東京地方裁判所 昭和56年(レ)156号 判決
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【判旨】
3 再抗弁2(本件居室の朽廃)について
建物明渡請求においては、本件居室の朽廃の時期は問題とはならないが、後記の損害金請求との関係上、便宜的に、この点についてもここで検討することにする。
(一) 昭和五四年四月頃の本件建物及び本件居室の状態について
(1) 控訴人は、本件居室は、昭和五四年四月頃朽廃に達したと主張するので、まず、昭和五四年四月頃の本件建物及び本件居室の状態について検討するに、前記当事者間に争いのない事実並びに<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(ア) 本件建物は、もと車庫であつたのを、終戦直後頃に廃材を用いて倉庫に改築し、ついで昭和二七年頃に、その倉庫を間仕切り、天井、床をつけ、土台はそのまま使つて八室の賃貸用に改造した木造亜鉛メッキ鋼板葺平家連共同住宅であり、本件居室は、別紙図面のとおり、本件建物の玄関を入つて二番目の東側に位置する部屋であつたこと。
(イ) 本件建物は、昭和五四年四月頃には、屋根は剥げ、壁板も剥げ落ち、雨漏りも甚しく、便所も使用困難となり、窓も破れるなどの状態となつていたこと。
(ウ) 本件建物の各賃借人は、昭和五四年四月頃には、被控訴人、訴外山中スエノを除いて退去し、また、右山中も同年一一月ころには退去し、以後本件居室を除いてすべて空室となつたこと。
(2) また、<証拠>によれば、被控訴人は、控訴人に対し、昭和五四年九月分までの賃料を現金で支払い、控訴人もこれを受領していたが、控訴人から、同年一〇月頃から建物が老朽化していることなどを理由に明渡を要求されたので、以後は賃料を供託していること(賃料の供託の事実は当事者間に争いがない。)が認められる。
(3) 右に認定したところによれば、本件建物は、昭和五四年四月頃には、屋根、壁板、窓等に破損した箇所があり、かなり老朽化が進んでいたことは認められるが、後記(三)で認定するとおり、少なくとも昭和五七年二月八日頃までは、共用便所も共用台所も、使用に耐え得る機能を一応保持していたのであり、また本件建物には、昭和五四年一一月頃まで被控訴人の他に訴外山中スエノも居住していて、控訴人は、被控訴人から、同年九月分までの賃料を現金で受領していたのであるから、少なくとも昭和五四年九月頃までは、本件居室もいまだ朽廃していなかつたものと推認するのが相当であり、従つて、本件居室の賃貸借契約は有効であつたということができる。
(二) 原審口頭弁論終結時(昭和五六年七月一三日)頃の本件建物及び本件居室の状態について
(1) <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(ア) 控訴人は、妻である訴外柴田美代子を通じて、被控訴人に対し、昭和五四年六月一四日、本件居室の賃料の値上げを申入れたが、被控訴人から本件建物の修繕を条件として出されたので、大工である訴外田所正朔に相談したところ、一か所を直しても別の所がすぐ駄目になるので、解体して新築した方がはるかに経済的である旨の回答を受けたこと。
(イ) 昭和五四年一〇月一九日の台風で、本件建物の屋根の約三分の二が飛び、共用便所等が水びたしになつたが、控訴人は、本件建物の所有権を取得することに確定した同年三月以降、本件建物の修理をほとんどせず荒れるに任せており、被控訴人も自ら本件建物の修理をしたことはないこと。
(ウ) 本件建物は、昭和五六年三月一二日(原審検証期日)当時、土台が腐つている部分があり、共用台所の床板はきしみがあり、屋根のトタンは西側半分が全般的に剥がれており、共用便所前の廊下の天井板は腐つて上空が散見でき、共用便所は、一部は天井板がくずれ落ちて使用不能の状況であり、使用可能の部分のうち雨漏りのする所には天井に雨傘が開いたままかけられており、その他本件建物の廊下、本件居室北側の居室等にも雨漏りの甚しい部分が存在したこと及び被控訴人は、本件居室にテレビ、冷蔵庫、仏壇等の家財道具を置き、共用台所にも調理用器具等を置いて、それぞれ居住の用に供していたこと。
(2) 右に認定した事実及び前記(一)で認定した事実によれば、本件建物は、昭和五六年七月一三日頃には、老朽化が相当進み、このまま放置すれば屋根が飛ぶなどの損壊が進んで居住するには危険な状況であつて、通常人の感覚からすると居住に耐え得ない程度に達していたのではないかとも推認することができ、経済的価値も乏しくなつていたことがうかがわれるが、本件建物のうち、本件居室部分は比較的いまだしつかりしており、控訴人のいう被控訴人の物置ではなくて居室として一応の体裁を整えていたのであり、共用便所、共用台所も一応使用に耐え得る機能を保持していたのであるから、当時すでに本件居室が朽廃していたとまでは認めることができない。
