相当であって、職務上の誤りについてもそれが些細なもので取り上げるに足りない程度のものか、それとも従業員の資質能力の決定的不足又は執務態度の不良を示しているものか等を判断しなければならない。

このような観点から本件につき考えてみると、債権者の犯したテレックス業務及び統計関係業務における誤りの内容は、前記認定のように些細なものも中にはあるが、一方、この種事務の処理における基本的な事項を理解していないか若しくはこれを遵守しょうとする心構えに欠けており、単なる不注意による誤りとして看過することのできないものもあること、更に、上司、同僚を名指しで、口汚く個人攻撃をした文書を配布し、職場における人間関係を悪くするような事態を自ら招いていること、債務者においても債権者の職務の内容につき再三検討を加え、専務の直属下において努力をする機会を与えるなどの配慮をしているにもかかわらず、債権者は自己の事務処理の誤りにつきこれを率直に反省し改善しようとする態度がうかがわれないこと、債務者は従業員が十数名という小規模の企業であって、債権者の資質、能力に適した他の職場に配置することは困難であると認められること等の事情を総合して考えると、就業規則二九条三号の「勤務成績又は能率が不良で就業に適しないと認められた場合」及び同条六号の「その他前各号に準ずるやむをえない事由がある場合」に該当し、解雇もやむをえないと解するのが相当である。

6  債権者は、本件解雇は、債権者の組合活動を理由とするもので、不当労働行為に該当し、無効であると主張する。

疎明資料によれば、債権者は、昭和四七年五月ころ、債務者の従業員で組織するリオ・テイント・ジンク(ジャパン)労働組合(以下「第一次労組」という。)に加入したこと、第一次労組の組合員は九人で、債権者は書記長であったこと、第一次労組は、脱退者が続出したため、昭和四九年七月ころ解散消滅したこと、次いで、債権者は、昭和五〇年九月ころ結成された総評全国一般東京地本中部地域支部リオ・テイント・ジンク(ジャパン)分会(以下「第二次労組」という。)に加入したこと、第二次労組の組合員は当初七人であり、債権者は副分会長であったが、まもなく脱退者が相次ぎ、債権者も昭和五三年一月には第二次労組を脱退したこと、債権者は、昭和五三年八月ころ、全単一合同労働組合リオ・テイント・ジンク(ジャパン)分会(以下「第三次労組」という。)を結成したこと、右組合の組合員は分会長である債権者一人であること、第三次労組は、同年九月一一日、債務者に対し、結成通知をするとともに団体交渉の申入れをしていること、その後第三次労組は、賃上げ、夏期、年末の一時金の支払い、債権者の処遇条件その他について債務者と団体交渉をしてきたこと、その過程において、債務者の社員が債権者の貼付したビラを債権者の不在中に除去したこと等につき債務者会社の方から謝罪をしたことがあること、債権者は、昭和五五年六月に荒川専務から直接指揮監督を受けるようになって以後は、他の社員と離れた場所に机を配置されたことが一応認められる(債権者は、第一次労組及び第二次労組が解散消滅したのは、債務者側の働きかけによるものであると主張するけれども、その事実を認めるに足りる疎明はない。)。

しかし、一方、疎明資料によれば、債権者が営業部から荒川専務の直属下に配置され、他の社員と離れた場所に机を配置されるようになったのは、債権者の営業部における前記認定のような勤務の状況、上司、同僚との人間関係に起因するものであることが一応認められるから、これを不当ということはできないし、他に債務者が債権者の組合活動を嫌悪していたと認めるに足りる資料はない。このことと、債権者の解雇については前記のようなやむを得ない理由が存することをも考え合わせると、本件解雇を不当労働行為と評価することはできない。

四  以上のとおり、本件については被保全権利の疎明がないといわなければならず、保証をもってこれに代えることも相当でないから、保全の必要性について判断するまでもなく、本件申請は、理由がないものとして却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 今井功)

別紙 債権者の上司・同僚並びにRTZ(J)に対する人格的誹謗について

(一) 荒川専務関係では

<1> 昭和五四年七月頃、債権者は「ロッキードで有名な、丸紅(株)出身の荒川代表だけあって、ウス、トボケた顔をしながら陰で狡猾な糸を引く」やり方をすると放言した。

<2> 右同時期頃、債権者は

「荒川代表はロッキードの丸紅(株)を古巣とし、大企業では、うだつの上がらないオチコボレであったのか、それとも金の為なのかは判りませんが、十数年前に当社に転職して参りました。丸紅(株)流の守銭奴根性が骨のズイまで浸透しているが為か、金の為なら手段を選ばず、というところなのでしょう。」

とか、

「自分の子供は、金力に物を言はせ、受験戦争よりしりぞけ、大学へ、エスカレート式の玉川学園に入れながら、人の子供となると、冷血漢そのものと化」する男であるとか、

「外国資本の、うす汚い、犬の本性を現し、同胞の犠牲の上に、自らの繁栄を築く、日本人らしからぬ日本人で」

ある等の中傷を公然繰り返えした。

<3> 同年八月頃、債権者は

「ひらきなおったり、古ギツネの様な狡猾さで、知らぬ、存ぜぬ、覚えがない、とウストボケる、荒川代表」であると、いわれなき非難を加え、更に、

「こんな男が、当社の代表なのですから、人間性に欠けた、テメーの身を守り、又、出世の為には、人間として最もイヤシムべき裏切りが横行する職場が出来上ったのでしょう。おお~、イヤダ、イヤダ、いくら立身出世の為でも人としての道を踏みはずして迄、やりたくもなく、又、そう思ったとしても並の人間なら、出来るものではありません。」等と放言し、個人的名誉を毀損した。

<4> 更に、右時期頃、債権者は荒川専務を

「目的の為には手段を選ばず、と言った、氷の如しの冷血漢」

「たかが、総員十五名の会社でありながら、超一流企業の幹部級、年収千四百万の、高所得、その優雅な城を守る為に、同胞を犠牲にし、その血を吸い上げて心に何の悔も無し、という守銭奴精神旺盛」な人間である等と文書で名誉を毀損した。

<5> 亦、右時期頃、債権者は、荒川専務を「太鼓もち黄犬」あるいは、

「年収千四百万の高収入を、たかが総員十六名の会社でムサボリ、その侵略地域を守る為に、人としての心までも捨て去り、信義、律義に、薄い、日本人の感覚を持たぬ男!」等と文書で侮辱した。

(二) 近藤部長関係では

<1> 昭和五四年七月頃、債権者は近藤部長を

「グラマン事件で名を上げた日商岩井(株)出身だけあって、そのヤリ口は、人として、男としての節操も信義も、都合に依って、平気で、かなぐり捨てるといったものです。」等と文書で誹謗した。

<2> 同年一〇月頃、債権者は、同じく近藤部長を

「人としての節操も信義もない」

「よくも、この様にヒックリ返れるものだ。グラマン事件の日商岩井(株)出身だけに汚い事には、ヘイッチャラ、というところなのかも知れません。何が、どうして、どうなった、のかは判りませんが、大企業から抜け出し、総員十六名の当社で四名の部下を持ち、営業部長の役席を与えられ、大企業では果せない夢を果した為の、権力陶酔の故か」等と文書で公然同人の名誉を毀損した。

<3> 同年六月頃、債権者は、近藤部長を

「人として、男として、まったく、節操も信義もな」い「よくもまあ、こんな男が国際的な商取引が出来るものだ、と唖然としております。」

と非難し、更に、

「こんな男が、たかが三人の部下を持ったからと、フンゾリ返っているのは片腹痛い」だの「大企業のオチコボレと思はれる人間が、権力を持たされると、それに酔い、とんでも無いことをするのかも知れません。」「この男、人前では、エヘラ、エヘラ、とアイソウが良いが、やる事は狡猾そのもの」等と、公然文書で摘示し、近藤部長の名誉を傷つけた。