(三) 昭和五七年二月八日頃の本件建物及び本件居室の状態について
(1) <証拠>によれば、次の事実が認められる。
(ア) 本件建物は老朽化が進行し、昭和五七年二月八日当時、本件居室以外の本件建物の居室部分の中には、押入の壁板が腐蝕し、その上の天井がくずれ落ちたり、雨漏りで天井や畳にも腐り始めている部分があつたこと。
(イ) 共用便所の損壊は特に著しく、また、便所前の廊下部分の天井もくずれかけていたこと。
(ウ) 屋根や外壁の損壊もひどく、今後も壊れてくずれ落ちる危険性の大きな部分が存在したこと。
(2) 右に認定した事実に、前記(一)、(二)で認定した事実を総合して判断するに、本件建物は、昭和五七年二月八日当時、共用便所前の廊下等の屋根や天井の破損がひどく、雨が降れば水びたしになつたであろうこと、そして、屋根や壁板がさらに破損して、いつ剥がれて飛ぶかわからないといつた危険性を帯びていたものと推測される。しかし、共用便所、共用台所はなお一応の使用に耐え得る機能を有していたことを考えると、この時点においても、本件居室がすでに朽廃していたと認めることに躊躇せざるをえない。
(四) 昭和五八年一月頃の本件建物及び本件居室の状態について
(1) <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(ア) 本件建物は、昭和五八年一月当時、柱の八割方が根元から腐つており、土台、壁、床板等も腐つて欠落している箇所が存在し、全体的にみて倒壊の危険性も高かつたこと。
(イ) 本件建物は、右当時、屋根は剥れて数箇所穴があき、天井板も腐つて落ちている所も多く、建物内部から直接上空が見える部分も多数存在し、さらに屋根板等が飛散するおそれもあり、また天井、壁、窓などからの雨漏りも甚しく、雨が降れば水びたしとなつて、床板や畳も腐つて悪臭を放つていたこと。
(ウ) 中でも共用便所部分の破壊は著しく、すでに使用不能の状況であり、現在では被控訴人は隣家の便所を借用していること。
(エ) 共用台所も荒廃し、使用不能というべき状態であつたこと。
(オ) 本件居室も、被控訴人が居住していた以上内部は整つていたであろうが、土台、壁、屋根などの構造部分は他と同様相当程度腐朽していたと思われること。
(2) 右で認定した事実に、前記(一)ないし(三)で認定した事実を総合すれば、昭和五八年一月当時の本件建物の状態は、全体的に見れば、屋根も天井も欠損している部分もあり、雨漏りの甚しい部分や悪臭を放つ部分も多く、倒壊の危険性すらも高い状態にあつたということができ、通常人の感覚からすれば、そのような建物の一室である本件居室に居住することは堪えがたいことであると思われる。まして、荒天の日などにおいては、本件建物内部に立入ることすら危険であつたと認められるのである。そして、本件建物の修理もほとんど不可能で、解体新築した方がはるかに経済的であると認められるのであるから、本件建物は当時すでに経済的にも無価値に等しかつたといわなければならない。その上、共用便所、共用台所とも使用不能であり、そうすると、本件居室は人の生活に不可欠な設備を欠くものといわなければならない。
ところで、本件建物が右のとおり荒廃した重大な要因としては、控訴人が本件居室以外の部分を長く空室にして放置し、また破損部分の修理をしなかつたことが一因とも考えられるが、控訴人が本件建物の所有権を取得することに確定した時点において、本件建物の老朽化はすでに相当進んでおり、その修理が、解体新築に比して極めて不経済であつたことからすれば、控訴人が本件建物に手を加えなかつたことも無理からぬものと認められるのであつて、右は、本件建物が朽廃しているかどうかの認定に何ら影響を及ぼすものとはならない。
また、被控訴人は、今なお本件居室に週三日程度宿泊し(この点は、後記のとおり当事者間に争いがない。)、一応住居として占有使用していると認められるのであるが、それは、現在の住宅事情に照らし、一般人の感覚からすれば、非常に危険な行為であると考えられる(この点に関しては、<証拠>によれば、本件建物がある地域は、東京都の防災地区として将来都が買収しようと計画していることが認められ、右事情もあつて、被控訴人が本件居室に留まつているのではないかとも推測できないこともない。)。
このようにみてくると、本件建物は、昭和五八年一月末当時、すでに全体的に朽廃していたものであり、従つて、その一室である本件居室も朽廃していたものと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(五) 右によれば、被控訴人の本件居室の賃借権は、昭和五八年一月末日かぎり、本件居室の朽廃により消滅したものと認められるから、再抗弁2は理由がある。
(小野寺規夫 田中哲郎 山田敏彦)