(三) 鳥居部長関係では

昭和五四年八月頃、債権者は鳥居部長について

「これだけの事をされて、怒りも無く、ヘラヘラと豊田に笑顔で接しているのですから、男の根性は鳥居敏男氏には無いのかも知れません。」

と中傷した。

(四) 豊田武男関係では

<1> 昭和五四年八月頃、債権者は豊田に関し

「豊田は副執行委員長となり、責任ある身でありながら、鳥居総務部長より『給料を上げてやるから、組合を止めろ』と餌を投げられたトタン、待っていましたとばかりにパックリ食らいついて、つり上り第一号となる。組合を立身出世の為の道具と心得、人としての信義も節操も、かなぐり捨て仲間を裏切り、自分だけの利にしがみつく、うす汚い男ぶりを現はす。」とか、

「現在居住の家屋を築造する際、直属上司の鳥居総務部長にオベッカ、ベタベタ、泣き事、ボロボロで会社から住宅貸付金を、引き出そうとする、これに伴ない、関根敏男氏をタキつけ、二人で行なう、この男、何事かする時は必ず人を利用し、決して一人では行なはない。集団の力を悪用する事については天才的」であるとか、更には、

「歯が浮く様なオセジ、タラタラでペコペコとこび入」る男である等と文書で誹謗中傷した。更に、

「豊田の様な男は、労働者の敵であるばかり、でなく、人間社会道徳を攪乱する、危険、極まりない男と言へます、それ故に、彼に接触する多くの皆様に御注意をうながすものであります。」と右文書に記載さえした。

<2> 同年八月頃、債権者は、豊田に関し、

「人にはアイソよく、エヘラ、エヘラと接し、マンマと、その術策に、鳥居総務部長も組合もハメられた次第です。念願叶って華の営業部に転じてより、過去に鳥居氏に行なった以上の、歯の浮く様なオセジ、タラタラ、米つきバッタ以上のペコペコさで、こび入り、反動者として徹底した近藤部長の心理を、いち早く捕へてのことか、企業権力に抗し続けて来た当該に、イヤガラセの一ツイヤミの一つでも行なえば近藤部長の見る目が違って来る、とでも思ってか、又は、けしかければ権力をバックに企業として好ましくない人物には、すぐ喰らいつく黄犬である、として命じられての事かは別として、当該に対する仕事上の攻撃をかけて来た為にコゼリ合とな」った等、文書に記載し同人の名誉を毀損した。

<3> 右同時期頃、債権者は豊田に関し「近藤氏の尻をペロペロなめんばかりの黄犬になりさがっている。節操も信義も無い裏切常習者」等と文書で誹謗した。

(五) 関根敏夫に関し、債権者は、昭和五四年八月頃

「自分だけの利益の為に組合員を裏切り、裏で会社と握手して組合を御用組合化した」等と非難した。

(六) RTZ(J)関係については、債権者は口で極めて罵しっているが、とりあえず三例のみを列挙する。

<1> 昭和五四年七月頃、債権者は、RTZ(J)につき、

「リオ・テイントの職場は、昨日まで肩を並べ手を取り合っていたと思ったら、今日は、キャーキャーどなり合う、と言った節操も信義もない裏切りが横行する汚れきった状態にあります。」と文書で摘示して名誉を毀損した。

<2> 右同時期頃、債権者はRTZ(J)につき、

「いい加減な企業が経済の中心地丸の内で大手を振って国際的商取引をしているのです。右を向いても、左を見ても、うす汚い輩が、うごめき、人間として、見て居られない事ばかり、裏切り、他人の足を引っぱり、ひきずり降し、自分が少しでも多く高い所にはい上ろう、とする実にサモしい根性の奴ばかり。これが、何で黙って居られよか。」と文書に記載し、名誉を毀損した。

<3> 昭和五五年七月頃、債権者は三井物産株式会社等のRTZ(J)取引先に対し、

「リオ・テイント日本支社は、本性を露骨に暴露し、道義も道徳も投げ捨て卑劣狡猾残虐な攻撃をかけて来ています。リオ・テイント日本支社の日本人離れした律義なき精神に御注意下さい。」等と大書した文書を大量に配布し、名誉を毀損した。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!